むかしむかしあるところに、デスマスクという名前の悪質な狼がおりました。
狼は道行く可愛い女の子に声をかけ、甘い言葉で騙した挙句、きれいに平らげるのが趣味でした。
 数日獲物がつかまらず、お腹をすかせていた日のことです。
 道の向こうから今まで見たことも無いほど綺麗な子が歩いてくるのを見つけた彼は、この期を逃してなるものかと爪を研いだり髪をとかしたりオーデコロンをつけたりして虎視眈々と待ち構えておりました。
 獲物は何も知らずに狼の鼻先までやってきました。

デス「よう、お嬢ちゃん。どこ行くんだ?」
アフロ「お嬢ちゃんではない。私は男だ」

 ・・・いきなりのマニュアル外な対応にたじろぐ狼。獲物はちょっと機嫌を悪くしたようです。というか、男に用はありません。
 しかし見れば見るほど可愛い顔をしているので、腹ペコの狼はもうこの際男でもいいやと思ってしまいました。

デス「・・・おまえ、名前は?」
アフロ「アフロディーテだ。皆には赤ずきんちゃんと呼ばれている」
デス「赤ずきんちゃん?」

 たしかに少女・・・・いえ、少年の頭の上にはちょこんと赤いずきんがのっています。
 これで男もヘッタクレもないもんです。

デス「なるほどな。で、どこに行くところなんですかね、赤ずきんちゃん?」
アフロ「お使いだ。おばあさんの家にぶどう酒とパンケーキを届けるよう言われたのだ」

 あどけなく答える赤ずきんちゃん。狼は考えました。今ここで彼女・・・いえを誘拐して食べてしまうことは容易いですが、そうすると孫の見舞いを待っているお婆さんが心配してサツに通報するかもしれません。
 発覚を遅らせるためにはおばあさんの方を先にやっつけてしまった方が良さそうです。
 狼は人の良さそうな笑顔を浮かべて赤ずきんちゃんに歩み寄りました。

デス「何もそんなに急いでいくことはないんだろ?婆さんの家ってどこにあるんだよ?」
アフロ「この道をずっと下った最初の町の、入って三軒目の家だと言われた」
デス「ならすぐにつくじゃねえか。時間があるんだから婆さんに花でも摘んで行ってやれよ。こっちの森の奥にはたくさん咲いてるぞ」
アフロ「でも、お母さんから道草をしては駄目だとも言われた」
デス「花摘むぐらい道草のうちにはいらねえよ。それに婆さんのためじゃねえか。許してもらえるって、なあ?」
アフロ「・・・・・。・・・・・そう?」
デス「そうそう」

 自信たっぷりうなずく狼。けれど赤ずきんはまだ迷っています。狼は知りませんが、赤ずきんちゃんのお母さんは怒ると髪が黒くなってそれはそれは恐いのです。

アフロ「本当に怒られない?」
デス「大丈夫だって。もし何か言われたら俺がちゃんと説明してやるから」
アフロ「絶対?」
デス「絶対絶対」
アフロ「・・・・・ならちょっとだけ花を取っていく」

 赤ずきんちゃんはとうとう誘惑に負けて、いそいそ森の奥へ駆けて行ってしまいました。
 その後ろ姿を見送り、にやりと笑った狼は、一目散に道を下って姿を消しました。




 町まではダッシュで20分ぐらいの距離でした。ちょろいもんです。狼はすぐにおばあさんの家を見つけ、ドアをノックします。
 中から「入れ」という、想像していたよりも低い声が返ってきました。命令口調とはなかなか豪気な婆さんだと思いつつ、狼はドアを押しました。

シオン「何の用だ小僧」
デス「・・・・すみません、家間違えました」

 一目見るなりこいつは敵わねえと本能で感じ取った狼です。ドアを静かに閉めて道の向かいまで後退しました。
 まさかお婆さんがこんなに手ごわそうな大人物だとは。それを知っていたら赤ずきんちゃんをお花畑でいただいていたのに。ぬかりました。このままでは今日もご馳走にありつけず尻尾を巻いて帰ることになってしまいます。
 どうしようと考えていたところ、ふと、お婆さんの家の隣、つまり町から入って2軒目の家が貸家であることに気づきました。
 ドアには鍵も掛かっていません。中を覗くと幸いにも家具付き。埃よけのシートがかぶせてありますが、ちゃんとベッドも整っているようです。
 なんてラッキーな。
 狼はアドリブでここをお婆さんの家に仕立てることにしました。シートを全て取っ払って丸めてベッドの下に放り込むと、近所の店からチョークをパクって来てドアに大書します。

 『3軒目』

 そしてやはりご近所に吊るしてあった洗濯物からタオル一枚をかっぱらい、それでほっかむりをしてベッドにもぐりこみました。
 あとは赤ずきんちゃんが引っかかるのを待つだけです。





 一方、狼にたぶらかされた赤ずきんちゃんは、「ちょっとだけ」という前言を大きく踏み外して両手一杯に花を摘んでしまいました。
 とても綺麗です。お婆さんも喜んでくれそうです。でももう夕方です。
 さすがに遅くなりすぎだと気づいて大慌てで町まで走ってくると、彼女・・・いえそのまま物も考えずに『3軒目』と書かれたドアに突入したのでした。
 いきなり駆け込まれた方はびっくりです。

デス「誰だ!?」
アフロ「あ、赤ずきんです。お見舞いに来ました」
デス「・・・・・ああ、赤ずきんか。遅かったな」

 相当待ちくたびれていたようです。ベッドの中から聞こえる声は機嫌が悪く、赤ずきんはしょんぼりしました。

アフロ「ごめんなさい・・・」
デス「まあ仕方ねえ・・・じゃねえ、気にしないでいいですよ。それよりお前の元気な顔を見せてちょうだいな」

 いきなり声色が変わるお婆さん。怪しいことこの上ないです。しかし赤ずきんは許してもらったことの方に安心したのでそこまで考えません。

アフロ「お使いのぶどう酒とパンケーキと花があります」
デス「そんなものはテーブルの上に置いておきなさい」

 せっかく摘んだ花をそんなもの呼ばわりされてしまいました。赤ずきんちゃんは内心がっかりです。
 でも言われたとおり荷物を置いて、とことことベッドのわきまで近寄ってきました。

アフロ「お婆さん、具合はどうですか?」
デス「具合はいいんだけどお腹がすいてしまってねえ
アフロ「パンケーキ食べますか?」
デス「それよりもっとこっちに来てちょうだい

 赤ずきんちゃんはうんと身を乗り出して近づきました。
 そのとき、どうも何かお婆さんの様子がおかしいのに気づいて首を傾げました。

アフロ「お婆さん。お婆さんはどうしてタオルを頭に巻いているの?」
デス「・・・・それは頭痛がするからだよ
アフロ「お婆さんの耳はどうしてそんなに大きいの?」
デス「お前の声を良く聞くためさ
アフロ「お婆さんの目はどうしてそんなに光ってるの?」
デス「お前の顔を良く見るためだよ
アフロ「じゃあ、お婆さんの口はどうしてそんなに大きいの?」

 ずいぶん失敬なことを訊ねるガキです。
 しかしその問いかけをしたとたん、お婆さんの声が再びガラリと変わりました。

デス「それはお前を食べるためだ!」

 震え上がった時にはもう遅すぎました。
 鋼のような腕が伸び、あっというまに赤ずきんちゃんをベッドの中へと引きずりこんでしまったのです。





 ちょうどその頃、町の入り口を猟師のシュラが通りかかっておりました。狩の帰りだというのに手ぶらです。本当は仕掛けた罠に獲物がかかっていたのですが、足を挟まれたそいつがジタバタするでもなく「老師、ご恩に報いることができず申し訳ありません」などと地面に遺言を書き付けているのを見て感銘を受けてしまい、黙って放してやったのでした。
 もっと情容赦なく対応できる獲物が相手で無いと彼は本気を出せないようです。
 清々しくも収穫ゼロという結果に次第に憂鬱になってきていた猟師は、町に入りかけたところでふと耳をそばだてました。
 どこからか甲高い悲鳴が聞こえてくるではありませんか。
 慌ててあたりを見回せば、今朝まで確かに貸家だった家から人の気配がします。ドアにわけのわからないラクガキもありますし、何より今度は確かにその家の中から「たすけて!」と言う声が聞こえました。
 迷っている場合ではありません。猟師はドアを蹴破る勢いで中に飛び込みました。
 すると。
 部屋の隅のベッドにもぞもぞ動く布団が一塊。
 
シュラ「!!!」

 頭に血が上った猟師は反射的に布団をぶった切ってしまいました。素手です。
 舞い上がる綿、埃。
 それらに混じって小さな女の子がベッドから転がり出てきました。あいにく猟師の目は彼が男の子だとは見抜けませんでした。

アフロ「助けてくれ!お婆さんが私を食べようとするのだ!」

 可愛い顔を涙でくちゃくちゃにした赤ずきんです。首の辺りになんだか歯型が一杯ついてしまっています。
 そしてベッドの上には埃にむせているが。
 一瞬にして状況を理解した猟師は問答無用で獣を殺りにかかりました。

シュラ「死ね外道!!」
デス「うおあっ!?;」

 悲鳴をあげた狼は必殺の一撃を紙一重でなんとかかわし、窓を蹴破って逃げていってしまいました。
 猟師は後を追おうとしたのですが、怯えきった赤ずきんが足にしがみついて離れなかったので、とうとうトドメをさせないまま・・・一日の収穫もゼロのまま終わったのでした。



 日がとっぷりと暮れてから、赤ずきんちゃんは猟師に手を引かれてお母さんの待つ家に帰ってきました。
 大事な我が子が他人の歯形をつけて帰って来たという事態に卒倒しかかるサガお母さん。子供の語るたどたどしいいきさつを聞くうちに髪の毛は闇の色へと変わりました。
 その後、赤ずきんはお母さんに怒られて叩かれてわあわあ泣き、ひょっとしたら狼さんが説明しに来てくれるかもとうろうろ辺りを見回して「ちゃんと話を聞け!!」とますます怒られました。狼さんは来てくれませんでした。当たり前です。

 もう二度と人の言うことを聞いて道草をくったりはしない、と赤ずきんちゃんは誓いましたとさ。



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