その日、アテナこと城戸沙織は物思いに沈んでいた。

沙織「・・・・・辰巳」
辰巳「はっ」
沙織「聖戦以降、星矢達がどうしているか、報せがありましたか?」
辰巳「はい。何でも、また新たなる戦いが始まった時に備えて修行に精を出しているとか」
沙織「そうですか・・・・・」

 つぶやいて、ためいきをつく。
 新たなる戦いのために日々を戦う。それは聖闘士ならば当然のことだ。
 アテナである自分は、そのことを誇りに思い、感謝するべきなのだろう。
 けれど・・・

沙織「・・・・悲しいですね」
辰巳「は・・・?」
沙織「彼らも、私と同じ十三歳かそこらの歳だというのに、戦いだけの毎日だなんて」
辰巳「はあ・・・しかし聖闘士は・・・」
沙織「わかっています。聖闘士はこの地上の愛と平和のために戦うのがその定命。ですが、戦いはもう終わったのですよ。彼らは・・・・今度は自分のために生きるべきです」

 ついとあげた沙織の瞳に、決意の色が浮かんだ。

沙織「辰巳。星矢達は確かに戦うことしか知りません。でも、人のためではなく彼らのために、彼らが歳相応の試練と喜びとを感じられるように戦わせてあげたい。体中傷だらけになって、生と死の狭間に迷う生き方はさせたくないのです。私は、決めました」

 少年達に、子供らしい生き方を。
 子供らしい試練を。
 子供らしい喜びを。
 それを、与えたいのです・・・・・・・・・・・



サガ「というわけで受験戦争に参加させることになったそうだ。皆、心してくれ」
デス「・・・・言っちゃ悪いが絶対間違ってるよな・・・・・いつものことだけどよ」

 サガの発表に、さりげなく目をそらしたデスマスクがツッこんだ。
 ギリシャ聖域・月曜朝会でのことである。

シャカ「アテナのお決めになったことなら文句は言わん。・・・が、私たちまで心する必要があるのか?」
サガ「あるのだ。来るべき決戦の日に備えて、彼らを導いて欲しいとのご要望だ」
アイオリア「導く?具体的にはどのように?」
サガ「我々が家庭教師になる

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・長い沈黙の後・・・・・・・・・・・・・・・・ぽん、とデスマスクがサガの肩を叩いた。

デス「・・・サガ。おまえとは長い付き合いだった。今日かぎりにしよう。俺が出て行くから部屋(巨蟹宮)は好きに使え。じゃあな」
サガ「待て!!何なのだ、その同棲してた女との別れ話みたいな台詞は!?」
デス「うるせえ!馬鹿に付き合ってるほど俺は暇じゃねえんだよ!」
アフロ「話がこじれたら怒鳴る、と・・・・つくづく最低の男っぽいなデスマスク・・・」
デス「なんか言ったか!?」
シュラ「八つ当たっても仕方ないだろう。少し落ち着け」
ムウ「サガ、どういうことなんです?家庭教師って、私はともかくこの面子でできるわけ無いでしょう。常識で物を考えましょうよ」
ミロ「失礼なことを言うなよムウ。俺だって、家庭教師ぐらいできる」
カミュ「友人として証言させてもらうが、お前には無理だ。ここは無難に断っておけ、ミロ」
シャカ「あの愚鈍ながきどもに物を教える、か。考えただけで疲れる仕事だ。アテナのご命令なら従うまでだが、気が重い」
アイオリア「まあな。しかし、お前に教わる側はもっと気が重いだろうな」
デス「とにかく俺は降りる!やりたいならお前が勝手に教えてろ!」
サガ「そんな勝手は許さん。考えても見ろ、デスマスク。これが受験戦争だったからよかったものの、もしシャバを変えて就職合戦だったらターゲットは私達だったのだぞ!?あのアテナのことだ。十分にありうる話!それに比べれば家庭教師の一度や二度がなんだ!」
デス「う・・・言われてみれば確かに・・・;;っていうか、お前も結構言いたいことたまってるだろサガ・・・」
サガ「それを出さずに飲むのが男の務めだ。協力してもらうぞ皆。よいな?」

 責任者の覚悟を決めた双眸に、全員が思わず固唾を呑んで頷いた。

サガ「よし。それで仕事内容だが」
シュラ「何を教えればいいのだ?」
サガ「とりあえず、星矢達は私立中学受験なので主要二教科。国語と数学・・・というか算数
バラン「・・・・国語って、日本語のことだろうな・・・?本当に、どうしてそれを俺達に教えさせるのだろう・・・」
ムウ「その疑問を言ってると話が先に進みませんからよしましょう。二教科なら教師は二人でいいのですよね?余った人員はどうします?」
サガ「受験生には時として心の安らぎが必要になるそうだ。安らげる空間を演出してくれ。あくまでさりげなく」
ムウ「無理な注文はしないように。さっきも言いましたが、この面子でそんな演出できません」
サガ「なんでもいいから前向きに検討しておいてくれ」
デス「・・・ったくめんどくせえな。サガ、今度からそういう依頼は居留守でも使って断れよ。これから私学の傾向まとめて対策立ててスケジュール組んで演習問題作って、やること目白押しだぜ。あー本当に面倒くせえ!」
アフロ「君はやる気があるのか無いのかどっちだ?」
デス「ねえよ。けど、やるならできるだけの事はしなきゃならねえだろうが」
シュラ「・・・・方向性さえ間違わなければ結構尽くすタイプだものな、お前・・・・・絶対途中でひよったりせんし・・・」
シャカ「そうなのか?単に途中で考え直すのが面倒なだけではないのか?」
デス「ほっとけ!」
アイオリア「まあ・・・なんにせよやると決まったなら早く日本へ行こう。そして早く済ませて帰ろう」
サガ「いや。行く必要は無い。場所はここだ」
アイオリア「ここ?この聖域でやるのか!?」
サガ「うむ。受験勉強は気の散るようなものが無い環境が望ましいらしいのだ。その点ここなら何も無い」
バラン「・・・・確かに何もないが気が散らないかどうかは微妙なのでは・・・」
サガ「それともうひとつ。星矢達は中学受験だが、不死鳥一輝(15)は高校受験。公立志望なので英語に加えて理科と社会も必要だ。心してかかれ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・全員が沈黙した。
 そして心の中で一様に思った。
 やっぱり無理だ、この計画。と・・・・





デス「こんな問題もとけねえのか!!」

 ばんっ!

星矢「だ、だって、だって・・・・」
デス「だってじゃねえ!!さっきっから何回教えたと思ってんだ!もう一回やってみろ!」
星矢「1/2 + 1/2 は・・・まず、2と2で4。それから・・・」
デス「そこ!!分数の足し算は上だけたしゃあいいって言ってんだろうが!!お前 2/4 とか出しやがったら殺すからな!!」
星矢「う・・・・・・;」

 受験勉強猛特訓が始まって、2週間が経過していた。

瞬「なんだろう・・・いきなり拉致されてきて何をさせられるかと思ったら受験勉強だもんね・・・ほんと予測のつかない人生だなってつくづく思うよ」
氷河「だが自分の頭が平均並みの能力を持っていたのだということはわかった。俺達、分数の割り算までは来てるものな」
瞬「この2週間地獄だったけどね。『30分で九九を覚えろ』って言われたときは泣きたかった・・・蟹の授業ハードすぎる・・・」
 
 しかし、そのハードな授業にしっかり適応している人間も一人いた。

紫龍「デスマスク。すまん。こんぐらかってきた。ちょっといいか?」
デス「ああ?どれだ」
紫龍「問2だ。『15%の食塩水30gと40%の食塩水20gを混ぜ合わせてできるのは何%の食塩水か?』
デス「ノート貸せ」

 [(15/100×30+40/100×20)/50]×100

デス「式はこれだ。意味は自分で考えろ」
紫龍「わかった。ありがとう」
「進みすぎだよ紫龍・・・・僕達まだ食塩と水を混ぜる段階なのに」
氷河「というか納得がいかん!!100gの水に50gの食塩を入れたら50%になるはずだろう!?違うのか!?」
デス「違ぇよ。水と塩の量足して全体量150gで塩を割るんだから33%ぐらいになるはずだろ」
氷河「???」
デス「お前の理屈だと100gの水に200gの塩入れたら200%になるだろうが。ありえねえっつーの。だからな・・・・」

 覚えの悪い生徒にビーカーの絵()まで描いて説明するデスマスク。
 そこへアフロディーテがポットの乗った盆を片手に現れた。

アフロ「茶をいれて来た。そろそろひと休みするがいい」
星矢「おっしゃあ!」
デス「こいつらに休んでる暇なんかあるのかよ」
アフロ「・・・君、なんでそんなに根詰めてやってるのだ・・・?くじ引きで算数担当に決まっただけだろう?」

 並べられたカップに香りのいいローズティーが注がれた。
 勉強に疲れきっていた一同はほっとしてそれを取り、飲む。

デス「瞬。60gの紅茶に5gの角砂糖を二つ入れたら何%か」
瞬「えーと・・・・・・;」
氷河「やめてくれ。聞くだけで吐きそうになる」
紫龍「俺も気分が悪くなってきた」
星矢「俺も・・・・なんかすごい息苦しいんだけど」
瞬「変だな、僕も・・・・っていうかほんとにシャレにならないぐらいくるしい・・・・アフロディーテ、あなた紅茶に何入れたの・・・?」
アフロ「ロイヤルデモンローズを少々」

 涼しい顔でそういって、アフロディーテは三つの瓶を取り出した。

アフロ「解毒薬はこの中に入っている。それぞれ問題を解いたら飲ませてやろう。1の瓶は回復率100%だが難易度は慶応レベル。2は50%で一般私学、3は1%で三流私学だ。どれにする?」
「どれもいやだよ!解く前に死ぬってば!」
アフロ「死ぬ前に選んで解け。早くしないと毒が回るぞ」
氷河「慶応レベルなんて解ける訳がないだろうが!」
アフロ「人間、死ぬ気になれば知恵も出る」
デス「なるほどな。いい考えだ・・・といいたいところだが、俺もかなり苦しいんだが・・・・お前、俺のにも毒盛ったのか・・・・?」
アフロ「平等を期した」
デス「何が平等だ!!教師を殺すんじゃねえ!!おい、1のやつ貸せ!」
アフロ「待った。君のは別コースだ」
デス「別コース?」
アフロ「うむ」

 彼はさらに3つの瓶を出し、

アフロ「1は一月前まで付き合っていた女の名前。2は1年前の4月に付き合っていた女の名前。3は5年前の夏にフィレンツェで一晩だけ関係した女の名前。それぞれ回復率は1%、50%、100%。さあどれに答える?」
デス「何をやらせたいんだお前」
アフロ「早く答えろ」
デス「一月前のすら覚えてねえよ!!」
「うわー・・・最低・・・・」
デス「黙れ!・・・っ、フィレンツェ〜?・・・・アナベラか?」
アフロ「違う」
デス「エマ!」
アフロ「ぜんぜん違う」
デス「サラか?いや、あれは違うよな・・・・っつーか、何でお前が答えを知ってんだ・・・・」
アフロ「どうする?ギブアップしてこのまま死ぬか?」
デス「冗談じゃねえ!!・・・・くそっ・・・・!おい、アフロディーテ!」

 デスマスクはいきなり腕を伸ばし、がしぃっ!と目の前の友人の肩をわしづかむなり引き寄せた。
 そして真剣(むしろ必死)な眼を据えて、

デス「昔のことがそんなに重要か?俺が今一番大事なのはお前なんだが」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アフロ「・・・・・正解
デス「よし!」
青銅「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇっっ!!」 

 思わず魂でツッこむ星矢たち。

氷河「ふざけるなよ!!そんな歯の浮くような台詞が通っていいのか貴様!!」
瞬「氷河、今問題なのは台詞のことじゃないと思う!」
紫龍「確かに!それよりもアフロディーテ、お前は絶対だまされている!眼を覚ませ!」
「ごめん紫龍。それも違う」
アフロ「・・・騙してるのか?」
デス「馬鹿、ガキの言うことなんか気にするな。俺を信じろ。そしてさっさと解毒薬を渡せ。な?」
アフロ「ん」
紫龍「それが騙されていると言ってるのだ!!」
瞬「いや、騙されてるっていうか、間違ってるから」
デス「がたがた言うな!お前らはさっさと問題解け!」
星矢「・・・・俺・・・・・もうだめかも・・・・」

 10分後。

紫龍「・・・・・何とか命だけは助かったな・・・・・」
瞬「やればできるもんだね・・・・算数って・・・・」
星矢「分数の足し算すらできなかった俺が慶応問題を・・・・・・・心の小宇宙が奇跡を起こすってまさにこのことだな」
氷河「どうせ起こすのなら受験会場で起こしたほうが無駄が無かったような気もするけどな・・・」

 アフロディーテが出て行った後、デスマスクは深々とため息をついた。

デス「あー焦った・・・・付き合った女の名前なんかいちいち覚えてねえよ。なあ」
「同意を求められても」
紫龍「デスマスク。勉強を教えてもらってこんなことを言うのもなんなのだが、やはりそういう態度はよくないと思うぞ。人として誠意が感じられない」
デス「俺から誠意を感じようとしているお前がわからん。もうその話は忘れて次の課題いくぞ」
瞬「・・・あ、ねえ。そういえば、兄さんはどうしてるのかな?」

 瞬が言ったのを受けて、紫龍がちらりと時計を見上げた。

紫龍「確か、3時までは理科だったはずだが・・・今は国語が始まったあたりだろう」
瞬「教科数多いから大変だね」
氷河「なあ、前々から思っていたのだが、理科の担当はあれでいいのか?」
星矢「ミロだもんな。無理だよな。どう考えても」
デス「仕方ないだろ。くじ引きで当たっちまったんだから・・・」

 すると、噂をすれば影。
 ばたばたと忙しない足音がして、当のミロが駆け込んでくる。

ミロ「デスマスク!聞きたいことがあるんだが、いいか!?」
デス「何だよ」
ミロ「太陽は東から昇って西へ沈む。それは俺も一輝もわかるのだ。だが!日中は南にあるってどういうことだ?観察したが、昼の太陽は上にある。上が南なら北は地の底か?」
デス「おい・・・・まさかとは思うが、お前ら授業時間中ずっと観察してたのか・・・?」
ミロ「うむ!いつ南に行くのか待っていた。が、いかなかった」
紫龍「・・・・・一輝とミロが昼中太陽の観察をしている・・・・非常に微笑ましいシチュエーションのような気がするが・・・」
デス「微笑んでる場合じゃねえ。あのな、ミロ。悪いことは言わんから、お前は理科から手を引け。無理だ」
ミロ「なぜ!」
デス「なぜって・・・;」
ミロ「あと、遺伝についてもさっぱりわからん。メンデルの法則とやらでは、AとBの豆があってAが優性だったらAとBの子供の比率はA:B=3:1だと言うのだ。だが、要するにAかBかの二者択一だろう?だったら1:1ではないか。違うか?」
デス「・・・・・・違うんだけどよ。説明しても無駄な気がするから、そう思っとけ」
ミロ「む・・・」
瞬「ミロ。兄さんは今、国語やってるんだよね?」
ミロ「ああ、ムウが苦戦している」
瞬「ムウか・・・でも、シャカがやってたときよりましかな・・・」

 くじの決めた国語担当教師は最初、シャカだった。
 が、評論文の解釈の違いで一輝と激突。二人そろって異次元へ消える騒動を起こしたため、ムウと交代することになったのだ。

デス「俺、夕方からあいつに証明問題教えなきゃならんのだが・・・・考えるだけで頭がいてぇ」

 デスマスクが深々とぼやいて頬杖をついた。





ムウ「だから、そういう答えでは世の中で通用しないんですよ。わかります?」
一輝「フッ、世の中がどう出ようが、この俺にとっては関係の無い話だ」
ムウ「かっこつけないでください。夏目漱石だってそんなつもりで書いたんじゃないですよ。まったくもう・・・・」

 うんざりした顔のムウ。
 たまたまやってきたアルデバランが、見かねて声をかけた。

バラン「ムウ、どうした?何か問題か?」
ムウ「ああ、アルデバラン。ちょっと聞いてくださいよ。一輝がひどいんです。あなた、『こころ』っていう小説知っています?」
バラン「?いや」
ムウ「では、まずこれを読んでください」

 ムウが手渡した一枚のプリントは、教科書定番の夏目漱石作「こころ」遺書の部である。

遺書の概要『上京して高等学校に学ぶうち、叔父に財産を横領されたことを知った「私」は故郷と絶縁し、とある母と娘だけの家に下宿する。親子と親しくなり、お嬢さんを愛し始めていた「私」は、同郷の畏敬する友人Kも実家と絶縁して困っているのを見て、下宿に連れてくる。が、「精神的に向上心の無いものは馬鹿だ」と言って精進一筋だったはずのKが、お嬢さんを恋してしまったことを知り、愕然とする。「私」はKに、平生の主張をどうするつもりだと迫り、Kは今までの生き方と自身の今の心の矛盾に悩む。一方で、「私」は下宿の奥さんにお嬢さんをくださいと申し出、了承される。奥さんからお嬢さんと「私」の婚約を聞かされたKは、その夜、自らの命を絶った』

バラン「・・・・なるほど。この話は単純に恋愛のもつれなどというレベルでは片付けられんな。己の生き方に迷ったか、それとも・・・」
ムウ「そうでしょう?そう考えるのが普通なんですよ。Kの自殺の原因は何だったのか。『精神的に向上心の無いものは馬鹿だ』と言い続けていた自分自身が、その実、いかに取るに足りないものであったか気づいたとか、そういう解釈するでしょう?」
バラン「一輝はどんな解釈を?」
一輝「Kの死は自殺ではない。他殺だった。『私』がナイフで刺し殺したのだ」
バラン「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ムウ「・・・ね?どうしょうもないですよね」
一輝「何がどうしようもないというのだ!よく読んでみろ!まず、第一発見者が『私』だということが既に怪しい!部屋も隣同士だし、アリバイも無く、犯行も容易だ!おそらくこの男、お嬢さんを横取りしたことをKにとがめられ、貴様の卑劣な行為をすべてをばらすと脅されたのだ。そして己の保身のためにKの口を封じた。すなわち、この遺書は遺書に偽装したダミー証言というわけだ」
ムウ「というわけだ、じゃないです。大体、この遺書を書いた後に『私』も自殺しているのですよ?」
一輝「それも警察の目をくらますための偽装工作に過ぎん。奴は生きている」
ムウ「・・・・・・・・・・;」
一輝「ムウ。もはやお前がなんと言おうと俺の意思は変わらん。K他殺説。俺はこれを信じて試験に臨むぞ」
ムウ「・・・勝手にしてください。問題に出ないことを祈ってます」

 さじを投げたムウであった。





 受験勉強をはじめて三週間が経過した。

カノン「そろそろ本格的な時期に入ってきたな!いいか、一輝。最近の受験では英語がすべてを決めると言っても過言ではない。サガの仕組んだ罠にかかって、なぜか今日まで俺が英語担当だったが、過去進行形で限界に来た。これ以上は何がなんだかさっぱりわからん。しかし、戦友であるお前をここで見捨てるのも薄情な話なので、代わりの講師を連れてきた。今日からこいつに教えてもらえ」

 言って指差すその先には、冥界巨頭のラダマンティス。

ラダ「カノン・・・お前、『かつてないほど絶体絶命の大ピンチだから力を貸してもらいたい』と・・・・・」
カノン「嘘はいっとらん!一輝が赤点をとったらサガに岬送りにされると言われたのだ!!」
ラダ「ふざけるな!!ただでさえ人手の足りない仕事を一時中断して駆けつけてやったのだぞ!英語教師などやってられるか!!」
カノン「仕方ないだろうが、英語圏の人間の心当たりがお前しかおらんのだから!!つべこべ言わずにさっさと教えろ!!」
一輝「・・・・・・・・・・・;」

 目の前で喧嘩を始めた二人を、火元の一輝はただ無言で見守るのみである。
 騒ぎを聞きつけてか、サガがやってきて後ろからむんずと彼の肩をつかんだ。

サガ「一輝。この馬鹿どもの決着がつくまで私と社会科を勉強するぞ。今日こそハワイ王国の歴代国王の名前を覚えてもらう」
一輝「・・・サガ。アマチュア受験者の俺でも絶対に試験に出ないとわかる範囲をなぜそんなに熱心に・・・・」
サガ「学問に王道はない!試験に落ちてから『カメハメハ大王の名前が書けませんでした』では取り返しがつかんのだぞ!」
一輝「そんなことで取り返しのつかなくなる人生はいらん。別に俺は進学志望ではないしな・・・できるならさっさと逃げ出したいところだが、それをやったら結局仏陀の手のひらの上とかやられるから大人しくしているだけで」
サガ「何をごちゃごちゃ言っている。始めるぞ!」

 一方、星矢達中学お受験組は漢字書き取りのテストをやらされていた。

ムウ「さあ、用意はいいですか、皆さん」
紫龍「・・・・ちょっと待ってくれ、ムウ」
ムウ「なんですか?確認の時間はもう終わりですよ」
紫龍「いや、テストはいいんだが、どうしてそこに爪を伸ばして臨戦態勢のミロがいるのだ・・・?」
ムウ「理科担当の座をカミュに譲って暇になったので来てくれたんです」
紫龍「何をしに・・・?」
ムウ「今から説明します」

 ムウはとんとん、と手に持った試験用紙を揃え、4人に配った。

ムウ「はい。それでは漢字の書き取りを始めます。問題は全部で十五問。一問不正解につきスカーレットニードル一発、赤点で廃人、0点でアンタレスです。根性入れてくださいね。では第一問・・・」
青銅「嫌だあああああっっっ!!!」

 しかし嫌もくそもなかった。

ムウ「第一問。『醤油』
青銅「(・・・・・『油』しかわからねえ・・・・!!;)」
ムウ「第二問。『蜻蛉』
瞬「・・・・いや、ほんと待ってムウ。そんな特殊漢字、読み方問題専門だと思うんだけど」
ミロ「何を言っているのだ。考えてもみろ。これぐらい難しい漢字を書けたら、もっと易しい漢字は簡単に書けるように・・・・」
「ならないってば。易しかろうが難しかろうが、個別に覚えるもんだよ漢字って・・・」
ムウ「私語は慎みなさい。続けます。第三問『薔薇』」
青銅「・・・・・・・(滝汗)」

 この後、4人がどうなったかは、もはや語るまでもない。




 かくして。
 ついに受験本番まで後一週間を切った。
 その日、生徒達に模擬試験をやらせたデスマスクたち教師一同は、採点結果に顔を寄せて頷きあった。

デス「・・・・じゃ、あとはこれを教えるということで」
サガ「そうだな」
カミュ「異論はない」
ムウ「とうとうここまで来ましたか」

 和やかに話し合っている彼らの姿を離れたところで眺めつつ、星矢たち青銅五人はかしこまっている。

瞬「・・・・どうなってるのかな」
紫龍「一通りのことはやりつくしたと思うが・・・」
星矢「俺、もうやだ・・・日本に帰りたい」
一輝「泣き言をいうな。三教科多い分、俺のほうがよっぽど過酷だった。・・・・まあ一番過酷だったのは喧嘩両成敗で岬に監禁されているカノンとラダマンティスのような気もするが・・・・」
瞬「生きてるのかな、あの二人・・・・」
氷河「たぶんもう駄目だろう」

 教師達が戻ってきた。

デス「おい、お前ら。これから一週間、最後の授業をする。それが終わったら本番だ」
星矢「まだ何かあるのかよ・・・」
ムウ「黙りなさい。これをやっておかなければ後悔しますよ」
カミュ「プリントだ。一輝はこれ。氷河たちはこっちの。一人一枚ずつ持って行け」

 5人はそれぞれもって来た。
 そして見た。

瞬「これ・・・・・」
デス「試験会場の見取り図だ。今からカンニングの方法を説明する」
青銅『待て』

 さすがにその場で抗議があがった。

瞬「どういうこと!?これからカンニングって、じゃあ今まで僕達がやってきたことって何!?」
星矢「そうだよ!どうせなら最初からこれを教えてくれればよかったじゃないか!!」
紫龍「星矢・・・それはちょっと・・・・;」
一輝「おい、カンニングなど、この俺の魂が許さんぞ!!」
デス「黙れ!模擬試験の結果があの状態でぎゃあぎゃあわめくんじゃねえ!!」
サガ「まったくだ!!特に一輝!『1905年1月22日にペテルブルグの冬宮で、軍隊が請願に集まった民衆に発砲し2000人の死傷者を出した。この事件をなんと言うか。(解:血の日曜日事件)の答えが『殺人事件』とはどういうことだ!!貴様一体この一月何を聞いていた!!?」
瞬「そんなこと書いたの兄さん・・・;」
一輝「殺人事件だろうが!!あれが誘拐事件だったとでもいうのか!?」
サガ「そういう問題ではないわ!!」
デス「数学もひどいぞー。氷河、答えが『6125/1225』って、あからさまに約分し忘れてるじゃねえか。気づけよ」
ムウ「なんなんですか、この四字熟語の答案は。何かのギャグですか?問3『人薄命』の穴埋めの答えが『老人薄命』って・・・そりゃそうですけど紫龍、貴方がこんな間違いするなんてがっかりですよ」(正解:佳人薄命)
氷河「いや、むしろ紫龍だからこその答えという気がしないでもないが・・・」
ムウ「一輝は一輝で『知人薄命』・・・リアルすぎて痛いんですよね・・・」
瞬「兄さん・・・・;」
ムウ「それから星矢。『一所懸命の同意義語―――全(正解:全身全霊)の答えが『全全全全』で、横に小さく『ビンゴ!』と書いてあるこれは一体・・・・」
星矢「・・・・・だってわからなかったからさ・・・・・」
ムウ「あと、全員共通して危機一髪危機一と間違えてます。聖闘士らしいといえばそこまでなんですけど、本当、今まで私達がやってきたことって何だったんでしょうね」
青銅「・・・・・;」

 ぐうの音も出ない生徒達だった。

デス「とにかく!手段は選んでらんねえからな!この先一週間、死ぬ気でカンニングの技法を身につけろ!!」
紫龍「ぎ、技法・・・・」
デス「そうだ。まず、初歩の手段として『斜め前に座ってる奴の答案を見る』から教える!」
カミュ「上級まで行くと『試験中にカンペを見る』を会得できる。ただし、ばれないように光速の動きを身につけてもらうがな」
サガ「カンペについては、シュラとアイオリアに金庫破りをして持ってきてもらった当日の試験問題をもとに、我々で作成する。あの正義の塊のような二人が犯罪に手を染めたのだ。死ぬ気でやり通せ」
瞬「・・・・ていうか、そんなもんがあるなら当日にカンニングする必要すらないんじゃないのかな・・・・丸暗記していけばいいだけの話だよね」

 しかし瞬のもっともな意見は、「それはさすがに卑怯すぎる」という黄金聖闘士たちの譲れない一線のために没にされた。
 青銅の生徒達は残された日々をひたすらカンニングの修行に費やしたという。




 ・・・・・一月の間、耐え続けた。
 赤点をとっては光速拳で吹き飛ばされ、書き取りをやってはスカーレットニードルの猛襲を受けた。
 「こんなことでは絶対に合格できない・・・いっそ私がこの手で」と悲観した教師から氷付けにされかけ、果てはカンニングの光速技を身につけるためにライトニングプラズマを見極める練習までさせられた。生身で。
 そこまでやって不合格になるはずがない。
 そんなことはありえない。


 だが、ありえないことを起こすのが聖闘士であった。


デス「・・・・・・落ちた・・・・だと・・・・・・?」
星矢「ああ。落ちた」

 帰ってきた星矢達の結果報告に、黄金聖闘士たちは呆然とした。

デス「お前ら全員か?なんでだよ!?」
紫龍「健康診断で引っかかった」

 そういう紫龍の顔には、受験勉強の痕跡が文字通り傷跡となって刻まれている。
 彼だけではない。
 青銅全員、満身創痍。

サガ「・・・・・一輝はどうした?」
瞬「兄さんなら、疲れた体を回復させるためにカノン島に療養に行ったよ
ムウ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
紫龍「・・・・なんと言うか・・・・考えてみれば当たり前ではあったのだがな・・・・・全員、骨の一つや二つは折れてたし・・・・まだ毒もやや残り気味ではあったし・・・・」
カミュ「それで健康診断か」
氷河「健康診断です」

 しばしの沈黙。
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 やがて。
 デスマスクが壮絶な笑みを浮かべながら、言った。

デス「なるほど・・・・人がせっかく寝不足になりながら教育してやった結果がこれか・・・・・健康診断ねえ・・・・・」
アイオリア「デ、デスマスク。なんだか小宇宙が殺気立ってるんだが・・・;」
デス「気のせいだろ。・・・・おい、お前ら」
青銅『は、はい』
デス「来年はどうする?まさかここでやめるとはいわねえよな?もちろん、受けるんだよな?」
紫龍「い、いやその・・・・・」
デス「遠慮することはねえぞ?一年計画でみっちりしごいてやるからよ」
星矢「で、でも!また健康診断で引っかかっても困るし、こんどはもう特訓は・・・・・」
デス「心配するな」

 逃げようと身を引いた星矢の腕をがっしりつかむ。

デス「体が傷つかねえように積尸気で個人授業してやるからよ。オラ、順に飛べ!!」
青銅「わーーーーっっ!!!;;」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・青銅四人と蟹一匹が積尸気へ消えた後。

アフロ「・・・なんだかんだ言って結局一番めんどうみてるのはあいつではないか?」
シュラ「ほっておけ。俺はもう疲れた・・・犯罪は割に合わん。いろんな意味で」

 げんなりした顔の黄金聖闘士たちは、二度とかかわりたくないという気持ちもあらわに、それぞれの宮へと散っていったのであった。



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