死んだものは冥界におとされ、こき使われる。
 それは言ってみれば、ムショの懲役と似ていた。

カノン「なぜだ!?生きてる間中働きつづけに働いてきたのに、どうして死んでからもまた働かなくてはならんのだ!?」
サガ「黙れ。生前ロクなことをしなかった罰があたったのだ」
カノン「だったら地獄に落としてくれればいいではないか!肉体労働するぐらいなら、まだコキュートスで凍っていた方がマシだ!!生きがいいってだけの理由で奴隷扱いとは何事だ!大体、死んでるのに生きがいいって何だ!!」
サガ「黙れといっているのだ!ぐちゃぐちゃ要らんことをほざいている暇があったらその分手を動かせ!!ここの区域は私とお前の連帯責任なのだぞ。お前が手抜きをすると私までとばっちりを食らうのだ!!」
雑兵「おい、そこ。さっきからやかましい・・・・」
サガ「貴様も黙れ!!」

 右手一閃、注意してきた監督冥闘士を葬り去るサガ。
 周りに散らばる雑兵達が、一斉に引く。

雑兵2「ききききさまっ、そそそそんなことをしてただで済むと思うのか、サガ!」
サガ「サガ?何を言う、俺はカノンだ」
カノン「嘘をつけええええええっっっ!!!!お前俺に全責任を擦り付ける気か!?最低だぞオイ!!」
サガ「何!?サガ、どうしたというのだ!?」(バックレ)
カノン「・・・ム、ムカつく・・・・っ!!」

 額に青筋を浮かべて両腕を交差し始めるカノン。迎え撃つべくやはり同じ体勢をとるサガ。
 少し離れたところで雑兵達が泣いている。

雑兵「もういやです!毎日毎日、ゴミ拾いで死者が出るなんて異常です!!」
雑兵「というか、ゴミを拾った端から道ごと破壊されてはまったく意味がありません!!」
雑兵「なんとかしてください、バレンタイン様!!」
バレン「な、何とかしろと言われても・・・・;」

 困り切るバレンタインのその横で、盛大にギャラクシアンエクスプロージョンの花が咲き始めていた。



 その頃、第一獄の法廷の書庫で、やはり仕事に励んでいる男達がいた。
 巨大な本棚にかかったはしごの上から、一人が下にいるもう一人に声をかけている。

シド「兄さん、そこにある本をとってくれませんか?」
バド「どれだ?」
シド「それです。『パスカヴィル家の犬』というやつです」

 床に散乱している本をきちんと整理して本棚に入れなおすのがこの双子の仕事であった。
 というか、整理するのはシドの役目であり、バドは埃のはたき役。
 インテリジェンスな仕事はやはりインテリに任されている。

バド「む?シドよ、今やっているのは推理小説の棚ではないのか?」
シド「そうですけど、なにか?」
バド「『パスカヴィル家の犬』・・・このタイトルは推理小説ではないだろう?推理小説といえば『熱海温泉殺人事件』とか『京都祇園殺人事件』とか・・・」
シド「・・・・・・『殺人事件』がつかない推理小説も存在するんです。やめて下さい、二時間ドラマ並みのタイトルと名作を並べるのは・・・・」
バド「なんだ!?なんだその人を見下した目は!!」
シド「い、いえ、これは単に私がはしごの上にいるから・・・」
バド「嘘だ!お前は俺の無知無学を笑っているのだ!!俺の事など、『埃でもはたいてろ』ぐらいに思っているのだろう!!」
シド「兄さん!」

 シドは慌ててはしごの上から飛び降りた。

シド「誤解です!肉親のあなたをそんな目で見れるわけが無いでしょう!?私のせいで生まれて間もなく邪魔物扱いされて、雪の中にゴミのように捨てられ、親の愛も情も知らずに貧しい庶民のどん底生活を味わっていたこの上なく不幸なあなたを!!」
バド「・・・・・・お前、その言動で本当に悪気が無いと・・・・?」
シド「むろんです!このシドの目を見て下さい!」

 バドは見た。

バド「・・・・・なるほど。悪気はまったく無いようだ」
シド「でしょう!?」
バド「だからこそなおさら嫌だ!!貴様は無意識のうちに他人をさげすむ癖がついているのだ!!慇懃無礼にもほどがあるわ!!」
シド「慇懃無礼!?兄さんでもそんな難しい言葉を知って・・・!!」
バド「殺されたいか!!このブルジョワに染まった人でなしの高慢男が!!」
シド「なんですって・・・いくら兄さんでもそこまで言われては黙っていられません!この際言わせて頂きますが、あなたの方こそいい加減、その卑屈な物の見方を改めたらどうです!!そんなだからいつまで経っても庶民臭が抜けきらないのですよ!!」
バド「何だと!!」

 睨み合う双子。
 
バド「・・・・もうたくさんだ。貴様とこれ以上同じ職場で働きたくはない!俺は辞職する!!」
シド「そんな・・・兄さん、少しは冷静になって下さい!」
バド「うるさい!!」

 その時。
 何も無いはずの空間から、いきなり人影が降って沸いた。
 
シド・バド「!?」
カノン「・・・って・・・・!」
 
 床に激突したその男は、一瞬ぶつけた頭を抱え、それからやおら跳ね起きつつ、

カノン「おのれサガ!!アナザーディメンションとは卑怯な!!」
バド「・・・・なんだお前は」
カノン「お前こそなんだ!」
シド「・・・いや、待ってくれ。質問権はたぶんこっちにある。こたえろ、お前は一体・・・?」
カノン「俺はカノン!黄金聖闘士・双子座のサガの双子の弟だがもうそれはやめた!たった今!」

 ・・・・・・・・・

バド「・・・・・・・・・・すまん、まったく意味がわからんのだが・・・・」
シド「私もまったくわかりません。おい、・・・・えーと・・・・名前は何と言ったか?」
カノン「カノン!」
シド「で、お前はどうしてここに沸いたのだ?」
カノン「サガとケンカを・・・・」
シド「そこから始めるな。まずお前がどういう人間かを説明してから、ここに来るに至ったいきさつを話せ。頼むから落ち着け。いいな?」
カノン「・・・・・・・・・わかった」
 
 カノンは自己紹介と経緯の説明をやり直した。

シド「・・・なるほど。聖域の人間か」
カノン「そうだ。お前達は?」
バド「アスガルドの者だ。俺がバド。そいつがシド」
カノン「む?そうすると、アルデバランを不意打ちで倒したのはお前達ではなかったか?」
シド「う・・・・・・・・・すまない。そういう事もあったかも」
カノン「謝るには及ばん。もう済んだことだ。それに俺はその頃海底でポセイドンを操ってたから、詳しいことは知らんしな」
バド「・・・・・・・・・じゃあアルデバランが倒されることになった全ての元凶はお前なのでは・・・」

 バドがそっと呟いたが、カノンは聞こえないフリをした。

カノン「それにしてもサガの奴!!ケンカの時にはギャラクシアンエクスプロージョンしか使わない約束だったのに!!フン、俺は二度と職場に戻らんぞ。一人で延々とゴミ拾いやってるがいいわ!!」」
バド「ほう。ならばシド、ちょうどよいではないか。彼に埃をはたいてもらえ。俺は出て行く」
シド「兄さん!どうしてあなたはそう意固地なんです!」
カノン「なんだ?ここでもケンカ中なのか?」
バド「ああ、一瞬忘れていたがそうだったのだ。こいつの顔など二度と見たくも無い」
カノン「なるほど。しかし鏡を見ればそこにいるからな。双子の宿命だ。気持ちわかるぞ」
バド「妙な同情はいらん。とにかく、俺はもう一秒たりともここにはいたくないのだ。じゃあな」

 バドは出ていった。

シド「・・・・・・・」
カノン「・・・フ。どういういきさつかは知らんが、追いかけて仲直りしたらどうだ。きっかけは些細なことではないか」
シド「お前今いきさつは知らんといったばかりだろうが。良いのだ。このシドと兄とでは所詮生きる世界が違いすぎるというもの。こうなることは必然だったのかも知れん」

 シドはそう言って溜め息をついた。



 罪人達がひしめき、働いたり拷問されたりしている冥界で、ただ一個所だけあらゆる苦痛から隔離された場所があった。
 神の住まう園・エリシオンである。
 飢えも争いも苦しみも悲しみも無く、死後、神に選ばれたものだけが来ることを許される楽園。
 どこまでも続く美しい花の野と、そこに戯れる見目麗しい妖精達の姿は、まさに天国かと思うほどの豊かな景観だ。
 が、しかし。
 そんな幸福の東屋にも、それにふさわしからぬ不景気な顔をしている男が一人いた。

ヒュプノス「・・・・・・・・・・・・タナトス。いい加減にしたらどうだ」
タナトス「うん?またお前か」

 神殿の寝室にまで乗り込んできて不機嫌な顔で文句を言う弟を、タナトスはうんざりと見やった。

タナトス「その陰気な顔を私の前にさらすな。あさっぱらから不吉極まりない・・・」
ヒュプノス「もう昼だ。毎日毎日遊んでは寝、遊んでは寝・・・・少しも実のある事をやっておらんだろう。しかも、なんだそこにいるのは」

 ヒュプノスの目が嫌そうに見やるのは、タナトスの隣に寝ているしどけない妖精。

タナトス「妖精ではないか。それがどうかしたか?」
ヒュプノス「・・・・・・・・・・・・汚らわしい。お前のように堕落しきった者が私と同じ身分だとは、つくづく嫌になる」
タナトス「何とでも言え。堕落と言われようとも、お前のように毎日眉間にシワ寄せているよりはよほど人生も楽しいわ。文句が終わったのならさっさと消えろ。目障りだ」
ヒュプノス「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ヒュプノスは眉間の皺をますます深くして出て行きかけた。
 その背中に、タナトスが何気なく聞いた。

タナトス「今日も地獄へいくのか?」
ヒュプノス「・・・・第一獄で本を借りてくる。だらけきったこの世界より、地獄の方がよほど活気があって心地よい」
タナトス「フン。お前の口から活気だなどと」

 だが、ヒュプノスが消えてから彼は考えた。というかちょっと興味が湧いた。
 地獄、か。それも面白そうだ。

妖精「?タナトス様、どこへ?」
タナトス「修羅の世界を覗いてこよう。お前はここにいるがいい」
妖精「あ、タナトス様・・・・!」

 戸惑ったような妖精の声を聞き流して、タナトスは神殿を後にした。



 エリシオンを出、嘆きの壁を抜けると、遠くから悲鳴と怒号のこだまする地獄の空気が待っていた。
 タナトスは眉をひそめる。こんなところが心地よいなどと・・・ヒュプノスも物好きな。
 というか、むしろ危ない。精神的に。
 自分の弟の知られざる趣味を垣間見てしまったようで、なんだか複雑なタナトスである。

タナトス「・・・まあいい。それよりも、この格好でうろつくわけにはいかんな。せっかく楽しみに出てきたのだ。・・・と言っても私的に楽しめるかどうか微妙だが・・・・冥界の者どもが変に騒いでも面白くない。さて、どうするか」

 その時である。
 少し離れた向こうの方を、一人の冥闘士が通りすがるのが彼の目に留まった。

タナトス「おい!そこの者!」
ラダ「?」

 呼び止められた通行人はラダマンティス。普段、女(パンドラ)からしか命令されない地位にいるはずの彼は、突如自分にかけられた男声に驚いたようだった。
 そして振り向いて一瞬後、

ラダ「あ、あなたはまさか・・・・タナトス様!?」
タナトス「そうだ。お前は確か、冥界三巨頭の一人、ダラマンティスとかいう者だったな」
ラダ「ラダマンティスです。は、私になにか御用でも」
タナトス「うむ。・・・・・お前でいい。頼みたいことがある」
ラダ「かしこまりました。どうぞ何なりと仰せ付け下さい」
タナトス「ならば言うが、服を脱げ」

・・・・・・・・・・・・・・

ラダ「・・・・・・・・・・・・・・は?」
タナトス「服を脱げと言ったのだ。早くしろ、ラマダンティス」
ラダ「ラダマンティスです。あの・・・・服を脱げといいますと・・・・この冥衣のことでしょうか」
タナトス「そうだ。お前にはその間、私の服を貸してやる。要するに少しの間交換してもらいたいのだ」

 それを聞くと、ラダマンティスの顔色が変わった。

ラダ「待って下さい。私があなたの服など、無茶です!!大体その頭の羽飾り、この私に似合うわけが!!」
タナトス「反抗は許さん。さっさと脱いで取り替えろ、マラダンティス
ラダダラマンティスです!(←自分で間違う)。わざとやってらっしゃるのですかタナトス様!」
タナトス「名前の事などどうでもいい!!ぐずぐずしとらんで早く着替えろ!!嫌だというなら力ずくで剥ぐ!!」
ラダ「・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)」

 さすが長年エリシオンで何不自由なく暮らしてきただけあって、わがままにかけては天下一品のタナトスであった。
 ものの十分もしないうちにラダマンティスは衣装チェンジを完了され、どこまでも似合わない格好をさせられたままその場に立ち尽くして、ただ茫然と、遠くへ去っていく神の後ろ姿を見送っていた。



ヒュプ「失礼する」

 ヒュプノスが第一獄の書庫にやってくると、本の整理をしていたシドが目を上げて無感動につぶやいた。

シド「・・・今日は何だ」
ヒュプ「仕事の邪魔をする気はない。適当に借りていくから心配しないでくれ」

 それから、彼は見慣れない男がいることに気づく。

ヒュプ「・・・・彼は?」
シド「新しい埃係だ」
カノン「違う!バドが消えたので手が足りなかろうと、俺は善意で手伝ってやってるのだ!!」
ヒュプ「・・・・そうか。双子ではなくなったのだな」

 なぜだか残念そうなヒュプノス。
 
ヒュプ「私たちとは違う、仲のよさそうな兄弟を見るのが楽しみだったのに・・・明日からここへ来る意味が無くなった」
シド「お前、それ見たさにここに来てたのか。俺達は仲などよくはない!現にさっきも大喧嘩をして兄を追い出してしまったところだ」
ヒュプ「・・・・・そうか。やはり兄弟愛などと言うものは存在せんのだな」
カノン「なんだ?お前も双子なのか?兄か?弟か?名前は?」
ヒュプ「そうだ。私も双子の片割れ。私が弟で、もう一匹上に出来の悪い兄がいる。名前はヒュプノス」

 律義に一つ一つこたえてから、

ヒュプ「普段エリシオンに住んでいる眠りを司る神なのだが、あまり気にしないでくれ」
カノン「そうか」

 カノン、本当に気にしない。

ヒュプ「お前は・・・?」
カノン「俺はカノン。実を言うと、俺にも双子の兄がいる。どうしようもない悪党で最悪で最低でのしをつけて誰かにやりたいぐらいの馬鹿兄だ」
ヒュプ「・・・お前も相当なのだな。同情するぞ。私のところのタナトスは・・・・飲むわ打つわ女と寝るわ、おなじ空気を吸っているのも嫌だ。それにもう本当にわがままで・・・・・」
シド「それぐらい開き直っていた方がまだいいと言うものだ。バドはなんというかこう、加減が難しくて神経使って疲れる」

 三人は知らぬうちに仕事の手を止め、その場に車座になって日頃の悩み&鬱憤を打ち明け始める。
 身分の差をも超越した、複雑な友情の始まりであった。
 



 その頃、サガはカノンを探していた。

サガ「カノン!カノン!どこにいるのだ!?」

 呼んでも答えは返ってこない。いまいましげに舌打ちをした。

サガ「おのれ、あれしきの事であの阿呆がくたばるはずが無いのだ。どこかで仕事をサボってトンズラしたに違いない!」

 そうさせたのは自分だということを忘れている。

サガ「カノン!十数えるうちに出てこなければ、次会った時に半殺しだ!!いくぞ!いち!に!さん・・・・」
バド「・・・・・・ひょっとして、お前がサガか?」
サガ「し!ご!ろく!しち・・・」
バド「聞け!!お前がサガなのだな!?」
サガ「む?」

 後ろからがっしり肩をつかまれて初めて、サガは呼ばれたことに気がついた。

サガ「確かに私がサガだが・・・・お前は?」
バド「アスガルドの神闘士、バドだ」
サガ「ああ、あの不意打ちの」
バド「・・・・一発で思い当たってくれたことを喜んでいいのか怒っていいのか・・・・ま、まあそれはともかく、カノンを探しているようだが?」
サガ「知っているのか!?あの阿呆を!?」
バド「彼なら今、第一獄で俺のかわりに書庫の掃除をしているはずだ」
サガ「・・・・カノンが書庫の掃除?一体どういう事だ」

 バドは一部始終を説明した。

サガ「・・・なるほど。てっきりサボっているのかと思ったが、人様の役には立っているのか」
バド「いい奴ではないか。うちのシドと比べれば、あんなの全然マシだ」
サガ「たしかお前も双子なのだったな。・・・・嫌なものだろう、双子は。何かこう、戦いに喩えるならば至近距離という感じでな」
バド「フ・・・さすがにお前も同志なだけある。双子の気持ちはお見通し、というわけか」
サガ「誉めてくれるな。それほどでもないさ」

 ・・・微妙に微笑ましいハードボイルドを展開する二人。
 と、その時である。
 キョロキョロと辺りを見回しながら、背の高い冥闘士がやってきた。

タナトス「そこの二人。つかぬことを聞くが、私の弟を見なかったか?」
サガ「?ラダマンティスか?お前、いつ眉毛をそった?」
タナトス「いや、私はタナトスという者だ。わけあってこの冥衣を借りているだけのこと。間違えてもらっては困る」
バド「困るって・・・・だったら着なけりゃいいだろう・・・」

 タナトスはマスクをとった。サラサラと光を放つ、美しい銀の髪と瞳が現れた。
 何者にも物怖じをしない不動の視線。冥界の頂に君臨する神の微笑。
 それは何に寄らず彼がただ者ではないことを示していた。
 だがしかし。
 
サガ・バド『しかしそれ以上にデコの星が気になる!!』
タナトス「な、なに?」
サガ「なんだその星は!?タトゥーか!?」
タナトス「これか?私にもよくわからん。気がつけばついていたのだが、生まれたのがそれこそ千年単位で昔のことなので、生来のものなのか生後のものなのかもう記憶が・・・それはそうと、ラダマンティスとか言ったな?あの三巨頭のことか?あれの名前はマダランティスではなかったか?」
サガ「何?マダランティス!?そうだったのか?俺はてっきりラダマンティスだと思い込んでいたぞ。むう、ちょっと恥ずかしいな・・・」

 誤解は広がる。

バド「弟を探しているといったが、そいつにも、デコに星が・・・?」
タナトス「ああ、私と同じ物がある。見なかったか?」
サガ「星以外で何か目印は」
タナトス「奴の顔だ。不本意なことに双子なので、私とそっくりな造りをしているのだ」
サガ・バド『双子!?』
タナトス「ど、どうした?双子がそんなに珍しいか?」
バド「いや・・・・」

 むしろ逆である。
 サガとバドは顔を見合わせながら、結構自分達も希少価値の低い生き物なのだと痛感せざるを得なかった。



カノン「・・・・というわけで俺は岬に放り込まれたのだ。ひどい話だろう?俺は絶対サガが次期教皇に選ばれると思って楽しみにしてたのに、密かに祝の品まで用意していたのに、あの馬鹿な老いぼれ教皇のせいで全部パアになったのだ。どれだけ俺ががっかりしたことか!それで腹立ち紛れにサガに『あんな教皇殺してしまえ』と冗談で言ったらいきなりアッパー。挙げ句の果てに水責めだ。もう何も信じられんわ!!」
ヒュプ「なるほど・・・それは気の毒だったな」

 書庫の三人、大分話も興が乗っているようである。

カノン「サガに比べればお前達の兄など、殴ったり必殺技をかましたり捕獲に来たりしないだけマシというものだ!」
ヒュプ「・・・・・・そうとも言えんぞ」

 ヒュプノスが重い溜め息をつく。

ヒュプ「私にしてみれば、かまってもらえるだけお前が羨ましい」
カノン「かまってるというか、本気でつぶしに来てるというか・・・」
ヒュプ「タナトスは私が声をかけんかぎり向こうから何か言ってくることなど無いからな。私の事など、『ヒュプノスなんていたっけか』ぐらいの認識しかないのだ。私に比べればエリシオンに無意味にたむろしている妖精達の方がどれだけ兄とコンタクトをとれていることか・・・」
シド「しかし、いくらそのタナトスといえど、困った時ぐらいは弟を頼ってくるのではないか?」
ヒュプ「・・・・・それが断じてそうではない。アテナの聖闘士が攻め込んできた時は、私が側にいたにもかかわらず一度も助けを求めなかった。私は・・・信頼されていないのか」
カノン「それで、お前はその時、どうしてたのだ?」
ヒュプ「黙って見ていた。やられるまで」
カノン・シド『助けてやれよ!』

 同時にツッこむカノンとシド。

ヒュプ「しかし・・・私などに助けられてもあいつは喜ばんだろう?」
カノン「いや、だから喜ぶとか喜ばないとかの問題ではなくだな」
シド「まったくだ!そんなに卑屈なことを言っていると俺の兄のようになるぞ!」
ヒュプ「お前の兄は、そんなに卑屈なのか?」
シド「それは本当にもう!バドの人をそねむことと言ったら一度見せてやりたいぐらいだ。俺が何かちょっと知恵を貸したりするとすぐ『馬鹿にしている』などと。それならもっと自分でしっかり日向の人生歩く努力をしたらよかろうが!大体考えてみれば昔から影に隠れるところはあったのだ。時々、俺がピンチになると不意打ちで助けてくれるために」
カノン「いい兄ではないか!!貴様贅沢だぞ!!助けてくれるって何だ!俺など、常にサガから助けてもらいたいぐらいだ!!」
ヒュプ「そうだ!心配されているだけありがたいと思え!!」
シド「な、何でいきなり二人で結託して・・・!;」
カノン「お前がずうずうしいことをぬかすからだ!フン、問題外だな。その程度で最悪の兄と呼ばわろうとは片腹痛い!」
シド「お前はバドを知らんからそういうことが言えるのだ。言っておくがな、バドは人を信じないわりに騙され易い!どうしてそうなるのか理屈ではさっぱりわからんが、現実にここへ来てから何度、カロンに騙されて壷を買わされたことか・・・」

 毎度毎度返しにいくのは俺なのだ!とシド。
 それに続いて、「だったらサガは」「そんなことを言うならタナトスは」とそれぞれ実例を出して張り合い続ける。
 ・・・とりあえず、もしここに公平な目で見ることのできる第4者がいたらこう言ったに違いない。
「あんたら、よっぽど兄さんが好きなんですね」と・・・・



 弟組がそんなふうに盛り上がっている頃、兄三人組の方も弟話に花が咲いていた。

タナトス「楽園にいるにもかかわらず辛気臭い顔ばかり。人の女のことにまでいちいち口をだして文句を言う。ほとほと縁を切りたい奴だ、ヒュプノスは」
バド「シドの奴、俺がせっかく買って帰った霊験あらたかな壷を片っ端から返品してしまうのだ。知った顔をして俺が騙されている等と・・・」
サガ「いや、そこのところを聞いただけでも騙されていそうな雰囲気ではあるんだがな。カノンはむしろ人を騙すというか人をたぶらかすというか・・・とにかく性根の悪い弟なのだ」

 三人揃って溜め息をつく。

バド「要するに、どこも大変だということか。まったく、弟ほど面倒なものはないな」
サガ「本当にな」
タナトス「同感だ。朝も昼も夜も分厚い辞典ばかり読みふけりおって、面白味の欠片も無い」
サガ「・・・それは個人の自由なのでは・・・」
バド「ああ、気持ちはよくわかるぞ。挙げ句の果てにフランス語教本とか読み始めるのだろう?まるで人へのあてつけのように」
タナトス「そうなのだ!わかってくれるか?それから、鬱陶しくまとわりついて、夜更かしは体に悪いだの酒を飲みすぎるなだの、たまには兄弟で話でもしようだの」
サガ「・・・・・・・・・・・」
バド「そう!ちょっと外へ行くといえば面倒を起こさないように気をつけろといい、もどってきたらもどってきたで晩飯をちゃんと食えといい、面倒なことこの上ない!」
タナトス「なあ!本当にどうしようもないな!これだから弟というものは・・・」
サガ「ギャラクシアンエクスプロージョン!!」
バド・タナ「!!!?!」

 何の前触れも無い必殺技の炸裂で、まともに吹っ飛ぶ駄目兄二人。
 地面に叩き付けられてすぐ、抗議をしようと起き上がったが、彼らの目に映ったものは鬼のような形相をしたサガの姿であった。

サガ「貴様らっ、貴様らっ・・・・!!この、この罰当たりどもがっ!!」
バド「な・・・なんだ?何をそんな涙目で・・・・」
サガ「泣きたくもなるわ!!なんなのだそのほとんど理想の弟像みたいな可愛い弟は!?文句を言うなど、言語道断!!貴様らよりもよっぽどよくできた人間ではないか!!」

 それに比べてカノンはな!と、両目から滝のように涙を流しつつ、

サガ「辞書を開くどころか読むものといえばマンガだけ!!フランス語どころか口を開けば悪口雑言、毎日徹夜で酒飲み放題!!!一歩外に出ればなにかと面倒ばかり起こして帰って来る!!夕飯を作るどころか、あいつの夜食から下着の洗濯まですべて私がやっているのだぞ!?」
タナトス「・・・それはお前が過保護なだけだろう」
サガ「情けない!!私はあの弟が心底情けない!!世の中には同じ双子といえどこんなによくできた弟を持ってる者がいるのに・・・なんでうちだけああなのだ!?」
バド「聞かれても(汗)」
サガ「だがな。それでも・・・・それでも大事な弟だ。どうしようのない馬鹿者でも私のたった一人の弟だ。海界から生きて帰って来た時にはやはりほっとしたものだ」
タナトス「・・・・今現在死んでいるけどな」
サガ「それどころか私の代わりに双児宮を守護してアテナを守って・・・・・思い出すだけで涙が出そうになる!どれほど私が嬉しかったか貴様らにわかるか!?」
バド「っていうかなんかだんだん論点がずれているような・・・・」
サガ「貴様ら、自分のそのよくできた弟達を愚弄するならすればよい!!カノンはそいつらの足元にも及ばん駄作だが、私はやはりあいつが可愛い!!過保護とでも兄馬鹿とでも何とでも言え!・・・くそっ!腹の立つ!!あの馬鹿め、いますぐ第一獄から連れ戻してゴミ拾いをさせてやる!!」
タナトス「・・・・・・・こういうのもなんだが、私たちの中で一番屈折しているのはお前だろう。ゴミ拾いって・・・・素直に可愛がってやればよかろうが;」

 激昂するサガに圧倒されつつ細々とツッこむタナトスとバド。
 だが、次第に彼らもしんみりした顔になってきた。

バド「まあ・・・・確かにシドもいい奴だと言えんことも無いかもしれん。あのフェニックス一輝を羽交い締めにしてまで俺をたすけてくれようとしたのだしな・・・そう考えると、やはり何と言うか・・・大事な弟ではある」
タナトス「・・・・・・・・・辛気臭くて鬱陶しくて、やることなすこと小喧しく口出ししてくるが、もしいなくなればいなくなったで淋しいものかも知れんな。やはり兄として、たまの休日ぐらい遊んでやるべきだったか」
バド「・・・その感想は兄というか、働くお父さんのものなのでは・・・」
ラダ「タナトス様!!こんな所にいらっしゃったのですか!!」

 突然の声に三人が振り向けば、頭に羽飾りの男が一人、大股でこちらへ近づいてくるところだった。一瞬誰だかわからなかったものの、繋がった眉毛に見覚えがある。

三人マダランティス!!』
ラダ「ラダマンティスだ!!どんどん愉快になっていくではないか!!・・・タナトス様、頼みますから私の服を返して下さい!それがないと職場に戻れません!!」
サガ「なんだか羽衣をとられた天女のような台詞だな。いいではないかその格好で行けば」
ラダ「冗談ではない!!それでなくても通りすがりのアイアコスに『イメージチェンジか?』と聞かれて死にたくなったところだ!!こんなコスプレはもう一秒たりとも耐えられん!!」
タナトス「・・・・・そのコスプレを私は毎日着ている、と・・・」
ラダ「あ、いやその・・・・」
バド「・・・タナトス。やはりここはいびらずに着替えさせてやれ。なんかこう、見てるだけで辛いから・・・」
タナトス「・・・・・・・・フン、まあ同志がそういうのなら今回は大人しく引いてやるか」
ラダ「同志・・・って一体何の・・・・(滝汗)」

 仮にも神であるタナトスに向かってタメ口を叩いているバドを、引きつった表情でながめるラダマンティス。

ラダ「お前ら・・・この方に何を吹き込んで・・・」
タナトス「ほら、どうするのだ。着替えるのか、そのままでいるのか」
ラダ「着替えます」

 着替えが終わると、やはり羽飾りはタナトスの方が似合うという事実が判明した。当たり前だが。

タナトス「ちっ・・・まだまだこれから見物してまわろうと思っていたのにな。仕方ない、今日はこれで帰るか」
サガ「ひょっとしてその羽飾り、お前の弟もつけているのか?」
タナトス「ああ。私とは反対側につけている。・・・・が・・・」

 タナトスはちょっと考えて笑った。

タナトス「多分私よりも似合うぞ。あれは性格がずっと可愛いからな。髪も金だし」
バド「何?髪の色が違うのか?だったら双子ではないではないか!俺達など、眉毛の角度まで一緒!シンクロ率100%だぞ!」
サガ「バド。双子というのは同じ日に生まれた二人の兄弟姉妹のことであって、ダミーのことではないのだ。髪の色が違ってても双子は双子だ。間違えるな」
バド「むう・・・・そういうものか」
タナトス「それではな、お前達。なかなか楽しかったぞ。ヒュプノスにあったら、今後は少しかまってやることにしよう。ラダマンティス、お前も途中まで共に行くか?」
ラダ「いえ。私は少々、サガに話がありますので」
サガ「私に?」
バド「ならば俺も第一獄へもどろう。また、機会があれば会いたいものだな。同じ双子として」
タナトス「うむ」
サガ「そうだな」

 堅い握手を交わし、タナトスとバドは帰っていった。
 ただ一人、ラダマンティスだけは、一体どういう絆なんだかまったく把握できずに取り残されていたという。



サガ「・・・・それで、話とは?」
ラダ「ああ。実はな」

 二人が去っていった後、サガは改まってラダマンティスに尋ねた。

ラダ「バレンタインから苦情が来た」
サガ「苦情?」
ラダ「そうだ。お前達が毎日毎日兄弟喧嘩ばかりして、仕事の倍のスピードでさらなる仕事を増やして困る、と」
サガ「・・・・・・」
ラダ「二人を引き離してくれと涙の嘆願が来たのでな。俺も飲まずにいられなかった」
サガ「要するに、片方が別部所で働け、ということか?」
ラダ「いや。コキュートスに落とす」

 ラダマンティスは言いづらそうに言った。

ラダ「トラブルメーカーは一人動いていれば十分だそうだ。コキュートスといえばこの冥界でももっとも過酷な地獄。そこにお前かカノンのどちらかを送るわけだが・・・・」
サガ「私が行こう」

 迷わずに、彼はそう言った。そして、ラダマンティスの顔を見て少しばかり微笑んだ。

サガ「誤解するなよ。私はただ、働くのに疲れただけだ」
ラダ「・・・すまない」
サガ「いいのだ」

 沈黙の後、二人の男は並んで歩き出した。



 バドが第一獄に帰ってみると、そこでは三人の男が丸くなって顔を突き合わせていた。

シド「兄さん!帰って来たんですか!」
バド「・・・・・・帰って来て欲しくなかったのか?」
シド「だからどうしてそういうことを言うんです!かえって来て欲しくないわけが無いでしょう!?」
 
 書庫の中には自分が出て行く時にはいなかった人物が一人。
 その顔ですぐに誰だか判別がついた。

バド「・・・・ヒュプノス、だな」
ヒュプ「?どうして私の名を知って?」
バド「お前の兄にあったぞ」
ヒュプ「タナトスに!?馬鹿な。あれがこんな所まで来るはずが無い」
バド「しかし実際来ていたのだ。色々と話しをして、さっき帰っていった」
ヒュプ「まさかそんな・・・・」

 ヒュプノスは急にそわそわしはじめた。

ヒュプ「・・・すまないが今日はこれで帰る。本を借りていくぞ」
シド「ああ、どれでも持っていくがいい」
ヒュプ「ありがとう」

 そのまま、選ぶ暇も惜しむように手近の本を二三冊かかえて足早に出ていってしまった。
 バドはカノンに向き直った。

バド「お前の兄にも会ったぞ」
カノン「・・・なぜそんな全ての兄を網羅して・・・・」
バド「二人だけだ、会ったのは。ラダマンティスになにか話しをされていたが、今ごろはもう帰っているのではないか?」
カノン「ならば俺は絶対帰りたくない!」
バド「だだっこかお前は。さっさと帰ってやれ。心配していたぞ」
カノン「・・・・・心配だと?」
バド「ああ」

 カノンは腑に落ちなさそうな顔をしていたが、そのうちしぶしぶ席を立った。
 
カノン「シドよ。これが今生の別れになるかもしれん。帰ったとたん、殺される恐れがあるからな」
シド「・・・そんな恐ろしい場所にわざわざ帰らなくても・・・・」
カノン「いい。どうせいつかは捕獲される。さっさと自首した方が怒りも軽くて済むだろう。それではな」

 なにかものすごい決意の表情で、カノンもまた去っていった。
 後に残ったのは、元の通りのシドとバドの二人だけ。

シド「・・・・・・・外は楽しかったですか?」
バド「ああ。楽しかった」
シド「今日は何も買ってこなかったのですね」
バド「・・・・嫌味かそれは」
シド「!また・・・」
バド「そういうことを言う、と言いたいのだろう。わかったわかった」

 バドは明るく笑って、弟をたしなめた。

バド「これからは極力言わんようにする。・・・だが、お前も少しは物言いに気を付けてくれ」
シド「兄さん・・・・」

 いきなりなんだかお兄さんらしくなってしまったバドを、シドは不思議そうに眺めた。

バド「なんだ。なにかおかしいか」
シド「いえ・・・・・・あの、兄さん」
バド「なんだ」
シド「いろいろと、すみませんでした」
バド「・・・・俺もだ。悪かったな」

 二人は素直に言い合って、それから同時に吹き出す。
 冥界には申し訳ないほどアットホームな雰囲気であった。



 エリシオンに帰って来たヒュプノスは、まずその足でタナトス神殿に赴いた。
 タナトスはいなかった。

ヒュプ「・・・・・・・・・」

 眉間に皺を刻んで自分の神殿に向かう。
 と、そこに兄の姿があったのだ。

タナトス「本を借りに行くだけで随分時間を食ったものだな」
ヒュプ「タナトス・・・・」

 地獄に行ったのは本当か?と尋ねると、彼はにやにやと笑ってこたえようとしなかった。
 その代わり、ヒュプノスの持っている本を指差して、

タナトス「一冊貸してくれ」
ヒュプ「なんだと?」
タナトス「読ませろというのだ」
ヒュプ「お前が?本を?」
タナトス「馬鹿にするな。私だって書物の一冊ぐらい読む」

 タナトスはさっと手を伸ばして一番上に積んでいたのを取り上げると、

タナトス「借りていくぞ」
ヒュプ「あ、おい、タナトス・・・・」

 そのまま歩き去っていってしまった。

ヒュプ「・・・・・・?・・・・・」

 30分後。
 ヒュプノスがそっと兄の神殿まで様子を見に行ったところ、そこには開いたままの本につっぷしてぐっすり眠りこけているタナトスの姿があったという。



 そしてカノンは。
 帰って来てサガの姿が無いのを知り、一度はほっとしたものの、夜中を過ぎてもまだ帰ってこないのでだんだん不安になってきたところだった。
 おかしい。
 自分はともかく、サガに限って朝帰りなどということはないはずだ。
 どこかで事故に遭った、という線も、いろんな意味でのサガの実力から考えると可能性は薄い。
 さっぱりわからなかった。

カノン「おい、お前」

 とうとう彼は、現場監督のバレンタインをとっつかまえてサガのことを問いただすに至ったのである。

カノン「サガがどうしたのか知っているか?」
バレン「・・・・あいつなら、もうここにはもどらん」
カノン「もどらん?なぜだ」
バレン「お前と一緒にしておくと収集がつかんので、コキュートスに落とされたのだ」

 カノンの顔色が変わった。

カノン「・・・・なんだと?」
バレン「今ごろはもう、あの地獄の中で凍り付いているはずだ。だから再三言ったではないか!頼むからもう少し大人しくしてくれと!私だってこんなことはしたくな・・・」
カノン「黙れ!!おい、それならどうして俺にしなかった!?どちらでもよかったはずだろう!?あいつの方がまだしも俺よりまじめに働いて・・・・!」
バレン「本人が望んだのだ」
カノン「・・・・なに?」
バレン「お前を落とすなら自分が行くと、ラダマンティス様に言ったそうだ」

 バレンタインはばつが悪そうに呟いた。

バレン「・・・いい兄を持ったな」
カノン「・・・・っ!!」

 その言葉の終わるや否や、弟は身を翻して駆け出す。

バレン「カノン!もう無駄だ!」
カノン「馬鹿を言え!!あの阿呆がそう簡単にくたばるものか!!」

 怒鳴り返して、彼は冥界の闇を一心に駆け抜けた。



カノン「サガ!!どこだ!!返事をしろ!!」

 氷の地獄は吹く風すらも凍てついて、運ばれてくる罪人達のかすかな魂を奪って行く。
 その死の空間を散々歩き回ってようやく見つけ出した時、サガは既に意識も無く、冷たい土に埋もれていた。

カノン「サガ!!馬鹿!阿呆!!この間抜け!!」

 とりあえず何回か頬をひっぱたき、それでも目覚めぬ彼の体を掘り起こして抱えた。

カノン「・・・さあ帰るぞ!一人で仕事をサボろうとしてもそうはいかん!!」
ラダ「・・・そうはいかんのはお前の方だぞ、カノン」

 気がつくと、冥界の管理人がすぐ目の前に立っていた。

カノン「ラダマンティス・・・・」
ラダ「あまり勝手なことをしてもらっては困る。サガを置いていけ」
カノン「断る!どうしてもというなら俺が残る!!それでいいだろう!?」
ラダ「できない相談だな。それを許せば俺がサガに恨まれる。どちらにしろ、その様子ではそいつはもう目をさまさんだろう。置いていくのだ、カノン」
カノン「いやだ!!俺の・・・・・・俺のたった一人の兄なのだ!」
ラダ「・・・・・・・ここが冥界だということを忘れてもらっては困るな。兄弟愛など何の足しにもならん。お前は罪人の一人にすぎんのだ」
カノン「くっ・・・・・!」

 カノンは歯噛みをした。火花の散りそうなぐらいの目でラダマンティスを睨み付けた。
 そして、

カノン「・・・・・・・・・・なら、兄弟愛ではないといったら」
ラダ「何?」
カノン「断じて兄弟愛などではないわ!!これを見ろ!!」
ラダ「!!」

 叫んでカノンがやったこと。
 それは意識の無い実の兄への決死の覚悟のディープキスであった。

ラダ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)」
カノン「見たか!?どうだ兄弟愛ではないだろう!?これはれっきとした恋愛だ!!
ラダ「・・・・・・・・お、お前がそんな男だとは思わなかったぞ・・・」
カノン「どういう意味でだ!!」
ラダ「いろんな意味でだ!!ふざけるなよ貴様!!兄弟で許されると思っているのか!?」
カノン「同性愛なら許される!!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・
 
 きっぱりはっきり言いきったカノンに対し、ラダマンティスはもう何も言う言葉がなかった。
 規則や理論云々よりその覚悟に敬意を表する形で道は譲られ、カノンは何も知らない兄を抱えてコキュートスを後にしたのである。
 その際、このある意味勇者の腕にはっきり鳥肌が立っていたのは、決して寒さのせいだけではなかったことを付け加えておく・・・・



 目を覚ますと、すぐ間近に自分と同じ顔があった。

サガ「・・・・・・・・カノン?」
カノン「ようやく気づいたか。・・・・手間をかけさせおって」

 腹だたしそうに呟いた弟は、その一瞬後に離れていった。
 同時にぬくもりも一緒にはなれていったことに気づき、サガはやっと、自分が今までカノンの腕に抱えられていたことを知る。

サガ「・・・・・・・なんだ?私は一体・・・・」
カノン「自分のしたことも覚えておらんのか!」
サガ「私は・・・・・確かコキュートスに落とされたはずだ」
カノン「そうだ!それで俺が掘り出して連れて帰ってやったのだ!大変だったのだぞ、凍り付いた貴様を解凍するのは!次にやったら電子レンジにいれてやるからそう思え!!」
サガ「解凍・・・・・どうやったのだ?」
カノン「俺の小宇宙で暖めた!」

 ぞわっ!

サガ「・・・・・・・・すまん、今ものすごい悪寒がしたんだが」
カノン「それぐらいがなんだ!!俺など昨日は全身鳥肌だったのだぞ!?」
サガ「ぜ、全身鳥肌だと?お前一体何をした!?」
カノン「言えるか!!思い出したくも無いわ!!」
サガ「まて、それは私に関係することか!?ほんとに何をやったのだ!!」
カノン「知らん!!」
サガ「おい、カノン・・・!」

 寝ていたベッドから飛び起きて問い詰めようとするサガを、カノンはむりやり押し倒して元どおりに寝かせる


カノン「大人しく寝ていろ!この死に損ない!!」
サガ「何だと!?」
カノン「人がどれだけ心配したと思っているのだ!いいから今日は寝ていろ!バレンタイン達も『ぜひ何もしないでいて下さい』と言っていた!」
サガ「・・・・・・・」

 サガは目を丸くして、怒鳴って荒れる弟を見上げる。

サガ「・・・・・・・・・・すまなかったな」
カノン「そう思うなら二度とやるな!!」

 カノンはその日一日中、機嫌が直らなかった。
 直らなかったが、サガの側から離れようともしなかった。サガが何か言うたびに怒鳴り返す。
 しかし喧嘩にはならない。
 カノンが不機嫌だった分、サガの方が一日上機嫌だったのだから。



 そしてその翌日。
 監督冥闘士達の祈りも虚しく、双子は職場に復帰した。

サガ「カノン!とろとろするな!きちんと仕事をしないと今日こそ容赦はせんぞ!」
カノン「うるさい!お前のために小宇宙を燃焼させたおかげで、俺は全身筋肉痛なのだ!!」
サガ「そんなわけがあるか!!」
カノン「何を!?やるのか!?」
サガ「フッ、望むところだ!!」

 ・・・・・・・・

雑兵「・・・・・もう・・・・もう本気でいやだ・・・・・」
雑兵2「バレンタイン様・・・・なんとかしてくださいよおお・・・・」
バレン「・・・・・・・・・・・・・いっそ私がコキュートスに落ちたい・・・・」

 どこまでも不幸を被る冥闘士達。
 そこから離れた嘆きの壁の前では、ラダマンティスもピンチに陥っている。

タナトス「今日こそ冥界全域を見て回る。さあ服を貸せダマランティス!」
ラダ「ラダマンティス!!いい加減にして下さい、名前も服も!!」
アイアコス「はっはっはっ、災難だな、ラダマンティスよ」
ヒュプ「今日は私も一緒に行こうと思うのだが・・・・ちょうど良い、私はお前の服を借りよう、アイアコス」
アイアコス「え・・・ちょ、ちょっとそれは・・・!」

 そして第一獄の書庫では一時修復した関係が再びほころんでいた。

シド「兄さん!なんで『舞姫』『簡単!タンゴ教室』等という本が並べられているんですか!!」
バド「な、なにか問題が?」
シド「本をタイトルで判断しないで下さい!本当に仕方の無い・・・」
バド「くっ、おのれ、また蔑みの目で俺を・・・・!」
シド「そういうあなたこそまた卑屈な目で私を!どうせ私などそんなものでしかないのですね・・・」
バド「おい、何でお前が落ち込む!?」
シド「フッ、もう私は毒を持って毒を制すことにしたのです!あなたが落ち込むというのなら、その上を行くスピードで落ち込んでやる!!」
バド「いや、それは落ち込んでるとは言わん・・・・;」

 それぞれに良くも悪くもいい仲な兄弟達である。
 たとえどんな世界でも、彼らはものともせずに力を合わせてやっていく。
 そしてたぶん。

 冥界が破綻する日は近い。
 


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