いつもいつも、最初に被害を被るのは彼だった。

アルデバラン「いやあ、いい天気だ!晴れの日が続くと気分も爽快極まりない!今日こそはムウに角を直してもらえる気がするぞ・・・って、ん?」

 突如として背後から降って沸いたドス黒い小宇宙に気づいたときはすでに遅く。

サガ「死ね!タウラスーーーっ!!」
アルデバラン「ぐをぅわっっ!!!??」
 
 ・・・・・もうかなり専売特許になったとは言え、またも何がなんだかわからないまま倒れていく金色の野牛。
 意識を失う寸前の彼の目にちらりと映った隣人の髪の色は、夜のような漆黒だった。



 教皇の間に、聖域の黄金聖闘士一同が緊張の面持ちをさらしている。この奥の部屋には、アルデバランを殴り倒した後、駆けつけた仲間達によって毒香を吸引させられたり全身凍結されたり五感を剥奪されたりして取り押さえられたサガがそのまま隔離されていた。
 
ミロ「一体どうしたというのだ・・・最近大人しくしていたサガが、今になって黒くなるなどとは」
シュラ「何か、よほどの事があったのか・・・それとも誰かの差し金か」
シャカ「フッ、またどこかの身勝手な自称・神が、身のほどもわきまえずよからぬたくらみを始めたのかもな」
アイオリア「お前にいわれちゃおしまいだろう・・・くそっ、どうなっているのだ!」
カミュ「焦っても仕方が無い。ムウが様子を見に行っている。戻ってくるのを待とう」

 そのムウが戻ってくると、全員の視線が、音を出しそうなほどの勢いで彼に集中した。
 どうだ?サガの様子は。言葉にはださねど、そんな思いが立ち込める。
 ムウは疲れたように一つ溜め息をつき、言った。

ムウ「安心して下さい。風邪の初期症状です
デス「嘘をつけ!!あんな風邪の初期症状があってたまるか!!大体、あれで初期なら末期は何だ!?聖域全滅か!?」
ムウ「聖域全滅・・・フフ、いい響きですね。こんな問題ばっか起こるような場所、一度滅んだ方がいいんですよ。もってきましょうか・・・・・」
シュラ「そういうきわどい現実発言は止めろ(汗)・・・おい、ムウ。サガは本当に風邪なのか?」
ムウ「ええ。くしゃみをした拍子に人格が入れ替わったようです」
カミュ「・・・・それは漫画が違うのでは・・・・」
シャカ「しかしドラゴン○ールなら問題はない。さっそく七つ集めて神龍を引きずり出し、サガを何とかしてもらおう。話はそれからだ」
デス「それから、っていうか、終わるんだけどな、話。その時点で」

 気が動転しているせいか、それともまともな人間が一人もいないせいか、何一つ建設的な意見が出てこない。
 ここは本気で一発滅ぶべきか。
 ムウがそんな事を考え始めた時だった。

星矢「おーい!アルデバランが事故ったって、本当か!?」

 みじんも遠慮の感じられない台詞と共に、流星のように飛び込んで来た少年がいた。

星矢「何があったんだ?アルデバランは大丈夫なのか?」
ムウ「・・・そういえばサガにかかりっきりで牛の方を忘れてましたね。誰か知ってます?」
カミュ「先ほど見にいった時は命に別状はないようだった。頭を痛がっていたので、少し冷やしてやった」
シャカ「そうか。止めを刺したか。それも慈悲というものかも知れんな」
アフロ「やめろ君たち・・・・縁起でもない」
ムウ「まあ、アルデバランの事ですから大丈夫でしょう。殺られたと見せかけて、実は生きてるオチですよ」
星矢「オチ・・・って、ネタじゃないだろうムウ・・・・なあ本当になにがあったんだ?」

 そこで、皆は彼にいきさつを説明した。

星矢「・・・・そうか。サガが・・・」
ムウ「今は暴れ出さずに済んでますけどね。でも完全に白に戻ったというわけでもなく・・・・白と黒と鬱の狭間をさまよっています。強いて言うなら、グレイッシュ・ブルーな感じでしょうか」
星矢「なんだよそのオシャレな心境は。・・・・気になるな。ちょっと様子を見てきて良いか?」
ムウ「どうぞ」

 肯いて、ムウは奥の部屋を示したのだった。


 隔離部屋の中では、虚ろな目を床に落としたサガが静かに椅子に座っていた。
 いや。一見静かに見えるが、その小宇宙はひどく荒れて不安定になっている。

ムウ「くしゃみをしたらすぐに逃げて下さい。面会時間は3分までです。それでは」

 まるで刑務所の看守のような台詞を残して、ムウはドアを閉めた。
 部屋に、サガと二人きりになる星矢。
 こちらを見ようとしない相手に、恐る恐る声をかけた。

星矢「・・・・サガ?大丈夫か?」
サガ「・・・・・・・」

 返事はなかったが、相手の顔がゆっくりと持ち上がった。初めてサガが星矢を見た、その瞬間。

サガ「!っ!」

 いきなり彼は立ち上がるやいなや、ものすごい勢いで飛び掛かってきた。

星矢「うわっ!?」

 身構える暇も無かった。
 サガに飛び掛かられた星矢はそのまままともに・・・・・・・・・・彼の抱擁をくらった。

星矢「・・・・・・・・?;;」
サガ「・・・・・・・」

 自分より遥かに背の高い男が、頭上で泣いている気配がする。
 何がなんだかわからない。ただ、サガの小宇宙が急速に落ち着くのを感じたので、星矢はしばらく大人しくしていることにした。
 そして。

星矢「・・・・・サガ?」
サガ「・・・・・・・」
星矢「どうしたんだ?おい」

 そろそろ3分経ちそうになった頃、もう一度声をかけてみる。
 すると、相手ははっと腕をゆるめた。驚いたような顔が星矢を見つめた。

サガ「星矢か・・・?」
星矢「誰だと思ったんだあんた。俺だよ。どうしたんだよ」
サガ「うむ、なんだかちょっと、気分が落ち着かなくてな・・・・」
星矢「大丈夫か?」
サガ「ああ。・・・不思議だな。こうしていると感じるぞ、お前の小宇宙が・・・お前の小宇宙は、とてもあたたかくてやさしい・・・」
星矢「いや、その台詞はあんたに言われても。おい、大丈夫なら皆のところにいこうぜ。きっと心配して・・・・」

 星矢が言いかけた時である。
 面会時間終了を報せるため、ムウが部屋のドアを開けた。
 抱き合っている二人を見て、しばし沈黙し。

ムウ「・・・・・お邪魔しました」
星矢「違う!!誤解だムウ!違うって・・・」
ムウ「いいんですよ、そんなに焦らなくても。世間なんかに負けては駄目。私は理解者です」
星矢「誤解をしたまま理解をするなよ!!ちょっと待て、おい!!」

 必死に追いすがる星矢。
 そんな彼にとって、誤解をしたムウのことと同じぐらい気にかかったのは、どうして隣のサガが否定をしないのかという非常に重要なポイントであった。
 

 「星矢がサガを正気に戻した」。この事実は瞬く間に聖域中に広がった。
 戦の時とあわせれば、これで二度目。彼がサガの精神安定の要として認識されてしまったのも、無理の無い事といえる。

デス「おい、リミッタースイッチ星矢。サガが呼んでるぞ」
星矢「誰がリミッタースイッチだよ!変な二つ名をつけんな!!守護星座みたいに聞こえるだろ!?」
デス「けどよ、俺は聞いたぜ?お前が斜め四十五度の角度で叩くとサガが元に戻るって」
星矢「中古テレビかあいつは・・・どうしてそんな噂が流れるんだ」

 人の話は、とかく大きくなり易い。

星矢「で、誰がそんな事言ってた?」
デス「ムウだ」
星矢「情報発信源からそのレベルかよ!!ふざけんな!なんなんだあいつは!!」
デス「俺に怒られてもな。それよりはやく、サガのところに行ってやってくれ。黒くなられたらことだ」

 落ち着いたとは言え、突発的に発作が襲ってくるサガのせいで、星矢は日本に帰れないのである。
 もういい加減放り出してしまいたくなりながらも、少年はしぶしぶ双児宮へ出向いた。

星矢「サガ!こんどはなんだ!」
サガ「ああ、来たか。手伝ってくれ。部屋の模様替えをするのだ」
星矢「・・・・勝手にやってろよ独りで・・・・俺はもう日本へ帰る!」
サガ「そんな!誰のためだと思っているのだ!新しく買ったお前のベッドが入らないから、家具の配置を考え直しているのだぞ!?」
星矢「本人に無断で何買ってんだよ!!返品しろよそんなもん!!ていうかベッドって、俺はここに永住決定なのか!?」
サガ「当然だ。いいではないか、どうせ親も家も無いに等しいのだし。なんだったら、私の養子になればいい。お父さんと呼んでくれ」
星矢「・・・・・・・三日でグレるぞこのやろう・・・」

 脱力感すら覚える星矢。
 だが、サガはいたって嬉しそうに本棚を動かし始めている。
 その様子は初孫を喜ぶ老人の姿にかぶるものがあったが、本を積めたままの棚を自力で持ち上げて動かしているあたりで、一般の爺さんと決定的に違った。
 星矢はほとんど呆れかけていたものの、せっかく自分のためにしてくれているんだからという後ろめたさも手伝って、結局は参加する事になってしまう。
 二人は日が暮れるまで、双児宮の模様替えを続けた。


 その夜。新設されたベッドで、星矢はうとうととまどろんでいた。
 なんだか眠れない。双児宮の空気が騒いでいる。
 いや、それより何より。
 さっきっから、サガが傍らに立ってこちらを見下ろしている。

星矢「・・・・・・・・・・・・・」

 はじめは寝たふりをして様子を見ようと思っていた。黄金の短剣とかを取り出すようだったら、速攻で彗星拳一発くらわせ、亡命しようと考えていた。
 しかし、あれからもう30分はたとうかというのに、サガは何も仕掛けてこない。ただ黙ってこちらを見ているだけだ。逆に恐い。
 どうしよう・・・さり気ないふりをしつつ、起きてみようか。
 星矢がそう思い始めた時だった。
 髪に、何かが触れるのを感じた。すぐに、それがサガの手だという事が分かった。ゆっくりとやさしく頭をなでる。
 なんか、別の意味で身の危険を感じ始める星矢。
 ちょっとまってくれよ。シャレになんないよ。いくら理解者が一人はいるとわかっていても、世間の風は厳しいよ。っていうかそれ以前に、こんな事で世間を敵にまわしたくねえよ。
 背中にどっと汗がにじむのがわかった。
 その時である。
 ぽつりと呟く、サガの声が聞こえた。

サガ「・・・・すまない・・・・・」

 その直後、頬をなにかがそっと触れた。唇だ。
 気持ち悪いと感じる前に、そこから流れ込んでくる痛いほどの感情にきづいて、星矢は悲鳴を飲みこんだ。
 口の傍に、水滴が落ちてきたのを感じた。
 そして、そのまま潮が引くように、サガが遠ざかっていくのもわかった。
 彼の気配が完全に消える。部屋から。そして双児宮から。
 星矢は目を開けた。
 ・・・・サガがどこへ行ったのか、わかるような気がした。
 追おうか。・・・いや、日の光を待とう。
 唇の端の滴を舐める。それはひどく塩辛い味がした。


 翌朝。
 サガの髪は雪のように白かったが、目だけは赤くはれていた。

サガ「おはよう。いい天気だ。今日はどうする?」
星矢「いや、おれは日本にかえ・・・」
サガ「そうだな、同居するにあたっては色々必要なものもあるだろうし、共に買い物にでも行くか」

 星矢は溜め息をついた。

星矢「なあ、サガ」
サガ「なんだ?」
星矢「おれはアイオロスじゃないんだぜ」

 そのとたん、機嫌よさそうに浮かべていたサガの笑みが凍り付いた。
 星矢は、しかし目をそらそうとしなかった。

星矢「この間会った時、間違えたのはあいつとだろ?昨日の夜、あいつの墓に行ってたんだよな?ひょっとして風邪引いた原因も、夜中にアイオロスの墓参りに行って、夜通し泣いていたせいなんじゃないのか?」

 夜の空気の中で、涙が身体を冷えさせた。

星矢「アイオロスが死んだのは、今のおれと同じ歳だもんな」
 
 それはすなわち、サガの記憶にあるアイオロスの姿だ。
 彼は歳を取らない。決して二度と、もう歳を取らない。

星矢「・・・・・・無駄だよ、サガ。俺が聖域に住んでも、あんたと一緒に暮らしても、それはアイオロスじゃない。俺はアイオロスの代わりはできないよ」
サガ「・・・・・・・・・・・・・違う」
星矢「・・・・・・・・・・」
サガ「私は本当に、お前を好いているのだ」
星矢「それはわかるし、俺だってあんたが好きだ。でも、サガ。あんたはこの数日一緒に暮らしている間、一度も俺の名前を呼ばなかったぜ」
サガ「・・・・・・・・・・」
星矢「いろんなもんが混ざってるんだ。あんたの中で」
サガ「・・・・・・・・・・だから混乱すると?」
星矢「ああ」
サガ「なら・・・・・・・私は救われんな」

 自分で自分を嘲笑いながら呟いたサガの言葉に、星矢は顔を歪めた。
 哀れだと思った。

星矢「俺はあんたを好きだし、ここにいる皆、あんたを心配している」
サガ「・・・・・・・・・」
星矢「だからさ。いい加減自分を許してやれよ、サガ。あんたの人格が変わるのは、憎しみのせいじゃない。罪悪感のせいだよ」

 サガは長い間沈黙した。
 そしてついに耐え切れなくなったのか、背を丸めて両手に顔を埋めた。
 星矢はそれを、斜め45度の角度で叩こうとは思わなかった。その変わり、彼の褪せた長い髪を、ゆっくりとなでてやる。
 つもり積もった罪の意識を、払いのけてやるかのように。


 星矢が帰ってしまった後。
 白羊宮のムウは、サガが見送りのその足で墓地へと向かうのを目撃した。

ムウ「日のあるうちに墓参り、ですか。いい傾向ですね」

 彼はそういってにっこり笑うと、最大の犠牲者でありながら忘れ去られているアルデバランの看病をするために、聖域の石段を登っていったのだった。


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