「・・・・・カノン、今日が何の日だか、お前はわかっているのか?」

朝食の後、外から帰ってきたサガが静かな声で聞いて来た。
カノンは眉をひそめて考え・・・・・

カノン「・・・・・お前の誕生日か?」
サガ「俺の誕生日はお前と一緒だ!!そんなつまらん話ではない!もっと重要な事だ!!わからんのか!!」
カノン「・・・・・・・えーと・・・・」

 カノンは必死に考えた。だが、兄に怒られるような心当たりが、少なくとも今日はまだない。

カノン「・・・・・・わからん」
サガ「おのれ・・・その認識の甘さが聖闘士失格だというのだ!何度も言っただろう!?金曜日は燃えないゴミの日だと!!なんで酒ビンを捨てているのだ!!」
カノン「酒ビンは燃えないゴミだろうが!!燃えるのか!?」
サガ「愚か者!!ビン・カンは資源ゴミだ!!そんな常識も知らんとは、お前の正義も先が知れるわ!いいか、カノン。大体お前は・・・・」
 
 サガが説教を始めた時だった。
 上隣のデスマスクが、でっかいゴミ袋をぶら下げて降りてきた。

デス「なんだ、朝っぱらからまたカノンが何かしたのか?」
カノン「またとはなんだ!俺は別になんの悪気もなく・・・・」
サガ「お前は黙っていろ、カノン!・・・すまんな、デスマスク。何でもない。身内の問題だ。お前もゴミを捨てに行くのか?その大きさ、まさか粗大ゴミではあるまいな」(←ゴミ奉行)
デス「いや、燃えないゴミで間違いはないと思う。蟹座の聖衣だからな。あまりにも言う事をきかんので、いい加減思い切る事にした」
サガ「思い切るなあああっ!!!カノンといいお前といい、一体何を考えているのだ!!ゴミの業者さんが困るとは思わんのか!?恥を知れ恥を!!」
カノン「いや、待てサガ。いくら俺でもこいつほどアホでは・・・
サガ「黙れ!!貴様ら二人、もはや弟でも仲間でもなんでもないわ!!今すぐこの聖域からでていくがいい!!そして改心するまで帰って来るな!!」

 かくして、非常にエコロジカルな側面から聖域を追放された二人。
 ったくふざけんなよ。やってらんねーよ。
 改心からは光の速さで一億年ぐらい離れた心境の彼らがふてくされて行きついた先は、聖域の隣のマイナーでありながらメジャーな村落、ロドリオ村であった。



カノン「おやじ、いつもの2人分頼む」
マスター「あいよ」

 勘当されたその足で、真っ昼間っから村に一件しかない酒場に入り浸る二人を見たら、多分サガは泣いただろう。
 しかも、注文の仕方からみてカノン、常連らしい。
 寡黙な店のマスターは、棚からボトルを下ろして無造作に二人分の酒をついだ。

デス「まったく、何で俺がお前らの兄弟喧嘩に巻き込まれなきゃならんのだ」
カノン「俺だって、貴様があの場に蟹聖衣など引っさげてこなかったらこんな事にはならなかったのだ。サガの大馬鹿者め、二週間に一度の資源回収日など守っていたら、双児宮中が空き瓶で埋まるのもわからんのか」

 ぶつぶついいながら、一気に酒をあおる二人。

二人「おかわり!」
マスター「大丈夫ですか?お客さん。この酒かなり強いんですがね」
カノン「おやじ。今更そんなことを俺に聞くとは野暮だぞ。デスマスクはどうだかしらんが・・・」
デス「ああ?酒が弱くて男がやれるかよ」

 意地と不満が飲みのスピードを加速させる。
 だが、さすがに胸を張るだけの事はあり、一時間たっても二人はまだかなり素面であった。

カノン「大体サガはいつもいつも細かい事を気にしすぎるのだ!家計簿の帳尻が3万円合わなかっただけで血相を変える男に聖域の理事長が務まるものか!」
デス「教皇は理事長職だったのか。そしてサガは家計簿なんてつけていたのか。ていうか、3万円はあわなすぎだろう。どこへ消えたんだ?」
カノン「俺がへそくって飲み代に使った」
デス「・・・・・ばれなかったのか?」
カノン「もちろんばれた。サガが神経質だったせいで。殴られた上に、向こう3ヶ月小遣い無しだ。やってられんわ!」
デス「小遣いなんかもらうなよ28にもなって・・・・なんだかんだ言ってサガの奴、甘やかしてんじゃねえのか?」
カノン「うるさい!本気で甘やかしていたらゴミ分別で勘当などするものか!なあ、おやじ。ビンは燃えないゴミだよな?」
マスター「燃えるゴミじゃありませんね」

 さすが酒場の店主。客あしらいに慣れていた。

デス「しかし、たかがゴミで追放までするのはさすがに行きすぎだよな。俺にだって相応の言い分があったのだ。思い通りにならん聖衣ほどむかつく物はないぞ。サガは自分の聖衣に見捨てられた経験がないから人の事をやいのやいの言えるのだ」
カノン「普通誰にもそんな経験はないと思うんだが。で、今度は何だ?また装着できなくなったのか?」
デス「いや、むしろ逆だ。昨日の夜、寝ていたら聖衣がいきなり顔に張り付いて取れなくなりかけた。もう少しで窒息死するところだったな」
カノン「・・・・・・・・;」
デス「敵前逃亡ならまだ許せるが、殺人未遂となるといくらなんでも危険だ。今朝方はあの蟹の二本の腕で首を絞められかけたし・・・これは真剣にやばいと思ったんで、捨てる事にしたのだ」
カノン「捨てるなよ!!そんな危なっかしいもん!!資源回収どころの話ではないぞ!ゴミに出すならせめて危険物の日を待て!!」
デス「待ってる間に殺されるだろうが!!想像してみろ!!寝てるところにいきなり双子座の聖衣がお前を絞殺しに来たらどうするよ!!」
カノン「やめてくれ・・・・それは本気で恐い・・・・」
デス「おい、おやじ。どんどん酒出せ、酒」
マスター「お客さん、もうボトル10本空いてますよ。まだ飲むんですか?大丈夫ですかね」
デス「大丈夫だって。なあ、カノン!」
カノン「当たり前だ。おやじ、支払いはサガのつけにしておくから安心してくれ」
マスター「つけで安心しろといわれても」
 
 苦笑しつつ、それでも奥から新しいボトルを持ってくるマスター。カノン、結構気に入られているらしい。
 飲み始めてから2時間経過。
 二人とも陽気になってきた。

デス「それにしてもずいぶんいい店しってたな。どれくらいここに来てるんだ?」
カノン「フ。ほとんど毎晩のみに来ていると言っても過言ではない。何と言ってもあのサガと同居しているのだからな。飲まなければやってられんさ」
デス「毎晩こんなに飲んでんのか?それはひょっとしてアル中じゃないのか?」
カノン「アル中とは何だ!このカノン、酒は飲んでも飲まれる事はない!!よし、おやじ、そのボトル一本貸してくれ」
マスター「貸してって、中身ごと返してくれるんですか?」
カノン「皮肉かよ。いいじゃないか、今日は客も連れてきたんだし」
マスター「いや、お代を見るまではお客さんのうちに入りませんよ」
カノン「そうかたい事をいうなよ。な?」
マスター「・・・・・ふう。カッちゃんにはかないません。ほら、これでいいですか?」
カノン「おう!・・・よし、デスマスク。見てろよ!俺がこれを何秒で空けられるか!」
デス「・・・俺にはそれより『カッちゃん』の方が気になるんだが・・・」

 飲み初めてから3時間経過。
 二人、さらに陽気になってきたようだった。

カノン「ウワーッハッハッハ!!サガなど恐れるに足らんわ!!おい、デスマスク、もっと飲め!!」
デス「よし、そのビンよこせ!」
マスター「お客さん、そろそろやめといた方がいいですよ」
デス「なんだ、おやじ。水くせえ。これからは俺のことはデっちゃんと呼べ」
カノン「デっちゃんにカッちゃんで二人あわせてデカデカ!!」

 どうしようもない。

マスター「デカねえ。刑事さんなら悪いことはしちゃいけませんよ」

 おやじ、どうしてそんな日本のスラングを知っている。

デス「どうせここサガのツケなんだよな!?だったらもっと景気よくやってやろうぜ!!」
カノン「そうだ!俺達を敵に回した恐ろしさ、その身を持って知るがいい!!おい、皆!どんどん飲め!今日は俺達のおごりだ!!」
周りの客「いよっ!大将!!」

 とうとう他の客まで巻き込んで飲めや歌えの大騒ぎ。
 こんな昼間っから酒場に入り浸ってる連中など、もちろんロクな人間ではない。
 挙げ句、喧嘩が始まった。

客1「おいコラ、てめえ。今俺の影踏んだだろう影!」
客2「ああン?なんだあ、イチャモンつけっきか?」
デス「こらこら待て待て。こんなところであんたらが喧嘩したらおやじに迷惑がかかるだろう。一秒でカタをつけてやるから俺が代理で・・・・・」
カノン「デスマスク!一般人の喧嘩に聖闘士が顔をつっこむなど、卑怯極まりない!よし、お前の相手は俺だ!!」
マスター「お客さん、揉め事は困りますよ」
カノン「大丈夫だ、おやじ。相手は所詮、蟹!」
デス「あんだと、このウミヘビが!!」
客一同「やっちまえー!」

 ・・・・とうとう飲み始めてから5時間が経過した。
 店はもう結構跡形もないうえ、一般客達は全て酔いつぶれたり吹っ飛ばされたりして見る影もなくなっている。
 だが、カノンとデスマスクと、そしてなぜかマスターとカウンターだけは無傷で残っていた。

デス「おやじ・・・・おかわり・・・」
カノン「俺も・・・」

 ここまでぶっ続けで飲んできた二人だったが、さすがに酒は確実に彼らの身体を蝕んでいた。
 その証拠にカノンも蟹も、酔っ払い最終モード・「泣き」に突入している。

カノン「くっ・・・考えてみれば、俺は今まで色々やってきたもんな・・・うっうっ・・・サガはもう、俺のことなんか嫌いなんだ・・・」
デス「泣くなよそんな事で!俺なんか・・・俺なんか、二回も三回も裏切りまくって、聖域中に『お前なんか死んだ方がいい』ぐらいの目で見られてるんだ!」
カノン「駄目だ!そんなことを言うな!お前が死んだら、少なくとも俺は悲しむぞ!もう一緒に酒が飲めんではないか!」
デス「カノン・・・そう言ってくれるのはお前だけだ・・・(号泣)」
カノン「・・・サガ、俺が悪かった。もう二度と燃えないゴミの日にビンを出したりしない!グスっ・・・だから許してくれ・・・・家に帰らせてくれーっ!(号泣)」

 今まで飲んだ分を全て涙に変えてカウンターにつっぷする男達。

カノン「おやじ、アンタにも迷惑かけたなあ・・・店をこんなにしてしまって(瓦礫の山)
マスター「お客さん、それは言わない約束ですよ」
デス「うっうっ、なあおやじぃ、俺達はもうだめだあ・・・!」
マスター「まあまあ、そこまで悲観的になることないでしょう。どうです?お二人とも、いい加減にして家にお帰りになったら」
カノン「だって、サガが怒るのだ!」
デス「そうだ、あの様子じゃあきっと二度と許してなんかくれない・・・!」
マスター「でもねえ、きっかけは些細な事(ゴミ問題)じゃないですか。それぐらいでいつまでも怒ってる人なんていやしませんとも。ちゃんと反省して帰れば、玄関も開けてくれますよ」
デス「・・・・そうかあ・・・・?」
カノン「本当にそう思うか?おやじぃ・・・・」
マスター「思いますよ」

 乾いた布巾でワイングラスを拭きつつ、にっこり笑うマスター。
 ろくでなし二人の目には、その姿はまさに神のごとく見えたという。

カノン「じゃあ・・・・じゃあ、勇気を出して帰ってみるか」
デス「そうだな。頑張って謝れば、サガも許してくれるよな」
カノン「ありがとう、おやじ・・・・もし駄目だったらまたここに来ていいか?」
マスター「ええ、いつでもいらっしゃい」

 商売道具を飲み尽くされ、店を破壊され、そのうえ金は他人のツケと、いやな客の条件満貫状態な相手にこの台詞。
 マスター、本気で神である。
 彼のほとんど常識外の人情に後押しをされながら、出戻り二人組が聖域に帰りついたのは、太陽が赤くなり始めた夕暮れの事であった。

 
 かなり曲がりなりにも改心だけはして帰ってきたカノンとデスマスク。
 そんな二人を出迎えて、サガは当然誰もがするであろう反応をした。

サガ「何なのだこの酒の匂いは!!貴様ら、聖域を追い出された身で昼間っから酒をかっくらっていたのか!?永久追放されたいのかこの大馬鹿ども!!」

 だが、なおも怒鳴ろうとした矢先、二人の目に涙が浮かびあがったので驚いて言葉を飲んだ。
 
カノン「やっぱりだ・・・・やっぱりサガは俺達の事が嫌いなのだ・・・・!」
サガ「嫌いとかそういう問題ではない!何を泣いているのだお前ら!」
デス「だって、もう二度と許してくれないだろう?こんなどうしょうも無い俺達なんか、いない方がいいと思ってるんだよな?」
サガ「いや、そういうわけでは・・・ただ・・・」
カノン「もういい!サガ、唯一の肉親に嫌われた以上、俺はここにはいられない!ただ、これだけは覚えておいてくれ!俺はもう、燃えないゴミの日にビンは捨てない!」
デス「俺も聖衣をゴミに出したりはしない!たとえ殺されてもな!」
サガ「そ、そうか・・・?」
カノン「それじゃあな、サガ。俺の分まで元気で暮らせよ。・・・・最後に一つだけ聞かせてくれ。ビニール袋は燃えないゴミか?」
サガ「・・・・地域によるが燃えないゴミだ」
カノン「そうか。それが聞ければもう心残りはない・・・行こう、デスマスク」
デス「ああ」
サガ「って、おい待て!どこ行く気だお前ら!」

 あまりにもしょぼくれた二人の様子に、さすがのサガも待ったをかけた。
 泣き腫らした目をして振り向くカノンとデスマスク。
 
サガ「・・・・・・反省はしているのか?」
カノン「している!」
デス「当たり前だ!」
サガ「ならそんなに思いつめんでよい。これいじょう追放をかけたりしないから」
カノン「・・・・・本当か?」
サガ「本当だ。自分の弟や仲間を本気で嫌う人間に見えるか?私が」
カノン「でも、俺の事などやっぱり嫌いだろう・・・・?」
サガ「嫌いではないといっているのだ。良いから早く奥へ行って休め。急性アルコール中毒で死んだらどうする気だ。デスマスク、お前もだ」
デス「・・・・・俺が死んだら墓参りに来てくれるか?」
カノン「俺の時も?」
サガ「・・・墓参り以前に、葬式出さねばならん身だ。私は。これ以上面倒な手間をかけさせるな。ほら、二人とも、しゃんとせんか」

 サガは苦笑して、涙でふやけている出来損ない二人の肩をポンポンと叩いた。


 それから数日後。

サガ「カノン!!カノンはどこだ!!出て来い!!」
カノン「な、なんだ!?」
サガ「なんだではない!この請求書はどういう事だ!!」

 怒りの形相で彼が突き出したのは、もちろんあの「ツケ」の支払い要求である。

サガ「なんでこんな膨大な酒の代金が私につけてあるのだ!!お前とデスマスクの飲み代だぞ!!」
カノン「うーむ・・・・すまん、なんだかまったく覚えが・・・・」
サガ「・・・・・・ほほう。ただでさえ馬鹿みたいに酒の強いお前らが記憶吹っ飛ぶほど飲んだ分のツケか?なるほどな」

 怯えている弟の眼前で、サガは半分黒くなりながら壮絶な笑みを浮かべた。
 その後、カノンが隣の悪友と一緒にふんづかまえられ、酒場で代金分の強制労働をさせられた事はいうまでもない。


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