確かに、俺はハーデスを倒して聖戦が終わってから、少しばかり腑抜けていたかもしれない。
 美穂ちゃんや星の子学園のガキどもと平和に遊び暮らす日々を送っていたのは事実だ。
 だから、あの日突然魔鈴さんが来て俺を叱ってくれた、その気持ちもわからないわけではない。
 魔鈴さんはこう言ったのだ。

魔鈴「星矢。お前はハーデスを倒していい気になってるようだけどね。いつまでも甘い気持ちでいるんじゃないよ。聖闘士ってのは闘わなきゃ意味がないんだ。この世に人がいる限り、悪はいくらでも沸いてくる。そういう時に腑抜けてたんじゃお話にならないよ」

 ・・・相変わらず、俺の知っているどんな聖闘士よりクールドライな人だ。
 彼女に比べたらカミュでさえもマグマの温度だと思う。

魔鈴「それからね、星矢。敵がいつでも正々堂々一対一で勝負を挑んでくると思ったら大間違いさ。戦いってのは日々進化していくものなんだ。昔っからね。一人と一人の戦いがそのうち集団と集団の戦いになる。聖闘士だからって特別はないよ。姿の見えない大勢の敵を一人で倒せるぐらいにならなきゃ、でかい口は叩けないんだよ。星矢、お前はいつだってその場その場で何とかしてきたようだけどね、きちんとシミュレーションしておかなきゃ、お前だってそのうち死ぬさ」

 俺は、彼女のシミュレーション修行の地獄度を良く知っていたはずだった。
 でも、やっぱりそういわれると悔しかったし、幾分深刻な気持ちになった。

星矢「魔鈴さん・・・・・なら、俺はどうすればいい?今、俺には何ができるんだ!」
魔鈴「フン、甘ったれてんじゃないよ。自分で考えな。・・・・と言ってやりたいところだけど。一つだけ、お前に試練を与えてやるよ。もっとも、失敗すれば命はないけどね。それでもやるのかい?星矢」

 俺は挑戦されると後に引けない性格だった。

星矢「やるさ!必ずやり遂げてみせるぜ魔鈴さん!」
魔鈴「・・・そうかい。じゃあ、ついてきな」

 魔鈴さんが俺を連れていった場所。
 それは灼熱の雨が降り注ぐ地獄のような島、デスクィーン島だった。




 繰り返す。確かに、俺はここ最近腑抜けていた。それは認める。
 でも。

魔鈴「この島ではあの黄金聖闘士が12人、どこからともなくお前の命を狙ってる。彼らの持っている射手座の黄金聖衣を取り戻すのが、今回の課題さ」

 待遇が破格すぎだよ魔鈴さん。
 そりゃ、こんなシミュレーションで生き残れたらビッグ・バンでも生き残れるよ!
 しかも彼女はこうも言った。

魔鈴「今回はお前のために、あの老師までが五老峰から来て下さったんだ。しらけさせる真似、するんじゃないよ」

 ・・・おのれジジイ・・・余計な事だけ首突っ込みやがって・・・・

魔鈴「まあ、せいぜい頑張りな」
星矢「あ、魔鈴さん・・・・!」

 彼女は行ってしまった。
 そして俺はただ一人、この地獄の島に取り残されたのだった。




 ・・・・気配は、する。奴等は確実に俺のスキを狙ってきている。
 だが、どこにいるのかがわからない。あたりは静まり返り、散らばる無数の岩の上を熱風が吹き荒れる。
 熱い・・・・

星矢「・・・・・・・」

 俺は考えた。
 いくらなんでも、全員を一度に滅ぼすことは不可能だ。いきなりあきらめるのもなんだが無理なものは無理!
 手間はかかっても、やはり一人ずつ殲滅していこう。
 最初に目の前に現れるのは誰か・・・・できればアルデバランあたりが理想なんだが・・・・・
 俺がそんな緻密な計算を練っていた時だった。

 ドドドオオオン!!

 突然、轟音と共に大地が裂けた!!

星矢「!!!」
シュラ「よく避けた!!しかし、二度目はないぞ!!」

 いきなりシュラかよ!!
 待ってくれよ!!こんな大物、手におえないぜっ!!
 俺は慌てて距離を取った。

星矢「・・・・まさかあんたが出てくるとは思わなかったぜ・・・」
シュラ「戦闘に王道はない。俺も、お前がこんな過酷なシミュレーションに志願するとは思わなかった。後悔するぞ、小僧」
星矢「もうしてる!!でも俺は、あんた達を倒さなきゃ日本には帰れないんだ!あんた達全員を倒して・・・・この課題を乗り越える!!」
シュラ「俺達全員を倒すだと?」

 シュラは目付きも鋭く、笑った。
 恐い・・・・・オープニングでこの人は本当に恐い・・・・!

シュラ「俺は実力もないのにでかいことを言うヤツがきらいでな!」

 ザンっ!!

星矢「ぐわっ!!」
シュラ「今更何を驚いている。そら、もう一発!」

 ビッ!ビッ!
 するどい拳圧が、俺の体を浅く切り裂く!
 ・・・・・って、あれ・・・・?
 『ビッビッ』・・・?

星矢「うそつき・・・・・『一発』と言ったくせに音が二回とはどういうことだ・・・・!」
シュラ「!」

 シュラは明らかにひるんだ様子だった。
 一瞬だけとまるエクスカリバー。
 チャンスだ!!

星矢「今度はそっちが受ける番だぞシュラ!!ペガサス流星拳!!」
シュラ「あまい!そんな子供だましの技が俺に通用するか!!」

 言うと思った・・・・

シュラ「そうら、自分の仕掛けた技の勢いで自分がすっとべ!!」
星矢「うわああああーーーーっっ!!」

 ・・・・・・・ジャンピングストーンの威力は強烈だった。
 吹っ飛ばされた虚空で、俺は必死にもがいた。
 とにかく逃げなければ。
 情けないかもしれないが、相手のレベルが違いすぎる上、あと11人いることを考えると、ここで相討ちになるわけには行かない。
 遠くだ!ひとまず遠くへ・・・・!
 エクスカリバーから身をかわせるぐらいの距離を・・・いやシュラの小宇宙がおよばないくらい遠くへ行かなければ・・・・億か兆か・・・いや・・・・京の距離をも越えて飛べば十分だろう・・・

星矢「随分とおくへ飛んだ!ここまで身を引けば・・・」

 だが、そう言ってつこうとした一息を、俺は飲み込まなければならなかった。
 自分の着地した、この場所を見て。

星矢「・・・・・・・・ここは・・・・・・・」

 そう。そこは仏陀の手の平の上だったのだ。
 



シャカ「このシャカの元までよく来た、ペガサスの星矢!」
星矢「来たくて来たんじゃねえーっ!!」

 俺は思わず怒鳴り返してしまった。
 ふざけるな!!なんなんだよこの見事な連携は!?

シャカ「来たくて来たわけではない、とな?フッ、早くも敗北宣言か」
星矢「う・・・・いや、それはしない!」
シャカ「どちらにしろ、君の命運もここに尽きる。私の顔こそ引導代わりだ、迷わずあの世へ行きたまえ!」

 シャカが言った瞬間、俺の目の前におどろおどろしいバケモノの群像が現れた。

星矢「こ、これは・・・!」
シャカ「天魔降伏!・・・・・ではなかった、天空覇邪魑魅魍魎だ!」
星矢「間違えたな・・・・技数多いんでごっちゃになっただろう、あんた」
シャカ「黙れ」

 そういうシャカの頬が心無し赤くなっているのは俺の気のせいなのだろうか。
 さすが、後一歩で悟りきれてない男。やはり神とは一味違う。
 
星矢「シャカ!いくら俺でも、こんなまやかしのバケモノにびびって逃げるような事はしないぜ!いくぞ!!」

 俺はまっすぐ魍魎の群れの中に突っ込んでいった。途中、なんどか流星拳を繰り出し、幻影を打ち破りながら。
 魍魎の向こうに、無表情で座禅を組んでいるシャカが見える。
 よし、あと少し・・・・・・・!

アイオリア「ライトニングプラズマーっ!!」
星矢「なにーーーーっ!!?」

 いきなり横手から放たれた光速拳の連打に、俺は避けることもかなわずまともに吹っ飛ばされた。

星矢「ぐ・・・・・っ・・・・・!」
アイオリア「甘いな。俺が魍魎の中に混ざっていたことにも気づかんようでは、到底課題を終えることなどできんぞ」

 そこまでするかあんたら・・・・
 ものすごい理不尽さを胸に、何とか立ち上がる。

星矢「・・・・・」
アイオリア「・・・・往生際の悪いヤツよ。まだもがき苦しみたいか」
星矢「悪人台詞を素面で言わないでくれ・・・あんたには似合わないぜ」
アイオリア「ほう。まだ余裕だな。よかろう、ならばもう一度くれてやる!ライトニングプラズマ!!」
星矢「聖闘士に同じ技は二度通用しな・・・うわああああーーーーっっ!!」

 俺はもう一度吹っ飛ばされた。

星矢「バ、バカな・・・聖闘士に同じ技は二度通用しないはずなのにっ・・・」
アイオリア「だから甘いといっているのだ。今のはライトニングプラズマに見せかけて実はライトニングボルト!同じ技ではない!」
星矢「わからねえよ違いが未だに!!っていうか、ボルトの方が弱いんじゃないのか!?」
アイオリア「強弱ではない。プラズマがデジタル、ボルトがアナログだ」
星矢「本気で似合わないからテクノロジー用語はよせ・・・大体、騙し技を使うとは、アイオリア!あんたいつからそんなに卑怯になった!」
アイオリア「・・・・・・確かに、こういうやり方は俺の本意ではない。だが、シミュレーションの方向性として、魔鈴に頼まれたのだから仕方ない」

 ・・・・・・なるほど。これが恋のためなら全てを犠牲現象か・・・・
 だが、俺はこの現象に一縷の勝機を見出した。

星矢「わかったよ。あんたがそういう覚悟なら、こっちだって容赦しないぜ!いくぞアイオリア!!」
アイオリア「望むところだ!!ライトニングプラズ・・・・」
星矢「あっ!あんな所に魔鈴さんが!!」
アイオリア「な、何!?」

 戦闘中だということも忘れて思いっきり振り向くアイオリア。
 ・・・・そんなに好きか・・・魔鈴さん・・・・・
 一瞬、同情心さえ起こったが、しかしこのチャンスを逃すわけには行かない!

星矢「もらったーーーーーっ!!」
アイオリア「!!」

 ガカァッ!!

星矢「ぐあああーーーっ!!」

 吹っ飛ばされたのは俺の方だった。横手から、ものすごい力がぶつかってきたのだ。

シャカ「忘れているようだが・・・・・私もいるのだぞ」
星矢「うっ・・・・・く・・・・・」

 シャカか・・・・
 確かにすっかり忘れていた。

シャカ「アイオリア。こんな初歩的な嘘に惑わされるようでは、君もまだまだだな」
アイオリア「何!?嘘!?おのれ星矢・・・人の心を踏みにじりおって・・・・!!」

 やばい!本気で怒った!!

アイオリア「貴様一回死んで来い!!ライトニングプラズマーっ!!」

 ・・・・聖闘士に同じ技は二度通用しない、とかそういう事を言っている場合ではなかった。
 俺はそのものすごい衝撃をまともに受け・・・・そして気を失った。



 痛い・・・全身が・・・・痛い・・・・・・
 焼けた土の上に倒れて、俺はうめいていた。
 と、その時、ふと誰かの手が肩に触れるのを感じた。振り返る。
 !!
 姉さん・・・!?

魔鈴「大丈夫かい・・・星矢・・・」
星矢「あっ・・・魔鈴さんか・・・」
魔鈴「また私を姉さんとまちがえたね」
星矢「フッ・・・顔を隠していることをのぞけば、まるでうりふたつだからな・・・」
魔鈴「それにしても、ひどくやられたもんだね。この調子じゃ、聖衣を取る前に死んでしまう」

 魔鈴さん・・・心配してくれるのか・・・・

星矢「・・・俺のことなら大丈夫だよ。魔鈴さんの出す課題が厳しいのは前から知ってたし。ちょっと今回はシャレにならないかなとも思うけど、でもまだ頑張るよ」
魔鈴「星矢・・・」

 俺は立ち上がった。
 魔鈴さんが、少しためらうようにした後、こんな事を言った。

魔鈴「余計な事かもしれないけどね。今回の特訓のことを、お前の仲間達に報せておいたよ」
星矢「え・・・?」
魔鈴「さすがに黄金聖闘士12人相手じゃ、お前も分が悪いだろう。少しはハンデがあってもいいさ。彼らが何をしてくれるかわからないけど、一人じゃないってことを肝に銘じて頑張るんだよ、星矢」
星矢「・・・ああ!」

 俺の中に、新たな闘志が湧いてきた。
 そうだ。俺は一人じゃない!紫龍達がいるんだ!
 ・・・・・・
 ・・・・でも相手は12人。
 先は長かった。



 再び戦闘を開始した俺。
 だが、考え方は少し変わった。
 さっき、アイオリアに使った手段は明らかに有効だった。シャカさえいなければ、ヒットできていたはずだ。
 相手が不意打ちや騙し技でくるのなら・・・・俺も手段は選んでいられない。
 そう・・・・手段は・・・・・

バラン「グレートホーン!!」
星矢「甘いぜ!!」

 俺は一撃を上に飛んでかわす!
 フッ、アルデバランめ!岩陰に潜んでたことなんてお見通しだぜ!角見えてたし!

バラン「ば・・・バカな・・・星矢はどこだ!?」
星矢「ここだタウラス!!アポ無しだがその角もらったぜーーっ!!」

 ザシュッ!!
 
星矢「・・・・・・・・・・・ざ、ざしゅ・・・?」

 なんか・・・感じがじゃなかったような・・・・・
 俺は恐る恐る後ろを振り返った。
 そこに。アルデバランのが転がっていた。

星矢「!!」

 血の気が引いた。
 ・・・・・そんな・・・・・・・バカな・・・・!
 違う!殺すつもりじゃなかったんだ!!俺が狙ったのは角だ!首じゃない!!
 ア、アルデバランっ!!

星矢「・・・・アルデバラン・・・ゆ、ゆるしてくれ・・・・!」
バラン「グレートホーン!!」
星矢「ぐあああああっっ!!!!?」

 ・・・今度のはまともに食らった。
 だが、衝撃のダメージより精神的ショックの方が数万倍強かった。

星矢「バカな・・・あんたの首はたった今落としたはず・・・っ!」
バラン「フ・・・よく見ろ。お前の飛ばしたのはマスクだけ。それさえも気づかぬとは、ペガサスの実力もたかが知れてるというものだ」

 いや、俺はかなりよく見たはずなんだが・・・

星矢「なるほどな・・・しかしあんたはタウラスというよりは金太郎飴のようだな・・・間違いなく、生えてきたんだと思う。その首」
バラン「金太郎飴は切り口が同じだけだ。生えはせん。くだらん話をしている暇はないぞ」
星矢「原因はあんただろ!!俺だってこんなとこで時間食ってる場合じゃないんだ!!悪いが倒させてもらうぜアルデバラン!!」

 俺は渾身の力で流星拳を放った。
 しかし。

バラン「フン、この程度の拳、防ぐほどのものでもないわ」
星矢「な、なにぃ・・・?くそっ!ペガサス彗星拳!!」
バラン「無駄だ!グレートホーン!!」
星矢「うわあああっ!!」

 ・・・・・ちくしょう・・・・なんだってこいつ、今回に限ってこんなに強いんだ・・・・

バラン「なまじ聖戦を経て強くなったのがお前の不運・・・そうでなければ最初の一撃で確実に楽になれていたものを」
星矢「そんなとこで・・・・楽はしたくないっ・・・!」
バラン「まだ立ち上がるか。よかろう、止めを刺してやる!!」
星矢「うおおおおおおーーーっっ!!!」

 爆発しろ!俺の小宇宙よ!!
 黄金聖闘士の位まで俺を高めてくれっ!!


バラン「死ね!!グレートホーン!!」
星矢「見えたぞ野牛の両拳が!!ペガサスりゅうせいけ・・・・!!」
サガ「ギャラクシアンエクスプロージョン!!」

 ・・・・・・・・・
 ・・・・・俺は再び意識を失った。
 ていうか、あんまりだこの修行・・・・・・



 我ながら、何度も死地をくぐりぬけてタフになったなとは思う。
 サガの大技を食らっても、しっかり目が覚めたから。
 俺がよろよろと立ち上がった時、サガは少し離れた岩の上から冷静にこっちを観察していた。

サガ「・・・・五分。昏睡状態が長すぎるぞ、星矢」
星矢「・・・・・・生き返ったことだけでも褒めてくれ・・・」
サガ「それは認めてやる。アルデバランは駄目だった」

 ・・・・・・・

星矢「・・・だ・・・駄目だった・・・・って・・・・?(冷汗)」
サガ「済んだことだ。気にせずシミュレーションを続けるのだな。くれぐれも油断はするな」
星矢「あ、おい・・・!」

 サガは言い捨てると去っていった。
 ・・・・・なんだったんだ一体・・・・
 なんか、俺よりもむしろアルデバランを葬りに来た感じがしないでもないんだが。

星矢「・・・・・・・・」

 俺が取らなくては行けない射手座の黄金聖衣は9つのパーツに分かれている。
 黄金聖闘士が一つづつ持ってたとして・・・・あたりが9人、ハズレが3人。
 アルデバランはハズレの方だったんだろうか。それとも、持っていたんだけどサガが持ち去ったのだろうか。
 だとしても、今の俺にはあいつを倒す力など残っていない。どこかの岩陰で、一度休息を取ろう。
 サガが一度引いてくれたのはありがたかった。・・・・

サガ「油断するなといったはずだ!!アナザーディメンション!!
星矢「お前ら本気で卑怯だーーーーっっ!!!」

 岩陰からいきなり飛び出しての不意打ちに、俺はもう、抗議の叫びを上げるしかなかったのだった。



 昏睡から意識を回復するのも3度目だ。
 眼を開けて、最初に見えたのが異次元空間だった。
 そうか・・・・俺、アナザーディメンションで飛ばされたんだもんな・・・・

星矢「・・・・・・ん?」

 ふと見ると、俺の右腕にが絡まっていた。
 こ、これは瞬のチェーン・・・!!
 どうやら、本格的に異次元に放り込まれるのを引き止めてくれていたらしい。長くのびた鎖の先は、俺に出口を示してくれていた。

星矢「・・・俺は、一人じゃないって事か」

 よし。元気が出てきたぞ!
 鎖をしっかり握り締め、出口を目指して進み始める。
 そして気がつくと・・・・俺はまたデスクィーン島の熱い砂の上に立っていた。



 もう一度良く考えよう。相手の不意をつく。これがこの戦いにおける最重要テーマだ。
 今のところ、俺は相手に不意をつかれてばっかりだが、その原因は何なのだろう。

星矢「・・・・・!そうか!」

 わかったぞ!相手に先手を取られるから悪いんだ!相手の不意をつくには、まず相手の先手を取らなければならない!そのためには・・・・敵より先に相手の気配をつかんで仕掛けることだ。
 これまでの俺にはそれはできなかった。だが、今は違う!
 このアンドロメダチェーンがあるかぎり、敵が何光年の先にいようと必ず見つけ出す!!
 スペシャルサンクスだぜ瞬!!

星矢「よし!行け、チェーンよ!!俺の敵を打ち倒せ!!」

 一振りすると、チェーンはものすごい勢いで飛んでいった。
 やがて、右腕に確かな感触が走る!
 
星矢「捕まえたぜ!!観念しろよこの・・・・・・!!」

 ・・・・・が。
 チェーンがぐるぐる巻きにして連れてきた人物を見て、俺は言葉を胃の底まで飲みおろした。

老師「ホッ、威勢が良いのう」
星矢「・・・・・・・・・・・・(滝汗)」

 ・・・まずいよまずいよ本格的にまずいよ・・・!!
 俺にどうしろってんだこのクソチェーン!!(泣)

星矢「・・・・・・・わ、わるいが・・・・・課題なんで・・・・倒させてもらいます」
老師「できるのかの?お主に」
星矢「で、できないような気がします。・・・・でも!俺はやるしかないんだ!」
老師「ふむ・・・・・ならばやってみるがよい。ほりゃっ!」

 突然、星のきらめきのような光が一閃するや否や、ネビュラチェーンがど真ん中でばっさりとぶち切られた。
 老師の手には、一筋の金の光。

星矢「ト、トリプルロッド・・・・!」
老師「聖衣を着ることはできずとも、武器を扱うことぐらいはできるからの」

 いいのか爺さん、アテナの許可無しに。
 ・・・っていうか天秤座の武器って・・・・・俺は間違いなく殺されるんじゃ・・・・

老師「来い!星矢よ!」

 行きたくない・・・・!!

星矢「ぺ、ペガサス流星拳!!」
 パパパンッ!
老師「気合が足りん!!」
星矢「ペガサス流星拳!!」
 パパパパンッ!
老師「まだまだ甘いわ!!」
星矢「ペガサス流星拳ーっ!!」
 パパパパパンッっ!!
 ・・・・・・・・
老師「どうした?その程度で終わりか、星矢」
星矢「・・・・・・ぜぇ・・・・」

 ジジイ・・・・本気で天秤座のシールドは反則だ・・・・・

星矢「老師!盾の影に隠れるなんて、卑怯だぞ!」
老師「何?卑怯?ホッ、いうたな」

 老師は持っていた金の盾を放り出した。

老師「わしが盾に隠れているうちに止めを刺せば良いものを・・・・それを拒むとあらば、仕方ない。本気で相手をしてやろう」
星矢「う・・・・・」
老師「どうした?顔色が変わったぞ」

 そりゃあ変わりもするって!

老師「見るがいい!この童虎最大の奥義、廬山百龍は・・・・・・!!」
星矢「っ!!」

 目の前に膨れ上がる強烈な小宇宙に、俺は思わず両目をきつく閉じて身構えた。
 もう、今度こそ駄目だ!
 そう思ったのだが・・・・・
 ・・・・・・・・・・・

星矢「・・・・・・・?・・・・・・・」

 起こったのは場違いな静けさだけだった。
 俺は目を開けた。

星矢「・・・・!老師!」

 老師は倒れていた。その場に、ばったりと。顔色が真っ青だ。
 ・・・・いや、それは元からか。
 俺は恐る恐る近づいて覗き込んでみる。よくはわからないけど・・・・これはひょっとして脳いっけつなんじゃないだろうか。この島暑いし・・・急な運動は年寄りには酷だったようだ。

星矢「老師・・・・・・・・無理するなよ・・・」

 脱力気味の呟きを、風がさらっていった。



 老師は聖衣のパーツを持っていなかった。ちっ、ハズレか。
 あ、そうだ!天秤座の武器をもらっていこう!
 ほとんど追い剥ぎと化した俺だが、自分の身を守るためには細かいことにこだわってはいられない。
 地面に落ちている盾に手を伸ばし・・・・・

ムウ「スターライトエクスティンクション!!」
星矢「!!」

 地面が突然発光し、老師もろとも武器は消え去った。

ムウ「・・・窃盗は犯罪ですよ、星矢」
星矢「・・・人間、追いつめられたらなんだってやるさ」
ムウ「あなたらしくもない。老師は聖域に送りました。きちんと治療させて頂きますよ、安心しなさい」
星矢「いや、俺は別にあの爺さんの心配は・・・」

 それより自分の身の方が心配だぜ。

ムウ「さあ、次のお相手は私です。覚悟はよろしいか」
星矢「ああっ!」
ムウ「いつでもかかってきなさい!!」
星矢「いくぞ!ペガサス流星拳ーーー!!!!」

 パーーーーーーン!!

星矢「ぐわあーーーーッ!!」
ムウ「愚かな・・・クリスタルウォールに攻撃を仕掛ければ、それは鏡の自分に向かってするようなもの。全ての威力ははねかえり、ことごとく自分をキズつけるしかないのだ」

 ・・・こいつ・・・壁張ってたことなんか一言も言わないで「かかってきなさい」って・・・・・

星矢「こ・・・根性悪すぎ・・・・・!」
ムウ「星矢。そろそろギブアップした方がいいんじゃないですか?このままだと、遠からず、なぶり殺しにされますよ」
星矢「・・・・・・・・・・」

 ・・・・どうして本気で殺しに来るんだろう・・・・
 ひょっとして、これはシミュレーションの名を借りた聖域発・俺抹殺計画第二弾なんだろうか。

星矢「・・・何と言われようと、やめる気はないぜ・・・俺は射手座の聖衣を手に入れる!それをはばむものはたとえ誰であろうと殺して通るまで!!」

 そこでマントの翻る音がした。

ミロ「面白い!ならばこちらもいおう、もはやお前はここから一歩も進むことはできぬ!!ここでなぶり殺しだ!!」
星矢「ミロ!お・・・お前だけだ、最初に名乗りをあげてくれたの・・・・・!」
ミロ「問答無用!!くらえ!真紅の衝撃ーッ!

 聞けよ人の話・・・・ほめてんだからさ・・・・・
 ああ、結局不意打ちか・・・・(涙)

ミロ「スカーレットニードル!スカーレットニードル!スカーレットニードル!」
星矢「っ!っ!っ!!」
ミロ「さあ!あの世へ行って老師に詫びろ!!とどめのアンタレスだーっ!!」
星矢「て、展開早すぎ・・・・!」
ミロ「なに?まだツッコミができるとは・・・・!」
ムウ「ミロ、落ち着いて下さいよ。老師はまだご健在です(たぶん)。あなたみたいな人が棺桶まで用意して周りに笑われるんですよ。落語じゃないんですから・・・」
ミロ「う・・・そ、そうか?」

 アンタレスを撃つべく伸ばした爪で、照れたように頬を掻くミロ。
 傍目には微笑ましい光景かもしれないが、あけられた14の傷口から大出血している俺としては、微笑むような気分にはなれなかった。
 ・・・・また意識が薄くなってきたし・・・・・

星矢「ううっ・・・ま、まるでサソリの毒が全身にまわるようだ・・・」
ムウ「・・・これ以上苦しむあなたを見ているのも不憫です。星矢・・・安らかに眠りなさい

 絶対無理・・・・!!

ムウ「スターダストレボリューション!!」

 無数の閃光が俺に襲いかかった。
 くうっ!!

星矢「守れ!チェーンよ!!」
ムウ「・・・なるほど。アンドロメダの加勢ですか。ですが、それも無駄なことです」
星矢「ぐっ!!」

 確かに・・・チェーンの間隙をぬっていくつかの攻撃が俺の体をかすめていく。
 チェーン自体も、猛攻に耐えられず、悲鳴を上げ始めた。
 やばい・・・!もう、もう駄目だ・・・・!!

星矢「っ!!」

 ガガカカカァッ!!

ムウ「!何!?」
星矢「!これは・・・・!」

 無意識に身を守るべくかざした俺の左腕。
 そこに、ドラゴンの盾が装備されていた。

ムウ「私の攻撃を全てはね返すとは・・・さすが噂に名高いドラゴンの盾!」
星矢「瞬に続いて紫龍も・・・・紫龍も俺を応援してくれているのか!」

 まさに地獄に仏だ。
 ありがとう皆!その気持ち、俺は決して無駄にはしない・・・!!

ミロ「ムウ!向こうからまた何かが!」
ムウ「っ!また援軍ですか!」

 舌打ちをしてムウが振り返る。はるか空の向こうから、俺を救うべくやってきた一条の光!それは!

一同「キグナスのヘッドギア!!」
星矢「いや、お前は要らない!!帰れ!!」
ミロ「そういう事を言うなよ!!見ろ、いまアヒルがちょっと淋しそうな顔をした!!」
ムウ「あれはアヒルではなくて白鳥。白鳥ですよ、ミロ」

 その白鳥は、俺に怒鳴られてしおしおと帰っていった。

ミロ「かわいそうに・・・」
星矢「そんなこというならお前がかぶれ」
ミロ「お、俺は自分のやつが気に入ってるから嫌だ!」
星矢「俺だって、バージョン2以外のペガサスヘッドギアは気に入っているんだ!」
ムウ「バージョン2・・・私の聖衣修復結果に、何か文句でも?」
星矢「あ、いや、そういうわけじゃないけど・・・・・と、とにかく!俺だってやられてるばっかりではいられないぜ!!渾身の力をこめて、最後に一矢報いてやるっ!!」

 皆、俺に力を貸してくれ・・・・!
 ありったけの力でこの一発を撃ちたいんだ・・・!


星矢「くらえ!ペガサスりゅうせいけ・・・・・!!」
カミュ「・・・残念だが、その体勢で最後の一矢がうてるのか、星矢よ・・・」
星矢「!!」

 またしても卑怯なタイミングで登場してきた新たな敵に、俺の全身は硬直した。
 そして気づく。自分の足が・・・・氷で地面に繋ぎ止められてしまっていることに。

星矢「バ・・・バカな!!一体いつのまに!?」
カミュ「私が何度ダイヤモンド・ダストをうったと思っている。だてにうっていたわけではないのだぞ」
星矢「何度どころか存在すら知らなかったぞ・・・ずるい・・・隠れてこっそり足固めするなんて・・・!」
カミュ「こちらに気づかなかったのがお前の不覚だ。悪いが最後の一発は私が撃たせてもらう。この灼熱気候のおかげで多少威力は劣るが、今のお前を葬れんほどではない。いくぞ」

 カミュがゆっくりと両腕を持ち上げた。
 おおっあの形は!?両腕のパーツが重なり水瓶の形を成した!
 ・・・って、感心してる場合じゃねえ!!

カミュ「オーロラエクスキューション!!」
星矢「うわああああああっっっ!!!!」

 ・・・・・・・・・
 一瞬・・・・過去の幻影が頭をよぎった。
 金の髪をした綺麗な女の人が、シベリアの大地で俺に語り掛けている。

 星矢 この海の向こうにあなたのお父様がいらっしゃるのですよ。
 正義と平和を愛する、とても立派な方なのです。あなたもいずれ、お父様のお力になれるようにがんばるのですよ。
 いいですね、星矢・・・


 ・・・・・いや、待ってくれ。俺はこんな過去を持った覚えは・・・・

 星矢・・・・さよなら星矢・・・・・


「星矢!しっかりしろ!!」
星矢「!」

 力強い声が、俺を揺さぶり起こした。
 眼を開けると、一輝がこっちを見下ろしていた。

星矢「一輝・・・お前、何でここに・・・・いや、それより黄金聖闘士達は!?」
一輝「・・・・・・見ろ」

 一輝は顎をしゃくってみせた。その先に目をやった俺は、ムウ達が視線をこわばらせたままその場に立ち尽くしているのを見た。

星矢「一体・・・・?」
一輝「鳳凰幻魔拳にかけた。ピンチの時に助けに来る、が俺の協力だ」
星矢「そ、そうか」

 一輝はフッ、としぶく笑った。

一輝「ちなみにライフラインは3つまで。1・鳳凰幻魔拳、2・鳳翼天翔、3・盾の代わりになる、だ。あと2つしかないから大事に使え」
星矢「ああ・・・とりあえず、死なせるわけにはいかないから次は鳳翼天翔で頼む」
一輝「フッ、わかった」

 彼は去っていった。
 ・・・・・・一輝・・・・・・・なんてありがたいキャラだ・・・・

星矢「くっ・・・・今のうちに、この場を離れよう」

 だがその前に、俺は一応ムウ達が射手座のパーツを持っているかどうか調べてみた。
 誰も、持ってはいなかった。
 どういうことだ?聖衣は、まとめてどこかに隠してあるのか?
 よく聞いてみたかったが、まさかここで正気に戻すわけにもいかない。俺はその場を離れた。
 一体、射手座の聖衣は今どこにあるのだろう・・・
 



 普通の人間なら間違いなく死んでいると思われる怪我と疲労を癒すため、俺は適当な岩陰をさがしてさまよった。
 先の方に、ちょっと突き出た岩がある。よし、あの向こうで休もう。
 そう思って岩を曲がったら。
 デスマスクが寝ていた。

星矢「!!」

 こいつ・・・こんなところでサボってやがる・・・・!!
 妙に平和なその寝顔に、八つ当たり気味の殺意が沸きだす俺。いっそ、寝てるうちに始末してしまおうか・・・ 
 ・・・・・いや、待てよ。
 それより、このまま生け捕って射手座の聖衣のありかを吐かせたらどうだろう?

星矢「・・・・・・・よし・・・!」

 俺はそろそろと右手のチェーンを動かした。
 そして、

星矢「行け!捕らえろチェーンよ!!」
デス「!」

 俺の声に目を覚ました時には、既にデスマスクはチェーンに巻かれている・・・・・はずだった。
 バラさえ邪魔をしなければ。

星矢「な、何っ!?」

 刹那に投げ出された一輪の花が、チェーンの行く手を阻んで動かない。
 もちろん、投げた人間は容易にわかった。

アフロ「不意打ちとは感心しないぞ、ペガサス」
星矢「あんたらにだけは言われたくない。隠れていたのか・・・!」
アフロ「人聞きの悪いことを言わないでもらいたいな。私はただ通りがかっただけだ。が・・・」

 アフロディーテは、飛び起きて臨戦態勢にはいっているデスマスクの方へ、やや軽蔑した視線を向けた。

アフロ「私が通りかからなければ、彼は醜態をさらしていたようだな」
デス「誰も助けてくれと頼んだ覚えはないぜ」
アフロ「相変わらず口の減らん奴め・・・・まあいい。とにかく、ここであった以上私はペガサスを片づける。君はどうするのだ?」
デス「そうだな・・・俺も今、寝起きで機嫌が悪いのでな」

 俺の命は気分の問題か・・・
 またまた黄金聖闘士を二人も相手にすることになって、戦意喪失もはなはだしい俺は茫然とした頭でそんなことを考える。
 視界の隅で、アフロディーテがバラを構えるのが見えた。

アフロ「さあ存分にその身に浴びよ!!ロイヤルデモンローズ!!」
星矢「ぐっ、サークルチェーン!!」
アフロ「愚かな。そんなチェーンなど、私の前で役に立つか!!」
星矢「!!う、うわあああああっっ!!!!」

 あっさりとチェーンをふっ飛ばしたバラの嵐に、俺は10メートルほども後ろへ叩き付けられた。

星矢「うっ・・・こんなにあっさりと・・・俺の体力が弱ってるせいか・・・」
デス「やかましーい!!」
星矢「うっ!!」

 立ち上がろうとした俺の後頭部に、いきなり蟹の蹴りが炸裂する!

デス「昼寝の邪魔をしくさったと思ったら今度は泣きごとかあーーーッ!!い〜かげんにしろっぴ!このクソガキゃあ!!」

 げしげしげしっ!存分に蹴られ、踏まれる俺。
 ・・・な、なんか・・・・めちゃめちゃ悔しい・・・・!!

デス「さあ早く消えろ青銅のクソガキめえ!!モタモタしてっとオレが煮殺してくれるぞォ!!」

 こ・・・・・こいつ・・・・・!!(怒)

デス「オラオラオラ!!死にてえかコラァ!!」
星矢「・・・・や・・・やれるもんなら・・・・・・やってみろーーーーっっ!!」
デス「うおっ!!?」

 心の怒りを糧にして、おれは再び立ち上がった。
 他の奴等に殺されるなら仕方ない・・・が、この蟹だけは絶対に許さん!!

デス「クッククク、なんだなんだその傷だらけの体はあ〜ッ!そんなボロボロのなりでこのオレ様に勝てると思っているのかあーーーッ!!」
星矢「お前を倒すのに怪我なんか関係ねえーーーーッ!!」

 ドガっ!!

星矢「今オレはものすごく頭に来てるんだ!やってやってやりまくってやるぜーーッ!!」
デス「うぎゃああああっっ!!」

 俺の怒涛の攻撃は、デスマスクを殴り飛ばしてその勢いで叩き付けた岩まで粉砕する!

アフロ「デスマスク!こ、このっ!!」
星矢「おっと、これが見えないのか!?」
アフロ「!!」

 慌ててバラの援護射撃に転じようとしたアフロディーテに、俺はチェーンで首を絡めたデスマスクを引きずり出してみせた。

星矢「あんたが変な真似すれば、こいつの命はないぜ!!」
デス「ぐぅっ・・・い・・・いやだ・・・また死の国へ戻るのはたくさんだ・・・っ・・・」
アフロ「っ!」
星矢「ほら、蟹はこう言ってるぞ!そのバラをしまえ!!」

 アフロディーテはしばらくいまいましそうな顔をしていたが、やがて大人しくバラをしまった。

アフロ「・・・・君の望みは何だ?」
星矢「俺は・・・・射手座の聖衣を探している。どこにあるのか案内してもらおうか」

 ぐい、と手もとの鎖を引き締めて、

星矢「知らない、とはいわせないぜ」
デス「う・・・うぐっ・・・!」
アフロ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」

 答えは溜め息と共に返ってきた。

アフロ「案内しよう。ついてきたまえ」



 連れてこられたのは、デスクィーン島の真ん中のでっかい火山の山頂だった。

星矢「・・・・ここに聖衣があるのか?」
アフロ「そうだ。見えるだろう?あそこだ」

 指差された方をのぞくと、なるほど。噴火口の、マグマとギリギリのところに、輝く射手座のパンドラボックスがあった。
 俺はまだしっかり人質にしているデスマスクの首を絞めながら、

星矢「アフロディーテ。あれをここに持ってきてくれ」
アフロ「熱いからいやだ」
星矢「・・・こいつがどうなってもいいのか?」
デス「ぐうぅっ!」
アフロ「・・・・・・・・・・・まるっきり悪役だな」

 目を伏せ、溜め息を一つ。
 そして、彼はぽつりと言った。

アフロ「だが・・・・・・・やはり君は悪にはなりきれん。詰めが甘いぞ」
星矢「なに・・・?」
アフロ「・・・・・・・もういいだろう?デスマスク
デス「だな」
星矢「!!」

 何が起こったのか、一瞬だけ理解するのが遅れた。
 その一瞬の間に、俺は至近距離からミゾオチに一撃を食らい、つづけて手に持ったチェーンごとものすごい勢いでひっぱられ、地面に叩き付けられた。

星矢「ぐ・・・・・・・はっ・・・・・・!」

 なんとか視線だけ上げると、そこには戒めを振り払って余裕の笑みを見せているデスマスクと、無感動な顔で俺を見下ろしているアフロディーテの姿があった。

アフロ「・・・・おかしいと思わなかったのか?」
星矢「な・・・・・に・・・・・・・?」
アフロ「紫龍でさえ、黄金聖衣を纏った彼にはかなわなかったのだ。聖衣が逃げさえしなければ、勝てたかどうか怪しいものだ。ましてや瀕死の君が、フル装備のデスマスクを捕らえられるわけがあるまい」
デス「俺達が聖域一の演技派だってことを忘れてたようだな」

 演技・・・・・
 ひ、卑怯ぉぉぉ・・・・っっっ!!

アフロ「・・・デスマスク、怪我は?」
デス「たいしたことはない。首にアトがついたけどな」
アフロ「そうか」

 アフロディーテがぎんっ!と俺を睨み付けた。

アフロ「とりあえず・・・その鬱陶しい鎖を消させてもらうぞ!」

 言うや否や、真っ黒いバラがチェーンをつつみ、ボロボロにしてしまう。
 くそっ・・・・!
 俺は気力を振り絞ってもう一度立ち上がった。

デス「ほう。まだ立てるか」
アフロ「愚かな。大人しくくたばってしまえば良いものを」
星矢「バカ言うなっ!目の前にゴールが見えているのに・・・・まだ・・・まだ俺は終わっちゃいないぜ!!」
シュラ「いいや。ここで終わりだ」

 渋い声と共に、俺の首筋に冷たい物が押し当てられた。
 シュラの手刀・・・・エクスカリバーだった。



シュラ「・・・ここまでよく生きていられたな。それは褒めてやってもいい。だが・・・やはり、少々生真面目すぎるようだ」
星矢「・・・・・・・・・・」
デス「ゲームオーバーだぜ、星矢。お前はもう、囲まれてる」

 デスマスクの言う通り、俺は完全に逃げ道も進路も断たれつつあった。
 あたりから、続々と黄金聖闘士達が姿をあらわす。
 
シャカ「もう少し早いうちにゲームは終わるかと思ったが、君は存外しぶとかったな」
カミュ「仲間の手助けを差し引いてもよくやった方だ。悲観することはないぞ」
アイオリア「・・・・だが、俺はまだ許していないからな」
ミロ「はやくギブアップしてしまえ。傷口が痛んでいるはずだ」
ムウ「・・・無駄ですよ。簡単にあきらめる性格でないからこそ、なんど倒してもこうして蘇ってくるんです」
サガ「そう・・・・だからお前をここに誘い出した。私たち全員で、一気に方をつけるためにな」
アフロ「というわけだ。観念したまえ」

 あたりをぐるっと取り囲み、口々に語り掛けてくる黄金聖闘士達。
 俺は彼らを見回して、言った。

星矢「・・・・やっぱりアルデバランがいないんだが・・・あいつは・・・?」
サガ「済んだことだといったはずだ」

 ・・・・ギャラクシアンエクスプロージョンで巻き添え食わせたくせに・・・・・
 まあ、老師もいないけど・・・・・

星矢「俺は・・・あきらめない」
サガ「気持ちはわかるがな。シュラに後ろをとられていては、もう反撃はおろか逃げることもできんだろう。課題はここで終了だ。お前の負けだ、星矢。また次の機会を待つため、ゆっくり休むのだな」

 俺は目を閉じ、じっと考えるフリをした。
 もっとも、それでシュラの監視が緩むわけでもなかったが。
 黄金聖闘士を一度に9人相手では、確かに俺に勝ち目はない。だが、ここで負けを認める気はなかった。
 たとえ負けるにしたって・・・その前に一矢報いてやる!

星矢「・・・・・・わかったよ。サガ」

 俺は言った。静かに。

サガ「星矢・・・」
星矢「だけど、やっぱり悔しいから・・・負けを認める前に思いっきり一言怒鳴らせてくれ。ギブアップはそれからでも遅くないだろう?」
サガ「ふむ。かまわんが、一体何を・・・?」
星矢「聞けばわかるさ」

 黄金聖闘士達はなんだか微笑ましいような顔をして俺を見ている。
 いいさ。どうせ俺はまだ未熟だよ。
 胸の内でぼやきながら、精一杯深呼吸をして。
 思い切り・・・・さけんだ!!


星矢「ライフラインNO2ーーーっっ!!!」
一輝「鳳翼天翔ーーーーっっっ!!!」
黄金聖闘士『なにぃぃぃぃーっっ!!?;』

 
 突然の一輝来襲には、さすがの黄金聖闘士達も度肝を抜かれたようだった。
 おっしゃ完璧不意をついたぜ!
 シュラがひるんだそのスキに、俺は身を翻して虚空へ飛ぶ!

星矢「言ったはずだぜ!俺はあきらめない!!くらえ、ペガサス流星拳!!」
ムウ「っ!クリスタルウォール!!

 ムウがとっさに張った壁が、俺の流星拳を弾き返す。
 しかし!

星矢「うおおおおおおおっっっ!!」
ムウ「!バカな・・・星矢の拳が・・・ビッグ・バンを起こした!!?」
星矢「死ねーっ!この卑怯者どもーーーっっ!!」

 ・・・・たぶん、俺、めちゃくちゃストレス溜まってたんだと思う・・・・・
 ビッグ・バンを起こした拳は、そのままクリスタルウォールをぶち破り、黄金聖闘士全員を殴り倒したのだった。



 ・・・もうもうと上がる土煙。その向こうに目をこらしながら、俺はがっくりと膝をつく。
 ・・・勝ったのか・・・?
 願わくば・・・・ほんと頼むから・・・・もう誰も立ち上がらないで欲しいんだが・・・・

星矢「・・・・・・!」

 願いは、所詮はかない祈りに過ぎなかった。
 土煙が風に流された時、俺ははっきりとそこに立って構えている黄金聖闘士を見たのだから。
 あっちに3人。こっちに3人。そしてそっちにも3人。なぜかみんな3人ずつ固まって・・・・
 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・おい、ちょっと待て。

星矢「・・・・・・・(滝汗)」
サガ「・・・星矢。正直、お前がここまでやるとは思わなかった。感心したぞ」
シャカ「君が全力で私たちにかかってくる以上、やはりこちらも全力で相手をするのが礼儀というもの。今こそ見せよう。私たちの真の力を!」
星矢「・・・真の力って・・・・ア、アテナ・エクスクラメーション・・・?」
黄金聖闘士『そのとおり!』

 ・・・・・・・・・
 だからなんで俺を殺そうとするんだよ!!(泣)

星矢「死ぬ!!そんなのを3方向から食らったら、俺は確実に死ぬだろうが!!」
サガ「ギブアップをするなら今のうちだ」
星矢「そんな二者択一があるかーーーーっっ!!どういうコンセプトだこの修行!!最低だぞあんたらっ!!」
サガ「・・・・・ギブアップはしない、か。残念だ星矢。せめて安らかに眠れ・・・っ」
星矢「泣くな!!泣くぐらいならやめろよ今すぐ!!おい、サガっ!!」
ムウ「これ以上の問答は無用・・・・いきますよ、皆さん」
星矢「行くなーっ!!」

 俺の必死の叫びも聞かず、黄金聖闘士達は小宇宙を集中し始めた。
 ・・・・・・・いやだ・・・・こんな華々しすぎる死に方はいやだ・・・・・
 俺は茫然としたが、すぐに気合いを入れなおした。
 負けてたまるか!って、かなり無理な気もするが、俺は最後まであきらめないんだ!
 本の一瞬・・・技をうつ直前のスキを狙って攻撃すれば・・・・万に一つ、勝機はある!!

星矢「来るなら・・・・来いっ!」

 そうやって、俺がムリヤリ希望を見出そうとした時だった。
 突然、思っても見ない方向から金色の光が射しこんだ。

一同「!」

 俺達は一斉に振り向いた。そして、見た。
 パンドラボックスから、射手座の聖衣が現れるのを。
 聖衣は眩むような光と共に空中で分解した。
 そして・・・・!

星矢「!」
シュラ「なっ・・・・聖衣が・・・聖衣が星矢に!!」

 そう、射手座の聖衣は俺の体にしっかりと装備されたのだ。
 アイオロス・・・・・!!

カミュ「アイオロスが・・・・星矢を守っているということか!?」
ミロ「そんな!射手座の聖衣は正義の味方だ!正しい方につくのであって、贔屓をするものではないはず!」
シャカ「・・・・まあしかし、冷静に考えればこの状態はかなり卑怯ではあるからな」
デス「俺達が集団リンチしてるとでも思ったんじゃないか?そそっかしいとこあったからな、アイオロス」

 そそっかしいっていうより、事実だと思うな、俺は・・・・
 しかし!今はそんな些末な問題はどうでもいいんだ!
 射手座の聖衣を纏ったことによって、俺の中に新しい闘志がみなぎっていた。
 何も、恐くないぐらいの力が。

星矢「黄金聖闘士達!」
サガ「むっ!?」
星矢「来るなら来い!俺は・・・かならず勝って見せる!!」
サガ「!」
シャカ「・・・フッ、良くぞ言った!」

 シャカの言葉で、彼らの間でもスイッチが入ったようだった。
 これが、本当に最後だ。アイオロスよ、力を貸してくれ!
 一瞬の隙を逃さず、かならず勝ってやる!!
 最初に攻撃が来るのは・・・右か?それとも左?・・・・・・・

星矢「違う!正面だ!!」

 見切った!!



 と思ったが。

 攻撃は背後から来た。

「ギャラクシアンエクスプロージョン!!」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・もう理解不能だった。
 圧倒的な力に飲み込まれて。
 俺の意識は完全に暗転した。




 俺が気がついたのは、それから3日後。目を覚ますと、見覚えのある石造りの天井が見えた。
 ・・・・聖域。

サガ「気がついたか?」
星矢「!・・・」

 見回すと、黄金聖闘士達が全員、俺を見下ろしていた。
 優しい顔をして。
 その中に、俺は一つの顔を見つけた。
 デスクィーン島では、見なかった顔を。

星矢「・・・・・やっぱりあんたか」
カノン「ああ」

 カノンはにっと笑った。
 俺も少しだけ笑い返す。

星矢「おかしいと思ったんだ・・・・魔鈴さんは12人って言ってたから。アイオロスはいないし・・・」
カノン「切り札は最後まで見せないものだ」
星矢「ちぇっ・・・」

 もうちょっとだったのになあ。

星矢「結局・・・俺の負けか」

 苦笑しながら呟いた。すると、アイオリアが眉を跳ね上げて言った。

アイオリア「何を言う。あれは立派にお前の勝ちだぞ」
星矢「え・・・?」
ミロ「魔鈴は言っただろう?『射手座の聖衣を取り戻す』のが課題だと。お前はちゃんと取ったではないか」

 ・・・・そうだ。最後に、射手座の聖衣が俺についたから・・・・
 アイオロスが、勝たせてくれた。

シャカ「もっとも、最後に君は失神してしまったのだが。言うなれば、試合に勝って勝負に負けた、というところだ。まだまだだな」
星矢「・・・・まだまだ、ね」
サガ「惜しいところではあったのだがな。お前がカノンに気づいていたら、あるいは勝負もお前の勝ちだったかもしれん」

 サガはいたずらっぽく片目を瞑ってみせた。

サガ「まさか、いくら私たちでもたった一人の後輩相手にアテナ・エクスクラメーションを撃つわけにはいかんからな」
星矢「じゃ、あれは・・・」
デス「囮に決まってんだろ。カノンから注意を逸らすための」

 本当かよ・・・?
 い、いまいち信じられないんだが・・・・

シュラ「やはり生真面目すぎるな、お前は」

 シュラが言って、皆が笑った。
 ・・・ちくしょう・・・・・
 膨れた俺の頭を、サガの手がなでる。

サガ「まあ、ゆっくり養生するのだな。お前はまだこれからだ。先を楽しみにしているぞ」

 大きな手だ。俺より、ずっと大きい。
 ・・・・・・ひょっとして、課題の間も手加減してたのだろうか。
 そう思うとますます悔しくなった。

星矢「・・・・・・絶対あきらめないからな」

 俺はぶっきらぼうに言って、布団に潜りこんだ。
 一瞬置いて。
 さもおかしそうな笑い声が、頭の上で飛び交うのが聞こえたのだった。


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