要因その1:アルデバラン

ムウ「アルデバラン、最近あなた、ちょっと太ったのではありませんか?」
バラン「そうか?うむ、この頃は目立った戦いもないし、半殺しの目にも遭わずにすんでいるからな。以前ならば入院中は病院食だったからセーブできたのだが」
ムウ「ちゃんと自己管理をして適当な運動をするなり何なりしないと健康を害しますよ」
バラン「気をつけよう」

シャカ「・・・・・・・・・・・・・」


要因その2:サガ

サガ「ああくそっ!毎日毎日これだけ働きまくっているのにどうして仕事が溜まるのだ!?他の奴らは何をして・・・・あ、つうっ・・・!」
アフロ「どうした?」
サガ「・・・ううっ・・・・睡眠不足とストレスで胃痛が・・・っ・・・・」
アフロ「だ、大丈夫か?少し休んだ方が良いのではないか?」
サガ「だが私が休むと聖域が駄目に・・・・ううぅ・・・・」

シャカ「・・・・・・・・・・・・・・」


要因その3:カノンとカミュ

ミロ「カノン!お前カミュに何を言った!?」
カノン「う・・・・静かにしろ。大声で怒鳴られると頭に響く・・・。カミュがどうした」
ミロ「『私など生きている価値も無い・・・』などと呟いて氷河に遺書を書いているのだ。聞けばお前との飲みから帰ってきて以来ああだという。何があった」
カノン「・・・・別に何も。ただ、『ぐちぐち小うるさい男は弟子に嫌われるぞ』と言ってやっただけだ」
ミロ禁句だろうそれ・・・;」
カノン「酒の勢い借りて5時間も氷河話を呟いていたあいつが悪い!あんな誰も聞きたくない話をどうしろというのだ!」
ミロ「カミュならいつものことではないか。そういう時は99%聞き流して5分に1回ぐらい『氷河は大丈夫だ』と言ってやるのが正しい対応マニュアルだぞ」
カノン「・・・・・・・とにかく、あれにつきあったおかげで俺は今地獄の二日酔いだ。死ぬほど気持ちが悪い・・・・。カミュが死んだら墓参りぐらいはしてやるから、しばらくそっとしておいてくれ」
ミロ「安心しろ。今までの経験から行くと、あいつはあと30枚ほど遺書を書き進んだあたりで結局氷河に未練が生じて自殺を思いとどまるはずだ」
カノン「・・・・・・・お前、よくあんなのと親友やってるな・・・;」

シャカ「・・・・・・・・・・・・・・・」


要因その4:デスマスク

シュラ「・・・なあ。滅多に煙草をやらない俺の宮の床に、どうして毎日必ず吸殻が落ちているのだろうな、デスマスクよ」
デス「そりゃあ俺が捨ててるからだろ。なんだ?気づいてなかったのか?」
シュラ「気づいてたからあてこすったんだろうが!!何の恨みがあって人の家を汚すのだ貴様は!!」
デス「いや、別に恨みはねえ。あのな、お前な、考えても見ろって」
シュラ「・・・何を?」
デス「俺の宮が下にあるだろ。双魚宮が上にあるだろ。その間が随分離れてるだろ。な?」
シュラ「・・・・・言いたい事がよくわからんが・・・」
デス「俺がアフロディーテの所に行くとする。途中が暇なんで煙草を吸う。俺のペースで吸い歩きをすると、巨蟹宮から吸い始めた煙草は天秤宮までが寿命だから、とりあえず一本目はジジイの宮で捨てるだろ?で、そこからまた新しいのに火をつけて歩いたらちょうど磨羯宮で捨てられるんだわ。それを往復やってるからお前のところに吸殻が」
シュラ「ほぉ・・・なるほど、そういうわけか。叩っ斬られたいか?」
デス「いやです;」

シャカ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


要因その5:昼の主婦向け番組

司会『・・・以上が成人病の原因なんですよ。ねぇ?心当たりあるでしょ、奥さん。はい、じゃあこちらにまとめてみましょう。まず、食べすぎ。運動不足。テレビの前でゴロゴロしているそこのあなた。危ないですよ。それからストレス!これは本当にいけない。溜めないようにしてくださいねぇ。そしてもちろん、酒と煙草。もうね、いけないとわかっていながらついついやっちゃうのよ。ね?旦那さんなんか特に気をつけてあげてくださいよ、奥さん。一家の大黒柱なんですから」

シャカ「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・・以上の数々の要因から、聖域一じっとしていて欲しい男はじっとするのをやめたのだった。






シャカ「本日から健康強化月間だ。死にたくなければ私に従え」

 居並ぶ仲間達に向かってシャカがそう宣言した時、たっぷり5分間は誰も何も言わなかった。
 これが別の人間の口から発せられた言葉であったなら「ふざけんな」の一言で済んだだろう。
 しかしシャカである。デスマスクをして「あいつとサガとムウでアテナ逆らいたくない奴エクスクラメーション」などと言わしめる人間である。
 こういう時に悪気無く禁句を口走って返り討ちにあうタイプのミロですら沈黙を守ったのだから、人並みに危機感を持ち合わせた他の者が文句を言うはずも無い。場には白けているにも関わらずとても重苦しい空気が充満した。
 いい加減時間がたってから、さすがに最年長者としての責任を感じたか、サガが口を開いた。

サガ「シャカ。その・・・・なぜそういう事になったのか聞いてもいいか?」

 シャカは答えた。

シャカ「皆が不健康すぎるためだ」
サガ「私にはそうは思えんが。健康だけがとりえの集団だし」
シャカ「だからその健康だけがとりえの集団から健康を引いたら何のとりえも無くなるではないか。そうならないよう私が気を配ってやると言っているのだ。食いすぎ、ストレス、酒、煙草。君たちは成人病の危機に瀕しているのだぞ、わからんのかね?」
サガ「ちっともだ」
シャカ「自覚の無いところはますますいかんな。今日から私が常にエイトセンシズ研ぎ澄ませて監視するから覚悟したまえ。健康に悪い行いをしている者にはそれ相応の罰を下すぞ」

 この恐ろしい布告には全員が戦慄した。

デス「ちょっと待て!健康に悪い行いって、煙草も駄目なのか!?」
シャカ「当然だ。禁煙・禁酒・禁ストレス。アルデバランは断食したまえ」
バラン「うっ・・・;」
アフロ「シャカ!私は何も健康に悪いことなどしていない!それは君も知っているだろう?酒も煙草もやらないし睡眠もしっかり取ってるしカロリーには常に気をつけている。だから私は対象外だ!そうだろう!?」
シャカ「しかし君はよくストレスを溜めているようだが」
アフロ「私のストレスは100%デスマスク関連だ。彼が素行を直さない限り、自分ではどうしようもない。だからデスマスクが女遊びしないように監視して欲しい。それさえ直れば私は完全に健康体だ」
デス「待てコラてめえ!!」
シュラ「・・・その話には俺も一枚乗せてもらう。アフロディーテ同様、俺もストレス以外に不健康な生活をしている覚えはないが、ストレスの原因は間違いなくデスマスクだ。こいつの素行がアフロディーテ経由で俺に祟る。俺をどうにかする前にまず蟹をどうにかするのが先だということは覚えておいてくれ、シャカ」
シャカ「ふむ。承知した」
デス「てめえら俺を売りやがったな;。シャカ!俺は適当に遊ばねえとストレスが溜まるクチなんだよ!」
シャカ「女遊び以外で遊びたまえ。遊園地や動物園に行くぐらいなら私もうるさいことは言わん」
デス「言われてたまるか!っつーか、そんなガキの遊びで満足できるわけがねえ!!せめて週2ぐらいは美人と外泊させろ!」
アフロ「シャカ。今ものすごくストレスが溜まった」
サガ「やめろ。しようのない・・・」

 痛むこめかみを押さえるサガ。早くも健康に悪そうである。
 その横ではミロとカミュがひそひそと、

ミロ「カミュ!気をつけろよ、お前の心労原因が120%氷河だと知られたら大変なことになるぞ」
カミュ「ああ。文字通り根絶治療されかねんからな。ミロよ、万が一バレた時には教えてくれ。氷河が他人に消されるぐらいならせめて私の手で眠らせてやりたい」
ミロ「そういう考え方があいつを危機に陥れるのだ!もっと明るくふるまってストレスを溜めんようにしろ!」
シャカ「ん?ミロ、機嫌が悪いようだな?君の隣のストレス因子を消してやろうか?」
ミロ「いらん!」
カミュ「そうか、私がお前のストレスか・・・・邪魔だったら消してくれても構わんぞミロ・・・・」
ミロ「いやもうお前、自分で消えろ」

 言いたい事をそのまま言う男、ミロ。彼がストレスで体調崩すなら他の全員は即死である。
 少し離れて、ちょっと口元に手をやったムウが考えている。

ムウ「ストレス因子を消す・・・・ということは、被害を訴えればうちから4件先の熱血馬鹿も消してくれるはず・・・・」
バラン「こらムウ;」
ムウ「いえ、冗談ですよ?冗談ですけれど、これから夏になるとむさ苦しくて不快指数も上がるわけですし、誰だって素面の人生送っていれば、たまに殺し屋が必要な気分ぐらいにはなりますよね」
バラン「ならんならんならん」
ムウ「あなたは人が良すぎるんです」
バラン「お前が悪すぎだろう・・・」

 そして問題の熱血馬鹿は、場の空気が乱れたので踏ん切りがついたか、責任者にくってかかっていた。

リア「電波なのもいい加減にしろ!俺はこんな馬鹿げた企画には参加せんからな!」
シャカ「なに?まさかとは思うが、君も参加できると思っていたのかね?冗談はよすのだな。踏もうが蹴ろうが毒を皿ごと食わせようが全然死にそうに無い奴の健康を案じてやる必要がどこにあるのだ。君の場合は失恋でもして自害に走るのがせいぜいだ。私の崇高な義務は人並みに繊細かつ鋭敏な神経の持ち主のみが対象であって、君のごとき図太い酒樽神経に用は無い。消えたまえ」

 ・・・しばらくの間、ライトニングプラズマと天魔降伏の凄まじい応酬が繰り広げられて。

サガ「いい加減にしないか!!シャカ!アイオリア!それ以上揉めるようなら異次元でやってもらうぞ!そこに並べ!!」
シャカ「構わん。異次元でもどこへでも飛ばすがいい。まずはこのを片付けるのが先だ」
リア「今の言葉そっくり返すぞ毒電波!!」

 だが、サガが額に青筋を浮かべる、その横からムウが静かに口を挟んだ。

ムウ「アテナに言いつけますよ、二人とも」

 ・・・・・・・・争いは始まった時と同じく唐突に終わった。

サガ「とにかく・・・シャカよ。健康管理もいいが、違反したからといって体ごと消されてしまうのでは本末転倒だ。健康に即死するより体調悪くても生きていたいのが人情というものだろう」

 重々しく諭されて、シャカはむっとしたようである。

シャカ「私とて見境なく全滅させるのは本望ではない。それくらいの常識はわきまえている。人を破壊神のように言うのはやめてもらいたいのだが」
デス「違うのか?」

 どかん!

シャカ「違うとも」
アフロ「ああ・・・・デスマスクが・・・・焦げた・・・・・・;」
シャカ「確かに私が制裁を加えるならば一撃必殺になるだろう。このように。しかし、一応君たちは曲がりなりにも私の友人。このシャカ、弱者に対する慈悲の心は持ち合わせていないが、友人に対する多少の遠慮ぐらいは持っている」
デス「ぜってえ嘘だ・・・!」

 どかん!!

シャカ「・・・対応はそれぞれ違うとしてもだ」
アフロ「デスマスク・・・・・・何も命を捨ててまでツッこまなくても・・・・・;」
シャカ「そこで、私が直々に手を下すのは最後の手段とし、それまでは私の下僕に働いてもらうことにした」
サガ「下僕?」
シャカ「そうだ」

 出てきたまえ、とシャカは部屋の奥に向かって呼びかけた。
 それに答えておずおずと顔を覗かせたのは・・・・・

「あ、あの」
ムウ「瞬!?何をしているんですかこんなところで」
瞬「こっちの台詞です。何をさせられるんですかこんなところで」
シャカ「察しが悪いようだな。君は私の下僕となって、全員の健康管理に気を配るのだ。わかったかね?」
瞬「・・・。さっぱりだけど・・・いきなり天舞宝輪で閉じ込められたと思ったら、解放されるなり強制労働なんだ・・・・いい具合に拉致だね兄さん・・・」

 脱力したように壁にもたれつつ、遠い目をする瞬。しかしシャカは微塵も気にかけぬ様子であった。

シャカ「言うまでも無いが、彼に危害を加えたら一輝が飛んでくるからな。肝に銘じて全員今日から養生したまえ」
全員『・・・・・・・・・・・・・・・・』





 アンドロメダ・瞬が具体的にどういう仕事をするのであるか。
 それは地獄開始の翌日すぐに明らかになった。

デス「ああああ我慢できねえ!!煙草どこだ煙草!俺のダンヒル!!」
アフロ「駄目だ、禁煙すると言ったではないか。シャカが怒るぞ。やめておけ」
デス「関係ねえ!お、あったあった。ったく、これが無いとやってられな・・・・」

「ネビュラチェーン!」

 ひゅばしっ!

 どこからともなく突如として飛来した銀の閃光が、男の手にした煙草を叩き落した。

デス「なっ!!?;」
瞬「だめだよデスマスク!禁煙だって言ったでしょう?」
デス「てめえ・・・いつの間に・・・」
瞬「僕のチェーンはたとえ敵が何万光年離れていようとも必ず見つけ出して倒すんだから。この煙草とライター、没収します」
デス「ちょっ・・・!待て!お前にそこまでの権利があるのか!?」
「シャカに全権委託されたんで。僕はいらないって言ったんだけど、結局押し付けられたなら使った方が得だよね」
デス「タチ悪いなお前・・・;」
瞬「アフロディーテも、横にいたんならデスマスクを止めて下さい」
アフロ「・・・止めようかなと思っていたが、君に言われてやる気が失せた」
瞬「・・・そんな・・・宿題嫌がる小学生じゃあるまいし・・・・」
アフロ「君はいつもそうだぞ。十二宮の時だって、私がダイダロスに謝ろうかな、と思ってたときにやいやい言ってきたから、もうやる気が」
瞬「・・・・へえ・・・・そうなんだ。初めて聞いたよ、そんな吊るし上げ覚悟の言い訳」
デス「・・・・ケンカなら外行ってもらえるか?ここ俺の宮だから」

 笑顔を浮かべながらも計り知れない険悪さを漂わせて睨みあう二人の間で、デスマスクが嫁と姑のいさかいに巻き込まれた旦那のごとく居心地の悪い顔をしている。
 彼は先ほどにも増して煙草が吸いたくなったのだが瞬から取り戻すことはできなかった。今口を差し挟めば二人の矛先が自分に向くような気がしたからだ。
 ゆえに、

シャカ「何をやっているのかね?」

と、普通なら歓迎できない客がタイムリーに来たのはむしろありがたいぐらいであった。2日前の彼の仕打ちが一瞬頭をよぎったものの、それはそれとしてもうあきらめている。

デス「シャカ。お前の下僕をなんとかしろ」
シャカ「何か迷惑でもかけたかね?」
デス「大迷惑だ」
瞬「僕は単にあなたの煙草をやめさせようとしただけです!」
デス「だったら何だそのネビュラストリームっぽい気流の渦は・・・;」
アフロ「デスマスクに煙草をやめさせる必要なんて無い!少なくとも、そのヒヨッコにどうこう言われる筋合いは無いのだ!」
デス「その通りだ。そしてお前もどうこう言う筋合いないからよろしく」
アフロ「私はある!」
シャカ「だったら君がデスマスクの禁煙をしっかり見張ればよいではないか」
アフロ「見張ろうが言おうがこの馬鹿は聞かんのだ。ダンヒル中毒だ!
デス「ニコチン中毒、な。そこまで銘柄にこだわる男じゃないからな、俺は」

 シャカはしばし黙して考えた。それから、まるで何の関係もない天気の話をするかのような口調で、しかしごくはっきりと聞こえる風に言った。

シャカ「ところで、一般的な煙草の切り口の直径についてなのだが、あれは女性の乳頭の平均直径を意識して作られているのだそうだ。だから男性は好んで煙草を口にするというわけだ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アフロ「ほほう・・・なるほどそういうわけだったか。なあ、デスマスク」
デス「いや俺は全然そんなことは知らなかったしそんなつもりも微塵もねえし、っていうかいいから落ち着けよお前;」
アフロ「二度と吸わせん!!シャカ、任せてくれ!この男は私が責任もって面倒を見る!」
シャカ「そうしてもらおう」

 妙な知識を披露し、修羅場な展開を促すシャカ。アフロディーテが家宅捜索をして隠し煙草を発掘しようとしはじめ、デスマスクが怒鳴り散らしてそれをやめさせようとしている。
 毒気をそがれた瞬だけが呆然と立ちすくんでいた。

シャカ「わかったかね。争えばいいというものではない。物にはやり方と言うものがあるのだ」
「・・・自慢するほど立派なやり口じゃないような気がするんだけど・・・・」
シャカ「大切なのは急所を押さえることだ。そのためにはエイトセンシズが必要だ。しかし君ごとき青銅の小童はそれを持ってたところで日常的に使いこなせるか怪しいもの。よって今日はこのシャカが特別に黄金聖闘士の急所を教えてやろう。アイオリアの場合は魔鈴、ムウの場合はデコの蒙古斑、サガやシュラの場合は過去の恥だ」
瞬「・・・要するに触れられたくない部分をえぐるんだね。嫌です。そんな嫌われそうな役・・・」
シャカ「嫌われるぐらいが何だというのだ。君は私たちにとって星矢のおまけのピンク色ぐらいの印象しかないのだぞ。十二宮で十二時間も走り回りながら一体何をやっていたのかね。二時間いたかいないかで忘れられないインパクトを残した一輝を、少しは見習いたまえ」
「僕と兄さんじゃ生き方のベクトルが違いすぎるんです。兄さんは大好きだけど・・・・尊敬してるけど・・・・でも僕は・・・・僕はああいうアピールの仕方はしたくない!兄さんじゃなきゃ無理です!塵になっても生き返るなんて!」
シャカ「そんな気弱なことでどうするのだ。君にはもっと底知れない素質がなくもなかったではないか、ハーデス」
「葬り去りたいよそんな素質」

 ジャラリ。
 瞬の右手で音がしたのはその時である。

瞬「はっ!スクエアーチェーンが攻撃に出たがっている・・・!誰かが・・・誰かが不健康なことをしているんだ!」
デス「どういう性質なんだよてめえのチェーンは」
シャカ「む。この方角からすると、金牛宮か。牛め、さては断食を放棄したな。冷蔵庫と保存食を全て没収したというのに往生際の悪い。いくぞ、アンドロメダ」
瞬「はい!」

 なんだかんだ言って仲良く肩を並べて出て行くシャカと瞬。
 見送るデスマスクが頬に一筋汗を流す横では、アフロディーテが4箱目の煙草を見つけて目を三角にしているのだった。





「行け!チェーンよ!あのラーメンを打ち砕け!!」
ムウ「クリスタルウォール!!」

 金牛宮にはなぜかムウがいて、ネビュラチェーンの一撃を阻んで見せた。

シャカ「どういうつもりかね、ムウ」
ムウ「どういうつもりもこういうつもりも。断食はよくありません。それだけです」
シャカ「まさかとは思うが、その牛に餌をやったのは君ではあるまいな?」
ムウ「いけませんか?」

 テーブルの上にはほかほかのラーメンが一丁。湯気の向こうでアルデバランがフォークにナルトを刺したまま硬直している。

ムウ「あなたたちが食料を根こそぎ略奪していったと聞きましたので。私のところから材料を持ってきて作って差し上げたんです。おいしいですか?アルデバラン」
バラン「あ、ああ・・・」
ムウ「冷めないうちに早く食べてしまいなさい。あなたの食事の邪魔はさせませんから」

 微笑んで言うムウの姿は、目の前で戦闘態勢になっている二人に比べると、あたかも天使のごとく輝いて見えた。
 侵入者の方へ静かに視線をもどし、言う。

ムウ「聞こえたでしょう。彼の邪魔をするつもりなら、まず私が相手になります。・・・・が、私は争いたくは無い。瞬、あなたは本当にこのままで良いと思うのですか?なるほど、確かにアルデバランは向こう3ヶ月ぐらい絶食しても余裕で生きられるような外見をしてはいます。しかしそう思わせておいて予想を裏切るのが彼という人ではありませんか。3日でくたばったらどうするつもりなんです。責任を取れるのですか?」
瞬「そ・・れは・・・・」
ムウ「無理強いをしてまで断食させることが本当にこの人のためになるのか、あなたならわかるでしょう。目を覚ましなさい、瞬」
瞬「・・・・・・・」

 懇々と諭された瞬の顔に、明らかなためらいの色が浮かんだ。彼はシャカを振り返った。

瞬「あの・・・シャカ?僕・・・ムウの言うとおりだと思うんだ。おかしいおかしいと思ってたけど、やっぱりおかしいんだよこのやり方。もうよしましょう。これ以上被害者が増えないうちに」

しかしシャカはきっぱりと言い放った。

シャカ「騙されるな、アンドロメダ」
瞬「・・・え?」 
シャカ「君は本当にこの男が親切心から忠告していると思うのかね。弱きを助け強きをくじくなどという奇特な人間はこの世には存在せんのだぞ。強い人間は弱い人間から骨の髄まで絞り上げるのが資本主義の常識というものなのだ。ゆえに、アルデバランは搾り取られている。わからんのか?」
瞬「・・・それもわからないけど、聖域が資本主義っていうのはもっとわからないよ。アテナの独裁政権じゃなかったんだ、ここ」
ムウ「私が搾り取っているとはどういう意味ですか。聞き捨てなりませんが」
シャカ「ならば単刀直入に聞こう。ムウよ、君はアルデバランからいくらふんだくったのかね」
ムウ「ふんだくったなどとは人聞きの悪い・・・。向こう1週間分の材料費・光熱費・人件費を40万ほどいただいただけです」
瞬「・・・・・・・・・・・・・・・」
シャカ「フッ、聞いたかアンドロメダ。これが世間というものだ。こんな悪徳詐欺業者の口車に乗ってはひとたまりもないぞ」
ムウ「ひとたまりも無いのは常識無視の危険教祖についていくことだと思いますが。教団幹部にされてしまったらロクな人生歩めませんよ」

 二人は空気がピシッと音を立てるほど睨みあった。それからおもむろに瞬を振り返り、無言の圧力を発した。
 犯罪業者か犯罪宗教か、さあどっちだ、と。
 ・・・・瞬は答えた。

瞬「僕はどっちも嫌です。犯罪に加担するぐらいなら倒産寸前の会社に入った方がマシです。だからどうしても選べというなら、アルデバランについていきます」
バラン「誰が倒産だ誰が」

 ・・・テーブルの上では、静かにラーメンがのびていたという。




 ちょうどその時ネビュラチェーンがまたも反応を示した。
シャカ「次はどこかね?」
瞬「ええと、教皇の間みたいです。行きましょう」
シャカ「・・・・・。私は残ってムウと決着をつけねばならん。君一人で行きたまえ」
瞬「でも、教皇の間ってことはサガでしょう?僕一人で手に負える相手じゃないです」
シャカ「安心したまえ。一人前とは到底言えんが、これまでの経験で、君でもまあ多少の邪魔ぐらいはできるはずだ。もう私が君に教えることは何も無い」
「あれで全部ですか。ロクな事教わってないんだけど・・・・。忘れたしね既に」
ムウ「シャカ。階段を上るのが面倒だと素直に認めたらいかがですか」
シャカ「君は黙っていてもらおう」

 再び睨み合いを始めた二人といたたまれなさそうなアルデバランをその場に置いて、瞬は一人で教皇の間へ向かった。
 サガは奥の執務室で何やら大量の書類に埋まっていた。

サガ「くっ・・・どうしてこう後から後から仕事が増えるのだ。誰かの陰謀だとしか思えん。大体この宗教が希薄な時代になぜこうまで教皇職が忙しくなるのか・・・・そしてなぜ私が教皇やっているのか」

 ぶつぶつ言いながら光速で書類に判を押しまくるサガの目の下には、刷毛で塗ったかのごとき見事な隈があった。
 瞬は声をかけた。

瞬「サガ。大丈夫?寝てないんですか?」
サガ「ん?・・・ああ、お前か瞬。そうだ、いかにも私は寝ていない。ミロが『あーよく寝たよく寝た!20時間は寝たな!寝すぎで馬鹿になりそうだ!』などと言っている間も一睡もしていない。なりそうもクソもお前はとっくの昔に馬鹿だろう、とツッこんでやる気力すら今は無い」
瞬「そんな・・・体を壊すよ。もう仕事はやめて下さい」
サガ「瞬・・・」

 サガは寝不足で赤い目をますます赤くにじませて、

サガ「お前だけだ、そんなことを言ってくれるのは・・・」
「義務だからね。ネビュラチェーンが反応した以上は言わなきゃいけない規則なんです。さあ、仕事をやめて下さい。教皇がいなくたって大したことは起らないでしょう、宗教が希薄な時代なんだし」
サガ「・・・この仕事をナメているようだな。言っておくが、教皇の役目は村人の冠婚葬祭に立ち会うことばかりではないのだぞ!お前はなぜ自分たちが心置きなく戦えるのか考えたことがあるのか?いくら聖闘士が『平和を愛するアテナの戦士』を建前にしていても、やってる事は第一級犯罪!裏で教皇が隠蔽工作をしていなければ今頃全員ムショ入りだ!だから私は聖域の明日を守るため、胃が溶けようとも仕事を続ける!」

 何やら決死の覚悟で油汗すら浮かべながら目の前の書類に手を伸ばす教皇(仮)
 だがその指が紙に届く前に、瞬の右手が舞った。

「スパイダーネット!!」

 ピキィィィィィン!!

サガ「なっ・・・!?スパイダーネットだと!?くっ、手が・・・・判が押せん!」
「アンドロメダチェーンは敵の攻撃の仕方によって様々に変化するんだ!貴方はすでにスパイダーネットに捕まった!!」
サガ「いや私はなにも別に攻撃をするつもりなどは全く・・・」
「教皇の判は折らせてもらうよ!!」

 話を聞いているのかいないのか。突然現れてどこまでも強硬手段をとる瞬の前に、過労のサガはなすすべもなかった。握った判が音を立てて砕け散った。

サガ「・・・・・・(滝汗)」
瞬「サガ。貴方がすごく責任感の強い人だってこと、僕も知ってます。でも、そこまで自分を犠牲にすること無いと思うんです!隠蔽工作だなんて、そんなの・・・・・そんなの、グラード財団の札束に任せておけばいいじゃない!何のために沙織お嬢さんと仲直りしたんですか!?わけがわからないよ!」
サガ「お前がな。私は財産目当てでアテナに頭を下げたわけではない!あの方の神聖な小宇宙を感じたからこそ・・・」
瞬「貴方は知らないんだ!馬になった経験が無いから!城戸家に引き取られた経験が無いから!だから何もわからないんだよ!お嬢さんから財産引いたら得るものなんて何もない!」
サガ「・・・。言い過ぎだろう」

 しかし裏面の真実であることをサガは知らない。

瞬「貴方が言えないというなら、僕が代わって城戸家に資金援助を申し込みます。だからもうこんな仕事はやめて下さい。普通の聖闘士の仕事をして下さい」
サガ「単なるデスクワークをどうしてそんなに必死に止められねばならんのだろう・・・・普通の聖闘士の仕事の方がよっぽど健康に悪そうなんだが。頭も悪そうだし」
瞬「サガ!」
サガ「瞬よ。悪いがお前の話を聞き入れることはできん。私はこれでも己のやるべき事はわかっているつもりだ。昨日今日注目され始めた健康法などを振り返っている場合ではないのだ。流行物は必ずや廃れる。ぶら下がり健康器を見ろ。ヨーグルトキノコを見ろ。一時はあんなにも騒がれたのに今では話題にしても馬鹿にされるだけだ。お前やシャカがやっていることもそれと同じではないか。仮に私がここで仕事を投げ出したとしよう。しかしやがて流行が去って・・・というかシャカが飽きて健康維持運動をやめた時、溜まった分の仕事が一気に私に返ってくるのは火を見るよりも明らかだ。判は砕かれたが、私はこの右腕ある限り、血判を押してでも仕事を続けるぞ」
瞬「サガ・・・・・どうしても、聞いてはもらえないんですね」
サガ「これが私の生きる道なのだ」
瞬「そう・・・・」

 瞬は悲しそうな目で男を見つめた。

瞬「・・・わかりました。貴方が全力で仕事をするというのなら、敬意を表して、僕も全力で止めます!!」
サガ「いやもうほっといてく・・・」
「グレートキャプチュアー!!」

 なんだかふっ切れたように清々しく放った彼の一撃が、輝く光の渦となってサガの体に絡みつく。

サガ「な、なんだこれは!?放せ!!」
瞬「本当はこんな技を使いたくなんてなかった・・・あなたを傷つけたくなかった。けど・・・・健康のためなら仕方がないよね!」
サガ「どう仕方が無いのだ!!このまま締め付けて殺す気か!?放せ!」
瞬「大丈夫。命には別状ないから。この書類を燃やしたらすぐ離してあげるからね」
サガ「やめろーっ!!;」

 ぐるぐる巻きにされてもがく教皇(偽)を尻目に、巨蟹宮で没収してきたライターをカチカチ言わせる瞬。
 だが、それにぽっと火がともったその瞬間。
 空間を切り裂いた一撃が、炎ごとライターを真っ二つに断ち割った。

瞬「だれ!?」
シュラ「・・・すまん。俺だ」

 教皇の間の入り口には、いつの間に入ってきたのか指を揃えたエクスカリバー体勢のシュラがいて、そこはかとなく困ったような顔をして立っていた。

シュラ「気をつけはしたのだが・・・・怪我をさせただろうか?」
瞬「あ、大丈夫です、ライターだけです。そんなことより、どうして邪魔をするんですか?」
シュラ「どうしてと言われてもな」

 と、彼は反す刀でサガに巻きついていた鎖もばっさり切り捨て、

シュラ「その書類を燃やすと、サガも火の中に飛び込んで心中しかねん。やめてやれ」
瞬「・・・・・・・」

 何となく、過去に柱と心中したイオを思い出す瞬である。

シュラ「それにこんなところで放火をしている場合ではないのだ。早く下へ行ってシャカを止めてくれ。手遅れにならんうちに」
瞬「え?シャカ?何をしてるんですか今度は?」
シュラ「カミュを相手に千日戦争一歩手前でな・・・・天蠍宮で。止めに入ったミロは氷につけられた挙句、六道輪廻でどこかへ飛ばされた。お前ならそこまではされないのではないかと呼びに来たのだ。何とかしてくれ」
瞬「・・・・シャカとカミュか・・・・・・僕が行っても手加減はしてくれないと思うよその面子」
シュラ「だが俺たち相手だと手加減どころか全力で来るのだ。やはりお前しかいない。サガは・・・・あのままそっとしておいてやりたいし・・・」

 書類が灰になる、という危機的状況が回避されて緊張が緩んだのだろう。数日に渡って睡眠不足を病んでいた男は、ついさっきから今までの一瞬の間に、床に大の字をかいて眠りこけていた。

シュラ「・・・・ここの仕事なら、後でカノンやデスマスクあたりに手伝いを頼んでおく。文句は言うかもしれんが嫌とは言うまい」
瞬「デスマスクも?あの人、仕事できるんですか?」
シュラ「あまりあいつを見損なうな。少なくとも俺よりは法の網のくぐり抜け方が上手い」
瞬「・・・そうだね、貴方は下手そうだよね・・・・」
シュラ「放っとけ。そして早く行け。ぐずぐずしているとお前の仲間の命も保証できんぞ」
瞬「えっ?」
シュラ「カミュがシャカ相手に千日戦争も辞さないなど、原因は一つしか無いだろう」
瞬「!!」

 瞬ははっと気づいてシュラを見上げた。男は苦々しく頷いた。

シュラ「・・・早く行け」
瞬「わかりました!・・・・あ、シュラ!」
シュラ「何だ」
瞬「あのライター、あとでデスマスクに弁償して下さいね!」
シュラ「・・・うっ・・・;」

 走り去る少年の後ろ姿を見送りながら、喉仏のあたりで呻いたシュラだった。




シャカ「どうしても嫌だというのかね」
カミュ「当たり前だ。そんな事ができるものか」
シャカ「ならば・・・・仕方あるまい」

 瞬が駆けつけたとき、天蠍宮にはアイスパビリヨンのごとく凍気が立ちこめ、地獄の釜の蓋でも開いたかと思うようなあの世っぽい空気が流れていた。

瞬「シャカ!カミュ!ちょっと、落ち着いて下さい二人とも!」
シャカ「私たちは落ち着いている。慌てているのは君の方ではないかね」
瞬「一体、何があったんですか!」
シャカ「何と言うほどのことでは無い・・・。彼が余りにも神経病みそうな雰囲気であの氷河とかいうアヒルを心配しているものだから、写真・ビデオ・アルバム・手紙・手製人形などのあらゆる弟子絡み記念品を抹消してその未練を断ってやろうとしたまでのこと。しかしそんな事は断じて許さんと言うので、ならばオリジナルを消すかと聞いたら、百歩譲ってそれは良しとの了承を得た」
「間違ってるよ!!人形捨てるのが駄目で氷河本人は消して良いってどういうこと!?しかもたった百歩!?
カミュ「私とて氷河を殺したくは無い・・・・だが、最近の氷河は私から離れていく一方だ。人形なら離れることも無いし、本物はこの辺でそろそろ美しい思い出にしてしまいたい。本当はこの私自らの手で葬ってやりたいのだが・・・今までの経験から考えると肝心のところでツメが甘くなってしまうだろう。その点、シャカならば徹底的に殺ってくれると信じている。許せ、氷河よ」
「無理だよ。そんなメチャクチャな話、許せるわけないじゃ無いですか!氷河はあなたの私物じゃないんですよ!?近いけど!とにかく、僕は許さないから。貴方達が僕の友人に傷をつけるつもりなら、命を投げ出したって止めて見せる!」
シャカ「ほう、この私に逆らうというのかねアンドロメダ。今日半日育ててやった恩を忘れたようだな」
瞬「忘れたわけじゃありません!そんな恩はハムより薄いと思っただけです!」
カミュ「半日の指導はハムより薄いのか・・・ならば数年にわたる私の指導も、氷河にとっては所詮豚ロース一塊ぐらいの厚さしか無いに違いあるまい。・・・ううっ、氷河・・・(涙)
瞬「カミュ、なんかもう貴方果てしなく鬱陶しいからどいて下さい」

 仲間を傷つけられるという危機感が彼を防御から攻撃に転じさせたのか、はたまた面倒な仕事で溜まったフラストレーションが彼の体内に眠るハーデスDNAを刺激したのか、瞬は「こんなことで傷つけたく無いんだ」という本来の性格から、「この程度で傷つかないで欲しいんだ」という闇の性格へシフトし始めていた。環境は人を変えるものである。

瞬「シャカ。僕は・・・僕は貴方に対して拳を向けるようなことは、本当はしたくないんです。貴方は確かに無茶苦茶だけど、でも、聖域で初めて兄さんを認めてくれた人だし、本当はそんなに悪い人じゃ無いと思うから」
シャカ「それに冥界では君は私の聖衣を着たそうだしな。持ち主の許可も無く。恩を感じられこそすれ、恨まれる覚えは全く無いのだが、それでも私と戦うというのか」
瞬「・・・氷河や星矢や紫龍や兄さんは、僕にとって一番大切な人たちなんだもの」
シャカ「君は手段にとらわれるあまり目的を見失っているのだ。今一番大切なのは聖域の健康管理という目的のはず。そのためには多少の犠牲はやむをえまい」
「貴方の方がよっぽど真意を見失っています。絶対」
シャカ「・・・話し合いは無駄、ということか」
瞬「そうみたいですね」

 結成当初から明らかに無理のあった二人組は、今、ついに袂を分かった。
 相手をひたと見つめる瞬の頬には冷たい汗が一筋。対してシャカは瞼を閉じたまま、その表情は何も語らない。
 永遠とも思えるような短い時間が二人の間を流れていった。・・・





 流れ込んできたのはドスのきいた小宇宙であった。
 獅子宮でシャカに隠れて酒をかっくらっていたカノンは思わず杯を取り落とした。

カノン「アイオリア!この小宇宙は・・・!」
リア「な、なんだ!?」

 空を焼き肌を焦がすような攻撃的小宇宙。アイオリアには覚えの無いものだったが、カノンにとっては忘れたくても忘れられない感覚である。とっさに迎撃体制を整えた。

カノン「一輝が来る!心の準備をしろ!」
リア「それは・・・具体的にどういう準備をすればいいんだ・・・?」
カノン「とりあえず、自分の中の『15歳』の概念を完全にゼロの状態まで戻せ!奴の声がどれだけ渋かろうと、奴の顔がどれだけ老けていようと、奴の台詞がどれだけ年食っていようと、一切うろたえてはならん!今まで幾多の男達(俺含む)出会い頭に思わずうろたえて地獄を見てきたのだ。いいか、絶対に平常心を失うなよ!」
リア「お前がな。一輝とはそんなに恐ろしい男なのか・・・;」

 戦慄する二人の目の前で、問題の小宇宙はものすごい高まりを見せた。虚空に火柱が散り(グァッ!)、うずまく熱気が収縮し(ゴォォォォ!)、人型となって顔の濃いお馴染みの15歳の姿となる(ドン!)
 
一輝「不死鳥・フェニックス一輝」

 聞いてもいないのに名乗りをあげる、不死鳥・フェニックス一輝。「不死鳥=フェニックス」名乗りが重複していることにはいまだに気づいていない。その辺が15歳相応に未熟でお茶目と言えないことも無い。
 なお、この「人間では有り得ない派手な登場パフォーマンス」アイオリアは素で引いている。

カノン「・・・久しぶりだな一輝。お前が聖域に来るとは、一体どういう風の吹き回しだ」
一輝「・・・瞬の小宇宙が爆発しかかっているのを感じたのでな。本来なら現場直通が俺の信念だが・・・しかしあいつのいるその同じ場所から俺の苦手系小宇宙(シャカ)も感じたので思わずひるんで距離を置いてしまったというわけだ。フ、俺としたことが臆病風に吹かれたものよ」
カノン「そうか。お前でもシャカは苦手か。そんなのとタイマンはってるアンドロメダは相当だな。助けに行く必要も無い気がするんだが」
一輝「誰も助けに行くとは言っておらん。俺もそこまで甘くは無い。危なくなったら交代してやるだけだ」
リア「ばか甘いぞオイ;」
一輝「それはそうと、俺からもお前たちに聞いておきたい事がある。何の因果で瞬はあの電波と対決することになっているのだ?知っていることがあったら話してもらおうか。そしてなぜ何の繋がりもなさそうなお前たち二人が一つ所にいるのか」

 ・・・一輝が意外と俗な好奇心を持ち合わせていることに新鮮な驚きを感じつつ、カノンとアイオリアは説明した。
 シャカが健康推進宣言をしたこと。煙草や酒を禁止されたこと。断食を強要された者もいて、ほとんど入寺状態であること。
 そしてその監視員として瞬が雇われていること・・・・

カノン「アイオリアはなぜかシャカの監視区域から外れているらしくてな。仲が悪いせいか?ともあれ、獅子宮のチェックは無きに等しいので、俺はここで隠れて酒を飲んでいるというわけだ。確かに最初は何の縁も無いのに入り浸っていいのかなぐらいは思ったが、いざお互い膝つき合わせて話をしてみると、兄のおかげで肩身の狭い思いをした者同士、話が弾む弾む。今日一日ですっかり打ち解けた友人になったのだ。そろそろ下り坂かと思っていた俺の人生にも張りが」

 隠居老人かカノン。

一輝「なるほどな・・・相変わらず不条理極まりない発端だ」
リア「お前が言うのも何だかな・・・」
一輝「そんな馬鹿げた話に我が最愛の弟・瞬が巻き込まれているとは言語道断!俺は瞬を助けに行く!」

 結局助けに行くんじゃねえか、と二人の大人は同時に思ったが口には出さなかった。
 また、お前の弟は「巻き込まれている」というより「一枚噛んでる」という言い方のほうが適当だろう、とも思ったがやはり口外するのは避けた。
 階段に向かって駆け出す一輝の背中を見送りながら、カノンとアイオリアはどちらともなく酒瓶に手を伸ばして心の安静を求めたのであった。




 ゴォォォォォォォォォ!!

 気流の渦が天蠍宮の中でせめぎ合っていた。中心には相対する瞬とシャカの影が見え、離れた場所では憂鬱そうに椅子にかけたカミュが髪をばっさばっさ煽られながら紅茶を飲んでいる。
 駆けつけた一輝は荒れ狂う小宇宙の余波を食らって思わずたたらを踏んだ。

一輝「くっ・・・!これは・・・・・!一体何をしているのだ!」
カミュ「勝手知ったる天蠍宮。茶筒がどこにあるかも私は全て把握している。待ち時間の間に茶を淹れるぐらいは造作も無いことだ」
一輝「どうでもいいわそんな事!!貴様の話は聞いておらん!!瞬はどこだ!?瞬!!」

 すると渦の中から声が飛んできた。

瞬「兄さん!?来てくれたんだね!」
一輝「瞬!!」
瞬「僕は全然大丈夫だよ。ごめん兄さん、心配かけて・・・」
一輝「瞬・・・・!」
瞬「・・・兄さん、お願いがあるんです。この戦いは決着がつくまで、絶対に手出しをしないで下さい。たとえ・・・・僕が死んでも・・・!」
一輝「!瞬!」
瞬「これは僕とシャカとの戦いなんです!シャカから・・・僕の大切な人たちを守るために、僕自身が挑んで始まった戦いなんです!」
一輝「瞬・・・・」
瞬「だけどもうそのことはどうでもいいんです・・・・あれから色々話も流れて、今はもう『ブックオフばかりがなぜ儲かるか』ってとこが問題なんです!僕はそんなどうしようもない戦いに人を巻き込みたくないんだ!」
一輝「・・・・瞬・・・・・」
瞬「ごめんなさい兄さん!お願い!離れていてください!!」

 片方が「瞬」しか言わなくても成り立つ兄弟の会話。カミュは一輝の言った「瞬」の数を数えて「7回か・・・多すぎる」などと言っている。いつになくクールである。

カミュ「・・・それで、シャカ。私はいつまで待てばいいのだろう?お前が氷河を殺らないのなら、やはり私が殺ってくるのだが」
「ごめん兄さん、そっち止めて下さい」
一輝「あ、ああ・・・・」
シャカ「君のアヒルのことなど私はもうどうでもいい。勝手にしたまえ」
カミュ「そうか。なら・・・・はるばる日本に行って再会したとき嫌な顔されるのもショックだし・・・・放っておくか」

 ・・・この時点でシャカと瞬の対決理由は完全に消滅したのだが、既に戦い自体に意義を見出してしまった二人に「和平」の文字は無かった。

瞬「そろそろ決着をつけましょう。貴方と僕、どっちのベンチャー企業論が正しいのか!」
シャカ「死に急ぐか。それもよかろう」
カミュ「・・・・一輝。下がっていた方が良いぞ」
一輝「フッ、この一輝、後ろに道があるなどとは思っておらん。地獄に堕ちたらそれはその時よ」
カミュ「・・・・かっこつけるのも良いが、こんな所で死ぬのは本当に無駄だぞ」

 とばっちり覚悟の部外者を内包したまま、天蠍宮は爆発したネビュラそこはかとなく抹香くさい電波に飲み込まれて行った。





 ・・・どれくらいの時が経ったのだろうか。それは一瞬であったようだし、また途方も無く長い時間であったかもしれない。
 確かなことは、嵐の過ぎ去った後、天蠍宮が跡形もなかったということ。
 そして、大量の瓦礫の上には瞬とシャカと一輝が微動だにせず立っており、カミュに至っては先ほどとまったく同じ体勢でお茶のお代わりをしていたこと。それだけである。
 戦いでは何も変わらなかったのだ。天蠍宮が潰れた以外。
 ・・・・だが。

瞬「・・・・・・・・・ふ」

 落ち着き始めた土ぼこりの中で、瞬の口元がわずかに微笑んだ。まるで全ての力を使い果たし、今にも消え入ろうとするような、会心の微笑み。
 彼はがっくりとその場に膝をついた。そして眩しいものを見るかのようにシャカを見上げ、言った。

瞬「・・・僕の負けです。ようやく覚悟が決まりました。心を鬼にして、健康推進活動を続けましょう」
一輝・カミュ「何ぃ!?;」

一輝「古本屋の話はどうしたんだ瞬!!」
カミュ「・・・問いただすべきはそこではないと思うが・・・」
瞬「うん、解決したんだ。まだ折り合いのつかない問題はあるけど・・・『ラングドシャ』は忍法の名前に聞こえるか否かとか・・・でも、それはまた機会があったらゆっくり話し合うよ。ちなみに僕は『乱愚土砂』だったら行けると思う」
一輝「何の話だ。というかお前らは一体今までどういう戦いをしていたんだ;」

 少年は問いに答えずシャカを振り返る。

瞬「僕、貴方がそんなに仲間思いな人だとは思いませんでした。健康推進活動も単なる気まぐれかと思ったけど、ちゃんと目的があったんですね。壮大な」
シャカ「理解するのに随分時間がかかったようだな。まあいい。大目に見てやろう。私に拳を向けた償いも含めて、これからも力を貸してもらうぞ、アンドロメダ」
瞬「はい!」

 戦いの間に何をどういう経過でわかりあったのか。やはり乙女座同士、星座が彼らを導いたのか。
 ともあれ、波乱の後に残った友情ほど濃いものは無い。
 夕焼けを背景に、二人はしっかりと目を見交わしあったのだった。

 ・・・・まったくついていけない一輝とカミュはただただ呆然と成り行きを見守っている。

カミュ「壮大な目的・・・・・私たちは一体何の陰謀に巻き込まれているのだろう・・・・」
一輝「フッ、この俺には関係の無いこと。・・・さらばだ」
カミュ「・・・待て一輝。まさかお前はあのシャカ2号を放置したまま一人でトンズラするというのではなかろうな」
一輝「お、俺は群れるのが嫌いで・・・」
カミュ「認めん!群れるのが嫌だというならば、私が去るからお前が単身で面倒を見ろ」

 彼らは知らない。天蠍宮での異変に気づいたその他の住人が、とっくの昔に全員トンズラしていることを。
 沈み行く太陽はどこまでも赤く、東の空に瞬く一番星がやがて来る夜の時代を暗示していた。

 シャカと瞬の健康推進運動は、まだ始まったばかりである。



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