ある日、所用で聖域の神殿に滞在していたアテナこと城戸沙織が、黄金聖闘士全員に緊急集合をかけてこういった。

アテナ「毎日毎日、このクソさびれた聖域でお勤めに励んでいる皆さんのために、ちょっとしたプレゼントを用意しました」

・・・・・・・

ミロ「・・・なあ、カミュ。どうやらアテナは、神殿生活が御嫌になったらしいな」
カミュ「そうだな。寝床が石だしな」

 ひそひそ声で話す二人の会話を、アテナは聞こえないフリで、

アテナ「皆さんは、大阪という場所をご存知ですか?」
シュラ「オオサカ・・・それはどこら辺の国でしょうか」
ムウ「国じゃありませんよ。西日本を代表する大都市です。日本の中でも言語・食生活・ファッション等において独自の文化を形成し、お笑い芸人などの産地としても有名です」
アテナ「・・・・知らないのもあれですけど、知りすぎていても微妙ですね。何者ですかあなた。まあいいんですけど。その大阪に、皆さんと行って見ようと思うのです」
シャカ「私たちと?しかし、聖域を完全に留守にしてしまっていいのですか?」
アテナ「大丈夫。代わりに辰巳を置いていきますから」
サガ「・・・・・それは・・・・・逆に不吉なのでは・・・」
アテナ「では彼も同行した方がいいと?」
サガ「置いていきましょう。で、出発はいつになりますか?アテナ」

 少女はにっこり笑って答えた。

アテナ「明日です」



 あまり気乗りはしないな、とデスマスクは思っていた。
 面倒くさい。そのうえ、アテナも一緒である。今までさんざん裏切りを重ねてきたし、そもそも自分は彼女が好きではない。
 同じように、アテナも自分を信頼してはいないようだ。当たり前だが。
 旅行に興味はないんで留守番しています、と彼が言った時、アテナは一瞬驚いた顔をして、それからこう言った。

アテナ「駄目です!全員参加!強制です!」
デス「・・・・・しかし、老師は参加しないでしょう?」
アテナ「老師が参加したらあなたも行くのですか?」
デス「いや、そういうわけではないんですがね;」
アテナ「それとも・・・私と一緒の旅に不満があるとでも?」

 図星をつかれてデスマスクは一瞬つまったが、やがて溜め息をついて言った。

デス「・・・・わかりました。行きますよ」

 仕方ない。旅行中、あたらずさわらずの位置にいりゃあいいだろう。
 そう思ったが・・・・彼は知らなかったのである。
 大阪に、何があるのか。
 


 関西国際空港に降り立った一同は、明らかに浮いていた。
 金髪、銀髪、赤髪、黒髪。アテナをのぞいて全員180cm以上、うち一名は210cm
 ちぎれたシャツにズボンといういでたちで、ガタイだけは異様に良く、目の開いてないの眉毛が丸いのもいる。
 そして、360度どっからどう見ても外国人でありながら、共通言語はジャパニーズ。空港中の人目を引いたのもムリはないといえよう。

アテナ「いいですか、皆さん。日帰りですからね。勝手な行動は慎んで下さい。単独行動はとらないようにお願いしますよ」
アフロ「・・・・どうして地球を半周する旅行が日帰りなんだろう・・・銀河戦争の大失敗で、グラード財団が傾いてるんだろうか」
デス「確かに・・・あれは、予選で終わったワールドカップみたいなもんだったからな」

 言いながら、しかしそれ以上の疑問がデスマスクの頭の中に湧いていた。
 いや・・・・彼だけではない。たぶん、一同の全てが感じているであろう疑問。
 そう、彼らの視線は、さっきっからアテナに釘付けであった。

サガ「・・・・アテナ。貴方は今までに、大阪にいらっしゃったことがあるのですか?」
アテナ「いいえ。アテナは大阪のイメージではない、という理由で、周りが来させてくれませんでした」

 どことなく淋しそうな横顔を見せて、彼女は手に持った旗を振った。

アテナ「今だって、財団の者に見つかったら連れ戻されてしまうに決まってます。だからこそ!わたしはこうしてツアーガイドの格好で周囲の目を欺いているのではないですか!さあ皆さん、行きますよ!私についてきて下さい」
一同「・・・・・・・・・・・・・・(滝汗)」

 なるほど。そういうわけでそんな格好をしていたのか。
 ちなみに、旗に記載されている文字は、「黄金聖闘士御一行様」
 どうやら、自前らしかった。



アテナ「数ある日本の大都市の中でも、海に沈む夕日が見られるのは大阪だけ!縁起かつぎに高いところから大阪の町を見渡しましょう!」
ムウ「パンフそのままのご案内、ありがとうございます。どういう縁起だかわかりませんが、高いところというと・・・・・通天閣ですか?それとも空中庭園?」
アテナ「いいえ。堺市役所21階展望ロビーです」

 ・・・・やってきた場所は、グランドピアノを中央に据えながらBGMにラテンがかかるという、人っ子一人いない観光地であった。

デス「っていうか、既にここは観光地じゃないんじゃねえのか・・・?」
アイオリア「市役所だものな・・・なんなんだこの拭えないチープ感は・・・」
アフロ「タダで入れる展望台か。グラード財団、本気でやばいと見た」

 一方、素直に下界を見下ろして喜んでいる者もいる。

ミロ「おい、カミュ!あれが通天閣だよな?変な形だなー。面白いな、あれ!」
カミュ「フ。美しさではやはりエッフェル塔の方が上だな。どうして塔の側面に「日立パソコン」の大文字を入れているのか理解に苦しむ」
ミロ「あ!あれが有名な大阪城か!よし。次に来た時にはあそこ行ってみよう!」
ムウ「・・・・・・・ミロ・・・・・・なんだか貴方を見てると涙が出てきますよ・・・・」
ミロ「?」

 実際泣いてるものもいる。

サガ「・・・駄目だ・・・高いところはもう駄目だ・・・!スターヒルを思い出して心が痛い!!」
シュラ「サ、サガ!?大丈夫か!?わかるぞ、俺も亢龍覇を思い出して別の意味で痛い
アルデバラン「・・・・お前ら、過去の死闘と堺市役所を一緒にするなよ・・・・」

そして、シャカは一人でむくれていた。

シャカ「つまらん!私には何にも見えん!ラテンな曲が聞こえるだけだ!」
アイオリア「・・・・・観光旅行の時ぐらい、眼を開けたらどうだ、シャカ」
シャカ「断る!これが私のアイデンティティだ!・・・アテナ、私はもっと他のところへ行きとうございます」
アテナ「そうですね。お腹も空きましたし。では、何か食べに行きましょうか」

 一行はぞろぞろと市役所を後にした。



アテナ「関西といったらねぎやきです!」

 という、明らかに関西以外の地域人間の発想で、アテナは一行をお好み焼き屋に連れ込んだ。

アテナ「ねぎやきはキャベツの代わりにねぎの入っているお好み焼きだそうです。違いを楽しみましょうね」
ムウ「・・・・しかし、私たちは基本的にお好み焼き自体知らないので違いもクソもないのですが・・・」
デス「何だ?テーブルが鉄板だぞ?自分で焼いて食うのか?」
アテナ「そうです。まずこれをかき混ぜて・・・」

 アテナに焼き方を教わる一同。
 
アテナ「・・・・そして頃合いを見てひっくり返す!」

 パタン!

アテナ「後は焼けるのを待って食べるだけです。いいですか、皆さん。一に辛抱、二に辛抱、時期をはかって一発逆転。それがコツです」
アイオリア「・・・・重いお言葉ありがとうございました」

 かくして、一同それぞれ目の前の鉄板に挑む事になった。

ミロ「とうっ!」
カミュ「愚かな・・・まだ早すぎると言ったではないか!どうしてそう待つ事ができんのだお前は!見ろ、崩れてしまった」
ミロ「ああああっ!鬱陶しいっ!別に一枚になってなくてもよいわ!かき混ぜてスクランブルエッグ状態にすれば焼けるのも早かろう!」
アフロ「美しくない・・・やめてくれ!ここから先は私の陣地だ!がさつなねぎを持ち込まないでくれ!」
シュラ「そういうお前こそ、具にバラを混ぜるのをよせ。ねぎの匂いとバラの匂いが混じって、食いもののような気がしない」
シャカ「よし!アルデバラン、私の心眼に狂いはない!そこの奴はもう焼けている!」
アルデバラン「わかった!おらあっ!・・・・はっ!つい力が・・・!」
アテナ「・・・・・・どうしてねぎやきが空を飛ぶ事態が発生するんでしょう。皆さん、少し落ち着いて下さい」
ミロ「アテナ!お出になってはいけません。あぶのうございます」
アテナ「というか、あなたたちは一体何をしているのです。ねぎやきは頃合いをみてひっくり返せと言ったではありませんか。あなたも今のこの鉄板の状態を見て、普通じゃない事がわからないはずが無いでしょう?こんな事はもうやめて下さい」

 その隣のテーブルは、うってかわって落ち着いた雰囲気で食事が進んでいた。

ムウ「今日ほどサイコキネシスをもっていてよかったと思った事はありません」

 ぱたんぱたんとひとりでにひっくり返るねぎやきの姿を見て、近隣の客が不思議そうな顔をしている。

デス「おい、ムウ。それは外道だろ?ちゃんと手でひっくり返してこそ、この料理の醍醐味ってもんだろうが。ほらよ、っと」
サガ「こっちのもひっくり返すぞ。そら!」
アイオリア「・・・・・なんでそんな上手いんだお前達」
デス「まあ、こんなもんピザの一種だと思えばな」

 しかしピザはひっくり返さない。

サガ「アイオリア、お前のもやってやろう」
アイオリア「あ、ああ。頼む」
ムウ「・・・なんか隣の騒ぎがエスカレートしてきてますね。クリスタルウォールはっときましょうか
サガ「アテナが向こう側にいらっしゃるんだが・・・・大丈夫だろうか」
デス「平気じゃねえの?殺したって死なないし
ムウ「ねぎやきで死なれてもそれはそれで困りますけどね。でも、楽しそうですよ、彼女」

 なるほど、ムウの言う通り、すったもんだの大混乱の中でねぎやきの扱い方を教えているアテナは今までに見た事も無いほど楽しそうに笑っている。
 デスマスクは複雑な顔になった。

デス「・・・・・13だもんな。まだガキだよなあ」
ムウ「あなたも、あんまり彼女に心配かけちゃいけませんよ」
デス「心配なんかしてもらった覚えないんだが。むしろ率先して忘れ去られていたような・・・・」
ムウ「いえ、アテナはちゃんとあなたの事を気にかけていますよ。だからこその大阪です」
デス「?」

 ムウはさくさくにやけたねぎやきをほおばりながら言った。

ムウ「今に、わかりますよ」



 その言葉が本当だった事は、さして時期を待たずに立証された。

アテナ「ねぎやきの次はここ!これを食べずに大阪を出るわけには行きません」

 断固として言い放ったアテナが次に一行を連れてきたのは、大阪名物かに道楽。
 見事なカニ看板が赤々と眩しい。
 ここに至ってようやく、デスマスクはアテナの真意をさとった。

デス「・・・ムウ。俺を気にかけてるってのは、俺としてではなくカニとしてか・・・?」
ムウ「カニとしてです」
デス「・・・・・・・・・・・・・・帰る」

 さすがにやりきれなくなったか、一言呟き、きびすを返す。が。

アテナ「どこへ行くのです、・・・デスマスク!単独行動は許さないといったはずですよ」
デス「あんた今、カニって言おうとしたな!?言おうとしただろオイ!!」
サガ「・・・・デスマスク!アテナに向かって何と言う口の聞きようだ!」
ムウ「そうですよ、・・・デスマスク。失礼じゃありませんか」
デス「・・・・・なんなんだお前ら・・・新手のいじめか!?冗談じゃねえぞ!大体俺は、聖衣に裏切られてから蟹型は苦手なんだよ!」
アテナ「ホホホ、それをいうなら私もに裏切られた人間。奇遇ですね。仲良くしましょう、デスマスク」
デス「うっ・・・・・・・・・(滝汗)・・・・ひょっとしてあんた、それ言いたいがために俺を大阪まで・・・・」
アテナ「ウフフフフーッ!いまさら気づいても遅いですよ。さ、行きましょう」

 かに道楽の中に入るや、アテナは片っ端から注文を頼みはじめた。
 これとこれとこれとそれと・・・

シャカ「・・・いいのですか?そんなに大量に注文して」
アテナ「いいんですよ。蟹は別ですから。いろんな意味で
デス「いびりかよ!!あんた本当に大いなる愛もってんのかコラ!!」
シャカ「蟹!アテナに向かってそれ以上無礼な口を利く気なら、味覚剥奪してやるぞ!大人しくしろ!」
デス「蟹いうな!!」
ムウ「いいじゃないですか愛敬あって。どうせなら三行半かいた聖衣の代わりに、ここのカニ看板かぶったらどうです?」
デス「・・・・てめえら本気で根性悪いぞオイ・・・・」

 だが、運ばれてきたカニ料理はたいそうおいしかった。
 ねぎやきを食べたばかりの一同も、積極的に箸が進む。

アルデバラン「シュラ、これを頼む」
アフロ「これもだ、シュラ
ミロ「シュラ、これも」
シュラ「・・・・・・お前達、俺を殻割り係だと思ってるのだな。聖剣をなめてんのか・・・?」

 ぶつぶつ言いながらも、頼まれるまま蟹の殻を切ってやるシュラ。
 
アテナ「シュラ、こっちもお願いします」
シュラ「アテナまで・・・;」
アテナ「さっくりやっちゃって下さいね。さっくり。遠慮は要りませんよ」
シュラ「・・・・あの・・・俺はどの蟹を斬れば・・・・?」
デス「おい、シュラ・・・」
アテナ「いくら私だって、食えない蟹を切れとはいいませんわ。ちゃんとこっちの、皿に乗ってる方の、役に立つカニを切って下さいな」
デス「このアマ・・・・・っ!」
ムウ「待ちなさいデスマスク。13歳の少女相手に見た目30歳のあなたが本気になるなど、大人げ無いじゃないですか」
デス「俺は23だ!!なんなんださっきから!戦いの幕をお前と俺の一戦で開ける気か!?」
ムウ「いくら私だってそこまで馬鹿じゃありませんよ。ほら、共食いでもして気を落ち着けて下さい」
アイオリア「いや、本当にその辺にしとけムウ・・・・;」

 とりあえず、この場はアイオリアが間に入っておさまった。
 が、当然の事ながら、デスマスクは納得いかなげである。

デス「どうして蟹座だというだけでこんなにネタにされなきゃならんのだ!?おい、そっちの爪をよこせ!」
アテナ「自棄で食べるのは体によくありませんよ」

 そういう彼女は既に一匹平らげてるのだが。

デス「あんたの存在の方がよっぽど俺の体に悪いわ!!」

 怒鳴って、デスマスクはいまいましそうにカニ爪を歯で噛み割った。



 黄金聖闘士御一行様。かに道楽の次はたこ焼き屋であった。

ミロ「まだ食べるんですか、アテナ・・・?」
アテナ「もちろんです。大阪に来た以上、たこ焼きを食べずになにが大阪ですか」

 はつらつと答える細身の少女。

シュラ「・・・・一体、あの体のどこにあんなに入るのか・・・」
デス「胸じゃねえの?」
アテナ「何か言いましたか?デスマスク?」
デス「いーえ。何にも」

 かに道楽以来、なんとなくぎすぎすした雰囲気の二人である。

アフロ「・・・・だが、見方を変えれば急接近と言えん事も無いような・・・」
アルデバラン「そうだな。市役所でもねぎやきでもほとんど口をきかなかった二人が、かに道楽で恋に芽生える・・・・ロマンチックだ」
アイオリア「・・・・・・そ、そうか?きいてる限りではどうしようもなくチープなんだが・・・・」

 ともあれ、たこ焼きはおいしかった。
 しかし。食べ終わる頃になって事件が勃発した。

シャカ「む!」
ミロ「どうした?」
シャカ「最後の一個のたこ焼きに、タコが入っていなかった!おい、おやじ!タコがなかったぞ!」

 クレームをつけるシャカに対し、屋台のおやじはにやりと笑ってこういった。

おやじ「お客さん、タイヤキに鯛が入っているかい?」

・・・・・・・

ムウ「おやじさん、オーソドックスなネタなのはわかりますが、あまりに相手が悪すぎます!」
アイオリア「まずい!シャカの目が開き始めた!誰か止めろ!!」
ミロ「ええいっ!たかがタコひとつでそんなに怒るなーっ!」
 
 総がかりでシャカを止めにはしる黄金聖闘士達。
 サガとシュラとカミュに至っては、すでにアテナ・エクスクラメーションの構えに入っている。
 
シャカ「おのれ・・・ただの過失なら土下座で許してやったものを・・・これではっきりと私の心も決まった!!このシャカの一命をかけ、今こそ屋台のおやじを討つ!!」
一同「討つなああああっっ!!!」

 ・・・・そんな騒ぎを、傍からあきれたように見守るアテナとデスマスク。

アテナ「・・・・・あなたは止めに行かないんですか?」
デス「あんたこそ、ここで薄情にたこ焼き食べてていいんですかね?」
アテナ「私は自分の聖闘士達を信じています」
デス「信じるのは勝手だけどよ・・・・あいつは本気だぞ、ほら」

 彼の指差すその先で、シャカが魑魅魍魎を召喚し始めたのが見えた。・・・



 屋台のおやじがバケモノにびびって気絶した後。さすがにアテナ・エクスクラメーションは撃つ前にアテナ自身によって止められ、一行は曲がりなりにも平和を取り戻していた。
 日もすっかり沈んで、そろそろ帰り時である。

アテナ「空港に行く前に、もう一つだけ行って見たいところがあります」

 そういってアテナが最後に一行を連れてきたのは、新梅田シティの空中庭園であった。
 丸いドーナツ型の展望フロアから望む夜景は、口で言い表せぬほど幻想的で美しい。

アテナ「素敵ですね」

 呟いて、彼女はうっとりと下界を見下ろす。
 周りの一同は、むしろそんなアテナの姿をほほえましげに見やった。

サガ「聖域では夜景は望むべくも無いからな・・・近所には荒野しかないし」

 展望フロアを囲むノズルからは、水蒸気が噴き出してライトアップされた雲海をつくる。まるで雲の上にいるような錯覚を覚えた。

カミュ「もう少し喜ばせて差し上げる事もできるぞ。・・・そら」

 氷の聖闘士が少しばかり冷気を送ると、水蒸気はガラスの粒と化してきらきらと輝いた。
 少女はそれを見て、小さな歓声をあげ、手を伸ばす。

ムウ「落ちないように、お気をつけて」
アテナ「大丈夫です。ありがとう」

 短い時間はあっという間にすぎた。

ミロ「・・・そろそろ帰りませんと、飛行機の時間に間に合いませんよ」
アテナ「そうですね。行きましょう、皆さん」

 そう言いながらも、彼女は地上の光から目を離せずにいた。
 黄金聖闘士達が一人ずつ戻っていき、後に取り残されたのにも気づかなかった。

 気づいたのは、ふいに首筋に冷たい指が押し当てられたのを感じてからである。

アテナ「・・・・・誰です?」
デス「今なら、あんたをここから突き落とす事もできるな」

 背後で答えたのは、低く笑う男の声だった。
 アテナはちょっと目を見開いた。

アテナ「・・・・・なるほど。かに道楽の仕返しというわけですか」
デス「そうとも言う」
アテナ「できるんですか?あなたに。今まで私を裏切ろうとするたびに無意味に失敗を繰り返しまくっていたあなたに?」
デス「・・・・・・ほんとに殺されたいかあんた・・・?」
アテナ「やってごらんなさい。ただ、さっきも言いましたが私は・・・」

 アテナの声はごく落ち着いていた。

アテナ「・・・自分の聖闘士を信じています」

 沈黙が流れた。
 やがて、彼女は首筋から指が離れるのを感じた。ふ、と息を吐く。
 だが次の瞬間。

アテナ「!」

 背中を押されてその体は思い切り前につんのめった。
 恐怖が胸を駆け抜ける。
 そして気がつくと・・・・・腕を逆に引き戻されてもとの位置に戻っていた。

デス「ちったあ驚いたかよ」
アテナ「・・・・・・・・」

 意地の悪い笑みを浮かべて、デスマスクは腕を放し、出口へと足を向けた。
 残されたアテナは、

アテナ「・・・・・・・・・驚きました」

 と、小さく一人で呟いて。
 くすっと笑うと、いそいでその後を追ったのだった。


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