アフロ「デスマスク!」
青い目を丸く躍らせてアフロディーテが駆け込んできた朝。デスマスクはまだ寝床の中でいびきをかいていた。
が、
アフロ「デスマスク!呼んでいるだろう!起きろ!」
デス「っがっ・・・!」
容赦なく枕を引き抜かれ、頭をマットに弾ませられればさすがに目も覚める。
デス「っなんだぁ・・・・?」
アフロ「なあ、デスマスク。今日は何の日だ?」
デス「・・・?」
アフロ「今日は何の日だ?覚えてるか?」
真上から覗き込んでくるアフロディーテの目は期待に輝いている。
デスマスクは寝起きのはっきりしない頭をなんとかはっきりさせて考えた。
心当たりはない・・・・・しかし、こういう風に迫られるような日は年に一度しかないだろう。
アフロ「わからないのか・・・?」
デス「・・・・いや、わかった」
アフロ「何の日だ!?」
デス「お前の誕生日」
次の瞬間――――
思いっきり平手が飛んできた。
デス「殴ることねえだろうが!!」
アフロ「うるさいうるさいうるさいっっ!!!」
聖域を駆け上がりながらの二人の罵りあいは、晴天のギリシャの空高くまで響き渡っていた。
デス「なんでそういきなり怒るんだよお前は!ちょっと間違えただけだろうが!!」
アフロ「だまれ!百歩譲って今日が何の日だか覚えてないのは許すとしても、私の誕生日と間違えたことは死んでも許さん!要するに君は私の誕生日すら覚えてないと言うことではないか!!」
デス「この歳で一々覚えるかそんなもん!お前、俺の誕生日覚えてんのか!?」
アフロ「6月24日!!」
デス「おぉ・・・すげぇ・・・;」
アフロ「馬鹿!!」
ダンダンダンダンッ!!
アフロ「シュラ!通るぞ!!」
デス「おい、いい加減にしろ!待てって!!」
アフロ「!っ、放せっ!!」
デス「何なんだよ。今日が何の日だって?ほら、怒らないからいってみろ」
アフロ「怒っているのは私の方だ!!放せ!自分のその腐れた頭で考えろ馬鹿男!!」
デス「聞けばわかること一々考えるほど暇じゃねえんだよ。お前が言わないんならこの話はここで打ち切りだ。それでいいんだな?」
アフロ「!・・・・」
デス「おい」
アフロ「・・・・・・・・っ・・・・・・」
デス「・・・・また泣くしよ」
あーあ、と聞こえよがしにため息をつくデスマスク。腕をつかまれたまま顔を伏せて唇を噛んでいるアフロディーテ。
辺りにはひたすら重い雰囲気が立ち込める。
・・・と言う光景を見せ付けられている磨羯宮の住人シュラ。
シュラ「なあ・・・・頼むから揉めるならよそへ行ってやってくれ・・・・うちではやらんでくれうちでは・・・・」
デス「俺だってそうしたいけどよ。こいつがうごかねえんだよ」
デスマスクが吐き捨てると、その胸をアフロディーテはあいてる方の拳で叩く。
デス「いてえな。何だよ」
アフロ「・・・・び・・・・」
デス「あ?」
アフロ「・・・・・・・ねん・・・び・・・・・」
デス「聞こえねえ!!もっとでかい声出せ!!」
アフロ「結婚記念日っ!!」
デス「・・・・・・・・・・けっこんきねんびぃ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
シュラ「!頼む!!ほんと、今すぐ出てってくれ!!取り返しのつかなくなる前に早く消えろお前ら!!」
デス「うるせえな、ちょっと黙ってろ。・・・おい、アフロディーテ。なんだ結婚記念日って」
アフロ「結婚・・・したではないか、去年・・・・私と・・・・」
デス「ああ、罰ゲームでな。なんだ、それ今日だったか?」
アフロ「今日!」
デス「にしても、そんなことで一々ふくれんなよ・・・・」
アフロ「君、去年なんて言った!?絶対絶対自分は結婚記念日を忘れないと誓ったではないか!忘れない方に賭けたくせに!!」
デス「それでお前は俺が忘れる方に賭けたんだったな?確か」
アフロ「そう!」
デス「だったらお前の勝ちじゃねえか。喜べ」
アフロ「そういう問題ではないわ!!」
デス「怒るなよ。別にいいだろ、結婚記念日の一つや二つ。大体俺ら離婚済みだし・・・」
アフロ「良くない!世間の夫婦の間ではこれは特別な日なのだぞ!一緒に外食したり、ウェディングキャンドルを一目盛り分ともしたり!優しい夫は何か妻にプレゼントを用意してたりするものだ!なあ、シュラ!」
シュラ「いや・・・聞かれても俺は結婚したことないからしらん;」
アフロ「とにかくそういう日なのだ!それを君は・・・・君は・・・・っ!」
激昂した瞳から、また涙が一つ、二つ。
デス「・・・・・よくわかった。とりあえず泣き止め。な?」
口の端で苦笑しながら、デスマスクはアフロディーテの髪をかきあげて、それをぬぐってやった。
デス「忘れてたのは俺が悪かった。謝る」
アフロ「デスマスク・・・・」
デス「プレゼントも買ってない。そこでだ」
アフロ「うん?」
デス「お前、今から街行って好きなもん買って来い。レシートもらってきたら後日清算してやるから・・・」
アフロ「死んでしまえ!!そんなプレゼント少しも嬉しくないわ!!!」
デス「仕方ねえだろ、今手持ちの現金あんまりないし・・・・ああそうだ。カード渡して番号教えるから、それで買ってくるのも・・・」
アフロ「嫌だ!!そういうプレゼントのもらい方は絶対嫌だ!!」
デス「自分の欲しいもんもらうのが一番いいだろ普通」
アフロ「君の選んでくれたものが欲しい!!」
デス「めんどくせえこと言うなよな・・・」
アフロ「どうしてそこで『面倒くさい』という発想が出てくるのだ!?本当に私が大事なら、面倒など欠片も構わず選んできてくれるはずだろう!!君、これがバーの女相手だったらどうしてた!?」
デス「いや、バーの女とは結婚記念日ないから・・・」
アフロ「でもプレゼントのときは自分で選んでるだろう!?今まで付き合った女とか!」
デス「まあ、それはそうだな」
アフロ「ほら見ろ私だけないがしろだ!馬鹿馬鹿!!もういい!君なんか大っ嫌いだ!!」
アフロディーテはもう一度デスマスクの頬を打つと、ものすごい勢いで双魚宮の方へ駆け去っていってしまった。
しばし、嵐の後の静けさが落ちて。
シュラ「・・・・・・・デスマスク」
デス「ん?」
シュラ「その、俺が口出しするようなことではないが・・・というか普通に口出しなんかしたくは無いんだがな?それでもあえて言わせてもらうが、お前かなりひどいぞ」
デス「そうか?」
シュラ「からかうのもいい加減にしたらどうだ。朝っぱらから・・・」
デス「面白ぇんだよな。まともに怒って泣くから。つい」
シュラ「ついじゃないだろう。早いところ謝りに行って来い」
デス「いや、このままほっとけばあいつからまた出てくるだろ」
シュラ「・・・・そういうところがひどいと言うのだ」
デス「うるせえな。だったらお前が相手してやれよ」
シュラ「絶対嫌だ」
デス「・・・・・目、据わってるぞ・・・;」
その時、また上からバタバタと足音が聞こえてきた。
振り返るとまなじりを吊り上げたアフロディーテが手に何かを握って戻ってきたところだった。
デス「ほら出てきた」
シュラ「お前な・・・」
アフロ「受け取れ馬鹿男!」
怒鳴り声と共に彼が投げつけたのは一枚の紙。
握り締められていたせいでしわがよっていたが、開いてみると航空券である。
デス「なんだこれ・・・・ローマ行き・・・・・?」
アフロ「私からのプレゼントだ!一人で行って来い!」
それだけ言い捨てると、アフロディーテはまた出て行ってしまった。
あとに残った男二人は、顔とチケットとを交互に見比べる。
シュラ「・・・・要するに、お前と一緒に行くために用意していたというわけだろう?本当に、早く追いかけて謝ってやれ」
デス「いや、これはあれだろ。俺の顔なんか当分見たくねえから出てけって意味だろ」
シュラ「またそういう意地の悪い解釈を・・・・」
デス「いいんだよ」
デスマスクはにいっと微笑んだ。
デス「あいつが意地を張り通せるわけないからな。この勝負、絶対俺の勝ちだ」
それから2時間ほど経って。
アフロ「・・・・・シュラ」
シュラ「!」
デスマスクから一切なんの音沙汰も無いのに我慢できなくなったアフロディーテは、またまた磨羯宮へ下りてきた。
そこにいた住人に声をかけると、目に見えてびくついている。
嫌な予感がした。
アフロ「・・・デスマスクはどうした?」
シュラ「・・・・・・・先に言っておくが、俺は止めたからな」
アフロ「どこ行ったのだ?」
シュラ「・・・・・・・・・」
シュラは黙って一枚の書置きをつきだした。
妙に几帳面な字が、次のように並んでいた。
「お言葉に甘えて遊んでくる。チケットサンキュー! デスマスク」
アフロ「・・・・・・・・・・・(蒼白)」
シュラ「大丈夫か・・・?;」
アフロ「・・・こんな・・・・・・・ひどい・・・・・・・・・だって・・・・・『一緒に行こう』って・・・・普通・・・・・」
シュラ「あれに普通を求めるのはやめた方がいいと思うぞ。・・・頑張れよ」
アフロ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・泣きたい・・・・・・・」
呆然とつぶやき、アフロディーテはその場にへたりこんだのだった。
が、黄金聖闘士たるもの、いつまでもへたり込んでいる人間ではない。
30分後、アフロディーテはアテネの空港に来ていた。
アフロ「あの馬鹿野郎、絶対許さん!!見つけたら持ちバラ全部ぶっ刺してやる!!」
シュラ「・・・それはいいんだが、どうして俺まで同行させられてるのかを聞いてもいいか。しかも渡航費用自己負担なのは一体・・・・払った俺も俺だが・・・・」
デスマスクの乗った便は一足早くローマに発ってしまっていた。
続く便をキャンセル待ちして乗り込んだ二人である。
アフロ「シュラ。デスマスクは私が嫌いなのだと思うか?」
シュラ「そんなことを俺に聞かれても困る。本人に聞け」
アフロ「本人がいないから聞いているのだ!私が嫌いなのだと思うか!?少なくとも、好きだという言葉は一度たりとも聞いた事が無いのだが!」
シュラ「だったら好きではないのだろう。よくわからん。それより俺はどうしてそんなにお前があれのことを好きなのだか、その方が理解に苦しむ」
アフロ「断じて好きではないわ!あんな馬鹿!!」
シュラ「・・・・・なら聖域に帰らないか・・・?最低、俺だけでも帰らせてくれ」
アフロ「断る!せっかく予約の客を2人裏で昏倒させて手に入れたキャンセルだぞ!?私の努力を無にする気か!」
シュラ「やる前に言ってたら俺は辞退した!!どうりで一時姿をくらましていたと思ったらそんなことをしていたのか!」
アフロ「くらましていたとは人聞きが悪いな。きちんと君に言っただろう、『トイレに行くからついてくるな』と。君は止めなかったではないか」
シュラ「その言葉が犯罪の前フリだと気づく人間がどこにいる!!おい、生きているのだろうな、その2人は!;」
アフロ「さあ、どうなったかは知らん。ただ一つ私に言えることは、生かしておいたら目撃証言者だったということだけだ」
シュラ「なんだその不吉な言い回しは・・・(滝汗)」
既に前科者と化した二人。ほとんど国外逃亡ともいえる状況ではあったが、何も知らない飛行機は彼らを乗せたままイタリアの空へ向けて飛び立ってしまったのだった。
イタリアローマ空港。
シュラ「まさかまだこの辺をうろうろしているわけはないだろうし・・・・考えてみればイタリアはあいつの地元ではないか。観光地めぐりをしているとも思えん。見つけられるのか?」
アフロ「あれの地元は、イタリアはイタリアでもローマではなくシチリアだ。国が一緒でも場所が違えば観光の価値はある。都民が札幌雪祭りを見たいと思うのと一緒でな。・・・・だが、私もデスマスクが観光旅行をしているとは思わん」
アフロディーテはぐっと握りこぶしを固めた。
アフロ「なぜなら大都市には女がいるからだ!!あいつが『遊んでくる』と書き置いていった以上、それ以外は考えられん!!おのれ、絶対夜までに見つけ出す!!」
シュラ「大都市でなくても女はいるだろう・・・いっそのこと夜までまってホテルを当たった方が合理的なのではないか?」
アフロ「そんなの絶対いやだ!!」
ローマの街並は、さすがに首都だけあって人通りが多かった。
アフロ「手分けして探そう。見つけたらすぐに知らせるのだぞ!」
シュラ「どうやって」
アフロ「見つけ次第あの馬鹿をジャンピングストーンで空に向かって撃ち上げてくれ。そしたら急行するから」
シュラ「そんな目立つパフォーマンスは死んでもいやだ。一時間後にここで待ち合わせよう。いいな」
アフロ「むぅ・・・」
不満そうなアフロディーテだったが、変な代替案を出されないうちにシュラがさっさと行ってしまったので、どうしようもない。
自分も逆の方向にむかって歩き出した。
アフロ「・・・・・・・・」
慣れない外国の町並み。歴史ある古都の美しい景観も、今はゆっくり楽しむ気にはとてもなれない。どの道がどこへ通じているのかまったくわからないのはただ鬱陶しいだけである。
いっそ目の前の建物をことごとく破壊して平らにならし捜索しやすくするという方法も頭をかすめたが、後でサガあたりに怒られそうなので我慢した。
と、突然。通行人の男に横合いから声をかけられた。
男「Ciao!」
アフロ「わ!?」
男「E Lei non e italiana,vero? E qui per turizmo?」
アフロ「は・・・・?;」
男「Lei e bella!」
アフロ「???;」
いきなりベラベラと異国の言葉でしゃべり倒されて、さすがの黄金聖闘士も一瞬ひるむ。
目を丸くしているうちに、男はなにやら云々言いつつアフロディーテの手を取り、あらぬ方向に連れて行こうとした。
アフロ「何だ君は!?客引きか!?私は人を探しているのだ、離せ!」
実は客引きではなく女と見られてナンパされてるのだが、言葉がわからなければ気づかない。
アフロ「離せ!離せと言ってるだろうが!ええいくそっ!ピラニアンローズ!!」
ザアッ!!
アフロ「はあ、鬱陶しかった・・・・何だったのだ一体・・・・」
その後、優に12、3回は鬱陶しい目にあいつつ、アフロディーテはデスマスクを探し続けた。
途中、ナンパだけでなくスリにもあったが、もちろんその場で処分した。悪人からは遠慮はいらないだろうと、有り金を分捕ったりもした。
だが、デスマスクだけが見つからなかった。
アフロ「おのれ、どこに潜伏しているのだあの馬鹿!探し始めてから2時間経つぞ!!」
・・・シュラとの約束は念頭にないらしい。
アフロ「この際、本気で地ならしをしてしまうか・・・それともあれはもうローマにいないのだろうか・・・」
ナンパ「Buongiorno,bella donna・・・」
アフロ「またか!消えろ!ピラニアンロー・・・!!」
振り向きざまに放つ必殺技も段々切れを増してきていたが。
しかし、今度は放てなかった。
パシっ!と鋭い音を立てて、光速拳があっさり捕らえられたので。
アフロ「!」
デス「・・・Lei e bella, ma Oggi e bella ancorra di piu。いきなりそれか?ひでえな」
振り向いて硬直した目の前で、見覚えのある顔が笑っていた。
デス「何してんだこんなとこで」
アフロ「デスマスク!」
怒るか怒鳴るか殴るか蹴るか、それとも素直に喜ぶべきか。
どれにするか迷った一瞬のうちに、そのどれもタイミングを逃してしまった。
アフロディーテは喉までこみ上げてきたものを無理やり飲み下ろして、男の顔をじっと睨んだ。
デス「なに?俺を探しに来たのか」
アフロ「ち・・ちがう!」
デス「ならなんでイタリアにいるんだ?」
アフロ「それは・・・・・か、観光旅行だっ」
デス「ほー。で、何を観光してたんだ?」
アフロ「っ!いろいろだ!」
デス「いろいろねえ」
デスマスクの目は面白そうに笑っている。
デス「観光旅行の割には殺気立ってたようだけどな」
アフロ「あれは、客引きがやたらに声をかけてくるからだ!!君もその一人かと思ったぞ!!」
デス「客引き?」
アフロ「君、私に声かけたときに何か言っただろう?ベラだかドナだか!似たようなことをもう100人ぐらいに聞いた気がする!」
デス「・・・へえー」
男の笑みがますます深くなった。
デス「・・・俺がなんて言ったか知りたいか?」
アフロ「フン!どうせろくでもないことだろう、知りたくない!!」
デス「そうかよ。ま、よかったじゃねえか、大漁で」
アフロ「なに?」
デス「知りたくないんだろ。それより、俺は今いそがし・・・・・」
その時だった。
アフロディーテのやってきた方向から、声が飛んできた。
シュラ「アフロディーテ!何をやっているのだお前は!!」
アフロ「・・・あ。シュラ」
デス「!」
友人の姿を見たデスマスクの眉が、わずかに跳ね上がる。
デス「・・・・・・・・・あいつも来てたのか」
アフロ「そうだ。シュラ、どうした?何かあったのか?」
シュラ「何かあったのかではないだろうが!!一時間後に待ち合わせと言ったはずだぞ!?待っても一向に帰ってこないから探しに来たのだ!!デスマスクが見つかったのなら見つかったで、さっさと戻って来い!!」
アフロ「すまん・・・・しかし、よくここがわかったな」
シュラ「昏倒している人間をたどってきた。お前、早いところ身を隠さんと本当に刑務所に放り込まれるぞ;」
シュラは腹立たしげにため息をつき、今度はデスマスクの方に目をやる。
シュラ「おい、お前もいい加減に・・・・」
だが、皆まで言う前に睨まれた男はふっと視線をそらしてしまった。
そして、
デス「おい、アフロディーテ」
アフロ「ん?」
デス「俺、そこに女待たせてるからもう行くわ。せいぜい観光旅行を楽しんでいけ」
にっこり。
満面に見たこともないほど優しい笑みが浮かべてそう言うと。
唖然とする二人を残したまま、彼はあっさり背を向けて去って行ったのだった。
アフロ「・・・・・・デス・・・・マスク・・・・・?」
シュラ「お、おい・・・・!」
建物の曲がり角で、黒髪のイタリア美女を拾うのが見えた。
女がちらちらとこちらを伺って、デスマスクになにやら訊いている。
「誰?あれ」「ああ、単なる知り合い」「美人じゃん」「お前の方が美人だろ」・・・・・・・・・
アフロ「ブラッディロー・・・・・!!」
シュラ「待てえええっっ!!気持ちはわかるがここで千日戦争は絶対よせっっ!!!」
頬を沸騰させて涙目になっているアフロディーテを必至に羽交い絞めながら、シュラはしかし、考えた。
デスマスクのあの笑み。あの男の、あんな無防備に優しい微笑みは、未だかつて見たことがなかった。
自然に浮かんだものか?いや、そうではない。意識的に笑ったのだ。
・・・・・・・・ひょっとして。
あいつは、妬いていたのではないだろうか。
この俺に。
濡れ衣だ・・・・;
ローマの歩道を歩きながら、シュラの頭は猛烈に痛くなってきていた。
どうしてあの時すぐにデスマスクを追いかけなかったのだ、自分。
追いかけて弁解してたら誤解を解けたかもしれないではないか、自分。
誤解を解いていたら今頃ギリシャ行きの飛行機に乗って帰れていたかもしれないぞ、自分。
というかどうしてそういう誤解をするのだ、デスマスク。
シュラ「・・・・・頭が痛い・・・・・」
アフロ「・・・・・・・・・私は心が痛い・・・・・・・・」
彼と並んで歩いているアフロディーテは、血の気のうせた紙のような顔色をして見る影もなく落ち込んでいた。
自分のことで一杯一杯であるはずのシュラだが、その悄然とした姿を見ているとさすがにやや同情心が沸いて、なんとか気を持ち直させようと話しかける。
シュラ「どうする?ギリシャに帰るか?」
アフロ「・・・・・・・・・・」
シュラ「ふさいでも仕方ないだろう」
アフロ「・・・・・・・・・・・・」
シュラ「・・・もう一度、あいつを探すか?」
アフロ「・・・・もういい・・・・私はここで・・・・死ぬ」
シュラ「死ぬなああああっっ!!;そこまで落ち込むことかおい!?」
アフロ「君にはわかるまい!!結婚記念日なのに他の女に浮気されて・・・・・・かくなる上は面当て自殺しかないだろうが!!」
シュラ「それを俺はなんと言ってアテナに報告するのだ!?『アフロディーテは蟹にフラレて死にました』か!?冗談ではないぞ!!少しは人の迷惑を考えろ!!」
アフロ「・・・・やさしくない・・・・・っ」
シュラ「泣くな!!」
うつむいて沈黙する美人と、それに向かって怒鳴っている男。
目立たぬはずはない。通行人がぬるい笑いを浮かべて通り過ぎる。
シュラ「・・・とにかく、こんなところで恥をさらすのは御免だ。場所を変えるぞ。腹が減った」
アフロ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何も食べたくなんかない・・・・」
シュラ「これ以上わがままを言うな!」
アフロ「だって・・・・・・・・・だって・・・・・・・・じゃあ君、おごってくれるか・・・?」
シュラ「わかったから泣き止め!!」
完全に騙されているが、気づかない辺りが精神的疲労である。
二人はとりあえず一番最初に目に付いたレストランに入った。
アフロ「・・・・・・・メニューが読めん」
シュラ「俺も読めん。が、とりあえず適当に頼めば食い物は出てくるはずだ」
指差し方式で、ひたすらアバウトに注文をすると、パスタが二皿出てきた。
そのうち一つがカニ入りだった。
アフロ「食えるかこんなもの!!責任者出せ!!」
シュラ「給仕に当たるな;店は何も悪くない。それは俺が食うからこっちへよこせ」
だが、何だかんだいって腹が満たされれば人の心は落ち着くものである。
食後のコーヒーがデミタスカップで運ばれてくるころには、アフロディーテの涙も乾いていたし、シュラの頭痛も止んでいた。
シュラ「アフロディーテ。そもそも、イタリア旅行はお前が計画したことだったな?ローマで何か見たいものがあったのではないのか?」
アフロ「・・・・・・・・・・ん」
シュラ「せっかくだから、色々寄っていったらどうだ。気が晴れるかもしれん」
アフロ「・・・・・そうだな」
シュラ「どこへ行きたいのだ?」
アフロ「スペイン広場でアイスを食べて、真実の口に手を突っ込んでみたい」
シュラ「そうか。なら行こう」
アフロ「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
シュラ「・・・・なんだ、その不満そうな顔は」
アフロ「・・・君は映画を見てないのだな」
シュラ「何?」
アフロ「いや、いい」
アフロディーテはなんだか膨れた顔で、苦いコーヒーを飲み干した。
スペイン広場はローマの一大観光地である。
でっかい階段に恋人同士やツアー客が群がり、アイスクリームを食べるのがオードリー以来の伝統ではあるが、現在では広場が汚染されるのでアイスの持ち込みは禁止されていた。
シュラ「・・・禁止だそうだぞ」
アフロ「でも食べる」
シュラ「違法行為はするな。これ以上」
アフロ「だって、食べてる奴らもいるではないか。要するに汚さなければいいのだろう?」
シュラ「そういう認識の甘さがよくない。俺達は正義を愛するアテナの聖闘士なのだから、基本的にマナー違反は止せ」
アフロ「・・・・・・デスマスクなら一緒に食ってくれたはずだ」
シュラ「俺はデスマスクではない。そもそもこの真冬のクソ寒い時期にアイスなんか食いたくないしな。ほら、どの店で食うのだ?」
アフロ「うむ・・・・・・・・・・」
一つの店の前で、日本人ツアーコンダクターが客に向かって説明していた。
日本人「皆さん、ここの店が『イタリア一美味しい』という称号を持っているアイスクリーム屋さんです」
・・・・・・・・・・・・・・・
シュラ「・・・・なら、あの店にするか」
アフロ「いや。こっちがいい」
アフロディーテは「イタリア一」の店を避け、隣接して営業しているもう一つのアイスクリーム屋に入った。
アフロ「イタリア一の店よりも、その隣で営業できてる同業者の方が驚異的だ。こっちの方が穴場だと思う」
シュラ「・・・・お前も微妙に可愛くない人間だな・・・・・;」
二人はアイスを購入した。気乗りのしなかったシュラも、付き合いで一つ注文する。
わたされた山盛りのアイスを、アフロディーテはぺろりと舐めて。
アフロ「・・・・・・美味い」
シュラ「そうか。よかったな」
アフロ「だが、広場で食えないのならもういい。シュラ、君二人分食べてくれ」
シュラ「だったら最初から買うな!!そんなに食えるか!自分で注文したものぐらい責任持て!!」
アフロ「・・・・・・・」
またもや不満そうな顔をするアフロディーテ。
シュラもそれきり何も言わず、仏頂面で自分のノルマを食う。
しかしこの場で一番不愉快だったのは、とりもなおさずひたすら不味そうに食べる客二人を目の前に据えられたアイス屋のおやじであっただろう。
「俺のアイスは所詮隣の店にはかなわないのか」。弱気になった彼は数日後に店をたたんだが、そんなことは黄金聖闘士たちの知ったことではないのであった。
むしゃくしゃする、とはこのことか。
女といても気が晴れない。ウィンドウショッピングも楽しくない。
イタリア美女「・・・何考えてるの?」
デス「別に」
覗きこんでくる傍らの連れ(ローマに来てからナンパした)の問にどこまでも無愛想に応じつつ、デスマスクの頭は別の方向に回っていた。
アフロディーテが追いかけてくるのは最初からわかっていた。むしろ追いかけてくるからローマにきたと言ってもいい。
だが、どうしてそれにシュラまでついてきているのか。あの男が積極的について来たはずはないのだ。自分達にかかわるのを死ぬほど嫌がっていたのだから。
ということは。
むりやり引っ張ってこられたのだろう。アフロディーテに。
デス「・・・・・・・・・むかつく」
美女「え?なに?」
デス「なあ、お前、さっき会ったやつ見ただろ?あの黒い髪の男。あれどう思う?」
美女「さっきの人?すごくかっこいいんじゃないの?大人の雰囲気で。一度口説かれてみたいわあ」
デス「・・・そうかよ」
美女「なあに?妬いたの?」
デス「馬鹿言うな」
デスマスクはイライラとこたえ、つま先で石畳を小さく蹴った。
アフロ「これが真実の口か。もとは下水道の蓋だけあって、何だか思ったより安っぽいな」
シュラ「・・・お前が来たがったんだぞ」
ローマ一大観光名所その2、真実の口。嘘吐きが手を入れると噛まれると言う伝説がある。
何の変哲もない通りすがりの壁に設置されたそれは、パンフや写真などには口の部分が暗く神秘的に写っているものの、実際に見てみるとけっこう奥まで光がさしてしまっていたりして、単なる穴以外の何物でもなかった。
アフロ「シュラ。手を入れてみてくれ」
シュラ「構わんが、俺は今のところ特に嘘などついてないぞ。手を入れても噛まれるはずがなかろう」
アフロ「なら嘘をついてから入れてみてくれ」
・・・本来ここは「嘘をついてるかどうか」に重点を置いて楽しむはずの観光名所であり、「噛むかどうか」を確かめるべきところではないのだが、二人は何かを間違っている。
シュラ「嘘といわれても・・・・」
アフロ「何でもいいから」
シュラ「じゃあ・・・・・『この旅行はとても楽しいと思う』」
アフロ「・・・君も結構嫌なやつだな・・・・」
シュラは口に手を突っ込んだ。
それから普通に抜いた。
シュラ「以上」
アフロ「・・・・・・・・・・・」
シュラ「・・・またそういう顔を・・・・。何が不満だというのだ」
アフロ「・・・楽しくない」
シュラ「なら何か?噛まれるまでずっと手を突っ込んでいろとでも言う気か?」
アフロ「デスマスクなら、袖の中に手を隠して噛まれたフリしてぎゃあとか言ってくれるはずなのだ」
シュラ「知るか。俺には無理だ。あきらめろ」
アフロ「・・・・・・・」
アフロディーテは真実の口を睨んだ。それから、
アフロ「・・・『あんな馬鹿は大っ嫌いだ』!」
と怒鳴るとぐいと手を突っ込んだ。
虚言をはかるはずの口は、歯形一つ残さずにそのままの指を彼に返してよこしたのだった。
ローマの夜はオレンジ色の街頭の明かりに包まれる。
一日中歩きまわったアフロディーテとシュラは心身ともにくたびれていたので、とりあえず帰るのは明日にして今夜は宿を探すことにした。
タクシーを捕まえて一番近いホテルに連れて行ってもらおうとする。が。
アフロ「だから、宿へ連れて行けと言っているのだ!宿!わからんのか?!」
運転手「???Lei e・・・・・」
アフロ「黙れ!その耳障りな言語は聞き飽きた!!貴様も所詮客引きか!?観光客相手の仕事なら、日本語の一つや二つマスターしておけ!!」
シュラ「無茶を言うな;」
ハンガリー語にスペイン語も通用しなかった。
アフロ「シュラ、イタリア語で宿はなんと言うのだ!」
シュラ「知らん。が、英語ぐらいは通じるはずだ。運転手、ホテルだホテル」
運転手「Ah!」
ようやく運転手が納得して車が走り始める。二人はぐったりとシートに体を預けた。
アフロ「・・・・・・疲れた。早くシャワー浴びて寝たい」
シュラ「同感だ」
窓の外で流れる街灯を眺め続けること20分。
車は一軒のホテルの前に停車した。
・・・・・・・・・・・・・なんだ、あれは。
シュラ「・・・・釣りはいらんからチップの代わりに取っておけ」
アフロ「シュラ、早く行こう」
シュラ「待てお前は。・・・だから釣りはいらんと言ってるだろうが!チップだチップ!理解してくれ!!」
タクシーの運転手相手に揉めているのはシュラだ。その隣で不機嫌そうな顔をしているのはアフロディーテ。
少々離れているが、見間違えるはずもない。
デスマスクは、自分も乗ってきたタクシーから一歩外に下りかけた状態のまま硬直していた。
後ろで女が「どうしたの?」だか何だか聞いてきているが、答えるのも面倒だった。
一日色々遊びまわり、たまたまやってきた最終の目的地で彼らとはちあわせるとはなんと言う偶然か。
いや、偶然などと言う、それ以前に・・・・・・・・
シュラ「わかったか?ならさっさと次の客を探しに行ってくれ。それではな」
シュラは何とか運転手に話を通じさせたらしかった。車が去っていく。
後に残されたアフロディーテと何やら一言二言言葉を交わして、彼らはそろってホテルのエントランスへ消えていった。
・・・・・・別に、おかしな光景ではないはずだった。
ここがモーテルでさえなかったら。
デス「・・・・っのやろ・・・・っ!!」
一瞬の後、デスマスクは車を飛び降りるなり、同乗者が後に続く前にドアを閉めた。
女「ちょっと・・・!」
デス「運転手!これやるからこの女を家に帰しといてくれ!」
女「!なによそれ!」
運転手「い、いいんですか、お客さん」
デス「うるせえ!さっさと行け!!」
十二分な額の紙幣を押し付け、車の後ろを蹴飛ばして去らせる。
そしてそのまま振り返りもせずに、彼もまたエントランスに直行したのであった。
言語の壁により、フロントでも少々ごたついたが、シュラとアフロディーテは無事に一部屋取ることができた。
そのとった部屋に入るなり思ったことは。
アフロ「どうしてダブルベッドなのだろうな」
シュラ「どうしてだろうな。まあ、寝られればそれでいい。蹴るなよ」
アフロ「君こそ」
どこかが変だと思いつつ、しかし部屋を取り直すのも面倒な二人である。
アフロ「先に風呂に入るぞ。何か食べ物でも頼んどいてくれ。ああ、酒を大量に注文しておいてくれると嬉しい」
シュラ「・・・後の自分の苦労が目に見えるようだ。この期に及んで自棄酒はよせ」
しかしアフロディーテにはそう言ったものの、彼がバスルームに消えた後でむしろ飲みたいのは自分の方だと気づくシュラ。
そもそもこの一日を素面でやっていたこと自体あり得ない。
部屋に注文するとアフロディーテに飲まれて酔われて愚痴られる危険性があったので、ラウンジかどこかにバーでもないかと探しに行くことにした。
森閑と静まり返っている廊下を歩く。
明日になったら何をさておいてもギリシャに帰ろう。デスマスクがどこで何しようと知ったことではない。もう少し早く開き直れていたらここまで貧乏くじを引かされることはなかったはずだが、とにかく明日はアフロディーテが何と言おうと断固帰宅の方向で話を進めよう。
そんなことを考え考え、エレベーターホールまでやってきた、その時であった。
突然、横手から袖口を引っつかまれ、続けて襟首を掴み上げられて仰天した。
シュラ「!?」
デス「おい、お前何やってんだよここで」
シュラ「・・・デ、デスマスク・・・!?」
とっさに状況を飲み込めなかった。
シュラは自分に詰め寄っている男の顔をまじまじと見て・・・・
シュラ「・・・・・お前がどうしてここに・・・?」
デス「ああ!?それはこっちの台詞だ!!」
シュラ「何がだ!明らかに俺の台詞だろうが!お前、どうしてここにいるのだ!?」
デス「知るかよ!!お前こそ、ここで何やってんだ!!何のためにここに来たか言え!!」
シュラ「なんだその態度・・・!貴様のおかげで今日一日、どれだけ俺が迷惑を被ったと思っている!手を離せこの馬鹿が!!」
デス「質問にこたえろってんだよ!!」
シュラ「貴様に答えてやる義理は無・・・・」
デス「どうしてモーテルにあいつを連れ込んでるのか答えろ!!」
・・・・・・・・・聞いた言葉を飲み込むまでの数秒間、シュラは完全に沈黙した。
それから次の瞬間、顔面の血が音を立てて引いていったのだった。
シュラ「・・・・・・・・・・・モーテル・・・・・・だと・・・・・・?」
デス「看板に描いてあったろうが!」
シュラ「読めるか!自慢ではないが俺はイタリア語なんぞ一文字たりとも読めん!!おのれタクシーの運転手・・・今度会ったら切り刻んで馬の餌にしてやる!!」
デス「・・・お前、本当に知らなかったのか?雰囲気で気づくだろ、普通」
シュラ「知らん!アフロディーテだって欠片も気づいていなかった!」
シュラが必至で言い募ると、デスマスクはようやく少し、つかんでいた腕の力を緩めた。
が、まだいくらか疑いの残るまなざしで、
デス「・・・・・おい。お前、あいつに手ぇ出してないだろうな?」
シュラ「出すか阿呆ーーっ!!;頼むからわけのわからん誤解はやめてくれ!俺はまともな人間だ!!お前らとは違う!!」
デス「・・・かぎ」
シュラ「なに!?」
デス「鍵。部屋の。貸せよ。持ってんだろ」
シュラ「あ、ああ・・・・」
すぐにポケットから引っ張り出して譲った。
シュラ「これはやる。というか、ぜひ持って行け。そしてそのかわり俺を解放してくれ!ギリシャに帰らせろ!二度と巻き込むな!わかったか!?」
デス「わかった。迷惑かけたな」
シュラ「まったくだ!」
怒鳴り終えたシュラは、それで少しばかり気持ちが落ち着いた。
何より、晴れてお役ごめんになったことがめでたかった。
彼は一つため息をつくと、今度は苦い口調で、
シュラ「・・・デスマスク」
デス「なんだ」
シュラ「一つ聞きたいんだが・・・・お前、ミロには妬かなかったくせに(Oh
My Darling 参照)どうして俺だとここまでムキになる・・・・?」
デス「うるせえな。ムキになんかなってねえよ」
シュラ「人の胸座掴んでおいてそれを言うか。納得行かん。差別だ」
デス「フン。男冥利に尽きると思っとけ」
シュラ「なんだそれは・・・」
シュラは眉根を寄せたが、デスマスクはそれ以上何も言わなかった。
シャワーを浴びたらさっぱりした。
どこに行ってしまったのか、バスルームから出てきたときにはシュラの姿はなかったが、まあそのうち戻ってくるだろうとアフロディーテはベッドにもぐりこむ。
何かオーダーしてある気配も無いが、今は食欲より眠気の方が先立った。
・・・・デスマスクは今頃、どこで何をしているだろう。
あの黒い髪の美人と一緒にいるのだろうか。
今度ギリシャに帰ってきたとき、覚えてろ。
とりあえず、その一言である。
アフロ「・・・・・・」
復讐の念を胸に、うとうととまどろみ始めた頃だった。
カチャン、と部屋のドアの鳴る音がした。
シュラか・・・。戻ってきたのだな。
ふっとまぶたの裏が暗くなった。明かりが消されたらしい。
こちらが寝ていると思ったのだろう。色々と気を使ってくれて、彼は本当にいい奴だ。
やがて、隣に人が寝転んだのを感じた。
・・・・そこまでは良かったのだが。
アフロ「!?」
突然そちらから腕が二本延びてきて、自分の体を抱きすくめたのだから驚いた。
アフロ「ちょっ・・・!何だ!?」
瞬く間に眠気などふっとび、アフロディーテの頬が朱に染まる。
背後から首筋に顔をうずめられたのを感じて悲鳴を上げた。
アフロ「待て!それは待て!シュラ、いくらなんでもそれは無しだ!確かに今日一日君に迷惑をかけたことは認める。君には借りができた。が、その借りを体で払う気はない!明日になったら何かおごってやるから、手を離せ!」
「・・・・・・・」
アフロ「シュラっ!」
デス「・・・・・・・誰がシュラだよ」
耳元で聞こえた声は、ごく小さなものだった。
しかし、それが誰なのかを判別するには十分なものだった。
アフロディーテの全身が硬直した。
アフロ「・・・・・・・・・」
デス「言えよ。誰がシュラだって?」
アフロ「・・・・・・・デス・・・・マスク・・・・・?」
自分の前に回された腕に指を這わせ、辿って男の顔を探った。
当然、触るだけで顔が見えるはずも無く、今度は後ろを振り向こうとする。
もがいて体をねじると、目の前に赤い瞳と銀の髪があった。
アフロ「・・・・デスマスク・・・・!」
信じられない。
アフロ「どうして・・・・どうして君がここにいるのだ?」
デス「迷惑か?悪かったな、シュラじゃなくてよ」
アフロ「え?」
デス「風呂まで入って待ってんじゃねえよ、馬鹿」
デスマスクは不機嫌に言いながら、指の先で相手の濡れ髪をはじく。
それでアフロディーテにも言わんとすることがわかった。
アフロ「!ちがっ・・・!そうじゃない!」
デス「何が?・・・・慌ててるって事は、やましいことでもあるのか、おい」
アフロ「違う!無い!」
デス「観光旅行は楽しかったか?あ?」
アフロディーテはちょっとの間、じっと相手の目を見つめた。
そして、
アフロ「・・・・君、妬いてるのか?」
デス「楽しかったかって聞いてんだよ」
アフロ「あんまり楽しくなかった。君は妬いてるのか?」
デス「どこに行ってきたんだ?」
アフロ「スペイン広場と真実の口だ。アイス禁止はさっさと廃止すべきだと思う。妬いてるのか?」
デス「思いっきり観光客してきたんだな・・・・どうせなら、髪も切ればよかったんじゃねえの?」
アフロ「ちゃんと映画を知ってるのだな!・・・で、君は妬いてるのか?妬いてるんだな?」
デス「・・・・・・・・・妬いてねえよ、阿呆」
デスマスクの不機嫌そうな声を聞いて、アフロディーテは心のそこから嬉しそうに笑った。
相手の首に腕を回して頬を寄せつつ、
アフロ「でも、ここにいるということは追いかけてきてくれたのだろう?」
デス「・・・・そういうわけじゃねえけど。たまたまだ。たまたま」
アフロ「けど、あの美人よりも私の方がいいのだな?君は」
その声があんまり嬉しそうだったので。
デスマスクはこのとき、彼にしてはあらぬ失言をもらした。
デス「・・・別に、誰でもいいんだよ、俺は」
アフロ「シュラーーーーーっっ!!!」
シュラ「!」
・・・声が聞こえてきたとき、本気で逃げ出そうかと思った。
デス「待てよ!待てって!」
アフロ「うるさい!君なんか消えてしまえ!」
デス「お前なあ!」
ローマ空港の搭乗口でギリシャ便に乗るところだったシュラは、あとちょっとのところで、駆け込んできたアフロディーテに腕をひっつかまれたのだった。
アフロ「シュラ!これから帰るところだな!?私も帰る!ギリシャに!」
シュラ「そうか。だったら俺はローマに残る。券はやるから一人で行け」
アフロ「デスマスクは最低だぞ!聞いてくれ!」
シュラ「聞きたくない。手を離せ」
アフロ「あいつめ、『誰でもいい』といったのだ!『誰でもいい』と!私でなくても何でもいいのだあの馬鹿のスケコマシ!!」
シュラ「聞きたくないと言っているのに・・・・;」
アフロ「デスマスク!私はシュラと一緒にギリシャに帰る!!君はそこらの女をひっかけて梅毒にでもかかって死ぬがいい!!」
デス「一々怒るなよ!本当にうざったい奴だなお前は!帰りたいならさっさと帰れ!!っつーかシュラ!お前聖域帰ったら覚えとけよコラ!!」
シュラ「俺!?;;」
いろんな意味で焦るシュラの前で、ギリシャ便の離陸時間は刻々と迫った。
結局搭乗できなかった彼は夜明けを待たずに徒歩で聖域へ帰ったのだが、それは後の話である。