双魚宮に彼が来るのは珍しいことだった。隣人である以上通り道にされるのは常日ごろのことだが、あえてアフロディーテ宛てに用を持ち込んできたことは滅多に無い。
 その滅多に無いことが起こったので、アフロディーテもちゃんと相手になろうと思ったのだ。
 宝瓶宮の主カミュは、眉間の辺りにこの上なく陰惨な感じを漂わせて、出された茶にも手をつけずに溜息ばかりついていた。

アフロ「どうしたのだ、カミュ。落ち込んでいるとは君らしい。私に話があるのだろう。早く話したまえ」
カミュ「うむ・・・・少し、言いにくいことなのだ」

普段から何か教授する時以外は重い口も、今日はますます重い。

アフロ「言いにくいこと?それは・・・別に相手になるのが嫌なわけではないのだが、私で良いのか?ミロでなく」
カミュ「そのミロが問題なのだ。本人に相談するわけにはいかんだろう」
アフロ「なるほど」

 といったものの、アフロディーテにはあまりぴんとこなかった。ミロのことを相談するのにどうして自分なのだろう。
 首をかしげる彼の前で、カミュは呟くように話し始めた。

カミュ「アフロディーテ。お前は・・・・その・・・・デスマスクをどう思う?」
アフロ「デスマスク?ミロの話ではないのか?」
カミュ「本題に入る前に確認せねばならんのだ。私の勘違いかもしれないし・・・・デスマスクをどう思う?」
アフロ「どう、と言われても・・・うむ、バカでアホでどうしようもなくふしだらな最低の悪漢、というところか」
カミュ「・・・・嫌いなのか?」
アフロ「実は大好きなのだ。これは秘密だから誰にも言わないで欲しいのだが」
カミュ「言わなくても周知の事実だろう。・・・それで、その、どういう風に好きなのかが聞きたい」
アフロ「どういう風に・・・?」
カミュ「例えばだ。デスマスクがお前以外に誰か別の大事な人間を作って、お前の事など構わなくなったらどうする?」
アフロ「・・・・・そんなのしょっちゅうだ」
カミュ「いや、遊びの浮気ではなく、本気で心を移してしまった場合なのだが」
アフロ「・・・・・・・・」

 アフロディーテの柳眉がだんだんつりあがった。そして、

アフロ「・・・・君か?」
カミュ「なに?」
アフロ「君がデスマスクの新しい相手なのだな!?正妻面して私を示談に丸め込む気だろうこの女ギツネ!!」
カミュ「なるほど。そういう反応か。安心してくれ、私は奴と何の関係も無い。頼まれたって御免だ。例えの話でデスマスクを引き合いに出したまでで。ミロが問題だと言っているだろう」
アフロ「何を言いたいのかわからん!はっきり要点を言え!」
カミュ「ミロが・・・・」
アフロ「ミロが?」
カミュ「・・・・・・・・別の大事な人間を作ってしまった」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

カミュ「いや、違うのだ。そんな、私は決して『ミロにとってこのカミュが一番大事な人間だ』などという図々しい考えを持っていたわけではないのだ。私のごとき面白みも人情も無い男など、向こうにとっては目障り以外の何者でもないだろうし、あれはいい奴だから内心迷惑していても顔に出さずに社交辞令で付き合っていてくれたに違いないとはわかっている。わかっているが、しかし私には他に友達と呼べる人がどこにもいないだろう?だからついつい、ミロの迷惑に気づかないフリをして友達面をさせてもらっていたのだ。・・・・フ、軽蔑しても良いぞ」
アフロ「いや・・・・軽蔑はしないが、そこまで一人勝手にネガティブに走られると始末におえないのは事実だな」
カミュ「始末におえない・・・・そうだな。きっとミロもそう感じたからこそ私から離れていったのだろう・・・」
アフロ「暗い憶測はやめるのだ。で、私が相談に乗るべきなのはどの部分だ?力になれそうなところが見当たらないのだが」
カミュ「・・・・私の心持ちが」
アフロ「君の?」
カミュ「ミロが他の奴の元へ走っていってしまってから私はどうにも淋しくて淋しくて仕方がない。胸に穴があいた気分とはまさにこのことだろう。さらには淋しいどころか、ミロの新しい相手にまでどうしようもなく苛立たしさを覚える。・・・それで、その・・・・アフロディーテ、まさかとは思うが、私のこの気持ちはひょっとして・・・・」

 カミュは虚ろな眼を上げてアフロディーテを見た。
 ・・・もしも相談相手がアフロディーテでなく、もっとマシな常識を持った人間だったら、「正気に返れ阿呆」の一言とビンタ一発でことは済んでいただろう。
 だが、カミュは明らかに相手選びを誤った。
 アフロディーテは真剣な顔をして答えたのだ。

アフロ「カミュ。間違いない。それは恋だ」

 波乱の幕が上がった瞬間であった。





デス「・・・・は?」
アフロ「だから!浮気する男の心境は浮気する男でないとわからないのだ!それで君のところへ来たのだ!」
デス「浮気って、誰が?」
アフロ「ミロ!」

 ミロ。
 この答えを聞いたデスマスクは一瞬置いてから死ぬほど笑いこけた。笑って笑って笑って、あんまり笑いやまないのでとうとうアフロディーテが癇癪を起こして脇腹を蹴り上げた。

デス「いって!何すんだてめぇ!!」
アフロ「笑いすぎだ!カミュがいたたまれなさそうな顔をしているではないか!哀れだろう!?」
カミュ「哀れって・・・・そう言われる方がよっぽどいたたまれないのだが・・・」
デス「おう、大変だなカミュ。ヒューヒュー」
アフロ「はやすな!ていうかそのはやし方は何年前のガキの流儀だ!?馬鹿な上に寒い台詞を吐いてないでさっさと質問に答えるのだ!浮気する男はどうして浮気するのだ!?」
デス「おまえ、そりゃ決まってるだろ。本妻に魅力がねえんだよ」

 アフロディーテはデスマスクをぶっ叩いた。

アフロ「ひどい!あんまりだ!あんまりだ!最低だ!最低!!」
デス「いて!いてぇ!やめろっておい!」
アフロ「君はどうしてそうなのだ!本妻の気持ちを全然思いやってくれていない!そんなことを言われたら本妻はどうすればよいというのだ、馬鹿!!」
カミュ「アフロディーテ・・・・・私のために、まるで我が事のようにムキになって・・・・ありがとう」
デス「いや、リアルに我が事なんだろ、こいつ。礼なんか言う必要ねえぞ」
アフロ「誰のせいだ!」
デス「落ち着けよ。頭冷やせ。単なる喩えだっつーの。別にお前やカミュのことなんか言ってねえって。大体お前らには『本妻』って言葉自体があてはまらねえだろ?な?」
アフロ「本妻じゃない・・・・・ならまさか『愛人』か?」
デス「『本命』

 ・・・この一言でアフロディーテを黙らせたデスマスクは、椅子にかけなおしてカミュと向き合った。

デス「それで、ミロが浮気したって?」
カミュ「いつからそういう話なのだろう。私たちは別につきあってるわけでも何でもないので、浮気ではないと思うのだが」
デス「でもつきあいたいんだろ?」
カミュ「だからいつ言ったそんなこと。私はただ、またミロと元のように仲良くやっていければいいだけで・・・・って、仲違いしたわけでもないが・・・」
デス「甘い!お前な、ミロはお前を捨てて他の野郎と駆け落ちしたんだぞ!そうだろ!?」
カミュ「いや違う。改めて聞かれると明らかに違う」
デス「いいか、仮にお前をレベル1とするだろ?そのレベル1に飽き足らねえからミロは他の野郎のところに行っちまったんだ。ってことは相手は少なくともレベル2だ!レベル2に行った奴を取り戻すのにレベル1で敵うわけねえだろ!お前は最低でもレベル3にならなきゃ駄目なんだよ!」
カミュ「そ、そうなのか?」
デス「決まってんだろ!友情で負けたら愛情で取り戻すしかねえよ!」
カミュ「むぅ・・・;」
アフロ「・・・デスマスク。私はレベルどのくらいだ?」
デス「お前?お前は、まあ64てとこだな」

 勝手なことをほざく蟹。

アフロ「・・・それは高いのか?高くないのか?」
デス「やや高めだ。100点満点だから」
アフロ「・・・・・・・・・・。私より高い奴はいるのだろうか」
デス「そりゃお前、100億人ぐらいいるだろ」
アフロ「そんなにか!?」
カミュ「100億・・・・地球の総人口より多いのでは」
アフロ「私は修行してレベル100になりたい!カミュ、一緒に頑張ろうではないか。私で64なのだから君はきっと20以下だ。それでは振り向くものも振り向かない。修行をするのだ!」
カミュ「修行って・・・どんな・・・」
アフロ「デスマスクが教えてくれる!そうだな?デスマスク?」
デス「おう」

とデスマスクは言って、それから顎に手をやるとしばし考え込んだ。そしておもむろに、

デス「・・・まあお前ら方向性が違うからよ。一緒に教えるのはちょっと難しいな。一人ずつ別コースで教育してやるよ。カミュは昼、アフロディーテは夜だ」
カミュ「ちょっと待て」
デス「何だ?」
カミュ「いや・・・今お前からあからさまに言うにはばかるオーラが出ていたような気がしたのだが」
デス「安心しろよ。お前の方向はまともな修行にするから」
カミュ「アフロディーテは・・・・?」
デス「脱がせて首輪」

 グサグサグサグサッ!!!

アフロ「ドスケベ!!ド変態!!イロモノキャラ!!修行などと言っておいて結局それか!!カミュ、駄目だ、こんな男に指導されたら私たちまで変態になる!」
デス「てめえ・・・薔薇刺したのは100歩譲って許すとしても、イロモノキャラはゆるさねえぞコラ」
アフロ「色魔だからイロモノキャラと言ったのだ!!」
デス「ニュアンスが全然違うわ!!俺が変態みたいじゃねえか!」
カミュ「お前は立派に変態だ。さっきからそう言っているではないか。アフロディーテ、私はもうどうでもいいから、ここから出よう・・・得る物がないどころか失う物が大きすぎる」
アフロ「うむ。・・・・そうだカミュ、サガのところへ行こう。彼なら社会的に色々苦労した身だし、きっと何かいい事言ってくれるはずだ。蟹みたいに馬鹿ではない」
デス「おい」
カミュ「・・・・・・サガ?」

 ぽつりとカミュが呟いた。同時に部屋の気温が思いっきり低下した。剣呑な顔でアフロディーテに詰め寄りかけていたデスマスクが、思わずひるんで足を止めたほどである。
 どうしたよ、と聞かれたカミュは視線を水平より60度も下に向けたまま、

カミュ「・・・・双児宮はあまり行きたくない」

と言った。
 顔を見合わせる魚介類二人。

デス「・・・サガがどうかしたか?」
カミュ「・・・・・・・・・」
アフロ「黙っていてはわからないぞ。借金でもあるとか?」
カミュ「違う」
デス「ならなんだ」

 カミュは答えた。とてつもなく小さな声で。

カミュ「つまり・・・・・ミロの新しい相手がカノンなのだ」




 カノンとミロが親交を深めたいきさつは聖域の人間で知らぬ者は無い有名なエピソードである。
 あの聖戦の夜、ミロはカノンに贖罪のスカーレットニードルを撃ち、仲間と認めた。

カミュ「カノンは男の目から見ても強いし格好良いし・・・・ミロが私などより彼を選ぶ気持ちはわかるのだ。むしろ、どうしてカノンほどの男がミロなんかを相手にするのかな、と不思議なくらいだ。あの二人の出会いは聖戦の中でも外野な位置だし、喩えて言うなれば何の縁もゆかりも無い二人がたまたまジャンケンで負けて同じ飼育係になりましたぐらいの関係だと思っていた。しかし彼らの絆はずっと深かったらしく・・・・最近も頻繁に連れ立って遊びに行く」
デス「別にいいじゃねえか遊ぶくらい。大体聖闘士自体が飼育係的集団だしよ。何の縁もゆかりもない人間がたまたま人生に負けて同じアテナの聖闘士になったんだ」
アフロ「そんな『聖闘士全員負け組』みたいな事を言っては、カミュが負け組の中の負け組になってしまう!君はもう少し考えて発言をしろ!」

と、抗議するアフロディーテは誰よりも相談者の心の傷をえぐっている。
 彼の口を片手で塞ぎつつデスマスクが言った。

デス「とりあえず、カミュ。お前が元カレ、カノンが今カレだっつーことはわかった」
カミュ「そんなわかり方をして欲しいとは一言も・・・」
デス「だがカノンはレベル高ぇな。お前には酷かも知れんがあえて言わせてもらう。レベル高い今カレできたら元カレなんか邪魔だ普通。コンタクト取ろうとすればするほどウザイとかキモイとか言われて敬遠されるぞ。まあ、自分のレベル低さを逆手に取って母性本能に訴えるっつー手段もあるけどな。ミロに母性本能あればの話」
カミュ「99%無い」
デス「ああ、それは俺もわかってた。このテは駄目だな」

 アフロディーテがもがいてデスマスクの手を振り解いた。

アフロ「他に何か無いのか?ミロの心を虜にする麻薬とか媚薬とか」
デス「阿呆。恋の駆け引きっつーのはそういうもんじゃねえんだよ。食うか食われるかだ。男同士の場合は特に色んな意味で。最終的には自分の魅力で勝負だってことがわかってなきゃ薬は貸せねえ」
カミュ「持っているのかお前」
アフロ「では早くカミュの魅力を引き出してやって欲しい。私の様な美しさも君の様な背徳的魅力も持ち合わせていない彼はどこでアピールすれば良いのだろう」
デス「そうだなぁ。知的かつクールに見えて実は少年らしさを内臓した天然ボケタイプになるのがベストかも知れねえな」
カミュ「何だそのタイプ・・・」
デス「人気タイプの一つだ。時代を超えてコンスタントに需要がある。ただ、カノンはワイルドかつ大胆に見えて実は繊細な面を持ち合わせているっつー別口の人気タイプだから油断するなよ。あいつは暗い過去つきだからさらにおいしいんだ。お前にも何か都合のいいオプションがあればいいんだけどよ・・・ないのか?学業と家のしきたりに縛り付けようとする高圧的な父親との確執とか」
カミュ「限りなく無い。なぜそんなわけのわからない設定を求められねばならんのだ。相手はミロだぞ。どんな奥の深い設定を語ってやったところで半分以上は理解できないはずだ。設定するだけ無駄だろう」
アフロ「・・・君は本当にミロに恋をしているのか・・・?さっきから酷く言いすぎのような気がするのだが」
カミュ「いや・・・・だから私はこれが恋だとは一言も・・・・」
デス「ああもう!!仕方ねえなあ!!」

何を切れたか、突然大声を上げてデスマスクは会話をぶち破った。カミュがはっと眼を上げるのを剣呑に睨み返し、その腕をわしづかむと、

デス「おい、行くぞ!」
カミュ「ど、どこへ?」
デス「ミロのところだ!駆け引きのテクニックの一つも知らないやつが、こんなところでうじうじやってても仕方がねえ!お前、自分で猛告白して取り戻して来い!!」
カミュ「仕方が無いって・・・・では今までの長い上に馬鹿みたいな前フリは全て無駄・・・・」
デス「無駄じゃねえよ。ここまでの会話でお前は真の愛に目覚めたんだ」
カミュ「・・・・・・・・・。どちらかというと自分の立場の微妙さ加減に目覚めたが」
デス「何でもいいから行くぞ。アフロディーテ、お前はここで留守番しとけ」
アフロ「そんな!こんな盗る物なんにもない場所で何の番をするのだ!私も行く!」
デス「仕方ねえなあ、お前よっぽど俺が好きなんだな。連れてってやるから感謝しろよ」
アフロ「うむ」
カミュ「・・・なるほど。その誘導尋問もテクニックというわけか。駆け引きとは詐欺同然だな」
デス「ミロは上か?」
アフロ「いや、さっき下りてきた時には天蠍宮にはいなかったのだ。外出しているようだ」

 ・・・また空気が冷えた。

アフロ「な、何か悪いことを言っただろうか私は」
カミュ「別に・・・・・ただ、ミロはまたカノンと一緒にどこかへ行ってしまったのだろうと思っただけだ。気にするな」
アフロ「君がな。しっかりするのだ。一度や二度の浮気ぐらい許せなくてどうするのだ。私なんか、もう数えるのも馬鹿馬鹿しくなったから日本野鳥の会の皆さんにカウント頼もうかと思っているぐらい浮気されているのだぞ。それに比べたらミロの外出ぐらいなんだ」
カミュ「・・・・・・・・そう・・・・・それはそうだな。蟹とミロは違う。蟹には無い節操というものがあいつにはある・・・・と信じたい」
アフロ「その意気だ、カミュ。信じてこその愛だ」
デス「おい。ぐだぐだ言ってねぇでさっさと行くぞ、馬鹿ども」

 こうして、三人はミロを探してヨリを戻すため巨蟹宮を出発したのであった。




 求める人物を発見するまでには大分時間がかかった。というのも、ミロのいたのが大型スーパーの野菜売り場という似つかわしく無いにもほどがある場所だったからである。彼の隣にはやはりカノンも一緒にいて、カゴにキャベツやらカブやらを放り込んでいた。その上、どういうわけかシュラまで一緒である。

アフロ「なんだ。シュラもいるではないか。全然浮気ではないぞ、カミュ」

とアフロディーテは喜んだが、カミュは逆に絶望的な顔をした。

カミュ「・・・・・・・・・。カノンとシュラ。聖域きっての男らしい者たちばかりだ。私など、彼らに比べれば鬱で陰気で冷たくて・・・・。もういい、帰ろう。もはや私の出る幕ではない。ミロの趣味は変わってしまったのだ」
デス「落ち着けよ。趣味が変わったかどうかなんて本人に確かめてみるまでわからねえだろうが。ストライクゾーンが広いだけっつーこともありうるぞ。帰るなって」
アフロ「カミュ、勇気を出すのだ。声をかけるぞ」

 まるで初めての告白にあがりきった少年を励ましている小学校高学年のお友達のようなアフロディーテとデスマスク。彼らがこんなに他人に対する思いやりを見せたことはいまだかつて無い。見せたら見せたでありがた迷惑な親切に押され、カミュはとうとうミロの前へと突き出された。
 ミロは突然出てきた様子のおかしい友人に面食らったようだった。

ミロ「おう、カミュ。・・・・・・どうした?顔色が赤いが」
カミュ「いや・・・・別に・・・・」

 もごもごと口ごもるカミュの姿を不思議そうに眺める。
 後ろではカノンが「お前も来たのか」と意外そうな顔をしており、そのさらに後ろではシュラが悪友二人の姿を認めて「お前らも来たのか・・・」と露骨に縁起悪いと言いたげな顔をしていた。

デス「・・・なんか、ミロのカミュに対する好意を確かめるより、シュラの俺らに対する好意を軽く問い詰めなきゃならんような気がするな
アフロ「うむ。あそこまで眉間にシワを寄せられて嫌な顔されると、さすがの私たちもちょっと傷つくな。・・・まあ、しかしそれは後だ。今はカミュの恋にカタをつけてやらねば。カミュ、ほら、ミロに浮気をやめるように言うのだ」

 ミロはますます不思議そうな顔をした。

ミロ「浮気?何の話だ」
カミュ「・・・実はなんの話でもない。色々間違った末にそういう・・・・」
アフロ「弱気になるな!こういう時ははっきり言わないと慰謝料も取れないぞ!ミロ、君はカノンと浮気をしているのだ(断定)。既に調査済みだから言い訳は聞かない。しかしカミュは優しいので、今謝るなら一度ぐらいは許すそうだ。ただちにカノンと縁を切れ。そうすれば束の間の気の迷いと思むぐ

 不甲斐ないカミュに代わって宣告をしていたアフロディーテは、見かねたシュラの大きな手によって口をびったり塞がれ、菓子売り場の方へと引きずって行かれた。もがく声が遠くなり、やがて消える。おそらくは何か買ってもらって懐柔されたのだろう。
 なお、このドクターストップにはミロよりもむしろカミュの方が感謝の眼を向けた。
 カノンがそっとデスマスクに寄り、蕎麦粉100%の蕎麦を食っているようなぼそぼそ声で問うた。

カノン「・・・・浮気とはどういうことだ?」
デス「辞書引け」
カノン「そういう意味できいてはおらん。ミロと俺が浮気をしているというのはどういうことかと訊いているのだ。・・・おい、こっちを向いてまともに答えろ。菓子売り場を気にしてるようなフリをしても無駄だ」
デス「・・・ほんとに気になってんだよ。浮気ッつーのは、あれだ。ミロが最近お前とばっかり仲良くしてるから、カミュが淋しがってんだよ。それだけの話だ」

 カノンは黙り込んだ。

デス「どうした?」
カノン「いや・・・・。あの二人は仲が良いのか?」
デス「そりゃあな。あいつらが仲悪かったらムウとアイオリアなんか今頃殺し合いだろってぐらいには親友だ」
カノン「そうか・・・・・」

 空色の目がふっと緩む。

カノン「良いな。そういう友は」
デス「あ?」
カノン「俺は去られて淋しい友などいたこともない」
デス「んなモン適当に作れよ。シャカ辺りがあいてるから」
カノン「いや、その空きは・・・・家賃が格安なのになぜか人が入らないアパートの曰くつき4号室みたいな物件だから・・・」
デス「お前だって人のことは言えねえ程度に曰くつきだろ」
カノン「お前もな。いや、そんなことより俺のせいで二人の友情が崩壊するようなことになっては悪い。無意味。ミロは旧友を切り捨てたりする男ではないぞ。うっかり忘れる事はあってもだ。仲が良いならそれくらいわかっていそうなものだが・・・フ、まあ、若い二人ということか」

 ・・・これもまた勝手至極に妙な結論を叩き出したカノンは、苦笑しながら「カミュ。ミロは・・・」と問題の二人の方を振り返り、仲裁に入ろうとした。
 が、すぐに続きの言葉を飲み込んだ。
 視線の先にはキャベツとレタスを背景に向かい合っている水瓶と蠍の聖闘士。いつの間にやら凶悪とも言える小宇宙を放ち、背中に守護星座を浮かび上がらせて激戦までカウントダウン状態となっている。
 眼を離した隙に何が起こったのか。把握しかねてデスマスクとカノンは顔を見合わせた。
 目先に火花を散らしそうな顔をしたミロが、低い声で友人を問い詰めるのが聞こえた。

ミロ「・・・つまりだ。カミュ、お前は俺を友として信じられなかったばかりかホモとして認定しようとしたと、そういうわけか」
カミュ「誤解だと言っている。私はお前がホモだなどとは思ってもいないし思いたくも無いし」
ミロ「ならばなぜ人を浮気呼ばわりする!?しかも相手はカノン!!お前が俺にホモ疑惑を抱いている証拠だろうが!!」
カミュ「違う!!どうしてお前はそうなのだ!言っておくがな、そこまで露骨に嫌がるのは本物のホモの人に失礼だぞミロ!!
ミロ「失礼がどうした!この場にいるホモなんぞ、蟹とアフロディーテぐらいのものだ!」

 壮絶な睨み合いを続けながらホモホモホモと連発する二人。一般客は当然引いてる。
 アフロディーテが眼をまるくしながらシュラと共に戻ってきた。

アフロ「どうしたのだ?何なのだ?私の名前を呼ばなかったか?」
デス「てめえ・・・・今まで何してやがったんだ。あぁ?戻りが遅かったなぁ?」
アフロ「違うのだ。シュラがおやつは一万円分までなどとセコイ事を言うので、選ぶのにてこずったのだ。バナナはそれに入るかとか。入らないことにしてもらったが」
デス「ナイス甘やかしすぎだなシュラ」
シュラ「う・・・・俺だって好きで甘やかしてるわけでは・・・」
アフロ「ミロとカミュは仲直り・・・・・・・・・できてなさそうではないか。何をやっていたのだ君は!」
デス「俺のせいか!?ふざけんなよ!人の恋路にいちいち関わってやる暇なんざねえ!!」
アフロ「ここへ連れて来たのは君ではないか!・・・カノン!そんなところにぼーっと突っ立ってないで、早く『ミロと別れる』と宣言してくるのだ!」
カノン「それをやるとますますこじれそうな気がするが」

 実際、アフロディーテの高い声が耳に入ったらしいミロはますますこじれた顔つきになっている。

ミロ「聞こえたかカミュ!恋路だの別れるだのと言われている!お前はこれでもまだシラを切る気か!?」
カミュ「身に覚えの無いシラを切ることはできん。私は・・・」
ミロ「問答無用!見損なったぞ!最早お前は友人でも何でもない!ただの・・・・ただの・・・・・ただのカミュだ!!」

 ・・・カミュは何も言い返さなかった。不憫になったらしい。

カミュ「・・・・なら、私は帰る。面倒をかけて悪かったな」
ミロ「む?逃げる気か?おい、話し合いの余地はまだあるだろう!」
カミュ「つい今しがた問答無用と言ったのはお前だが」
ミロ「そんなに俺との友情を解消したいのか!?」
カミュ「それはこっちの台詞だ」
ミロ「馬鹿な!俺はお前と絶交したいなどとは一寸たりとも思っておらん!」
カミュ「私だって思っていない」

 沈黙。そして。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふ。
 唇を歪めてミロが微笑んだ。あくまで鋭い目つきのまま。

ミロ「・・・カミュよ。お前とはどうあっても決着をつけねばならんようだな」
外野『いや待て待て待て待て』
ミロ「なんだ?」
デス「なんだじゃねえよ。どういう流れでそうなるんだよ。決着つける必要なんてどこにもないだろ今の会話」
ミロ「は?決着以外に何をつけろというのだ」
カノン「別に何もつけんで良いと思うが・・・・・強いて言うなら落ち着け」
ミロ「言っている意味がわからんな」
シュラ「お前だけだ。いいか、お前はカミュと友人でいたい。カミュもお前と友人でいたい。だったら仲良くだな・・・」
アフロ「恋人でなくて良いのか?」
シュラ「お前は黙れ!!」
ミロ「もういい。理由は関係ない。俺達は決着をつけたいのだ。なあ、カミュ」
カミュ「いや、私はそれほど・・・まあでも、お前がどうしてもというなら」
カノン「決着とはそういう物だったろうか・・・・。大体、聖闘士に私闘は禁止されているのだぞ。慎め二人とも」
ミロ「私闘ではない!決着をつけるだけだ!」
シュラ「だからそれが普通に私闘だ」

 シュラとカノンは口々に説得した。しかし、決着をつけたくてうずうずしているミロには馬耳東風も良いところであった。
 彼はついに「これは俺とカミュの問題だ!他は黙っていてもらおう!」と叫び、シュラが「せめて場所は移動しろ」と三百歩ほど譲った要求をしても、「俺は気にせん!」と断じて頷かなかった。
 デスマスクが感心したように唸った。

デス「なるほどな。馬鹿もここまでくれば立派なもんだ。人間、何事も極めてこそだな」
カミュ「・・・・・デスマスク。言いたくは無いが、お前はさらに勝ち越して大馬鹿のような・・・・・いや、いい。それより、私は本当にここで戦うべきなのだろうか。相手が弟子なら迷わず相手になっているところだが、友人だと勝手が違ってな・・・どうすれば良いのか」
デス「んー」

 相談された男はしばらく腕組みをして考えた。
 そして、

デス「よし、わかった。俺に代われ」

と言うなり、カミュを押しのけてミロの前に立ったのである。

ミロ「なんだデスマスク。邪魔をするな」
デス「カミュは戦えねえ。俺が相手だ。焚きつけたのは俺だしな、責任取るぜ」

 おおっ、と眼を丸くする一同。デスマスクの口から責任の二文字が出るとは誰も予想だにしていなかったらしい。
 いきなり交代すると言われた対戦相手のミロは不満そうな顔である。

ミロ「お前が・・・か?」
デス「なんだ?俺に勝つ自信ねえのか?」
ミロ「・・・。馬鹿にするな」

 ・・・・結局は挑戦されると後に退けない男だったわけだが。
 デスマスクは構え直す彼に向かってびしっ!と一本指を立てて見せた。

デス「いいか。正々堂々男の勝負だ。泣き言はゆるさねえ。俺が勝ったらお前はカミュとつきあえ。いいな?」
ミロ「良かろう。その代わりデスマスク、俺が勝ったら・・・・」
デス「俺は何もしねえよ?」

・・・・・・・・・・・・・・

ミロ「何かしろよ。不公平だろうがそれは」
デス「アア?てめえが決着つけないと夜も寝られないとか言ってるから俺が始末つけてやろうってんだぞコラ。条件飲んでやる義理なんざねえ」
ミロ「う・・・・確かに。だが・・・」
アフロ「デスマスク!卑怯な口車はやめるのだ!決闘ならば双方にリスクが無ければ駄目だ。君も何か賭けろ。負けたら私を一生大事にして貞節を守るとか」
デス「んな鬱陶しい約束できるかよもといお前を賭けの道具なんかにさせねえよ、アフロディーテ」
アフロ「・・・・デスマスクvv」
カミュ「・・・人の話は最初からちゃんと聞いた方が良いぞ」
デス「おい、どうすんだよミロ」
ミロ「俺は・・・・いや、やはりおかしい!何も賭けないなら、お前とは戦わん!」
デス「はー、ったく、ガキはこれだからな。あーあー仕方ねえな。わかったよ賭けてやるよ。俺が負けたらシュラとカノンがつきあうから」
シュラ・カノン『何ぃ!?』
シュラ「わけがわからんわけがわからん極めてわけがわからん!!俺達は無関係だろうがオイ!!!」
デス「戦場にいるクセして無関係もクソもあるか」
シュラ「お前・・・・さては俺がアフロディーテに菓子を買ってやった事を根に持っているな・・・・・?」
アフロ「?なに?菓子を買ってもらってはまずかったのか?大丈夫だ、デスマスク。ねだれば君だってシュラに買ってもらえる」
シュラ「買わん。ではなくて論点が違う!いい加減にしろよお前ら!!」
デス「あのなあシュラ。お前こそ何ムキになってんだよ。俺がミロごときに負けるわけ無いだろ?そんなにトモダチを信用できねえのか?ちなみに俺はお前を信用して無い」
シュラ「信用してくれとまでは言わんから誤解するのをやめろ!」
デス「んな顔するなよ。安心しろ、ミロが相手なら俺が勝つって」
ミロ「おい!聞き捨てならんぞ蟹!!後でホエヅラかいても知らんからな!!」
デス「大丈夫だ。負けても痛い目見るのは俺じゃねえ」
シュラ「やっぱり負ける気だろうお前!!;」
デス「邪推はよせよせ」

 一歩離れたところで慎ましやかに立っているのはカノンとカミュ。

カノン「あいつらのボケとツッコミに割って入れない俺は・・・・やはり聖域になじめぬはみだし者なのだろうか」
カミュ「一番いいポジションだと思う。少なくともこの場においては。どうも何だか状況を見る限り、私は最早関係なくなったようだし、カノン、お前も暇なら外のカフェで一服していようではないか。試合結果は後でミロにまとめて教えてもらおう」
カノン「あ、ああ・・・いいのかそれで?」
カミュ「構わん。おいミロ!私とカノンは角のカフェでのんびりしているから、お前も決着がついたら来い。待ってる」
ミロ「うむ、わかった!じゃあまた後でなカミュ!」
カミュ「行こう」
カノン「・・・・・・・・・・・;」

 カノンは本当に行っていいものかどうか一瞬はためらった。
 が、ためらいつつも踵を返した直後、背後で「男の勝負っつったら野球拳なんだよ!!」と怒鳴る蟹の声が聞こえたため、二度と振り向かずにその場を後にした。

シュラ「やめろ!ここで本当にそれだけはやめろ馬鹿野郎!!」
デス「うるせえな!びびってんじゃねえ!男ならどんな場所でもマッパ上等の覚悟でいやがれ!いくぞミロ!」
ミロ「おう!!」
アフロ「では私はBGMを担当してやる。や〜きゅ〜う〜、す〜るなら〜♪
シュラ「アフロディーテっ!!!;」

 この後。
 2ターンまで強行された男同士の熱い勝負は、一般客からのクレームを受けて現場に駆けつけた店長により全員補導されて幕を閉じた。
 積尸気冥界波を有効利用してトンズラしようという蟹の案が通らなかったのはシュラが断固犯罪を認めなかったからである。
 しかしそんな硬派かつ潔い彼も、「身元引受人の名前を言いなさい」と言われてサガの名を出すことは相当な勇気がいったという・・・





 カラン、カラン。
 ドアに取り付けたベルが怠惰そうに鳴った。ほんの少し眼を上げてそちらを見やったカミュは、ほうと深く溜息をついた。
 ああ、ようやく来た。

ミロ「すまなかったな、カミュ。待ったか?」
カミュ「ああ、6時間ほど。遅くなりそうだとは思っていたから別に構わんが。他にすることも無い。・・・・ただ、これだけあからさまに待たせておきながら『待ったか?』と訊いて来るとは思わなかった。勝負はついたのか?」
ミロ「いや。邪魔が入って流れた。補導された上にサガにみっちり怒られてな。しかし俺はまだ早めに抜けられた方なのだぞ。本当はこれからまだ後半の部があって朝日を見るまで説教されるはずだったのだが、それはデスマスクの提案で俺の代わりにシュラが受けてくれることになった」
カミュ「・・・・・。後でよく礼を言っておけ」
ミロ「カノンは?一緒ではなかったのか?」
カミュ「一時間ほど前に帰った。・・・・気を使ってくれたのだろう」

 否。待ちくたびれただけである。それでも彼は5時間待った。

ミロ「・・・・6時間か」

 ミロは口の端を上げてくすりと笑った。

ミロ「よく待っていたな、お前」
カミュ「・・・・待っていた私も私だが、来たお前も相当だ。とっくに帰っているとは思わなかったのか?」
ミロ「待ってると言ったのだから待ってるだろうと思った」
カミュ「・・・・・うむ。私はお前のそういうところが大好きだ」
ミロ「これからどうする?帰るか?」
カミュ「ああ。帰ろう」

 カタン、と小さな音を立ててカミュが椅子から立ち上がる。彼の口元にも小さく笑みが浮かんでいる。

カミュ「・・・どうも、お前と向かって話をすると憑き物が落ちるようだ」
ミロ「つきもの?」
カミュ「今日は買い物を邪魔してすまなかった。よければ明日つきあわせてくれ。埋め合わせをしよう」

 それは穏やかな声音だったが、しかしミロはにわかに眉間を曇らせた。
 しげしげと友人の顔を覗き込み、どうもわかりかねるという風に首をひねりながら言う。

ミロ「何だ今さら改まって。良いに決まっているだろう。今までは会えばそのままついてきたではないか。どうも最近ついて来なくなったと思ったら、いつのまにそんな馬鹿丁寧な申請をするようになったのだ。新しい自分ルールか?俺は一々お前に許可を出したり出さなかったりするのは御免だぞ。必要ない。捨てろ、そんなルール」
カミュ「・・・・・・・・・・・・」
ミロ「どうした」
カミュ「いや・・・・・・」

 2度3度としばたくカミュの目。

カミュ「うむ。言われてみればと思った。私もお前に一々許可を出すのは御免だ」
ミロ「当たり前だ」
カミュ「・・・・・・・・・・・・・」
ミロ「おい、大丈夫か?」
カミュ「・・・・ああ。もう大丈夫だ。行こう」

 行こう。
 この言葉に、ミロは返事も頷きもしなかったが、ごく自然に足を返してカミュと並んだ。二人は揃って店を出た。
 月と星が出ている。夜の風はわずかに湿っている。
 カミュは何も言わず、ミロもまた何も言わず。聖域につくまでそうして何も話さないかもしれない。あるいは何かを話すかもしれない。だがそのために努力する必要は無いのだと、今ならカミュにもわかっていた。
 自分たちの間にはもう、何も努力などいらないのだ。だからこんなに安らぐのだろう。
 二人の足音は時に揃い、時に不揃いになりながら、藍色の夜に吸い込まれていった。




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