地中海にカノン島という名の島がある。
 デスクイーン島に負けずとも劣らない灼熱火山の島だが、この噴火口に身を休めれば戦いで負った重度の傷も不思議なほどに治ってしまうというもっぱらの噂である。
 ただし、これはもちろん聖闘士限定。一般人ならば傷を治すどころか灰も残らないと思われるので、決して真似をしてはいけない。
 
 それはともかく。

 今、そのカノン島の噴火口脇に、ひとつの建物が出現していた。
 清潔な印象を与える白い壁と、近代性をかもし出すセンシティブなつくりの屋根。磨かれたガラス張りの窓にゆれる薄ピンクのカーテン。
 上に掲げた看板の文字は、「エステティック・サウナ・キド」
 熱波で歪んだ背景さえなければ、ごくありふれた都会の建物であった。
 入り口付近に、一人の男と五人の少年がかたまっていた。

那智「辰巳さんよぉ、これ本当にお嬢様の命令なんだろうな?」
辰巳「疑う気か貴様」

 少年の一人に不信げな顔で聞かれた男は、禿頭に血管を浮き上がらせつつ、手に持った竹刀を振り回す。

辰巳「大戦で一度は死んだ黄金聖闘士たちが帰ってくるのだ!魂が肉体に戻ったとはいえ、あいつらは生き返って日が浅い。いつまた冥界に逆戻りするかわからん。体への魂の定着を早めるために、ここカノン島にてサウナ療法をさせようというお嬢様のお気持ちがお前らにはわからんのか!?」
「さっぱりだ。しかも何でそのサウナのスタッフに俺たち青銅二軍を起用しているのかがもっとわからん」
那智「二軍って言うな;自分で」
辰巳「星矢たちは聖戦のダメージで入院している!お前達しかおらんだろうが!」
「ていうか、どうして聖闘士からスタッフを出そうとするのだ。プロのエステティシャンや整体師に任せればいいではないか」
辰巳「プロに頼むと金がかかる。グラード財団は現在やや経済的に困窮しているのだ」
那智「だったらこんな建物建ててる場合ではないのでは」
檄「そうだよな。建設費用を節約して、それこそ星矢達のように病院に入れてやるのが一番だと思うぞ」

 辰巳はチッと舌打ちした。

辰巳「お前達が考えるようなことを、お嬢様がお考えにならなかったとでも思うか?もちろんその線も試みた。だがな。黄金聖闘士たちを運び込んでみたところ、どこの病院でも『死体は範疇外』と断られた!俺たちが『これは死んでいない』と説明すればするほど、やばい宗教だと思われて敬遠される!病院では話にならんのだ」
那智「・・・・あんたらも苦労してんだな」

 那智が思わず憐憫の情をもよおした時だった。
 ずっと岩だらけの地平線を眺めて客の到着を待っていたモヒカンの少年が、声を上げた。

市「あ、来たみたいざんすよ」

 彼の指差す先、遥かかなたには一台の車。
 熱波で揺らいで見えにくいが、日の光にきらめきながら段々と近づいてくるあれは・・・・

 霊柩車。

那智「辰巳さんよお!!せめて救急車にしろよ!!あんたほんとに生き返らす気あんのか!?」
辰巳「仕方ないだろうが!救急車なんか簡単に所持できるか馬鹿者!」
檄「だったらせめて普通の車を使え!」
辰巳「それでもし交通規制にひっかかったりして死体遺棄と間違われたらどうする気だ!」
那智「この島でそんな心配必要あるか!!」
檄「というか、一つ聞きたい。これからここに到着するのは、死体なのか?生き返った人間の回復とか言わなかったか最初に」
辰巳「死体ではない!多少瞳孔が開いて心臓が停止しているだけだ!魂は戻っている!」
那智「根拠はどこだ!!」
辰巳「お嬢様がそうおっしゃったのだ!貴様、お嬢様のお言葉を疑うのか!?」
那智「やってられるか!おい、俺は手を引くぜ・・・」
邪武「がたがたうるせえんだよ那智!!」

 唐突に怒声を張り上げたのは、それまで黙ってやりとりを見守っていた邪武だった。

邪武「お嬢様がやれっていったんだろ!?だったら黙ってやればいいんだよ!それが聖闘士の勤めだろうが!」
檄「言っちゃあ悪いが、お前は聖闘士以外の私情入ってると思うぞ絶対・・・」
邪武「頼まれた仕事もできないようじゃ、お前に聖衣をまとう資格はねえ!やめたきゃ勝手に出てっていいが、二度と俺の前に顔だすんじゃねえぞ!」
那智「そんなに怒らなくてもな・・・;」
邪武「どうするんだ!?」
那智「・・・・わかった。いればいいんだろ、いれば」

 はあ、と重くため息をつく少年。市が空気をとりつくろうようにいそいそと言う。

市「ほ、ほら、もうすぐ車もつくざんすよ」

 なお、念のために言っておくが、この場にはライオネット蛮もいる。





 こうして始まったカノン島・サウナ療養であったが、とりあえず、黄金聖闘士到着の時点で青銅二軍少年団は、この計画が思っていたよりもずっと現実離れしていることを思い知らされるはめになった。

邪武「・・・辰巳さん、これ・・・・」
辰巳「何も聞くな」

 大型霊柩車から次々と引きおろされてきたのは、12個の棺桶。
 生きてるのか?本当に生きてるんだろうなオイ?
 そんな少年達の声にならない思いが交錯する。
 とりあえず、並べられた棺桶の開封が彼らの最初の仕事であった。
 最初の一つを檄が開けてみる。

檄「この人は・・・」
市「あ、ムウ様ざんすよ!聖戦の前に聖域の警備やっていたあたしたちにも良くしてくださったお方ざんす。こんなになってしまって・・・」

 ムウは箱の中でぴくりとも動かなかったが、その姿はあちこちが傷つき、乾いて色の変わった血がこびりついていた。美しかったであろう髪も、ばらばらに乱れて痛んでいる。
 戦いの激しさを思い起こさせた。

辰巳「・・・その男は、冥闘士が攻めてきた際、最前線でアテナをお守りするべく戦ったそうだ。地上で戦った後は体をこの世に捨てて、魂で冥界まで赴いた。そちらの男たちもな」

 辰巳の差す二つの棺桶を開けると、いかにも正義漢そうな顔があらわれる。

辰巳「獅子座のアイオリアと、蠍座のミロだ」

 この二人はムウほどひどい状態ではなかったが、それでもやはり傷を負っていた。
 青ざめた顔をし、棺桶の中で動かぬ先人の姿を見て、さすがに少年達は神妙な心持になる。
 なんとしても、生き返って欲しいと思った。このままでいるのはあんまりだ。自分達はこんなに元気に生きているのに。

那智「・・・辰巳さん、こっちは?」
辰巳「さあ?開けてみろ」

 ギイッ。
 中には銀髪の男が一人。

辰巳「ああ、それは蟹座のデスマスク。冥闘士たちと一緒にアテナの首を取りに来たかどでムウに冥界に送り返された男だ」

 ・・・那智は黙って棺桶の蓋を閉じた。

邪武「このでっかい棺桶は誰のだよ?」
辰巳「おそらく牡牛座のアルデバランだろう。聖戦の際は気がついたら死んでいたので、どういう戦いをしたのかは誰も知らん」
邪武「・・・・なんか段々あやしくなってきたな・・・・こっちのは?」

 邪武は普通サイズの棺桶をもう一つ開ける。
 中を覗いた瞬間、彼が短い声をあげたので、全員が振り向いた。

那智「どうした?」
邪武「いや、ちょっと・・・なんか」
市「?なんざんしょ・・・わっ!」

 棺桶の中には、白磁のように白い肌をし、長いまつげを伏せた金髪の美人が横たわっていた。

檄「・・・男か?これ」
市「美人さんざんすね!」
辰巳「それは魚座のアフロディーテ。さっきのデスマスクと一緒にアテナの首を取りに来た男だ」

 ・・・・・・・

那智「・・・・さっきの男の場合はあんまり生き返らなくてもいいかなと思ってしまったが、これはちょっと生きて動いているところをみたい
邪武「同感だ」
「やっぱり人間は顔ざんすね」
檄「・・・次行くぞ」

 新しい棺桶を開ける檄。
 中には、これまた凛々しい、男ぶりのいいのが横たわっていた。

檄「・・・なんかここまでハンサムだとムカつくものがあるな、同性として・・・」
「まったくだ」
那智「いたのか蛮;」
市「辰巳さん、これは誰ざんす?」
辰巳「それは・・・ああ、双子座のカノンだ」
檄「双子?双子座の聖闘士の名前はサガではなかったか?」
辰巳「そのサガの双子の弟だ。ポセイドンを陰で操り、一時はお嬢様と敵対したが、聖戦では心を入れ替えて戦った男・・・・」
邪武「なにいいいいっっ!?」

 いきなり怒声を張り上げた邪武が、棺桶につかみかからんばかりに駆け寄った。

邪武「カノンだと!?聖戦初夜にお嬢様の寝室に押しかけたふてえ野郎はこいつか!!よし、今すぐこの場でぶっ殺す!!」
「待て待て待てっ!!落ち着け邪武!!」
邪武「はなせーっ!!」
檄「気持ちはわかる!わかるが、これもそのお嬢様の思し召しだぞ!お前はアテナの思いを無に帰す気か!?」
邪武「ぐっ・・・!!」
檄「鞘当なら少なくとも生き返った後にしろ!な!?」
邪武「ううっ・・・・」

 止められた少年は歯軋りをしていたが、やがてしぶしぶ拳を収める。
 周りでホッと胸をなでおろす一同。

蛮「で、次は・・・」
辰巳「ああ、それは五老峰の老師。紫龍の師だ」
那智「・・・・思ってたのより随分若いような気がするんだが・・・・」
辰巳「・・・・・・話すと長くなる。次をあけろ」

 ところが、続く最後の四つの棺桶は、どれもこれも空っぽであった。

邪武「なんだこれ。中入ってねえぞ辰巳さん」
辰巳「そんなはずはない。よく見ろ」
那智「よく見ろったって・・・空だ。どう見ても」
辰巳「お前らの目は節穴か!?ちゃんと入ってるだろうが、塵が!」
二軍「塵・・・?」

 なるほど、言われてみれば棺桶の隅の方に埃のような物が溜まっている。
 ・・・・って、まさか・・・・

辰巳「双子座のサガ、水瓶座のカミュ、山羊座のシュラは既に死んでいた体をハーデスによって蘇らされていたため、冥界に対する謀反がばれたときに塵となって消えた!そして乙女座のシャカはその三人に、アテナエクスクラメーションで消されたのだ!今回なんとかグラード財団・科学班の手によって大気から彼らの破片を集めることに成功したが、蘇生できるかどうかはお前らの働きにかかっている!!」
二軍「無理だーー!!」
邪武「寝ぼけてんじゃねえぞコラ!!どこをどうやったら塵から人間をつくれんだよ!!クローンか!?」
辰巳「前例はある!不死鳥一輝は塵になっても自力回復したと!!」
那智「一輝なんか例になるか!!あいつはニュータイプだと思え!!」
辰巳「やかましい!!とにかく貴様らがやれんというならお嬢様にその旨速攻報告してやる!これ以上アテナの信用なくしていいのかお前ら!!」
二軍「ぐっ・・・!!;」

 足元を見られまくっている少年達。
 彼らに反論の余地など、最初から無いのであった。




 サウナ療法をすると言っても、全員死体うち3分の1が原型をとどめていないとなってはサウナも何もあったもんではなく、どうすればいいのか皆目見当がつかないながらも棺桶は全て噴火口に並べられた。
 ・・・・カノン島の霊力は、どうやら本物だったらしい。
 そうやって燻製療法を始めてから1週間ほど経つと、棺桶の中の黄金聖闘士たちの顔に血の気が戻り始めたのである。聴診器(財団から支給)を当てると、弱弱しいながらも心音が聞こえた。
 ただ、塵に関しては調べるのが恐いので、安置して以降は一切触らず蓋も取らない日々が続いていたが。
 そしてとうとう、最初の一人が目をさましたのであった。

デス「ん・・・・ん?何だこりゃ?」
二軍「・・・・・・・・・」

 よりによって一番どうでもいいのに目覚められた気がしなくもなかったが、まあ復活したのは喜ばしいことだ。
 少年達はホッと一息ついた。

デス「なんだ?てめえら。どこだよここ」
邪武「ここはカノン島だ。お嬢様のご好意で生き返らせてもらったんだぞ。少しは感謝の気持ちを表わしてくれ」
デス「お嬢様だ?」
檄「アテナのことだ」
デス「アテナ・・・・」

 デスマスクはしばし遠い目をする。その顔に苦みばしった表情が浮かぶ。

デス「・・・ちっ。あのクソ女神、余計なことしやがって」
邪武「何か言ったか?」
デス「別に。それより何だ、他の奴らはどこだ?」
那智「周りに棺桶があるだろう。その中だ」
デス「・・・・」

 男は立ち上がり、ややふらつく足取りで外に出てくると一番近くの棺桶の蓋を開ける。
 中にいたのはアイオリアだった。まだ目覚めには早いのか、動かない。
 しばし、デスマスクはその顔を凝視していた。
 そして。

デス「オラオラオラ!いつまで寝てんだこのアホ!」

 ガンガンガンげしげしっ!!

「やめろ!蹴るな!死人に何する気だ!!」
デス「うるせえ!荒療治の方が効くんだよこいつらはよ!」
市「ああああっ!!;か、棺桶ひっくり返しちゃだめざんすーっ!!」
デス「おい、そっちのは誰だ?俺が起こしてやるからよこせ」
那智「いらん!!頼むから大人しくしててくれ!っていうか、もう一度死んでてくれ!!」
蛮「おい、やばいぞ!いまのショックでアイオリアの心臓が停止した!!」
那智「なんだと!?;」
邪武「どけ!俺が心臓マッサージする!!ユニコーンギャロップ!!」
檄「いやそのやり方はどうだろう・・・・足だし・・・・」
那智「どうでもいいが、ここはサウナなんだよな・・・?何でこんな緊急救命室みたいなことになってるんだ」

 大慌てをする少年達を尻目に、デスマスクは「あちぃなー」などと抜かしつつ手でパタパタ自分を仰いでいる。

デス「おい、腹減ったぞ。なんか食わせろよ」
市「上の建物に行けば食堂があるざんす」
デス「そうか」
那智「・・・黄金聖闘士って・・・皆こんななんだろうか・・・」

 なんだかこれ以上生き返って欲しくない気がするのだった。




 その日の夕暮れごろに、最初の黄金聖闘士が復活したという報せを受けて、アテナ沙織が飛んできた。

邪武「お嬢様!ようこそいらっしゃいました!」
沙織「邪武、よくやってくれました。信じていましたよ」

 にっこり微笑む沙織お嬢。

沙織「それで、生き返ったのはどなた?」
那智「あいつです」
デス「よう」

 ・・・・・沙織は一瞬沈黙した。
 それから、「ヘッ」というような鼻で笑う感じの表情を浮かべて視線をそらせつつ、

沙織「あらあらあら・・・どちら様かと思えばまあ、死んでた方が害がないくらいの野郎が生き返ったものですこと。憎まれっ子世にかさばるとは本当でしたのねえ」
「それを言うなら『はばかる』ざんすよ、お嬢・・・」
デス「おい、クソ女神。あんた、はるばる生き返ってきた人間にかける最初の言葉がそれですかね」
沙織「ほほほ。人間だなんて大げさな。あなたなんか所詮蟹じゃありませんか蟹」
デス「・・・・っのアマ!」
沙織「具合はどうです?私の蟹ちゃん」
デス「虫唾の走る呼び方はよせ!!」
沙織「それだけ怒鳴れれば大丈夫ですね。生き返ったばかりですし、無理はしないでゆっくりサウナ療法してください」
デス「余計な世話だよ!・・・・・っていうか、サウナなのかここ・・・・?;」

 沙織が部屋から出て行った後、デスマスクは苦虫を噛み潰した顔で額に血管浮き上がらせ、悔しそうにドアを睨みつけていた。

市「だ、大丈夫ざんすか?」
デス「くそっ!思うように動けん!見てろあのアマ、治り次第ぶっ殺してやる!」
那智「黄金聖闘士って・・・・;」

 一方で。
 部屋の外の沙織は廊下にたたずんだまま目頭をぬぐっていたのであった。

邪武「お嬢様、申し訳ありません!あのどうしようもない男、お嬢様に何てひどいことを!」
沙織「いいのです。それはどうでもいいのです。私は、ただ・・・」
邪武「・・・お嬢様?」
沙織「・・・・・良かったです。一人でも生き返ってもらえて、本当に良かった・・・」

 少女は両手で顔を覆った。
 ぬぐいきれなくなった涙が、後から後から零れ落ちていた。
 ・・・・・・・・・・

邪武「・・・・っ!!」

 ドガバタンっ!!

邪武「この蟹ぃぃぃぃっ!!貴様は、貴様という奴はっ!!」
デス「うおあっ!?なんだっ!?」
邪武「貴様はお嬢様のことを何一つ理解してねえんだこの野郎!!謝れ!!お嬢様に謝れえええっ!!!」
デス「何で俺があの女に謝んなきゃならねんだよ!!」
邪武「うるせえ!お嬢様を泣かしといて態度でけえんだよ!!」
デス「は?泣いた?俺、そんなにひどいこと言ったか?むしろ言われた方だろ、なあ」
沙織「じ、邪武、あの、私は・・・」

 慌てて止めに来た沙織の目は、すっかり赤くなっていた。
 デスマスクが怪訝そうな顔をする。

デス「・・・何で泣いてんだよ。俺のせいか?」
沙織「!!・・・・ほ、ほほほほほ!この私があなたの様な下等水生生物の前で泣くと思って?勘違いも甚だしいですことほほほほ!」
デス「じゃあその目はなんだ」
沙織「こ、これですか?これは・・・・そう、タマネギですタマネギ!!」
「お嬢、その言い訳はいくらなんでも無理が;」
沙織「とにかくこんな雑魚一匹にかかずらわれるほど私は暇ではありません。その辺よく覚えておいてくださいね、デスマスク」
デス「・・・・そうかい」
邪武「騙されるな!お嬢様は口ではこうおっしゃっているが、これは単に性根が曲がっているだけだ!!心の中ではお前のことを心配して!」
沙織「邪武!!余計な口を挟むんじゃありません!」
邪武「し、しかし!」
沙織「私の命令が聞けないの!?黙れといってるんです!」
邪武「は、はっ・・・」
デス「・・・・・泣いてもタマネギでも別に何でもいいけどよ」

 デスマスクはため息を一つついてアテナを見上げる。

デス「影でコソコソってのは女神様らしくないんじゃないですか。泣くなら俺の前でどうぞ」
沙織「・・・慰めてくれるとでも?」
デス「さあ。胸ぐらいは貸しますよ」
邪武「それは別の意味でゆるさねえ!!」
那智「いいからお前はもう黙れ;」

 そんなこんなでしっちゃかめっちゃかな「サウナ・キド」の居間だったが、そこへ蛮が飛び込んできたので騒ぎは一時中断になった。

蛮「おい、皆!・・・あ、お嬢様。こんにちは」
沙織「はいこんにちは」
「何だその普通な挨拶は・・・」
蛮「いや、挨拶をしてる場合ではなかった!二人目が生き返ったぞ!」
一同「何!?」
沙織「今度は誰が!?」
蛮「ええと、なんと言ったか・・・・そう、双子座の!双子座のカノンです!」

 「カノン」という名前を聞いたとたん。
 沙織の目がこぼれるほどに大きくなった。

沙織「カノンが・・・・どこです?どこにいるのです?」
蛮「噴火口の・・・」

 皆まで聞かず、アテナは飛び出して行った。

邪武「あ、お嬢様!」

 慌てて後を追う邪武。なんだか嫌な予感がした他の青銅たちも、急いで彼に続いた。




 カノンは、建物のすぐ外まで来ていた。青白い顔で荒野に佇む姿はまるで幽鬼のようだったが、目だけが穏やかに光っていた。
 飛び出してきたアテナの姿を見て、その場で静かにひざまずき、頭をたれる。

沙織「カノン!」
カノン「あなたの小宇宙を感じました。・・・・お久しぶりでございます、アテナ」

 それだけ言った直後に体が大きくかしぐ。沙織が飛んで行って支え、自分も地に膝をついた。

沙織「カノン、カノン・・・無理をしないで、まだしばらく目覚めたその場で回復を待っていればよかったのです」
カノン「そのようなことは・・・あなたがすぐ側までいらっしゃっているというのに」
沙織「待っていてくれれば、私の方から飛んでいきます」
カノン「もったいないお言葉です。・・・・・アテナ、あまりこの体に触れぬよう」
沙織「なぜ?どこか痛むのですか?」
カノン「いえ。あなたの御手が汚れます」
沙織「そんなこと関係ありません!気にしません!」
カノン「しかし・・・・死んでからしばらくたっていますし、バクテリアの繁殖も相当かと。ペスト菌なんかが巣食っていたら大変です」
沙織「大丈夫。ちょっと臭うかな程度です、問題ありません。すぐに元気になりますよ」

 ・・・そんな二人の様子を、離れたところから見守っている青銅二軍少年団。
 若干一人が燃えていた。

邪武「ゆるさねえゆるさねえゆるさねえええ!!」
那智「ゆるしてやれよ、あれくらい・・・」
邪武「ふざけんな!ほとんど抱き合ってんじゃねえかあれ!!しかもよりにもよってあのカノン!!嫌だ!絶対嫌だ!!」
檄「いやほらなんかもう・・・お前そもそも星矢に負けてたんだから、別にいいじゃないか・・・」
邪武「駄目だ!!星矢とカノンじゃ違う!!まだしも星矢なら俺も挽回できるかなとか思うが、あの男が相手だと完全に脈なさそうじゃねえか!!」
那智「顔も実力も負けてるからな」
市「なんか在りし日のヒュンケルポップを見てるような気分ざんすね・・・」
邪武「ああくそっ!じっとしてられねえ!!お嬢さまーっ!」

 だが、沙織は一向に聞いていなかった。

沙織「カノン、立てますか?」
カノン「・・・・アテナ。私は・・・貴方に死んでお詫びをするつもりだった」
沙織「そんなこと」
カノン「なのに今、おめおめと生き返ってここにこうして・・・!私は、あのまま死んでいるべきだったのです!このようにあなたに手を取っていただく資格など、私には無い・・・っ!」
沙織「何を言うのです!貴方に生きてもらうことは、何より私の望みなのですよカノン。お願いです。どうか生きてください。どうか」
カノン「アテナ・・・・」

 男の瞳がかすかに濡れた。
 そしてまぶたが閉じ、体から力が抜ける。

沙織「カノン!しっかり!カノン!・・・・・ちょっと、邪武!青銅二軍!ぼさっと立ってんじゃありません!少しは手伝ったらどうなの!?この方を家の中に運びなさい!早く!」
邪武「し、しかし・・・!」
沙織「口ごたえ!?まあ口ごたえ!?育ち盛りの幼少時に拾って食わせてやった恩を忘れたの!?
邪武「・・・・・・・・・す、すみません」

 明らかに扱いが違いすぎやしないだろうか、とアテナの態度に疑問を感じつつも、言われたとおりにカノンを運ぶ少年達だった。





 それから数日のうちに、黄金聖闘士たちは次々と目覚めた。
 まず、アフロディーテが棺桶から出てきて、硫黄のにおいにあたって窒息しそうになっているところを捕獲された。

アフロ「なんなのだここはっ・・・!地獄よりもひどいにおいがするではないか!バラをよこせバラを!
デス「わがまま言うんじゃねえよ。これから毎日あそこでサウナ療法すんだぞ」
アフロ「あそこで!?断る!あんな腐敗卵のにおいが体に染み付いたら人前に出られなくなる!」
カノン「しかし体が回復しないことには本土に戻れんのだ。人前とかそういう問題ではない。観念しろ」
アフロ「私はもう大丈夫だ!こんなに元気・・・はうっ」(貧血)
デス「・・・死んでも治らなかったんだな、この馬鹿・・・・」
市「ってことは、生きてるうちからこうだったざんすか」
那智「・・・何でもいいが、とにかく運ぼう。ここに転がしておいたらそのうち地面と同化してしまう」

 続いて、ほとんど同時にアイオリアとミロが起きてきた。

リア「何だここは・・・」
ミロ「あの世か?だとしたらその辺にカミュがいるはずだな。かーみゅー!」(←呼んでみる)
蛮「・・・ええと、水瓶座のカミュなら今のところ形が現存していないのであわせることはできないんだが・・・」
リア「何だ?お前は」
ミロ「あ!ひょっとしてあれか?第3獄のマルキーノ!」
「違う。誰だそれは」
ミロ「む、人違いか・・・」

 ついでに地獄の名前も間違っている。(マルキーノは第一獄)

リア「人違いでもいい。聞くが、ここは地獄のどの辺だ?知っていたら教えてもらえんだろうか」
蛮「地獄ではなく現実だ。貴方達はアテナの思し召しによって生き返ったのだ」
ミロ「何!?じゃあこの俺は生きてるのか!?」
蛮「生きている。あそこの建物でアテナがお待ちだ。顔を見せて差し上げてくれ」
リア「つかぬことを聞くが、お前は・・・?」
蛮「青銅聖闘士、ライオネット蛮」
ミロ「?聞いたこと無いが、聖闘士なのか?そうか」
リア「ひょっとして、星矢たちの同期か?」
蛮「そうだ」

 墓守・蛮がうなずくと、二人の黄金聖闘士たちは顔を見合わせて、それから笑顔をこちらに向けた。

リア「・・・なるほど。ならば、俺たちが目覚めるまでにきっと色々と面倒をかけただろう。すまなかったな」
ミロ「礼を言うぞ」
蛮「・・・・・・・・・・・・・」

 ・・・・後に蛮はこの時のことを、「初めてまともに先輩らしい黄金聖闘士を見て、感動のあまり声も出なかった」と語ったという。
 その翌日にはアルデバランが蘇生し、それからムウが目をさました。
 残る棺桶は、あと5つ。





檄「・・・・あと5つなんだが・・・」

 ある日、檄が難しい顔をして言った。
 ムウが蘇生してから1週間が経過していた。

檄「少々目覚めるのが遅いような気がせんか?」
邪武「仕方ないんじゃねえの?塵だし。多少時間はかかるさ」
那智「・・・っていうか、目覚めるのかあれ・・・?」
檄「誰か棺桶開けてみたか?」
市「いえ・・・最初に開けて以来は恐くて一度も;」
邪武「でも、一人塵じゃないのもいたよな?誰だっけ?」
「老師だ」
那智「・・・・どうする?俺たちではよくわからん」
市「お嬢様はなんとおっしゃってるざんすか?」
邪武「かならず生きて戻ってくるはずだから、まっていて欲しいってよ」
檄「むう・・・」

 少年達は難しい顔をして黙る。が、結局、黄金聖闘士のことはよくわからないというのが本音だったので、自分達よりはわかっているであろう蘇生済みの黄金聖闘士たちに伺いをたてることにした。

市「ムウさん、ちょっといいざんすか?」
ムウ「はい、なんでしょう」

 テレキネシスでダーツ投げをやっていたムウは、持ち矢をすべて的に放ってから振り向いた。

ムウ「・・・10分の3・・・まだまだ本調子とは行きませんね。で、なんのようです?」
檄「まだ目の覚めない黄金聖闘士について聞きたいことがある。その・・・目覚めると思うか?」
ムウ「どうでしょうね。今の状態もわかりませんし」
檄「まあ・・・2週間前には塵だったが・・・だが老師に限っては大した外傷もなく、本当はとっくに目覚めていてもいいはずなのだ」

 ムウはしばし沈黙した。

ムウ「・・・・老師ですか。生き返ってもいいですけど、常識で考えてそろそろ永眠させて差し上げるのがスジではないでしょうか。立派に葬式を上げて頂くのが一番かと」
那智「いやそれは;第一、老師と言っても二十歳かそこらの男が入っていたし」
ムウ「ああ、童虎のままなんですか。でも魂だけなら261歳。あの世でとっくに昇天していても何の不思議もないでしょう」
市「冷たいざんすね・・・」
檄「ほ、ほかの黄金聖闘士に関してはどうだ?何かないか、何か」
ムウ「何かと言われましても・・・・。私よりもっと詳しい者に聞くべきでしょう。例えば・・・・ミロ!」

 部屋の片隅でリハビリに励んでいた男を、ムウは呼んだ。

ムウ「ミロ、ちょっといいですか?」
ミロ「いや待ってくれ。これが・・・・これが・・・・・・」

 ミロがリハビリの一環としてやっているのはビーズ手芸だった。
 神経の鍛錬と指先の運動能力を回復すべく、沙織が打ち出した方法である。
 彼と一緒に手芸に興じているのはアフロディーテだったが、そちらのほうは既に綺麗なネックレスを作り上げていた。

アフロ「そう、そこに通して、あとはテグスをひっぱればいい」
ミロ「よし!できたっ・・・・(ぐいっ)」
 
 ぶちっ!

ミロ「・・・・・・・」
アフロ「あーあ」
ミロ「おのれ・・・さっきから何度目だと思っているのだ!!力いっぱい引っ張っただけで切れるとはなんというヤワなテグスだ!!」
アフロ「だから加減しろと言ってるではないか。君の力で思いっきり引っ張って、切れない方がどうかしている」
ミロ「ビーズはちまちまして全然うまく通らんし!くそっ、俺はまだまだ回復していないということか!?」
アフロ「それ以前の問題だろう・・・。レース編みでもこんがらかっていたしな。アルデバランでさえ編めたのに」
ミロ「もういい!サウナに行って汗を流してくる」
ムウ「待ちなさい。さっきから呼んでるじゃないですか。ちょっと」

 部屋を出て行こうとするミロをつかまえるムウ。

ミロ「なんだ!」
ムウ「あのですね、あなたも知ってるとおり、カミュ達がまだ起きてこないんですよ。どうやって起こせばいいか、心当たりか・・・何か策でもありませんか?」
ミロ「カミュだと?・・・」

 ミロはちょっと考えた。それから胸を張って、

ミロ「あれのことなら俺に任せろ!3秒で起こしてくれる!・・・だが他の奴らのことはわからん!」
ムウ「・・・いいですよ、他の人のことは他の人に頼みますから・・・カミュだけよろしくお願いします」
ミロ「うむ!」

 それから十分もたたないうちに、サウナ従業員&客一同は全員で噴火口へやってきた。

デス「おい、お前ほんとにできるのかよ?」
ミロ「馬鹿にするな。何年親友をやってきたと思っているのだ。あの男の習性なら、俺が一番把握してる!」
沙織「頼みましたよ、ミロ」
ミロ「お任せ下さい」
那智「あそこにあるのが、カミュの棺だ」

 那智が指差した方に向かって、ミロはそうかとうなずいた。噴火口を見下ろす崖の突端に立ち、大きく深呼吸。
 そして。

ミロ「カミューっ!氷河が結婚するそうだーっ!」
カミュ「っなにいいいいいいいいっっっ!?」

 ずがばたんっ!!

カミュ「氷河が・・・氷河が結婚!?おのれ相手の女はどこのどいつだ私の許可もなく!!・・・って、こうしてはおられん!式場と披露宴の準備をせねば!香典返しはいくらが基本だったか・・・!」

 ・・・・・・・・・・・

檄「・・・・・・こんなことでよかったのか・・・・・」
ミロ「こんなことでいいのだ。ただ、後で嘘だとばれた場合に安堵と落胆で死になおす恐れがあるからアフターケアをよろしく頼む」
檄「はあ・・・」
バラン「・・・そろそろ止めてやった方がいいのではないか?新郎側のスピーチを考え出しているぞあいつ・・・」

 沙織がコホン、とひとつ咳払いをした。

沙織「まあとにかく・・・これで、少なくとも塵になってた者たちも、原型まで回復してきてはいるということがわかりました。サガとシュラ、シャカも、きっかけさえあれば目覚めるのですね、きっと」
デス「・・・なら簡単じゃねえか」

 と言ったのはデスマスクだった。顔に自信ありげな笑みを浮かべている。

リア「何か策があるのか!?」
デス「おう。あの3人ならこれしかねえ!・・・お前ら絶対そこから動くなよ。アテナ、ちょっと来てください」
沙織「?」
デス「人一倍忠誠心の篤かったのがあの三人ですからね。あんたが呼びかけてやればこちら側に戻ってくると思います。黄泉比良坂を這い上がってきたら、あとは俺がふんづかまえてこっちに連れてきますから」
沙織「なるほど。わかりました」

 デスマスクがにっこり笑って手を差し出したので、沙織も微笑み返してその手を取った。
 二人で、棺を見下ろせる噴火口のふちまで行く。
 沙織はそっと手を虚空に伸ばし、語りかけはじめた。

沙織「皆さん、目覚めのときは来たのです・・・・・」

 その瞬間。

デス「死ねオラっ!」

 どげしっ!!

 デスマスクの回し蹴りが沙織の背中に炸裂、噴火口へ突き落とす!

沙織「きゃあああああああああああああああああああああ(ドップラー効果)
塵3人『!!っ、アテナーっ!!』

 ・・・・悲鳴を聞きつけて棺の蓋を天高く跳ね除け飛び出した3人の黄金聖闘士が、地面に激突する寸前の女神の体をしっかりと受け止めたのは、もはや言うまでもない。

デス「よしっ!」
邪武「よくねええええええっっ!!!」

 絶叫する邪武の横で、噴火口上の人間達はただただ呆然と硬直していたのだった。





 塵から蘇生した4人は、先に復活した者たちよりもむしろ元気なほどだった。

シュラ「蟹!!エクスカリバーの試し切りにしてやるからその場に直れ!!」
デス「・・・怒るなよ。目え覚まさせてやったんじゃねえか」
シュラ「やかましいわ!!貴様という奴は貴様という奴は・・・・っ!!!」
サガ「どけ、シュラ。・・・デスマスクよ。復帰第一発目のギャラクシアンエクスプロージョンを仲間に撃つのは忍びないが、さすがにあれは許せん!あの世で反省して来い!!」
シャカ「というか、こんな奴は仲間でもなんでもなかろう。葬れ葬れ」
デス「最悪だぞお前ら!」
3人「貴様に言われたくないわ!!」

 少しはなれたところで沙織も完全無視を決め込んでいる。

那智「あの・・・・ほっといていいのですか?」
沙織「構いません。今度という今度は限界です。突き落とされたことはともかく、その前台詞が『死ね』だったのはひどすぎました。せめて『悪く思うな』ぐらいだったらまだ何とか堪えますが」
那智「・・・・・・ごもっともです」
沙織「どうしてでしょう。どうしてあの人はあんなに私を憎んで・・・・!」

 じわっ。伏せたまつげの間に涙が浮かぶ。

邪武「お嬢様!?」
沙織「・・・・・・・っ」
邪武「お嬢様、そんな、泣かないで下さい!あんな馬鹿なんか気にする必要ないんですよ!」

 必死に駆け寄って慰める邪武。
 と、そこへすっと近づいた人影が、さりげなく少女の頬をぬぐった。

カノン「・・・どうぞ落ち着かれてください」
沙織「カノン・・・」
カノン「あの男の不忠の分は、私の忠節で補わせていただきます。貴方を信じている者もいることをお忘れなく」
沙織「・・・・・・ありがとう、カノン」

・・・・・・・・・・・・・・・・

邪武「・・・・・・・・・・・・・(怒)」
那智「・・・怒っても仕方ないだろう・・・向こうが一枚上手なんだ。あきらめろ」
邪武「なんでだ!?忠誠なら俺の方が何百倍も厚いはずだっ!!!」
那智「さあ何でだろうな・・・・・やっぱり顔の問題か」
邪武「俺の顔はそんなに悪いか!?」
那智「いや・・・お前がどうというより・・・・・むこうが良すぎる。不可抗力だ」
邪武「男は顔じゃねえーっ!!おい、カノン!」

 邪武に呼ばれて、カノンは「ん?」と振り向く。

邪武「サウナの時間だ!!俺が背中を流してやるからとっとと行け!お嬢様から離れて!!」
カノン「・・・・断る。この間もお前に流されたが、皮が剥けるほどこすられて夜中に仰向けで寝られなかった。もう嫌だ」
邪武「情けねえ事言ってんじゃねえ!さっさと支度しろ!!」
カノン「しかし・・・」
沙織「カノン、サウナにはいらなければ回復が遅れます。私は大丈夫ですから、行ってらっしゃい」
カノン「・・・・はい。ならばここは・・・ミロ!アテナを頼む」
ミロ「おう、わかった」
邪武「金髪美形禁止!!!」
那智「邪武・・・;」
邪武「駄目だミロ!あんたもお嬢様に近づくんじゃねえ!ここは・・・アルデバラン!あんたに任せるぜ!!」
バラン「・・・・何か腑に落ちないものがあるんだが・・・・」

 一方で、びっしりとなにやら書き込んだ紙を手に、カミュがムウをつかまえていた。

カミュ「ムウ。披露宴の新郎側代表スピーチの原稿ができた。すまんがおかしなところがないか聞いてくれんか」
ムウ「はあ・・・いいですけど」
カミュ「よし、いくぞ。『シベリアにて新郎の師匠を務めさせていただきましたカミュです。本日は若い二人の門出を心から祝福すると同時に、何かぬぐいきれない寂しさを抱きつつ、こうして壇上に上がっております。うちの氷河は私が申し上げるのもなんですが(以降30分誉め言葉)であり、しかもこの度はかように美しい花嫁をお迎えすることができまして、まことの果報者だと思っております。最後になりますが、列席者の皆様と花嫁のご親族に最大の感謝と敬意を申し上げ、挨拶にかえさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました』・・・以上だ。どうだ?おかしなところはないか?」
ムウ「・・・ん?・・・ああすいません、寝てました。いいんじゃないですか?そんな感じで(適当)」
カミュ「少々短すぎて私の思いのたけをぶつけきれてないのだが・・・」
ムウ「披露宴の挨拶で思いのたけをぶつけても迷惑なだけですよ。今のままでも十分、列席者にミロがいたら張り倒されてる感じですから、大丈夫でしょう」
カミュ「そうか・・・・。あと、それとな。生まれてくる子供の名前も考えたのだ。感想を聞かせてくれるか?」
ムウ「・・・早すぎというか、貴方が考えてどうするんだという気がしなくもありませんが・・・・」
カミュ「何を言う!氷河の子なら我が子も同然!私以外に誰が考えると!?」
ムウ「親。・・・・まあ、考えたと言うならば聞かせていただきましょう。どんな名前です?」
カミュ「男児なら氷太郎。女児なら氷子」
ムウ「・・・・・オリジナリティーの欠片も感じませんね・・・・どう考えても冬季限定ですしね」
カミュ「駄目だろうか」
ムウ「いや・・・私に聞かれても・・・・」

 檄がひょっこり部屋に顔を出した。

檄「食事の用意ができたぞ。食堂に集まってくれ」
ミロ「食事って、またレバーと小魚と牛乳か?いくら血と骨を作るのが大事だからって、そろそろ見るのも嫌になってきたぞ」
シャカ「レバーだと?そんな下世話な食べ物が私の口に合うと思ってるのかね。こう見えてもこのシャカ、味にはうるさくてな。起きたては一杯の紅茶とチョコクリスピーだと決めてある」
デス「威張る割にはつまらねえ食生活してるなお前・・・」
檄「何でもいいから文句を言わずに食え!毎度毎度作ってやる人間の気にもなってみろ!」
サガ「お前が作ってくれているのか?」
「いや。辰巳だ」
一同「食いたくねえー!!」

 思わず言ってしまったが、しかし背に腹はかえられない。しぶしぶながら食堂で栄養を取る黄金聖闘士たちだった。





 建物の外ではその頃、アイオリアがひたすらリハビリに励んでいた。

蛮「おい、あまり無茶をするな!」
市「アイオリアさん、自分が死にあがりだってこと忘れちゃ駄目ざんす!」

 100kmマラソンならぬ100km短距離走でサウナの周りをぐるぐる走りまくっている男をついに見かね、止めに入った市と蛮である。

リア「なんだ。邪魔をするな」
市「するざんす!毎日毎日、リハビリというより修行じゃないですか!こんなことじゃいつまた倒れてもおかしくないざんすよ!」

 市に怒られたアイオリアはしばし瞑目する。が、数秒の後に目を開けると落ち着いた口調で、

リア「・・・確かに、俺が自分に過酷なノルマを課していることは事実だ。しかしな。この程度の鍛錬でくたばっていては、アテナをお守りすることなど到底できん。お前達も、まだまだヒヨッコとはいえ聖闘士ならばわかるだろう。俺はこの身が口惜しい・・・思い通りに動かんこの体が!片手逆立ちで1km移動するのに10秒もかかっては末代までの恥だ!!一刻も早くもとのレベルまで己を高めたい。それができん限り、俺は俺を男として認めん!」
市「・・・・・・・」
蛮「・・・・・・・」
リア「・・・・フッ。心配するな。お前達に生かしてもらったこの命、無駄にするような真似は決してしない。・・・・失礼する」

 そしてまたものすごい勢いで駆け去って行ってしまった。
 残された青銅の二人はぼうっとその姿を見送った。

蛮「・・・・・・・かっこいいな」
市「ええ・・・・ああいう人を男が惚れる男っていうんざんすねえ、きっと」
蛮「やはり、黄金聖闘士ともなると格が違うのだ。特にアイオリアは、その最高の聖闘士の中でも1,2を争う実力の持ち主だというし」
市「さすがざんすねえ」

 と、ぼんやりしている彼らの元へ、こんどはアフロディーテがやってきた。

市「アフロディーテさん?何してるざんすか、ここで?」
アフロ「噴火口のサウナに入っていたのだが・・・・・あまりに臭いがきつくて気持ち悪くなったので、海で体を洗ってきた」

 純金の髪はしっとりと濡れてつややかに輝き、すこし生気が戻ってきたとはいえまだまだ白い頬につぶらな瞳がうつむいている。
 細い首の線には病み上がり独特のはかない風情がただよって、この島での長期間の滞在にもかかわらず、彼の体自体からはいつも花の香りが漂っていた。

アフロ「・・・・シャワーを浴びてこねばならんな・・・・。市、私が出てくるまでに紅茶を淹れといてくれ。あれを飲むと少し落ち着く」
市「お、おやすいごようざんす」
アフロ「あと、茶菓子が何かあれば」
「柿の種でいいざんすか?」
アフロ「それはツマミだろう」
蛮「ええと・・・・たしか、クッキーがあったと思ったぞ」
アフロ「クッキーか。いいな。焼き菓子は好きだ」

 にっこり。

市「・・・あの、だしとくざんす」
アフロ「頼んだぞ」

 そしてふわりと流れるような足取りで建物の方へ行ってしまった。
 またもぼうっと見送る二人。

蛮「・・・・・・・・かわいいな。クッキーの似合う男なんか今まで見たことねえぞ
市「ええ・・・・ああいう人も男が惚れる男っていうんざんすねえ、きっと」
蛮「やはり、黄金聖闘士ともなると格が違うのだ。特にアフロディーテは88の聖闘士の中でも随一の容姿の持ち主だというし」
「美しさならあたしも負けてないざんすけど、可愛さを兼ね備えるとなるとちょっと不利ざんすねえ。さすがざんすねえ」
蛮「・・・・・いや、美しさもどうかと・・・」
市「なんざんすか?」
蛮「・・・・・なんでもない」

 言葉を濁す、友達思いの蛮だった。




 邪武にサウナまでつれてこられたカノンは、亀の子だわしで背中を削られて悲鳴をあげた。

カノン「痛い痛い痛いっ!!ちょっ・・・何使ってんだ貴様!?」
邪武「気にするな。特売のスポンジだ」
カノン「嘘をつけコラ!!スポンジという感じじゃないぞ!!刺があるだろうが刺!!」
邪武「この程度で弱音を吐く男が、お嬢様に言い寄ろうなんざ100年はええんだよ。俺はお嬢様の馬になって散々鞭打ちされても泣き言なんざ吐かなかったぜ!いっとくがな、お前なんかに馬乗り鞭打ちは似合わねえんだよ」
カノン「・・・・それは・・・・どうもありがとう・・・・」
邪武「わかったらこれ以上、お嬢様になれなれしい口を叩くんじゃねえぞ!」
カノン「・・・お嬢様とはアテナのことか。・・・ははあ」

 にやり、と笑うカノン。

カノン「さてはお前、アテナにご執心と言うわけだな。なるほど」
邪武「そ、そんなんじゃねえよ!」
カノン「嘘をついてもわかるぞ、顔が真っ赤だ」
邪武「てめえも赤いんだよ!サウナだからな!」
カノン「まあ落ち着いて誤解を解け。俺がアテナに尽くすのは聖闘士としてであって、男としてではない」
邪武「信じらんねえよ!」
カノン「考えてみろ。俺はこれでも28歳だぞ。アテナの御歳13歳。恋をしたら変態といわれ、手を出したら犯罪と言われる歳の差だ。自分の人生にこれ以上罪を増やすつもりはない」
邪武「そ、そうか・・・?」
カノン「そうだ。大体、サガが許さんだろうし・・・」
邪武「でもよ!あんたにその気がなくたって、お嬢様があんたに惚れるかも知れねえだろ!」
カノン「フッ、まだまだ青いな貴様。たとえ憧れの先輩がいようとも、結局はいつも側で見守っている同年代の男の存在に気づき、そいつとゴールインするのがこの世の女の常識だ。少なくとも、俺の読んだ大抵の少女漫画ではそのパターンだ。アテナといえども女性に変わりはない以上、この常識は覆せん」
邪武「・・・・そういうものなのか?」
カノン「そういうものなのだ。安心して、その亀の子だわしを捨てるがいい」
邪武「・・・・わかったよ」

 邪武は大人しくたわしを捨てて、普通のスポンジを取り出した。
 丁度そのとき、上の方から足音がして、アイオリアがサウナ(噴火口)へと下りてきた。

カノン「アイオリアか。リハビリはどうだ?」
リア「うむ。まだまだだが、随分まともに動けるようにはなったな」
カノン「今な、思春期の少年の恋の悩みを聞いてやっていたところだったのだ」
邪武「!おい、言うなっ!」
リア「恋?ほう?相手は誰だ?」
カノン「アテナだアテナ」
邪武「てめえっ!このっ・・・こうしてやる!」

 がしがしがしがしがしっ

カノン「痛ててててて!!!やめろ!たわしはよせっ!!」
リア「そうか。アテナか。それはまた大物狙いだな。聖闘士の掟で許されなかったような気もするがジュリアン・ソロがプロポーズしていいなら、俺たちだって可だろう」
邪武「・・・待て。まさかあんたもお嬢様を!?」
リア「いやまさか。早まるな。たわしを下ろせ。俺には心に決めた女がいる」
邪武「なんだ。・・・どんな人だよ?」
リア「・・・・どんな人か。そうだな」

 アイオリアはふっと遠い目をする。

リア「並の男では太刀打ちできないほど強く、蹴りの威力は超一級。常にクールで態度はまるで真冬のシベリア海峡のように冷たいし、交わす言葉も数少ない」
邪武「・・・要するに嫌われてんじゃねえのかあんた・・・・」
リア「そんなことはない!俺と彼女の間には信頼があるのだ!十二宮の戦いのときにその信頼を裏切ってしまった気がしないでもないが、昔からのなじみだ!」
邪武「そ、そうか。それで、美人なのか?」
リア「そうだな。スタイルは抜群だし、髪の形も色も俺の好みだ。声は耳障りがよく、外出が多い割に肌の色も白い。だが顔は今だかつて見たことがない。だから美人かどうかはわからん」
邪武「・・・・・あんたも変わってるな、趣味・・・・;」

 数十分後、3人はたっぷり汗を流してサウナを出た。
 噴火口を登ったところで沙織に会った。

沙織「アイオリア、カノン。具合はどうです?」
リア「は。おかげさまで、大分回復してきております」
カノン「私もです。アテナ、なぜこのようなところに?」
沙織「サガとシュラとシャカが、食後の運動として蟹狩りをすることにしたというので見物に。デスマスクったら、食事時間に目をはなした隙に逃げ出したんですよ。本当に仕様のない人で、ふふ、ズコボコにしてやりたいですね」
リア「さようですか;」
沙織「食堂に食事が用意されてますから、どうぞ食べてくださいね。栄養をつけて、はやく元気になってください」
カノン「はい」

 一礼して通り過ぎた。
 そのとたん。

沙織「カノン!あなた、その怪我はどうしたのです!?」
カノン「え・・・?」
沙織「背中のひどい傷は一体どこでつけたのですか!?最近のものでしょう!?」
カノン「・・・・・・・気になさらないで下さい。・・・・というか、そんなに削られてましたか・・・」
沙織「けず?」
カノン「いえいいのです。このカノン、格下の者から受けるやっかみは宿命として受け止めておりますので」
邪武「・・・やっぱムカつくぞあんた」

 横で歯軋りをしつつ、そらっとぼけたカノンの顔を睨み上げる邪武だった。




シュラ「おのれ、どこへ消えたあの野郎・・・」

 街中にいたらその場で通報されても文句の言えない感じの形相で、シュラがつぶやいた。
 右手は既に指の先まで伸ばして臨戦態勢である。
 隣では、サガが人の隠れられそうな影を作る岩を片っ端から粉砕してまわっていた。

サガ「くそっ、ここにもいない!蟹め、海へ帰ったのではあるまいな!」
シャカ「探すか。せっかく3人いるのだし、海の一つや二つアテナ・エクスクラメーションで干せばいい。ついでにデスマスクも葬れれば一石二鳥だ」

 そのデスマスクはというと、実はサウナ・キドの建物の上に避難していた。
 どうして俺がここまで恨まれなきゃならねんだよと独り言をつぶやいたが、それを言ったところで下の3人には聞いてもらえそうもないし、またどうあがいたところで実力勝負じゃ負けることもちゃんとわかっていたので、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていようと思ったのだ。・・・・が。

沙織「・・・見つけました」
デス「!」

 突如背後からかけられた声に肩がびくついた。
 外にかけられている点検用の鉄はしごを伝って上ってきたらしい少女は、にっこり微笑んで屋上に上がってくると、

沙織「ほほほほほ。こんなところに隠れていたとは。さっそく3人に教えてあげなきゃいけませんねv」
デス「まじですか;ちょっと待ってくださいよ」
沙織「待って欲しかったら私の馬におなりなさいな。ほほほほほ」
デス「・・・・死んでも嫌だ・・・・」
沙織「じゃあ本当に死にます?狩られて」
デス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・それも嫌だ」

 沙織に下を指差され、汗が流れるデスマスク。

沙織「今すぐこの場にひれ伏して絶対服従を誓って靴の裏舐めるんでしたら、あの3人に便宜をはかってあげてもいいですよ」
デス「・・・あんた本当に気持ちのいい根性アマですよね」
沙織「貴方に言われたくありません」

 言って、それからいきなり少女は視線をうつむける。

沙織「私は・・・・・でも、あなたにはそう思われているのですね」
デス「あ?」
沙織「所詮私なんか、わがままで傲慢な金にあかせて好き放題しまくる身勝手女と思っているのでしょう?」
デス「よくお分かりで」
沙織「・・・・・・・・・」

 くすん、と鼻をすする音が、少し離れたデスマスクにもはっきり聞こえた。

沙織「私・・・私だってっ・・・・」
デス「・・・・おい」
沙織「私だって普通の女の子なのに・・・・どうしてそんなに意地の悪いことばかり言うのですっ?」
デス「普通かあんた。それは無理だろいくらなんでも」
沙織「・・・ひどい・・・」

 しくしくしくしく。
 見事なまでに30秒前と豹変し、顔を覆ってしおらしく泣き出すアテナの姿に、デスマスクは面食らいつつも口を尖らせて頭をかいた。

デス「泣くなよ」
沙織「この間は・・・・・自分の前で泣くようにと言ったじゃないですか」
デス「それは・・・・・・」
沙織「・・・・・・・」
デス「・・・・・・・・」
沙織「・・・・・・・私・・・自分の聖闘士にこんなに嫌われている女神なんて・・・・この世にいない方がいいんですっ」

 突然彼女は身を翻し、屋上のふちに駆け寄った。
 デスマスクは慌てた。
 死なれるのも寝覚めが悪いが、それ以上に今死なれたら自分も殺される。今度こそは間違いなく。

デス「ちょっ・・・!待て!それはやめろ!やめてください!」
沙織「嫌です!約束を守ってくれないんですから、もういいです!」
デス「約束?」
沙織「胸貸してくれると言ったはずですっ・・・・」
デス「・・・・・・借りたいんですか?」
沙織「貸しなさい」
デス「・・・・・」

 男はため息を一つついた。
 そして、アテナに歩み寄る。沙織がぷいと顔を横に背けたので、自分も横に回りこむ。
 ちょっと両腕を広げ、

デス「お好きにどうぞ。できれば早いところ泣き止んで欲しいんですがね」
沙織「・・・・・・・・・デスマスク」
デス「はい?」
沙織「一つだけ、きいて下さい」
デス「はいはい」
沙織「私がここに来たのは、貴方を探すためと、それと・・・・貴方に・・・・・」

 少女の潤んだ瞳が男を見上げた。頬がほんのりと高潮して、小さな唇がささやくようにこう言った。

沙織「仕返しするためです」
デス「は・・・・・・?」

 とデスマスクが問い返したその瞬間。

沙織「死ねっ!!」

 お嬢にあるまじき一声と共に、細い足の一撃がデスマスクの膝裏に決まったのだった。





デス「っのアマああああああっっ!!!」

 暮れなずむ空に響き渡った大声で、アテナ・エクスクラメーションで誰が真ん中になるかに揉めていたサガ・シャカ・シュラの3人は思わず振り返った。
 サウナ・キドの屋上からまっ逆さまに落下して行く人影一つ。
 そして屋上に仁王立ちして勝ち誇ったようにそれを見下ろしているアテナが一人。

沙織「ほほほほほ!噂のイタリア伊達男もチョロイもんですわね!泣き顔にころっと騙されるなんて、一体いつの時代の馬鹿かしらオホホホホ!」

 めしっ!!

 落下地点で妙な音がする。

シュラ「・・・・・生きてるだろうか」
シャカ「望みは薄いな」
サガ「・・・さすがアテナ。お見事です」

 すぐに事故現場に駆けつけた。
 デスマスクは奇跡的に動いていた。上体を起こし、頭を押さえて呻いている。

デス「・・・っく・・・・・ってぇ〜・・・・・あの女絶対ぶっ殺す!!!」

 聞こえたらしい沙織が上から嘲笑を降らせた。

沙織「やれるものならやってみなさい。いつもいつも結局できないのが蟹の役どころですけれど」
デス「うるせえ!!」
沙織「あら、まだ結構元気なのですね。それではもう一撃」
デス「なに?」

 とんっ
 軽い音がした。
 アテナが屋上の床を蹴って、宙に飛び出した音だった。

3人「アテナ!?」
デス「!?」

 めめしっ!!

 ・・・落下ついでに折り曲げた膝が思いっきりデスマスクの腹に入って。

デス「・・・・・・・(白目)」
3人『(滝汗)』
沙織「・・・・ふふ。さっぱりしましたv」

 立ち上がった少女はにっこり清々しく微笑み、ぱんぱんとドレスをはたいた。

沙織「サガ、シュラ、シャカ。これでデスマスクのことは許してあげてくださいね。殺してはいけません。死んでしまってはもともこもないですから」
サガ「いや・・・・でもその・・・これはちょっと生きてるのかな、と・・・・・・」
沙織「大丈夫。噴火口に捨てておけばすぐに復活するでしょう。手加減もしておきました」
シュラ「そうは見えませんでしたが;」
沙織「それでは、私は中に戻ります。後はよろしくお願いしますね、三人とも」

 女神は行ってしまった。
 残された三人はしばし沈黙していたが、やがてシュラがちょっとデスマスクを足の先でつついてみる。

シュラ「おい・・・・・生きているか?」
デス「・・・・・・う」
サガ「しっかりしろ。大丈夫か?」

 サガに起こされたデスマスクは、まず盛大に咳き込んで腹を押さえた。
 呻くように呟くには、

デス「あの女・・・・信じられねえことしやがる・・・」
シュラ「・・・・ああ。俺もかなり信じられなかった」
デス「あばら折ったかも・・・・・げふっ・・・」

 シャカがちょっと首をかしげた。

シャカ「どうして避けなかった?簡単だったろう、横にずれるぐらい」
デス「・・・・・・・・・・」

 デスマスクは忌々しげに口をゆがめたきり何も言わない。やがて呼吸を整えるとふらつきながら立ち上がって、「サウナ行ってくる」と言い残し、噴火口の方へ歩き去ってしまった。
 シャカとシュラ、サガは顔を見合わせた。

シャカ「・・・どう思う?」
シュラ「・・・直前の落下で頭を打っていて思うように動けなかった、ということだろうか」
シャカ「いや、あの馬鹿のことだ。避けることに気づかなかった、が真相だろう」
サガ「・・・・私としては」

 と、サガがわずかに苦笑した。

サガ「避けたらアテナが地面に叩きつけられたから。だから避けなかったのだと思いたいが・・・・・・・どうだろうな。ムシがよすぎるか」
シャカ「少し」

 3人はやれやれと肩をおろし、少しばかり疲れた顔で笑いあったのだった。





ムウ「他の人間が阿呆な事ばかりやっているので、せめて私達だけでも真面目に検討したいのですが、老師はどうするべきなんでしょうか」

 そろそろ電気をつけようかという広間の中で、ムウが檄と那智を相手に相談していた。

檄「どうするって・・・永眠させろといったのは貴方だったのでは・・・」
ムウ「あれは言葉のあやですよ。考えてみたら葬式出すにはお金がかかりますし。やっぱり生きててもらったほうがいいかなと」
檄「そうか;」
ムウ「後眠っているのは彼一人です。どうして目が覚めないんでしょう。一応、カミュと同じ要領で紫龍の名前を持ち出してみても反応がありませんでした。本当に、死んでしまって・・・・戻ってこないのでしょうか」

 テーブルに頬杖をついたムウの眼は、どこか遠くを見ているようだった。
 那智がそっと訊ねた。

那智「心配しているのか?」
ムウ「それはもちろん」
那智「・・・・葬式のせいか?」
ムウ「ええ。あと・・・・色々お世話になった方ですし。考えてみたら、私はまだ何も礼を言っていない。このまま終わってしまうのは、あまりに心に重いので」
檄「重い?」
ムウ「・・・・自分はそういう風にしか人と別れられないのかと」
青銅二人「?」

 檄と那智にはわからなかった。ムウが何を思っているのか、遠い視線の果てに誰を見ているのか。
 それはわからなかったが・・・・しかし何かはわかるような気がした。

那智「・・・大丈夫だ。俺たちが毎日見回ってるんだからな。なあ檄」
檄「うむ。日当たり具合とか風通しなどを良く考えて干からびないように霧吹きもかけている。いつかかならず眼が覚めるはずだ」
那智「な?大丈夫さ、ムウ」
ムウ「・・・・そうですか」

 ふと、目じりを緩めて微笑む。

ムウ「・・・・いい人ですね、貴方達」

 ありがとう、と彼は言った。




 しかし・・・彼らはしらなかった。
 はるか遠く次元を異にする世界、冥界で。
 当の童虎が昔馴染みと思い出話をしていることを。

童虎「はっはっはっ、なつかしいのう」
シオン「童虎、そろそろ現世に戻らなくていいのか?」
童虎「なに、わしが戻ろうと戻るまいと、今の現世にはあまり関係あるまいよ。それよりシオン、ほれ、一度目の聖戦の終わったあの時を覚えておるか?」
シオン「ん?ああ、あのことだな!確か私がお前の聖衣を直してやろうとして・・・」
童虎「それじゃそれ!」

 ・・・・二人の共有した思い出、200年分以上。
 語りつくすにはまだまだ永い時間が必要であった。




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