ジャミールまで飛んできた星矢達四人と、途中で追いついたハーゲン一人は、まず慣例通り聖衣の墓場に迎えられた。

亡霊「ここから先はムウ様のゾーン・・・なんびとたりともはいることは・・・・・・」
五人「うるせえ!!」

 ・・・・下がることなど微塵も考えずに骸骨どもを秒殺。前へ前へと進む彼らを阻めるものは何一つ無い。
 破竹の勢いでムウの館につくや否や、紫龍が声を張り上げる。

紫龍「ムウ!!話がある!!出て来てもらいたい!」
氷河「・・・・・・・・返事が無いな。留守か?」
紫龍「くっ・・・またどこかで姿を消しているのかもしれん」

 その時、瞬のチェーンが動いた!

瞬「むぅ、チェーンが緊張を・・・・ゆけ!サンダーウェーブ!!」
ムウ「クリスタルウォール!!」

 カシィィィィィィンッ!!
 硬い音を響かせて、攻撃の切っ先はその標的に触れる前に止まった。
 相変わらずの落ち着いた態度の男が虚空から現れる。
 
ムウ「・・・なんだかいきなり手加減無しの挨拶ですが・・・私に何か用ですか?」
星矢「ムウ・・・・やっぱり隠れていたのか!」
ムウ「人聞きの悪いこと言わないで下さい。ただちょっと大人しくしていただけです」
紫龍「呼んだ時ぐらいスパッと出て来てくれ!」
ハーゲン「おい、彼は一体・・・?」
氷河「例の、ジャミールの諸悪の根源だ」
ハーゲン「何!?こいつが!?」
ムウ「・・・・・何かしましたか私・・・・?」

 一同は事情を説明した。
 指輪の話が出てくると、ムウはすぐにしたり顔で肯いた。

ムウ「・・・わかりました。確かに、その指輪は私の作ったもののようですね」
瞬「一体どういう指輪なの?あれをつけてから、ヒルダはすっかり変わっちゃったらしいんだけど」
ムウ「大したことはありません。あれは縁結びの指輪なんです」
紫龍「え、縁結び?」
ムウ「ええ。二つセットになっていまして、一つを自分の指に、もう一つを想い人の指にはめてしまえば、晴れて二人は両想いになれるという・・・・まあ言ってみれば恋のおまじないグッズみたいなものですね」
ハーゲン「まじないどころかあの効果は既に洗脳だろうが!!」
ムウ「いいではないですか。恋も洗脳も似たようなもんです」
星矢「・・・・っていうか、どうしてあんたがそんな女子高生ウケしそうな小物を売ってるんだ」
ムウ「聖衣修復だけじゃ食べていけませんから」
紫龍「お前そんな理由で・・・・;情けなくないのか黄金聖闘士として!」
ムウ「プライドで渡っていける世の中ではないんですよ。私は貴鬼も養わなきゃならない身なのですからね。結構売れていて助かります。先週も、アフロディーテが一組買いに来て」
瞬「・・・・・・・・・・ねえ、それは一体誰に使うために・・・・・・」
ムウ「良心が咎めるので客の使用目的までは把握しないことにしていますが・・・・そうそう、春麗も来て買っていきましたね」
紫龍「何!?;」
氷河「使用目的は明らかだな。・・・どうする?紫龍。プレゼントされたら」
紫龍「う・・・・・;;」
瞬「買っていったってことは、彼女、聖衣の墓場を抜けてきたんだね。あいかわらずただ者じゃなさそうで羨ましいよ紫龍」
氷河「ああ。聖闘士の嫁として申し分ない」
紫龍「やめてくれ二人とも;人ごとだと思って・・・おいムウ、何かないのか。こう、解毒薬みたいなものは」
ムウ「おまじないですからそんなものはありません」
紫龍「そこをなんとか・・・;」
ハーゲン「・・・・すまん。人生の岐路なところ申し訳ないが、俺ははやくヒルダ様について相談したいんだが」
星矢「そうだぜ、皆。目的はそっちなんだから。紫龍、春麗の方は次の課題にしよう」
紫龍「・・・・・・」

 いやな課題を残されつつも、紫龍は大人しく番を譲った。

ハーゲン「それであなたは・・・では、アルベリッヒを知っているわけだな?」
ムウ「直接は知りませんが一度、匿名で手紙を下さった客に商品を送りました。アスガルドからの注文はその一件だけですから、たぶん間違いないと・・・」
星矢「匿名の客なんかに売るなよ!そんな危ないもん!」
「しかも通販・・・・」
ムウ「先払いだったんですよ。断れません」
ハーゲン「・・・・・・・い、いきさつはわかった。とりあえず前向きな話をしよう。その指輪なんだが、はずせば効力は消えるんだな?」
ムウ「ええ。ですが、そう簡単にははずれません。一度はめられたが最後、死ぬまで取れない決まりです」
紫龍「どんな決まりだあああああっっっ!!!お前さっき、『たいしたことはない』といったではないか!!」
ムウ「だって、簡単にはずれたら信用性ゼロじゃないですか。あなた見たでしょう?蟹聖衣。あんな不良品を作って売るわけにもいきませんし」

 ムウ、いささか憮然とした顔である。

ハーゲン「なあ・・・そうするとヒルダ様のことはもう、死ぬまでとり返しがつかないと・・・?」
ムウ「そうは言っていません。はめられたら取れない、というだけで、はめた方は取れますから」
ハーゲン「?詳しく頼む」
ムウ「いいですか?あの指輪は2つでセットになっています。私はそれぞれ区別して、AとBと呼んでいますが・・・」
「あなたも結構つまらない男だねムウ」

 ともあれ、ムウの説明によるとこういうことだった。
 縁結びの指輪は、Aを相手の指にはめ、Bを自分の指にはめて効果を発揮する。
 Aの指輪は一度はめたら決して誰にも取れなくなるが、Bの指輪を外してからなららくらくと引き抜くことができる。・・・

ムウ「非常口ぐらいはつくっておきませんと、悪用されたら困りますからね」
紫龍「・・・指輪の効能からして、悪用以外の使用法は無いという気もするが・・・」
ハーゲン「要するに、アルベリッヒのはめてる方の指輪を取ってしまえばヒルダ様を救えるということだな?よかった。殺るしかないのかと思ったぜ」
星矢「経験から言わせてもらうと、指輪を取るよりは殺る方がラクだけどな」
氷河「何にせよ、解決策はわかった。よし、すぐにアスガルドへ戻ってジークフリート達に報せてやろう」
一同「おう!」

・・・・・・・・・・

紫龍「・・・・で、ムウ。春麗のことなんだが・・・」
瞬「ゆっくりやってていいよ、紫龍・・・頑張ってね」

 若干一名をその場に残し、少年達は北へと飛び立っていった。



フレア「・・・・・・なるほど。そういうことだったのね」

 帰って来た一同から説明を受けたフレアは短く呟いて溜め息をついた。
 そして、

フレア「なら遠慮することはありません。狩りましょう、皆さん」
ハーゲン「ちょっ・・・!フレア様、そんないきなり殺気立たなくても・・・!!」
フレア「やあね、ハーゲン。殺気だなんて。私、ほっとしてちょっとリラックスモードなだけよv」
ジーク「その通り。これはリラックスしているだけだ」
瞬「ジークフリート・・・だったらそのフルアーマーをまず脱いだら・・・・」

 臨戦態勢で剣まで装備しはじめている勇者である。

氷河「狩るのはいいが、真っ正面から挑んだら結局てこずることになるのではないか?要は指輪を外せばいいだけなのだから、寝込みを襲ってこっそり外せばそれで済むだろう」
ジーク「事態はそれで済んでも、私の気が済まないのだが」
星矢「私情は捨てろよジークフリート・・・いま一番大事なのはヒルダなんだからさ」
ジーク「・・・・・・・」
フレア「・・・・・そうね、ここは我慢しましょうジークフリート。大丈夫。機会は後でもたっぷりあるわ。ある日突然流氷の中にアルベリッヒの遺体が混じってる、なんてことがそのうち起こったりしてもいいのだから」
ジーク「・・・・・・・・・わかりました」

 微笑みを絶やさぬまま説得を決めたフレアの向こうでは、氷河が心なしか白い顔をして、

氷河「・・・・ハーゲン。とりあえず一つだけいっておきたいのだが・・・・世の中に女はたくさんいるぞ・・・?」
ハーゲン「言うな!!そんなこと、俺だってわかっている!!」

 わかっているがどうしようもない。
 ハーゲン、指輪が無くても洗脳状態である。

瞬「じゃ、じゃあさ、とにもかくにも早く何とかした方がいいよね。今夜にでもアルベリッヒのところへいって、指輪外してしまおうよ。彼、いつもどこで寝ているの?」
フレア「今はワルハラ宮の・・・・お姉様の隣の部屋で」

 ザンッ!!

ジーク「・・・・もしも私が作戦遂行時に目的を見失ったり手が滑ったりすることがあったら、すまない。今のうちに詫びておく」
星矢「詫びはいいから剣は置いていけ」

 かくして、「ヒルダ様を救う会」の不穏な面々は指輪の強奪へと向かう。
 アルベリッヒの命は風前の灯火であった。



 真夜中のワルハラ宮。春が来たとは言え、結構寒い。

フレア「・・・ベタなオチでクシャミなんかしたら死刑ですわよ。さあ、いきましょう」

 当然ながら、標的の部屋にはしっかりカギがかかっていた。
 それを針金一本でフレアが開ける。

「カギが甘いのかフレアがすごいのか、どっちだろ・・・・(汗)」
フレア「何でもありませんわ、こんなこと。淑女のたしなみです。ねえ、ハーゲン?」
ハーゲン「そこで私にふられても・・・;」

 ドアは音も立てず、滑るように開く。
 一同6人は最低限の隙間から中へ体を押し込んだ。
 どうして全員で来ているのかは謎だったが、もし万が一本気でジークフリートが暴走しはじめた場合、この人数でも足りないくらいではある。

ジーク「・・・・奴は?」
星矢「怖いって・・・;頼むからドスの聞いた声出さないでくれよ」
フレア「・・・・いましたわ、アルベリッヒが」

 赤い髪を枕に埋めた青年が、寝床にぐっすりと横たわっていた。

ジーク「よし!」
星矢「だから剣はしまえって!!指輪を抜くだけなんだから!」

 ひそひそ声をかわしあい、そっとベッドに近づいていく。
 が、しかし。
 目標まであと数歩というところまで来たとき、寝ていたアルベリッヒが跳ね起きたのだった。

アルベ「誰だ!?」
一同「!!」

 彼は続く動作で一足飛びに窓まで下がり、カーテンを開け放った。
 月の光が部屋を満たし、侵入者達を照らし出した。

アルベ「・・・・・・ほう・・・・・野良犬どもが雁首揃えてぞろぞろとな」
ジーク「なぜ、気づいた・・・?」
アルベ「フッ、俺とてかつての神闘士・・・殺気丸出しの人間が入ってきたぐらい気づかなくてどうする」
ジーク「くっ!!」
氷河「だから言ったのだ。ジークフリートは置いていこう、と」
星矢「だって、置いてこうとしたって絶対ついてくるしさ・・・」
アルベ「お前らの方こそ、なぜここへ・・・・と聞きたいが、察しはついている。目当てはこれだろう?」

 アルベリッヒは左手をかざしてみせた。
 月明かりに照らされて、妖しく光る指輪が一つ。

アルベ「・・・・残念ながら、そうやすやすと渡すことはできんぞ」
ハーゲン「ならば力ずくで奪うまでだ!貴様、下劣なおまじないでヒルダ様をたぶらかしおって・・・!!」
「ハーゲン、せめて『魔力』とか言おうよ・・・!」
アルベ「さあな?まじないのせいばかりではないかも知れんぞ?あの効果から見て、案外あの女も俺に気があったのかもな」
ジーク「貴様っ!!ヒルダ様を『あの女』呼ばわりするとは!!」
星矢「ツッこむところが違うと思うぞジークフリート・・・・」
アルベ「フン。・・・・おっと、物騒な真似はやめてもらえますか、フレア様」
フレア「きゃっ!」

 アルベリッヒの放ったつぶてが、こっそりぶん投げるべく手にしたフレアの花瓶を叩き壊す。

フレア「!!アルベリッヒ・・・あなたという人は!!一体これいくらすると思っているの!?」
アルベ「どうせ近いうちに俺のものになる品です」
ジーク「馬鹿を言え!!」
氷河「・・・・・・というかお前ら、会話の端々が微妙に狂っていることに気づいているのかいないのか・・・?」
ジーク「アルベリッヒ・・・・絶対に許さん!!」
アルベ「貴様に許しを乞うほど落ちぶれてはおらんさ。止められるものなら止めてみろ!」
氷河「・・・・・・」
瞬「・・・・いいよもう、氷河。たぶんこっちでは標準形なんだよ、この会話・・・」

 もはや、戦いに挟まるべきか否か、挟まったところでついていけるのかどうかも微妙な青銅聖闘士達がそう呟いたとき。
 アルベリッヒが窓を蹴破り、外へと飛び出した。

ハーゲン「逃げる気か!!」

 もちろん、追手もすぐさま飛んで出る。
 アルベリッヒはしかし、逃げる様子も無く壮絶な笑みを浮かべてこちらを待ち受けていた。

アルベ「愚か者どもが、あの世でせいぜいヒルダのために祈ってやるがいい!ネイチャーユーニティー!!」
一同「!!」

 声に応え、地面が突如脈動しはじめた。
 土を破って木の根が生き物のようにうごめき、動揺するジークフリート達に襲い掛かる!

ジーク「くっ!!」
氷河「またこの技か!!」
星矢「なんだ!?俺はこれ知らないぜ!?」
「僕も知らない!!」
ハーゲン「・・・・お前達もけっこう呑気だと思う」

 なんとか第一撃はやりすごし、間合いを取る。

アルベ「フ・・・自然と一体になり、植物を操る俺の能力。貴様ら、もう逃げ切れんぞ」
瞬「・・・ていうか、どうしてあなたがそんなに自然に好かれて・・・?」
アルベ「見損なうな!これでも我がアルベリッヒ家は代々、砂漠の緑化運動の寄付金だけは欠かしたことが無いのだ!!」
氷河「・・・・何気に地道なボランティア活動しているのだな・・・・ひょっとしてジークフリートより王座に向いてるんじゃあ・・・」
ハーゲン「おい!それを言ったら俺達は何のためにジャミールまで出向いたのだ!!」
星矢「いや、重要なのはそこじゃないと思う・・・手段のために目的見失うなよ、ハーゲン;」

 彼らがボケたりツッこんだりしてる間にも、アルベリッヒは第二弾の構えを見せていた。

アルベ「さあ今度こそ冥土へ旅立て!!ネイチャーユーニティ・・・・」
フレア「待ちなさい!アルベリッヒ!!」

 声は上から降ってきた。
 一同が頭上を仰ぐと、いまし方おりてきたアルベリッヒの部屋のバルコニー・・・いや、その隣の部屋のバルコニーに仁王立ちになっているフレアの姿。
 そして彼女がその腕に羽交い締めているのは・・・・

ヒルダ「ううっ・・・・!フレア、一体何を・・・・・・っ!」
ジーク「ヒルダ様!?」
ハーゲン「な、何をなさっているのですフレア様!?」
フレア「見てわかるでしょう!?どう!?」

 どう、といって彼女が右手に閃かせる、先の研ぎ澄まされたナイフ
 一同の顔色が変わる。

フレア「アルベリッヒ!それいじょう抵抗したら、この女を容赦無く殺すわよ!!」
「役割違うよ!!あなたが人質とってどうするつもりなのさ!?」
アルベ「まったくだ・・・フレア様、あなたがヒルダ様を殺めても私には痛くも痒くもありませんが。むしろ姉殺しの罪に問われた挙げ句、あなたも死罪とあらばますますこちらにとって都合がいいだけのこと」

 余裕で嘲笑うアルベリッヒだったが、しかしフレアはもっと余裕で嘲笑っていた。

フレア「死罪?姉殺し?私が?ほほほ、何のたわごとかしらね?証拠がありませんわよ!!さあ皆さん、裁判所での証言は!?」
一同『アルベリッヒが殺りました』
アルベ「いやちょっとまて。それはいくらなんでもひどすぎ・・・・!!;」
フレア「あなたがどんなに秀才天才であろうとも、所詮数の暴力の前には無力です!!はやく指輪を外しなさい!!」
アルベ「・・・・・・・・・・・(滝汗)」
フレア「早く!!」
ハーゲン「・・・・・・別に忠告してやるつもりはないんだが、アルベリッヒ。ここは折れた方がいい。あの方は本気でやるぞ。いや、ほんとに」

 同情からか、おもわず平和説得を試みはじめるハーゲン。
 アルベリッヒはかなり追いつめられた表情で、自分を取り巻く一同とフレアとを交互に見やる。
 その時だった。

ヒルダ「アルベ・・・・リッヒ・・・」

 首筋にナイフを突き付けられたヒルダが、苦しげに言った。

ヒルダ「どうか・・・・・・・・・・・・逃げて・・・・・何が何だかわかりませんが、あなただけは逃げ・・・・」
アルベ「・・・・・・っ!・・・・・・・」

 白い指をこちらに伸ばし、必死に語り掛けるヒルダの姿を、アルベリッヒはたっぷり1分ほども凝視していた。
 だが、やがて痛烈な舌打ちを鳴らすと、自分の指から一思いに指輪を引き抜く。

ジーク「!」
アルベ「くれてやる、そんなもの!」

 はらだたしげに一声怒鳴り、投げてよこされた指輪に当惑しているジークフリートの横をさっさと通りすぎて、彼はワルハラ宮に消えてしまった。

ジーク「・・・・・・・・・・・・」
フレア「ジークフリート!指輪は取り返せた!?アルベリッヒは・・・・・て、あ、あら・・・!?」
ヒルダ「!!」

 バルコニーから身を乗り出したフレアが思いっきりバランスを崩したのである。

ジーク「ヒルダ様!!」
ハーゲン「フレア様!!」

 北欧の男二人はマッハどころのスピードではない勢いでかけつけ、落ちてくる少女達を受け止めた。

ハーゲン「フレア様!!無茶ばかりなさらないで下さい!!このハーゲン、いろんな意味で寿命が縮んで・・・!!」
フレア「ご、ごめんなさい・・・」
ジーク「・・・・ヒルダ様、ご無事ですか?」
ヒルダ「・・・・・・・・」

 抱きかかえられた腕の中で、ヒルダはきょとんとしていた。

ヒルダ「私・・・・・・あの、私は・・・・・?」
ジーク「覚えておられないのですか?」
ヒルダ「・・・・・?」

 不思議そうに首をかしげる。
 その様子を見て、瞬が、

瞬「もしかして、まだ指輪をはめられてるから混乱してるんじゃない?急に相手がいなくなったわけだし」
ジーク「そうか!ならすぐに外し・・・・」
星矢「・・・なあ、あのさ、アルベリッヒからとった方の指輪、ジークフリートがはめたら問題なくなるんじゃないか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一同「おお!!」
ジーク「ちょ、ちょっと待ってくれ、お前達・・・・」
フレア「ナイスアイデアだわ!!ジークフリート、はめてしまいなさい!御姉様だって異論はないはずよ!」
ジーク「いや、そんな・・・・」
ハーゲン「俺からも推奨する!!ジークフリート、お前こそヒルダ様の夫にふさわしい!アスガルドに住まう全ての人々が同意するだろう」
フレア「ね!そうしましょうよジークフリート!じゃないとあなた達ちっとも進展しないし!!」
ジーク「・・・・・・・・・・・;」

 ジークフリートは自分の手のひらの上の指輪を見つめた。
 それから、ヒルダの顔を見た。

ヒルダ「・・・・・・・ジークフリート?」

 ヒルダは相変わらずの不思議そうな瞳で、彼を見返した。
 しばらくの、間。
 北欧の勇者の顔に、優しい微笑みが浮かんだ。
 そして。

ジーク「・・・・・どうぞ、お戻り下さい、ヒルダ様」

 静かに、しかしはっきりとそういって、彼は細い指から金の輪を引き抜いたのだった。



 かくして、指輪にまつわる一騒動は終わりを告げた。
 フレアの口から今回の一部始終を聞かされたヒルダは、落ち込むことしきりであった。

ヒルダ「私・・・・・・また性懲りも無くそんなことになってしまって・・・・皆さんになんて御詫びしたらいいのかわかりません」
フレア「反省して下さいね、お姉様」
ヒルダ「ええ。もちろんです!しかもアテナの聖闘士にまでご迷惑をおかけしてしまって、もう、本当に・・・」

 その『アテナの聖闘士』達は、ごたごたの終わった翌日には日本へ帰ってしまった。
 「ちょっと文化になじめそうも無いから」とか何とか言っていたが、ヒルダが元に戻ったことには心の底から喜んでくれているようだ。

フレア「反省して下されば、落ち込むことはありませんわ。氷河達も、怒ってなんかいませんでしたもの。ね、ハーゲン?」
ハーゲン「ええ」
ヒルダ「・・・ありがとう、フレア。ハーゲン、あなたも」
フレア「どういたしまして。・・・・でもね、お姉様。ここで一つはっきりさせておきたいのだけれど」
ヒルダ「何です?」
フレア「お姉様、ジークフリートのことをどう思ってらっしゃるの?」

 郷を煮やした直球勝負の質問。
 ヒルダはちょっと驚いた顔をして、それからふと寂しげに微笑む。

ヒルダ「・・・・そんなこと。私が言っても仕方の無いことでしょう」
フレア「どうして?女王だから?そんなの、関係ありませんわ!」
ヒルダ「そうではなくて。ジークフリートは・・・・私を好いていませんから」
フレア・ハーゲン「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 どう考えてもありえない見解に、聞いた二人は思わず間抜けな声を出してしまった。

ハーゲン「ヒルダ様、それはどういう・・・・・」
ヒルダ「だって、指輪を捨ててしまったのでしょう?」
フレア「え・・・・?」
ヒルダ「あなた達が横から勧めても指輪を抜いて捨ててしまったのですから・・・・私など頼まれても御免、ということではありませんか」
フレア「え?ちょ・・・待ってお姉様・・・!」
ヒルダ「ああ、もちろん私が彼を信頼していないというわけではないのですよ?それどころか彼ほど私のためを思って下さる人は他にいないと思っています。ただ・・・・そういうことは別なのでしょう?ね?」
ハーゲン「いや、それはですね・・・・」
ヒルダ「大丈夫。私も、分に過ぎた望みをもとうとは思いません。こんな災いの火種のような私など、もらったところで誰もが迷惑するだけです。・・・・・今日はいい天気ですね」

 絶句している二人を残したまま、ヒルダは淋しそうな笑顔で庭に出ていってしまう。
 フレアとハーゲンは茫然とその後ろ姿を見送った。

フレア「脈はありそうだけど・・・・・・・・一気に3万光年ぐらい離れたかしらね・・・・」
ハーゲン「もっとだと思います。・・・・・・・どうしましょう。本気で媚薬盛りますか」
フレア「そうね。考慮しておきましょう」

 アスガルドの春は、なんだかまだまだ遠そうだった。



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