和やかな昼食を終えて、午後。
アルデバラン「・・・・・・・・ムウ。一体それはなんなのだ・・・・?」
ムウ「昼寝の時間なので。便利でしょう?これだと一度に寝かしつけることができますよ」
十数人いる赤ん坊を全員サイコキネシスで宙に浮かばせ揺らしているムウ。
午後になっても、おおよそ聖闘士達の暴走は止まらなかった。
〜園庭にて〜
ラジコンの飛行機を庭の木に引っかけてしまった男の子が、シュラのところまでやってきた。
子供「ねえ、あの飛行機とってよ、おじちゃん」
シュラ「おじ・・・・!・・・・く・・・・そんなに老けているのか俺は・・・・?」
子供「ねえ、おじちゃんてば。とってよう」
シュラ「・・・・・わかった。どこにある?」
子供「あれ」
指差されたのは、結構な高さのある椎の木である。梢のほうに、飛行機が引っかかっていた。
シュラ「あれか。よし、どいていろ。エクスカリバー!!」
ドドドドドドンっ!!!
シュラ「さあ、取れ」
子供「う・・・・うわーん!うわああああんっ!!」
シュラ「あ、待て、どこへいく!・・・・むう、なんなのだあれは。せっかく取れるようにしてやったのに・・・・」
合点が行かないシュラは、泣いて走り去って行く子供と、根元からずっぱり切られて倒れている木とを見比べながら、しばらく頭をひねっていた。
その少し離れた場所では、アイオリアが窮地に立たされていた。
彼の周りには複数の子供達。「何かお話してー!」とねだられているのだ。
アイオリア「せ、星矢。話と言っても、俺は何を話せばいいのかさっぱり・・・・」
星矢「あんたの知ってる面白い話をすればいいんだよ」
アイオリア「面白い話・・・・老師が脱皮した話なら、俺的にはかなりウケたのだが」
星矢「あれは俺もウケた。・・・けど、ここの子が聞いてもむしろホラーだからやめよう。他になんかないのか?」
アイオリア「他に・・・・思い当たらん」
星矢「なら、適当に作っちゃえよ。『昔々あるところに村がありました』とか言ってさ」
アイオリア「う、うむ・・・」
そこで、アイオリアは星矢に教えられた通り、「昔々、あるところに村がありました」と始めたのだが。
アイオリア「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
星矢「(おい、どうしたんだよ、いきなり黙って)」
アイオリア「(あ、後が続かんっ)」
星矢「(・・・・・想像力がないなあんた。ほら、とりあえず、その村がどんな村だったかとか、その村には何があったとか適当に作れ!)」
アイオリア「その村には・・・その村には・・・・荒野しかありませんでした」
子供たち「それは村じゃない」
ツッこみの声は見事に唱和した。
アイオリア「(おい星矢・・・・こいつら結構厳しいぞ。)」
星矢「(というか、幼稚園児にツッこまれるようじゃ二十歳失格だよ・・・・まあいいや。なんでもいいから話つづけようぜ)」
アイオリア「(つ、つづけるのか・・・・;)」
おそらく、彼の中で過去最高に辛い戦いになるであろう。
アイオリアは全てをライトニングプラズマでふっ飛ばしたい誘惑にかられたが、アテナの聖闘士として思いとどまるしかなかった。
〜厨房にて〜
厨房では、デスマスクとアフロディーテが昼食の後片付けをしていた。
アフロ「くっ・・・水仕事などしたら、わたしの手が荒れてしまうというのに!」
デス「皿を拭いてるだけだろうお前は。しかもゴム手袋までしやがって・・・・どこをどうしたら手が荒れるというのだ」
アフロ「君と違って私はデリケートな造りになっているのだ。・・・・おい、これはまだ汚れているぞ。手を抜くな、洗い係!」
デス「誰が洗い係だ。そっちこそトロトロいつまでも同じ皿を拭くな。溜まっているだろう」
アフロ「布巾の吸水率が悪すぎるのだ!君がちゃんと水を切らんから私が苦労しているんだぞ!」
デス「あーそうかよ!・・・・・よし、俺はこれで終わりだ。ほれ」
アフロ「あっ、くそっ!」
なんだかんだいって仕事に熱が入っている二人である。
デス「貸せ。俺がやる。ここはもういいから、庭に行ってバラを抜くのでも手伝って来い」
アフロ「君は、私をムウと二人きりにさせるつもりか!?絶対嫌だ!人の気を少しは考えろ!」
デス「それでここにいるんだな・・・・・気持ちはわかるがバラを植えたのはお前だろうが」
アフロ「君にさとされるいわれはない!それより、手があいたならちょっと私の髪を縛ってくれ。さっきから邪魔でしょうがないのだ」
デス「・・・・・・・・ったく、仕方ねえな」
ぶつぶつ言いながら、それでもデスマスクは言われた通り水色の髪を束ねてやった。
デス「これでいいか?」
アフロ「ん・・・なんかちょっと引っかかるような気がするが・・・・何で結んだのだ?」
デス「輪ゴム」
アフロ「!はずせ!今すぐはずせっ!あれは髪にへばりつくっ!!」
デス「わがままだぞお前!!邪魔にならなければいいだろうが!」
アフロ「ふざけるなよ!私が毎晩この髪の手入れにどれだけ時間をかけていると思っているのだ!君の伸ばしっぱなしの髪とは違う!はずせっ!!」
デス「わかったよ、うるせえな」
アフロ「っ、いっ!イタタタっ・・・・もっと丁寧に扱え!う、今一本切れる音がしたっ」
デス「いいからお前は皿拭いてろ」
アフロ「最悪だ・・・・二度と君にこの髪は触らせんからな!」
デス「触りたくねえよ。・・・・うーむ、輪ゴム以外で何か結べるもの・・・・・お、あれで行こう」
アフロ「な、なんだ?今度は何を使う気だ?」
デス「もうお前には教えん。ひっつくようなもんじゃないから、安心してじっとしてろ」
アフロ「お、おい・・・・!」
不安そうなアフロディーテの声を無視して、デスマスクは再度髪を結び直す。
使われたのは、パンの袋を縛っていた針金であった。
〜医務室にて〜
過去一度も無かったことだが、医務室は現在、満員状態であった。
ときおりうなされている子供たちの寝顔を見ながら、片隅で小さくなっているミロがいる。
その横で、せっせとアイスノンを作っているのは氷河とカミュ。
ミロ「・・・・おい、あんまり冷やしすぎるなよ」
カミュ「言われるまでも無い。力は加減している。しかし、さすがに一輝の小宇宙で熱せられただけあって、ちょっとやそっとの氷では効き目が無いからな」
ミロ「・・・・・・・・・・」
カミュ「そう落ち込むな。氷河、どうだ?子供たちの様子は」
氷河「大分良くなってはいるようです。あと二、三回冷やして一輝熱を中和すれば、元気になるでしょう」
ミロ「・・・・・・・すまんな。恩に着る」
カミュ「まあそもそもは私たちが起こした事故だからな」
ミロ「だが、悪意が無いとは言え罪も無い子供たちを大量に熱射病にしてしまうとは・・・俺は聖闘士失格だ」
カミュ「それを言ったら蟹はどうなる。失敗は誰にでもあることだ。私も、白鳥ダンスは失敗だったかなと、今になってちょっと思う」
氷河「・・・・・・・・・・・もっと早くに気づいてもらえれば俺は躍らずに済んだんですね・・・そうすればここまで笑いキャラにならなかった」
ミロ「いや、お前の場合はすでにあのキグナス・ヘッドギアが笑いをさそうから・・・・」
カミュ「むっ。ミロ、お前もあのキグナスの聖衣を笑う類の人間か?」
氷河「・・・・・・・カミュ。いいんです。どうせ、『蠍座の聖衣のヘッドギアは超かっこいい』とか言われ慣れている奴に、俺の気持ちなどわかりません」
カミュ「氷河・・・しかし」
氷河「ミロよ。お前の笑いたい気持ちは良くわかる。初めて永久氷壁からあの聖衣を取り出してみたときには、この俺だって何かのギャグかと思ったものだ。だがな!そのギャグを現実に身にまとうハメになった俺の思いは、お前には決してわかるまい!!」
ミロ「・・・・・・・・・(汗)」
氷河「バージョンアップすればきっとこのアヒルもどきとも別れられる!それだけを信じて俺は戦ってきたんだ!それだけを信じて!なのに・・・・・・アテナの血をもってしてもアヒルはいた・・・」
氷河、もはや血の涙声である。
氷河「初めて銀河戦争に聖衣を着て登場したとき、周り中の視線はまず俺の頭に集中した・・・・あの瞬間、俺はいっそ自らギャグ化して全てを笑ってやろうと思ったものだ。しかし結局それができぬまま、俺は全てを無視する方向で聖衣と共存を続け・・・・いつしかクールを追求している事になっていた」
カミュ「・・・・・・・いや、それは一応私の教えなんだが・・・・」
氷河「あの聖衣のために俺は幾多の苦痛をなめてきた。一番ショックだったのは、海底神殿でアイザックに『似合ってる』と言われたときだ。屈辱だった・・・・・だがそんな逆境を乗り越えて、俺はここまで強くなったのだ!!笑いたければ笑え!!」
ミロ「・・・・・・・・・・・・・・すまん。もう二度とお前の前でヘッドギアの話はしない」
小宇宙に気おされ、無難に謝るミロだった。
と、その時。
カミュがふと、室内を舞う白いものに目をとめ、呟く。
カミュ「雪・・・?バカな、こんな季節に雪とは・・・・」
ミロ「・・・・・・・・・・・待て。季節の問題以前にここは室内だ!!」
我に返ったミロは、医務室の中の温度が異常に下がっていることにようやく気づいた。
ミロ「氷河!!お前今の話で興奮して凍気をあたりに撒き散らしただろう!!」
氷河「う・・・・そうかもしれん;」
カミュ「・・・・自分で力のコントロールもできんようでは、この先かならず誰かに殺される。ならばいっそのこと師である私が引導を・・・・!」
ミロ「それは後にしろ!!くっ、子供は無事か!?」
・・・・もちろん、無事なはずが無かった。
〜再び園庭にて〜
片隅の花壇で、テレキネシスを使ってはせっせとバラを引っこ抜いているムウ。
それが地面に落とされると、横から瞬がかき集める。
ムウ「雑草よりもタチが悪いですね。アフロディーテは手伝いにも来ないし、後で少々お灸を据えてやりましょう」
瞬「・・・・なんか不穏な笑顔浮かべてるけど・・・ほどほどにね。兄さん、次行ったよ!」
一輝「鳳翼天翔ーーーーっっ!!」
集めたバラの焼却は一輝に一任されているらしい。
瞬「すごいや兄さん!あっという間だね!」
一輝「なんか午前中からこればかりな気がするが・・・」
ムウ「あなた戦ってるときもそればかりだったじゃないですか。今更、なんです」
一輝「・・・・・・・・・聖戦越えて、妙にストレートになったな、ムウ」
ムウ「あなたは少し丸くなりましたね。さあ、次のやつ、抜きますよ」
誰に何を言われようと意に介さない黄金聖闘士。
その姿は、そこはかとなく、彼の師匠に似てきたようであった。
瞬「・・・・・・・・・・・・嫌だね、兄さん」
一輝「・・・・・・・・ああ、とてつもなく嫌だ」
ところがここで、嫌な空気をふっとばそうとでもするかのように、離れた場所からとてつもない轟音が響き渡ったのである。
一輝「!なんだ!?」
瞬「あ、あれは!!」
二人が見たものは、園庭の向こうはじで真っ二つに破壊されたシーソーと、地面に転がるアルデバラン、そして慌てて彼に駆け寄っている紫龍の姿だった。
紫龍「アルデバラン!だから止めておけと言ったのだ!」
アルデバラン「むむ・・・・乗っただけで壊れるとは、なんというやくざな造りをしとるんだ」
紫龍「これは子供のための遊び道具だぞ!0.1トン以上あるお前の巨体が乗っかったら、それは壊れるに決まっているだろう!」
アルデバラン「単位を変えるな!俺の体重は百キロちょっとだ!」
紫龍「同じだろう・・・;」
アルデバラン「語感が違う!」
紫龍「・・・・・・・・・・・まあ何でもいいが、その百キロ以上のお前とつりあうべく、もう片側に8人も子供が乗っかったのだ。シーソーがむせび泣いていたぞ。気持ちを察してやれ」
アルデバラン「しかし、ひょっとしてこれは弁償しなければならないのでは」
紫龍「シーソーの相場がどれくらいだか知らんが・・・・それより現時点で問題なのは、だ」
言って、紫龍はちらりと脇に目をやる。
そこには、遊び道具を壊されて泣きそうになっている子供たち。
紫龍「・・・・・すぐにでも代わりを見つけてやらんと・・・・」
アルデバラン「むう・・・;」
何度も生死を乗り越えてきた二人も、純真な子供たちの目には弱かった。
だが、シーソーなど買ってこようにもどこに売っているのか・・・・
二人が本気で弱り始めた時である。
子供「あ、流れ星!」
紫龍「何?」
こんな真っ昼間に星など見えるはずがないが、あんまり子供の言葉が唐突だったので思わず空を見やる紫龍。
彼は、そこに思わぬものを見た。
紫龍「あれは・・・・あの輝きは・・・!」
一条の光が確かに空を駆けていた。それはぐんぐんとこちらに近づき、爆発するような閃光を発した後、その姿をあらわにした。すなわち。
天秤座の聖衣。
アルデバラン「老師が・・・・・使えと言ってくださっているのか・・・?」
紫龍「・・・・・・・天秤座・・・・天秤・・・・・・・シーソーと原理は同じ!」
二人『ありがたく使わせて頂きます老師!!』
かくして、星の子学園の庭には突然派手な遊具が登場、好評を博したと言う。
瞬「・・・・・・いいのかな、あれ」
一輝「・・・・黄金聖衣の意志としては、二度と老師のところにもどりたくないだろうが・・・ん?」
瞬「どうしたの?兄さん」
一輝「いや、今、裏のほうに回っていったの、あれはひょっとしてカノンじゃないか?」
瞬「・・・・・・・・・なんか、またどうしようもない火種が飛び込んで来た感じだね・・・・嫌な予感がするなあ」
そして聖闘士の場合、その手の予感は確実に的中することも、彼らは良く知っていた。
〜再び厨房にて〜
サガ「何か手伝うことはないか?」
デス「お、サガ。なんだ?子守りの方はもういいのか?」
サガ「ああ。大体皆、昼寝をしてしまっているのでな。ぐずっていたのは幻朧魔皇拳をかけておとなしくさせた。今ごろいい夢を見ているだろう。ここは何をしているのだ?」
あたりを見回すサガ。
イタリアン・伊達男は嬉々としてこたえた。
デス「三時のおやつの準備だ。ケーキを焼いた。今トッピングをしている真っ最中だが、お前もやるか?」
サガ「うむ。ぜひやらせてくれ」
デス「じゃあまず手を洗ってな。アフロディーテ、そこのエプロンとって渡してくれ」
かくして、額を寄せ集めてケーキの上にチェリーやらクリームやらチョコスプレーやらを飾り始める大の男三人。
デス「で、ここにカシューナッツを・・・」
アフロ「!何をする!ナッツなど飾ったら美しくないではないか!ここはミントを置くのだ。どけ!」
デス「ミントなんか食えねえだろうが。そんなもんより、アラザン散らした方がマシだ」
サガ「アラザンは銀色で綺麗だが、ガリガリするので私はあまり好きではない・・・・ファンシーカラーのチョコスプレーをかけぬか?」
アフロ「君たちは美的センスというものを持ち合わせていないのか?どうしてそう必要以上にけばけばしく飾り立てようとするのだ」
デス「お前にだけは言われたくねえよ。いいじゃないか。何でもたくさん飾っとけば、ガキも喜ぶだろ。サンタさんのマジパン人形ものせよう」
アフロ「やめろ!今何月だと思っているのだ!これはクリスマスケーキではないのだぞ!どうしてサンタが出てくる!」
サガ「この砂糖作りのネームプレートも飾るか。デスマスク、チョコペンシルを取ってくれ。・・・えーと、『星の子学園』、と」
アフロ「君たち明らかに間違っているぞ!なんでバースデープレートに孤児院の名前を入れねばならんのだ!?看板かこれは!?」
デス「ごちゃごちゃうるせえぞ。よし、仕上げにロウソクも飾ろう。完璧だ」
と、ケーキがここまでの変身を遂げたときである。
勝手口にノックの音がした。
デス「?誰だ?開いてるぞ。入れ」
ガチャ
カノン「ちわーっす、三河屋でーす・・・・・サ、サガ!?」
サガ「カノン!?お前、前掛けにビールケースまで持って、何をしている!?」
カノン「お前こそ、エプロンにチョコスプレー持って何をしているんだ!」
サガ「最近家に帰ってこんと思ったら、私に内緒で酒屋のバイトなどしていたのか・・・そんな不謹慎な職場は今すぐ止めろ!お前にはアテナの聖闘士という自覚が無いのか!?」
カノン「そっちの方こそ、俺と同じ顔でフリルのエプロンは真剣に止めろ!!しかも黄金聖衣の上から着用って、馬鹿じゃないのかお前!?アテナの聖闘士の自覚が無いのはそっちだろう!」
サガ「なんだと!?」
デス「あー、仲裁するわけじゃないが、ここでケンカするのはやめてくれ。千日戦争になったら困るからな。カノン、何か用があったんじゃないのか?」
カノン「俺は注文を取りに来ただけだ!何も悪いことはしていないのに、なぜいきなり怒鳴られなければならんのだ?」
サガ「孤児院に酒を売りこみに来ること自体が道徳違反なのだ!」
カノン「酒ではない!ここでは定期的にジュースを注文してもらっているのだ!」
あーだこーだと言い争う双子の兄弟。
止めるのも面倒くさくなったデスマスクは、アフロディーテとともに再びケーキに向き直った。
デス「全てを無視する方向で行こう。・・・・で、ロウソクを立てるところだったっけな?」
アフロ「ロウソクなど立てるな、というのが私の意見だが、君は止めても聞かないだろうな」
デス「なあ、このケーキの中にバネ仕掛けの人形仕込んで、切った瞬間飛び出すようにしたら面白くないか?」
アフロ「これ以上余計なカスタマイズをするな!ケーキはケーキらしくそこにあればいいのだ、馬鹿者」
現実逃避のためにケーキへ逃げた二人は、傍らの言い争いが徐々にエスカレートしていくことに気づいてはいたが、あえて口出しをせずにいた。
それが、結果的に破滅を巻き起こすことになると、十二分に知っていたのだが。
〜園長室にて〜
さて。そんなふうに学園内のいたるところで問題が続発している中、一人シャカだけは園長室の皮張りソファの上にいた。
といっても、仕事をサボっていみもなく呆けていたわけではない。
その偉そうな態度から総責任者と間違われ、園長に苦情の呼び出しをされたのだ。
園長「わかっているんですか!?今朝から一体どれだけの被害があったと思っているんです!子供は熱射病になるわ庭木は引っこ抜かれるわ中庭は軒並み荒らされるわ!先程はいった報告ではシーソーまで真っ二つになったというではありませんか!目を開けて私を見なさい!この現状をどうしてくれる気なんです!?」
シャカ「・・・・・・・・・・」
初老の女性である園長にまくしたてられても、シャカは泰然と構えたままだ。
それがまた相手のカンに障る。
園長「特に子供たちの健康を害したという点では冗談では済みませんよ!可哀相に、どうやったのか知りませんけど、凍傷と火傷を一遍に負わされた子もいるのです!庭に植えられた毒草の香りに当てられて昏睡状態になっている子もいます!あの子達にもし何かがあったら・・・・私は・・・・私は・・・・・!」
園長は興奮のあまり涙ぐんでいた。
シャカは相手が言葉に詰まるのを待ってから、ようやくゆっくりと口を開いた。
シャカ「一つだけ言っておく」
園長「何です!」
シャカ「このシャカ、確かに黄金聖闘士の中でも最も神に近い男と呼ばれている。しかし神に比べたらまるで持ち合わせていないものが一つだけある。それは弱者に対する慈悲の心だ!」
園長「そんな人がどうして孤児院のバイトに参加するんです!!セイントだかセメントだか知りませんけど、私から言わせればあなたたちは単なる変質者ですよ!今日、まともに仕事をして下さったのはあそこの厨房で働いている蟹マスクの方ぐらいじゃありませんか!」
叫びながら園長は窓の外を指差す。
そこには、つい五分ほど前まで厨房の壁が見えたのだが。
今は何にもなかった。
園長「・・・・・・・え?」
シャカ「建物が消えたようだな」
園長「そ、そんな馬鹿なことがありますか!!」
慌てて窓に駆け寄る園長。しかし、左右にいくら見回しても、厨房はどこにも見つからなかった。
シャカは自分の小宇宙に直接語り掛けてくる声を聞いた。
サガ『シャカ!!乙女座のシャカよ・・・・・!!』
シャカ「私の小宇宙に直接話し掛けてくるその声は・・・・双子座のサガか?」
サガ『そうだシャカよ。お前にちょっと助けてもらいたいのだ。じつは時空の間のねじまがったすごく面倒なところへ落ちてしまってな・・・・』
シャカ「私に助けを求めずとも、君の力ならいかなる時空からももどって来れるはずだが」
サガ『いや、わたしひとりならよいが、もう一つ、助けたい厨房があるのだ。黄金聖闘士の中でもエイトセンシズに目覚めているのはお前だけだ。たのむ。話は後でする・・・・』
シャカ「エイトセンシズは別に関係ないと思うが・・・・よし、わかった。もとあった場所へ戻せば良いのだな」
そこで、ゴゴゴゴゴ・・・という効果音と共に、厨房は再び窓の向こう側へと姿をあらわした。
園長「い・・・いきなり厨房が・・・」
園長先生はひたすら眼を白黒させている。
シャカ「次は君の番だ、サガ。ここへ来て、直接申し開きをするがいい」
一人でぶつぶつ言っているシャカの姿も、一般人にとっては毒電波を受けているようにしか見えない。
薄気味悪そうに間合いをとる園長先生。
その背後からいきなり声がかかる。
サガ「失礼いたします」
園長「ひっ!!」
今まで誰もいなかった空間に現れた長身の男。いくら彼の顔が良くても、園長にしてみれば寿命三年は確実に縮むぐらいホラーであった。
園長「ななななな何なんですかあなたは!?」
サガ「厨房が消えたことについての申し開きをいたします。じつは、先ほどまで私は園児のおやつを作るべくあそこにおりましてケーキのトッピングの手伝いをしていたのですが、そこにあろうことか酒屋の御用聞きと化した我が愚弟が参りました。奴は私にエプロンを取れといい、私は奴に酒場のバイトなど辞めろといい、両者一歩も引かぬままとうとう力を持って相手を制そうとし始めたのです。人でなしの愚弟はゴールデン・トライアングルをもちいて厨房ごと我々を異次元に飛ばしました。しかし私もかつては教皇だった男。只でやられるわけには行きません。魔の三角地帯に飲みこまれる寸前、こちらもアナザーディメンションで奴を異次元送りにしてやりましたので、そこのところはご安心下さい。その後、このシャカの助力によって厨房ごと現世に引き戻してもらったというわけなのです。ご理解いただけますか?」
園長「不可能です。頭がヤバイ人に見えますよあなた」
サガ「もちろん・・・厨房を元に戻したぐらいで私の罪が許されるとは思っておりません。で、でも、このサガ、本当はケーキを作っていたかったのです・・・どうかそれだけは信じて下さい」
今にも自害しそうな勢いではらはらと涙をこぼす三十路間近の男を前にして、園長は無言であった。
別に信じてやってもいいが、それはそれで何かが嫌だ。鎧の上にエプロンしてるし・・・
しばしの沈黙の後、彼女はシャカを振り返った。
園長「シャカさん、といいましたね。お願いがあるのですが」
シャカ「何か?」
園長「あなたがた一同、クビにさせて下さい」
・・・・妥当な判断であった。
〜お別れ〜
かくして、一日の終わりを待たずして聖闘士一同は全員解雇の憂き目に遭った。
園長曰く、「一刻も早く出ていって欲しい」ということである。
デス「晩飯のメニューもちゃんと考えていたのに・・・くそっ、お前らがまともな仕事をしないからだぞ!」
アイオリア「ふざけるな!俺がどれだけ苦労したと思っている!?話を作るたびにツッこまれて、少々自己嫌悪気味だ!もはや二度と自分の力を信じれないかもしれんのだぞ!」
星矢「何も泣かなくてもいいだろアイオリア。聖域に帰ったら、もう一度修行しような。話術の」
ミロ「もう嫌だ!さっさと帰りたい!真央点をついただけでショック死しそうになるような惰弱なガキの世話はたくさんだ!」
氷河「いや、それはお前が人差し指の爪を伸ばしたまま刺したから・・・・」
カミュ「相変わらず力加減と言うものを知らん男だ」
ミロ「お前らだけには言われたくないわ!」
ムウ「まったくやっていられませんね。一日中真面目に仕事をしていたのにリストラですか。建物ごと浮かせて落としてやりたいですよ本当に」
瞬「あなたが言うとものすごくリアルだから止めようよ・・・・しかも笑顔で・・・」
アフロ「アンドロメダ。私の植えたバラの始末をしてくれたらしいな。一応礼を言うぞ」
瞬「僕より兄さんの方が大活躍だったよ。ね、兄さん」
一輝「まあな・・・・おかげで自分の技に飽きが来たぐらいだ。デスクィーン島に帰って新必殺技を磨きたいわ」
アルデバラン「なあ紫龍。解雇はいいが(よくないって)、天秤聖衣はあのままにしておいてもいいのだろうか」
紫龍「うむ。俺も気になったが、もし入用になったときは老師がご自分で呼び寄せるだろう。その時上に子供が乗っていたら一緒に連れて行かれる危険性もあるが、老師は子育てがお好きだから・・・」
アルデバラン「それは誘拐なのでは」
紫龍「・・・・あまり深く考えるな」
シュラ「おお紫龍、見つけたぞ。天秤座の聖衣が園庭の遊具となった今、おまえがあの聖衣を世襲することは不可能だろう。ということで、ここは一つ山羊座を」
紫龍「・・・・なんだか、しつこい保険勧誘員みたいだぞお前・・・・言ったはずだ。断ると」
シュラ「むう・・・ここまで押してもまだダメか。残念だ」
それぞれ賑やかに話しあいながら、彼らは星の子学園の門を出る。
園長命令により、子供たちは部屋の中から見送ることになっていた。うかつに近寄ると危険と判断されたらしい。
子供「ねえ、お姉ちゃん。あの人たち、またかえって来る?」
美穂「そうねえ・・・・たぶん二度とかえって来ないと思うわ」
子供「ふーん。楽しかったのになあ」
窓から金色に輝く後ろ姿を見送りつつ、つまらなそうに子供たちは言う。
門の脇で、ふと白い髪の男が振り返った。
サガ「・・・・・・・・・・」
シャカ「どうした?サガ」
サガ「いや・・・・楽しかったと思ってな」
シャカ「物好きなことだな」
サガ「もう少し上手いいいわけをしたらクビにならずにすんだかも知れん。早まったか」
シャカ「フ。どうせ私たちに向いた仕事ではないのだ。遅かれ早かれ、こうなることは分かっていた」
サガ「・・・・・しかし、アテナには何といおう」
シャカ「・・・・・・・・・・・・・それこそ、上手いいいわけを考えておくんだな」
様々な思いを胸に抱きつつ、聖闘士達は学園を後にした。