最初の一呼吸で湿った地下室の匂いをかいだ。眼を開けて見た物は底知れぬ暗闇だった。
 ・・・・何か、せまい場所に閉じ込められている。
 腕を上げて前に立ちふさがる壁を押した。
 それが棺桶の蓋だということに、起き上がって初めて五人は気がついた・・・



 ここはどこだ。お前は誰だ。
 そこら辺をわかりづらくしているのは、ひとえに着ている物のせいだった。

デス「?なんだ、シュラかよ。なに似合わねえ格好してるんだ」
シュラ「その言葉そっくりそのまま返すぞデスマスク・・・いつから白のネグリジェなど着るようになった」
デス「お前も着てるだろうが!」
アベル「・・・静かにしろ、そこの馬鹿二人。それはネグリジェではない。死者の葬送服だ」
サガ「・・・・・・・・・・」
アベル「どうした?目が覚めたのならさっさとこちらへ来い」
サガ「・・・すまん、あと五分寝かせてくれ」
アベル「寝直すな!しゃんとせんか!ほら、そこの奴もいつまでもぐずぐず寝床にもぐっとらんでさっさと出ろ!」
アフロ「嫌だ・・・・寒い・・・・・」
アベル「体を動かせば暖かくもなる!まったく、生き返った早々世話の焼ける奴等だな!さあ起きろ!起きろというに!」
カミュ「やめろ。箱ごとひっくり返されなくともちゃんと起きる。・・・・ところで、つかぬ事を聞くがあなたは一体・・・?」
アベル「私はアベル。全知全能の神ゼウスの息子にしてこの世の太陽神・・・」
カミュ「そうか。おやすみ」
アベル「って、だから寝るなと言っておろうが!!」
 
 とことんまで寝起きの悪い黄金聖闘士達を棺桶から無理矢理引きずり出す太陽神
 その姿はあんまり神々しいものではなかったという。



 30分後、なんとか全員出そろって、アベルはもう一度自己紹介を仕切りなおした。

アベル「私の名はアベル。全知全能の神ゼウスの息子にしてこの世のたい・・・・・」
アフロ「寒いー寒いー寒いー、うう、いかん、このままでは凍えてしまう。・・・っくしっ!」
シュラ「おい、大丈夫か?起きたばかりで体温が下がっているのだろう。もっとこっちへ来い」
デス「おっさん、こんなクソ寒いところでウダウダ言ってないで、早く日のあるところに連れてけや」
アベル「・・・・・・・・・・・」

 せっかく自己紹介をしているのに、聞く耳どころかおっさん呼ばわり。
 苛立ちを通り越してなんだか悲しくなってきたアベルである。
 さすがにサガも見かねたか、振り向いて3人を叱責した。

サガ「いい加減にしないかお前達、人の話の最中に。そんなに文句を言うなら棺桶の中へ戻れ」
アベル「待て、戻られては困る;せっかくここまで起こしたのだ。多少の文句は聞き流すから起きていてくれ。・・・・・そこの寒がり、お前の名は?」
アフロ「アフロディーテだ」
アベル「ならばアフロディーテ。これをやろう」

 アベルが溜め息混じりにそういって、指先に小さな火の塊を出した。
 アフロディーテが受け取ると、白い手の上でほわほわと浮く。

アフロ「・・・・暖かい」
アベル「さっきから言いかけて誰も聞いてないが、私は太陽神。それぐらいのことは造作も無い。まだ寒いと言うならいくらでも出してやるから、今は話を聞いてくれ」
カミュ「・・・・・そんな人間カイロのような事をしなくても、聞けといわれれば普通に聞くのに・・・」
アベル「人間ではなくて神!太陽神!アベル!頼むからそれだけでも飲み込め!」
デス「ああわかったわかった。太陽神で名前はアベルなんだな?で、おっさん、なんであんたが俺達を・・・」
アベル「だからその呼び方はやめんか!!何のために名前を教えたと思っているのだ!大体おっさん呼ばわりされるほど私は老けてはおらん!!」
カミュ「アフロディーテ。その火の玉はどういう風になっているのだ?ちょっと凍らせてみてもいいか?」
アフロ「やめろ!せっかく暖かくなったのに凍らせたりなどするな!」
カミュ「いいではないか。ケチケチするな。貸せ」
アフロ「いやだいやだっ!おい、返せ・・・あ・・・っ!アベル!こいつが私の火を取った!!」
アベル「名前を呼んでくれて礼を言う。しかし私はこんな幼稚園児の世話見役になるためにお前達を起こしたのではないのだ・・・・・本気でいい加減にして、少し落ち着いてもらえないだろうか」

 ・・・その後、シュラが喧嘩の仲裁をし、サガがデスマスクを叱って落ち着くまでにまた30分かかった。
 ようやく居住まい正してまともに聞く体勢を整える。

サガ「・・・よし、これでいい。さあ存分に話せ、アベル」
アベル「・・・・・・それはそれで非常に話しづらい仕切り直しかたではあるんだが・・・・まあいい」

 深々と溜め息をつき、アベルは話しはじめた。

アベル「自分でもわかっていると思うが、お前達は十二宮の戦いで一度死んだ身・・・・それを蘇らせてやったのは他でもないこの私だ」
デス「誰も頼んでねえけどな」
サガ「そういうヤジを入れるな!お前は死んでも性根が直らんのか。ああ言えばこう言う、こう言えばああいうで口ばっかり達者に育って、いつだったか聖域に客が来たときも・・・・」
アベル「その話は後にしてくれないか。すごく長くなりそうな気がするので・・・」
サガ「ん?ああ、すまん」
アベル「続けるぞ。そう、私が頼まれてもいないのにお前達を生き返らせた。もちろん、それには理由があったのだ。とても大切な理由が。お前達に、アテナを守ってもらいたい」
シュラ「アテナを・・・・?」

 突然出てきた女神の名前に、さすがの黄金聖闘士達も真顔になった。

シュラ「どういうことだ?また地上になにか危機が起こったのか?」
アベル「というか私が起こす。地上のただれた人間どもを一掃するため、世界中の火山を爆発させる一大計画。それをアテナと一緒にやろうと思うのだ」
デス「勝手にやれよ。別に止めねえから」
サガ「止めろ阿呆!!アベル、やろうと思う・・・とは、まさかアテナはその計画に賛同して・・・!?」
アベル「いや、まだ会ってもいないのだが、断るわけが無かろう?」

 一瞬、沈黙が落ちた。

デス「・・・・・いやあ・・・・・・忠告してやる義理はないんだが・・・・・それだったらやめといた方がいいと思うな俺は」
サガ「ああ。アテナは間違いなく断る。対立関係長かったのでそこら辺は断言できる」
アベル「馬鹿な。兄の私よりも下らぬ人間どもを選ぶというのか」
アフロ「兄とか人間とか言う前に『アテナは地上を守らなければならない』という固定観念にとらわれているからな。新興宗教の前では身内も無力だ。あきらめろ」
アベル「そんな・・・・・いや、そんなはずはない!やってみなければわからん。やはり私はこれからアテナに会いに行って話をしてみよう」
シュラ「その前に一つ聞きたい。もしも本当にアテナが断るような事があったら、あなたはどうする気だ?」
アベル「断ったら・・・・」

 アベルの顔がかすかに歪んだ。

アベル「・・・・その時は仕方あるまい。私が一人でプロジェクトを実行するだけだ」
カミュ「必ず邪魔が入る。アテナは断るにとどまらず、あなたを止めようとするはずだ。そうなったら、あなたは妹を相手に戦うつもりなのか?」
アベル「・・・・・・・・・・・やむをえん」
デス「心の底から言う。やめとけ。アテナの聖闘士は本当に始末におえんぞ。もう、なんというか一言で言って、反則
アベル「大袈裟な。そんなことを言って私をあきらめさせようというのだろうが、そうはいかん」
デス「いや、アテナにそこまでの義理はない。俺の言ってることは一点の曇りも無い真実だ。聞かずに後で後悔したって知らんからな」
アベル「もちろん、私とて黄金聖闘士達の強大さはよく知っている。しかし・・・」
サガ「アベル、あなたは思い違いをしている。手におえないのは黄金ではなく青銅だ。黄金で手におえなそうなのはこうして死んでいるから、ムウとシャカに気をつければ残ったのは非常に扱い易い面子ではある」
アベル「・・・・・青銅だと?フン。何を言い出すかと思えば・・・聖闘士の中でも一番ランクが下の小童どもではないか。十二宮で見事だったのは認めるが、私の敵ではない。それに、アテナに聖闘士がいるというなら、私にだってコロナの聖闘士達がいる。アトラス!ジャオウ!ベレニケ!」

 アベルが呼ぶと同時に、入り口から熱い風が吹き込んできた。

アトラス「・・・・お呼びでございますか、アベル様」
アベル「うむ。黄金聖闘士達を蘇らせたのでな。アテナの守護をしてもらう故、この先お前達の仕事仲間になるだろう。挨拶するがいい」
アトラス「かしこまりました」
 
 金の巻毛の青年が、すっと立ち上がった。

アトラス「私はアベル様のしもべ、竜骨座カリナのアトラスだ」
ジャオウ「同じく山猫座リンクスのジャオウ」
ベレニケ「そして髪の毛座コーマのベレニケ」

 ・・・・・・・・・・・・・

シュラ「・・・すまん。どうしても気になる。ベレニケとやら、お前の聖衣の合体形は一体どういう形をして・・・?」
アフロ「やはりヅラだろう。それしかない」
ベレニケ「違うわ!!貴様ら、初対面からなんと無礼な!!」
ジャオウ「・・・・・気持ちはわからんでもないのだがな・・・・・俺も前から気になっていた」
アトラス「お前もか。実を言えば私も少し」
ベレニケ「黙れ!自分達の聖衣がわかりやすいからといって、いい気になるな!」
デス「確かに山猫はわかりやすいが、竜骨って何だ・・・?素直に想像すると恐竜の化石しか思い浮かばんのだが・・・漢方薬の名前にありそうだし」
アトラス「誰が漢方薬だ!!いくらわかりづらいからといって、変な連想をするな!!そういうお前達の聖衣はなんなのだ!」
シュラ「山羊座
アフロ「魚座
デス「蟹座
アトラス「・・・おのれ、非常にわかり易い・・・(怒);」
アベル「そんなことで怒っても仕方ないだろう、アトラス・・・・ベレニケも、まともに彼らを相手にすると疲れるだけだぞ。ここは引いておけ」
ベレニケ「っ!」
カミュ「私の水瓶座もどちらかというとわかりづらい方かも知れんな・・・よく水瓶単体だと思われるが、実際は『今にも水瓶を投げつけようとしている人間の形』だからな」
サガ「私は・・・逆の誤解が多いな。双子座と聞いてどうこうというよりは、実際の聖衣を見て阿修羅像と間違われるケースが非常に・・・・」
アベル「だからもう聖衣の話はいいだろう、どうでも!とにかくお前達はアテナの、そしてこの私の僕としてこの先生きるのだ!わかったな!」

黄金聖闘士達はちらりと眼と眼を見交わし合った。そして言った。

『・・・わかりました』



アベルとコロナの聖闘士達が地下室を出ていった後。

サガ「わかったけれども承知したとは言っていない、と・・・さて一大事だ。どうする」
デス「・・・あんたも一度死んで相当いい性格になったよな・・・・
シュラ「アテナに報せるか?」
カミュ「無意味だ。どちらにしろアベルが直々に報せにいくと言っていただろう。コンタクトを取るとすれば青銅にということになるのだが・・・しかしアテナの出方がわからんからな」
デス「100%断るに違いないだろ」
カミュ「断ったところで、アベルは大人しくはいそうですかと済ます気はない。奴と争うことになった場合、勝ち目はあると思うか?」

 全員眉根を寄せた。
 馬鹿なフリをしてはいても、そこはさすがに黄金聖闘士。太陽神であるアベルの力量が並々ならぬ・・・というか強大無比以外の何物でもないことにはとうに気づいていた。

アフロ「・・・・・外から撃って敵う相手ではなさそうだ。やるとしたら内部から、私たちが寝首をかくしかないか」
デス「お前、試しに色仕掛けやってみたら・・・」
アフロ「殺ス」
シュラ「落ち着け。しょうもないことで仲間割れをしている場合か。サガ、ここはやはり、青銅に連絡を・・・」
サガ「いや。青銅達はまだ精神的に未熟だからな。報せたとたんに突っ込んでいって玉砕する恐れがある。それより、聖域に残っているムウ達とコンタクトを取ろう。誰かテレパシー通信できる者はいないか?」
カミュ「ミロになら送れるが・・・」
サガ「それでいい。とにかく現状を伝えるのだ」

 そこでカミュはやってみた。

――――――ミロ。ミロ。聞こえるか?
――――――!!カミュ!?なんだ!?どうしたのだ!?幻聴か!?
――――――幻聴ではない・・・あいかわらず騒がしい上にそそっかしい男だな。
――――――お前死んだのではなかったのか!?
――――――いや、確かに死んだのだが、いろいろと訳があってな。実は大変なことが起こ・・・
――――――訳って何だ?ていうか、お前は生き返ったのか!?
――――――ああ生き返った。それで・・・・
――――――どうやって生き返ったのだ!?生き返ったのなら聖域に帰って来い。待ってるから。
――――――・・・帰るに帰れない事情がある。実は・・・
――――――帰れない事情?だって生き返ったのだろ?だったら帰ってこれるだろ?
――――――いや、だから・・・
――――――あ!ひょっとしてサガ達も生き返ってるのか!?今そこにいるのか?

カミュ「あああああ話が進まん!!!黙れミロ!!もうお前はいい!!ムウに代われっっ!!」

シュラ「い、いったい何があった・・・・・?」
デス「なんとなくわかるけどな。大体、込み入った話をミロにしようってのが無理なんだよ」

――――――な、なに怒っているのだ?カミュ。
――――――いいからムウを出せ!話の分かる奴を呼べ!!
――――――わ、わかった。

 ミロは白羊宮まで飛んでいったのだろう。
 ややあって、強力なテレパシーが返って来た。

――――――久しぶりですね、カミュ。生き返ったのですね。

 さすがはムウ。誰とでもどこへでも交信可能らしい。

――――――ムウ。困ったことになった。太陽神のアベルが復活したのだ。
――――――アベルが?なるほど。先だって感じた強大な小宇宙は彼の物ですか。
――――――奴は世界をいったん滅ぼして人類に制裁を加えるつもりらしい。それもアテナ同伴で。
――――――アテナが荷担をしたのですか!?・・・そんなわけありませんね。脅迫でも?
――――――いや、まだ同意を得てはいないのだが、これから計画を打ち明けるといっていた。
――――――彼女が承諾するわけありませんよ。何かまた面倒なことになりそうです・・・・
――――――ああ・・・・・というか、お前は話が早くて本当に助かる。

その後、二三言葉をかわしてカミュは交信を打ち切った。

サガ「ムウはなんと?」
カミュ「やはり様子を見ようと言っていた。アテナの出方を待つそうだ。ただ、最悪の事態に備えて下準備はしておくから安心してくれ、だそうだ」
サガ「どんな下準備だ・・・?武装か・・・?」
カミュ「いや、私にもよくわからん。任せておいて間違いはないと思うが・・・」
アフロ「ムウなら大丈夫だろう。私達も、今は待とう。アテナがどうするのか」

 アテナがどうするのか。
 その答えは、翌日、思いがけない形で明らかになった。



「茶会にアテナが来る。お前達も控えていろ」

アベルがそれを命じるために地下室に来た時、黄金聖闘士達は白熱していた。

アフロ「右手上げて、右手下げて。左手上げると見せかけて実は上げる。・・・ほら、間違えた」
カミュ「むっ・・・!意外に難しいな」
シュラ「フッ、これぐらいのフェイントについていけんようでは先が思いやられるぞ、カミュ」
デス「おー。さすがエクスカリバーの男!」
アベル「・・・・聞くが・・・・一体何をしているのだお前達・・・・・?」
全員『旗上げゲーム』
アベル「・・・・・・・・・・・・・」
サガ「アベルよ、誤解してもらっては困る。我々は別に、暇で暇でどうしようもないからとりあえず遊んでしまおうなどと考えているわけではない。旗上げゲームとは、相手の思惑を瞬時に読み取り即座に対応することが必要な攻防一体のゲーム。聖域の聖闘士養成所でもカリキュラムに取り入れているほどの有効な修行法なのだ」
アベル「なに?本当かそれは?」
サガ「本当だとも。というか、これができなければアテナの聖闘士にはなれん。そもそも聖闘士という職業自体旗上げゲームから派生したといっても過言ではないのだ」
アベル「そ、そうだったのか・・・・」
サガ「聞くまでもないことだが、アトラス達は当然旗上げゲームも上手いのだろうな?まさか太陽神ともあろう方が旗上げゲームも満足にできん人間を部下にしてはおらんだろう?」
アベル「いや、試してみた事はないが・・・・」
サガ「ほぉ?」
アフロ「おやおや」
デス「何だ?旗上げゲームもできない奴と仕事しろってのかよ」
アベル「こ、今度やらせてみよう。知らなかった・・・旗上げゲームがそんなステータスになっているとは・・・」

 真面目な顔で肯くアベル。
 少し離れたところでシュラとカミュが眼をそらしている。

シュラ「・・・・いくらアベルが気に入らないからといって、太陽神をここまでおちょくっていいものだろうか・・・天罰くらうぞ・・・」
カミュ「というか、私にはもう太陽神より何より、眉一つ動かさず嘘をつきまくっているあの三人の方が恐ろしい。アベルの人類滅亡計画は、彼らを生き返らせた時点で破綻な気がする」

アベル「・・・まあ、ゲームはあとでやらせるとして・・・とにかく今は上に来てもらおう。アテナが待っている。日本で」
シュラ「・・・今から日本に行くのか・・・・?そもそも、ここはどこだ?」
アベル「ここはギリシャ聖域内の私の神殿」
カミュ「なぜそこからわざわざ日本へ・・・・・・」
アベル「待ち合わせ場所だからだ。早くしろ」

 アベルはそう言って背を向けた。
 黄金聖闘士達は黙って後に従った。


 日本・木戸の別荘宅。
 涼しい緑と瀟洒な山小屋。さんさん明るい日の光。
 そこへ現れた黄金聖闘士達を見たアテナは、一瞬驚きに目をみはり、それから満面の笑顔を見せた。

アテナ「サガ!シュラ!カミュ!アフロディーテと・・・蟹!
デス「なるほど・・・なんだか知りませんが俺に個人的な恨みがある、と・・・やめてえなこの仕事・・・」
アテナ「誤解です。私はただ、あなたの本名知りませんし・・・『死に顔野郎』呼ばわりも失礼かと思って」
デス「・・・・・・あんた今晩ドアに鍵かけて寝た方がいいですよ・・・・・
アベル「おいそこ!妹に手を出したら消すぞ!!」
デス「悪いのは俺か!?」
アテナ「そう。いつだって悪いのは。覚えておきなさいね」
デス「こいつ本気で一遍男の恐さ教え込む・・・!」
サガ「それをやったら私も許さん。殺す程度じゃ済まないからそう思え」
デス「・・・・・・・・っ!」

 アテナは兄に手をひかれて、テラスの椅子にかけた。
 アベルはその斜め前に座り、テラスの下にはアトラス達三人が控えている。
 黄金聖闘士達は少し離れた木陰に座して、話の行方を見守ることにした。
 神の血をひく兄妹は、しばらく和やかに談笑しながら茶を飲んだ。

アテナ「しかし、アベル。あなたがなぜ今・・・・?」
アベル「時が来たのだ。お前を迎えに来た」
アテナ「時、とは・・・?」

 質問に、アベルは例の世界滅亡計画で答えた。
 黙って聞くアテナ。
 しかし。

カミュ「・・・しかしアテナのあの顔は、なんか『またそういう話かよ』という気持ちを如実にあらわしている気がするのだが・・・」
アフロ「やはり断るだろうな、これは」

 と。淡々と滅亡計画を話していたアベルが唐突に言った。

アベル「・・・なぜ私の話に恐れるのだ?アテナよ」
アテナ「!」
ベレニケ「アテナ、お忘れではありますまい。アベル様はその神性によって、どんな者の心をも読みとることができるのです」

 聞いていた黄金聖闘士達の間に衝撃が走った。

デス「心を読むだと!?」
シュラ「馬鹿な!それならどうしてサガの嘘にころころ騙されて・・・!」
サガ「それとも、あれは騙されたフリをしていただけだったのか?むぅ、さすが神・・・」
カミュ「いや、絶対本気で騙されてたと思う・・・・単にそんな下らない嘘は予想してなかっただけで」
アトラス「そこ!ぐちゃぐちゃうるさいぞ!静かにしろ!」
デス「黙れ、漢方薬が」

 というデスマスクの暴言は、幸か不幸か丁度乱入してきた元気のよい声に阻まれてアトラスまで届かなかった。

星矢「沙織さーん!」

 乱入声の主は星矢。
 なぜか柵のところで一回転して背中から転げ落ち、なおかつ笑顔なパフォーマンスを見せる。
 彼の後ろからは、やはり和やかな雰囲気の紫龍、氷河、瞬がついてきていた。

サガ「・・・・あんなに可愛く笑ってる星矢を見るのは、聖衣をやった時以来だ・・・・」
シュラ「・・・・俺なんか紫龍の笑ってる顔自体初めて見た」
デス「それでいったら、俺は紫龍が生身で眼を開けてるところすら初めて見た・・・ていうかその前に教えてくれ。星矢と紫龍はいいとして、残りの二人は誰だ??」
アフロ「私もちょっと見慣れない人間が・・・・あの髪の長いのが紫龍か?金髪のは何だ?」
カミュ「金髪はうちの氷河だ。・・・・なるほど。あれが紫龍か・・・」

 生前一面識も無い少年を発見し、それぞれ戸惑う黄金達。
 一応全員を見た事のあるシュラが、名前だけ説明をする。

シュラ「星矢はわかるな?長髪で一番落ち着いた雰囲気のかしこそうなのが紫龍。金髪が氷河で色白のが瞬だったか」
デス「・・・私感情入りすぎだぞシュラ・・・・青銅はこれで全部なんだな?」
シュラ「ああ。そのはずだ」
サガ「いや。実はもう一人いる・・・というか、それが一番タチが悪い」

 五人の中でただ一人一輝と対峙したことのあるサガがやや遠い眼をしていった時、突然の来客に向かって言うベレニケの声がふと聞こえた。

ベレニケ「・・・コーマのベレニケ。そして、この者達もな」

 その指し示す腕が、しっかり自分達の方を向いていた。

デス「!おい、なんかしらねえうちに自己紹介が始まってたらしい!『この者達も』って、何の話だ?誰か聞いてたか?」
カミュ「いや・・・;」
サガ「く・・・うろたえるな!とりあえず意味ありげに登場しよう。黙ってても、それでなんとかなる!」

 というわけで、五人は意味ありげに木陰から出てきた。
 それはある種の成功を収めたようだった。

紫龍「あ、あなた達は・・・!」
瞬「皆、十二宮の戦いで死んだ黄金聖闘士達なのに、何で・・・・!?」

 ・・・・・・・・

デス「・・・・・おい、質問来たぞ。答えるべきなのかな」
シュラ「しかし現状把握もままならんで見当違いの答えをしてもまずい。そもそも、何で生き返ってるのか俺達もよくわからんし・・・・」
サガ「あえて答えるとすれば世界滅亡計画に荷担させられるためなのだが、それは私たちが暴露してもいいのか・・・・それとももう暴露されているのか・・・・それとも暴露させるために私たちを紹介してるのか・・・・・くそっ、話をちゃんと聞いておけばこんな事には・・・!」

 だが、この質問にはベレニケが代わって答えてくれた。

ベレニケ「全ては偉大なるアベル様のお力によるものだ」
サガ「・・・・そんな答えでよかったのか・・・・悩んだのが馬鹿みたいだ・・・・」

 アベルがアテナを振り返った。

アベル「アテナよ。この地上が滅ぶのも時間の問題。私の神殿に来るが良い」
アテナ「・・・・・・はい」

 差し出された手に、アテナはにっこり微笑んで自分の指を重ねた。
 そして、二人連れだって部屋の中へ引っ込みかける。

星矢「!」
紫龍「待て!沙織さんをどこへ・・・・!」

 少年達がにわかに慌てて追いすがろうとした。
 その前に、コロナの聖闘士達が立ちふさがり・・・・

デス「・・・・俺達も行くべきか?」
サガ「行っておこう」

 わずかに遅れて黄金聖闘士達も立ちふさがってみた。
 星矢達の足が止まる。
 流れる、緊迫した空気。

アフロ「・・・・・おい、ひょっとしてここで私たちが何か言うべきなのではないか?」
カミュ「何かって・・・・・話聞いてなくて展開についていけてないのに・・・・」
デス「とりあえず何かハッタリかましておけ!」
サガ「頑張ってくれ、カミュ」
カミュ「私!?え、えーと・・・・(滝汗)」

 無理矢理前に押し出され、ここぞの台詞を要求される不運なカミュ。
 何を誰に言えばいいのか、とっさに思いつくのはやはり弟子のことであった。

カミュ「氷河・・・・アトラスの言ったことを忘れたのか。アテナは私たちが守る」
氷河「カミュ!」
アフロ「ものすごいハッタリだ・・・忘れたどころか自分、アトラスがしゃべったかどうかすら聞いてないくせに・・・」
シュラ「ま、まあ、『アテナは私たちが守る』はオールマイティーな言葉だし、そうそうボロはでんだろう」

 ボロが出ないどころか。

星矢「そんな勝手なことが許されるもんか・・・・!」
アテナ「まちなさい星矢!カミュの言ったように・・・ 
デス「おい、成立してたらしいぞ今のハッタリ・・・・;」
カミュ「う・・・・・なんとなく居たたまれない・・・・;」

 やっぱりまともに聞いておくのだった・・・五人は後悔した。
 だが。
 直後に続けられたアテナの言葉は、その気持ちすらもふっとばした。

アテナ「私はもう、あなた達に守ってもらう必要は無くなったのです。私はこれから、兄アベルと共に暮らします」
黄金『!?』

 星矢達に向かって宣言しているこの言葉。
 その意味するところは・・・・つまり・・・・・・・・
 馬鹿な!

サガ「・・・・振り向くな」

 サガがごく低い声で囁いた。
 5人の間にさざめいた動揺が、その一言でたちまち平静へ戻った。
 彼らは悟ったのだ。
 この瞬間から、戦いは始まったのだと言うことに。



 星矢達が追い返された後、五人が再びギリシャ聖域のアベル神殿地下室に戻されてから。

サガ「とりあえず、はっきりさせておこう。アテナの言動・・・お前達はどう思う?」

 デスマスクがつまらなそうに言った。

デス「あれが本心だったと思ってる奴がこの中にいるかよ」
アフロ「そこら辺はもう討論外だな。考えるべきは・・・あれがアテナの演技なら、彼女は何をするつもりなのかだが・・・」

 その時。地下室のドアが小さな音を立てた。

サガ「左手さーげて!右手あーげて!・・・アベルか。何の用だ?」
アベル「またやっていたのか旗上げゲーム・・・」
サガ「むろんだ。聖闘士たるもの、寝る間も惜しんで修行に励まねばならん。ましてや、いよいよアテナの守護を勤めることになった今はなおさら」

 アテナの名をきくと、アベルの顔がにっこりと微笑んだ。

アベル「そうだな。私の言った通りだろう?彼女はけっして断ったりしないと思った」
サガ「・・・・・・・・」
アベル「不満そうな顔をするな。お前もアテナの聖闘士なら、彼女の意に沿うはずだろう?」
サガ「もちろんだ」
アベル「彼女は私を選んだ。何か文句があるとでも言うのか」
サガ「誰もそんなことは言っておらん。用件を早く言って出ていってくれないか。修行の邪魔だ」
アベル「いや、お前達の気持ちを確かめたかっただけだ。アテナを頼むぞ」

 そういって、アベルはまた戻っていった。
 
シュラ「・・・彼に『アテナを頼む』と言われるのは非常に複雑なものがあるのだが・・・・」
カミュ「太陽神という言葉の響きとは裏腹に、なんだか淋しそうな男だな」
アフロ「そんなことより、今後の出方を考えよう。まずはアテナだが、彼女は一体どういうつもりなのだろう?」
デス「アトラス達は強かったよな。・・・・星矢達に敵うと思うか?」

 五人は顔を見合わせた。

サガ「・・・・敵わないとは言わん。しかし、アトラスどもはともかく、神であるアベルに敵うかどうかはわからん。というより、それはほとんど奇跡だろう」
デス「・・・・・・・でも、青銅は奇跡の発生率がほとんど100%近いからな・・・・どうにかなるんじゃないか?」
シュラ「アテナはそうは思わなかっただろう。彼女は恐らく、星矢達を傷つけるのを嫌って・・・御独りでアベルと刺し違えるつもりだ」

 そう。多分そのつもりなのだ。
 
アフロ「馬鹿な事を・・・。アベルのあの『アテナにぞっこん』のような雰囲気からして、刺し違えるよりはそれこそ本気で色仕掛けを狙った方が早いと思うのだが・・・『アベルお兄さま。私この世界の支配権が欲しいなv』とかなんとか言ってキスの一つでもしてやれば、容易に落とせそうだったではないか」
デス「確かにそれは最有力手段ぽいけどよ・・・やらないだろな、あの女は」
シュラ「・・・・やったらやったで、俺的には守るべきものを見失いそうなんだが・・・・」
サガ「!待て。少し静かにしろ」
カミュ「どうした?」
サガ「ムウだ」

――――――サガ。あれからどうなりました?
――――――急展開だ。これこれしかじかで・・・・
――――――・・・・・・・・そうですか。アテナが独りで突っ走る、という最悪の事態に陥ってますね。
――――――やはり、最悪だと思うか?
――――――思いますよ。彼女、アベルを独りで倒すつもりなのでしょう?賭けてもいいですが失敗しますよ。
――――――・・・またそういうひどいことをさらりと・・・・
――――――現実派と言って下さい。私の方は既に下準備は済ませておきました。
――――――もう?
――――――ええ。やはりこういう最悪の事態になるのではないかと思ってたので、急ぎました。
――――――で、その準備とは・・・?
――――――最悪の事態が落ちるとこまで落ちたら、また連絡します。

 そこでテレパシーは途切れた。

サガ「・・・・・・・・」
カミュ「ムウは何といっていた?」
サガ「落ちるとこまで落ちたらまた連絡すると・・・何をしているのだろうな」

 五人は不安げな顔を見合わせた。
 最悪が落ちるところまで落ちる・・・・そんな事態にはなって欲しくなかった。



 が、結局事態は底まで落ちた。
 その日の夕暮れ、黄金聖闘士達は皆一斉に戦慄することになったのだ。

サガ「アテナの・・・・・小宇宙が消えた・・・・!?」
シュラ「どういうことだこれは!?」
デス「要するに・・・・死んだんじゃないか?」

 デスマスクの端的な答えに絶句する。

カミュ「馬鹿な・・・アテナが・・・・」
サガ「つまりアベルに負けたということか。そこまでは予測の範囲だが、まさか・・・・アベルが殺るまでするとは・・・・」
シュラ「冗談ではないぞ!!俺はアテナを守るという条件でアベルにしたがったのだ!それを・・・!!」
アフロ「ちょっと待て。まだ死んだと決まったわけではない!」
シュラ「だが小宇宙が消えた!」
アフロ「とり返しがつくかもしれないといっているのだ!黙ってろ!おい、デスマスク・・・・」

 振り向いた先には、既に彼の姿はなかった。

アフロ「・・・・行ったか」
シュラ「・・・どういうことだ?」
アフロ「アテナはまだもどって来られるかもしれん。つまり・・・」
サガ「!積尸気か!」

 サガが思い当たって手を打った。
 アフロディーテがこっくりと肯く。

アフロ「黄泉比良坂に落ちてなければ引き戻すこともできる。デスマスクは確かめに行ったんだろう」
カミュ「そうか・・・・」

 やや青い顔ながらも全員息をつく。まだ安心するのは早いが・・・希望は残された。
 サガが自棄の様に苦笑した。

サガ「なんだかんだ言って、デスマスクもアテナの心配をするのだな。少し前の彼なら、もしかしたらこの機会に乗じて自分の手でアテナを黄泉比良坂に放り込むぐらいしたかもしれんが」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一同『ありうるーーーー!!!!』
カミュ「ひ、昼に会った時険悪な雰囲気ではなかったかアテナと蟹!?」
シュラ「まずい!誰かもう一人くらい積尸気に飛べ!」
アフロ「できるか阿呆!あそこを出入りできるのはデスマスクぐらいだ!」
サガ「いや、死んだら行ける!よし、私が一度自害するから、後はよろしく頼む!」
デス「何をよろしくだって?」
『!!』

 突然の声とともに、デスマスクが帰って来た。

サガ「デスマスク!」
デス「何だよ?」
カミュ「あ、いや、急に消えたから心配して・・・」
デス「積尸気に行ってきた。アテナがどうなってるかちょっと見に」
シュラ「どうだった!?」
デス「黄泉比良坂に向かって歩いてた。まだ落ちてはいねえけど、時間の問題だな」
サガ「そうか・・・・一応聞いておくが、今もまだ歩いてるのだな?」
デス「?ああ。誰かが放り込まない限り、たぶんな」
サガ「そ、そうか・・・」
アフロ「君は引き止めなかったのか?」

 アフロディーテが聞くと、デスマスクは渋い顔をした。

デス「呼んでも無視すんだよ。無反応でな。せっかく人が止めようとしてるってのに・・・・頭きたからスカートめくってやった

 ザンッッ!!

シュラ「貴様、アテナ相手に何を不埒な・・・・・っっ!!!!」
デス「冗談に決まってるだろうが!怒るな!!」
シュラ「いまさら言い逃れは聞かんわ!!」
デス「本当に冗談だ!!第一、反応ない奴にやっても面白くねえ!!」
アフロ「反応あったらやるのか・・・・最低だ、君・・・・
デス「やらねえよ!」
カミュ「・・・・なんでもいいが、とにかくアテナはまだ取り返しのつくところにいるのだな?よかった。希望はあるぞ」

 カミュがほっと息をつく。
 サガは眉根を寄せて考え込みながら、

サガ「・・・・なんとしても助けて差し上げなければならんが・・・・・所詮この命もアベルにもらったものだからな。私たちが刃向かったところで、彼がその気になれば一瞬にして土に還される恐れがある」
アフロ「ムウに連絡を取って、聖域の黄金聖闘士が動けば・・・」
サガ「いや」

 と、彼は静かに首を振った。

サガ「言ったはずだ。神に勝つには奇跡をもってするしかない。奇跡はそれを信じる者に宿る。・・・・私たちを含む黄金聖闘士の中で、心から奇跡を信じているものが果たしているか?」

 五人は黙った。
 奇跡を信じるには、彼らは少しばかり大人になりすぎていた。

サガ「・・・・・私は星矢に賭けてみようと思う。星矢と、その他3人プラス1の青銅聖闘士達に」
シュラ「なあ・・・昼にも気になったんだが、後一人のそのプラス1とは一体・・・・?」
サガ「・・・そのうちわかる」

 さりげなく目をそらすサガの頬に、ついと流れる汗ひとすじ。
 あのサガですら言うにはばかるような男がいるらしい。
 他の四人はごくっと固唾をのんだ。

サガ「私たちにできるのは彼らを導くことだけだ。しかし、堂々と導くとアベルがうるさかろうから、あくまで寝返ったフリをしながら事を運ぶ。皆、演技を頑張ってくれ」
シュラ「・・・・すまん。いきなり話をくじくのもなんだが、どう考えても俺に演技は無理だ」
アフロ「だろうな」
カミュ「私も・・・さっきのハッタリだけで精一杯だ。頼むから何か他の仕事をくれないか」
サガ「諦めが早すぎるぞお前達!アテナが死んでもいいのか!?」
シュラ「そんなことを言われてもできんものはできんだろうが!!俺が舞台上で台詞を忘れて劇全般をフイにしてもいいと言うのか!?」
デス「キレることでも威張ることでもないだろそれは・・・仕方ねえな。じゃあ、とりあえず最初に、アテナの死んだのに逆上してアベルにつっかかってみたらどうだ?で、すぐにやられて死んだフリをすれば、あとはノーマークだからどこでも好きに行動できるぞ」
サガ「おお!さえてるなデスマスク!それでいいか?シュラ、カミュ」
シュラ「・・・・・死んだフリも演技の内では・・・・」
アフロ「それぐらいは頑張りたまえよ;」
カミュ「よし。やってみよう。アベルに挑んでさっさと負ければいいのだな?それならできる。たぶん
デス「たぶんじゃ困るぞ、完遂しろよ。あんまりすぐに負けると怪しまれるかも知れんから、少しは抵抗するんだぞ」
カミュ「うむ。わかった」
アフロ「私たちはどうする?」
デス「俺はせっかくだし、攻撃ついでに冥界波でアテナの様子を見せてやるか。まだ間に合う、ってことを教えてやった方がいいよな。・・・・悟りのよさそうなのは紫龍だから、あいつに教えよう」
サガ「私は星矢を今一度セブンセンシズまで導く」
アフロ「私は?」
サガ「・・・・お前には大事な役目がある。アンドロメダを追いつめるのだ」
アフロ「?追いつめる?」
サガ「そうだ。ネビュラストームごときでへこたれるな。本気で殺すつもりで行け。そうすればプラス1が駆けつけるはずだ」
アフロ「・・・・・・さっぱり趣旨が飲みこめんのだが・・・・・」
サガ「この戦い、あいつの助力があるとないとでは大違いなのだ。必ず召喚させろ。よいな?」
アフロ「要するに、アンドロメダを叩きのめせばよいのだな?望むところだ」
デス「望むなよ;」
サガ「これでよし。さっそく作戦遂行と行くか!」
カミュ「あの・・・・一つ聞きたいのだが、氷河は?誰が相手するのだ?」
サガ「彼は泳がせておけばいい」
シュラ「サガ・・・おとり捜査ではないんだぞ・・・・」

 きっぱりと言い切った責任者の言葉に、4人は不安なまなざしを向けるばかりであった。 



 一方その頃。
 アベルの足元ではアテナが死んでいた。

アベル「・・・・・・・・・・・・・」

 こんなはずではなかった。
 自分はただ、大切な妹とともに永遠に楽しく暮らしたかっただけなのに・・・・
 どうして彼女は私を拒絶したのだろう。それがアベルにはまったくわからなかった。
 であった時には・・・・・・あんなに嬉しそうに笑っていたではないか。
 私の琴の音を、あんなにうっとりと聞いてくれていたではないか。
 
アベル「・・・・・・全てが、偽りだったというのか・・・・?」

 茫然と佇みながら、答えの返らない問を投げる。

アトラス「アベル様・・・・」

 その様子を見かねたか、アトラスが心配そうに声をかけた。

アトラス「アベル様、アテナはきっと・・・・地上に長く居すぎたために神としての自覚が薄れてしまっていたのでしょう」
アベル「・・・・・・・・・」

 ちがう。そうではないのだ、とアベルは胸中で言い返した。
 神であろうとなかろうと、そんな事はどうでもよいのだ。
 そうではなくて。そうではなくて・・・・・・・

アベル「・・・・・・・・・・・・・・っ」

 ・・・だが、誰にもこの気持ちはわかるまい。
 喉元まで出かけた鳴咽を、彼はようやく飲みおろす。
 足元に横たわるアテナは、笑いもせず、泣きもせず、ただ冷たい表情をしている。

アベル「・・・・・・・・・アテナ・・・・・」

 彼が口を開きかけた時だった。
 黄金聖闘士が二人、ものすごい勢いで駆けてきた。

カミュ「!アベル、これは一体どういう事だ!?」

 儚くなった女神の姿を見るや否や、二人は血相を変えて口々に怒鳴る。

シュラ「我々は最もアテナに忠誠心厚き聖闘士としてあなたに従ったのだ!!それを・・・・!!」

 お前達に、私の気持ちはわかるまい。
 自分の口が勝手に動いてそう言ったのを、アベルは聞いた。

カミュ「いくら兄のあなたといえど、アテナを殺すことなど許されない!」

 黄金聖闘士が叫んで、地を蹴る。
 アトラス達が即座に迎え撃つ。
 その全てが、もうどうでもよかった。
 アベルはただ、ひざまずいて妹の屍に触れた。

アベル「アテナよ・・・・・・」



 カミュ・シュラVSコロナ聖闘士の攻防戦を、残り3人の黄金聖闘士達はアベルの後ろに控えて見ていた。
 あくまで深く頭を垂れ、アベルに忠誠を誓ったフリをして。
 ・・・が、その内心は穏やかではなかった。

デス「どうして崖から落ちるんだ;・・・・落とされるならともかく、あれじゃ無意味に投身自殺だろうがよ・・・・」
アフロ「おい、演出家!どう収集つけるのだ、あれ!」
サガ「え、演出家とは私か!?いくら私だって、あんな演出はつけとらん!くそっ、アドリブ厳禁と言っておけばよかった・・・!!」

 二人の落ちた・・・というより、飛び込んだ崖下からは「ぐはあっ!」などの苦鳴が響いてくる。
 そして、

カミュ「オーロラエクスキューション!!」
シュラ「エクスカリバー!!」

 に続いてベレニケの哄笑が聞こえ、

カミュ「アテナーーーー!!」

 の声を最後に何も聞こえなくなった。

三人「・・・・・・・・・・・(滝汗)」

 崖の下から、アトラス達が戻ってきた。

アトラス「・・・・始末いたしました。アベル様」
三人「(早ぇーーっっ!!;)」(←心の声)
アベル「そうか・・・・ご苦労」

 どこか上の空で呟いて奥へ引っ込むアベル。後に続くコロナの聖闘士。
 彼らの気配が完全に神殿の中へ消えてから。

シュラ「・・・っと」
カミュ「やれやれ・・・・」

 始末されたはずのシュラとカミュが上に戻ってきた。
 乱れた前髪をかきあげ、ためいきを一つ。そして、

カミュ「・・・あっという間だったな」
デス「あっという間すぎるわボケ!!」

 腕では足らなかったか、デスマスクのツッコミは渾身の蹴りで来た。

カミュ「な、何を・・・・!?」
デス「何をじゃねえ!!あんな嘘くさいやられ方があるか!!」
シュラ「そ、そんなに嘘くさかったか・・・?」
デス「始まって何秒後に死んでんだよ!!あれじゃどう考えてもわざとだっつーことがバレバレ・・・・!」
アフロ「デ、デスマスク!聞こえる聞こえる、中に聞こえる・・・!少し落ち着け!」

 どでかい声を張り上げる男の口を、アフロディーテが必死に手のひらで塞ぐ。
 その横でサガが空中頬杖ポーズなどをしながら、

サガ「まあしかし・・・アベルもアトラス達も欠片も疑った様子はなかったし・・・・よかったな、敵がめでたい奴で」
デス「めでたいにもほどがあるんだよ!!」
アフロ「だから聞こえると言ってるだろうが!状況を理解しろ、この単細胞!!」
デス「俺に言うんだったらこのダイコン二人に言え!!」
アフロ「喧しい!!口を閉じろ!!」
デス「んだとコラ!?やんのか、アァ!?」
アフロ「受けて立ってやろうではないかこの・・・!!」
シュラ「な、なんだかよくわからんが、俺達が原因で争うのはやめてくれ・・・悪いのは俺とカミュなのだろう?ほんとうに、すまなかった。な?」

 仲裁のためにとにかく謝っておくシュラ。大人である。

デス「けっ!」
アフロ「フン!」
サガ「・・・・・・・・・敵を欺くための演技で味方が仲間割れしてどうする。とにかく、やってしまったものは仕方がない。結果がよければ全てよし。それでこれからだが・・・・・」

 その時。
 ムウからのテレパシーが入った。

――――――サガ。
――――――ああ、ムウか。わかってると思うが、最悪だ。
――――――アテナの小宇宙が消えましたね。お亡くなりになったのでしょうか?
――――――・・・・えらく薄情に聞こえるのだが・・・・・一応、そうだ。
――――――わかりました。予定通りです。いよいよ作戦決行といきましょう。
――――――予定って・・・;いや、それより作戦とは?
――――――下準備をしてきたといったでしょう?
――――――ああ。
――――――アベル神殿の周囲一面に地下爆弾を埋め込みました。今から3分後に爆破・・・・
――――――ちょっと待てえええっっ!!
――――――?何か?危ないですから早く逃げて下さいよ。
――――――逃げて下さいよではないわ!!爆破してどうする!!
――――――安心して下さい。地底マグマを誘爆させるようにしておきましたから、いくら神でもひとたまりもありません。
――――――破壊力の心配ではない!!アテナをどうする気だ!!
――――――だって、死んでしまったのでしょう?
――――――まだ完全に死んでるわけではない!

 サガは積尸気の話をした。

――――――・・・はあ。また面倒くさいことになりました・・・・
――――――希望があるといえ!!いいか、今爆発なんぞ起こされたら一巻の終わりだ!
――――――アテナの体も吹っ飛びますからね・・・ではどうしろと?
――――――いやもう、できれば大人しくしていてくれ。星矢達になんとかしてもらう。
――――――結局他力ですか。あなた達も何かして下さいよ。
――――――私たちは私たちで色々善処している!今もカミュとシュラが死んだところだ!
――――――え?カミュとシュラ?死んだのですか!?・・・あ、いや、なんでもありませんよミロ。そうじゃなくて・・・

 どうやら、向こうサイドで不用意に声を上げ、傍にでも居たミロに聞きとがめられたらしい。

――――――だから知りませんってそんなこと!もう、あなたは黙ってて下さい!
――――――ム、ムウ?大丈夫か?
――――――ああ鬱陶しい!スターライトエクスティンクション!・・・あ、サガ?OKです。
――――――嘘をつけ。ミロをどこへやった、お前。
――――――適当ですよ。それはそうと、これからどうします?
――――――・・・・・私たちは裏切ったフリをしながら星矢達を導く方針でいるが。
――――――そうですか。私に何か、手伝えることはありますか?
――――――ミロを連れ戻してやってくれ。可哀相だ。
――――――・・・わかりました。それだけですね?
――――――ああ。後は・・・・・祈っていてくれ。
――――――・・・・もうやってますよ、そんなこと。

 会話が終わった。

サガ「・・・・・・・・」
カミュ「どうだった?ムウは何と?」
デス「たしか下準備するとか言ってたよな?」
サガ「それは失敗したそうだ。というか、もういい。我々で頑張ろう」
アフロ「・・・・別に構わないが、星矢達は本当に来るのだろうな?」
シュラ「来るに決まってるだろう!たとえ他は来なくても紫龍は来る!!」
カミュ「馬鹿な!氷河も来る!!」
デス「個人的に来て欲しいんだろお前ら・・・」
サガ「私感情は捨てろ。シュラ。カミュ。せっかく死んだことになったのだ。この辺りを自由に行動して、青銅が来たら報せろ。私たちはそれまで待機している。いいな?」
シュラ「わかった」

 かくして。
 アテナ救出作戦(?)はいよいよ本格的に動きはじめる。
 果たして星矢達は来るのか。そしてアベルの野望に打ち勝つことができるのか。
 いや、それより何より、埋まっている地下爆弾は大丈夫なのか。
 この上なく先行き不安なミッションであった。



 翌朝。シュラからの第一報がもたらされた。

シュラ「星矢が来たぞ」
サガ「本当か!?よし!」
シュラ「いい報せと悪い報せ、両方あるがどちらから聞きたい?」
アフロ「いい方から頼む」
シュラ「星矢に続いて、紫龍や氷河達も来ている。アンドロメダが崖から落ちかかっていたが、間一髪で紫龍が助け上げていた。さすが紫龍!」
デス「・・・・いい報せっていうか、単なる身内の自慢話じゃねえか」
アフロ「身内ですらないだろう・・・そんなに紫龍が可愛いかシュラ・・・・」
シュラ「ただ、助けてもらった瞬間のアンドロメダの台詞が『ありがとう、・・・・・!紫龍!』だったことが気になるんだが・・・・・『に』とは一体・・・・・?」
サガ「・・・・・・察しはつく。ほっておけ。で、悪い報せの方は?」
シュラ「星矢がアトラスと戦って負けた」

・・・・・・・・・・・・・

サガ「・・・・・AM10時か・・・・負けるには早すぎるな」
シュラ「そんなことを言っても、負けたものは負けたのだし・・・・」
サガ「馬鹿な。これから立ち上がって逆転するのだろう?」
シュラ「どうだかな。アテナが死んだということが相当こたえているらしいぞ。自分も死んでアテナのもとへ行けるなら後はどうでもいいと思ってるようだ」
デス「ったく、ガキはこれだからな。女の一人や二人に去られたぐらいで腑抜けてりゃ話にもなんねえぜ」
アフロ「君基準で物を考えるな。一般人はもっとデリケートなものだ」
シュラ「・・・というか、そういう問題ではない」

 話が変な方向にそれたところで、向こうから近づいてくる足音が聞こえた。
 シュラがすぐに姿を隠す。
 柱の影を縫うように、現れたのはアベルだった。

アベル「・・・・青銅聖闘士が私の領域内に入り込んでいるらしい」

 と、彼は相変わらず重く沈んだ口調で言った。

アベル「一匹はアトラスが片づけた。・・・お前達は彼らと面識があろう。どんな戦い方をするのか、知っていたら教えてもらいたい」
デス「髪の長いのと女顔の奴は俺とアフロディーテがよく知っている。説明するのもめんどくさい話だ。俺達で行って片づけよう」
アベル「待て。その二人は、何をもって戦うのだ?」
デス「拳」
アフロ「鎖」
アベル「一人・・・凍気を持って戦う者がいると聞いた。それは誰だ?」
サガ「金髪のがそうだ」
アベル「・・・・・そうか。なら他の者に用はない。片づけてしまってくれ」

 アベルが言った。
 蟹と魚は肯き、出ていった。

サガ「・・・氷河に何の用だ?」
アベル「氷河?・・・ああ、その氷の聖闘士の名か。頼みたいことがあるのだ」
サガ「どんな?」
アベル「アテナの・・・・私の妹の棺を作って欲しい。永久に溶けない氷で、彼女を美しいままにしておきたい」
サガ「・・・・結構なことだな」

 サガの口調は冷ややかだった。
 アベルが、彼に憂いの目を向けた。

アベル「お前は、私を軽蔑しているのだろうな」
サガ「軽蔑?神であるあなたを?どうしてそう思う」
アベル「どうしてか・・・・さあ、わからんな。ただ、私が自分を軽蔑しているから、他の者の目もそう見えるのかも知れんな」

 そう呟いて、太陽神は静かに頭を振った。

アベル「・・・邪魔をした」

 去りかける。
 サガは思わず、声をかけずにはいられなかった。

サガ「アベル!」
アベル「・・・・?」
サガ「あなたは・・・・・・なぜ、アテナを・・・・・」

 なんといっていいのかわからずに言葉に詰まった。
 が、アベルは察したようだった。

アベル「・・・・お前には、わからぬ」

 一言だけ言って、彼は振り向かずにその場から消えた。



 紫龍ニセ抹殺計画へ向かったデスマスク。
 とりあえずは挨拶代わりに、柱を崩してお出迎えである。

紫龍「!!」

 さすがにこんなものをくらう人間ではない。紫龍は飛んでよけた。
 きっ!と辺りを見回すと、見慣れた蟹マスクの男がいる。

紫龍「!貴様は!」

 みなまで言わせず、デスマスクが殴り掛かる。
 その攻撃もなんとかかわし、紫龍は相手の腕をがっしり掴んだ。

紫龍「俺への恨みを晴らすため、貴様、アベルに魂までも売り払ったか・・・・っ!!」
デス「俺の信念は変わらん。力こそ正義!アテナは死に、ムウ達黄金聖闘士までも手を引いた今。アベル様を相手にお前達ごときに何ができるというのだ!!」

 捕らえられた腕を巧みに振り払い、紫龍を水中へ投げ込むデスマスク。
 直後に四方から水柱が上がる。
 必殺技・廬山昇龍覇!

紫龍「力が正義というのなら、その力をもって示してくれよう!」

 紫龍、若干蟹思想に感化されているようである。
 彼の渾身の一撃を、しかしデスマスクは片手で受け止めた。

紫龍「な、なにっ!?」
デス「フッ!十二宮の戦いでも、蟹座の聖衣さえ外れなければお前ごときに敗れることなどなかったのだ!」

 この上なく頼もしいようでなぜかどこかが情けない。
 微妙な台詞ではある。

デス「だが今はアベル様のお力で聖衣は守られ、俺の意思に反して勝手に外れることは決してないわけだ!」

 ・・・決しても何も、普通そんな事はないはずなのだが。
 
デス「死ね紫龍!!」
紫龍「ぐわあっ!!」

 デスマスクに昇龍覇を弾き返され、紫龍は背中から柱の一つに叩き付けられた。
 そのまま地面に落下し、倒れる。

紫龍「馬鹿な・・・俺の廬山昇龍覇を片手で受け止めた上、己の拳とともに威力を増大させて跳ね返すとは・・・・こ、こんな奴に邪魔をされてたまるか・・・っ!!」

 ・・・・かなり恨みのこもったその口調。
 紫龍、本気でデスマスクのことが嫌いなのだろうか・・・
 その恨みのパワーか何かでムリヤリ立ち上がった彼を、今度は積尸気冥界波が襲う。

デス「紫龍よ、アテナを思うその心に免じて、アテナの姿を見せてやろうではないか!」

 実は結構親切な話だが、一本気の紫龍にはあまり通じていないらしかった。
 二人の姿がその場からかき消え・・・・・・
 20分ほどしただろうか。
 やおら虚空から、素面の紫龍とボロボロのデスマスクが現れた。
 地面に叩き付けられ、それきりぴくりとも動かない黄金聖闘士を前にして、紫龍は呟く。

紫龍「・・・デスマスクは倒したが・・・・沙織さんが黄泉比良坂まで後わずかのところまで・・・一刻も早くアベルを倒さねば!」

 デスマスクを倒したことで気が緩んだのだろうか。
 彼は近づいた殺気にも気づかないで、先へと歩み出そうとした。
 その体に、無数の糸が絡んだ。

紫龍「!?」

 振り向いた先で、ベレニケが笑っていた。
 直後。
 灼熱の炎が、紫龍の全身を包み・・・・・・彼は崩れ落ちたのだった。



 ・・・という一部始終を、少し離れた柱の影からシュラが傍観していた。
ベレニケが去っていった後、彼は飛んでいって紫龍を助け起こしたい衝動にかられた。
こんな所で終わらせてなるものか。紫龍はあんなヅラ聖闘士にやられるような男ではない。
立ち上がらせて叱咤激励してやりたい。できるならば俺の小宇宙をも分けてやりたい。
 というか、せめて上向かせてやらなければ溺死する。(注:この時紫龍は水に浮いています)
 何度も、足を踏み出しかけ・・・その度に思いとどまる。
 
シュラ「・・・・・・・」

 ここで自分の力で立ち上がれぬようでは、到底アベルには敵わない。
 敵わないぞ、紫龍。
 シュラは奥歯を食いしばり、その場に座した。
 紫龍は必ず立ち上がる。それまで。
 待つ。



 わからないことをわからないまま放っておくのは好きではなかった。
 出陣前に、サガはアベルのもとへと出向いた。

サガ「アベル」

 声をかけると、相変わらずの淋しそうな瞳がもの憂げにこちらを振り向く。
 彼の前に、冷たくなったアテナの死体が横たわっていた。

アベル「・・・・・何か用か。早く済ませて出ていって欲しい。妹と二人きりにさせてくれ」
サガ「・・・今から私も青銅どもを迎え撃ちに行く。その前に、どうしても聞いておきたい」
アベル「・・・・・・・・」
サガ「なぜ、アテナを殺したのだ?」

 しばらくの沈黙の後に答えが返って来た。

アベル「・・・・私の・・・・神の意志に反したからだ」
サガ「ならばなぜ、そんなに後生大事に死体の側に寄り添っている」
アベル「・・・・・・・・・・・・・私の、妹だからだ」
サガ「その感情はどこから来た」

 アベルは押し黙った。
 サガも黙って待った。
 やがて。

アベル「・・・・・・・・神代の代に」

 アベルがぽつりと口を開いた。

アベル「私は分に過ぎた力を欲し、父ゼウスとアポロン、その他のオリンポスの神々に粛正された。言ってみれば、私もまた反逆者であったということだ」
サガ「・・・・・」
アベル「私は・・・オリンポスの神の間で、恐れるべき存在として封印されてきた。仕方のないことだと、思っていた。だが・・・・」

 だが、アテナは。

アベル「蘇った私と初めてであった時、アテナは私を兄と呼び、恐れもせずに微笑みかけてくれた。私のかつての罪を知っていながら・・・・兄と・・・・・」

 この世でたった一人、自分を受け入れてくれる存在。
 そう思ったのに。

アベル「・・・・・私の、勝手な思い込みだったのだろうな。結局彼女は、私を殺そうとした。そのためだけに私に近づき、慕うように微笑んでいた。私は騙されていた」
サガ「・・・・・・・・・・・・・・・あなたは心を読めるのではなかったか」
アベル「・・・・読めるとも」

 しかし、アベルは読まなかったのだろう。
 アテナを疑いたくなかったのか。
 それとも疑っていたからこそ、読むことができなかったのか。
 どちらであるかは、語らなかった。

アベル「・・・・・もういいだろう。出て行け」
サガ「・・・ああ」
アベル「・・・・・・サガ」
サガ「?」

 アベルの水色の瞳が、じっと彼を見詰めた。
 笑いもせず泣きもせず、神は言った。

アベル「私は、お前も信用していない。だから・・・・裏切っても、それは裏切りにはならん」
サガ「・・・・・・」
アベル「安心しろ。たとえお前が何をしようと、お前に吹き込んだ命を取り上げるようなまねはしない。与えられた生を、好きに使うがいい」

 ・・・・わかっているのか。 
 サガは胸の奥から何かが込み上げてくるのを感じた。
 今が今でなく、お互いがこんな立場でなければ、もっと違った話ができたのかもしれない。
 いまさら言っても仕方のない話だが。

サガ「・・・アベル」
アベル「なんだ」
サガ「私の知る限りだが・・・・アテナはそれほど嘘の上手い方ではなかった。常に一本気で下心の持ち合わせようもない、策を弄する時間があるならたった一人で敵陣のど真ん中へ乗り込んでいくような方だった」
アベル「・・・・・・・・・」
サガ「せめてあなたに告げておこう。あなたと初めに会った時、アテナは本当に嬉しかったのだ」

 それだけ言うと、サガは背を向けてその場を後にした。
 外に出てから一度だけ振り返った。
 何と寂しい神殿だろうと、思わずにいられなかった。



 デスマスクが意識を取り戻したのは、仲間の声と腕への激痛によってだった。

シュラ「おい。もういいぞ」
デス「!いてて・・・!やめろ、引っ張るなっ・・・!」

 助け起こそうとしてくれる腕を振り払い、何とか自分で起き上がった。
 天を仰ぐ。

デス「あー・・・・いてえ・・・・・」
シュラ「派手にやられたものだな」
デス「紫龍の奴、手加減って言葉をしらねえからな。あの後どうなった?」
シュラ「まあ色々あったが・・・今はなんとか立ち直ってアベルの神殿に向かっている」
デス「俺、そんなにひどくあいつを痛めつけたっけか?」
シュラ「いや。お前が倒れた後、ベレニケが出てきてな」
デス「・・・・ちっ」

 舌打ち一つ。
 デスマスクはガンガンする頭を、二三度振って黙らせた。
 
デス「アフロディーテはどうした?」
シュラ「いや、見てない」
デス「・・・・・・・お前、今まで何してたんだ?」
シュラ「紫龍が復活するまで見守っていた」
デス「・・・・・・・・・・・・」

 これ以上は話をするだけ無駄な気がした。
 そう言えば朝からずっとカミュの姿も見ていないが、おそらくあれもどこかで氷河を見守りまくっているのだろう。

デス「・・・・・・・親馬鹿・・・・」
シュラ「なに?」
デス「いや、いい。それより、アフロディーテを探しに行く。なんかサガの話を聞く限り、プラス1は危険性高そうだったからな。気になる」

 というわけで、二人は連れ立って友人を探しに出かけた。
 見つけた時、アフロディーテは真っ白な顔をして胸にバラを刺したまま死んだように倒れていた。

デス「・・・・ていうか、死んでるんじゃねえかこれ・・・・?瞳孔開いてるし」
シュラ「冷静に観察している場合か;お前だって開いてたぞ、さっきまで」
デス「なんか、見た感じ自滅したように見えるけどな。自分のバラ刺して、何やってんだこいつ」
シュラ「だからそういう薄情な台詞を吐くなというのに・・・。おい、アフロディーテ!」

 シュラが抱え起こし、刺さったバラを抜いてやる。
 その傍からデスマスクが手を伸ばして、血の気のない頬を容赦無く張る。

デス「おら。起きろコラ」

べしぃっ!べしぃっ!

シュラ「・・・見てるだけで痛い。やめてやれ。加減を知らないのは紫龍よりもお前の方だ」
アフロ「う・・・・・・」
デス「ほら気がついた。おい、しっかりしろ」
アフロ「ん・・・・?誰だ?」
デス「俺の顔がわかんねえのか?」
アフロ「・・・・・・・・・・・・・?デスマスクか?なんだ・・・・・蟹マスクがないので誰かと思った・・・」
デス「識別基準はそれか。心配して損した・・・・大丈夫か?」
アフロ「ああ・・・・なんだか頬がひりひりするが・・・・・あ、シュラも居る」

 アフロディーテはしばらく虚ろな目を左右にはわせた。
 そして、

アフロ「私は・・・・アンドロメダと戦って・・・・・・!そうだ!」
シュラ「!」
デス「うわっ!?なんだ!?」

 やおら覚醒して目の前の男二人の襟首をわしづかむ。

アフロ「聞いてくれ!ひどい話だ!最悪だ!・・・・はうっ」
シュラ「おちつけ、貧血なのだから;」
アフロ「これが・・・・落ち着いていられるかっ・・・・」
デス「まあ、多少頭に血が上った方が回復早いかもな。いっそ逆さに吊るすか?」
アフロ「それをやったら化けて出てやる・・・・!」
シュラ「喧嘩はよせ。アフロディーテ、何があった?」

 問い掛けたシュラに、アフロディーテはきっ!と険悪なまなざしを向ける。

アフロ「アンドロメダの兄が来たのだ!」
シュラ「兄?」
デス「プラス1か?」
アフロ「ああ!間違いない!これが最っっっっっ低の男だった!」
デス「・・・ちっとも要領えねえな。何がどう最低なんだよ」
シュラ「その前に、彼の名は?覚えているか?」
アフロ「忘れるものか!フェニックス一輝!」
シュラ・デス『フェニックス一輝!?』

 名前ぐらいは聞いたことがあった。
 暗黒聖闘士達を一人で掌握し、デスクィーン島の帝王となった一輝の伝説。
 一時は「そのうち聖域まで焼き尽くしに来る」などのデマが乱れ飛んだこともある。

シュラ「それはまた・・・・大物の兄が居たものだな」
アフロ「何が大物だ!あれは単なる変態だ!!」
デス「だから、何があった?順に話してみろや」

 アフロディーテが語るところによるとこうだった。
 まず、彼はサガに言われた通り、正体のわからぬ「プラス1」を召喚させるため、アンドロメダを追いつめるところから始めた。
 が、アンドロメダは最初から鎖を捨てて本気でネビュラストームを起こしたため、やむなくこちらもブラッディ・ローズで応戦したのだという。
 勝負はあっさりつき、アンドロメダは攻撃をかわされ、胸に白バラを受けて倒れた。
 青銅の根性でもう一度立ち上がってきたところを、さらにのすため追加のバラを投入。
 アンドロメダ、絶対絶命の大ピンチ!というところで・・・・
 「彼」が現れたのだ。
 
アフロ「ちなみにその時の兄弟の会話は『やっぱり来てくれたんだね兄さん!』『もちろんだ』!!全て計算ずくか!?なんなのだあの兄弟は!」
デス「しらねえよ。で、お前はどうしたんだ?」
アフロ「どうしたもこうしたも、戦うしかないだろう!?だから一応、『お前も倒す』みたいなことを宣言してやったのだ!そしたら!」
シュラ「そしたら?」
アフロ「ひどい侮辱を受けた!」
デス「どんな?」
アフロ「こう言われたのだ!『美しいのは外面ばかり。心の中は血に餓えた醜い野獣』!」

・・・・・・・・・・・・・

デス「ぎゃはははは!」
アフロ「!!おい、どうして笑うっっ!!?」
デス「いやー・・・・クっ・・・・お前にそこまで言う奴がいたとは、傑作だ!」
アフロ「何が傑作だっっ!!!どれだけ私が傷ついたことか!!シュラ、君ならわかってくれるな!?」
シュラ「すまん・・・・あまりわかりたくない」
アフロ「君ら二人薄情だぞ!!」
デス「いいじゃねえか。顔だけでも誉められたんだから」
アフロ「そういう問題ではない!!しかもその後、わけのわからん幻影を見させられた!あれはほとんどセクハラだ!!訴えてやろうかと思った!!もう二度とっ!!奴の顔は見たくないっ!!」
デス「どんな幻影見させられたんだよ?」
アフロ「思い出したくもないわ!!」

相当不愉快な思いをしたのだろう。アフロディーテは唇を歪めてそっぽを向いた。
 その向いた方向から、近づいてくる人影があった。
 カミュだ。

カミュ「・・・・・・・・・・・・」
デス「カミュか。何してたんだ?朝からずっと見なかったが」
カミュ「氷河が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、もういい」
シュラ「・・・なんだかお前もお前でいやな思いをしてそうだな;死相が出そうなぐらい暗いぞ今」

 シュラの指摘に、カミュは深い深い溜め息をついた。
 そして途方もなく虚ろな目を向けて、

カミュ「・・・・育ての親は生みの親には敵わないものなのだろうか・・・・」
デス「あ?」
カミュ「私はあれの小さい頃からずっと側について教え導いてきた・・・・だが、それでも血を分けた肉親には勝てないのだろうか」
アフロ「・・・・言ってる意味がよくわからんが、どうしたのだ?君の弟子が負けたのか?」
カミュ「いや、氷河は立派に戦ってベレニケを葬った。しかしな」
シュラ「しかし何だ?最初から話してみろ」
カミュ「うむ・・・・」

 経緯はこういうわけだった。
 氷河は『氷を操る聖闘士』ということから、フリーパスでアベルのもとまで通された。
 アテナの棺をつくれというのだ。
 当然氷河は怒り、拒絶。『貴様の棺なら今すぐにでも作ってくれよう!』とアベルに向かって豪語した結果、無礼な反逆者としてベレニケが成敗を買って出た。
 『お前の師を倒したように、この私が愛弟子のお前もまたあの世に送り届けてやろう』というベレニケ。
 彼からカミュの最期の様子を聞き、氷河は天に向かって呟く。
 『師よ・・・やはりあなたもアテナの聖闘士だったのですね』

カミュ「・・・・まさか『まだ生きている』と言うわけにも行かず、私的に非常に申し訳なかった・・・・」
デス「・・・だろうな。それで?」

 氷河はベレニケに攻撃を仕掛けるが、コロナの聖衣の前に歯が立たない。
 最大奥義の『オーロラサンダーアターック!!』も無効。『サンダーアターック!!』とやけくそ気味に重ねるもやはり無効。逆にベレニケの髪の毛技によって全身を縛り上げられ、燃やされて倒れた。
 アベルへの忠誠を誓うよう迫るベレニケを、氷河は悔しそうに見上げて。

カミュ「・・・・だがその時、目の前にマーマのノーザンクロスが転がっているのに気づいた氷河は、そのまま沈黙してしばし何やら瞑想にふけっていたかと思うと、いきなり怒りに燃えて完全復活。『俺の愛するマーマの愛した神は、断じてアベルのような神ではない!!』と怒鳴るや否や渾身の一撃でベレニケを葬り去ってしまった」
三人「・・・・・・・・・・・・(汗)」
カミュ「いまだかつてこれほどまでに敗北感を感じたことはない・・・・氷河の最後の一撃には技名すらなかった。というか、あえて言えば『俺の愛するマーマの愛した神は、断じてアベルのような神ではない』が技名だった。私が十二宮で命を張って伝授したオーロラエクスキューションは一体なんだったのか・・・・・」
シュラ「ふ、ふかく考えるな!そういう事もある!世の中には!」
カミュ「氷河の場合、覚えてる限り昔からそういう事しかない。もう嫌だ」
デス「落ち着け。そもそもアベルを倒すのが最終目的なんだろ?途中経過はどうでも、終わりさえよければいいだろが」
カミュ「・・・・・それはお前が弟子を取ったことがないから言える話だ」

 カミュがはあ、とまた溜め息をついたその時だった。
 日の傾きかけた空に、爆音が響いた。

シュラ「!サガか?」
カミュ「らしいな。あの方角は・・・・」

 アトラスに敗れた星矢が、倒れているはずのところだった。



 ギャラクシアンエクスプロージョンの一撃を浴びて、少年は地面にめり込んでいた。
 サガは、それを冷ややかに見下ろす。

星矢「なぜだ・・・・まるで歯が立たない・・・」
サガ「それはお前が自ら勝つことを捨てているからだ」
星矢「なに・・・・?」
サガ「そうであろう、星矢。お前はアベルと刺し違えてでも死ぬ覚悟。だが、それは最初から勝利を放棄し、戦わずして負けたも同然。そんな敗者の小宇宙などおそるるに足らず。まだ紫龍達の方がましというものだ」

 突然出てきた仲間の名前に、はっと覚醒する星矢。

星矢「み・・・みんなが・・・・・」
サガ「お前の友はアテナを救おうと懸命に戦っている」
星矢「アテナを助ける・・・・望みが・・・・・?」
サガ「そうだ」

 サガは教えてやった。黄泉比良坂へと歩いているアテナのことを。
 まだ、間に合うのだという事実を。
 さあ、どうする星矢。

星矢「沙織さんが・・・・まだ・・・・・・間に合う・・・・」

 倒れたまま、ゆっくり言葉の意味を噛み締める。
 やがて・・・・・・・・彼は立ち上がった。

星矢「間に合うなら・・・・きっと助けてみせる。そしてサガ。邪魔をするというのなら・・・・お前も倒す!」

 一度は倒せた相手だ。あの時の小宇宙を最高まで高めることができれば。
 そういう星矢の目に、迷いの色はなかった。

サガ「・・・・・・・・・」

 サガは安心した。もう大丈夫だ。これで星矢は立ち直り、アベルに向かっていくことができる。
 ・・・・・・・・・・
 だが、試しにもう一度ギャラクシアンエクスプロージョンを仕掛けてみよう。
 それが弾き返せたら本物だ。

サガ「行くぞ!ギャラクシアンエクスプロージョン!!」
星矢「ペガサス流星拳!!」

 星矢は、本物だった。



 シュラ達が駆けつけた時、サガはジャオウとの戦いの真最中だった。

デス「・・・・・どういう経過でこうなってるんだ・・・・?」
シュラ「あれほど人に演技を強制していたのはサガではなかったか・・・どうしてその本人が露骨に反乱してるんだ」
アフロ「星矢を行かせるために捨て石を買ってでたのだろう。なんだかんだ言って目立ちたがりなのだ、彼」
カミュ「ずるい・・・」

 離れたところで中間達がそんな会話をしているとも知らず、サガとジャオウの間で必殺技がぶつかり合う。

サガ「ギャラクシアンエクスプロージョン!!」

 ものすごい力の余波と閃光、轟音。
 だがしかし。

ジャオウ「!!は、放せ!!さもないと貴様も焼けこげるぞーっ!!」
サガ「覚悟の上だ!!」

・・・・・・・・・・・・・

カミュ「なあ・・・・あの後ろから組み付いた体勢どう考えてもギャラクシアンエクスプロージョンではない気がするんだが・・・・」
シュラ「というか、俺が個人的に非常によく知っている技のような・・・・サガ、いつのまにドラゴン最大の奥義を会得して・・・・?」
アフロ「どうでもいいが、早く冷やしてやらんと本気で死んでしまうぞ、サガ」

 ジャオウがこときれたのを確認してから、4人はサガのもとへ駆け寄った。

シュラ「カミュ!冷やせ!」
カミュ「わかった。オーロラエクスキューショ・・・」
シュラ「待て。それを撃ったら冷やすというかむしろ凍る。普通に冷ませ普通に」

 普通に冷ましてやると、体温が40度ぐらいに下がった辺りで患者は目を覚ました。

サガ「・・・・・・・・・・・・・・星矢は?」
デス「さあ?俺達が来た時にはもういなかったぜ」
サガ「行ったか・・・・・・」
アフロ「立てるか?」
サガ「ああ・・・なんとかな」

 アフロディーテの差し出した腕に捕まって、ようやく身を起こし、息をついた。
 全員が、何とはなしにはるか上、アベルの神殿の方に目を向けた。

シュラ「・・・・・・・これで終わりか」
カミュ「そうだな。私たちにできることはすべてやった」
デス「・・・・お前ら大して何にもしてねえけどな・・・」
サガ「星矢は、勝つだろうか」
アフロ「勝つとも」

 星矢が勝つ。そしてアベルが滅びる。
 それは即ち・・・・自分達が再びこの世から去らねばならないことを意味する。
 もうすぐ、その時は来るのだろう。
 黄金聖闘士達は顔を見合わせた。

デス「なんか疲れる復活期間だったな」
カミュ「できれば、ミロのところに遊びに行ってやりたかったが・・・・もうそんな時間もないだろうな」
アフロ「どうする?少なくなった残り時間、旗上げゲームでもするか」
シュラ「いやそれは・・・・・・・・・どうした?サガ」
サガ「ん?ああ、なんでもない」

 サガはまだアベルの神殿の方を見上げていた。
 役目を終えた今、彼の心は晴れやかだった。星矢は必ず勝つ。そう確信していたから。
 だが、一つだけ気にかかる。

サガ「アベルよ・・・・・・・」

 彼は、たった独りで滅ばなければならない神の姿を思った。



 私は負けるのだろうな、と、アベルは静かに感じていた。
 そんな馬鹿な事があるわけないと、理性は考えている。
 だが、それよりずっと本能に近い感情が、敗北の姿をはっきりと見つめていた。

アベル「・・・・・・・・アテナ」

 目の前に横たわる妹の亡骸に、彼はそっと語り掛けた。
 羨ましいことだな、アテナよ。
 皆がお前のために命を賭け、誇りを賭け、運命に抗っている。全てお前のために。
 私がどんなに黄泉の国へ導こうとも、彼らには敵わないのだろうな。
 お前は戻ってしまうのだろう?アテナ。
 本当に羨ましいことだな。

アベル「・・・・・・・・・・・」

 自分が負けずに済む方法は一つだけ。
 神でありつづけること。
 自分が神であれば、所詮人間である聖闘士達が勝利することは決してない。
 だが、神でありつづけるためには、アテナの様にこの世の全てを愛するか。
 さもなければこの世の全てを離れて見続けるか。
 そのどちらかしかないことも知っていた。

アベル「・・・・・・・・・私が愛せるのはお前だけだ、アテナ」
 
 そしてそれ故、全てから離れることもできない。
 結局、神になりきれぬのなら、やがて来る敗北も仕方のないことなのだろう。

アベル「私は・・・・・何のために・・・・・・」

 呟いきかけた時、ふとサガの言葉が頭に浮かんだ。

 『あなたと初めに会った時、アテナは本当に嬉しかったのだ』

 アベルの口元に、かすかな微笑が生まれた。
 もし、あの言葉が本当だったのなら。
 たとえ一瞬でも、この世に目覚めた意味はあったのだと思った。



デス「夕焼けも見納めだな」
シュラ「どうした?お前のガラでもない台詞だな」
デス「うるせ」
アフロ「あー、まったくこの復活は最悪だった!こんど生き返ることがあったらもう少しマシな奴と戦いたい!」
カミュ「というか、できれば戦い等のない世の中に生まれたいものだ」
サガ「まったくだな」

 並んで瓦礫の上に腰掛けながら、黄金聖闘士達はたのしげに談笑していた。
 最期の時を、少しでも幸せに。

アフロ「ん。アトラスの小宇宙が消えたな。いよいよアベルの番か」
シュラ「もうじき本当に全てが終わるのだな」
カミュ「全部終わったら、あんな神殿など壊してしまった方がいいのではないか?もう二度と太陽神などという厄介なものを復活させないために」
デス「それもそうだな。爆弾でも持って来てパーっと壊すように言っとくか」
サガ「!!」
アフロ「?どうしたのだ?サガ」
サガ「い、いや・・・・・・」

 額に汗を一筋流し、サガはもう一度神殿の方を振り返る。
 今度はアベルのことではない。
 ムウの埋めたという地下爆弾・・・・・上であんまり暴れると暴発するのでは・・・・
 
サガ「・・・・・・・・・・・・(汗)」

 星矢たち青銅聖闘士と、そして何より意識不明のアテナが、その爆発に巻き込まれないことを心から願うサガであった。



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