正しい状況把握はいつもどこでも優先されるべきである。
 教皇の間にずらりと勢ぞろいした黄金聖闘士達は、真剣な顔に若干の汗すら浮かべつつ、互いを監視しあっていた。

カノン「・・・・話をまとめよう」

 と、カノンが何だか重々しい口調で言った。

カノン「つまりこういうことだな。最近、聖域では風邪が流行っていた。ほとんどの者がセキだの熱だのクシャミだのでダウンし、自分の家で大人しくしていた。大人しくしていなかったのはバカで風邪を引かなかった蟹と蠍とカノンの三人。調子に乗って酒かっくらって騒がしく遊んでいたところ、ムウがついに我慢できなくなって予防注射と称して結核菌を注入。一晩で大人しくさせた。ここまではいいな?」
サガ「良くない!!ほとんど殺人未遂だろうそれは!?死ぬかと思ったっ・・・!」
カノン「黙れ。自分の具合も良くないのに貴様を看病してやった私の方が死ぬかと思った。続けるぞ。そうして結果的に聖域中が寝込んだところで、夜中にうなされたデスマスクが積尸気冥界波を寝撃ちした。本人がモーローとしていたため制御不能で広がりまくり、おまけに全員免疫低下していたのであの世寸前まで飛ばされた。何とか皆自力で戻ってきたはいいが、戻る場所を間違えた、とこういうことだな」
デス「そのようです」
カノン「『そのようです』ではないわあああっっ!!」

 淡々と説明していた忍耐力もついに切れたか、カノンは蟹の襟首わしづかんで、がっくんがっくん揺さぶった。

カノン「貴様が寝ぼけて馬鹿をしなければこんなことにはならなかったのだ!!少しは反省したらどうだ!!」
デス「ちょっ・・・!まっ・・・・・!私は・・・・!蟹ではな・・・!」
カノン「言いたいことがあるなら地獄で語れ!!」
カミュ「な、なあカノン、それはたぶんデスマスクじゃない。少し落ち着け」
カノン「私はカノンではない!サガだ!!カノンならばそこでバカ面さらしているわ!!」
サガ「バカ面って・・・・これはお前の体なんだが・・・・」
ムウ「ならばサガ。とりあえずはその手を離せ。まともに自己紹介をするのが先決だろう。話が混乱してかなわんからな」
カノン「くっ・・・・・・・・」

 しぶしぶデスマスクから手を離す。

デス「けほっ・・・・恩に着ますよ、ええと・・・・・私?」
ムウ「ということはお前はムウなのだな。・・・また難儀なやつの中に入ったものだな;」
デス「まったくです。そういう貴方は・・・?」
ムウ「俺だ。アルデバランだ」
デス「う・・・・・まあ、ギリギリセーフとしましょうか。それで・・・」
カノン「私はサガだ。カノンが私の中に入っている。寝てたのが近くなせいか、二人で入れ替わったらしいな」
デス「見た目同じですから全然問題ないですね。それから・・・」
ミロ「フッ。諸君、私が誰かわかるかね?」
アフロ「シャカだろう。一発で看破される問題を出さんでくれ。眼、瞑ってるし・・・」
ミロ「そういう君はシュラか」
シュラ「シュラ!?お前が!?おいおいおい、随分可愛い格好になっちまったなお前!!」
カノン「そこにいたか蟹!!」
シュラ「うお、やべ;」
アフロ「デスマスクだと!?待ってくれ!なんでよりによってお前が俺なのだ!!頼む!!早く出て行ってくれ!!一刻も早く!!」
シュラ「・・・どういう意味だよそれは・・・」

 一方ではカミュがキョロキョロと辺りを見回し、

カミュ「・・・・その憂鬱な顔。お前、ひょっとしてカミュか?」
リア「ああ・・・よくわかったな」
カミュ「友達だからな。俺はわかるか?ミロだぞ」
リア「・・・なんだか事あるごとにお前に縁があるな私は。前の聖衣のときもお前ではなかったか」
カミュ「?そうだったか?」
リア「まあいい。あまり雑に扱うなよ。お前は無頓着なやつだからな」
カミュ「それは確かだが・・・しかしシャカに体をのっとられている俺は、今ならお前の気持ちもわかる。無事に返してもらえるだろうか・・・」
リア「私がアイオリアの中にいるということは、アイオリアはどこに行ったのだろう」
シャカ「ここだ」
リア・カミュ「!!?」
シャカ「・・・・そんなに驚かなくてもいいだろう」
カミュ「いや、何と言うか、眼が開いていたので・・・」
リア「その顔で眼を開かれると今にも成敗されそうな気がする。悪いが閉じていてもらえんだろうか」
シャカ「できるか!俺は俺だ!目をあけようが閉じようが勝手だろう!?俺は開ける派だ!」
リア「・・・閉じる人間はそうそういないだろう」

 混乱の収まらない一同を見回し、カノンがため息をついた。

カノン「これで大体わかった。一度整理するぞ」

 要するにこうである。
 カノンの中にサガ。
 サガの中にカノン。
 カミュの中にミロ。
 ミロの中にシャカ。
 シャカの中にアイオリア。
 アイオリアの中にカミュ。
 アフロディーテの中にシュラ。
 シュラの中にデスマスク。
 デスマスクの中にムウ。
 ムウの中にアルデバラン。
 アルデバランの中に・・・・・

シュラ「・・・・・っておい、まさか・・・・・」
アフロ「うっ・・・・;」

 一同は恐る恐る振り向く。少しはなれたところで、呆然と絶望の表情を浮かべたアルデバランが立っていた。

バラン「こんな・・・こんな・・・・!美の戦士である私がこんな姿にっ・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シュラ「・・・・・・・アフロディーテか?」
バラン「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」(こっくり)

 ぞぞぞわわっ(鳥肌)
 この瞬間、全員が初めて、事の重大さを認識したという。




その晩からが大変であった。

バラン「シュラっ!!君に言っておく!!いいか、私の体でエクスカリバーの修行なんぞしようものならタダでは置かんからな!!大事に毎日手入れをしている爪と指先!ささくれ一つ立ててみろ!一生恨んでやる!!」
アフロ「ううっ;」
バラン「朝と夜に必ず3時間は入浴しろ!3日に一度はミルク風呂!そうでないときはバラのエッセンスを入れるのだ!寝る前に乳液と美白クリームを顔に塗れ!手にも!足にも!外出するときはUV用のクリームがあるからそれを絶対使え!絶対だぞ!!シミソバカスニキビ一つでもつくったら承知せんからな!!あと、髪の手入れを忘れるな!ブラッシングは毛先から7回に分けて根元まで梳かす!濡れてる時は切れやすいので注意しろよ!濡れ髪のまま寝ることは許さん!ドライヤーで乾かすのだが、角度は50度!直角にあてると髪が焼ける・・・」
アフロ「っああああ鬱陶しい!!!そんな質面倒くさいことができるか阿呆!!髪なんぞ、根元から叩ききってやるわ!!」
バラン「やめろやめろやめろーっ!!!」
シュラ「・・・・端でみていると口うるさいパトロンと囲われ女みたいだぞお前ら」
バラン「デスマスク!君からも言ってやってくれ!私の美しさが衰えるのは君の本意ではないだろう!?」
シュラ「いや何かもう、その辺どうでもいいけどな」
バラン「・・・・外見で判断しないということか?ならばこの姿の私でも平気か!?」
シュラ「無理だ。シャカぐらいなら何とかなったかもしれんが・・・。口説くんなら外見で選ばせてもらうから、よろしくな、そっちの偽アフロディーテ」
アフロ「俺の顔で俺に迫るな気色の悪い!!指一本触れたら首を落とす!!」
シュラ「・・・・わかったよ。じゃあ外に遊びに行くからよ」
アフロ「なに?いや、ちょっと待て。俺の体でハメをはずすな!待て!待てといってるだろうがこら!!;」
バラン「どこに行く気だシュラ!!風呂の時間だぞ!!蟹などほっておけ!!」
アフロ「おけるかああっっ!!」

 だが、眼前に牛の巨体で立ちはだかられては、なす術も無いアフロ・・・いやシュラだった。

カミュ「うーむ、参ったな。この格好で氷河に会ったら間違いなく混乱させてしまうだろうし」
リア「!!氷河・・・!あああ私は元の姿に戻れるのだろうか。もし戻れなければミロ、お前が2代目カミュとして立派にクールを追求してくれ」
カミュ「そんな漠然とした方向を示されても。クールとは、具体的にどうすればいいのだ」
リア「とりあえず、今後氷河にあったときはひたすら後ろ向きなことを言いながら涙を流せ」
カミュ「・・・・お前、一応正しく自分のキャラをつかんでいるのだな・・・・というか、それはクールか?クールなのか・・・・?」
リア「あと、笑顔は厳禁だ。ニヤカミュなどは言語道断。いいな」
カミュ「・・・・想像すると確かに恐い。しかし中身は俺なのだ!そんな喜怒哀楽までコントロールされてたまるか!氷河には慣れろと言っておけ!」
リア「慣れるものか!違和感だらけだ!どうしても笑いが押さえられんというのならば、ブラックブラックのガムでも噛んでおくがいい!!頼むから私のイメージを壊すような真似はしてくれるな!」
カミュ「だったらガムも駄目だろう」

 一方で真剣に今回の事件を憂いている者もいる。

デス「ほんと何とかして欲しいんですけど・・・うかつに町歩けませんよ。指名手配とかされてそうじゃないですか」
ムウ「いくらデスマスクでもそこまで悪くはないだろう;」
デス「まあ、ブタバコぐらいならテレポーテーションでいくらでも脱獄できますがね・・・。それよりも、妻を寝取られた旦那の一人や二人に命狙われているような気がします。どう思います?」
ムウ「いや、俺に聞かれてもな・・・」
シュラ「おい、勝手なこと言ってんなよ、コラ」
デス「おや噂をすれば影ですか。どこへ行く気です?」
シュラ「ちょっとそこまで遊びに」
デス「またあなたは性懲りも無く・・・。その体はシュラのものなんですよ。許可は取ったんでしょうね」
シュラ「取った取った(嘘)・・・にしても、客観的に見て妙だな、俺が丁寧語使ってるのって。これで眼鏡かけたらすげー勉強できそうじゃねえか。『委員長!』とか呼ばれるぞ」
ムウ「呼ばんぞ誰も;」
デス「その辺はどうでもいいのですけれど、デスマスク、あなたはこんな状況でも遊びに行くんですか?危機感とかそういう物はないんですか」
シュラ「いや、遊びっていうか、こいつが本気になったらどれくらいモテるのか試してみたいんだよな。普段は誘っても絶対ついてこないし、いい機会だろ?」
デス「しみじみバカですよねあなた・・・」
シュラ「何ならお前も一緒に来るか?モテるぞ〜俺だから」
デス「遠慮します」

 そして事件解決に向けて考えている一部の者も。

ミロ「他の者はどうでもいいが、この私がこんな庶民な上にも庶民な男の体を借りているというのは非常に不愉快だ。元に戻りたい。アイオリア、さっさと体を返したまえ」
シャカ「俺だって出来るものならそうしている!だが、打撃系の技しかない俺がどうやって魂を入れ替えられるというのだ!」
ミロ「ならば私が君を餓鬼界あたりへ叩き落してやることにしよう。準備は良いかな?」
シャカ「良いわけなかろう!何の準備だ!!蟹の技なら黄泉比良坂に落ちない限りセーフだが、お前のはストレートに地獄行き!二度と戻ってこられんのだぞ!!」
ミロ「愚か者。このシャカといえど神ではないのだから、そんなに一度に色んなことはできんのだ。目先の問題を一つずつ片付けていくしかない。ゆえに、まずは私を元に戻すということを最優先に考えて、君がどうなるかは知ったことではない」
シャカ「殺されたいかお前・・・」
カノン「喧嘩は後にしろ。とにもかくにも現状を何とかすることが先決だ」
サガ「何とかするって、デスマスクがやったことならデスマスクがもう一度積尸気冥界波で何とかすれば良いのではないか?」
カノン「うむ・・・それなのだが」

 眉間にしわを寄せるカノンサガ。

カノン「あいつに聞いてみたところ、寝てる間にやったから何をどうやったのか自分でもよくわからんということなのだ。本来積尸気冥界波は単体攻撃用の技で、一発で複数の意識が飛ぶなどクラゲでも二三匹の話だと言っていた」
サガ「・・・つまり俺たちはクラゲ以下だったと・・・」
カノン「加えて、慣れない体に入ったこともあるし、同じ規模の技を出すのはまず無理だそうだ」
シャカ「厄介なことになったものだな」
カノン「まったくだ」
ミロ「憂うな。難しく考えることは無い。要するに同じことをやらせれば良いわけだから、結核菌の注射から始めてもう一度夜中に死にかけさせればいい。その状況で冥界波を撃てば何とかなろう」
カノン「それは私も考えた。だが上手くいくかどうか・・・。結局は偶然の産物だからな」
サガ「まさか二度と戻れないという事はあるまいな」

 サガ(カノン)が呟いた。
 そしてその直後、

サガ「うっ・・・ううっ!」

 と呻くやいなや、いきなり体を丸めたので、周りの人間は驚いて彼を注視した。

カノン「!?どうした、カノン!」
サガ「こ、これは・・・・・いるっ!」
シャカ「いる?」
サガ「黒サガがまだここにいる!!」
カノン「な、なに!?」
サガ「貴様っ、サガ!!入れ替わるなら入れ替わるでどうして綺麗に全部持って行かんのだ!!この頭の中で延々と『謀反しろ謀反しろ謀反しろ』と呟いている声を何とかしろ!!」
カノン「そうか、どうも体の調子がいいと思ったら!」
サガ「ぶっ殺すぞ貴様!!」

 頭を抱えて苦しむ自分(弟)の姿を客観視しつつ、長い間の呪縛から解き放たれたカノン(サガ)は微妙に嬉しそうだった。





 翌朝。

星矢「何か、やけに静かじゃないか?」
瞬「ほんとだ。留守なのかな?」
一輝「留守なら留守で運がいい。見舞いのケーキだけ置いて、はやいところズラかろう」
紫龍「一輝・・・・;」

 青銅のいつもの五人組が、聖域へやってきた。
 黄金聖闘士たちが風邪をひいて軒並み寝込んだというので、見舞いに来たのである。
 が、いつもは白羊宮の見えるあたりで爆音の一つも聞こえるのが聖域だったのに、今日は何だか森閑としていた。

氷河「まさかとは思うが、風邪をこじらせて絶滅したのでは」
「生物名じゃないよ黄金聖闘士は。あの人達が風邪くらいでくたばっちゃうわけないでしょう?」
氷河「それはそうだ。しかし俺は不安なのだ。そもそも、これは本当に風邪なのか?あいつらの場合、エボラ出血熱が蔓延しても『ちょっとやっかいな風邪』ぐらいの認識で済ませてしまう気が」
紫龍「確かに。いかん、バイオハザード・レベル4ぐらいの重装備で来るべきだったか」
星矢「いくらなんでも大丈夫だろ、それは・・・。ほら、あそこにデスマスクがいるしさ」

 星矢の見上げた白羊宮には、確かに銀髪の男の姿があった。
 五人は、少なくとも絶滅していなかったことに安堵し、階段を上った。

紫龍「久しぶりだな、デスマスク。風邪はもういいのか?」
デス「おや、ひょっとしてお見舞いに来てくれたのですか」

 ・・・・・・・・・・・・・・

紫龍「何者だ貴様」
デス「・・・そんな恐い顔しないで下さい。私はムウです。事情を説明しますから、落ち着いて聞いてくださいよ」

 ムウは事の起こりを簡潔に説明した。

瞬「・・・・・・なるほど。よくわかったよ。それじゃお大事に」
星矢「いきなり帰るなよ、瞬・・・」
デス「気持ちはわかりますよ。私だってあなた方の立場なら、とっくに帰ってます」
紫龍「・・・・う、なんだかその顔で丁寧語使われると、すごく嫌われているような気がする・・・」
デス「じゃあこういう口調の方が良いってのかよ」
紫龍「それはそれでムウが喋ってるのだと思うと胃が痛くなりそうだ。何とかして元に戻れないのか!?」
デス「皆考えてはいるんですけど、なにせデスマスクにもどうにもできないというので・・・・」
星矢「その、ホントのデスマスクはどこいったんだよ?」
デス「昨晩街へ出かけたまま、まだ帰ってきてません」

 と言った丁度そのとき、下から声がしてひょっこりシュラの顔が覗いた。

シュラ「ん?何だガキども。来てたのか」
紫龍「シュラ!・・・では無いのだったな。誰だ?」
シュラ「いや、俺はシュラだ」
デス「やめなさい、デスマスク・・・そういう風に人をからかうのは・・・」
紫龍「こ、これがデスマスク・・・・;」
デス「どうでした?街の女性の反応は」
シュラ「それがかなりモテるんだよ!!シュラの野郎、その気になれば相当イイ思いできるぞ!まあ、性格が俺だったってのはあるかもしれんが・・・」
紫龍「・・・・待て。お前、まさかその体で遊びに行っていたのか!?」
シュラ「そうだ。悪いか?」
紫龍「悪い!!よりにもよって俺の恩人の体で素行の悪いまねをするとは・・・!一体一晩中何をして遊んでいたというのだ!カラオケか!?」
シュラ「・・・・可愛いな、紫龍」

 そこはかとなく哀れみの視線を向けるシュラだった。
 白羊宮の奥、聖域の上へと通じる階段のほうから、派手な足音が聞こえてきた。

アフロ「デスマスクっ!!!貴様、ようやく帰ってきたかこのっ・・・・!!!」
シュラ「おう、ただいま」
アフロ「ただいまではないわ!!」

 飛び込んできたアフロディーテは、一足飛びにシュラの襟首をひっつかむなりガクガクと揺さぶる。

アフロ「貴様のおかげで俺は昨晩一睡もできなかったのだぞ!?恥をしれ恥を!!!」
シュラ「怒るなよ。そんなによ」
アフロ「これが怒らずにいられるか!!元はといえば貴様のせいだ!!さっさと俺の体を返せ!!」
シュラ「その顔で怒っても全然迫力でねえのな」
アフロ「デスマスクっ!!」
紫龍「ええと・・・・立て込んでいるところ申し訳ないが、ひょっとして・・・シュラか?」
アフロ「紫龍!そうだ、お前からも何とか言ってやってくれ!このバカは俺の体をいいように使いまくって・・・!」
紫龍「無駄だ。俺も今まで戦うたびごとに色々言ってきたが、聞いてもらった試しがない」
シュラ「聞くだけなら聞いてやっただろ」
紫龍「改心してもらわねば聞いたとは言わん」
アフロ「いいかデスマスク!お前はそうやって毎日遊び狂って平気の平左かもしれんが俺は・・・!」
シュラ「うるっせえな。おい、それ以上ぎゃあぎゃあ言うなら押し倒すぞ、この場で」
アフロ「どういう脅しだ!!」
デス「やめときなさい、シュラ。デスマスクの場合、嫌がる女も相当趣味でしょう」
アフロ「アフロディーテは女じゃなかろうが!!倒錯するのもいい加減にしろよ!!大体、見た目が変わったぐらいで貴様ごときに遅れを取る俺ではないわ!!おのれ、こうなったらもう、今すぐその体ごとぶっ殺してくれる!!エクスカリバ・・・・!!」
バラン「使うなと言っただろうがーーーっ!!!」

 バシュバシュバシュッ!!!

 突如、空を裂いて光のごとく飛んできた真っ赤なバラが、アフロディーテ(シュラ)の鼻先を掠めて横の柱に突き立った。
 さすがにエクスカリバーの腕も止まる。
 一同が振り返ると、そこにはバラをくわえたアルデバランの姿が。

青銅「(似合わねえ;)」
アフロ「アフロディーテ・・・」
バラン「爪が傷ついたらただでは置かんと言ったはずだ。エクスカリバーは絶対許さん!!ただし、ジャンピングストーンはウエストシェイプアップの一環として認めてやるから、蟹を始末したいのならそっちを使え!!」
アフロ「一々規制される言われは無い!!ただではすまんと言うが、一体どうする気だ!?お前が俺を攻撃したら、それこそこの体に傷がつくぞ!」
バラン「う・・・・」
アフロ「わかったら退いていろ、馬鹿が!」
バラン「くっ、なめるな!私にだって考えがあるのだ!」

 怒鳴るアルデバランの瞳には、うっすら涙すら浮かんでいて、

バラン「君が言うことを聞いてくれなければ・・・聞いてくれなければっ・・・」
アフロ「どうすると?」
バラン「このまま抱きついてやる!!
アフロ「・・・うっ・・・」

 さすがにこれは嫌だったか、喉の奥で呻くアフロディーテ(シュラ)。

バラン「ついでにキスもしてやる!!どうせそれは私の体だ!私は全然気持ち悪くない!!」
アフロ「いや、ちょっと待て・・・」
バラン「昨晩は牛の体なんかに入ってしまったこの身の上を天に呪ったものだったが、考えてみれば最愛の人間(自分)を客観視できるようになったのはむしろ本望!私が他人になった以上、私が私を恋人にしても誰も文句はあるまい!!口説いて口説いて口説きまくってやるからそこに直れ!!」
アフロ「・・・・すまん、俺の負けだ。頼むから機嫌を直してくれ。・・・そしてその顔で泣かんでくれ頼む」
バラン「うう・・・」
デス「はいはい。それでは決着もついたところで、皆さん大人しく自分の宮に帰りましょうね。はい」
シュラ「ふぁ〜あ・・・・・俺、昨日から全然寝てねえんだよな。ったく、朝っぱらからケンカ吹っかけんなよ」
アフロ「・・・・貴様元に戻ったら覚えておけよほんとに・・・・」

 顔を真っ赤にしてしゃくりあげているアルデバランと、疲れ切って目の釣りあがった殺気まみれのアフロディーテと、でっかいあくびをしまくっているシュラと、そしてその横で淡々と三人をなだめるデスマスクを目の前に見ながら、居合わせた青銅少年達は無言であった。
 これが悪夢ならば早いところ覚めて欲しい
 口にはださねどそんな思いを胸に抱きながら。




 シュラとアフロディーテとアルデバランは、自分の宮へ戻って行った。

デス「貴方たちも、挨拶をしたい人間がいるのなら通してあげますから行きなさい」
一輝「いや、俺たちはもう」
デス「氷河なんか、カミュに会いたいのではないですか?」
氷河「・・・・確かにカミュには会いたい。しかし、カミュ以外になってしまったカミュできれば避けたい」
星矢「でも、このままにしとくわけにはいかないよな。聖域がこんなに混乱してるんじゃ、誰かが攻めてきたらどうするんだよ」
瞬「・・・僕のカンではその場合、敵も混乱に巻き込まれて大迷惑になるんじゃないかな」
氷河「そうだな。立て札を立てておいたほうがいい。『危険!立ち入り禁止!』と」
一輝「いや、攻めてくる人間にそんな物を書いても意味が無かろう。むしろ『この先行き止まりにつき迂回せよ』の方が親切でいい」
瞬「どういう親切心なのそれは・・・」
紫龍「まあ立て札はともかく・・・。ムウ、サガはどうしているのだ?彼なら、何か打開策を考えているのではないか?」
デス「そうですね、たぶん上で・・・」

 言いかけたときだった。
 カッカッカッカッ!と忙しない足音がして、アイオリアが現れた。

星矢「お、アイオリア」
リア「・・・・・・」

 星矢が思わず声をかけたが、彼の視線はそこからわずかにそれたまま動かない。見つめているのは、

リア「・・・・氷河・・・・・」
氷河「え?」
リア「私は・・・・・・・・いや、もう何も言うまい」

 くっ、とそむける顔の目じりで涙が光る。
 そして曰く。

リア「カミュが・・・・カミュが上で待っている・・・・っ、早く会いに行ってやれ・・・・」
氷河「いえ、どう見ても貴方がカミュでしょう。つきあい長いのですから、そんな下手な嘘でごまかせると思わないで下さい」
リア「わ、私はカミュではないっ!私は・・・・」
星矢「少なくともアイオリアじゃないぞ。白状しろよ、カミュ」
リア「くっ・・・」

 追い詰められた顔をするアイオリア。そこへもう一人、今度は本当にカミュの姿が現れた。

リア「!見ろ、これがカミュだ!カミュだろう!?私は違う!」
氷河「・・・・でも・・・・」
リア「何とか言え、カミュ!」
カミュ「よ、よう!氷河!」
氷河「いや絶対違う。カミュじゃない。俺が外見に惑わされるような男だと見くびっておられるのですか」
リア「そ、そんなわけでは・・・・・・」
氷河「ならばそっちのカミュに聞こう。俺がシベリア修行時代、一番好物だったものはなにか?」
カミュ「え?それは・・・ボ、ボルシチ」
氷河「むっ・・・・。ならば、俺が修行中に技の試し切りの材料にしていた動物は?」
カミュ「し、シロクマか?」
氷河「む・・・・・・・。・・・すみません、やはり貴方が本物のカミュ・・・?」
「そんなわけないでしょう氷河!!っていうか、何そのイメージどおりのシベリア修行は!?こんな質問なら僕だってカミュになれるよ!!どうして君はそう騙されやすいの!リュムナデスの時から何にも変わってないじゃない!」
氷河「うっ;」
瞬「カミュもカミュだよ!無駄に強情張ってないでさっさと吐けばいいでしょう、鬱陶しい!!」
リア「す、すいません;」
カミュ「・・・だから俺が最初から言ったではないか。演技なんぞ俺たちには無理だと」
氷河「そうすると・・・・お前は、ひょっとしてミロか?」
カミュ「そうだ。なんならマントさばきを見せてやってもいい」
氷河「いらん。しかしそれにしても・・・;」
星矢「やっぱり、何とかしなきゃだぜ。これじゃあややっこしいことこの上ないし何より不気味だし。どす暗いアイオリアなんかあんまり見たくなかった・・・」
一輝「・・・なんとかしなければならないのはわかる。しかしなぜそれがいつも俺たちなんだ。自分で何とかしろと言ってはいかんのか」
瞬「さすが兄さん!業界のタブーを一刀両断だね!」
デス「至極もっともな意見ではありますが、自分たちで何とかした場合が一番問題というのが今までの経験でした」
紫龍「それを貴方が言ってどうする・・・」
デス「私とて、聖闘士の頂点に立つ黄金聖闘士として情けないとは思います。が、冷静に考えて、この聖域には常識人がいない。ここでかなり常識的だと言われている私でも、俗世間では浮いています」
瞬「わかります。っていうか僕たちもあなたが常識だと思ったことはなかなか無い」
紫龍「しかしな、ムウ。それで俺たちが常識的だと思われても困る。言っておくが、貴方達ほどではないにせよ、俺たちも世間ではあきらかに浮いている。特に100人兄弟設定非常識の極みだという。俺たちはそれほど力になれんのだ」
一輝「常識か・・・。しかし皆、落ち着いて考えろ。常識を逸脱したからこの事態だろう。それを常識的に解決しろというのが無理な話だ」

 この場にいる中でひょっとしたら最も非常識極まりない男が、なぜか常識的な発言をする。

カミュ「ええい、面倒くさい!要するに、戻れるか戻れないかの二者択一だろう!?」
デス「そうやって話をふりだしまで戻さないで下さい。あなただって、元に戻りたいでしょう?」
カミュ「あたりまえだ!なあ、カミュ!」
リア「うむ。この体で得をしたことなど、シャンプーがラクになったぐらいしかないからな」
デス「そういえば私もラクでした。朝の寝癖がつきやすくて閉口しましたが・・・」
瞬「髪の話なんかしてる場合じゃないよ。とりあえず、僕たちは一回サガに会ってくる。そうしよう、ね?みんな」
紫龍「結局、何とかするんだな俺たちが・・・」

 顔を見合わせ、少年達はため息をついたのだった。





サガ「来ていたのか、お前達」

 双児宮で出迎えてくれたのは、胸に「カノン」とかかれた名札をつけたサガだった。

星矢「何だその名札・・・」
サガ「ああ、つい今しがたな、無駄に混乱するというので名札着用を義務づけることにしたのだ。定着するまで」
瞬「それはつまり、もうあきらめたってことなのかな」

 宮の中には他に、カノンとミロとムウとシャカがいた。
 それぞれ胸に、「サガ」「シャカ」「牛」「獅子」の名札を下げている。

星矢「・・・・っていうか、牛と獅子は名前じゃないだろ」
カノン「字数が多くなると遠目に読みにくくなるし、札自体を長くするのも無駄だ。4文字以上はアウト。誰だかわかればそれでいい」
紫龍「初対面の人間には謎だろうな・・・」
瞬「でも、名札っていうのはいい考えだよ。ミロの中にシャカがいるなんて、知らなかったら地雷だもん」
ミロ「それはどういう意味かねアンドロメダ?無礼な発言は命を縮める。注意したまえ」
一輝「・・・・・何か、微妙に腹が立つな。ミロのくせに、と思ってしまうのは俺だけか」
紫龍「口に出すのはお前だけだろう;」
星矢「なあ、サガ。元に戻る方法とか考えてるか?」
カノン「うむ。今もここで話し合っていたところなのだ。私としては、要するに顔の問題なのだから全員整形手術をして元に戻すのはどうかと」
氷河「それは戻ったとは言わん」
紫龍「どう考えても無理が生じるだろう。アルデバランのどこを全身整形したらアフロディーテにできるんだ」
サガ「第一、サガ!貴様この黒いのをどうするつもりだ!?一生俺に押し付けっぱなしか!!絶対許さんぞ!そのうち飼いならして、貴様の恥ずかしい過去とか聞きだしてやる!!」
カノン「う・・・;」
星矢「?何の話だ?」
カノン「いや、こっちでちょっと色々な・・・。やはり整形では根本的な解決にならんな!他に案はあるか!?」
ミロ「フッ、総責任者のくせに愚にもつかない意見しか搾り出せんようだな。ならばここは一つ、このシャカの考えを採用したまえ!」
カノン「いやしかしあれは・・・」
一輝「どういう案なのだ?」
ミロ「いいかね。私は元来、眼を閉じ心で物を見るようにしているゆえ、外見は関係ない。いま横にいるのも、はっきりアルデバランだとわかる。ムウの姿には見えん。そこで!この私が直々に全員の視覚を剥奪し、いやがおうでも心眼で見るようにさせれば!」
「却下、と。はい、他に意見のある人は?」
星矢「そんな秒殺しなくても・・・;」
シャカ「俺も一つ案がある。お前たちも知っているだろうが、女聖闘士達がつけているあの仮面。あれを男にも適用すれば顔の問題はどうでも・・・」
星矢「全員仮面って、怪しい宗教集団じゃないんだからさ・・・恐すぎるからやめようよ」
サガ「・・・というか、だから根本的にお前達の意見では黒サガ問題が解決せんではないか・・・・。こうなったら俺の案でいくぞ。一度全員で服毒自殺して体と魂を分離。その後冥界のハーデスに頭を下げて帰してもらうのだ」
カノン「そんなプライドのないマネができるわけなかろうが!!アテナの聖闘士としての自覚が貴様には無いのか!?」
サガ「プライドでこの黒いのがつぶせるとでも!?つぶせなかったいい例がお前だろうが!!」
カノン「ぐっ・・・真実が痛い・・・;」
「あの、プライドの問題じゃないと思うんだけど・・・」
一輝「というか、迷惑だろう。冥界に」

 ムウ(バラン)が、顎を撫でながら難しい顔をして言った。

ムウ「こうなってしまったのはそもそもデスマスクが寝ぼけたからだったな。あいつの今の力では同じ事をやりなおせないというのなら、もう一度シチリアに送り返して修行させなおすべきではないか?」
ミロ「・・・それは一理ある。あの下等生物にそこまでの根性があるかどうかはわからんが、冥界波程度の宴会芸なら3年も修行し直せばパワーアップできるだろう」
サガ「3年!?冗談ではないぞ、3年もこんな体でいろというのか!?」
「あなたは別にいいんじゃないかな特に変わったところもないし」
サガ「見た目はな。内部にどんな超水爆を抱えてるか、餓鬼どもにはわからんだろう・・・。それに外見にしても、全然変わってないのが逆に嫌だ!どうせ入れ替わるなら入れ替わるで、もっと全然違う見た目にイメージチェンジしてみたかったのに!髪の色がリバーシブル可能になったぐらいでは面白くもなんともない!!」
カノン「非常事態で遊ぼうとするな愚か者!!結局本音はそれか!?皆真剣に困っているのだぞ!なあ!」
ムウ「いや、俺としてはこの外見でも別に構わん。自分で言うのもなんだが、明らかに前よりよくなったからな。ハッハッハ」

 大口開けて笑うムウ。

シャカ「勝手なことを言うなアルデバラン・・・夜中にアフロディーテが泣いていたのを忘れたか」
氷河「・・・さっき会ったときは立ち直ってたぞ」
ミロ「私も少々心を広く持ってやることにした。健康だけがとりえのこの体は、胃腸の調子もいいし、花粉の心配もしなくてすみそうだし、ダニアレルギーもない。このままでいい」
シャカ「そうか。その分問題だらけのこの体、俺は一刻も早く貴様に返したいのだがな・・・っくしっ!」
カノン「カノン、デスマスクを連れて来い。シチリアではトンズラする恐れがあるから、ここは老師に頼もう。木っ端微塵に修行してもらうぞ」
紫龍「形容が間違ってるぞ;」
瞬「修行するのはいいけど、やっぱり長くかかるよね。もっと早くなんとかできないのかな」
カノン「いや、冥界波を使えないわけではないし、威力の増大だけなら一週間地獄を見ればコツがつかめるだろう。腐っても黄金聖闘士なのだからな」

 すると、それを聞いた青銅5人は全員「ん?」という顔をした。

瞬「あれ・・・?冥界波使えるんだ?」
星矢「じゃあ、なんのために修行に行くんだ?」
シャカ「聞いていなかったのか?威力を高めるためだと言っただろう」
紫龍「だから、それがなんのためだ?冥界波は使えるのだろう?」
カノン「あれは単体にしか使えない技だ。全員を黄泉比良坂に飛ばすことができるようにだな・・・」
氷河「でも使えることは使えるのだな?」
カノン「使えるとも」
一輝「だったら、一人づつ飛ばすのを全員分やれば同じことだよな?」

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黄金『・・・あ!』

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瞬「・・・・・・言っちゃなんだけど、馬鹿だよねあなた達・・・」

 客一同の気持ちを代表して、瞬がポツリとつぶやいた。


 その日のうちに、積尸気冥界波の連打によって黄金聖闘士たちは全員元に戻った。
 青銅5人が見舞いのケーキを持って帰ったのは、無理からぬことだったと言えよう。



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