「次の木曜には全員正装して城戸邸に来て下さい」

 というアテナからのお達しがあり、黄金聖闘士達はもちろんそれに従った。




 その木曜が終わって翌日。
 教皇の間で緊急会議が開かれた。

サガ「情けない・・・・私は人として情ないぞ!」

 居並ぶ仲間達に向かい、苦悶の表情で慟哭するサガ。
 いや、彼だけではなくほぼ全員が沈鬱な顔をしている。

サガ「アテナは日ごろの私たちの労をねぎらって下さるおつもりだったのだ・・・・そのための新年祝賀パーティー招待だったのだ!それなのに!」

 だんっ!

サガ「全員が全員、『正装=黄金聖衣』と脳内変換し、キンキラキンのフルアーマー姿で場内乱入とは何事だ!?あからさまに浮いていたではないか!!幸い、新春浮かれモードに乗じた何かの仮装ということで他のお客様は誤魔化すことができたが、二十歳にもなって常識も知らんのかお前らは!!」
デス「そういうあんたもあの薄気味悪い面被って行ってたじゃねえか」
サガ「黙れ見たまんまカニ男!私は会場に入る直前、違和感に気づき、カノンと服を取り替えた!!」
カノン「取り替えさせたの間違いではないのか・・・?俺は昨日ほど貴様に殺意を抱いた事はなかった・・・」
アフロ「サガ、私は無罪だ!私だって大間違いしたのに気づいた!すぐに辰巳をしめあげて、お蔵入りになっていた城戸光政の愛人のドレスを持ってこさせて着替えたのだから、私に罪は無い!」
バラン「黄金聖衣は女装以下か・・・」
アフロ「ちなみにデスマスクとシュラにも着せてやろうとしたが断固として断られた。この二人は確信犯だと思う」
シュラ「着られるかあんな物!!何が確信犯だ!!」
サガ「なるほどアフロディーテ、お前はまだマシな方だ。部屋の隅で仏像のフリしていたシャカも辛うじてセーフ。しかし世の中には底辺に属する人間もいる。他の奴に言われるまで自分が変だと気づかなかったアイオリアとミロ!お前達は社会人失格だ!!」
リア「だが俺は自分の行いを何一つ恥じてはおらん!聖闘士が聖衣着て何が悪い!」
ムウ「だからそのド固い考え方が社会人失格なんですよ・・・聖闘士が聖衣着るのは変じゃなくても聖衣着た聖闘士は変なんですよ普通」
ミロ「・・・変だったか?」
カミュ「ああ、変だった」

 さすがに皆今日は聖衣をまとう気はしなかったらしく、聖域の運動着とも言えるズダ袋に穴あけたような格好をしていたが、その格好も社会的には十分イレギュラーなのだと言う事にうすうす感づいてはいた。
 サガが言った。

サガ「このままではいかん。私達が非常識な集団として世間に認識されてしまえば、アテナにもご迷惑がかかる。む?誰だ今『とっくの昔に非常識認定だろう』と言ったのは!」
アフロ「私たちは誰も。もう一人の貴方ではないだろうか脳内の」
デス「ああ、ややまともな方だな」
サガ「まともなのは私だ!黒い方ではない!」
シャカ「別に良いではないか、どうせどちらもまともではない」
カノン「サガに限った事でも無いしな。聖域の人間は100%奇人変人ということで今日は終わろう。解散
サガ「待て!!」

 カノンの襟首をふんづかまえ、2度3度軽くたたんだ後、サガは両手をパンパンと叩きながら一同に向き直る。
 そして唐突に、

サガ「成人式を行う!」

と言った。

デス「・・・・あのな、余計な忠告かも知れんがな。そういうくだらねえ案は実行に移さない方が身のためだと俺は思・・・」

 瞬時に蟹もたたまれた。

サガ「お前たちが奇人変人なのは成人男性としての自覚が足りんからだ!以前アテナにお聞きした事がある・・・日本では二十歳になる若者は全員集合して成人の儀を執り行い、一部が暴徒と化して警察沙汰になるものの、残りは大人として心機一転、フンドシ締めてそれからの毎日を過ごすと!」
ムウ「・・・聖域なら全員暴徒化に一票・・・」
サガ「受けて立つ。暴徒化するならしてみろ、成人式をそのまま貴様らの葬式に変えてやる!」
シャカ「読経は私が引き受けよう」
バラン「・・・楽に逝けそうもないからお前は謹んでくれ」

 一同に反対意見を叫ぶ暇も与えず、サガは成人式の話を一人で本決まりまで持って行ってしまった。そのスピードは過去のどんな戦いの時よりも光速であったという。

サガ「現在二十歳の者は明日午前10時、まともな格好をしてここへ来い!遅刻・欠席は後日死をもって贖うこと!以上、覚悟して臨め」
アフロ「サガ、私たちは二十歳を過ぎてしまったのだが。どうすればいい?」
サガ「アフロディーテとシュラと蟹・・・・お前達は既に手遅れだ。社会のゴミと化すのも気の毒ゆえ、明日はこのサガのもと、式スタッフとして働かせてやろう。それでよいな」
アフロ「わかった。私たちの3倍は手遅れな貴方に従う。良い式にしようではないか」

 唯一前向きなアフロディーテが、逃げようとしたシュラの腕と床でのびているデスマスクの襟首とをひっ捕まえて頷いた。
 
サガ「では解散!」






 ・・・とりあえず、その午後は白羊宮にてデパートの紳士服売り場から仕入れてきたまともな格好用のスーツが販売され、世間の初売りの例に漏れず大盛況を博した。






 一夜明けて1月3日、成人式当日。日本の成人式は1月の第2月曜日に行うものだということをサガは知らない。
 教皇の間にはどこからかき集めたのだかよくわからない、公民館によくあるタイプのパイプ椅子が6つ並んでいて、当然だが一つも空くことなく埋まっていた。
 10時きっかりに、カノンが現れた。

カノン「えー皆様、本日はお忙しいところをお集まりくださいましてまことにありがとうございます」

 司会である。

カノン「それではこれより、第一回ギリシャ聖域成人式を始めたいと思います。プログラム1番、開会の辞。シュラさん、どうぞ」

 どちらかというと成人式というより運動会に近い司会ではあるが、カノンはなりきっている。
 だが、呼ばれて出てきた開会の辞の男はいつもにまして沈鬱で睨みのきいた恐ろしい顔になっていた。目の下に隈が出来ているのも強面に拍車をかけている。
 そんな彼の第一声。

シュラ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すまん」

 ・・・・・・・・チーン、とシャカが自前のリンを鳴らして手を合わせた。(リン=仏壇で鳴らす茶碗みたいなあれ)

シュラ「その・・・・昨日あの後、俺とデスマスクとで何とかサガを思いとどまらせるよう説得してみたんだが・・・・サガの意志が固い上にアフロディーテがいやに乗り気でな・・・・聖域一の実力者に強力な電波送信機がついたような状況でな・・・・俺達ではいかんともしがたかった。許してくれ。お前たちも辛いと思うが、正直俺もかなり辛い。共に耐えよう。以上」

 チーン・・・・という侘しい音に送られてシュラは退場した。
 どんよりしきった会場で、カノンが何事も無かったように淡々と司会を続けた。

カノン「続きまして、教皇から新成人の皆様に向けてお祝いの言葉を述べさせていただきます」

 サガが入ってくると、場内は真冬の湖が面を凍らせる一瞬前のように緊張した。冬の日、夕暮れから夜にかけて気温の低下と共にゆっくり冷やされた水は、液体の形を保ったまま氷点下まで至る。そして何かの弾みでほんの少しさざなみが立つと・・・例えば誰かが小石を投げ入れたりすると、そこから一気に凍りつくのだ。
 サガに向かって石を投げればそれと同等の現象が起こるだろう。誰もがわかっていた。
 だが・・・・
 それはそれとして直談判に踏み切らずにはいられない男がこの場にはいたのである。

リア「サガよ!貴様、俺たちには馬鹿高いスーツを買わせておいて自分が教皇服というのはどう・・・」

 ごべしっ!!

ムウ「・・・失礼。肘が滑りました」

 足の小指の爪の垢ほども手加減していない一撃が聖域一現状把握能力に乏しい男の顔面に決まり、雑音を封じた。

ムウ「式の最中は静かに願いますね、アイオリア。大人として長生きしたければね」

 静けさの底で黒光りする何かを秘めた口調に畏怖を感じたか、それとも最早何も聞こえていないのか、あるいは単にテレキネシスに体の自由を剥奪されて動けないせいか。アイオリアは沈黙してピクリとも動かない。
 幸い、サガは何事もなかったかのように祝辞を始めた。

サガ「諸君、成人おめでとう。これで君達も立派な大人の仲間入りだ。知っての通り、最近の聖闘士の評判は芳しくない。特に黄金聖闘士はひどい。甚だ遺憾な事に、世間には青銅・白銀・黄金の聖闘士3種類の中で最も常識から外れているのが黄金などという噂がある。さらには、幼少期特有のヒーロー願望を持った子供が青銅聖闘士になり、思春期を迎えてもそこから抜け出せなかった奴が白銀聖闘士になり成人しても現実に目覚めなかった奴が黄金聖闘士になるという説もある。私たちの仕事はそんなピーターパンシンドロームのなれの果てみたいな物では無いと信じているが、反証を挙げろといわれても貴様らの素行が素行なので到底無理だ。進学をするわけでもない、伝統芸を磨くわけでもない、まともに働いて稼ぎを得るわけでもなければ税金も納めていない。やってる事はロードワークと破壊。脱皮する前のセミの方がまだしもマシな活動をしているだろう。・・・・・しかし悲観する事は無い。黄金聖闘士ではうだつがあがらなくとも、君達にはまだ一社会人として生きる道が残っている。人生は一度しかないが、やり直すことに時間はいらんのだ。これからは大人として視野を広げ、悔いの無い毎日を生きて欲しい。若人よ大志を抱け。・・・以上が私からの祝辞だ。何か質問のある奴はいるか?」

 祝辞の有り方を根本的に間違っているサガ・28歳。

ムウ「はい」

とムウが手を挙げた。

ムウ「今伺ったお話ですと早急に黄金聖闘士をやめて地味に生活していけと言われているような気がしますが、人生をやり直すにも多少の元手が必要です。元手を得るために持ってる黄金聖衣を叩き売るのはありですか?」
サガ「黄金聖衣は聖域のレンタル品なので返却してから地味になるように。他には?」
ミロ「はい。地味になったら何か良い事ありますか?」
サガ「それはお前らの今後の努力次第だ。が、少なくとも黄金聖闘士でいても良いことは無いぞ。他には?」
リア「はい!!サガ、俺は黄金聖闘士を辞める気など全く無い!俺達が辞めたら誰がアテナを守るのだ!!」
サガ青銅が。どうせ今までアテナ救出率は青銅100パーセントだ、構う事はあるまい」
リア「馬鹿な!冥闘士との戦いでは俺達だって女神のために十二宮を守って戦ったではないか!!」
サガ「しかし結局アテナは自害されただろう。まあ落ち着いてよく振り返ってみろ。これまでの戦いで黄金聖闘士が大体邪魔になっているのがわかる。特に初期のお前は率先して邪魔をしていたような気が・・・」
リア「忘れた!!おい、俺はお前が何と言おうと黄金聖闘士を続けるぞ!それが亡き兄の遺志でもあるはずだ!!」
シャカ「アイオリアよ。このシャカ、君の気持ちはわからんでもない。兄の遺志はともかく、魔鈴とオフィスラブができるかもしれない職を捨てたくないという煩悩はエイトセンシズを通して丸見えだ。だが、どうせ今の君でも振り向いてもらえて無いのだし、この成人式を機会に少しイメージチェンジをしてみてはどうだろうか」
リア「表へ出ろ貴様」
ムウ「やめてください二人とも」
サガ「他に質問は無いな?では私の話は終わりだ。幻朧魔皇拳を食らいたくなければ、千日戦争などに走らず、大人しく次のプログラムを楽しむように」

 サガは退場した。釘をさされたアイオリアは拳を握り締めながらも一応椅子に座ったままにしている。
 司会のカノンは祝辞の間、早くも仕事に飽きたらしく、床に胡坐をかいて欠伸なんぞしていたが、兄の姿が見えなくなるとどっこらしょと立ち上がってやる気の無い進行役に戻った。

カノン「祝辞終わり。。寸劇です」

 寸劇?と新成人達が一様に不思議そうな顔をした。何の劇だという思いと何のためだという思いが同時に頭に浮かんでいるようである。だが成人式にはこういう意味の無い出し物が付き物なのだった。

カノン「この寸劇は皆様の常識を問う内容となっております。社会人として相応しくないと思われる行為がありましたら早押しでお答え下さい。全問正解者には豪華景品をプレゼント」
ムウ「すみません、今さらなんですが、主催側は成人式という物を間違っていませんか。どうしていきなり妙なクイズ番組のノリになるんですか」
カミュ「そして何を押せばいいのだろうか」
カノン「出題に関する質問は一切受け付けません。それではスタート」

 寸劇の幕は問答無用で上がった。
 開始早々、セーラー服姿のデスマスクが出てきた。

リア「ライトニングプラズマーっ!!」
ミロ「スカーレットニードル!!」
バラン「グレートホーン!!」
カミュ「オーロラエクスキューション!!」

 ゴガァ!ゴガァ!ゴガァ!ゴガァ!

 押しボタンが無いので手当たり次第に必殺技を連打する新成人。
 なぜかそのリズムに乗るカノン。

カノン「はいアイオリアさん、速かった!」
リア「女装禁止!!」
カノン「ブブーッ!大ハズレ!回答権移ります、ミロさん!」
ミロ「気色の悪いマネをするな!!」
カノン「残念、これも違います。次、アルデバランさん!」
バラン「お前はそんな格好して恥ずかしく無いのか!?」
カノン「間違いなく恥ずかしいと思うがそれも違う!カミュさん答をどうぞ!」
カミュ「せめて脛毛は剃れ」
カノン「惜しい!が、残念!皆さん、問題は落ち着いて最後まで見て下さい」

 それは拷問に等しい。

リア「やってられるかこんな馬鹿イベント!!」
デス「そりゃこっちの台詞だ若造が!!無駄に早押しするんじゃねえ!てめえらが闇雲に答えてハズレ連発するとその分俺のお披露目時間が長引くんだよ!!スマートに正解して早く終わらせろ!!」
ムウ「はいはいはい。大人しくしてますからちゃっちゃと先に進んでくださいどうぞ」

 そこで寸劇は先に進んだ。
 客席に背を向け、片手をあげて立つデスマスク。つり革を握っているつもりらしいので、舞台は電車内ということらしい。
 次に、上手から白いジャケットを着たシュラが現れ、車両に乗り込んだ。デスマスクの隣に立つ。
 1分・・・・2分・・・・・・・・・・・・5分が何事もなく過ぎた。
 シュラの顔が段々とひきつり、うつむき、冷や汗を流し出した。
 ムウが手を挙げた。

ムウ「ええと、何だか気の毒になってきたので実行前に答えましょう。痴漢禁止」
カノン「正解!」

 カノンが手をたたき、デスマスクが瞬時に姿を消し、シュラは回答者に感謝の眼を向けた。
 だが、裏方からは抗議の声が上がった。

アフロ「シュラ!なぜちゃんと痴漢をしないのだ!」
シュラ「できるかーっ!!蟹相手にそんな事をするぐらいなら俺は腹を切る!!いや、蟹以外でもやらんが!!女が非力なのをいいことにロクでもない真似をする奴は男の屑だ!たとえ演技でも俺にはできん!!蟹は非力な女じゃないが!!

 カミュが腕組みをして深々と頷いた。

カミュ「うむ、立派な心がけだ。さすがシュラ。黄金聖闘士の中でも硬派過ぎて逆に地味と言われるだけのことはある。・・・しかしそれはそれとして敢えて聞くが、ハーデス城でパンドラの首に手刀つきつけたのはお前ではなかったか」
シュラ「うっ・・・。いや、あれは・・・・」
アフロ「言い訳をする気か!?男らしくないぞシュラ!」
シュラ「現場にいなかったお前にどうこう言われる筋合いはないわ!!アテナの命がかかっていたんだぞ!仕方がなかろうが!」
アフロ「ならば君はアテナの命が危険にさらされているなら電車内で女子高生に痴漢を働く事もできるというのだな!?そうだな!?」
シュラ「誰がそんな事を言った!」
アフロ「そういう意味ではないか!最低だシュラ!痴漢!不潔!!
シュラ「おい・・・!;」

 こめかみに血管を浮き出させたシュラに、舞台の裏からブラシが飛んできてぶつかる。アフロディーテが投げたらしい。

アフロ「とにかく、君は人の努力を無にした!私はデスマスクを可愛い女子高生っぽくするため頑張った!もみ上げを三つ編みにしてあげたりしたのだ!」
シュラ「そんな女子高生がいてたまるか!お前の気色悪いプロデュースのおかげで、祝辞から戻ってきたサガは吐いて寝込んでいるぞ!」
アフロ「ひどい事を言うな!気色悪いなんて、デスマスクが可哀想ではないか!それに、私は君を完璧な痴漢にするのにも気を配ったのだ!電車内の痴漢はなぜか決まって白い服を着てる!!」
シュラ「知らん。もういいから次の劇に移ろう・・・・・俺も吐きそうだ」

 どこまでも『大人』から遠い争いに疲れたか、シュラはがっくりと肩を落として退場しようとした。
 ミロが慌てて声をかけた。

ミロ「待て!次の劇、って、こんな劇を次々するつもりなのかお前ら!?」
シュラ「それはまあ・・・社会人の犯罪は痴漢だけではないからな」
ムウ「犯罪なら社会人に限る必要も無い気がしますが・・・」
ミロ「他にはどんな犯罪を予定しているんだ!?」
シュラ「詳しい事は答を漏洩することになるので言えん。が、大体女がらみのトラブルだとだけ言っておく
ムウ「そんなトラブル引き起こすほど女性に縁のある人がこの中にいるんですか。まさか全部デスマスクが女役なのではないでしょうね」
シュラ「いや。俺と奴とアフロディーテの三人で平等に交代する」
ミロ「やめろ。もう本当やめろ。誰も見たくない。サガも寝込んだのだろう?寸劇はやったふりしてここで終了しろ!」

 非常に魅力的な提案であった。楽屋に引き込みかけていたシュラの肩がぴくっと動き、その場の全員が促すように頷いた。
 ただ一人を除いて。

リア「俺は反対だ!やったふりしてやらずに終えるというのはつまりサボるという事。ミロよ、男児たるもの一度引き受けた仕事をサボるなど言語道断!!もちろん俺だって仲間の女装など見たくも無いが、腐っても黄金聖闘士、これも一つの試練だと思って耐える覚悟はある!!いや、俺だけではない!ここにいる者皆、口には出さないが同じ覚悟があるはずだ!!そうだろう!?皆!!

全員『ねえよ』

ムウ「はい、それでは多数決とって見ましょうね。寸劇の続きが見たいひとー。はい一人〜。全然見たく無いひとー。はい聞くまでもない〜。ではそういうことでアイオリアさん、見ない方に決まりましたので」
リア「すさまじく感じ悪いな貴様・・・」

 やや煤けてしまったアイオリアの無念を残したまま、寸劇の幕は早々と下りたのだった。





カノン「ではこれより、新成人の皆様どうしで久闊を叙したり別れの杯を交わしたりする懇談タイムとなります。ささやかなお食事も用意いたしましたのでどうぞお楽しみ下さい」

 カチャンカチャン、と、恐らくはサガ偽教皇時代に使われていたと思われる豪勢な食事運び用ワゴンを押してアフロディーテがやってきた。ワゴンの上にはサンドイッチが並んだ紙皿と紙コップとペットボトル入りのお茶があった。
 開会の辞も祝辞も寸劇も全く成人式らしくなかったが、微妙なチープさ加減は成人式らしかった。

アフロ「ご自由にお取り下さい。デスマスクが作ったから味は確かだと思うし、シュラが切ったから切り口も綺麗なのだ

 しかしいくら見た目が綺麗でも人が素手で切ったサンドイッチだと思えば食欲も減退するだろう。

ムウ「これ、具は何ですか?」
アフロ「それはカニマヨネーズだ」
ミロ「こっちのは?」
アフロ「カニ塩
バラン「俺のはなんだ?」
アフロ「ん?君のはカニ・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・ふふ、何でもない
バラン「何だーー!!?;」

 今さら叙すような久闊でも無し、新成人たちは至って静かに飲み食いした。
 そもそも席順が、ミロ、ムウ、アイオリア、シャカ、アルデバラン、カミュという並びなので、話をしようにもどうしようもない感じではある。

アフロ「君たち!もっとおいしそうに楽しそうに食べられないのか?せっかく仲間全員が揃っているというのに積もる話ぐらいあるだろう。懇談タイムぐらい会話を楽しんだらどうだ」
ミロ「会話なら、俺はさっきからカミュとテレパシーでしている。この式の愚痴とか」
アフロ「そういうのは会話と言わない。単なる陰口ではないか。言いたいことがあるなら堂々と、サガの必殺技をくらいやすいところで言え」
ミロ「嫌だ」

 ムウがこほん、と咳払いをした。

ムウ「あの、アフロディーテ。祝辞も三文芝居も会食も済みましたし、帰ってもいいでしょうか。あとは個人責任で大人の認識を改めるということで・・・・」
デス「却下」

 いつの間にか背後に出てきていたデスマスクが面白くも無さそうな顔で瞬殺した。もちろんセーラー服は着替えている。念のため。

デス「ここで終わらせたら俺達がサガに大目玉くらうんだよ。どうせお前らまともな大人になる気ねえだろうが」
ムウ「十派一からげに扱わないで下さい。ミロとアイオリア残しておけばいいでしょう?」
バラン「シャカもだと思う」
ムウ「少なくとも私は世間に出て妙な真似をしたりしません」
デス「そういう台詞は眉毛直してから言うんだな」

 ガガガタンっ!

 ムウを除く全員が椅子ごと宙に浮かび上がった。

バラン「うおあ!?おい、ムウ!落ち着け!所詮は蟹の言う事だろうが!」
ムウ「その『所詮は蟹』ごときに馬鹿にされたとあっては代々続いた牡羊座の聖衣に傷がつきますんでね・・・・」
リア「お前が切れるのは勝手だが俺達を巻き添えにするな!」
デス「・・・フッ、甘いな、ムウ」

 今にも成人男子5人を投げつけられそうになりながら、デスマスクは余裕の表情で笑って見せた。
 余裕の無い時にもあんまり自覚しないで笑う男なのでムウにとってはそれほど恐くも無かったが。
 しかし、今回の蟹の余裕にはちゃんと根拠があった。

デス「お前の天下もこれまでよ。何を隠そう、さっき食わせたサンドイッチには痺れ薬を仕込ませておいたのだからな!」
サガ「大馬鹿者!!」

 ・・・・真後ろから情け容赦の無い一撃をうけて部屋の壁までふっとぶデスマスク・・・と余波を受けてやはりふっとぶ空中の一同。

サガ「心配になって復活してみればこれだ!客に出す食べ物に一服盛るとはどういう了見だ!?集団食中毒が発生するではないか!」
ムウ「発生させたいから盛ったんですって。まあ、心配は無用です。こんなこともあろうかと、私は食べたフリして捨ててます」

 クリスタルウォールを張って余波をしのいだムウは涼しい顔で鎮座している。
 もう一人、シャカもまた自分をきっちり結界でガードして宙に浮いたままその場にとどまっていた。静かになってから、何もなかったようにすとんと椅子ごと下に降りる。
 ごっちゃになっている壁際からは死者の恨みがましい声・・・もとい、仲間達の憤りの声がかすかに聞こえた。

リア「シャカ・・・・ムウ・・・・・貴様ら・・・・隣の人も一緒に助けてあげようという広い心の持ち合わせは・・・・」
シャカ「皆無だ。私は弱者に対する慈悲が無いし、ムウは君に対する慈悲が無い。あきらめたまえ」
ムウ「そうそう。大人なら自分の身ぐらい自分で守りましょうね」
リア「・・・・覚えていろよ・・・」

 アイオリアは心のどこかでどうして俺こんなに苛められるんだろうと思い、何とはなしに、聖域で肩身の狭い思いをする最初の発端なった兄貴の事件を思い出したりもしたが、その事件で本来一番肩身の狭い思いをするべき男が目の前で堂々と弟を叱り飛ばしているのを見ると、やはり兄がどうとか言うより器の問題、先天的な支配者は存在するもんだなあという気持ちになり、言うべき言葉も浮かばずがっくりと床に頬をつけた
 彼の頭の上を支配者(仮)の怒号が通って行く。

サガ「カノン!!お前がいながら成人男子が宙に浮いているとはなんというザマだ!!この失態のツケは高くつくぞ!!」

 伝統の教皇服を身に纏い、胸を張って上から言葉を振り下ろすサガの様子は、貴族的専制君主のそれである。迫力が違う。
 しかしその言葉を真剣白羽取りして立ち向かう平民開拓者的アメリカンドリーム男・カノンも負けてはいなかった。

カノン「は!?馬鹿な、俺は単なる雇われ司会!責任も無いのにツケなんかつくか!」
サガ「私のいない間の最年長者はお前だろうが!大人として少しは何とかしようと思え!!」
カノン「最年長者が尻拭いだと?はン、いかにも年功序列神話の崩壊についていけていない太古の化石の意見だな。このせちがらい世の中で面倒ごとに首突っ込みたがる大人なんぞおらんわ!目の前で問題が起きたら目線を逸らして通り過ぎるのが真の大人かつ真の社会人のマナーだ!わかったか!」

 サガはすっと青ざめた。怒りのためである。

サガ「カノン・・・貴様、少しばかり一人暮らしをしたからといって偉そうな口を・・・!お前のような無責任な大人が増殖しているから世界がちっともよくならんのだぞ!」
カノン「フッ、笑わせるな。お前の頭が古いだけではないか。真の大人にして現代っ子の資本主義な俺を動かしたいならば、バイト代を3割増しで払え」
アフロ「サガ・・・・あなた・・・・私達にはタダ働きさせといて実の弟にはバイト料出してたのか・・・・・」
シュラ「そうだったのか・・・」
サガ「うっ・・・・な、なんだその眼は!違うぞ、身内びいきではない!お前たちにも払ってやろうかと思ったが・・・そう!24歳以下は学割なのだ!」
シュラ「給料に学割って・・・」
サガ「黙れ!お前たちのような大人になりきっていない若造が不相応な大金を望むな!」
アフロ「昨日は手遅れ呼ばわりしたくせに・・・」

 じとっと恨めしげな眼をしてサガを見つめるアフロディーテ。同じくシュラ。そんな彼らから目線を逸らして通り過ぎようとする大人なサガ。

サガ「今するべきはそういう話ではない!(←大人らしい問題回避常套句)。とにかく!カノンよ、お前には既成人の資格などない!直ちに客席にまわれ!」
カノン「いや、これ以上くだらん茶番につきあうぐらいなら俺は帰る」
サガ「逃げる気か?面白い・・・・貴様のような人間失格、野放しにするぐらいならあの世へ送ってやるわ!」
カノン「フッ!やれるものならやってみろ!」

 げし!ばき!ごす!やりおったなこの無駄飯食い!すっこんでろ顔面根暗!日和見トカゲ!風呂マニア!貴様の母ちゃんでーべそ!馬鹿め俺の母ちゃんがでべそならお前の母ちゃんはもっとでべそだド阿呆!お前こそド阿呆だド阿呆!・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・たす。

デス「・・・・・・・子供は見ちゃいけません」

 ・・・・舞台上で繰り広げられる三十路間近二人のありえない喧嘩に、いつの間にかまた復活していた蟹が静かに幕を下ろした。

シュラ「・・・・・・以上で、成人式を終わる。寄り道しないでまっすぐ帰れ」

 シュラが開会の時よりもなお沈鬱な調子で閉会の辞を述べた。




 その後、壁際で軽く寝てるフリをしていた新成人たちは、先輩の立てる破壊音にまぎれてさっさと会場を後にした。
 新成人でないスタッフ3名もさっさと会場を後にした。
 この催しによって聖域内の社会常識レベルがどのくらい上がったかは未知数である。
 しかし、これ以上は下げたくねえなとは誰もが心の中で思ったという。





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