聖戦が終わって、ひたすら暇を持て余していた聖域の聖闘士達のもとへ、アテナから新たなる指令が届いた。

サガ「日本にあるグラード財団経営の高校に教師として赴任しろ、との事だ」

 ・・・・・・・・・・・・・

ムウ「・・・・教職免許持ってないのですが、いいんでしょうか」
サガ「細かい事は気にしないように、とある」
アイオリア「しかし、何で俺達が・・・」
サガ「私たち達が、というか、むしろ私たちのためのお考えらしい。失業した聖闘士の新たなる生活の場を探るため、とある」
ミロ「だからって・・・;」
サガ「とにかく。アテナの命令は絶対だ。さっそく向かうぞ、日本へ」

 一方、日本にいる星矢達の元へも似たような指令が舞い込んでいた。

星矢「日本にあるグラード財団経営の高校に生徒として赴任しろ、だってさ」
 
 ・・・・・・・・・・・・・・

紫龍「・・・・年が足りてないんだが、いいのだろうか」
星矢「細かい事は気にしないように、とある」
氷河「しかし、何で俺達が・・・」
星矢「俺達が、というか、むしろ俺達のための考えらしいぞ。学力低下した聖闘士の新たなる可能性を探る、だとさ」
瞬「だからって・・・:」
星矢「とにかく。どうせやらなきゃならなくなるんだろうしな。ジタバタしてもしょうがないや。言う通りにしようぜ」

 こうして、彼らの学園生活は唐突にその幕を開けたのである。



グラード財団経営の高等学校。その名を「空の子学園」という。

瞬「やめた方がいいと思うよ、この偽ブランドなネーミングは・・・」
氷河「高校生にはちょっと恥ずかしい語感だしな・・・」
紫龍「たしか、最近新しく創設されたばかりの学校だったな。まだ一学年しかなく、クラスも2つ。教師も揃っていないと聞いていたが・・・・時期外れの開校の上この名前では入学希望者が集まらんのも無理はない」
一輝「というか、俺達もあまり所属したくないしな」

 堂々と学園名を浮き彫りにされた門の前で、躊躇を余儀なくされる星矢達。
 
星矢「・・・いまさら言っても始まらないぜ。とにかく行こう」
瞬「うん・・・クラスわけはどうなってたっけ?」
星矢「えーと、A組とB組があって、Aが国立進学系。Bが一般系。お前達三人がAで、俺と一輝がBだ
一輝「そうか。俺と星矢はレベルが下か。・・・・おのれ、どういう基準で決めやがったのだ」
氷河「いや、単にできそうか馬鹿そうかの違いだろう。情け容赦はないが、妥当ではある」
一輝「おい・・・」

 成績の隔たりは友情の隔たりになりうる事を、彼らはまだ知らない。
 微妙なしこりを残しつつ、いよいよ「空の子学園」の日々に挑む!
 


 「空の子学園」一時限目

ホームルームで滞りなく自己紹介を済ませた彼ら。奇跡に近い。
 さっそく迎えた一時限目、A組は英語の授業であった。
 紫龍の隣の席の男子生徒が、親しみやすい口調で話し掛けてきた。

委員長「やあ。紫龍君だったね?僕、小金沢って言うんだ。ここの学級委員長をしているんだけど、転入したばかりでわからない事があったらなんでも聞いてくれたまえ」
紫龍「ああ。ありがとう」

 小金沢委員長は七三に眼鏡という、いかにもそれっぽい人間であった。

委員長「教室がちょっと騒がしいのだが、あまり気にしないで。急にいろんな事が変わったもんだから、皆落ち着きを失っているんだ」
瞬「いろんな事?」
氷河「俺達が転入してきた事以外にか?」

 横合いから瞬と氷河も身を乗り出す。委員長は肯いた。

委員長「ああ。この学園、できたばかりだろう?それで、先生がまだちゃんと定着していなくて、仮雇いみたいな感じで今まで何人か出入りしてたんだけど・・・それが今日から、一斉にまた代わったんだ。新しい先生が大量に来るって言うんで、皆楽しみにしてるんだよ」

 言われてみれば、あたりの生徒達は確かに、興味ありげな顔でしきりと「新任教師」について話し合っている。

「なあ、どんな人だと思う?」
「英語だろ?しかも、外人の先生がくるらしいぜ。美人な女だったらいいよな」
「えー、絶対、かっこいい男の人!ねえ!」
「そうよねー!」

紫龍「・・・・・なるほどな。君はどう思うのだ?」
委員長「僕かい?まあ、容貌とかはこだわらないけどね。授業がためになれば。英語の教師だし、きっとそれなりにスマートな人が来るんじゃないかな?」

 その時だった。
 廊下に、地響きかと思うほどの大きな足音が近づいてきた。
 ガラスに巨大な影が映り、次の瞬間ドアが法外な力で開かれる。
 入って来たのは身長210cm、体重130kgの巨体だった。

アルデバラン「おう。今日から俺がここの英語を担当する、アルデバラ・・・」
生徒一同「嘘だーーーーーー!!!!」

 「見た目きれいな外人さん」という理想と、「体育会系の巨大な男」という現実のギャップを目の当たりにさせられたA組生徒の絶叫は、校内の隅々まで響き渡ったという・・・・


星矢「なんか、隣が騒がしいな」

 一方その頃、星矢と一輝が所属するB組では、まだ先生待ちの状態にあった。一時限目は歴史である。
 二人も一応、近隣の生徒から「教師総入れ替え」の事実を聞かされていた。こちらの教室でも、やはり生徒らはそれぞれに沸いている。
 が、進学クラスのA組と比べて、B組の生徒はもう少しガラが悪かった。

「っていうかー、どうせ歴史のセンコーなんてつまんねージジイばっか?ってかんじぃ?」
「ちょーウザだよねー。ねー、ドア締め切っとかないー?」
「ケータイとかガンガンならしまくってー、とっとと出てけとかコクバンかいとこーよ」

 ・・・・・・・・・・・・・

一輝「・・・・星矢。俺は今すぐ鳳翼天翔を食らわしたい気分なのだが・・・」
星矢「落ち着け、一輝。俺だってペガサスローリングクラッシュな気分さ。でも、相手は女だ。本気になるのはよそう」
一輝「あれが女なら瞬の方がよっぽど女らしいわ!!なんなのだ、あの軽薄な面は!」

 ドアに人影が差したのはその時である。

「あー、来たっぽーい」
「どーする?かえれコールする?」
「きゃはは、しよーしよー!」
一輝「っ!」
星矢「一輝!落ち着けって、おい・・・!」

 席を蹴ろうとした友人を引き止める星矢。
 女生徒達が意地の悪い団結と共に息を吸い、そしてドアが開いた。

生徒「・・・・・・・・・」
サガ
「すまない、少々遅れてしまったようだな」

 入って来た若年の男は、文句のつけようの無いその顔に包み込むような笑顔を浮かべていた。

サガ「私が今日から歴史を担当する、サガ、だ。よろしく頼む
女生徒「どこまでもついていきます!」

 光の速さで態度を豹変させた女達。
 星矢と一輝は、ただただ茫然と事態を見つめているのみであった。



「空の子学園」、二時限目。

紫龍「・・・・油断した・・・まさか黄金聖闘士が教師やっているとは・・・・」
瞬「そうと知ってたら絶対来なかったよねこんなとこ・・・・恨むよ沙織お嬢さん・・・・」
氷河「委員長、次の授業は何だ?」
委員長「国語だよ」

 委員長は、冷や汗と脂汗を一緒に流している隣人達を不思議そうに見ながら、

委員長「なんだか、僕が聞いたところによると、すごく大物の先生がいらっしゃるそうなんだ。何も知らない事はないってぐらい知識の深い人で・・・そんな人に教われるなんて光栄だよ。ほら、ほかの皆もちょっと緊張している。失礼が無いようにしなくてはいけないな」

 突然、ドアが開いた。
 ・・・・いや、別に超常現象なわけではないのだが、その人物の影がドアに映らなかったので、外まで来ていた事を察知できなかったのだ。
 全員、一斉に振り向く。
 一瞬、誰もいないように見えた。・・・・が、それは単に、大先生の身長が人間外に低すぎて、視界に入っていないだけだった。

老師「・・・・・・・・・・」
生徒「・・・・・・・・・・」

 ひょこひょこと入って来るキノコのような老人。長い沈黙。
 ・・・・そして、誰かが気づいたのだ。

――――――――!いかん!この人、教卓に背が届かない・・・・!!

委員長「踏み台を用意しろ!!大先生の面子をつぶすなーーー!!!」
生徒「ラジャ!!!」

 全速力で机やら椅子やら教壇上に積み上げる生徒達。
 それを見ながら、紫龍達はぼんやりと思っていた。
 医者の用意も必要だろうか、と・・・・・・



 B組2時限目は物理・化学。専門に分かれるのは二年になってからと言う事で、一年次は物理も化学も一緒にされている。
 この教科の担当でやってきたのはシャカだった。

一輝「逃げたい・・・!いますぐ万里の果てまで逃げ出したい!!」
星矢「やめとけよ・・・どうせ掌の上で踊らされるのがオチだよ・・・あきらめようぜもう・・・」

一方、二教科続けての美形な男の登場に、女生徒達のボルテージはマックス寸前である。

「ちょっとぉ!なにこれ大アタリじゃん!?」
「もー、毎日こんなセンセー来てくれるんなら、あたし皆勤賞ねらっちゃうー!」
「あたしもあたしもー!」

 だが女にモテる男が同性から嫌われるのもまた自然の摂理。
 一時限目は大人しくしていたB組男子諸君、ここに至って我慢ならなくなってきた。

男子生徒「あー?何?シャカ?おシャカ様って呼べってかぁ?」
シャカ「ふむ、君は中々物のわかった男だな。ついでに私の足元に跪きたまえ。優遇してやらんでもないぞ」

 シャカよ。少しは状況を把握したらどうだ。

男子生徒「ふざけんなよ!?なんだてめえ、偉そうに!」
一輝「そうだ。もっと言ってやれ、少年!」
星矢「あおってどうすんだよ一輝・・・しかも少年って、あんたと同い年かそれ以上なんだからさ・・・」
男子生徒「大体なあ、そのとぼけたツラが気にくわねえんだよ!盲のセンコー頼んだ覚えはないぜ!?」
シャカ「フン、目など、閉じていても君の節穴同然のそれよりはよく見える。やるのか?」
男子生徒「やってやらあ!」

 猛って席を蹴立てるや、突進していく男子生徒。高校生でこれはいただけない。
 彼は体格もよく、いかにも体力馬鹿そうな男であり、対してシャカは柳の枝のように華奢であった。

女生徒「ちょ、ちょっとお。やめなよニシザワぁ」
男子生徒改めニシザワ「うるせえ!」

 教室中が静まり返る。が、しかし。

ニシザワ「おらぁっ!!!」

 ・・・・知ってる人間から見ればそれは至極当然のことなのだが、シャカは少年の渾身をこめた拳を、右手一本で受け止めた。

ニシザワ「なにい!?な・・・なんだこれは・・・何か空気の圧力みたいなものがオレの拳をとめている!」
シャカ「フッ、この程度ででかい顔をするとは、空の子学園とやらもたかが知れているな。そら!もうすぐきみの拳の皮が破れるぞ。皮の次は骨がとびちる!その骨も粉々になり、最後には拳そのものがなくなるぞ!」
ニシザワ「うああーーーーっ!!!」

 少年の体はかるがるふっとび、手ひどく床に叩き付けられた。

ニシザワ「つ・・・つよい・・・まさしくこの男は・・・神に近い男なのか!?」
シャカ「フン」

 倒れたままでうめくニシザワを、シャカは鼻で笑い飛ばした。
 そして、硬直している生徒達に向きなおって曰く。

シャカ「諸君。これがテコの原理だ」
生徒一同「いや、それは違う」

 協調性の欠片も無かったクラスが、一致団結した瞬間であった。



 「空の子学園」、3・4時限目。

 続いては二時間ぶっ通しの実技授業。A組は選択教科、B組は体育である。

紫龍「・・・・・どうする?」
瞬「選択教科、3つあるんだよね。3人で分かれよう。僕は・・・じゃあ音楽」
氷河「俺は美術にする」
紫龍「じゃあ俺は家庭科か・・・なんか、想像はつくけどな」
氷河「ああ、なんとなくな」

星矢「体育か・・・・誰だと思う?」
一輝「知るか。考えたくも無い」

 それぞれ、不吉と不安を胸に抱きつつ、各教科の教室へ向かう。


 パターンその1 音楽

 音楽室の前まで行って見ると、何やら男子生徒の間にただならぬ雰囲気が起こっていた。

「やべえよ!なんだよ!あれ、男だよな!?まじでやべえよ!」
「俺も、む、胸がどきどきする・・・・!こんな気持ちは初めてだ!」
「どうするよ!16歳のあやしい春到来じゃねえか!」

 ・・・察しはついたが、一応中をのぞいてみる瞬。予想通り、そこには黒のベスト姿で異様に色っぽいアフロディーテがいた。彼は中々入ってこようとしない生徒達を見て眉をひそめると、なかからコンコンとガラス窓を叩いて開ける。

アフロ「何をしているのだ?授業を始めるぞ」
生徒「なんでいい匂いがするんですか先生!!(泣)俺達に対する挑戦ですか!?刺激強いっすよ!!」
アフロ「?・・・言ってる意味がよく分からんが・・・無駄に時間を使うのは好きではない。早く入りたまえ」

 このやり取りからもわかる通り、授業はその後も怪しい雰囲気のまま進んだ。
 内容は音楽鑑賞。なんだかやたらにロマンチックなショパンのピアノ協奏曲。
 そして美貌の教師はそのステレオの前で、長いまつげの影を頬に落とし、だまって椅子にかけている。
 はっきり言って、雰囲気ありすぎ。

「どうしよう・・・もう俺、だめかも・・・・」
「俺も・・・・金輪際女なんて目に入らない気がする・・・・」
「間違ってる・・・・この学校は何かが間違っている・・・・!
「そして俺達も間違いかけている!!好きだ・・・!アフロディーテ先生っ・・・!」

 だが、そんな彼らに事件が起こった。
 授業が半ばをすぎた時、窓の外に見物客が現れたのである。

「・・・だれだ、あれ?」
「新しい教師の一人か?」
「デスマスク・・・・;」
デス「よ!退屈なんで見に来てやったぜ」
アフロ「!デスマスク。なんだ?何か用か?」
デス「いや、暇だったんで、どうしてるかと思ってな」
アフロ「問題ない。邪魔をするな。せっかく上手くやっているところなのに」
デス「そうか。そりゃよかったな。じゃあ、俺は消えるか」
アフロ「・・・・・心配してくれたのか?」
デス「ばーか」

 ・・・・・・・・・・・・

生徒「なんだなんだなんだあの会話!?俺の・・・俺の先生にっ!?」
生徒「恋人か!?くっそー、ふざけんなよあのギンパツ!」
瞬「ねえ、待って。みんな間違ってるからいろんな意味で」

 男子生徒の殺気に思わず突っ込むアンドロメダ。
 デスマスクも、なんだか不穏なこちらの様子に気づいたようだった。

デス「?あんま歓迎されてないみたいだな。もう行くわ。それじゃあな」
アフロ「あ、待て。デスマスク、昼ご飯は一緒に食べよう」
デス「ん?ああわかった」

生徒昼飯の約束までしやがったーーーー!!!」
生徒「ぶっ殺せ!!」
瞬「だから間違ってるってあなた達!!」

 だが、瞬にはもうわからなかった。
 果たして間違っているのは生徒達なのか。
 それとも教師の方なのか。
 ただ一つはっきり言える事は、自分だけは間違うまい、という強い決心だけであった。



 パターンその2 美術

 美術室へやってきた氷河。そこで彼は師匠と再会した。

カミュ「氷河!どうしてお前がこんなところに・・・」
氷河「それはこっちの台詞です。なんで黄金聖闘士達が教職やってるんですか」
カミュ「私にもよくわからんのだが、アテナのご命令なのだ。氷河、美術選択なのか?よし、成績は5に決定だ!」
氷河「裏工作はやめましょう・・・・ただでさえ、書類操作して編入している俺達なんです。そんなことしなくても、あなたの授業なら俺は実力で5を取ってみせます。で、今日は何をするのですか?」
カミュ「ああ。デッサンだ。モチーフの石膏像はもう置いてある」

 美術室の木製の机の上には、静かな表情をした女性の像があった。

カミュ「マリエッタという像だ。・・・・・?どうした?氷河」
氷河「マーマに似ている・・・・」
カミュ「・・・・・・・・・・・・・」

生徒「・・・ねえ、なんか寒くない?」
生徒「うん、急に今すごい寒気がしたー」

カミュ「・・・・・母親の事は忘れろ。お前のモチーフだけ大仏にするぞ」
氷河「何もそんなに怒らなくても・・・;(しかも大仏まで飛躍しなくても)
カミュ「もういい。席につけ」

 授業が始まり、生徒達に画用紙を配ったカミュ。教師生活にかけてはピカイチの彼は、信念通りまず最初に導入から入った。

カミュ「諸君。君たちは何のために絵を描きたいのだ?上手くなりたいからか?」
生徒「いや、そういうんじゃないですけど・・・・選択科目のなかで一番好きだったから」
生徒「なあ」
カミュ「そのために絵を描くと言うのか」
生徒「は、はい」
カミュ「・・・・・・・・死ぬな
生徒「・・・・・エ?」
カミュ「そういう甘い考えがある限り、絵を描いたとしてもいつか死ぬと言う事だ」
生徒「・・・・まって下さい先生。一体何を描かせる気なんですか!?」

 突然の死の宣告にうろたえまくる生徒達。
 しかしカミュは彼らの反応など意に介さないクールさで、そのまま永久氷壁のあり方についての講義に突入したのだった。
 ちなみに、デッサンとは何の関係も無かった事だけを述べておく。



 パターンその3 家庭科

 紫龍が調理室に行って見ると、思った通りの人間がそこにいた。

紫龍「シュラ。やはりお前か」
シュラ「紫龍!おい、頼む!助けてくれ!
紫龍「・・・困っているようだな。当たり前の反応が妙に新鮮だ」
シュラ「感心している場合ではないのだ!キャベツの千切りが上手いというだけの理由で家庭科教師に抜擢された俺の身にもなってくれ!」
紫龍「いや、それは死んでもなりたくない。だが、相談ぐらいには乗ってやれると思うぞ。どうするのだ?」
シュラ「と、とりあえず、今日のところは授業を決行するしかなかろう。一日が終わったら即辞表を書く!紫龍、頼む!全面協力してくれ!」
紫龍「ああ、わかった」

 家庭科は、さすがに授業が授業だけあって圧倒的に女子のパーセンテージが高かった。そこら辺も、シュラがうろたえている原因らしい。
 ほとんど冷や汗もので今日のメニュー(カレーライス)の説明を終える。

シュラ「・・・・もう帰ってもいいだろうか」
紫龍「いいわけないだろう!授業が終わるまではちゃんとここで監督をする!山羊座の聖闘士は誰よりも忠誠心が強いのではなかったのか!?」
シュラ「しかし、俺は家庭科に忠誠を誓ったわけでは・・・・」
女生徒「あのー、先生」
シュラ「!」

 傍目にもぎくっとしたのがわかったぐらいの勢いで、彼は硬直した。

シュラ「・・・なんだ?」
女生徒「このラッキョウのビンがあかないんですけど、先生、あけられます?」
シュラ「・・・・なんだ、そんなことか。貸してみろ」

 単なる力仕事だとわかってほっとするシュラ。
 彼が瓶を持ち、ちょっと力を入れると、蓋はあっけなく開いた。

シュラ「これでいいか?」
女生徒「はい!ありがとうございます!」
シュラ「礼には及ばん。俺の方こそ、こんな事ぐらいしか役に立てなくてすまんな」

 どこまでも潔い男はそういって苦笑を浮かべた。瓶を手渡された女生徒は、しかし手もとのラッキョウには見向きもせず、目の前の教師の顔をまじまじとみつめる。
 そしてうっとりとした口調で言ったのだ。

女生徒「・・・・・先生、かっこいいv」
シュラ「・・・・・・・・・・は?
女生徒「試食の時には絶対私たちのとこ来て下さいね!お皿用意しときますから!っていうか、先生今、彼女います?」
シュラ「な、なにを・・・・!」
女生徒「もしいないんなら私、先生の彼女になりたーい!」
女生徒2「あっ!ちょっと、カナコ!抜け駆けずるいわよ!」
女生徒3「私達だって先生に色々聞きたい事あるんだから!先生、どんな女の人がタイプですかー!?」
シュラ「知らん!そんなもの!紫龍!何とかしてくれおい!!」
紫龍「何とかしろと言われても・・・・・・・;亢龍覇で一緒に逃げるか;」

 おそらく、シュラにとってかつて無いほど苦戦を強いられた戦いであっただろう。
 女生徒達の質問攻撃、「どんな食べ物が好きですか?」「尽くすタイプの女って好みですか?」「ねえねえ、この中で誰が一番先生のタイプー?」の切れ味は、エクスカリバーの比ではなかった。



 パターンその4 体育・男子

 さて、こちらはB組。体育館にやってきた星矢達を出迎えたのは、厳しい顔に腕組みが決まっているアイオリアであった。

星矢「・・・・・・はまりすぎてて恐いな・・・」
一輝「校庭100周とか平気で言いそうな感じだな。厳しいぞ、これは」

アイオリア「今日から君たちの体育を担当するアイオリアだ。さっそくだが、今日の課題は柔道。全員、ここにある柔道着に着替えてくれ」
生徒「えーーー」

 少年達の声がはもった。

生徒「やだよなー柔道なんて。せんせー、サッカーにしようぜ」
生徒「バスケでもいいっすよ。柔道よりはマシ」
生徒「サッカー。サッカー」
生徒「バスケー」
 
 生徒のブーイングを、アイオリアはしばし黙って聞いていた。
 やがて、ふっと目を閉じて言う。

アイオリア「・・・・・よかろう。そこまでいうのなら、お前達のうち誰か一人でも俺を倒せたら、好きなだけサッカーでもバスケでもやらせてやる」
生徒「・・・え?」
アイオリア「できんのか?口先ばかりでぎゃあぎゃあわめく事なら、そこらの女でもできるぞ?」
生徒「っ、なんだと、このセンコー!」
生徒「大人しくしてりゃあいい気になりやがって!よし、それじゃあ俺達があんたの事殴り倒したら、こっちの好きにしていいっつー事だよな?」
アイオリア「そうだ。やれるものならやってみろ」
生徒「おお!やってやらあーっ!!」

 ・・・・・・・・30秒後、決着はついた。

生徒「うう・・・・・・・・ち、ちくしょー・・・・・・・・」
生徒「いてぇ・・・・・なんなんだよあいつ・・・・・」

 片っ端から返り討ちにされ、体を丸めてうめく男子生徒達を見下ろしながら、アイオリアは厳しい声で言い放つ。

アイオリア「やりたい事があるのは結構だ。しかし目の前に課題を出されて何の行動もせず逃げるような奴は・・・・もはや男として認めん!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

男子一同「兄貴!!」
星矢・一輝「なにいいいいいいーーーーっっっ!!!?;」

 おそるべしとはまさにこの事か。数十秒の拳の語り合いで、B組問題児全ての心をゲットしたアイオリア。
 さすが黄金聖闘士実力1,2を争う男。
 その後、ついていけずに取り残される星矢と一輝の目の前で、男子生徒達はひたすらアイオリアに転がされまくり、柔道の授業を終えたという。



 パターンその5 体育・女子

今回も、一番の貧乏クジは彼のものであった。

ミロ「どうして俺が女子体育を受け持たねばならんのだーーーっ!!あいつら絶対許さん!!ええいくそっ!スカーレット・ニードル!!」

 一人で孤独に校庭の土に穴をあけたりしていると、やがてのろのろと女生徒達がやってきた。
 さっさと並べ!と八つ当たり気味に怒鳴る。

女生徒「え、やだ。この先生、恐ーい・・・」
女生徒「ちょーカッコイイ顔してんのにー。すげー怒りっぽそう」

 そのとおり。彼はとっても怒りっぽい。

ミロ「今日の課題は持久走だ!校庭5周分のタイムをはかるから、よく準備運動をしておけ」
女生徒「え・・・・」

 持久走と聞いて、生徒達の顔はあからさまに嫌な表情になった。
 持久走と言えば、苦しい、きつい、筋肉痛。3kそろった最悪課題である。やりたいわけが無い。
 しかしこういう時、女子には必殺の武器があるのだ。そう、担当教員が男性だからこそ発揮できる技が。

女生徒「センセー」
ミロ「なんだ?」
女生徒「ちょっと今日は具合が悪いんでー、見学しててもいいですか?」
ミロ「具合が悪い?どうしたんだ?」

 具合が悪いときいてとたんに心配そうな顔になるミロ。
 それがあんまり自然な表情だったものだから、仮病を使いかけていた女生徒の方が面食らった。

女生徒「えっと・・・生理痛です」
ミロ「セイリツウ?(なんだそれは)。よくわからんが、大丈夫か?無理はするな。君は女性なのだからな。俺の上着を貸そうか?」
女生徒「え・・・?」
ミロ「風邪を引くと大変だろう」

 ぱさっ、とそこらにかけてあった上着を肩にのせてやる。
 生徒一同、呆気に取られてそれを見ていた。
 仮病の少女もまた、しばらく茫然と教師の顔を見上げていたが、やがて頬を染めるや否やにわかに元気になって立ち上がった。

女生徒「あの・・・大丈夫です、先生!私、頑張れます!」
ミロ「?しかし・・・」
女生徒「もう平気です!ご心配おかけしてすみませんでした!」
ミロ「そうか?大丈夫か?」
女生徒「はい!」

 ミロはその元気のよい返事を聞くと、心の底から安心したように微笑んだ。
 ・・・・・・・実に、この笑顔でその場の女子の全員が陥落したといってよい。

ミロ「なら、辛くなったら無理せず言うのだぞ」
女生徒「はいっ!」

 二人の後ろでは、他の女子が心ひそかにガッツポーズ。

女子1「オッケーオッケーオッケーオッケええええっっ!!!
女子2「サガ様といいシャカ様といいそしてこの先生といい、ウチらの学校は最高じゃああああっっ!!」
女子3「持久走なんてなんぼのもんじゃい!!走って走って走りまくるわよ皆ーーーー!!!!」
女子一同「ウスっ!!」

 その日。トラックで彼女たちが出したタイムは、全国大会公式記録を抜いていたと言う。



 そして昼休み

 それぞれの午前の授業を終えた星矢達。
 疲弊した顔を引っ下げて、彼らは学食のベンチに集合した。

星矢「なあ・・・・さっきアフロディーテとデスマスクの後を殺気みなぎらせた男達がつけてたけど、何かあったのか?」
瞬「ごめん・・・思い出したくないんだ。僕に言えるのはただ、一刻も早くこんな馬鹿な試みは止めた方がいいって事だけだよ」
紫龍「ああ。シュラが気の毒だしな。それはそうと、ここへ来る時に俺もアイオリアを見かけたのだが、なんで舎弟がついているのだ?それも束で」
一輝俺達にもよくわからん・・・気がついたらそういう方面に進んでいてな。止める事など到底不可能だった」
氷河「・・・・色々あったのだな」
星矢「ああ・・・色々な」

 彼らが話すその横では、一般生徒の男子達が「休めねえ・・・あの英語の授業は休めねえ!!(恐)」「どうする?なんだか遠からず、国語の教壇で死人が出る気がするんだが」「恐ぇよ!テコの原理は恐ぇよ!」などと言っているのが聞こえる。

紫龍「・・・・・お互い、知らなくていい事は知らずに済ませた方がいいようだな」
星矢「そうだな」
氷河「残りは5時限のみ・・・・出てきていないのは、ムウとデスマスクか」
一輝「AかB、それぞれ一人ずつあたるようだな。・・・覚悟を決めていこう」
瞬「・・・・・・・それがね、そうでもないみたいなんだよ」

 と、瞬が言った。

一輝「そうでもない?」
瞬「うん。嫌な噂を聞いたんだけど・・・・・・授業の先生だけじゃなく、保健室の先生も代わったらしいんだよね。平安眉毛の男の人に・・・・」
星矢「・・・・・・・・・・・・・・・・」
一輝「・・・・・・・・・・・星矢。さっきの柔道で出た負傷者、どこへ行ったかわかるか?」
星矢「ああ・・・・わかってるけど言いたくないな」

・・・・・・・・・・・・・・・

紫龍「やっぱり、ほっといてはいけないのではないか?」
星矢「・・・・・・・いけないかな」
氷河「そうだな。せめて、『眉毛の事には触れるな』だけでも忠告しておくべきだろう」
瞬「急ごう。とり返しのつかない事になっちゃうよ」

 だが、彼らは遅すぎた。
 五人が駆けつけた時、保健室の中はあたかもポルターガイスト・ストリームでも巻き起こったかのような状態で、片付けをしている部屋の主以外に一人の生徒の姿も見えなかった。

ムウ「おや。あなた達。奇遇ですね。何か怪我を?」
紫龍「いや!俺達は五体満足、かすり傷一つしていない!ムウ、ここにさっき、何人か男子生徒が運び込まれたと聞いたが・・・・・彼らは?」
ムウ「ええ。不慮の事故でちょっと怪我の具合がひどくなってしまいましたので、ジャミール送りにしたんですよ。今ごろは貴鬼が、彼らの傷口にガマニオンを塗りこんで、地獄の苦痛・・・・もとい、早期回復を目指しているでしょう」
瞬「あの・・・・・不慮の事故って・・・」
ムウ「おやおや、なんて事を言うんです、アンドロメダ。私がわざと彼らに薬品瓶をぶつけまくったり、熱湯をあびせかけたりしただなんて、濡れ衣もいいところです」
瞬「い、いや・・・・僕は別に何も・・・・・・」
星矢「っていうか、ぶっちゃけた話、一体何があったんだ?ムウ・・・」

 尋ねる星矢に、しかしムウは温和な笑顔で尋ね返した。

ムウ「本当に知りたいですか?」
星矢「う・・・・・・」
ムウ「本当に?」
星矢「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん。やっぱり知りたくない」
ムウ「それが正解です」

 にっこり微笑み、室内の片付けを続けるムウ。
 五人はそれ以上言葉をかける勇気も出ないまま、保健室を後にした。
 おりしも、5時限目を始めるチャイムが鳴り響いたところだった・・・・



 「空の子学園」、五時限目。

 A組本日最後の授業は数学。

委員長「昼ご飯の後はあんまり集中力がでないっていう奴は多いけどね。僕たちはそれなりの大学を目指しているわけだし、そういう事じゃ行けないと思うんだ。先生にも失礼だし・・・・最後まで気を抜かないできちっとやってこそ学生の本分というものだよ」

 そんな委員長の言葉の直後に部屋に入ってきた担当教員はデスマスク
 似合わねえ・・・あまりに似合わねえ・・・・・!
 机を見つめたまま沈黙する紫龍たちだったが、当の御本人は一向構わずあくびなんぞしながら、こう言った。

デス「あー昼飯の後は集中できねえな。どうせこれで今日は終わりなんだろ?自習!ってことで、適当にやっとけや」
生徒一同「やる気がねえーーー!!!」
委員長「困りますよ先生!生徒より堕落してどうすんですか!!雑誌なんか読んでる場合じゃないですよ!!」
デス「ああ、これさっき購買でそこらの馬鹿生徒から取り上げたやつなんだけどな。読むか?
委員長「読みませんよ!!まじめにして下さい!」
デス「・・・・・うるせえなあ。数学なんかひたすら問題集といてりゃできるようになるだろ?わからねえところがあったら教えてやるから聞きにこい。自習自習!」

瞬「・・・・いい加減すぎるよデスマスク・・・そんなだからアテナ殺害失敗したりするんだよ」
氷河「おい、生徒の反感がMAX寸前だ。どうする?」
瞬「音楽室での事もあるしね・・・・でもそんなことまで僕たちがフォローしなきゃいけないんだろうか」
紫龍「ようするに、あいつに教師らしい事をさせればいいわけだな?よ、よし、ちょっと行ってくる」

 一大決心をした面持ちの紫龍。問題集を片手に教卓へと歩み寄る。

紫龍「デ・・・・・先生。ちょっと、ここがわからないのですが」
デス「ん?」

 雑誌から目を上げたデスマスクは、知人の顔を見てにやりと笑った。

デス「ちゃんと自分で考えたのか?」
紫龍「考えました。いろいろと」
デス「仕方ねえな。どれ。これか?こんなの、ここをこうしてこうやってこう解くんだよ。わかったか?」
紫龍「・・・・・・・・」
 
 しばし口を閉ざして、紫龍はおおざっぱに書き込みされた問題集を見つめた。
 そして。

紫龍「貴様、解けるんだったら真面目に授業をやれ!!」
デス「いつ俺が解けないって言ったんだ?集中できねえからやらないっていっただろうが」
紫龍「なお悪いわ!!てっきり、俺はお前が数学のすの字も知らんとおもったぞ!!」
デス「失礼な。高校生レベルの問題が、俺様にとけんわけがなかろう」
委員長「だったらこれはどうです!?わからないんですがっ!」
デス「あー、こいつはこの関数とこの未知数を利用してだな」
委員長「・・・・馬鹿な・・・・東大レベルのこの問題集の中で一番難度が高いはずなのに・・・・!」
デス「おら、恐れ入ったか七三男!」
委員長「うう・・・・・・・めちゃくちゃくやしい・・・・・!」
紫龍「委員長・・・・その気持ち、ものすごくよくわかるぞ」

 握りこぶしを固めつつ、どうする事もできずに震えている二人を遠目に見ながら、瞬と氷河は半ば悟りの境地に立っていた。

瞬「・・・・・昨日徹夜で答えを丸暗記した、とか、そういうオチだったら嬉しいよね」

 しかしそれもすごい努力だ。
 一体、蟹って何ものなんだろう・・・・微妙な思いに胸を膨らませながら、五時限目の無意義な自習時間はすぎて行った。



 一方B組。
 星矢と一輝は全身に汗をにじませながら硬直していた。
 今、教壇に立って日本経済について語っているあの男
 それはあろうことか、星矢達青銅聖闘士を一まとめにしても素面ですっ飛ばす実力の持ち主、あの教皇シオン様であった。

一輝「・・・・・・・どういうことだ・・・・なんでシオンが経済学を教えに来ているんだ・・・・」
星矢「アイオロスが来てくれた方がよっぽどマシだ・・・!恐い・・・本気で恐いぜこの授業!」

シオン「というわけで、日本経済は死んだ・・・・だが本当の戦いはこれから始まろうとしているのだ」
生徒「し、死んだのか・・・?日本経済って死んだのか?」
生徒「え、でもしんじゃあまずいよな・・・戦いって、俺らがやらなきゃなんないのか?」
生徒「つーか、一体何と戦えと・・・・」
シオン「うろたえるな小僧ども!!よく聞け、お前達・・・これから経済と通貨の意味を・・・全ての事を教えてやる。そして経済学担当教諭としてお前達に命ずる!直ちに日銀に乗り込んで総裁をつぶせ!!今こそ日本金融の野望を叩き潰す時が来たのだ!!」

 な、なにい!!

生徒「まってくれ!それはひょっとして銀行強盗か!?銀行強盗をさせられるのか俺達は!?」
生徒「先生・・・あなたは一体!」
シオン「ええい、うろたえるなと言ったはずだ!!」

 パニックに陥る教室の中で、星矢と一輝は熱く誓い合った。
 今日という日が終わったら。
 必ずや自主退学届けを出そう。
 俺達の、未来のために。



 その夜。星矢達五人はそろって退学届けをアテナに提出し、学園を去った。

瞬「・・・・・・この一日で、僕はあらゆる世界を勉強し尽くした気がする・・・」
氷河「石膏に大仏がある事を知った」
紫龍「シュラ・・・・すまん!一足先に逃げ出す俺を許してくれ・・・!」
一輝「・・・・・・・・・なあ星矢。警察に通報しておいた方がいいだろうか」
星矢「ああ。俺も今それを考えていたところだ」

 うつろな目つきの少年達を、夜空の星星が温かく見守る。
 だが、その後「空の子学園」が経営破綻をおこし、教師一同全員首になるまで、彼らはひとときも安心して眠る事ができなかったのであった。
 


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