世の中には、たとえ意にそぐわなくても聞かねばならぬ命令というものがある。軍事命令、社長命令、アテナ命令。TPOにもよるが、絶対命令は確実に存在する。
 ・・・・・・そう。その日その時、その命令も聞かねばならぬものだった。
 の命令は絶対だったのだ。・・・


 それは黄金聖闘士12人の年末忘年会の席でのことであった。

ミロ「よおおおっっしっ!今度は俺が王様だ!命令は・・・3番が、一週間5番の嫁になる!!」
デス・アフロ「!!」

 ・・・・かくして、史上かつてないほどどうしようもない理由から、一組の夫夫(←注:「ふうふ」と読んで下さい)が誕生した。
 ちなみに3番がアフロディーテ、5番がデスマスクである。




 2日後。全員正装して集合した教皇の間で、一人の男が叫んでいた。

ミロ「そうだ・・・確かに俺は嫁になれとは言った。だがしかし!!結婚式から始めろとは言ってない!!言ってないのだーーーーっっ!!!」
ムウ「今更、何を言ってるんです。 仲人が取り乱してしまってはみっともないですよ」
ミロ「俺か!?仲人はオレなのか!?」
シャカ「当然だろう。君が二人の仲を取り持ったのだ。最後まで責任を持ちたまえ」
ミロ「重過ぎる!!こんな責任一人で負えるかーーーっ!!お前らだって調子に乗ってあおったくせに!こうなる前に誰かとめろよ!!」
カミュ「だが事実、根本的なネタをふってしまったのはお前だ。・・・・観念しろ」
ムウ「・・・というか、男率100%の忘年会で王様ゲームをすること自体間違ってるんですよ。いまさら言っても始まりませんが・・・・・・・・・・・あ、花婿さんが来ましたよ」

 デスマスクは、他の者が考えているよりもずっとざっくばらんに構えているようだった。黒の衣装が妙に似合っているあたりが恐ろしい。彼は新郎の立ち位置にスタンばると、こちらに目を向けてにやりと笑った。
 なお、念の為に言っておくが、集合した黄金聖闘士達の正装もごく普通の礼服であり、黄金聖衣ではない。

シュラ「わからん・・・どうして平気な顔でこの場に来れるのだ?俺なら昨夜のうちに亡命するんだが」
アイオリア「それより気の毒なのは神父役のサガだ。見ろ。眼が遠くなっている」
カノン「しかし、どうせ王様ゲームの罰ゲームだろう?そう深刻に構えることもあるまい。結局最後はシャレで終わるのだ。心配するな、ミロ」
ミロ「う、うむ・・・」

 カノンに励まされたミロが自身なさげに肯いた時。
 教皇の間の正面口が厳かに開かれ、花嫁が入場してきた。

一同「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 銀糸で縫い取られた純白のドレス。ちりばめられたクリスタルガラスが光りをはじいて星のようにきらめく。
 伏せがちな瞳は長いまつげに縁取られつつましやかに手もとの白バラのブーケを見下ろしており、たっぷりと結い上げられた髪を霞のようなベールが覆っていた。
 おそらく、いまだかつてこれほどまでに美しい花嫁は存在しなかっただろう。
 つかの間の沈黙。
 それから列席者全員一斉に叫んだ。

一同「シャレにならねぇ!!!!」
カノン「ふざけるなよミロ!!貴様、これが1週間ですまなかったらどう責任とる気だ!!!」
アイオリア「危険だ!!この結婚はあまりにも危険すぎる!!誰か止めろ!!」
ムウ「よしましょうよ祝の席で・・・・二人の末永い幸せを祈りましょう」
アルデバラン「ムウ、お前、冷静もそこまでくると犯罪だ・・・」
サガ「こ、この結婚に反対するものは、今すぐ名乗り出るか永遠に口を閉じよ・・・」
カノン「何を進めてるのだサガ!!反対しないわけがなかろうが!!蟹と魚!今すぐそのバージンロードから降りろ!!」
ミロ「俺が悪かった!!悪かったから罰ゲームはなかったことにしてくれっ!!」

 必死の訴えに、アフロディーテの方は明らかに心が動いた様子だった。

アフロ「・・・だそうだ。もうよそう、デスマスク。この結婚、あまりにも無意味だ」
デス「そうだな。やめるか、面倒だし」
アフロ「・・・・・・・・・・どうせ君は・・・・・」
デス「ん?」
アフロ「・・・・・・・・・・・なんでもないっ」

 アフロディーテは美しい唇をきゅっと引き締めると、ふてくされたようにそっぽを向いた。
 そのまま、来た時のしずしずとした歩き方とは打って変わって、ドレスを蹴らんばかりの勢いで出て行こうとする。
 列席者一同はほっと胸をなで下ろしかけた。
 だが。

アフロ「うわっ!?な、なにをする貴様っ!?」
デス「いや、やっぱりやりかけたことは最後まできちんとしようと思ってな」

 背後から軽々と花嫁を抱き上げた新郎は、その目の前に顔を寄せ、にいっと笑ってみせた。
 アフロディーテの頬がかっと熱くなり、目の端が釣り上がる。

アフロ「君は・・・・・最低だっ!!」
デス「おら、黙ってないと舌噛むぜ」
アフロ「!」

 場内に、静寂よりもなお深い深い沈黙が落ちた。
 それは、ビジュアル的にはとってもロマンチックな誓いのキスであった。




 実のところ、デスマスクは自分の置かれた理解不可能な状況を楽しんでいたのだ。根っからの享楽主義者。
 それがよくわかるからこそ、アフロディーテは腹が立って仕方なかった。

アフロ「悪趣味だ!!君は本当に・・・本当に最っっ悪の男だっ!!」

 一応二人の新居となる巨蟹宮に戻ってから、彼はドレス姿もそのままで夫に食って掛かった。

アフロ「どうして君はそうなのだ!?人の気も知らないで・・・・・この立場が逆だったとしてみろ!自分がウエディングドレスを着る方だったら、いくら君でもそう悠長に笑ってはいられまい!?」
デス「いや、その場合は俺がというか、周りが笑うしかなかったとおもうけどな。お前で良かった。似合っているぞ」
アフロ「嬉しくない!!」
デス「いやーそれにしても今日は面白かったな。ミロなんか泣きそうになってたし、シュラの目が点になってたし!」
アフロ「あいつの目は前から点だ!君は本当に悪趣味すぎる!!そんなに面白がりたいなら私ではなく他のやつと遊んでろ!どうせ君にとっては誰でも同じだろうが!」
デス「そうはいかねえだろ。王様ゲームであたったのはお前なんだし。それに・・・」

 と、デスマスクは長椅子に悠々腰掛けたまま、

デス「お前で良かった、と言っただろうが」
アフロ「・・・・・・・・・・」
デス「ん?何赤くなってんだ?」
アフロ「にやにやするなっ!!その確信犯的いやらしさがカンに障る!!大っきらいだ!!」
デス「お前こそ、そうカッカするな。どうせ一週間だ。ま、仲良くやろうな」
アフロ「不可能だっ!!」
デス「晩飯はどうする?どこかに食べに行くか?」
アフロ「君と!?外出!?断る!!
デス「だから、もう怒るなって言ってんだろうが。そんなとこで仁王立ちになってないで、ちょっとこっち来て座れ」
アフロ「嫌だ!」
デス「いいから座れって」

 ぱん、と自分の隣をはたく。
 アフロディーテは口を引き結んだまま無言で抵抗していたが、相手が引きそうにないので仕方なく言われた通りにした。
 デスマスクはそんな彼の肩を、ぐいと片腕で抱き寄せた。

アフロ「っ!」
デス「いてえって。殴るな。おい、落ち着いて聞けよ?この結婚が悪趣味かどうかは別として、とりあえず俺は腹が減った。わかるな?」
アフロ「こんな時によく物が食え・・・!」
デス「黙れって。で、だ。お前が外食が嫌なら、ここで食わなきゃならんわけだ。というわけで、手料理楽しみにしてるから頑張れな」
アフロ「・・・・・・・・・・・私が作るのか?」
デス「おう」
アフロ「・・・・・・・・・・・・・・・・・君のために・・・・・・・・・?」
デス「おう」
アフロ「ふざけるな!!大人しく聞いていれば勝手なことをべらべらと・・・!!私は料理などできん!!」
デス「できないことはないだろ?毎日自炊してたはずだし・・・・それとも出前取るか?」

 いや、新婚初日でそれはちょっと、あまりにも。

デス「俺はいい加減自分の作ったもんに飽きてきたところだからな。ちょうどいい」
アフロ「よくない!!私は君の召し使いでもなんでもないんだぞ!!恥を知れ恥を・・・」
デス「そうだな。俺の奥さんだもんな」
アフロ「!!」

 「奥さん」でなおも逆上して突っかかって来ようとするアフロディーテの口に、デスマスクはすばやく指先をかぶせた。
 そうして黙らせておいてから、至近距離でこう言ったのだ。

デス「だから。お前の作ったもんならなんでも残さず食ってやるからよ」
アフロ「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ・・・・・・・効果はてきめんだった。

アフロ「・・・・・・・・・・・・・・本当だな?」
デス「嘘はつかん」
アフロ「あまり・・・・・美味くないぞ」
デス「俺の口にあえばいい」
アフロ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・着替えてくる」

 なんだかのぼせたようになったアフロディーテは、そのままふらっと立ち上がり、大人しく奥の部屋へと足を向けたのだった。




 その頃、隣の双児宮では24時間厳戒体勢で黄金聖闘士全員がつめていた。

ミロ「俺のせいだ・・・俺のせいでこんな・・・・!すまん、皆!!俺は体を張ってでも最悪の事態だけは回避させる!・・・・・ミソを用意しといてくれ・・・・!!」
ムウ「落ち着きなさい。そこまで自己犠牲することありませんよ。一週間たてば何もかも終わるんですから、本人達が楽しんでるならよしとしましょう。もともと聖域は娯楽の少ないところですし」
アイオリア「だからってこういう楽しみ方は間違っている・・・・絶対・・・」
サガ「日本におられるアテナがこの事を知ったらなんとおっしゃるか・・・私の自害ぐらいでは収集がつかん!というか、もう、最近の若い者の考え方にはついていけない・・・」
カノン「なあ、サガ。蟹か魚か、どちらか一方をスニオン岬に幽閉したらどうだ?」
カミュ「よせ!過酷な状況下でますます愛が芽生えたらどうするつもりだ!」
シャカ「諸君、根本的な問題に戻ろう。そもそも、これは罰ゲームになっているのか?本人どもが楽しんでいるなら意味がないのだが」
アルデバラン「俺にはそれ以前にもっと重大な問題がある。戦闘反射的につい受けてしまったが、この花嫁のブーケを一体どうすれば良いのか・・・・」
シュラ「言うな。頼むからこれ以上不気味な問題を持ち込まないでくれ」

 そんな冷や汗だくだくな彼らが見守る前で、日はとっぷりと暮れ行き、星が空をまわり・・・・やがて巨蟹宮はふっと暗くなった。

全員「灯が消えたーーーーっ!!」
ミロ「もう駄目だ!!ミソを貸せ!!
ムウ「やめなさい。最悪の事態に陥っていようといまいと、道化になるだけですよ」
シャカ「・・・・なんだか、私たちのやっていることは所詮デバガメに過ぎないような気がするのだが・・・」
ムウ「至言ですね。いい加減にしましょう皆さん。毒気に当てられて中毒起こしそうです。変な問題が起こらないならほっときましょう」
ミロ「だからもう十分変だといっておろうがーーーーっっ!!」


 その頃の巨蟹宮の実態。

アフロ「デスマスク・・・君、ソファで寝るのか?」
デス「お前がベッドでねるだろ?」
アフロ「・・・・一緒に寝よう。見ているだけで窒息しそうだ、その変な寝方は」

 デスマスクは、ソファの背もたれに顔を押し付けんばかりにして転がっている。

デス「こうしてる方が落ち着くんだがな。よく言うだろ。片付いてる部屋より散らかってる部屋の方が落ち着くとか」
アフロ「いや、それとこれは違う」
デス「そうか?別にいいけどよ。どっちにしろ、本当に夫婦生活まではしたくないだろ?」

 アフロディーテは横になっている夫の顔を覗き込んだ。

アフロ「・・・・抱いてもいいぞ。君なら許す」
デス「・・・・・・・・・・・・・・・言ったな」

 男はにっと笑った。
 闇の中で、腕が人影を引き寄せた。
 
 波瀾万丈の夜は更けていく・・・・・・




 問題が起こったのはそれから二日後のことであった。

アフロ「実家に帰らせてもらう!!」

 完全に間違った台詞とともにアフロディーテが巨蟹宮を飛び出したのは、式から数えて3回目の夜。
 ものすごい勢いで双児宮をつきぬけ、鉄壁を誇るはずの金牛宮も素通り、白羊宮に飛び込んだ。

アフロ「ムウっ!ムウっ!!あの男は最悪だ!!不潔だっ!!もう、もう夫婦でも何でもない!別居だ!!」
ムウ「望むところです。しかしこんな夜中に叩き起こしに来るとは穏やかじゃありませんね。一体何があったんですか?」

 自室でうとうとしかけていたところだったムウは、眠気を押して尋ねた。
 彼はそれほどアフロディーテと親交があったわけではない。だが、そんな自分のところに飛び込んでくるということは、何か特殊能力を必要とでもする大問題が持ちあがったと考えられなくもなかった。
 少なくとも、ムウはそんなふうに好意的に考えたのだ。
 
ムウ「私が、なにか力になれることでも?」

 それに対し、アフロディーテはきっぱりとこたえた。

アフロ「デスマスクが浮気をしたのだ!!」
ムウ「・・・・・オーケーわかりました。私は所詮みのもんた。いいでしょう、受けて立ちます。詳細を聞かせなさい」

 アフロディーテの話によるとこういう事だった。
 デスマスクは今朝、「ちょっと出てくる」と言い残して出かけ、そのまま夜中まで帰ってこず、

アフロ「そしてさっき帰ってきたのを出迎えたら服の襟にキスマークがついていたのだっっ!!それだけではない!そのことを問い詰めたらあいつ何て答えたと思う!?」
ムウ「さあ・・・なんでしょうねえ」
アフロ「『ん?ああ、飲んできたからな』だ!!反省の色が欠片もないっ!!ムウ、結婚してから3日だぞ!?まだ3日!!まだ3日なのにもう浮気!!最悪だ!!最低だっ!!あいつは少しおかしいっ!!」
ムウ「・・・・・・個人的には、女性と遊んでいるデスマスクより、それに妬いてるあなたの方が微妙ではないかと・・・」
アフロ「妬いているのではない!ただ悔しいのだっ!!あの馬鹿の馬鹿の馬鹿男っ!!」

 ほとんど泣き出さんばかりのアフロディーテ。どう見ても妬いてる。
 ムウは困った。「死んだ聖衣を生き返らせてくれ」と言われるよりももっと困った。
 一体自分に何ができるというのか。世間一般のノーマルな夫婦相手ならまあまあとなだめることもできようが、この場合は浮気の方が健全である。
 
ムウ「えーと・・・・・・・・そんな男とは別れた方がいいですよ」(←無難)
アフロ「わかってる!!だから今から別れるつもり・・・・」

 アフロが言いかけたその時、新たな声が割って入った。

デス「おいムウ。アフロディーテ来てるか・・・・お、いた」
アフロ「『お、いた』ではないわっ!!しかも貴様、まだ着替えてないではないか!!そんなに大事かその女のキスマークっ!!」

 なるほど、デスマスクの上着の襟に、しっかりはっきりついている。

デス「あのな。お前がいきなり飛び出して行くから着替えてる暇がなかったんだろうがよ。ほら、人に迷惑かけとらんで帰るぞ、バカ」
アフロ「黙れ!!言ったはずだ、私は実家に帰ると!!」
デス「お前の実家は逆方向だ。ここは白羊宮。双魚宮は上。わかるか?」
アフロ「うるさいうるさいうるさいっ・・・・っ・・・・・・!!」

 アフロディーテの声がにじむ。顔を伏せる。
 デスマスクは呆れたように呟いた。

デス「・・・・・なーに泣いてんだか・・・・・・」

 そしてちょっと苦笑をすると、椅子にかけている妻(違)の目線に合わせてかがみこんだ。

デス「なに?そんなに嫌だったか?」
アフロ「・・・・・・・・・・あたりまえだっ・・・・」
デス「そうか。ならもう、つけて帰ったりしねえから」
アフロ「・・・つけなきゃいいとか・・・・・・そういう問題ではないっ・・・」
デス「泣くなって。ったく、しょうがねえな」

 デスマスクは笑いながら、手を伸ばして涙を拭ってやる。
 腕を回してアフロディーテの頭を引き寄せると、白い指が抵抗もなくそのまま旦那の胸にかきついた。

デス「・・・落ち着いたか?」
アフロ「・・・・・ん」
デス「帰るぞ」
アフロ「・・・・・・少しは、反省したか・・・?」
デス「したした。機嫌直せ。な?」
アフロ「ん」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

ムウ「はい!話が片付いたんならさっさと帰る!!人のうちでいちゃつくのはやめましょうね!はいはい!!」
デス「あー、ムウ。悪かったな迷惑かけて」
ムウ「そう思うのなら二度と来ないように」

 辛辣な言葉もバカップルには通用しない。
 二人は仲良く帰っていった。ムウにはそう見えた。
 その約十分後。

アルデバラン「ムウーっっ!!何とかしてくれ!!俺はもう気が狂いそうだ!!」
カノン「嫌だ・・・・こんな倒錯世界は嫌だ・・・・!!海底に帰るーッ!!」
サガ「ウワーッハッハッハッ!!」

 二人の通り道になった宮の住人が、完全に錯乱して白羊宮につめかけた。
 やはり、みのもんたなのであろうか・・・・
 自分のアイデンティティをやや見失いかけるムウ、二十歳の冬だった。




 その日、シュラと一緒に飲み屋に行っていたデスマスク。日暮れのころに席を立つのを、シュラがいぶかしそうに見る。

シュラ「もう帰るのか?」
デス「ああ。晩飯までには帰って来いとうるさいのでな。食いに来るか?最近、料理の腕が上がったぞあいつ」
シュラ「いや・・・・・遠慮しておく。俺はまっすぐ帰ろう」

 しかし、帰るためには巨蟹宮を通らなければならないシュラ。
 デスマスクの帰宅と、それに伴う一部始終を嫌でも見せ付けられることとなった。

デス「帰ったぞー」
アフロ「!おかえりっ!」

 飛び出してきたアフロディーテはしっかりエプロン姿であった。

アフロ「飯にする?それとも風呂にする?」
デス「んー、風呂」
アフロ「そういうと思ってちゃんと沸かしておいた。褒めてくれ」
デス「はいはい」

 苦笑して、アフロディーテの頭をわしゃわしゃなでてやるデスマスク。
 そんな二人の横で、シュラは一歩も進めず硬直状態に陥っている。

アフロ「今な、客が来ているのだ」
デス「客?」
ミロ「お・・・おじゃましてます」
デス「なんだ、ミロか。いつ来た?」
アフロ「昼頃。晩飯を食っていってくれるそうだ。な?」
ミロ「あ・・・ああ」
デス「そうか。おいシュラ。ミロも来てるぞ。おまえもどうだ?」
シュラ「い、いや、俺は・・・」

 慌てて辞退しかけたシュラだったが、その時奥からミロが「頼むから行かないでくれ!!」と小犬のような視線で訴えているのに気がつき、言葉に詰まる。

シュラ「・・・・・・・・・・(滝汗)」
デス「食ってけよ。な?」
シュラ「・・・・・・・・・・・・・・・わ、わかった」
アフロ「デスマスク。私は今日、昼からずっとミロと一緒に色々話をしていた。楽しかったぞ」
デス「そりゃよかったな。じゃあちょっと俺は風呂入ってくるから、その間頼む」
アフロ「あ、おい・・・」

 さっさと行ってしまうデスマスク。
 アフロディーテの眉根が寄った。

アフロ「・・・・・・・・っ」
シュラ「・・・・・・・・・・・・おい、ミロ。なんだか、アフロディーテの機嫌が悪いが、何が原因だ?」
ミロ「いや、今までは普通だったのだ。むしろ機嫌がいいぐらいで・・・。それより見ろ。デスマスクの着替えを用意している。なあ、いつのまにこんな良妻になってしまってるのだ・・・?」
シュラ「俺が知るか!今すぐ逃げ出したいくらいだ!お前さえここにいなければ・・・!」
ミロ「だって心配だったから様子を見に来たらそのままなし崩し的に・・・俺だって辛いわ!!」
シュラ「お前、アフロディーテと何を話してたのだ?」
ミロ「主婦の悩み相談を聞かされていた。デスマスクの考え方がよく分からないだの、どうしてあいつはああなんだだの、そんなことばっかり!昼からずっと!」
シュラ「・・・・・・・なるほど。それは辛かろうな」

 やがてデスマスクが風呂から上がった。

デス「アフロディーテ。とりあえず酒出しといてもらえるか?」
アフロ「・・・・・・・・・・・・」

 返事もせず、台所へひっこむアフロディーテ。

デス「・・・・・・なんか機嫌悪いな。風呂の間に何かあったのか?」
ミロ「いや・・・・お前が風呂に行ったとたん機嫌が悪くなった。俺達は別に何も・・・」
デス「仕方ねえな。ああなるとやっかいだ。ちょっと待っててくれ」

 客に告げて、旦那は妻を追っていった。
 彼は冷蔵庫を開けて、ビールを探しているところだったが、夫が来たのに明らかに気づいていながら振り返ろうとしない。
 デスマスクは後ろから腕を伸ばして冷蔵庫の蓋を閉めてやった。

アフロ「何をする!」
デス「お前こそ、何をすねてるんだ」
アフロ「すねてなど、いない!」
デス「明らかにわかる嘘をつくなよ。何?どうした?」
アフロ「・・・君のことがわからん」
デス「ん?」
アフロ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・少しは妬いてくれてもいいではないか」
デス「はあ?」
アフロ「昼から自分の他の男と二人っきりで部屋にいたのだぞ!少しは妬いてくれたって罰はあたらんだろう!?」
デス「・・・・・・・そんなことで怒ってんのか」
アフロ「そんなこととは何だ!」
デス「そんなことだろうが。第一、『他の男』ったって、ミロだし」
アフロ「ミロは男ではないとでも!?」
デス「そうは言ってない。つーか、冷静に考えて、男だからこそ妬く必要がない気がするんだが・・・」
アフロ「もういい!君は私の気持ちなど、何一つわかってくれんのだ!」
デス「わかるって。俺が死ぬほど好きなんだろ?
アフロ「誰がそんなことを言った!!」
デス「なら嫌いか?」
アフロ「大っきらいだ!!」
デス「そうか。じゃあ好きにさせてやる」
アフロ「!」

 ・・・唇を取られると、アフロディーテはとことん弱かった。というかもう、この旦那に弱かった。
 二三度もがいて抵抗した後、大人しく両腕を背に回す。
 ちなみにこの会話は客の元まで筒抜けであった。

ミロ「コキュートスより居心地が悪い・・・・俺達はここにいていいのだろうか」
シュラ「フッ、愚問だな。もちろん良くないに決まっている!!あいつらにというか、俺達の精神状態にとってな!俺は逃げるぞ。今がチャンスだ」
ミロ「待て!俺も行く!」

 いっそ、新居は双魚宮に構えた方が良かったのかもしれない。
 そうすれば、だれにも迷惑をかけなかっただろうから。




 めくるめくような一週間はあっという間に過ぎ、とうとう最後の一日を迎えた。

デス「今日で離婚だな」
アフロ「そうだな」
デス「どうした?嬉しくないのか?あんなに俺との結婚を嫌がっていたくせに」
アフロ「嫌がっていたんじゃ・・・!」

 言い返そうとして、アフロディーテはやっぱりやめた。
 目を伏せる。

アフロ「・・・・・この一週間、君について考えていたのだ」
デス「そりゃそうだろうな」
アフロ「私はずいぶん君を怒鳴ったな」
デス「ああ。ものすごくな」
アフロ「でも、君は一度も私を怒らなかったな」
デス「俺は大人だからな」
アフロ「茶化すな。真面目な話なのだ。私はずいぶん君に弱みを見せた気がする。でも、私も君の弱みを知ってるぞ」
デス「弱み?」

 デスマスクは面白そうに眉を跳ね上げた。アフロディーテは真面目な眼で見返した。

アフロ「君は、どうしようもなく馬鹿でいい加減で自分勝手で遊び人だが・・・・そうなった理由が分かった」
デス「ほう」
アフロ「昼寝の時、あいかわらずソファの背もたれに顔を向けて窒息しそうに寝ているな」
デス「それがどうかしたか?」
アフロ「あれは君の癖なのだな。ずっと前からの。・・・・・死者の恨みがそんなに恐かったか」

 瞬間・・・・・
 デスマスクの笑みが一気に冷めた。

デス「・・・・・・・・・・・・・なんだと?」
アフロ「巨蟹宮を埋め尽くす顔から、目を背けていたのだろう?」
デス「・・・・・・・・・・おい」
アフロ「君が笑うのも遊ぶのも、楽しいからではない。結局、逃げるためだ。私は意地をはるが、強がりなのは君の方だ。この一週間、ずっと・・・・・・」
デス「おい」

 気がつくと、男の両手が自分の首にかかっていた。
 一度も感じたことのなかった底知れない殺気に、アフロディーテは背筋から冷や汗が噴き出すのを感じた。

デス「・・・・・それ以上何か言ったら、首の骨を折るぞ」
アフロ「・・・・・・・・・・・・・・」
デス「お前が俺をどう思おうと何しようとどんな迷惑吹っかけようと勝手だけどな、俺のことを詮索するのはよせ」
アフロ「・・・・・・・・・・詮索ではない。君のことを知りたかっただけだ」
デス「必要ねえんだよ。余計な事はするな」
アフロ「デスマスク・・・・・」

 二人はしばらくお互い睨み合った。
 とうとう先に目をそらしたのは、デスマスクの方だった。彼は一言も言わずに背を向けると、宮を出ていった。
 アフロディーテは沈黙したままだった。
 初めて相方を怒らせ、退却させた。でも本当にこれで良かったのか分からなかった。
 せっかく最後の一日なのに、このまま帰ってこなかったらどうしよう。
 別に気まずくさせるつもりはなかったのだが、しかし考えてみればあんなことを言ったら気まずくなるのが当たり前である。
 アフロディーテは重たい気持ちで部屋の片付けを始めた。
 離婚のために自分の荷物をまとめる。
 なんだか哀しい響きだ。

サガ「アフロディーテ。ちょっといいか」

気がつくと、心配そうな顔をしたサガが戸口に立っていた。

サガ「たった今、デスマスクがただならぬ雰囲気で出ていったようだが・・・・何かあったのか?いや、なんかもう今更な感じはするが、いつもとは様子が違ったのでな」
アフロ「・・・・・・・・・・喧嘩をしたのだ」
サガ「・・・・女か?それとも男か?」
アフロ「そういうのではない。私はどうやら、あいつのタブーに触れてしまったらしい」
サガ「・・・・・・禁句?」
アフロ「うむ・・・・・・・・・決定的に嫌われたようだ。だが、今度こそは引き下がらんぞ」

 アフロディーテがうつむいて呟いた時、ぽたんと涙が零れ落ちた。

アフロ「帰って来るまでずっと待ってる」




 その夜。
 デスマスクは帰ってきた。
 部屋の真ん中に突っ立って、ややこわばらせた顔をしているアフロディーテを見ると、厳しかった表情が少しだけ緩んだ。

デス「・・・・・ずっと待ってるつもりだった、な?」
アフロ「・・・・・・・・・・・・ああ」
デス「帰ってきて正解だったな。これ以上罰ゲーム期間がのびたら、他の奴等が発狂するぞ」
アフロ「・・・・そうだな」
デス「・・・・・・・・・・・・・・アフロディーテ」
アフロ「・・・・・なんだ」

 男ははにかんだように苦笑して、言った。

デス「・・・悪かったな」

 待っていた言葉だった。
 アフロディーテはその言葉を飲みこむや否や、飛んでいって、夫の首にしっかりと抱き着いた。

デス「泣くなって。お前は」
アフロ「うるさい!誰のせいだ!」
デス「全部俺のせいにするんだからな」
アフロ「君はデリカシーというものがまったくないのだ!一年後の結婚記念日をすっかり忘れ呆けて妻を泣かすタイプの男だ!」

 デスマスクがにやりと笑った。

デス「いやあ、忘れねえと思うぜ?・・・なんなら試してみるか?」
アフロ「!本気か?」
デス「ああ」
アフロ「私は色々詮索するぞ。それでもいいのか?」
デス「勝手にしろ」
アフロ「無理してないな?」
デス「バーカ。何年巨蟹宮でやってきたと思ってんだよ」
アフロ「私は、君が記念日を忘れる方に賭ける!」
デス「だから忘れねえって!」

 仲むつまじい夫婦の姿。これ以上を話すのは野暮であろう。
 ただ一つ。
 「一年後に結婚記念日を迎えよう計画」は翌日、聖域中の涙の猛反対により、結局実現しなかったことだけを述べておく。


BACK