聖域の、ある晴れた午後のことであった。

カノン「アテナ。失礼いたします」
アテナ「どうしました?カノン。そんなにかしこまって」
カノン「その・・・実は今日よりしばらく、暇を頂きたいのです」
アテナ「暇?ああ、休暇ですね。もちろん構いませんよ。いつも熱心に努めてくれているのですから」
カノン「はあ・・・」

 だがカノンは、微笑む沙織の顔をすまなそうに見たまましばし戸惑っていた。

アテナ「・・・・どうしたのです?まさか、暇というのは退職願いだとでも言う気ではないでしょうね?」
カノン「いえ、滅相も無い。ただ、その・・・私の休暇中の行き先なんですが・・・」

 彼はなおもためらい、挙げ句かなりの覚悟を決めた顔で、

カノン「海底神殿なのです」
アテナ「海底神殿?」

 さすがにこれにはアテナも驚いた。

アテナ「でも海底神殿は崩壊してしまったではありませんか」
カノン「それが、一月ほど前から海闘士達が有志で集まって再建してたらしく・・・・私にも声がかかりましたがその時は断らせて頂きました。ただ、とうとう新・海底神殿が完成したので同窓会もかねて新築祝をするというのです」
アテナ「・・・それはアテナ的にはすごく嫌な同窓会なんじゃないでしょうか・・・」
カノン「そ、そうお思いになられるのはごもっともなのですが、あの、やはりかつて私を慕ってくれた者達ですので、挨拶ぐらいはしておきたいかなと」
アテナ「結構しがらみのある人間なのですね。いいでしょう。行っていらっしゃい、カノン」
カノン「ありがとうございます!」
アテナ「ただし。一つだけ条件がありますよ」

 彼女はにっこりはっきりこういった。

アテナ「私も連れて行きなさい」



 聖域の意見は真っ二つに分かれた。

シャカ「反対です!絶対反対です!カノンと二人で海底神殿に行くなど、危険過ぎる!」

 まず最初にシャカが断固反対を叫んだ。それを聞いて、むっとした顔をしたのがミロ。

ミロ「何が危険だというのだ。カノンが信用できないというのか?俺は信じてるぞ!カノン、行って来いどこへでも!」
カノン「どこへでも・・・って、いや、俺はただちょっと海底神殿に顔出しに行くだけなんだが・・・」
シャカ「いつ信用していないなどと言った?私とてカノンがアテナに危害を加えるなどとは思っていない!ただ、二人で行かせてはなんだかデートみたいではないか!」
ミロ「じゃあ何か!?お前が冥界でアテナと二人っきりで行動したのはデートではなかったとでも!?」
カミュ「あれは違う。ミロ、少し落ち着け。私もあまり賛成はできん。カノンがどうというより、海闘士が集まるというのが心配だ。もし何かあったら信じる信じないの問題ではない。なあ、シュラ」
シュラ「そう・・・だな。俺も反対だ。どうしても行かれるというならアテナ、このシュラも同行いたします」
シャカ「そうです。私もお供いたします」
カノン「・・・待ってくれ。お前達に集団で来られても、同窓会が引くだけだ。部外者三人が乱入してどうしようと言うのだ。向こうに迷惑をかけるぐらいなら、俺は欠席する」
アテナ「あら、シャカやシュラはともかくとして、私はれっきとした海底神殿の人身御供。立派な関係者ではありませんか」
デス「・・・ていうか、そういう恨みがましい関係者が一番迷惑なんじゃねえか・・・?」
アテナ「何を言うのです。恨みだなんてとんでもない。私がそんなあてつけがましい性格でしたら、今ごろあなたと同居してますよ(にっこり)」
デス「・・・おお、来るなら来てみろや」
ムウ「やめなさい、デスマスク。大人げの無い。アテナ、あなたもあなたです。少しご自分の立場をわきまえて下さい。かつての敵の同窓会に、どうしてあなたが出席しなければならないんですか。海闘士だってびっくりですよ。自重してください」

 ムウのいつに無い厳しい言葉に、さすがの沙織も口を閉じた。

カノン「ムウ、俺は・・・」
サガ「黙れ、カノン。もとはと言えばお前がそんなくだらん同窓会に出席するなどと言い出すから面倒が起こったのだ」
アイオリア「サガ。それはあんまり・・・」
サガ「いいのだ。これぐらい言わないとこの馬鹿は理解せん。カノンよ、同窓会に行きたいのなら好きにするしろ。お前の顔など、向こう三日は見たくも無い」
アルデバラン「期間限定なあたりに愛を感じるな。だが、仲間に対する言葉としてはあまり聞いていたくはないぞ、サガ」

 アルデバランが渋い顔をして言った。

アルデバラン「どうしてこうぎすぎすせねばならんのだ。それがなんであれ、かつての戦友と久闊を叙したいというのは当然の思いではないのか?行って来い、カノン。そしてまたここへ帰ってくればいい」
カノン「アルデバラン・・・」
アイオリア「俺も同意見だ。皆、考えても見ろ。これでカノンが本当に欠席でもしたら、気まずい思いをするのはお前達ではないのか?仲間が行きたいといっているのだ。快く送り出してやればよいではないか」
ムウ「私とてカノンの邪魔をする気はありませんよ。ただ、アテナの同行が問題だといっているだけです」
アイオリア「っ、相変わらず頭の固い・・・!少しはその眉毛ぐらいに丸くなったらどうだ!」
ムウ「ほほう・・・言ってくれますねこの筋肉馬鹿が」
カミュ「あああもうやめんか暑苦しい!!氷点下にされたくなかったら私闘はやめろ!」
デス「ったく・・・アテナ、あんたがわがまま言わなきゃ話は終わるんですよ。あてつけがしたいんなら本当に俺の所に同居していいですから、この場は引いてください」
ミロ「待て。それはデート以上の問題なんじゃ・・・・」
アテナ「・・・あてつけではありません。・・・・でも」

 と沙織は悲しそうに首を振った。

アテナ「そうですね、私がわがままを言ったばかりにここまで面倒なことにしてしまったのですもの。ムウ、アイオリア。拳をおさめなさい。そしてカノン」

 どうしようもなく佇んでいる男に向かい、彼女は微笑む。

アテナ「混乱させてしまってごめんなさい。同窓会には・・・どうぞ一人でお行きなさい。大丈夫、皆、あなたのことは信じていますから」
カノン「・・・・・・」

 カノンは黙って、それから肯いた。
 黄金聖闘士達は顔を見合わせ、そして安堵ともやるせなさともつかぬ溜め息を吐いたのだった。



 その日の真夜中。
 教皇の間へと上がっていったサガが、すぐに足早に双魚宮まで降りてきた。

サガ「アフロディーテ。アテナがいない」

 自宅の椅子にかけて本を読んでいたアフロディーテはちらりと目を上げ、

アフロ「・・・そのようだな」
サガ「そのようだだと?知っていたのか?」
アフロ「私もさっき見に行ったからな」
サガ「いつ」
アフロ「2時間ほど前か」

 サガは呆れてアフロディーテを見た。

サガ「・・・・・皆は知っているのか?」
アフロ「貴方以外は誰も」
サガ「どうして報せなかった」

 その問いには、アフロディーテはちょっと眉をひそめて首をかしげはしたものの、答えようとしなかった。
 サガは溜め息をつく。

サガ「アテナは・・・・カノンを追っていったのだろうな?」
アフロ「他に考えようが無いだろう」
サガ「・・・・アフロディーテ。お前は昼の言い合いの間、何も口出しをしなかったと思ったが」
アフロ「ああ」
サガ「本当はどう思っている?意見を聞かせてくれ」

 困ったような声。アフロディーテは本を閉じて空色の瞳を考え深げに宙に持っていった。

アフロ「私は・・・・別にどうでもいいと思っただけだ」
サガ「どうでもいいだと?」
アフロ「ああ。どちらにしろ、アテナは今までやりたいようにやってきたではないか。海界でも冥界でもどこへも勝手に独りで乗り込んで。彼女がこうしたいと決めたら必ず実行するだろう。反対されたら反対されたで、抜け出すだろうとは思っていた」
サガ「・・・・・」
アフロ「アテナはカノンを追っていきたいと思ったのだ。なぜだか知らんが。やりたいようにやるのは悪いことではないと思うし・・・・・実際私は、今までそうして生きてきた。自分の信じた通りにすればいい。それで間違うようならその時誰かが引き戻してやればいいのだ。それが私の意見だ」
サガ「・・・・・・・」

 サガは黙って考えていた。
 だが、やがて溜め息を一つつくと頭を重たく左右に振って双魚宮を出て行きかけた。

アフロ「・・・皆に報せるのか?」

 きくと、しばらくの間を置いて答えが返ってくる。

サガ「アフロディーテ」
アフロ「ん?」
サガ「あの方に何かあったら、私とお前の連帯責任だぞ」

 薄闇の中で、唇がかすかに笑みを刻んだ。

アフロ「承知した」



アテナ「・・・迷惑、でしたか?」

 闇の中で前を歩く男の背中に、沙織は声をかける。
 
カノン「迷惑など、そのような事は・・・」

 声が露骨に戸惑っていた。

沙織「・・・・・・・・迷惑なら迷惑とはっきり言って下さい。そんなの男の優しさじゃなくてただの優柔不断です」
カノン「アテナ・・・どこでそんな異様に男慣れした哲学を・・・・;」

 二人の歩いている場所はごつごつした岩の突き出た海岸の道。
 あのスニオン岬のすぐ側である。

カノン「もう少しで飛び込みスポットです。あそこから海底神殿に行けます」
アテナ「海に飛び込むのですか?ビジュアル的に心中っぽいでしょうね」

 そんな縁起でもない台詞を言ったとたん、彼女は足を滑らせた。

アテナ「!」
カノン「お気を付け下さい」

 崩れかけた少女の体を、男の腕がしっかりと支える。

カノン「アテナ。あなたこそ、歩くのが辛ければ辛いとおっしゃって下さい。差し支えなければ私が抱えてお連れします」
アテナ「そうまでしてもらったら、ますます迷惑をかけてしまうでしょう?」
カノン「振り向いたらそこにいなかった、等という恐怖を味わわされるよりは迷惑を被った方がマシです。どうぞ」
アテナ「・・・わかりました」

 沙織は差し伸べられた腕に身を預けた。
 らくらくと彼女を持ち上げ、暗い岩場を進むカノン。

アテナ「重くありませんか?」
カノン「フッ、私とて聖闘士の端くれ。その気になれば指一本でも運べます」
アテナ「頼もしいんだか不安なんだか、心なし微妙な気がしますが・・・信じてますよ、カノン」

 荒い波の音が夜の空気をぬって襲い掛かるように響き、夜空には雲がかかっているのか星一つ見えない。黒く片側に迫っている岩が、なんだか生き物のようだ。
 少しばかり恐くなった。

アテナ「・・・・カノン。貴方は私が追ってくることを知っていたのですか?」

 沙織が神殿から抜け出して、以前の記憶を頼りに岬へ向かう道中にカノンはいたのだった。
 まるで待ち合わせでもしていたかのように、彼は待っていた。

カノン「貴方が大人しく神殿にいらっしゃるとは思えませんでしたので。何と言っても先の戦いではソレントに水先案内させてまで敵陣のど真ん中に乗り込まれた方ですから」
アテナ「驚いたでしょうね」
カノン「どうしようかと思いましたよ。・・・・さあ、つきました」
アテナ「ここが・・・」

 そこはスニオン岬の牢屋の前。潮が唸りを上げて渦巻く、「この海に飛び込んで生きて返ってきたものはいない」と地元の漁師に噂されていそうな場所だった。
 しらずしらず、カノンにしがみつく沙織の指に力が入っていた。

カノン「恐いですか?」
アテナ「かなり恐いです」
カノン「私の事は恐くないのですか?一度は裏切った男で、今すぐにここから貴方を放り出すこともできるのですが」
アテナ「それをやったら七代祟りますよ。カノン、手を握ってて下さい。水の中で離したりしたら貞子と化して追いかけますからそのつもりで」
カノン「何かそれもかなり恐いですが・・・ご安心下さい。決して離しませんとも」

 カノンは沙織をしっかりと胸に抱きしめると、そのまま暗い海に飛び込んだ。
 その光景はやはり、かなり心中っぽかったという。



 さんざん波にもまれた後、二人はようやく空気のあるところまで落ちてきた。
 全身ずぶぬれのまま、しばらくは呼吸を整える。

沙織「・・・・神殿を・・・・再建するなら・・・・まずは出入り口の整備から・・・・したほうがいいと思います」
カノン「同感です・・・・それにしても、気も失わずにここまで来るとは・・・・結構頑丈なのですねアテナ・・・」
沙織「フフフ・・・・メインブレドウィナの中でエラ呼吸していた私をなめるんじゃありませんよ」
カノン「・・・・・・エ、エラ・・・・・・どうりで死なないと思った(特にアニメ)・・・」

 二人がそんな風にぜえぜえしていると、やがて向こうの方から一群の男達が駆けてくるのが見えた。
 海闘士達である。
 先頭に立っているのは、淡い色の髪をした端正な顔立ちの青年。

ソレント「シードラゴン!来てくれたんですね。久しぶりです」
カノン「フッ、ソレント。神殿も見事に立ち直っているようだ。現場総指揮、よくやったではないか」
ソレント「貴方にそう言ってもらえると何よりです」
クリシュナ「?おい、シードラゴン、そこに連れてきたのは誰だ?」

 クリシュナの視線の先には、濡れ髪を長々とたらした女が一人いた。

海闘士『貞子!!(怖)』
アテナ「私です。・・・ていうかどうして生っ粋外国人のあなた方が日本一のサイコ女性の名前をしって・・・」

 沙織は言いながら前に垂れた髪をかきあげた。その下から現れた見覚えのある顔を見て、海闘士達があからさまにたじろいだ。

アイザック「ア、アテナ!?なぜアテナがこんなところに!?」
カーサ「むしろ貞子より怖いじゃねーか・・・どういうことだよシードラゴン!」
クリシュナ「まさかまたメインブレドウィナに入りに来たのではあるまいな」
イオ「また、って・・・別に前回も好き好んで入りに来たわけじゃないだろう・・・・」

 近寄りがたそうにしている彼らに、カノンはもうしわけなさそうな顔をしつつ、

カノン「皆、すまん。これには色々とわけがあるのだ;」
ソレント「・・・・それは見ればわかりますが・・・これから後方部隊が神殿を破壊しに来たりしないでしょうね・・・」
カーサ「なんでこんな厄介なモン連れてきたんだよ」
バイアン「カーサ。厄介とはいくらなんでも失礼だぞ。曲がりなりにも、ポセイドン様を壷につめた方なんだからな」

 その時、沙織が小さくクシャミをした。
 一同がぱっと振り返る。

アテナ「すみません。何か拭くもの持ってきてもらえませんか?風邪を引きそうです」
カーサ「うそをつけ。アスガルドの極寒にノースリーブ一枚で挑んだのはどこのどいつだ。大体、ここはお前なんかの来る場所じゃ・・・」
イオ「カーサ!」

 難しい顔をしたイオがたしなめた。

イオ「やめろ。確かに彼女はアテナだが・・・それ以前に女性だろう。濡れ鼠では寒いのが当たり前だ」
バイアン「まったくだ。皆、少々礼を欠きすぎたぞ。・・・アテナ、とりあえずこれを」

 バイアンは座り込んでいる少女に歩み寄り、自分のマントをはずして肩をくるんでやった。
 目を丸くしている相手に向かってやや戸惑い気味の笑みを浮かべ、

バイアン「私物で申し訳ないが・・・ポセイドン神殿まで行けば代えの服も用意できるだろう。それまで辛抱して頂きたい」
イオ「カーサ。先に行ってテティスに熱い飲み物を用意するように言ってくれ。俺達もすぐに行くから」
カーサ「へえへえ。お優しいこって」
イオ「ほら!ぐずぐずするな!」
カーサ「怒鳴るなよ!」

 イオにこづかれて、ふくれっつらをしたカーサが駆け去っていく。
 クリシュナがカノンを振り返った。

クリシュナ「濡れ鼠はお前も一緒だろう。寒くはないか?ソレント、お前のマントを貸してやったらどうだ」
カノン「いや、俺は」
ソレント「ご遠慮なさらず。どうぞ」
カノン「・・・・・すまん」

 差し出された布に、カノンは素直にくるまった。
 
アイザック「アテナ。あの・・・・カミュ先生と氷河は、元気にしているでしょうか」
アテナ「・・・ええ。とても元気にしてますよ。今でも余人の関与を許さないぐらい仲が良くて」
アイザック「そうですか」

 それはよかった、と、片目の青年は少し微笑む。
 海闘士達に宴会会場へと案内されながら、沙織は横を並んで歩くカノンに、こっそりささやいた。

アテナ「カノン。私・・・・来てよかったと思います」

 男はこちらを見なかったが、その唇はやはりほんの少しだけ、微笑んだ。



 同窓会といえば宴会。
 宴会といえば酒。
 そして酒が入れば一発芸。

カーサ「1番カーサ!七変化行きます!!」
一同『いよっ!待ってました!!』
カーサ「まずはジュリアン・ソロの真似!!『バ・・・バカな。私を拒絶する女性がいるなんて・・・』
イオ「おおそっくりだ!!さすがカーサ!!」
テティス「やめてー!私のジュリアン様を気安く扱わないでー!!」
クリシュナ「ハハハ、まあそう言わずに飲め飲めテティス」
カーサ「『仕方ない・・・風呂にでも入って気を落ち着けるか』
一同「よし!脱げ!!」
テティス「いやーーーっ!!やめてやめてこれ以上ジュリアン様を汚さないできゃあーっ!!」
ソレント「こらこらカーサ。テティスがこんなになっちゃったじゃないですか」
カーサ「『どうしたんだい?僕のテティス。そんなに赤い顔をして』
テティス「いやーっ露骨にニセモノ!こっち来ないでっ・・・!!」

 顔と耳を一遍に隠そうとしながら涙目で逃げ惑うテティス。
 周りでからかうその他一同。

テティス「うわーんっ!シーホース様ーっ!!」
バイアン「カーサ。いい加減やめてやれ。本気で泣いてるぞ」
カーサ「『・・・フ。仕方ない』・・・じゃ、次は何をやろうか。よし!『黄金聖闘士カミュの女遊び!!』
アイザック「だああああああっっ!!!俺の師匠はそんな人間ではない!!やめろーーーーっっ!!」

 笑いと悲鳴と絶叫が様々に交差する、そうした盛り上がりの片隅では。
 上司を隣に酒を飲みながら、カノンが遠い眼をしていた。

カノン「すみませんアテナ・・・・・・ほんと、どうしょうもないノリで」
アテナ「いえ、なんだか新鮮です。聖域では起こりえないですもの、こんなこと」
カノン「黄金聖闘士達は生っ粋の戦士ですから・・・・海闘士は一般人のかき集めなので俗世の習慣が根強いというかなんというか」
アテナ「貴方も、私に遠慮せずに騒いでくれて構わないのですよ?」
カノン「まさか!このカノン、決してハメをはずすような真似は・・・」
カーサ「次!!5年前のシードラゴンの朝の習慣!空に向かって高笑い!!『まってろサガよ!!今にぶっ殺してやる!!ウワーッハッハッハ!!』
一同「あーやってたやってた」
カノン「やめええええええええっっ!!!やってない!!覚えとらんぞ俺はそんなことっ!!」
ソレント「アテナの前で格好つけようったって駄目ですよ。ここの全員生き証人なんですから。ほら、腰に手を当てて、まさにあのポーズ」
カーサ「『ウワーッハッハッハッ』そして時折むせる!『ハッハぐふげふっ!!』
カノン「だあああーーーっ!やめろといってるのだカーサっ!!」
イオ「そんな外れたところでいつまでも渋い顔しているお前が悪いのだ。以前はここの誰よりザルで、酔ったら最後手に負えなかったくせに」
アテナ「そうなのですか?」
バイアン「そうなのです。昼間一人で海底神殿の切り盛りをしている分が夜になって酒で発散されると、それはもう本当に・・・」
カノン「やめろ!って、アテナも何を笑って・・・!」
アテナ「いいではないですか。もっと聞かせて下さい。それで?他に何かないのですか?」
クリシュナ「気性が荒くてなんでもかんでも壊して歩くように見えて、結構大人しいところもあったな。地面に生えてる珊瑚をよけて歩いてたのを見た時は微笑ましかった・・・」
カノン「どうしてそんなことばかり目撃しているんだお前らは!!ストーカーか!?」
アテナ「・・・ていうことはやっぱり事実なんですね。帰ってサガに教えてあげたら喜びそうなネタですね」
カノン「ア、アテナ、それはちょっと本気でやめ・・・」
アイザック「ほらほら、シードラゴン!いつまでも他人のフリしてないでいい加減に正体をだせ!この!」
カノン「ぐっ!!」

 アイザックが戯れて放つ拳が、カノンの腹に入る。

カノン「ま、まて・・・」
アイザック「おい、下手な演技はよせ。大袈裟だな。全然力入れて無いぞ」
カノン「それでも一般人のより強烈だということは忘れるな・・・くそっ!やってられんわ!」

 カノンは吐き捨てるように言うと、ふらっと立ち上がった。

カノン「俺はつかれた!寝る!」
イオ「何!?まだまだこれからではないか!」
カーサ「『そうだ!七変化もまだ後半分・・・』
カノン「俺の顔で言うな!誰が変化などするか!とにかく、一切邪魔はするなよ!」

 怒鳴って、ポセイドン神殿の中へ引っ込んでしまう。

ソレント「・・・・・相変わらず怒りっぽい」
アテナ「昔も?」
イオ「まあ、しょっちゅう機嫌悪くしたり怒鳴ったりはしてましたが・・・」

 イオはくすりと笑った。

イオ「それもそう長続きしないので」
バイアン「憎めんな。得な性格だ」

 沙織はポセイドン神殿と海闘士達を何度か見比べた。
 それから、

アテナ「・・・すみません。ちょっと気になることがあるので、彼のところへ行ってみます」

 と言って、席を立ったのだった。



 暗いポセイドン神殿の最奥、玉座の前の階段にもたれて、カノンは仰向けに横たわっていた。
 闇の中で、ぴくりとも動かぬその姿がぼうっと白く浮き出しているのを見て、沙織は一瞬ぎょっとした。

アテナ「・・・カノン。カノン!」

 駆け寄って名を呼ぶと、瞼がゆっくり開いた。

カノン「・・・どうしました?」
アテナ「・・・・・・びっくりさせないで下さい。まるで・・・・」
カノン「まるで?」
アテナ「・・・・・・・・なんでもありません」

 彼女は男の傍らに膝を突いた。

アテナ「・・・傷が、痛むのですか?」
カノン「・・・・・・・・傷など、どこにもありません」
アテナ「ごまかさないで下さい。あるでしょう?ここに」

 白い指を、そっと彼の胸の下あたりに当てる。
 
アテナ「・・・私を、かばった傷が」

 投げつけられたポセイドンの矛を、受け止めた時に負った古傷。それがそこにあるはずだった。
 カノンは目をそらした。

カノン「・・・・・・・・・・・・・・これは私の贖罪の傷です。あなたのせいではない」
アテナ「そうでしょうか」
カノン「・・・アテナ。あなたはなぜ、私を追って来たのですか。単なる興味だというなら、こんな薄ぐらい場所にいるよりも外の宴に参加していればよいでしょう」
アテナ「・・・・・・わたしは」
カノン「最初は、私を信じて下さらないのかと思いました。監視としてついて来られるのかと」
アテナ「違います!」
カノン「わかっています。今は。・・・・・でもわかりません。貴方が何をなさりたかったのか」
アテナ「・・・・・カノン。私は・・・私こそ、贖罪のためにここへ来たのです」

 カノンが沙織を振り返った。

カノン「贖罪?」
アテナ「13年間・・・・・・・・・・・・・あなたを知らずにいました」
カノン「・・・・・・・・・」
アテナ「スニオン岬から貴方の憎しみと苦しみを感じても、何一つ、何も、してあげられなかった」
カノン「・・・・・・・・・アテナ・・・・」
アテナ「聖戦でようやく近づけたと思ったら、すぐに私は死ななきゃならないわあなたはラダマンティスと一緒に飛んでくわで積もる話をしてる暇もありませんでした」
カノン「いやそれは・・・・・・しかし貴方は、岬に閉じ込められた私を守って下さったではないですか」
アテナ「そういう貴方は私のせいで3度も命を捨てかけたのですよ。岬と、海底と、冥界と」
カノン「・・・すいません、ちょっと落ち着いて整理させて下さい。借りがあるのはどっちなのでしょうか」
アテナ「統計ではたぶん私なのだと思います」
カノン「こういうことを統計化するのはどうかと思いますが・・・どちらにしろ、私は貴方に対し、多大な罪を背負った身です」
アテナ「私も、多くの罪を背負っているのですよ」

 沙織はうつむいた。

アテナ「あなたの13年間を知りたかったのです。13年、あなたが人を憎みつづけてきたのなら・・・・私が女神でありながらそれを救えなかったのは罪悪です」
カノン「アテナ、そのような事は決して」
アテナ「・・・・・でも」
カノン「・・・?」
アテナ「・・・・海闘士達と・・・・」

 カノンの胸の上に、ぽたんと暖かいものが落ちた。

アテナ「海闘士達と共に暮らした月日が、貴方に少しでも幸せであったのなら・・・・・・私のエゴであるとしても、それを喜ぶことを許して下さい」

 男が見上げると、女神は一人、微笑みながら泣いていた。



バイアン「・・・・さて。どうしようか」
ソレント「どうしましょうね」

 その夜更け。
 あまりにももどって来ないアテナを心配して様子を見に来たバイアンとソレントは、玉座の間の階段に寄り添ってぐっすり眠りこけている二人を見つけた。

バイアン「このまま朝まで放っておいても別に良いが・・・・・聖域が大騒ぎになるような気がする」
ソレント「本格的に後方部隊が来てしまいますよ。ほんと、なんかもう地雷を抱え込んでしまったという感じですね」
バイアン「起こすか?」
ソレント「そうしますか」

 だがそうは言ったものの、二人は動かなかった。
 アテナの指がしっかりとカノンの服を握り締めている、その様子が余りにも微笑ましくて。

バイアン「・・・・・・・・・どうする」
ソレント「・・・・・仕方ありませんね。夜が明けたら私が聖域まで行って、事情を説明してきます。願わくば、それまでに目を覚ましてくれればありがたいんですが・・・」

 安らかに響く寝息の音を聞く限り、どうもそういう風にはなってくれそうにないのであった。


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