聖域の中枢・教皇の間。
 今、ここには仰々しいマントで身を固めた聖域の総責任者と、年のころなら14,5歳の、しかし少年と呼ぶには顔が老けすぎていると思われる少年が二人いた。

ロス「教皇。召集していた黄金聖闘士見習い全員が、さきほど聖域に到着したようです」
シオン「そうか。様子はどうだ?お互い初対面となるが、喧嘩などはしておらんだろうな?」
サガ「ええ、ご心配なく。子供同士すぐに仲良くなったようです。階段でグリコをして遊んでいました」
シオン「やめさせろ。ここでそんなことを始めたら、勝者が決まるまでには12時間以上かかるだろうが。何段あると思ってるのだ
サガ「・・・私もそう思ったのですが、アイオロスが『よし!それなら俺がボスだ!上まで来たら俺とジャンケン勝負だぞ!』等と言い出したので出るに出られず止められず・・・」
ロス「待て。あれは俺が言ったというより、お前が横から『よし!それならこいつがボスだ!上まで来たらこいつとジャンケン勝負だぞ!』俺をダシに使ったんだろう!?」
サガ「・・・・とにかく。平和に遊んでいるうちは遊ばせておいてもいいのではないですか?いずれすぐに修行の毎日です。せいぜい今生最後の遊びを楽しませてやりましょう」
ロス「何だか悪役くさいぞサガ;」
サガ「それに、子供のことより問題なのはついてきた保護者の方です」
シオン「・・・・・・どうして入域に保護者同伴で来てるのだろうなどいつもこいつも・・・・私が子供の頃など両親なんて生まれながらに無かったぞ」

 それはあり得ない。

ロス「あなた親以外の何から生まれたんですか;」
シオン「まあ仮にいたとしても、『人生50年生きれば上等』の世の中、大抵は流行り病で30そこそこで死に別れるのが常だった」
サガ「何百年前の話でしょうね・・」
シオン「今の子供はべったりと親に張りついて自立というものを知らん!親も親で盲滅法好き放題に育てるからもやしっ子などと呼ばれる惰弱なガキが出来上がるのだ。子育ては辛・欺・体!(辛抱・欺瞞・体当たり)。そこのところをまったくわかっておらん!これだから近頃の教育というものは・・・・」
サガ「はいカットカット。長そうな話はそれくらいにされて、そろそろ顔見せに出向いてください」

 パンパンと打ち切りの手を鳴らし、サガは失礼でない程度に冷たく言った。





 一方、子供よりも問題視されている保護者達はその頃、問題っぷりを遺憾なく発揮して大問題になっていた。

アルベ「だから言っているだろう!?うちのデスマスクが一番利口だと!人の家の教育方針に口を出すな、凡才どもが!」
ハーゲン「お前の教育方針など、どうせロクなものではないに決まっている!」
ジーク「とにかく、うちのシュラには近づけないでくれ。不良がうつったら困る」
アルベ「黙れ!貴様らの育てたガキのほうがよっぽど問題児くさいわ!根暗だったり目つきが悪かったり!」
フレア「ちょっとアルベリッヒ!なんて事を言うの!?カミュちゃんは根暗なんかじゃないわ!知らない人に会ったばかりで引きこもりなだけよ!」
ハーゲン「人見知りの間違いでしょうフレア様・・・」
シド「兄さん!知りませんでした、貴方が幼女趣味だったなんて!」
バド「違う!!全然違う!!というか、貴様でかい声で叫びおって、わざとかオイ!?;」
シド「そんな、また邪推を・・・」
バド「とにかく!アフロディーテはああ見えてもれっきとした男なのだ!わかったか!」
シド「えっ・・・・・。・・・・・。・・・・・・・。・・・・あ、はあ・・・・まあ、そういう趣味もありますよね・・・・」
バド「違う!!!」
トール「シド。あまりプライベートな事を追求するのは野暮だぞ。そっとしておいてやれ」
シド「そうだな。・・・・・兄さんわかりました。頑張ってください」
バドわかってない!明らかにわかってない!どういうつもりだ貴様ら!!」
ヒルダ「ふふ。久しぶりに再会できて、皆とっても喜んでいるようですね」
ミーメ「現実見えておられますかヒルダ様・・・・?」

 怒鳴るアルベリッヒ。受けてたつフレア。シドがバドの神経を逆なでし、その横でヒルダが穏やかに微笑む。
 彼女はシャカによって泉に叩き落された後、ミーメのストリンガーレクイエムによって溺れる前に釣り上げられ、事無きを得ていた。

ヒルダ「落とされた時はどうなるかと思いましたけど、あなたのおかげで助かりました。ありがとう、ミーメ」
ミーメ「もったいないお言葉です。・・・・というか、を育てたのは私ですし・・・」
ヒルダ「そのような言い方をしてはいけません。シャカはとってもいい子ですよ。まだ子供なのですから、優しく見守ってあげなくては」
ミーメ「それをやってたら貴方が溺死してましたよ。優しさだけではガキは育ちません」
ヒルダ「まあミーメ」
ミーメ「そんなことより、驚きましたね。まさか私達が過去へと飛ばされていたとは」
ヒルダ「ふふ。ちょっとびっくりでしょう?」
ミーメ「びっくり程度で済む問題ですか。帰れるのですよね?もちろん」
ヒルダ「大丈夫。心配しなくても私に任せてくれれば。・・・・ですが」

 ヒルダは透き通った瞳を長く続く聖域の石段の方へ向けた。子供達が遊んでいる。
 唇が柔らかい微笑を浮かべて、どこまでも呑気に言った。

ヒルダ「せっかくここまで来たのですし、もうすこしのんびりしていきましょう。ね?」





カミュ「・・・・・・・・・・・」
ミロ「おーい!遅いぞ、何やってんだよ。皆もう上に行っちゃったじゃないか」
カミュ「だって・・・・・ジャンケン勝てないから・・・・・進めないし・・・・」
ミロ「もういいよ、声の届かない距離まで離れちゃったんだからさ」
カミュ「・・・・・ごめん」
ミロ「?何で謝る?」

 あっけらかんと青い眼をくるくるさせている少年を、カミュは眩しそうに見た。自分と同じ年頃の子。けれど、持っている雰囲気は全然違う。ミロは頭の先から指の先まで詰め込める限りの元気をぎゅう詰めにしたような、生きのいい子供であった。
 まるでお日様のようだ。彼の前に立っているとこちらまでぽかぽかしてくる。

ミロ「カミュだったよな?俺はミロ!」
カミュ「うん。さっき聞いた」
ミロ「きみはどこで修行してたんだ?俺はミロス島っていうところにいたんだ。すごくいいところだったんだ」

 質問をする割には答えを聞かずに自分のことだけ言う。
 だが嫌な気はしなかった。

ミロ「これ、俺の聖衣なんだ。見る?」

 言いながらミロが石段に座ったので、カミュもそれに並んだ。
 今度もまたカミュの返事を待たず、ミロはもう見せること決定といった感じでパンドラボックスの蓋を開けている。やがて長い飾りのついたヘッドギアを取り出して頭にかぶると、にっこり笑って見せた。
 どうやら彼にとってはそれが一番重要な物であって、残りのパーツにはさしたる未練もないらしかった。

ミロ「かっこいいだろ、これ」
カミュ「・・・・うん」
ミロ「手に入れるのにすごく苦労したんだ。聞きたいか?」
カミュ「うん」
ミロ「そうか。じゃあ特別に教えてやる」

 上機嫌で話しはじめた内容は、次のようなものだった。

 聖闘士見習いとしては当然のことだろうが、ミロはとっても聖衣が欲しかった。どこに行けばもらえるんだろうかとシドに相談したところ、彼は返事に窮したあげく「サンタさんに頼め」と言ったので、遠いクリスマスを待てないミロはお空に祈ったのである。
 「早く聖衣を下さい」と。
 するとにわかに夜空が明るくなり、銀色の発光体に乗った異様に目のでかい生物・・・つまりサンタが降りてきた。

カミュ「あの・・・・・それ本当にサンタさんだった・・・?」
ミロ「サンタさ!決まってるじゃないか。だってサンタにお祈りしたんだし」
カミュ「・・・・・・・」

 サンタの出現に喜んだミロは、ぜひ聖衣をくれるようにと頼んだ。すると相手はやや不自由な口調で、「アスノアサ、イエヲデテ、サイショニツカンダモノヲモッテイケ」と教えてくれた。
 翌朝、修行をしにいこうとしたミロは玄関の前で滑って転び、一本の藁をつかんだ。サンタの言葉どおりにその藁を持って歩いていくと、通りすがりの宗教勧誘がうるさくまつわりついてきたので藁の端に結びつけた。そして連れて行った。

カミュ「あの・・・・・それ本当に藁だった・・・・?」
ミロ「藁さ!だって細くて長かったんだ」
カミュ「・・・・・・・・」

 しばらく行くと人気の無い港に出た。ひっそりと隠れるように停泊している船の前に顔の半分を覆面で隠したアラビア風の男がいて、「ぼうや、その連れてる人、いらないなら売ってくれないかい?」と言ってきたので快く譲ってあげた。御礼に、男はなんだか白い粉をくれて、どこそこの家まで持って行けば金になると教えてくれたので言われたとおり持っていった。

ミロ「・・・で、その家に入ったとたんに何か変な匂いをかいで眠っちゃってさ。気がついたら縄でしばられて狭いところに押し込められてたんだけど、そこにこの聖衣もあったんだ!サンタさんが願いをかなえてくれたんだよ」
カミュ「・・・・・・・・・(汗)」
ミロ「聖衣を持って外に出たら海の上でね。知らないうちに船に乗せられてたらしくて、戻ってくるの大変だったんだ。ははは」
 
 ・・・・カミュは、少なくとも話してる当人よりは事の重大さがわかったのではあったが、喜んでいるミロに水を差すのもなんだったので、ここは黙って座っていようと思った。






シュラ「・・・というわけで、なぜだかわからんが体がくっついてしまって・・・・。やむを得んので二人がかりで聖衣を破壊した。だからもう一度教皇に直してもらわなければならんのだ」
デス「へー。大変だな、それは」

 シュラの背中の、ガラガラ言ってるパンドラボックスを眺めやりながらデスマスクは言った。
 二人は教皇の間へと続く階段を並んで上っている最中で、行く手には双魚宮が少しずつ大きくなっているところだった。
 グリコ遊びは個人間の距離が広まるに連れて続行不能となり、自然解散になっている。

シュラ「お前は、くっついたりしなかったか?」
デス「俺まだあけてないんだ、この箱。龍宮城から帰るときに乙姫様が『本当に困ったときしか開けてはいけません』とか言ってたから」
シュラ「そうか」
デス「なあ、話は変わるんだけどよ。朝ここに着いた奴の中にすげえ可愛い女の子がいなかったか?俺たちと同い年くらいの」
シュラ「ああいた。それがどうかしたか?」
デス「彼氏いるかな」
シュラ「知らん。おい、ここへは修行のために来たんだろう?女と遊んだりするのはいけないことだぞ」
デス「かたいこと言うな。今どこにいるんだろうな、あの子」

 だがその謎はすぐに解けた。
 双魚宮に入るなり、話題の少女がキョロキョロしながら宮の中を行ったり来たりしているのを見つけたのだ。
 向こうもほとんど間をおかずにこちらに気づいた。手に持った薔薇で口元を隠したのは、少々人見知りをしたせいだろう。
 入り口から差し込む光で豪華な金の髪が輝き、抜けるように白い肌に頬だけ薄紅色をしている様などはまるで精巧なビスクドールのようであったが、つぶらな眼が何度も瞬くので生きているのだとわかる。
 まったく綺麗な子であった。

デス「・・・・・・よう」

 デスマスクはにっと笑いかけて手を振ってみた。相手ははっとした。気後れしたように手を振り返す。
 そしていきなり意を決したように眼をすえると、つかつかとこちらに歩み寄り、開口一番言った。

アフロ「なあ、便所がどこか知ってるか?」
デス「・・・・・・。さあ。しらねえ」

 一瞬で現実に引き戻され、デスマスクの眼には世界が色あせたように思えた。

アフロ「どこにも無いのだ。どうしよう・・・・その辺で適当にすませるのかな」
デス「やめろ」
アフロ「だってさっきからずっと我慢してるのだ。もう駄目だ。あっちの方なら人がいなさそうだし・・・」
シュラ「待て!神聖な聖域を汚すな。上に行ってここの人に聞こう」
アフロ「そんなに我慢できな・・・」
デス「いいから来い!」

 シュラとデスマスクは両側からがっちり少女の手を握り、ものすごい早足で宮を抜け、石段を上がる。
 
デス「お前、名前はなんだっけ!?」
アフロ「アフロディーテ。男」
デス「男!?」
アフロ「うん。人に会ったら必ずそう言えって師匠に言われた」
シュラ「それで、本当に男なのか?」
アフロ「うん。当たり前だ」
デス「・・・。なんだよ、それなら早く言えよ。男なら別にトイレ探さなくてもいいじゃん。その辺でしろよ。なあシュラ」
シュラ「そういう問題じゃない!!」
デス「え?違うの?;」

 ともあれアフロディーテは上へ連れて行かれた。
 教皇の間からは、ちょうどサガたちが下へ下りようと出てきたところであった。

シュラ「すみません、トイレどこですか!?」
サガ「なに?トイレ?ああ、そんなものは無い。男の子だろう、その辺でしなさい」

 ・・・便所に関する一件は以上で終了し、アフロディーテはサガが人目につかない穴場へ連れて行った。
 虚無感にさいなまれるシュラとデスマスクである。

ロス「どうした?トイレを探しにここまで上がってきたのか君たち?」
デス「はい」
シュラ「違います!俺は教皇様に聖衣を直していただこうと!」
教皇「聖衣を直すだと?」
シュラ「はい。あの・・・・事情があって壊してしまったんです」

 シュラは聖衣に体がくっついてしまった金のガチョウ事件を説明し、離れるには壊すしかなかったことを訴えた。

教皇「なるほど。見せてみろ」
シュラ「はい」

 ガラガラガラ。
 山羊座のパンドラボックスからは原型をとどめぬほどにバラされた金の欠片が出てきた。
 教皇はそれを一目見るなり、重い声で、

教皇「いかん。この聖衣は既に死んでいる」
シュラ「え?」
教皇「聖衣にも命があるのだ小僧。死んだ人間を生き返らせることはできん。同様に死んだ聖衣を生き返らせる事もできんのだ」
シュラ「・・・・・・」
デス「おい、そんなのひどいだろ。何とかできるよな?」
教皇「できないと説明しただろうが今」
デス「だって聖衣壊したのはこいつが悪いわけじゃないだろ!壊さなきゃ取れなかったんだから、普通は壊すだろ!」
ロス「こらこら・・・教皇相手に失礼な口を叩いちゃ駄目だぞ」

 アイオロスがたしなめて、

ロス「なんとかなりませんか?教皇。せっかく手に入れた聖衣がこれでは可哀想です」
教皇「・・・・・手は一つだけある」
デス「なんだよ、あるなら教えろよ」
ロス「こら!」
教皇「生きた人間の血を注ぎ、生命力を吸収させることによって聖衣は蘇る」
シュラ「本当ですか!?それならすぐに俺の血を・・・!」
教皇「続きを聞け。確かに聖衣は血によって蘇る。しかしそれには通常の体の半分の血液が必要なのだ。人間は全血液の3分の1を抜かれれば死に至る。お前は死ぬことになるがそれでもいいか?」
デス「じゃあ俺の血も使えばいいじゃん。シュラ、半分わけてやる」
シュラ「デスマスク・・・」

 感謝の眼差しで振り向くシュラ。にっと笑って見返すデスマスク。
 清々しい二人の少年達の背丈は教皇の腰ぐらいまでしかない。

教皇「お前ら全部搾り取っても足りるかどうか・・・・」
ロス「教皇教皇;」

 子供達ががっかりした顔をしたのでアイオロスは上司の言葉をさえぎった。
 茶色の巻き毛を二三回くしゃくしゃと掻く。そして腰をかがめて目線を下げた。シュラの眼の高さまで。

ロス「大丈夫。そんな顔しないでも俺とサガでなんとかしよう。聖衣は預かるから、君は安心して下に戻りなさい」
シュラ「でも、それは俺が壊して・・・・」
ロス「この借りは君が立派な聖闘士になったら返してもらうさ」

 後にどういう返され方をするか知っていたらこの台詞はたぶんなかっただろう。
 しかしシュラの目には、このときのアイオロスが誰よりも頼もしい人に見えた。彼は素直に頷いて、いつかきっと恩返しをしようと心に誓った。

教皇「・・・・甘い奴だな」
ロス「まあ、初日ですから」

 子供二人を下へ帰してしまった後、半ば呆れたように教皇はいい、それにアイオロスが笑って答えた。

ロス「明日からはしごきますよ。今日だけ特別です」
教皇「お前らしい。・・・・それで、聖衣の血はお前があがなうのだな?」
ロス「はい。頼めばサガも手を貸してくれるでしょうが・・・あいつにあまり負担させるわけにもいきませんし、8割がたは俺が」
教皇「無理はするな」
ロス「大丈夫ですよ」

 アイオロスは何のためらいも無く手首に傷を入れ、壊れた聖衣の上にかざしたのだった。






 サガの微笑には側にいる人を際限なく安心させてしまう何かがあった。トイレを済ませ、彼に手を引かれて戻る道々、アフロディーテは何度も上を振り返り、そのたびに気持ちがくつろいでいくのを感じた。
 優しくとめどなく話しかけてくれる声も心地いい。サガとはなんて素敵な人だろう。

サガ「聖域にきた感想はどうかな?もう友達はできたのか?」
アフロ「まだです」
サガ「さっき君を連れてきてくれた二人は。いい子達みたいだったね」
アフロ「無理矢理引っ張ってこられたんです。その前までは全然話とかしたことない」
サガ「すぐに仲良くなれるだろう。友達はいた方がいい。信頼できる友人は何にも換えがたい宝物だよ」
アフロ「サガには友達、いる?」
サガ「ああ、アイオロスがいる」
アフロ「アイオロス?」
サガ「さっき私と一緒にいた男だ。ほら、あそこに見えるだろう?」

 とサガの指し示した方向には、穏やかに微笑みつつ手首から大量に血を垂れ流しているアイオロス。

アフロ「・・・・・・・」
サガ「ああ恐がらなくていい。彼はいつもああだから」
アフロ「いつも!?」
サガ「アイオロス!何をしているんだ?お前はまた」
ロス「いや、さっきその子と来た黒髪の子が、聖衣を壊したっていうんでな。血が必要なんだ」
サガ「それでお前が肩代わりか。馬鹿だな、私が戻ってくるのを待てばよかったのに。代わろう」
ロス「大丈夫もうちょっと出せる」
サガ「・・・唇青いぞ。頼むから代わってくれ」

 ほとんどアイオロスを押しのけるようにしてサガは身を乗り出し、自分の手首を切った。

ロス「サガ。無理をするなよ。お前は黙って無理をするからな」
サガ「心配性だな。いいから教皇と先に下へ行っていろ」
ロス「駄目だ。お前を見張る。3分交代な」
サガ「やれやれ」

 苦笑するサガ。心温まる友情の場面。
 しかし死んだ聖衣の復活方法を全く知らないアフロディーテは、何が楽しくてそんなに手首を切りたがってるのか皆目見当つきかねた。
 何なんだろうか、この凄惨な現場。
 相変わらずサガの微笑は魅力的ではあったし、アイオロスと見交わす視線も信頼感に溢れていたが、どうしたって二人の友情は歪んでいるとしか思えない少年であった。






 聖衣の修復も一段落。「あとはしばらく寝かせて発酵するのを待て」と教皇が言ったので、アイオロスとサガはそこらへんの布で適当に止血し、アフロディーテも一緒に4人揃って保護者の集まる白羊宮へと下りて行く。
 サガは完璧なまでの善人顔で子供の手を引きながら、

サガ「君ももう聖衣をもらったのだろう?魚座だったか。どんないきさつで手に入れたのか教えてくれないか?」
アフロ「ぴーちゃんにもらったんです」
サガ「ぴーちゃん・・・?」
アフロ「スズメです。私が拾ってきたのを師匠が舌切って捨てたんです」
サガ「そうか。変わった家庭で育ったのだな、君も」
アフロ「変?」
ロス「いや、そんなことはないよ。聞くところによると牡牛座の子なんか、市場で牛と引き換えに買った豆を庭にまいて手に入れたそうだから。次の日になったら天まで届く豆の木が生えていて、それを登って雲の上の城から牡牛座の聖衣をとってきたんだそうだよ」
アフロ「あの、それは泥棒なんじゃ・・・」
ロス「城の主人に見つかって追いかけられたんだけど、彼の師匠が丁度いい斧・・・ミョニールだかなんだか言ってたけど・・・を持っていたので、それで豆の木ごと切り倒して墜落死させたんだそうだ。ははは、強盗だな」
アフロ「・・・・・・・;」
ロス「彼に比べれば君は正式にもらったんだからちっとも犯罪じゃないだろう。良かったな」
アフロ「・・・そういう心配はしてないんですけど・・・・・・・・・・ありがとうございます」

 黙って前を歩いていた教皇が苦い声で尋ねた。

教皇「・・・それで、アイオロス。お前の弟はどのように聖衣を手に入れたのだ?」
ロス「アイオリアですか?あいつはええと・・・・そうそう、俺が市場で服を買ってきてやった日でしたか。新しい服を着て修行に出かけたら、次々にライオンに遭遇して身ぐるみはがされたらしくて。でもそのうちライオンたちのほうが仲間割れをし始めて、追いかけっこの末に溶けて金になって黄金聖衣になったそうです」
教皇「・・・・・。どいつもこいつもロクな獲得しとらんな・・・」
ロス「そうですか?俺達の時よりはマシになってる気がしますが・・・。なあ、サガ?」
サガ「そうだな。私のときなど、『ここ掘れワンワン』と鳴く犬の言うこと聞いて掘ったら出てきたのだから・・・しかも分解された状態で出てきたので、かなりバラバラ殺人ぽかった。アイオロス、お前は?」
ロス「俺は電話だった」
教皇「電話?」
ロス「はい。草木も眠る丑三つ時、いきなり人馬宮の電話が鳴りました。出ると全く聞き覚えの無い声が『今、白羊宮にいる』と、それだけ言って切れました。数分後にまたかかってきて『今、金牛宮にいる』。この調子で双児宮、巨蟹宮とどんどん近づいてきて、最後の電話が『今、あなたの後ろにいる』。振り向いたら聖衣が弓矢で私の心臓狙ってました」
サガ「・・・・お前のだけ系統が違うのではないか、アイオロス・・・」
ロス「ははは。まあいいじゃないか。手に入れることはできたんだし」
教皇「ちっとも良くないわ!!お前たちまでそんな箸にも棒にもかからぬ聖衣獲得しているとは思わなかったぞ!駄目黄金聖闘士ばかりが集まって、次の聖戦が起こったらどう対処する気なのだ!」
サガ「ご安心下さい」

 怒鳴る教皇に、サガはフッと微笑んでみせる。

サガ「持ち主を選ぶは黄金聖衣の意志。それはつまり時代の意志。そして私達が選ばれた存在。ということは、次の聖戦は大したこと無いに違いありません」
教皇「威張れることかああっ!!ええいっ!貴様、サガ!!減点10!!」
サガ「あっ、それは次期教皇候補エンマ帳!きょ、教皇、どうぞお考え直しを・・・」
教皇「黙れ!ついでに私の話を途中カットした件も減点してやるわ!この分だと近いうちにアイオロスが教皇候補に取って代わるから覚悟しておくがいい!」
サガ「くっ!!」
アフロ「・・・あの・・・・つきましたよ」

 おそるおそる繋いだ手を引っ張ってみるアフロディーテ。
 目の前には白羊宮が見えていた。








 現れた仰々しい服装の教皇に、神闘士たちは一瞬緊張した。あたりの全てを威圧する絶対無比な雰囲気が教皇にはあったのだ。
 統治者。支配者。まさにそんな言葉が相応しかった。
 彼らは思った。この人なら全てを任せられる、と。
 アルベリッヒが一歩前に進み出た。

アル「・・・あなたが、教皇ですか」
教皇「いかにも。私が教皇だ」
アル「聖域の全てを統括しておられる?」
教皇「そうだ」
アル「あなたの決定は絶対なのでしょうな?」
教皇「うむ」
アル「そうですか。・・・・ならば!」

 ぐいっと拳を握り締め、

アル「ガキどもの中で誰が一番出来がいいか今すぐ見極めていただきたい!そんなものは聞くまでもなくこのアルベリッヒが育てたデスマスクに決まっているのだが、他の馬鹿野郎が納得せんのです!!」
ジーク「あたりまえだ阿呆!!聞けばお前のところの不良は歓楽街にも出入りしているというではないか!そんな駄作のどこが一番だ!」
アル「駄作とは何だ!修行修行で馬鹿みたいに修行のことしか考えん貴様の弟子とは人間性の面白みが100倍違うわ!!」
シド「要するに両方とも駄目というわけだろう。ならば俺が指導したミロが一番に違いあるまい。何をさしおいてもいい奴であることは断言できる。そこの宗教フリークとは出来が違う」
シャカ「宗教フリークとは私のことかね?フッ、愚かな。悟りに達してもいない歳相応のガキなど、私の相手では無いわ。下賎は下賎で醜く争うがいい、私はさらなる高みにいる。したがって私が一番。そうだな?下僕よ」
ミーメ「・・・・黙っていたまえ。力量勝負ならともかく、人間性で君に勝ち目は無い」
シャカ「何を言う。他の奴らなど、根暗か馬鹿かのどちらかではないか」
ムウ「聞き捨てなりませんね。私は根暗でも馬鹿でもありませんよ」
フェン「しかし俺を未だに縛り倒しているお前はやはり何かが問題だと思う。いい加減放せ!」
フレア「どうもうちの子が根暗根暗と散々に言われている気がするわね・・・。言っておくけどカミュちゃんは無口なだけよ。腹の中では何考えてるか知れたものでは無いわ!」
ハーゲン「それはなおさら駄目でしょう;」
バド「おい貴様ら。どちらにしろこんなチビどもの人間性に大きな差異があるとは思えん。現時点で物を言うのはやはり顔!勝敗もすべてそれで決まるのだ!言いたかないが、アフロディーテ以上の美形はここにはいない!」
シド「兄さん、見た目で人間を裁くなど言語道断です!そんなことをしたら、トールの弟子はどうなります!?雑兵以下じゃないですか!」
トール「・・・・・。気にするなよ、アルデバラン」
バラン「はい・・・」

 一気にかき回されたように騒ぎ出した来訪者達を、教皇はしばらく呆然と眺めていた。
 しかし呆然としながらもその両腕は徐々に下がっていった。
 気づいたアイオロスが血相変えてしがみついた。

ロス「お待ちください!初対面でちゃぶ台返しは強烈過ぎます!!お気を確かに!!」
シオン「邪魔立てするな・・・このテの騒々しいうろたえっぷり、私には我慢がならん」
ロス「も、もう少しすれば自然に静かになるでしょう。ですから・・・」
シオン「今すぐ静かにしたいのだ。どけ」
ロス「ど、どきません!」
サガ「ふっ、教皇。この程度の者どもに貴方が手をくだされる必要はありません。私が中枢神経一撃で黙らせましょう」
ロス「おい!やめろ!;」

 だがサガはそれをやった。

サガ「・・・で、いかがいたしましょう。保護者はこのまま箱詰めにして送り返すにしても、子供達は一応黄金聖衣を持っています。聖域への移住を認めてよろしいでしょうか」
教皇「しかしどうも心もとないな・・・。例えば、おい、そこの小僧」
デス「ん?」
教皇「お前は聖闘士としてどんなことができる?必殺技の一つも覚えてきたか?」
デス「いや?先生に『お前は殺すことしか出来ない』って言われたから、技覚えるのやめといた」
教皇「そうか。帰れ」
ロス「教皇・・・なんてこと言うんですか貴方・・・;」
サガ「技や力ならば聖域に来てからでも学べましょう。むしろもう一度この保護者達に任せることのほうが問題という気もします。私達が正しく導いてやれば存外立派な人材になるやもしれません。黄金聖闘士になる秘訣は何をさておいても奇跡を信じること。聖衣獲得の話を聞く限り、全員が信じやすく騙され易い性格であることには間違いないかと」
教皇「・・・・心の底から使えなさそうな人材だな。サガよ、私とて完成品を求めているわけではない。良い聖闘士は自分で作らねば手に入らんことぐらい知っている。しかし、物には限度というものがある。最低レベルの基礎がなければ、上に修行を積んでいくことは到底できん話だ」
ロス「彼らにその基礎があるかないか、結論を出すのはまだ早すぎます。もう少し、何と言うか、テストをしてみてからだって良いではありませんか。少なくとも俺の弟はあれで結構パシリぐらいにはなるはずで・・・」
教皇「私のパシリは貴様ら二人飼ってれば十分だ。今からテスト方法を考えるだけでも面倒くさい。そこらの雑兵やクズ聖闘士と違って、黄金聖闘士というものは力も技も人格も全ての点で優れていなければならんのだ。一つや二つのテストでは済まんからな」
ロス「そんな・・・」
サガ「・・・お待ち下さい教皇。私に一案が」

 アイオロスを制し、サガが静かに一歩前へ出た。
 
サガ「子供達の多岐にわたる潜在能力を見極め協調性を発掘し、わずか一日で結果が出るうえ、ついてきた保護者も楽しめる・・・・そんな完璧な方法が一つだけあります」
教皇「おお!それが本当ならば閻魔帳にプラス10点してやろう!して、その方法とは!?」
サガ「フッ」

 バサァ!

サガ「ずばり!運動会です!」







 一つだけ救われた事があるとすれば、子供達自身は楽しんでいる様子だったことだろう。
 紛れも無く「一つだけ」の話だが。

シオン「・・・まともに聞いた私が馬鹿だった・・・。サガ、減点100」
サガ「なっ!それはあんまりです教皇!」
シオン「あんまりなのは貴様のアイデアだ!どこの阿呆がこんな案を口に出すかこのド阿呆!!」
ロス「お、落ち着きましょう教皇。血圧が・・・」
シオン「ええい黙れアイオロス!側で聞いてて止めなかった貴様も同罪だ!減点200!!」
ロス「なんで俺のほうが多いんだ・・・;」
サガ「教皇!それならこの際言わせていただきますが、お嫌なら却下なされば良かったでしょう!最終的に可決したのは貴方です!教皇、減点300!!」
ロス「サガ。言いすぎ・・・(滝汗)」
シオン「おのれ、自分の失態を棚に上げて私を減点だとは笑止な!ガキどもが傍で聞いてて喜んでしまったのだから可決するしかなかろうが!」
サガ「今さら子供に甘い顔してどうなります!そんなことなら最初から入域許可を出しておけばいいではないですか!」
シオン「上等だ貴様、ちょっと教皇の間の裏に来い。サシで決着つけてくれる」
サガ「望むところです!」
ロス「やめておけサガ。教皇に校舎裏に呼ばれて帰ってきた奴はいないんだぞ;そういうことをしている場合ではないしな。ちゃんと運動会の準備しような。お前が言い出したんだから」
サガ「・・・・・・・う・・・・・・」

 もめている主催者達から離れたところでは、子供達がわくわくしながら支給された体操着(ダブシャツ・腰紐・編み上げ靴)に着替えていた。

シャカ「なんだ、こんな貧乏臭いのが体操着なのか」
リア「貧乏臭くて悪かったな。俺はいつもこれで修行をしていた」
シャカ「なるほど。だから君は一般小市民がしみついた顔をしているのだな」
リア「・・・・・・(こいつにだけは負けたくねえ!)」

アルベ「いいか、デスマスク!あのシュラとかいう小僧にだけは遅れを取るな!わかったか!?」
デス「え、なんで・・・?」
アルベ「なんでもクソもない!奴に負けたらネイチャーユーニティーで空中100叩きの刑(氷河がやられた奴)にするぞ!」
ジーク「シュラ。あそこの銀のとさかの子供に負けたらピレネーに戻って一から修行のやり直しだ。諸悪の根源は奴だと思って徹底的に打ち負かせ。いいな」
シュラ「し、しかし、あいつは結構いい奴で・・・」
ジーク「騙されるな!うわべだけだそんなもの!!」
シュラ「・・・・;」

バド「おい、競技中に転んで泣いたりしたら殺すぞ。俺に恥をかかすなよ」
アフロ「はい。・・・・・。師匠、この体操着似合う?」
バド「知るか!!何だ貴様、ほっぺたまで染めて質問してくるとは俺に対する挑発か!?可愛い顔で可愛い声して可愛いことを言ったら俺が内心取り乱すと、さては知っててやってるんだろう!!大体『体操着』という語感からしていやらしいわ、この色ガキが!!」
シド「やめてください兄さん・・・・恥ずかしい・・・・」

ヒルダ「楽しそうですね。私たちも参加できればいいですね」
フレア「そういう主旨のイベントではないと思うけど・・・。それにお姉様には運動は似合いませんわ」
ヒルダ「あら、フレア。そんなことは無いわ。私、これでもドレスを着たまま青銅五人と渡り合えましたもの」
フレア「ええ・・・半殺しにしてましたわね。でもやっぱり、今回はそういう主旨のイベントではありませんから、お姉様」

シオン「ええい、ここでやりあっていても埒があかん!サガ、貴様とはそのうちじっくり話合ってやるから今のうちに技を磨いておけ!」
ロス「教皇・・・それ、話し合いじゃないでしょう絶対・・・」
シオン「さっさと始めてさっさと終わらせるぞ。さあガキども!ここへ並べ!とろとろするな!」
サガ「何だか運動会というよりは強制収容所のようだ・・・。まあ聖域も大して変わりは無いが」
ロス「・・・・まあな」

 こうして、何一つめでたさの欠片も無いまま運動会は始まったのである。





 組を紅白にわけなくていいのかというアイオロスの提案は、「面倒だ」の一言で却下された。

シオン「いいか小僧ども、よく聞け。この運動会はすべて個人戦。各競技一位から三位までの者にポイントを1つ与える。3ポイント取れれば合格。最後まで取れなければ失格だ。もう一度出直すがいい。何か質問はあるか?」
シュラ「はい」
シオン「なんだ黒いの
シュラ「シュラです。あの、競技は全部でいくつあるのですか?」
シオン「ああ、考えていない。適当な頃合を見計らって終了するから、早いうちにポイントは取っておけ」
シュラ「・・・・・;」
デス「俺も質問」
シオン「ん?」
デス「いきなり失格になるとかはあるのか?ルール違反とか。俺、先生から『勝つためには手段を選ぶな』って教わってるんだけど」
シオン「ああ、それも特に考えていない。反則はそのときの印象で私が決めるから注意しておくのだな」
デス「・・・何もわかんないのにどうやって注意すればいいんだろ・・・・;」
シオン「他に質問のある奴はいるか」
カミュ「はい」
シオン「なんだ」
カミュ「どうして何にも考えて無いんですか?」
シオン「仕方ないだろう!運動会が決定したのは20分前だぞ!私に何を考えろというのだ小僧!!」
カミュ「ご、ごめんなさ・・・・!」
ミロ「!はいはい!俺も質問です!」
シオン「なんだ!」
ミロ「えーと・・・・えーと、最初の競技はなんですか?」
シオン「・・・最初か。最初は短距離走だ。他に質問が無いなら始めるとしよう」

 シオンは気を落ち着かせ、コホンと一つ空咳をして、指で聖域のはるか遠くを指し示した。

シオン「向こうに崩れかけたコロッセオが見えるな?」
シャカ「見えません」
シオン「目を開けろ小僧。・・・ここから走っていってあのコロッセオを10周回って帰って来い。それが第一の競技、3キロメートル短距離走だ。わかったな」
子供「はい!」
シオン「では始める」
 
 位置について!よーい、ドン!!(←ロスの仕切り)
 
ヒルダ「あら、もうあんなに小さく・・・速いのですね。ふふ、皆元気で可愛いこと」
フレア「・・・競技に何の疑問も感じてなかったわね・・・その時点でもう合格という気がするのだけど、どう思う?ハーゲン」
ハーゲン「ええ、合格というか、聖闘士以外に何になるというレベルでしょうね。既に専用思考回路が出来上がってます」

 数分後。先頭集団が帰ってきた。
 トップを争う二人は、ほとんど団子になってゴールのテープに飛び込む。
 ちなみにテープ持ちはもちろんサガとアイオロスの二人である。地味に仕事をしている。

デス「オラッ!!」
シュラ「クッ!!」

 ゴールを抜け、少年達はそのまま数メートル走って全く同時に地面に倒れこんだが、すぐに上半身を起こし、

二人「どっちだ!?」
サガ「よくわからなかった。同着」
デス「なんだとお!?」
サガ「1位でも2位でもポイントは同じだから心配するな」
アルベ「そういう問題ではない!!」

 と、横から割って入ったのは保護者。

アルベ「貴様一体どこを見ていた!?絶対にデスマスクの方が速かったではないか!!」
ジーク「黙れ!貴様こそどこを見ていた、速かったのはシュラだ!!おい、そっちの審判!シュラだろう!?」
ロス「いや・・・俺も良くわからなかったし・・・同着で」
アルベ「そんないい加減な話があるか!!」

 やいのやいのと大人が加熱し始める。一方で、反動か子供達は呼吸を整えるうちに勝負熱が冷めてしまったようだった。
 シュラがデスマスクに言った。

シュラ「速いな。驚いた」
デス「任せろ。いつも鍛えてるからな」
シュラ「そうか、俺も毎日鍛えてる」
デス「だよな。そうだと思ったんだ。やっぱやるよな、ピンポンダッシュ」
シュラ「いやすまんやっぱり違う・・・;」

 ここでアフロディーテが3着に入ってきたので二人は思わず顔を見合わせた。
 一見するかぎり細っこくて力のなさそうな少年は、はあはあ息を切らしたまま石畳の上にへたんと座り込んだ。

デス「なんだ、お前も実は速かったんだな」
アフロ「うん・・・・・いっつも師匠に・・・・走って筋肉つけろって・・・・言われてるから・・・・」
シュラ「体力だろう?」
アフロ「ううん、筋肉。・・・ハァ・・・君ら速いな。どっちが一位だった?」
デス「俺」
シュラ「おい;」
アフロ「私は何位だろう」
デス「3位だろ。他にまだ誰も来て無いぞ」
アフロ「あ、良かった。師匠に怒られないですむ・・・・」

 アフロディーテは嬉しそうににっこり笑う。
 見ていた少年二人は思わず一瞬固まって、

デス「・・・・・なんかな」
シュラ「ああ。・・・なんかな」

 呟きあうと互いに気まずく視線をそらしたのだった。
 ゴールにはそろそろ他の少年達も駆け込んできているようだった。

ミロ「あー。駄目だったかぁ。俺、自信あったのにな」
シド「上には上がいると言うことだ。まずはいい勉強になったな、ミロ」
ミロ「うん。・・・・あ、おい、カミュ!」
カミュ「・・・・・・・・・」
ミロ「残念だったな。お前最初速かったのに途中で・・・・おい、どうした?」
カミュ「・・・・あ・・・・・あつい・・・・」
ミロ「カミュ?わ!どうした!?大丈夫かおい!」

 いきなりくらくらと倒れ掛かってきた友達を慌てて地面に寝かせるミロ。

ミロ「水持ってくる!」

 ・・・これが本格的な世話の看はじめで、以後13年ほどこの関係が続くことを彼はまだ知らない。
 ハーゲンも慌ててとんできた。

ハーゲン「カミュ!どうした、しっかりしろ!」
カミュ「先生・・・・頭があついです・・・」
ハーゲン「ああ、今冷ましてやる。・・・うかつだった。気温23度で熱射病になるとは・・・。お前平熱一体いくつだ?」
カミュ「平熱・・・すみません、体温計に出ないのでよくわからないです」
ハーゲン「・・・30度ぐらいか・・・?;あまり無理な運動はするなよ。少しずつ体を慣らしていけ」
カミュ「はい・・・」

 ミロの向かった水道では、ムウが顔をゆすいでいた。側にアイオリアがいて不思議そうな顔をしている。

リア「・・・教皇の弟子だと聞いたから、もっと何でもできるのかと思った」
ムウ「普段はテレポーテーションばかりつかってるので・・・あんまり走るのは得意じゃないです」
リア「テレポーテーションを使えばお前が一位だったな」
ムウ「そんなの、シオンが知ったら絶対許してくれません。反則はしません」
リア「ふうん」
ムウ「あなたこそ、ずっとここで修行していたのでしょう?一位になれなかったのですか?」
リア「4位だった。あいつら速いんだもんな。大体、歳も違うらしいし、背の高さも足の長さも違うし」
ムウ「そんなの関係ないですよ。背が高いならアルデバランが一位のはずです」
リア「いや・・・・あいつは短距離どう見ても苦手そうだろ・・・」

 その「あいつ」は負けたことにも特に頓着しないようで、トールと何やら笑いながら話している。
 子供達はもう全員帰ってきているようだった。
 ・・・・・・・・しかしそう見せかけて実はまだ帰ってきていないのが一人いた。

ミーメ「・・・すまない。君たち、シャカがどうしたか知らないか?」
リア「え?シャカって、あの目を瞑っている子ですよね?いや、知りません」
ムウ「そういえば見ませんでしたね。どうしたんでしょう」
ミーメ「おかしいな。彼が短距離走ごときで遅れをとるはずがないのだが。シャカ!シャカ!」

 少年の身を案じるよりも、少年の起こしそうな予測不能の事態に不安を感じて、ミーメがそこらを探し回る。
 すると、スタート地点のわきの柱の影から、小さな体がすっくと立ち上がってやってきた。

ミーメ「シャカ!何をやっていたのだ君は?」
シャカ「決まっているだろう。短距離走だ」
ミーメ「いつ帰ってきたのだ?」
シャカ「もう随分前に。私が一位だったぞ」
ミーメ「なに?」

 そんなはずはない。ゴールテープは確かに、あのデスマスクとシュラが切ったのだ。
 ミーメが眉根を寄せたそのとき、教皇の結果発表の声が響いた。

教皇「短距離走結果!一位シュラ。同じく同着一位デスマスク。三位アフロディーテ。以上3名それぞれ1ポイント獲得!」
シャカ「違う!一位は私だ」

 シャカはすたすたと教皇の目の前まで走っていく。ミーメが止める暇も無い。

教皇「・・・・なんだ、お前は」
シャカ「私が一位です」
教皇「なに?しかし・・・・」
サガ「何かの間違いでは無いかな?あの子達より早く帰ってきた者はいないはずだが。そうだな、アイオロス?」
ロス「ああ」
シャカ「私が帰ってきてた!」
デス「うそつけ。俺らの前を走ってる奴なんかいなかったぞ」
サガ「それに君がどんなに早く走ろうと、私やアイオロスの眼がとらえられぬことは無いはずだ。本当にゴールしたのか?」
シャカ「本当だとも!」

 苛立ちで頬を高潮させたシャカは、びしっと今しがたまで潜んでいた柱の方を指し示す。
 そして曰く。

シャカ「短距離走などでこの私が負けるはずなかろう!わざわざ走るまでもない!私はスタートの合図と同時にあそこへ座った!そして精神を集中し、己の小宇宙を離脱させてコースを完走!誰より早くここへ帰ってきたのだ!・・・というわけで、私が一位です教皇」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

デス「・・・・・。教皇、これは?」
教皇「反則だ」

 公平な審判を下すシオンであった。





シャカ「どうして私が反則なのだ。ちゃんと走ったのに」
ミーメ「あれを走ったとは言わん。すこしは常識というものを持ちたまえよ君・・・」
シャカ「常識が無いのは教皇の方だ。コースが見えないのに走れるわけがないではないか」
ミーメ「要するに拗ねていたのだな。だったら素直にそう言えば良かったものを」

 しかし言ってどうなることでも無い。

ミーメ「まあ、次の競技で挽回できるだろう。頑張りなさい」
シャカ「次は何だ?」
ミーメ「玉いれだそうだ」
シャカ「・・・・・どうして私のやりたくない競技ばかりでてくるのだ」
ミーメ「君はなにがやりたいんだ?」
シャカ「写経」
ミーメ「・・・それは絶対出てこない」

 聖域には玉入れのカゴなどなかったので、代わりに子供達のパンドラボックスが用いられた。
 どこからともなく調達した棒の先にアイオロスが箱をくくりつける。その高さ約10m。

シオン「この小石を投げてあの箱の中に入れるのだ。言うまでも無いが一番多く入れた者の勝利だぞ。さあ位置につけ」

 子供達はめいめいのパンドラボックスの下に立ち、手に手に小石を握り締めた。
 競技開始!
 そして合図と同時に自分の持ち玉全てを宙に浮かし、一気に箱に放り込むアリエスのムウ!

ムウ「・・・終わりました」
リア「そういう競技ではなかろうが!!お前、反則はしないんじゃなかったのか!?」
ムウ「シオンは『手で投げろ』とは言ってません。そうですよね?お師匠」
シオン「・・・まあな」
リア「ふざけるな!!そんなやり方、玉入れとして認めん!!」
ムウ「玉が入ったんですから玉入れです」
リア「違う!!」

 ・・・アイオリアはこの一連のツッコミで大分時間をロスした。

ムウ「私は一抜けですね。フェンリル遊んでていいですか?」
シオン「ほどほどにな」
フェン「何の会話だお前ら!」

 かくして一位は決定したのだが、他の者たちは他の者たちでそれなりに地道にやっていた。

カミュ「・・・・・・・・」
ハーゲン「カミュ!どうしたのだぼうっとして!まだ具合が悪いのか!?」
カミュ「いえ。具合は大丈夫なんですけど・・・・・もう駄目です」
ハーゲン「なんだそれは;」
カミュ「聞いてください先生。私は少しでも効率をあげようと思って、玉を一塊に氷付けにして投げたんです。そうすれば一回投げればたくさん入る」
ハーゲン「なるほど。それで?」
カミュ「そしたら最初に投げた塊が箱の上に引っかかって、他の玉が入らなくなりました。溶けるまで待たなくては」
ハーゲン「そうか。もう駄目だな」

デス「あー、ちっともはいらねえ。結構むずかしいぞ、これ」
シュラ「ああ。いつもの修行と勝手が違う」
アルベ「おい!何をぐずぐずしている!さっさと満タンにせんかデスマスク!」
デス「むずかしいんだってば!」
ジーク「シュラ!どうした!全然はいっとらんぞ!」
シュラ「すまん;」
ジーク「ええい、不甲斐ない・・・。そうだ!エクスカリバーで棒を斬って箱を下に落とせ!」
シュラ「いや、それは;」
ジーク「どうせこのままでは負ける。ならばいっそ反則ギリギリの線で戦ってみろ!」
シュラ「・・・・エ、エクスカリバー!」
教皇「そこ!反則!!」
ジーク「クッ、駄目だったか」
アルベ「・・・お前、実は俺より最低なのでは・・・」

ミロ「えいっ!くそっ!あああどうして飛び越えるんだっ!」
バラン「力の入れすぎだろう。少し落ち着いたほうがいいぞ」
ミロ「お前はいいな。背が高くて入れやすそうだ」
バラン「そうだろうか。10mもあるとあまり関係ない気がするが」

 しかし堅実に拾っては入れ拾っては入れしているアルデバランの箱は着々と重みを増していた。
 一方で、誰とは言わないが座禅を組んだままぴくりともしない者もいる。

ミーメ「・・・・ふてくされてないで少しは真面目にやったらどうだ君・・・」
シャカ「・・・・・・」

 そんなこんなで時間が過ぎた10m玉入れ。
 結果はムウの一位に続き、二位にアルデバラン、そして意外に3位をまたもアフロディーテが取った。

アフロ「師匠!やりました!」
バド「ふん、まあまあだな。次は一位をとって見せろ」
アフロ「頑張ります!」

 次の競技は射的だった。どう考えても運動会競技ではないが、例によって誰も疑問に思わない。
 内容は「離れた的に石を当てる」というだけのものだったが、投げた石は的に食い込まなくてはならないという絶対条件がつけられていたため、やはり常軌を逸した競技ではあった。
 それでも子供達はふつうにこなす。

フレア「・・・・。本当にどうしてわざわざテストをしてみなきゃいけないのかしら。あの的、青銅製よね?」
ハーゲン「そのようですね」

 ここで一番良い得点をたたき出したのはミロで、7発の持ち弾全てをほとんど中心に埋め込んだ。
 アフロディーテが善戦したが届かず2位、3位はテレキネシスにややぶれが目立ったムウである。

ミロ「よし!」
ロス「見事なものだな。目がいいのか、カンがいいのか」
ミロ「腕がいいんだ!」
ロス「はは、そうかもしれんな」

 喜ぶミロ。しかし横からいきなり水を差す声がかかった。

シャカ「フッ、浮かれるのは早いぞ君。まだこのシャカが残っている」
ミロ「なに?俺に勝てるもんか」
シャカ「それは結果を見てから言うのだな。石を貸せ」

 シャカはしばし沈黙して手のひらの意思に小宇宙を込めた。精神を統一し、的の気配を探る。
 頭の中にぼんやりと的のイメージが沸いてきた。
 それはだんだん鮮明になり・・・・・はっきりと・・・・・・・そして・・・・・心眼に映った!

シャカ「ハッ!!」

 ビシッ!ビシビシッ!ビシビシビシビシッ!

シャカ「・・・・」
ミロ「・・・なんだ。全然外れてるじゃないか」
シャカ「愚か者め。よく見たまえ」
ミロ「?」
ロス「ん?・・・・・はっ!これは!!」

 アイオロスが気づいて声を上げた。

ロス「これは・・・・この形は、北斗七星!!」
ミーメ「シャカ・・・どうしてそんな無駄なオプションつけて・・・」
ミロ「すげー!かっこいい!!」
シャカ「フッ、どうだね。今度こそ私が一位だ」
サガ「・・・・・どうします、教皇」
教皇「う、うむ・・・・」

 ・・・・。シャカは一位にならなかった。
 しかし特別賞が与えられた。

シオン「1ポイントやる。だが、少しは周りに合わせることも考えろ」
シャカ「・・・・・・」

 釈然としない面持ちの少年であった。





 特に派手な働きをしたわけでもなかったが、誰よりも先に3ポイントを先取したのはアフロディーテ。
 この時点で入域試験に合格した彼は、後の競技から抜けて観客にまわることになった。
 だが、続く競技がパン食い競争だった。

アフロ「・・・・出たかった・・・・。チョコパンとかあるのだろう?」
デス「どうだろうな。今さっき、アイオロスが食パンを買ってきて怒られてたぞ。やだよな、ダブルソフトとか吊るされててもやる気でねえよ」
シュラ「サガが買いなおしに行ってたから安心してもいいと思う。しばらく休憩していていいそうだ」
アフロ「いいな、パン食い競争・・・」
デス「お前はもう合格したんだからそれが一番いいじゃねえか」
アフロ「でも、チョコパンとかジャムパンとか食べたかった・・・」

 つまらなそうに膝を抱えるアフロディーテ。
 
アフロ「はぁ・・・」
デス「・・・・・・・・」
シュラ「・・・・・・・・」

 ・・・かくしてデスマスクとシュラは競技直前に次のような会話をするはめになった。

シュラ「どうする?」
デス「・・・・俺がチョコでお前がジャムな」
シュラ「わかった。一瞬で見分けるぞ」
デス「おう」

 二人は誰よりも早くパン地点(スタートから5kmあたり)に到達し、勢いでまたも同着1位をとったが、しかし今度はゴールで止まらずにそのままアフロディーテの元へ駆けていった。
 するとついた先では嬉しそうな顔をした彼がクリームパンを頬張っていた。

アフロ「サガがな、『出れないのでは可哀想だから先に好きなのをあげよう。どれがいい』って、持って来てくれたのだ

 嬉しそうだ。とてつもなく嬉しそうだ。

デス「・・・そうかよ・・・」
アフロ「君ら何とった?」
シュラ「・・・・聞くな」

 一気に脱力した二人はもうパンなんかどうでもいい気持ちで、地面に倒れて天を仰いだのだった。
 ちなみにこの競技の3位はアイオリア。4位ムウ、5位アルデバラン、6位ミロ。
 カミュは例によって途中で熱射病をぶり返し、彼の分のパンはミロが確保して届けてやったが、途中で看病にタイムロスしたミロ本人はビリとなった。
 そしてシャカは「パンに食らいつくなどまるで餓鬼の所業ではないか。私には出来ん」と口でとることを頑なに拒んで手づかみしたためまたしても反則を食らい途中棄権。
 観客席のミーメは傷む頭を両手で抱えつつ、見ないフリをしてしのいだという。





 パン食い競争に続いては綱引きが行われた。ぶっといを一対一で引き合う勝ち抜き戦で、対戦相手に「冷たすぎて鎖が持てねえ!!」と言わしめたカミュがオール不戦勝で一位を獲得した。

リア「あれは反則では無いんですか教皇!!」
シオン「ギリギリセーフだ。悔しければ冷たくても耐えて引け」

 だがそれをやったミロは全身凍傷になりかけて瀕死である。
 2位はアルデバラン、3位はアイオリアとこの辺は順当。脱力効果をまだ引きずっていたデスマスクとシュラが最下位に甘んじた。
 ただしシャカは、初戦の対ムウ戦で腰に鎖を巻きつけたまま地面に座禅を組み、どんなに引いても一ミリたりとも動かず、かといって自分から引くわけでもなく、このままやらせておけば全て引き分けになって勝負にならないだろうという予測から、いきなり競技を外された。

シャカ「どうしてです!絶対に負けないのだから、私が一位だ!」
シオン「裏を返して絶対に勝たないのだからお前がビリだとも言える・・・。特別賞で1ポイントやるから引っ込んでいてくれ」
シャカ「・・・・・・・」

ミーメ「・・・どうしてあいつはああなのだろう・・・・特別賞か反則かではないか。頼むからまともに競技をやってくれ・・・;」
アルベ「いや。ある意味で見所のあるガキだ。大物になるのは主席かビリの卒業者と相場が決まっているからな」
ミーメ「彼はビリですらない。順位の斜め横にはみ出ている感じだろう。小物だとは思わんが、まっとうな大物にもなれない気がする」
ヒルダ「ミーメ、そのようなことを言ってはいけませんよ。シャカはシャカなりに頑張っているではありませんか」
ミーメ「確かに彼なりには頑張っているでしょう。ですが他人に合わせて頑張って欲しいと思うわけです私は。大体、ああいうのが一人いると学級崩壊に繋がりかねないではありませんか。自分の教え子ながら・・・いや、自分の教え子だからこそ、人様に顔向けできないかさばり方はやめてほしいと思うのです」

 だがそうは言いながらも、たぶんシャカはますますかさばるのだろうなという予感を感じずにはいられないミーメであった。






 太陽はもう空の頂まで昇って、過ぎて、西にやや傾いている。

サガ「教皇、気づけばもうこんな時間。一度食事を取りましょう。腹が減っては戦もできぬと申します」
教皇「そうか。ならば小僧どもを集めよう。呼んでくれ」
サガ「はい」

 呼び集められた子供達はごはんと聞いて嬉しそうであった。聖域での始めての食事。過酷な競技の連続で、おなかはぺこぺこである。
 期待に満ちた顔に向かってシオンがメニューを告げる。

シオン「あそこに多少木の生えた岩山がある。また、聖域の裏は海へと繋がっている。各自ウサギ一羽か、それに相当する大きさの魚一匹を捕って来い。材料が集まったらアイオロスとサガが適当に塩で煮てくれる。何か質問は?」
デス「はい。外食してきていいですか?」
シオン「殺すぞ。手ぶらで帰ってきたらお前を具にしてやるからそう思え」

 時間は30分以内とつけたし、あとは問答無用の構えで彼は子供達を追い払った。
 ふうと一息ついたところで、背後から小さな声がかかったのに気づく。

ヒルダ「あの・・・・・私も質問をしてよろしいでしょうか」
教皇「?どうぞ」
ヒルダ「お昼、私達も何か捕ってくるべきでしょうか?」

 シオンはしばしヒルダの顔を見つめた。そして、

教皇「・・・・あなたからは人ならぬ神聖な小宇宙が感じられる。まだ伺っていなかったが、どちらから参られたのか。名は?」
ヒルダ「申し遅れました。私はヒルダ。北の果てアスガルドで、神オーディーンの地上代行を行っている者です」
教皇「アスガルド・・・その国は知っているが、しかし貴方の名を聞いたことは・・・」
ヒルダ「私どもがここにおりますのは少々込み入った事情がございまして・・・あの、でも、信じていただけないかもしれません」
教皇「それは伺ってから判断しましょう。よろしければその事情とやらをお聞かせ願いたい。こんな場所ではなんですから、今からアテネのレストランへでも・・・」
サガ「トンズラは無しでお願いします教皇」

 サガの冷たい一言に思わず恨めしげな視線を返したシオンであった。
 ジークフリートがヒルダに歩み寄った。

ジーク「ヒルダ様。お食事ならば私が町までお供いたしましょう」
ヒルダ「ありがとう、ジークフリート。ですが、私ばかりお店で昼食をいただくわけには・・・」
アルベ「フン。だからといって貴方に自力調達できるほど容易い食材もここには無いでしょうな。大体、フレア様はもう『ハーゲン、どこかおいしいお店探してね』とさも当然のように出かけられた」
ヒルダ「えっ;」
アルベ「ついでに言うとミーメやシドもどこかへ消えましたよ。所詮あの辺ブルジョワです。・・・俺もだが」
ヒルダ「と、トールは?バドやフェンリルはどうしました?」
ジーク「あの3人は自給自足組ですので、子供達に混じって何か捕って食うでしょう」
ヒルダ「・・・・;でしたら私も」
アルベ「慣れないマネはなさらぬ方が良いのでは?貴方は完全に御貴族様ですからね。狩に混じっても足手まといになるだけでしょう」
ジーク「アルベリッヒ!」
アルベ「俺は本当のことを言ってるだけだ」
ヒルダ「・・・そうですね。確かに私が貴族生活に浸かっていることは否定のできない事実です。ジークフリート、怒ってはいけませんよ。・・・・ですが」

 と、彼女は物憂げな溜息を一つついてこういった。

ヒルダ「アルベリッヒ。私はそれほど足手まといにもならないと思いますよ」






 ひゅぴしっ!!どさっ!!

ヒルダ「・・・仕留めました。戻りましょう」

 シオンに頼んで弓矢一式を拝借し、岩山へ分け入ってからわずか3分。
 よく肥えた鳥を一羽、駄矢も出さずに射落としたヒルダである。

アルベ「・・・・・・・・;」
ヒルダ「ワルハラ宮の周りの森が私の猟場であったことを忘れましたか?馬上からでも獲物を射れるのですよ。糧のために矢を射ることを、私は決して恐れてはいないつもりです」
アルベ「・・・・・おみそれしました」
ヒルダ「1羽あれば私達3人には十分ですね。神よ、恵みを感謝いたします」

 ヒルダは地面から獲物を拾い上げると額に押し頂き、土に膝をついて感謝と供養を示した。
 アルベリッヒはとなりのジークフリートを睨む。

アルベ「・・・知っていたのか?」
ジーク「フッ、知らぬわけがなかろう。ヒルダ様の御供を他人に譲ったことなど無い」
アルベ「大人しい顔をしてこんな隠し芸を持っていたとはな。侮れん女だ」
ジーク「生粋のアスガルド人でいらっしゃるのだ。あまりナメると痛い目を見るぞ。肝に銘じておけ」
アルベ「フン」

 3人が戻った時、既に何人かの子供が獲物を手にして帰ってきていた。
 一番早かったのはアイオリアだったようだが、その取り立てて得意げでも自慢げでも無い様子から、このランチ形式は普段の彼の日常なのではないかと推察された。事実、アイオリアは修行中も自力調達でしのいできたのである。
 他にはカミュとミロとムウ、そしてシャカがいて、それぞれ獲ったものを沸き立った大鍋に入れようとしているところだった。

ロス「ちゃんと解凍したか?君」
カミュ「はい。先生にやってもらいました」
サガ「では適当に切って鍋に放り込むがいい。アイオリアを見本にな」
子供『はい』

 子供達は獲物の皮をはぎ、切る。そして鍋に入れる。

ムウ「魚」

 ちゃぼん。

カミュ「兎」

 どぽん。

ミロ「魚」

 じゃぽん。

シャカ「かたつむり」

全員『待てい!!;』

 大袋一杯の腹足生物を鍋に放り込もうとするのを場に居合わせた全員が阻止。すんでのところで危機は回避された。
 邪魔をされたシャカは、しかし心外な気持ちを隠そうともせず、口を尖らせて講義した。

シャカ「なぜ。ちゃんとウサギ一匹に相当するだけ捕ってきているぞ。むしろそれ以上捕ってきた」
リア「捨てて来いそんな物・・・俺達の昼飯をどうする気だ!」
シャカ「一体かたつむりのどこがいけないのかね」
ムウ「一体かたつむりのどこがいいんですか・・・?あなたは普段からそんなものを食べて暮らしてきたんですか?」
シャカ「馬鹿な、食うわけなかろうこんなもの。エスカルゴでもない普通のかたつむりではないか。嫌がらせ以外の目的で誰が使うというのだ」
ミロ「何いばってんだ;」
ロス「それはそうと・・・・よくカタツムリなど見つけてきたな。この辺りでそんな物をみたことはないぞ」
シャカ「裏の墓場にたくさんいた」
リア「ほんと捨てて来いお前;」

 かくしてシャカはカタツムリを捨てにいかされ、獲物は必ずウサギか魚でなくてはならないと釘をさされた。
 彼が去ったのと入れ違いにシュラ、アフロディーテ、デスマスク、アルデバランが帰ってきた。
 シュラとアルデバランはそれぞれ魚一匹とウサギ一羽を下げていたが、残り二人はまたもイレギュラー品を持っている。

デス「エビ」
アフロ「うに」

 ・・・・・・・・・・

デス「あ、あとカニも捕ってきたぞ!でも、こっちがメインだと俺のイメージそれで決定って感じだろ!?だから主にエビってことで!」
アフロ「わ、わたしもコンブをとってきた!ダシに使えるかと思って・・・それとほら、サザエも一応拾ってきたぞ!?」

 ・・・・・・・・・・

ロス「・・・・。まあ、食えるものを捕ってきただけよしとするか。大目に見てやろう。な、サガ」
サガ「そうだな。冷静に見て一番うまそうだしな」
ロス「あとはシャカが何を持ってくるかだが・・・」

 そのシャカはタイムリミットぎりぎりになって帰ってきた。担いでいた獲物をどかんと放り出すと、

シャカ「サメ」
一同「・・・・・・・」
シャカ「なんだねその顔は。れっきとした魚ではないか。まさか君たち、サメを哺乳類だと思ってるわけではあるまいな?クジラは哺乳類だがサメは魚類だ。文句があるかね」
サガ「いや・・・・・別にそういうつもりではないのだが・・・・・よりによって一番食えない魚を取ってきたなお前・・・」

 しかしフグを持ってこられるよりはましだろうと誰かが言ったのでサメはなんとなく容認された。
 強烈な生臭さを発するこの一匹のおかげで、せっかくの鍋が手のつけようのないシロモノとなってしまったのは言うまでも無いことである。





 荒んだ食事休みが終わっていよいよ運動会も後半戦に突入。
 まず最初の競技は。

シオン「トライアスロンだ。遠泳20km、マラソン30km、うさぎ跳び50kmのしめて100km。死ぬ気でやれ」
デス「本当に死ぬだろ。オリンピックと間違ってねーかあんた;・・・しかもうさぎ跳びって何だ」
シオン「自転車が無いのだからしかたあるまい!そもそもこの中に自転車に乗れるやつなどいるのか!?」

 いなかった。

シオン「見ろ。慈悲の心でうさぎ跳びにしてやったのだ。ありがたく思え」
デス「・・・・俺、この競技は早めにリタイアしよう・・・」

 そんなわけで遠泳30m地点で「足がつりました」と大嘘ついたデスマスクは棄権。
 シャカに至っては「今は泳ぐ気分ではない」と臆面もなく言い放って同じく棄権。
 残りの者達のみ今生の別れのような表情を浮かべて旅立っていった。

デス「頑張れよ〜」
アルベ「デスマスク!何をやっているのだお前は!」
デス「だって足がつったんだもん」
アルベ「嘘をつけ!!貴様、今からでも放り込んでやるから来い!」
デス「嫌だ!!」
アルベ「このっ・・・・!!」
ミーメ「そんなに怒らなくてもよかろう。この程度のわがまま、シャカに比べれば全然可愛い物ではないか」
アルベ「貴様のガキと一緒にするな。俺には面子というものがあるのだ!絶対ジークフリートには負けん!」

 しかし、そうこうしている間にデスマスクはトンズラしてしまったので、むりやり参加させることは叶わなかった。
 小一時間もしたころ、先頭でアイオリアが帰ってきた。

ロス「ゴール。ふむ、まあまあだな。昨日と比べれば良くなってる。この調子で明日も頑張れよ、アイオリア」
リア「はい、兄さん!」
デス「毎日やってんのかこれ・・・」

 さすが日課なだけあって、アイオリアは2位以下を大きく引き離していた。
 最初のゴールから待つこと20分、うさぎ跳びで次点に飛び込んできたのはカミュである。

カミュ「ふぅ・・・」
ハーゲン「ふっ、カミュ!頑張ったではないか」
カミュ「はい!」
フレア「すごいわカミュちゃん、地獄レースで2位なんて!スタートが20m断崖からジャンプっていう時点でもう駄目かと思ったのよ」
カミュ「私も恐かったです。でも、ミロが『俺がついてるから大丈夫だ!一緒に行こうな』って言ってくれたから、頑張れたんです」
シド「フッ、いい友情だな。で、それはそうと、そのミロはどこへ行った?」
カミュ「・・・・・・

そのミロはベタオチどおりスタートダッシュでぶっちぎられ、30km近い大差をつけられて5位だった。

ミロ「・・・カミュ・・・・きみ・・・・『波が荒くて泳ぎにくそうで恐い』とか言ってたくせに・・・・いきなり海も道も凍らして一直線に滑走とは一体どういうつもりだコラ・・・・」
カミュ「き、君も滑ってくるかと思って・・・」
ミロ「嘘をつけ!俺も一緒に凍ってただろうが!!」
カミュ「ごめんなさい;」

 最後に、異様にボロボロになってシュラが戻ってきた。ジークフリートは厳しい面持ちで迎え、

ジーク「一体どうしたのだ!この程度のレースに遅れをとるなど、戦士の恥だぞ!せっかくアルベリッヒの小僧が棄権していたというのに・・・!」
シュラ「すまん・・・・その、なんだか妙なことが・・・」
ジーク「言い訳とはお前らしくもあるまい!」
シュラ「・・・・・・・」
デス「おい、どうしたんだよお前。なんだ?まだアフロディーテとのことひきずってるとか?」
シュラ「すごく痴話問題くさいその言い方はやめてくれるか・・・?そうじゃない。俺は・・・・なんかよくわからないが・・・妨害にあった」
デス「妨害?」
シュラ「走ってたら足をつかまれたし・・・叩かれたり、投げられたり、絞め殺されそうになった」
デス「誰にそんなことされたんだ?」
シュラ「人ではなかった。まるで動物のように動く、不思議な・・・」
デス「何だよ?」
シュラ「木の根」
ジーク「貴様かアルベリッヒーっ!!」
アルベ「フッフッ、知らんなぁ。ちょっとした大自然のイタズラだろう」
ジーク「どこの大自然が木の根で人を絞め殺すか!!おのれ、卑怯な奴だとはわかっていたが、子供の勝負に直接手を下すとは見損なったぞ!!」
アルベ「ハン、お前に認められようなどとはハナから思って無いわ。とにかく、証拠もないのに人を責めるのはよしてもらおう。名誉毀損も甚だしいぞ」
ジーク「きさまぁぁあああっ・・・!」

 怒髪天つくジークフリートを尻目に、涼しい顔のアルベリッヒ。
 デスマスクとシュラはやや呆然としつつ、低レベルな大人の喧嘩を見守っていたのだった。
 





 トライアスロンの上位は1位アイオリア、2位カミュ、3位アルデバラン。
 これにより、アイオリアとアルデバランが3ポイント目を獲得して入域試験に合格ということになった。
 残ったものはムウ、シュラ、デスマスク、ミロ、カミュ、そしてシャカである。
6人を見渡した教皇は、胸を張って厳かに次の競技を発表した。

シオン「続いての競技は借り物競争だ。これで最後だから頑張るように」
全員「最後!?」
デス「待てよ!最後ってなんだよ!」
シオン「最後といったら最後に決まっておろう。見ろ、もう日が沈みかけている」
カミュ「そんな・・・午前中にあんなにたくさん色々やったのに、午後は二つしかないなんて・・・」
シオン「確かにな。しかし昼飯が3時半開始だったことを忘れるな。大体これ以上競技をやったら、良いも悪いもなく全員合格してしまう。試験の意味がないだろうが」
アルベ「・・・俺が横から口出すのもなんだが、それはあんたの決めた初期設定が悪かったのでは」
シオン「外野は黙れ」
カミュ「けど、これで最後なんて、それは・・・」
ミロ「大丈夫さカミュ!一緒に頑張ろうな。(←懲りてない)。本気出せば絶対合格するさ!」
カミュ「いや、だって・・・」
ミロ「心配するなよ。何がそんなに不安なんだ?」
カミュ「私のことはいいんだ。ただ、君が」
ミロ「俺?・・・。はっ!俺まだ1ポイントしか取ってない!」
カミュ「だろう?これが最後だと君は失格決定になってしまう」
ミロ「む、どうしよう・・・」

 さすがにショックを隠しきれないミロ。眉を寄せた彼の姿を見て、カミュはぱっと教皇を振り返った。

カミュ「教皇様!あの、あの、ミロだけ特別に、最後勝ったら2ポイントにしてください!」
シオン「なんだと?」
ミロ「!カミュ、きみ・・・」
カミュ「ミロ、私は君がいたからここまでこれたんだ。君と一緒じゃなきゃ聖域になんか入らない!君が失格になるぐらいなら、私のポイントを譲ってやる!」
ミロ「カミュ・・・そこまで俺のこと心配して・・・」

 ミロは素直に感動する単純な子供だったので、そのカミュがいたからまともに競技ができなかった自分の身の上のことはもう忘れていた。
 じっと友の顔を見つめながら、

ミロ「・・・そんなことを言っちゃ駄目だ。俺は君のポイントなんかもらわない」
カミュ「だって、君が・・・」
ミロ「平気だ。今回が駄目でも来年また挑戦するから」
シオン「来年もこれをやるとは一言も言って無いがな」
ロス「教皇;」
カミュ「やっぱり駄目だ!ミロ、君が来ないなら私も行かない。ポイントは全部きみにあげる!」
ミロ「いらない!君が来ないなら俺だって嫌だ!」
シャカ「そうか。ならばその余ってるポイント、全てこのシャカが預かろう。これでわたしは合格だ。よこしたまえ」
シュラ「お前には良心が無いのか?;」
カミュ「私はいいから君が!」
ミロ「俺にかまうな!君のポイントは君のものだ!」
リア「ええい面倒!それなら俺のポイントを一つ譲ってやる!俺は一歩退却だが、皆2点ずつになって平等になるだろう!」
ムウ「無駄に失格者増やすだけだと思います。合格した人は黙っててください」
リア「なんだと!」
サガ「・・・・こら。喧嘩をするな、アイオリア」

 ヒートアップした子供達の間に割って入ったのはサガだった。
 彼は興奮して涙目になっているミロとカミュのところへ行くと、持ち前のあの優しい笑顔で言葉をかけた。

サガ「ミロとカミュ、だったか。友達を失いたくないという君たちの気持ちはよくわかった」
ミロ「・・・・俺は・・・」
サガ「心配しなくてもいい。落ち着きなさい。君たちの友情に免じて、君には私のポイントをあげるから」
ミロ「・・・あんたのポイント?」

 ミロは不思議そうな顔をした。だって、サガは競技に参加していないではないか。
 しかし理解できずにあっけにとられている少年の前で、彼はもう一度にっこり微笑んだ。そして、

サガ「というわけで、よろしいでしょうか、教皇」
教皇「・・・・よかろう。サガ、減点1」

 分厚い帳面をとりだして何やら書き込む教皇を、子供達はぽかんと口を開けて見上げていたのだった。





ロス「・・・ああ来るとは思わなかったぞ」

 教皇と子供達が競技をしに行ってしまうと、アイオロスがサガの所までやってきて上機嫌に言った。
 サガはちょっと笑み返す。

サガ「可哀想だったからな。あの子は実際、友達のことにばかり一生懸命だった」
ロス「この競技で三人が落選か・・・。全員受かれば良いのに。どの子も皆いい子だ」
サガ「使えなさそうではあるがな。しかし、友情を信じられるというのは良いことだ。いつか・・・・」

 とサガは言いかけて口を閉じた。アイオロスが不思議そうに振り返っても、目をあわそうとしなかった。

ロス「サガ?」
サガ「・・・・すまない。未来のことを考えると、わけのわからない不安に襲われることがあるのだ。特にこの頃は頻繁で」
ロス「大丈夫か?何かの予知では無いのか?飛行機の予約とかがあるならキャンセルしておいた方が良いぞ」
サガ「そんなものは無い。今さら飛行機の墜落ぐらいでどうなる体でも無いしな。そういうこととは違うと思うのだが・・・・わからん」
ロス「気分が悪そうだ。休んでいた方がいい」
サガ「いや、大丈夫だ。・・・・・・・・・アイオロス」
ロス「ん?」
サガ「もしも私に何かあったら・・・その時はよろしくたのむ」
ロス「・・・全然要領を得ない割に縁起だけは悪いのな・・・。何をどうよろしくすればいいんだ。お前に何があっても見捨てるようなマネはせんと、それだけ約束しておけばいいか?」
サガ「・・・・ああ。十分だ」
ロス「ならばお前も俺に誓え。この間みたいに、たとえ俺が街中の大通りの何も無いところでいきなりコケても他人のフリして先に行ったりしないと。ああいう時はせめて笑え。いいな?」
サガ「・・・いいだろう。鼻で笑ってやる。ところで、競技はどうなった?」
ロス「競技?なんの?」
サガ「・・・借り物競争」
ロス「あああれか。知らん」
サガ「少しは知る努力をしたらどうだお前・・・。あの借り物のメモを書いたのは私たちだぞ。責任を感じないのか」
ロス「・・・それが嫌だから忘れる方向を向いていたんだけどな、俺は。しかし教皇のおっしゃるとおり、『幅広いジャンル』の借り物を書いたはずだから、叱られることはないはずだ」
サガ「・・・つくづく羨ましい楽天気質だな」

 呆れ顔をしながら、サガは視線を馳せた。
 そこではまさに子供達が、シオンの合図によって競技を始めようとするところであった。






 皆、大体同時にメモの場所まで辿り着き、大体同時に開封した。
 そして大体同時に声を上げたが、リアクションだけは様々であった。

カミュ「『ペン』。あ!さっき教皇様が持ってた!」
シュラ「『眼鏡』か・・・・ありそうで絶対ないだろうなこれ・・・」
ムウ「私の『モナリザ』よりはマシだと思います。何でしょう、盗って来いってことでしょうか」
ミロ「俺なんか『まごころ』だぞ・・・。こんなもの、一体どこでどう借りろというんだ!!」

 やいのやいのと騒ぐ一同の中で、真っ先に抜け出したのはシャカだった。メモ一枚を片手に持ったまま、すたすた歩いて誰からも何も借りずにゴールインしてしまう。
 待っていたサガとアイオロスが「またこいつか」という雰囲気を如実にかもし出しつつ、聞いた。

サガ「何も借りていないのではないか?そもそも、ちゃんとメモを読んだのか?」
シャカ「失礼な。薄目を開けてちゃんと見た」
ロス「で、何が当たったんだ?」
シャカ『好きな人』だ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シャカ「私は自分が一番だから自分を連れてきたのだ!何か文句が・・・」
シオン「もういい。特別賞もらってわきに退いていろ。・・・・・さて、と。サガとアイオロス。こんなクソ寒いネタを書いたのはどっちだろうな?」
サガ「アイオロスです」
ロス「嘘つけ!!この筆跡は明らかにお前だろうが!!俺は知らん!!」
サガ「何だと!?どんなことがあっても私を見捨てないと誓ったばかりではないか!!大人しく罪を被れ!!」
ロス「横で見守っててやるから罪はお前が被れ!!」
シオン「・・・・・二人とも、減点200・・・」
カミュ「教皇様!ペンを貸してください!」
シオン「ん?これか?ああほら。・・・・・あ、いかん。減点できなくなってしまった;」
サガ「ナイスタイミングだ少年!二度と返さなくて良いぞ!!」
シオン「・・・お前の血で書いてやろうかサガ・・・・?」

 目の前のただならぬ雰囲気にびびりつつも、首尾よくペンを借りたカミュが一位をとった。
 続いて、テレポーテーションを駆使してルーブル美術館から名画をとってきたムウがゴールイン。

ムウ「モナリザ持って来ました!」
シオン「ちゃんと借りてきたのだろうな。盗んできたわけではあるまいな」
ムウ「大丈夫です。担保にフェンリルを置いてきました」
シオン「ならよし」
ロス「全然良くないです;早く返しに行かせて下さい。・・・・サガ、これも書いたのお前だな・・・?」
サガ「『まごころ』を書いたお前にどうこう言われる筋合いは無い」

 残る椅子は一つだけ。
 しかしミロは『まごころ』を探してひたすら右往左往しており、シュラは『眼鏡』をどうにかするため人里目指して旅に出てしまった。
 そしてデスマスクは。

ジーク「ふっ。残念だったな。『財布』を持っているのが俺しかおらんとは!」
デス「・・・・どうして皆持ってないんだろうこれ・・・・;」
アルベ「ジークフリート!意地の悪いマネをせんで、持っているならさっさと渡してやれ!」
ジーク「貴様にだけは言われたくないわ!!さっきの走行妨害の仇だ!シュラがゴールするまで指咥えて見ていろ!」
アルベ「おのれ、大人げのない奴め・・・!しかし、卑怯な駆け引きで俺に勝てると思うなよ!デスマスク、ちょっとこっちに来い!!」
デス「?」

 弟子が走ってくると、アルベリッヒは彼の耳になにやら吹き込んだ。
 デスマスクの顔が妙な風に歪む。

デス「・・・それ、ほんとにやるのか?」
アルベ「勝ちたかったらやれ!」
デス「でも・・・」
アルベ「いいから行け!間違うなよ!」
デス「わかった。髪の青いほうだな?」
ジーク「!!ちょっと待て!貴様らまさか・・・!!」

 しかしジークフリートが気づいたときには、デスマスクは観客のたむろしている方へ向かって既に駆け出していた。
 一目散に向かうは、静かに腰掛けて観戦しているヒルダのもと。

デス「姉ちゃん!」
ヒルダ「私?どうしました、何か私の持ち物が必要ですか?」

 にっこりと優しい笑顔で尋ねられて、子供は一瞬バツの悪そうな顔になった。が、すぐにそれを押さえ、頭をかきながら目をきょろきょろさせて、

デス「えっと・・・・あの兄ちゃんが、財布貸してくれない」
ヒルダ「まあ。ジークフリート!どうして貸してあげないのです?可哀想に、早く渡してあげてください」
ジーク「えっ・・・し、しかし!」
ヒルダ「急がなければ、この子が負けてしまうではありませんか。ねえ?」
デス「うん。・・・姉ちゃん、優しいな。なんか母ちゃんみたいだ」
ヒルダ「あら、本当に?ふふ、嬉しいですね」
デス「今日、ここに泊まるんだろ?一緒に寝てもいい?」
ジーク「待てこらガキ!!」
ヒルダ「まだ泊まるかどうかは決めていないのですけれど・・・」
デス「泊まっていけよ!そんで、お風呂も一緒にはいろ?」
ヒルダ「そうですね。そうしましょうか・・・・」
ジーク「わかった渡す!!渡すからこっちに来い!!」

 北欧の勇者、敗北す。

ジーク「おのれ、ガキの身分を利用して自由自在に卑怯な真似を・・・・許さん、許さんぞアルベリッヒ・・・・!」
アルベ「いや、俺はただ『ヒルダに言いつけろ』と指示しただけで、あそこまでやれとは何も」

 ともあれデスマスクが3位に入って競技は終了した。最終的な失格者はミロとシュラである。
 結果を発表する教皇の前で、二人はがっかりと肩を落として立っていた。

シオン「以上で入域試験を終了する。合格したものは上へ行け。失格者は・・・・・まあ、残念だろうが勝負の世界は厳しいものだ。それぞれの故郷に帰るように」
カミュ「ミロ!ミロ・・・・・っ」
ハーゲン「・・・お前が泣いてどうなるものでもないだろう。微笑んでさよならを言ってやれ」
シド「それをやったらすごくやな奴だろうな。・・・仕方がない、帰るぞ、ミロ」
ミロ「うん・・・」
カミュ「待て!嫌だ!それなら私も上にいかない!」
ミロ「カミュ、俺は君の気持ちだけで十分だ。そんな顔するな」
カミュ「だってこんなのはひどいだろう!?私は絶対に嫌だ!どうしても君を帰らすというなら、氷付けにしてこの場から動けなくさせてやる!」
ミロ「いやもうほんと気持ちだけで十分だ。・・・今現在もかなり寒いし・・・君のせいなんだなこの霜柱・・・」

シュラ「・・・・世話になったな。短い間だったけど、楽しかった。また会えるといいが・・・」
デス「おい、本気で帰る気か?夜まで待てよ。俺が中で鍵あけてやるから裏から忍び込め」
シュラ「裏ってどこだ。そういう場所じゃない。俺は・・・潔くあきらめよう」
アフロ「・・・帰っちゃうのか?」
シュラ「うむ」
アフロ「そんな・・・寂しい・・・」
シュラ「・・・・・・(赤面)」
デス「おっ!今の効いたぞ!アフロディーテ、もう一回だ!」
アフロ「え?えーと・・・・そんな・・・寂しい・・・」
シュラ「やめろ。何をさす気だお前ら;」

 他の子供達も何となく上に行く気がせずにその場にたむろしていた。
 と、その時。

シャカ「・・・諸君。ちょっとおかしくないかね?」

 シャカの、この期に及んで尊大な声が場に響いた。

シャカ「どうしてその二人が追い返されなければならんのだ。私が特別賞だけで受かっているのに」
ミーメ「・・・ああそれは本当に謎だとたぶん皆思っているよシャカ・・・君が自分で言うとは思わなかったが・・・」
カミュ「そうだな、厄介な人間に関わりあいたくなくて特別賞で適当に追い払ってたのに、その厄介なのを受からせて一番まともそうな人を落とすなんておかしいな」
デス「厄介払いしているうちに気づいたら受かってたんだろ。だったらミロとシュラも受からせていいんじゃねーの?」
サガ「全部読まれてますね教皇」
ロス「しかもかなり正論ですが教皇」
サガ「大体ここで彼らを落としたら山羊座と蠍座の聖衣はどうするつもりなんですか教皇」
シオン「何が言いたいんだお前ら;」

 と、シオンは一応言い返したが、しかし二人の言わんとすることは歴然としている。
 全員受からせてしまいましょうよ教皇。言葉にしないその思いがオーラとなって発散されていた。

シオン「だが!仮にも教皇である私が気軽に初志を曲げては示しがつかん!!」
サガ「だったら今すぐ教皇降りるとか・・・」
ロス「サガ;」
サガ「第一、誰に対する何の示しなのかもよくわからないではないですか。この企画やってる時点で権威も地に落ちてますよ」
シオン「誰が発案者だったか、なあサガ・・・?」
ロス「落ち着いてください教皇・・・そしてお前はもう口を閉じろサガ」

ヒルダ「あの、ちょっと良いですか・・・?」

 割って入った済んだ声に、臨戦態勢整えていたサガとシオン、そして今から噴火口に飛び込もうとする雪だるまぐらい決死な覚悟で仲裁に走ろうとしてたアイオロスが振り向いた。
 「このタイミングで部外者が何の用だ」と3人の視線にはいささか咎めの色があったが、ヒルダは動じない。数歩進んでシオンの前に膝を折ると、

ヒルダ「私からもお願いします。あの子供達の入域をどうぞ許可してあげてください」
シオン「・・・これは貴方の介入する問題では無いように思うが」
ヒルダ「私には誓って申し上げる事ができるのです。ここにいる子供達は皆、未来においてアテナを支える大切な聖闘士になるのだということを」
シオン「なぜ断言できる」
ヒルダ「それは・・・私どもが未来から参った人間であるからです」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヒルダ「・・・・やはり信じていただけませんか」
ロス「それは・・・にわかには信じがたい話でしょう。鵜呑みにするわけには」
サガ「・・・鵜呑みも何ももう少しマシな嘘をついたらどうだというレベルのような気がするが・・・・」
シオン「何が裏付けるような証拠はお持ちかな?」
ヒルダ「いえ、すぐに提示できるようなものは何も。私を信じていただくしかありません」
ロス「未来から来られたのなら未来のことを予言できるはずだが」
ヒルダ「それが真実だとわかるまでに時間がかかるでしょう」
サガ「しかし参考までに聞いておきたいですな。未来において聖域の様子に何か変わりはありますか?」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 とたんに重たく沈黙するアスガルド一同。誰もが気まずそうに視線をそらし、「言うなよ」と真顔で牽制しあっている。
 ヒルダがとりつくろうような笑顔を浮かべた。

ヒルダ「・・・・ええ、あの・・・・・・最後は大丈夫です」
三人「それまでは!?;」
ヒルダ「ええと・・・・・・・・・・」
ロス「教皇、これは本当に未来からいらっしゃった方々なのかもしれません。ペテンだったら少しは調子の良い事言うはずです!」
シオン「確かにな・・・しかしこの反応を見るに、ペテンの方が幸せという気がせんでもないのだが・・・」
ヒルダ「あ、あの、ですから、子供達は立派な聖闘士になるのです。それは本当のことです」
シオン「むう・・・」

 シオンはしばし考えてヒルダを見つめた。ヒルダもじっと見返した。
 ややあって。

シオン「・・・・いいでしょう。私にはどうしても、貴方が嘘をついているようには思えないのだ」
ヒルダ「それでは・・・!」
シオン「ミロ。シュラ」
シュラ「はい!」
ミロ「はいっ!」
シオン「この方に免じて、お前たちも特別に入域を許可してやろう。アテナの聖闘士の名に恥じぬよう、しっかり修行に励むが良い」
ミロ「はい!」
シュラ「ありがとうございます!」

 子供たちは歓声を上げて喜んだ。
 あくまでしぶしぶの様子を装う教皇の横では、アイオロスとサガも頬を緩ませて顔を見合わせている。

ロス「良かったなサガ!失格者がでなくて!」
サガ「ああそうだな。・・・だがこういう終わり方だと、ミロのために減点された私の1点は一体何の意味があったのかと少々疑問に思・・・」
ロス「細かいことは気にするなよ!」
サガ「・・・・・・」

 アイオロスの元気の良い一言によってサガの悩みは一蹴され、かくして晴れ晴れとした一日の終わりだけが残ったのだった。



その夜、アスガルドからの客人たちはいとまを告げることになった。

カミュ「先生!帰っちゃうって本当ですか!?」
ハーゲン「本当だ。俺は帰る」
カミュ「そんな・・・・」
ハーゲン「情けない顔をするな。俺の全てはお前に託してある。もうお前は俺無しでも十分にやっていける」
カミュ「先生・・・」
ハーゲン「俺の教えたことを守るのだぞ。そして今さっき気づいたのだが、妙な弟子を取ることは許さん。金髪のハーフなどを弟子にして育てられたら後々ロクなことが無いからな。俺が。覚えておけ」
カミュ「はあ・・・・あの、先生」
ハーゲン「ん?」
カミュ「また会えますよね?」
ハーゲン「・・・・元気でな」


シュラ「またここへ来れるのか?」
ジーク「いや・・・・おそらく二度と会うことはあるまい」
シュラ「俺が成長した未来で、貴方に会いに行くことは」
ジーク「・・・・・・・・・・・・・・・」
シュラ「・・・・・だめか」
ジーク「・・・シュラ。お前のこれからの人生、決して平坦ではないだろう。お前は・・・・辛い道を歩むかもしれん」
シュラ「・・・・・」
ジーク「俺から最後の忠告だ。修正するなら今だぞ。あの銀髪のとは手を切っておけ。本気で。どうだ?」
シュラ「・・・・・でも、あいつはいいヤツだから」
ジーク「・・・そうか。仕方あるまい。耐えろよ、シュラ」
シュラ「はい」


アフロ「し・・・ししょぉ・・・・?」
バド「何をびくびくしている。言いたいことならここへきてはっきり言え」
アフロ「あの、今までどうもありがとうございました。おかげで強くなれました。色々と」
バド「フン。まあ、運動会ではなかなかよくやったではないか」
アフロ「師匠のおかげです」
バド「フン」
アフロ「・・・・。師匠、これあげる」
バド「ん?」
アフロ「バラ。自分で作れるようになったから。一つあげる。それを見て、私のことを思い出してください」
バド「・・・・・そういうことを言うから貴様は・・・・いや、もういい。ありがとうな、アフロディーテ」


アルべ「他の奴らのようにめそついた別れ方はせんぞ!別れ上等!そのぐらいの勢いでもう二度と会わん!いいな!?」
デス「・・・なんかよくわかんねえけど・・・・。泣くなってことだろ?要するに」
アルベ「泣かなければ良いと言うものではない。昨日までのことはさっぱり忘れて俺のことなど思い出すな。感傷などは無意味なだけだ」
デス「忘れろって・・・・じゃあ俺のこれまでの修行って一体・・・・」
アルベ「さらに一つ良い事を教えてやろう。実は俺はシチリアの聖闘士でも教育者でも何でも無い!初めて会ったときお前に言った自己紹介は全て嘘八百だ!フッ、だまされたなデスマスク」
デス「・・・・・・・・なんか違う意味で泣きたくなってきたな・・・・うすうす感づいてたけど・・・・」
アルベ「だから俺の教えなど綺麗に忘れて聖域で一から出直すがいい。わかったか」
デス「・・・・・・言いたい事はわかったけどさ」
アルベ「けど、なんだ」
デス「けどさ。俺、忘れないと思うな。俺が家出して探し回られたの先生が初めてだったし。俺に物を教えてくれたのも先生だけだったし。別に嘘でもいいや。嬉しかったから、俺、忘れらんないと思うな」


シャカ「・・・・どうして帰る必要があるのだ?私に仕える分際で」
ミーメ「ああまあ色々とね。下界の空気が性に合わないとかでそろそろ限界でね(←もう適当に流すことにした)
シャカ「・・・・・・・・嘘だ」
ミーメ「?何をふくれている?」
シャカ「帰るのが嬉しそうだ。なぜ嬉しい」
ミーメ「当たり前だろう。私はずっと帰りたかった」
シャカ「それだけか?」
ミーメ「あとは・・・まともな食事もしたいし、ベッドで寝たいし・・・」
シャカ「それだけか?」
ミーメ「それだけだ。他に何がある?」
シャカ「・・・・本当にそれだけだな」
ミーメ「くどいな。それだけだと言ってるだろう」
シャカ「・・・・。ならいい」
ミーメ「シャカ?」
シャカ「・・・・私のことが嫌いなのかと思った。そうでないならいい」
ミーメ「・・・。嫌いじゃないとも。シャカ、色々と世話になったね。ありがとう」
シャカ「礼など聞きたくない。それは私が言うつもりだったのだ」
ミーメ「・・・・・・」
シャカ「先に言われたからもう言わない。さよなら」


シド「ああ、ミロ。ここにいたか。どこへ行っていた?」
ミロ「サガに、ポイントをもらったお礼を言ってなかったから、言ってきたんだ」
シド「あの男なら上にいただろう」
ミロ「ううん、外の崖の所にいた。ありがとうって言ったら、なんか変な顔してたけど、俺が明日から頑張って修行するって誓ったら、頑張れよって言ってくれたんだ。いい人だな」
シド「・・・・・ミロ、俺はやはり、サガは上にいると思う。ちょっと行ってみてこい」
ミロ「?うん」


トール「明日から修行か。ようやくお前も聖闘士として認められたんだ。今まで結構苦労したが、不思議とあっというまだった気がする」
バラン「はい。色んな仕事をしました。生活費のために。牛を豆と換えたカドで農場解雇されたときにはどうなることかと思いましたが・・・あの時は迷惑をかけてすみませんでした」
トール「そんなこともあったな。しかし済んだことだ。気にするな。どうせ、俺はもういなくなるしな」
バラン「・・・・・」
トール「お前は気立ての良い子だ。戦士は力が無くてはならんが・・・・だがもっと大切なこともある。忘れてはならんぞ」
バラン「もっと大切なこと・・・」
トール「あと、お前は多少注意力散漫で、将来それが命取りになりかねんから気をつけるように」
バラン「は、はい、気をつけます」
トール「それから・・・・・まあ、別れ際まで説教ばかりではどうしようもないな。お前はお前なりに頑張るだろう。それでいい」
バラン「はい。・・・今までありがとうございました」
トール「ああ。達者でな」


ムウ「どうしても帰さなきゃ駄目ですか?」
フェン「駄目だ!俺を解き放て!俺は人間だぞ!」
ムウ「でも、せっかく仲良くなれたのに」
フェン「貴様はそう思ってるかも知れんが、俺は1ミリたりとも仲良くなったつもりは無い!この天然詐欺師が!」
ムウ「けど、メエが変身しちゃった時には一緒にいて慰めてくれました」
フェン「あ、あれは・・・」
ムウ「私は貴方が好きです。貴方も黄金聖衣に変われば、ずっと一緒にいられるのに」
フェン「変わらんわ!!」
ロス「ムウ。そろそろ彼を離してあげないと。みんなと一緒に帰るんだから」
ムウ「・・・・・」
ロス「そんなにがっかりするなよ。君には新しい友達ができただろう?うちのアイオリアもいるし」
ムウ「・・・・・・彼とはあんまり仲良くなれない気が・・・・・」
ロス「ん?」
ムウ「・・・なんでもありません。フェンリル、手錠を外しますよ。逃げないで下さいね。お別れの握手をしたいです」
フェン「嘘だ!また何かやって俺を捕獲する気だ!」
ムウ「そんなことしません。本当に握手するだけです。だから逃げないで・・・・あっ!」
フェン「っ!!」(ダッシュ)
ムウ「フェンリル!」
ロス「・・・・・・・・行ってしまったな」
ムウ「・・・・・・・」
ロス「どうしてテレキネシスで止めなかった?」
ムウ「・・・・それ、あの人嫌がりますから」
ロス「ムウ・・・」
ムウ「本当に、握手したかっただけなんです。あと、ありがとうって言って、あと」
ロス「うん?」
ムウ「・・・・・・ごめんなさいって言いたかったです」


ミロ「シド!行ってきた!」
シド「どうだった?上にいただろう」
ミロ「うん、いた。変だな、どこで抜かされたのかな」
シド「・・・・・・」
ミロ「サガにさ、そう言ったらなんだかびっくりしてた。俺が『下で頑張れって言ってくれたよな?』って聞いたら、『ああ、ああそうだったな』って言って・・・」
シド「言って?」
ミロ「それで、なんだか泣きそうな顔してたんだ」






 聖域の空は高く、星がちりばめられたように輝いていた。
 ヒルダは帰る前に、アテナ神殿の大いなる女神の像の前で祈りを捧げたいと申し出た。シオンは許可し、ともに聖域の最上階へと赴いた。
 階段を上りきった先に女神像はある。
 天空の星星を背負い、片手にニケを、片手に盾をたずさえて、彼女は立っていた。

ヒルダ「これがアテナ像・・・」
シオン「ご覧になるのは初めてか」
ヒルダ「はい。像を見るのは」
シオン「それは像以外なら・・・・おそらく、生身のアテナにならお会いしているということかな」
ヒルダ「なぜそうお思いに?」
シオン「あの方を知っている者でなければ、貴方のような目で像を見はしないだろう」

 ヒルダはシオンを見上げた。彼の顔は教皇のマスクの奥深くに隠れて判然としない。だが、感じる小宇宙は暖かかった。

シオン「よろしければ聞かせて欲しい。未来のアテナは、どのような方だろうか」
ヒルダ「暖かく、慈愛に満ちた・・・心身ともに美しい方でいらっしゃいます。地上を守るアテナに相応しい御方です」
シオン「・・・そうか」

 しばしの沈黙が落ちた。それからまたシオンが口を開いた。

シオン「貴方は、私たちの未来について口を濁したが」
ヒルダ「・・・・・・・・・」
シオン「私にはわかる。いずれアテナが降臨されるならそれは地上に悪がはびこる時に他ならず、黄金聖衣が現れたのもその前兆だろう。ならばこの聖域も無事では済むまい」
ヒルダ「・・・はい」
シオン「私は年を取りすぎた。何か、口惜しいな」
ヒルダ「・・・・・・・・・」
シオン「・・・貴方に頼みがある。祈りを捧げるというのならどうか私たちの未来を祈って欲しい。サガとアイオロスと、そしてあの子供達のために・・・・彼らの苦難の道が少しでもなだらかであるように」
ヒルダ「・・・・・・ええ、わかっています」

 ヒルダは優しく頷いた。
 女神の像にひざまずき、頭をふかく垂れる彼女の姿を、老いた教皇の他にはただ星星だけが見守っていた。





 別れを済ませた後はただ出立あるのみだった。

シド「兄さん、それはなんです?」
バド「え?あ、いや・・・・もらい物だ」
フェン「・・・・・(キョロキョロッ)」
トール「そんなに警戒しなくても、あの子供は潜んどらんぞフェンリル;」
フレア「いよいよ出発ですわね。どうやって帰るんですの?お姉様」
ヒルダ「まずアスガルドへ行きましょう。ワルハラ宮に行って、例の部屋から帰るのですよ。私は正しい道を知っていますから今度は迷いません。皆さん、はぐれないように気をつけてくださいね」
アルベ「一つ聞きたいのだが、そもそもあの部屋は何なのだ?学会に発表すればタイムマシンも真っ青の大発見になるはずだが」
ヒルダ「そんな大したものではありませんよ。あれは単に荷物運搬用の通路です」
全員「荷物運搬!?」
ヒルダ「そうですよ?例えば3時間後までに隣村へ麦を十束運んでおかなければならないとき、あの通路を使えば距離も時間も近道できるというわけです。ただそれだけのことです」
アルベ「ただそれだけのことに使うのは貴方だけなんじゃないんですか・・・?ええい、あの部屋の管理を俺に任せろ!!100倍は有効に使ってやる!!」
ヒルダ「いけません。ワルハラ宮の管理は代々、地上代行者が行うと定められています」
アルベ「貴様はああああっ!!」
ジーク「落ち着け。俺もさすがに目眩がしたが、理由は何であれヒルダ様に手を上げたら許さんぞ」
ミーメ「ごっそり力が抜けたな・・・早く帰って風呂に入って寝よう。こんなことはもうたくさんだ」
トール「ヒルダ様、そんな危険極まりない運搬通路は岩か何かで塗り固めておいて下さい」
ヒルダ「私だって開けるつもりはなかったのですよ。でもフレアが」
フレア「まあ!私のせいにするつもりなの!?ハーゲン、お姉様が苛めるわ!」
ハーゲン「・・・・・・・大丈夫、誰のせいでもありませんよ。深く考えずに入った俺達が悪かったんです」

 やいのやいのと口論しあいながら、アスガルドの民は異国へと、そして未来へと帰っていった。




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