瞬「12月1日が星矢の誕生日だって、皆知ってた?」
11月の終わりのある日。瞬の発した質問に、目の前の二人はびっくりした顔をした。
紫龍「12月?そうだったのか?」
氷河「俺はあいつのことだから、元気イメージ満開の8月あたりが誕生日かと・・・」
紫龍「だが、やはり『1日』のあたりに拭い切れないめでたさを感じるな」
瞬「・・・そりゃめでたいよ誕生日なんだから・・・・二人とも星矢を何だと思ってんのさ・・・」
瞬は溜め息をついた。
瞬「いいけどね。あのさ、せっかくだし、お祝いしない?ケーキとプレゼント用意して、星矢をびっくりさせたいんだ、僕」
紫龍「ふむ、いいな。賛成だ。なあ氷河」
氷河「ああ。もっとも、俺達ではたいした物は買えんだろうがな」
瞬「そこさ、考えたんだけど、沙織お嬢さんにも話を通して一枚噛んでもらえれば、予算とか会場とかの問題は派手に解決すると思うんだよね」
紫龍「・・・・・結構現実的側面から入っているのだな、瞬・・・・しかもなんだか俗っぽい」
瞬「だって!できるだけのことはしたいじゃない!」
氷河「いいんじゃないか?お嬢さんも、星矢のことは気に入ってくれているしな。まさか嫌とは言わんだろう」
紫龍「脅迫してるみたいだぞ氷河・・・;」
こうして、微妙な始まりから、「星矢の誕生日・びっくりパーティー企画」は持ち上がった。
そして11月30日(誕生日前日)。
サガ「星矢の誕生日プレゼントか・・・何がいいだろう?一応、射手座の聖衣は持って来たぞ」
シャカ「十分ではないか。箱ごとラッピングしてしまえ。開けてびっくりするぞ」
アイオリア「びっくり・・・むしろ大きさからして一目でバレる気がしないでもないが・・・」
デス「パンドラボックスは規格サイズだからな」
瞬・紫龍・氷河「・・・・・・・・・」
きちんと調えられた城戸邸の大広間に集まった黄金聖闘士を見て、瞬達3人はしばし無言であった。
瞬「・・・・・・・なんか、パーティーの準備なんだか軍事収集なんだかわからなくなっちゃったね」
紫龍「今のうちにきちんと把握して置こう。目的を見失うな。俺達はパーティーの準備をするのだ、命を懸けて」
氷河「いや、命は違う。見失いかけてるぞ紫龍・・・」
そもそもなんでこうなったのか、三人は記憶を巡らした。
パーティーの企画を思い付き、沙織お嬢さんに話をもちかけた。彼女はよろこんで力を貸そうといってくれた。予算でも場所でもなんでも提供しようと。そしてせっかくだからたくさんの人に集まってもらおうと。
盛大にお祝いをしましょうと、彼女は楽しそうに言ったのだ。
その時は瞬達も喜んで賛成したのだが・・・
瞬「僕、人がたくさん集まったらパーティーってのは普通に賑やかに楽しくなるもんだと思ってたけど・・・・初めて知ったよ、集まる人によっては殺伐とするんだってことを」
紫龍「せめてあと半日早く気づいていればこんなことにはならなかったか」
氷河「今更全員帰れとも言えんし・・・・なによりスポンサーの意向だしな」
そのスポンサー・沙織は、久しぶりに会った黄金聖闘士達に混じって楽しそうに会話している。
沙織「パンドラボックスが一発で看破されるのなら、逆にボックスの中に普通の品物を入れておいたらどうでしょう?射手座の聖衣だと思って開けてみたら、なんと手編みのセーターが!」
アフロ「無意味に肩透かしをくらわすだけのような気がします・・・射手座の聖衣とセーターでは落差がはげしすぎる」
シャカ「なら箱に注意書きを貼っておけば良い。『注・この箱は中身とは一切関係ありません』とな」
ミロ「だったら使うなよそんな箱・・・皆、一度パンドラボックスから離れたらどうだ?」
サガ「む。では、中身の聖衣の方を別の箱に入れてプレゼントするか」
ムウ「嫌がらせですかそれは。やめましょうよ皆さん。せっかく星矢の誕生日だというのに・・・もっと意義のあるものをプレゼントしてあげたいじゃないですか」
サガ「それはもちろんだ。しかし、黄金聖衣より意義のある、意表をついたプレゼントとなると・・・」
その時、一人で何やら考えていたカノンが口を挟んだ。
カノン「なあ・・・いっそ教皇の地位をプレゼントしてしまったらどうだ?どうせなりてがないんだし」
一同『それだ!!』
瞬「ちょっとまってよ!!」
さすがに瞬が悲鳴を上げた。
瞬「家の余り物を押し付けるのはやめてよ!!誕生日なんだよ!?教皇っていったら、殺人に病死(アニメ設定)に自殺!そんな死へのカウントダウンが始まるプレゼント、僕は許さないからね!!」
黄金『う・・・』
瞬「とにかく!プレゼントは今日、ちゃんと街で買ってくるんだから!そうだね、紫龍!?」
紫龍「あ、ああ。皆、星矢を驚かせたい気持ちはわかるが、明日はべつにどっきりパーティーではないのだ。プレゼントに意表はいらん」
氷河「大勢でごちゃごちゃ言ってても仕方があるまい。役割を分担しよう。瞬、プレゼントはお前が買ってきてくれ。会場の飾り付けは俺がやる」
紫龍「そうすると、俺が料理担当か?ちょっと自信が・・・;」
デス「あ?料理なら俺が手伝ってやるけどよ」
紫龍「本当か!?あと・・・そうだな、シュラ。お前も来てくれ。便利だから」
シュラ「所詮そういう扱いなのだな俺は・・・」
紫龍「あ、いや、そういうわけでは・・・(汗)。もうすぐ老師が到着する。その時一緒に春麗も来るはずだから、彼女にも手伝ってもらおう」
氷河「なら俺は・・・カミュ、手伝ってくれますか?」
カミュ「もちろんだ。アフロディーテも飾り付けに参加してもらおう。アルデバランもここに来てもらえるか?背が高くて何かと便利だ」
アルデバラン「俺も便利要員か・・・まあいいがな」
沙織「では私は予算や現場監督やその他の雑務をしましょう。サガ、カノン。手伝ってもらえますね?」
双子『おおせのままに』
沙織「それからムウ、あなたもこちらへ。便利です」
ムウ「来ると思いました。いいですよ、もう・・・パシリにでもなんでもしてください」
そして、残った人間は買い出し組。
瞬「アイオリアにシャカにミロか・・・・んっんっんっ、要するに役に立たない人間ばっかり押し付けられたんだね僕は」
この面子で何をどう相談してプレゼントを買えというのか。
非常に前途多難な瞬であった。
本格的にパーティーの準備が始まった。
城戸邸内大広間では会場コーディネイト班がせいをだしている。
氷河「カミュ。明日降らす雪はこれぐらいでいいですか?」
カミュ「ふむ、量は問題ないが、こんなボタン雪ではすぐに積もってしまうだろう。もっと繊細で細かい結晶を出してみろ、氷河」
氷河「わかりました。・・・・これでどうですか?」
カミュ「まだまだだ。もう一度」
氷河「はい」
アフロ「・・・・君たち。常識外の会話はやめてくれないか?どうして室内に雪を降らせるのだ。しかもなんだか修行っぽいし・・・」
氷河「ホワイトバースデーにしようというささやかなパフォーマンスだ。悪いか」
アフロ「やるなら外でやれ。寒さで飾った花がしおれてしまう。雪は外に降るものだ」
カミュ「・・・そういうお前の方こそ、さっきっからバラの花吹雪をキープしているが、それは何だ?バラは部屋に降るものなのか?」
アフロ「フッ。バラは私に降るものだ。美しかろう?」
カミュ「ならばこちらだって、雪は私たちに降るものだ。とやかくいわんでもらおうか」
アルデバラン「・・・・・なあ、別にお前達に何が降っても構わんが、明日は星矢の誕生日だということを忘れないようにな・・・?」
横からそっと口を出す、天井飾り付け係のアルデバラン。
彼は銀紙で作った星の飾りを眺めながら、いっそ星矢には流星でも降らしてやろうかと思った。
一方その頃、台所では。
紫龍「料理・・・といってもメニューも何も考えていないんだが、どうする?デスマスク」
デス「面倒くせえな。とりあえず、適当に美味いもんつくっときゃいいんだろ?なんでも食いそうだもんな、星矢。おい、シュラ。これ切ってくれ」
シュラ「お、おお」
シュラの刻んだ具材を、端から炒めたり茹でたりし始めるデスマスク。
デス「紫龍、ぼさっとしてないで、その辺からオリーブオイル探してくれ」
紫龍「オリーブオイル?サ、サラダ油とは別物か?」
デス「問題外だ。仕方ねえな・・・じゃあちょっとこの鍋持ってろ。絶対焦がすなよ!」
人のうちの台所はやりづらいったらありゃしない、とぶつぶつ言いながら、彼はオイルを探し出す。
デス「あったあった。紫龍、その鍋はもういいから、あれとあれとこれ、洗っといてくれ」
シュラ「俺は次は何をすれば・・・?」
デス「そこのトマトを湯剥きしてくれ」
シュラ「ゆ、湯剥き?どうやるんだ?」
デス「湯剥きもしらんのか?話にならねえな・・・というか、はっきり言ってお前ら使えん」
紫龍「戦闘時より輝いているぞデスマスク・・・なんでそんなに料理が得意なんだ」
デス「お前らこそ戦闘時よりくすんでるぞ。なんでそんなに料理ができんのだ」
シュラ「一応自炊程度はできるんだが・・・それ以上の技術は3枚おろしぐらいしか」
紫龍「それができれば十分だ。俺は春麗に任せっきりにしていたから何もできん」
シュラ「何も?バカな。この俺が譲ってやったエクスカリバーはどうした。それさえあれば立派に板前としてやっていける!」
紫龍「現実にお前がやっていけてないだろう。とにかく、俺達はロクな手伝いができんということだな。すまん、デスマスク」
デス「いいけどよ。この機会にちったあ覚えろな」
そこへ、呼ばれてこちらへ向かっていた老師と春麗が到着した。
春麗「紫龍、お待たせ!」
紫龍「春麗!ちょうど良かった、手伝ってくれないか?」
春麗「何を?お料理?もちろんいいわよ」
いそいそと手を洗う春麗。その後ろ姿へ、デスマスクが声をかける。
デス「あんた、湯剥きトマト作れるか?」
春麗「湯剥きトマト?当たり前でしょう?作れない人なんているんですか?」
紫龍・シュラ「・・・・・・・・・・・(痛)」
デス「・・・たすかる。手が足りなかったところだ。こっち来てくれ」
春麗「手が足りないって・・・だって、紫龍とこちらの方は・・・」
デス「そこら辺は三枚おろし要員だ。ほっといていい」
春麗「そ、そうなんですか・・・?」
春麗に不思議そうな顔で見られても、言い返せない紫龍とシュラ。
そんな二人のところへ、老師がひょこひょこと近づいてきた。
老師「ホッ、困っておるようじゃな、紫龍よ」
紫龍「老師。湯剥きトマトの作り方ご存知ですか?」
老師「湯剥きトマト?当然じゃ。ワシャなんでもしっとるわい」
紫龍・シュラ『教えて下さい!!』
その後、二人は老師から「湯剥きトマト・中国4千年の秘伝」を習ったという。
街に繰り出した瞬達は、早くも問題を抱えていた。
アイオリア「絶対に食べ物だ!俺はあいつのことは良く知っている!昔から星矢は食い物には目の無い奴だった!」
シャカ「いいや、仏壇だ!!私は星矢のことなど何も知らんが、彼に必要なのは安らぎだ!安らぎといえば仏壇!!常識だろう!?」
アイオリア「お前の常識で他人をはかるな!!仏壇などを送られて喜ぶ13歳がどこにいる!!なあミロ!お前が13歳だったら、喜べるか!?」
ミロ「20歳でも喜べん。だがな、アイオリア。カップラーメン1年分も、なんだか安いクイズの景品みたいでオレ的には微妙なんだが・・・」
シャカ「アイオリアよ。とにかくこの場は引け。さもなければ私は感情に従い、君を倒さねばならん」
アイオリア「単にわがままなだけだろうそれは!!シャカよ、お前こそ引かぬとあらば容赦はせんぞ!」
シャカ「フッ、面白い!」
瞬「全然面白くないよ。いい加減にしないと逆さに吊るすよ二人とも・・・」
目を据わらせて言う瞬からは、すでにネビュラストリームが発散されつつあった。
アイオリアとシャカはしぶしぶ出しかけていた拳をおさめた。
瞬「あのね。あなた達が星矢のことを思っているのはよくわかるよ?だけどね?仏壇やカップラーメンをプレゼントにするぐらいなら、黒ひげ危機一髪を買った方が100倍マシだよ」
ミロ「いや、それもどうかと思う」
瞬「僕は星矢には、もっとあったかい物を送りたいんだ。温度じゃなくて、気持ちだよ?皆はそう思わないの?」
アイオリア「思わないわけがないだろう!?星矢のためにできる限りのことをしてやりたい!だが、何をプレゼントにすればいいのか皆目見当がつかんのだ」
ミロ「なあ、こういうのはどうだ?星矢のことだし、次にまた戦いが起こったら絶対聖衣を壊すだろう?だから、今のうちに皆の献血を瓶詰めに・・・・」
瞬「一人でやってください。ていうか、ミロ、今の僕の話聞いてた・・・・?」
アイオリア「いや!考え方は近い気がする!おい、傷薬セットはどうだ?どんな傷でもあっという間に自分で治療が可能・・・・」
瞬「それってこれから先も傷だらけになれって言うメッセージなんですか?どうしてそういう味も素っ気も無い殺伐としたアイデアしか出てこないの!?」
シャカ「ええい、鬱陶しい!要するに心がこもっていれば良いのだろう?紙を切ってお手伝い券を作ればオールマイティーに適応できる!」
瞬「母の日みたいで絶対いやです。ああもう、だからこのメンバーで買い物来るの嫌だったんだよ・・・・」
身の不運を嘆く瞬。
そんな彼の元へ、突如として現れた人影があった。
貴鬼「あーいたいた!瞬ー!」
瞬「貴鬼!」
どうしてここへ?とびっくりする瞬に、テレポーテーションでとんできた貴鬼はえへへと笑いながら、答えた。
貴鬼「ムウ様がね、『あの面子では絶対にまともなプレゼントは買えないだろうから』って、オイラにも協力するようにおっしゃったんだよ」
瞬「そうか!信用無いんだね!助かるよ、貴鬼」
貴鬼「ねえ、プレゼントは決まったの?」
瞬「もちろんまだだよ。貴鬼はなにか、いい考えある?」
貴鬼「オイラ?えーと・・・・そうだなあ・・・・」
貴鬼はしばらく小首をかしげて考えた。
そして、
貴鬼「オイラ、オモチャがいいとおもうな!」
シャカ「玩具だと?それはお前の欲しい物だろう」
瞬「仏壇を選んだあなたにそれをツッこむ権利はないよ。貴鬼、どうしてそう思うの?」
貴鬼「だって、星矢っていっつも闘ってばっかりだったし・・・あのさ、なんていうか、『遊んでもいいんだよ』っていうのって、今まで誰も言ってあげなかったような気がするんだ。星矢だって、まだ子どもだもん。遊んだっていいじゃん。ね?」
ちょっと照れたような顔をする貴鬼。
貴鬼「それにさ!星矢、よく星の子学園に行くから、ラジコンとかあったらあっちの子供たちとも一緒に遊べるし、皆が喜んだら星矢だって喜ぶよ!オイラそう思うな!」
瞬「貴鬼・・・・・・・・・・」
瞬はしばらく喉を詰まらせて沈黙した。
が、やがていきなり黄金聖闘士達の方を振り返ると、
瞬「皆聞いた!?僕はこういう答えを望んでいたんだよ!!それが何!?皆して仏壇だの傷薬だの献血瓶だの黒ヒゲ危機一髪だの!!あんまりじゃないか!!」
ミロ「いや、黒ヒゲ危機一髪はお前が・・・」
瞬「最低だよあなた達!カップラーメン一年分なんて、足元にも及ばないよ!」
貴鬼「オ、オイラのいない間に一体どんなラインナップが組まれてたの・・・?」
瞬「もう誰にも文句は言わさない!オモチャ屋さんに行くからね!」
黄金『は、はい』
こうして、紆余曲折を経た挙げ句ようやく星矢のプレゼントが決定した。
しかし彼らは気づいていない。
黒ヒゲ危機一髪はれっきとしたオモチャだということを・・・
デパートのオモチャ売り場へやってきた瞬達一行。そこでまた新たな問題が発生した。
彼らは色々迷った末、最新のラジコンカーを買うことにしたのだが・・・・
瞬「・・・・・お金が足りない」
一同「・・・・・・・・・・」
瞬「誰か持ってないの?皆、財布は?」
誰も持っていなかった。
瞬「どうして!?どうして二十歳の男が財布の一つも持たずに買い出しに来るわけ!?そんなことだから彼女ができないんだよあなた達!!」
貴鬼「瞬、オイラいちおう、お小遣いの300円はもってるけど・・・足りない・・・よね?」
瞬「消費税にも満たないよ。まあ僕もうっかりしてたけど・・・沙織さんにもらってくるんだったな」
貴鬼「オ、オイラちょっと行ってこようか!」
貴鬼が急いでそういって、テレポーテーションしかけた時だった。
彼が消える代わりに、逆に誰かが降って沸いた。
一輝「瞬。困っているようだな」
一同『兄さん!』
一輝「いや、そんな全員から兄さんよばわりされる覚えは・・・・」
瞬「ごめん兄さん!金貸して下さい!!」
一輝「・・・・・・;」
ある意味、今までで一番必死とも言える瞬の叫びであった。
一輝「どれぐらいいるのだ?」
瞬「どれぐらい持ってます?」
きくと、一輝は懐からぽんと札束を取り出し、
一輝「好きなだけ使え」
アイオリア「むう、さすがはフェニックス一輝。噂に聞いた以上の男だ」
瞬「・・・ちょっと待って。兄さん、あなた僕の前から消えてる間、一体どこで何をして・・・・」
一輝「気にするな。取っておけ。餞別だ」
瞬「餞別!?」
ミロ「なあ・・・これ、結構やばい金なんじゃ・・・・」
シャカ「問題ない、使ってしまえ。社会還元するのが一番だ」
瞬「・・・・ごめん、貴鬼。やっぱりひとっ走り沙織さんとこに行ってきてくれるかな。兄さん、これ返します。だから兄さんももとあった場所に返してきて下さい」
一輝「・・・そうか」
なぜか反論一つせずに背を向ける一輝。
ほんとに一体何の金だ。
その背中に向かい、瞬は呼びかける。
瞬「兄さん!明日は星矢の誕生日なんだ!お嬢さんのお屋敷でパーティーをするから・・・兄さんもきっと来てね!待ってるから!」
一輝「・・・・・」
無言のまま、一輝は去っていった。
アイオリア「・・・・なんだったんだ」
彼らはその後しばらくして貴鬼が持って来た城戸の資金により、無事にプレゼントを購入したのであった。
城戸邸の執務室では沙織とサガ、カノンが準備の進行状況の把握に努めていた。
サガ「台所班はもうそろそろ終わるようです。今日は仕込みだけなので、本格的な料理は明日当日とのこと。が、この後『老師・デスマスクによるお料理教室』が開かれるそうです。黙認しといていいのでしょうか」
沙織「・・・まあいいでしょう。好きにさせておきなさい。カノン、会場のセッティングはどうなっています?」
カノン「大広間の分は終わりました。明日は氷河とカミュが雪を降らすそうです。ほどほどにするように言っておきましたが・・・あと、広間の天井にくすだまが3つほど出現しております。責任者のアルデバランの話では、流星を降らすためだそうです。花は薔薇オンリーになっていましたが、それなりにきちんとコーディネイトされていました」
沙織「そうですか。皆さん頑張ってくれているのですね」
沙織は嬉しそうに微笑んだ。
サガがカノンを振り返った。
サガ「それにしてもカノン。おまえがこんな現場指導の役目を果たせるとは思わなかったぞ」
カノン「フッ、甘く見るな。俺だって13年間、海底神殿の経営に努めてきた男だ。予算のやりくりの仕方ぐらい心得ているさ」
沙織「まあ、頼もしい」
13年間教皇職についてきた男と、13年間海界の実力者をやってきた男と、13歳にしてグラード財団を経営する女。
かなり最強なユニットではある。
ムウ「ただいま戻りました。遅くなって済みません。足りなかった物資の購入は全て済ませました。それぞれの部所に渡しておきましたので」
サガ「すっかりパシリ役が板についてしまったなムウ・・・ところで、買い出し班の方はどうなっているか、貴鬼から連絡は?」
ムウ「さっきありました。問題は片付いたようです。心配しないでいいとのこと」
カノン「やはり発生していたのか問題。貴鬼をやって正解だったようだな」
沙織「何はともあれ、それぞれ順調ですね。プレゼント、料理、会場セッティング。忘れてることはもうありませんね?」
沙織は指を折って数え、にっこりする。
沙織「あとは明日のパーティーを待つだけです」
・・・・・・だがそうではなかった。彼女は一つだけ忘れていた。
星矢を招待することを。
それに気づいたのは翌日の昼頃、「ねえ、星矢はいつ来るの?」という貴鬼の無邪気な質問が炸裂してからであった。
ムウ「・・・・・今日は来られないかもしれません」
テレポーテーションを駆使して伝令に走ったムウが浮かない顔で帰って来るなりそう言った。
ムウ「一応、来て欲しいとは伝えましたが、星矢は美穂さんと一緒にいましたので。星の子学園の方々に誕生日を祝ってもらっているようでした。となると・・・」
たぶん、今日はムリだろう。
沙織ががっかりした顔で呟いた。
沙織「私が悪かったのです。よりによって主賓を招くのを忘れるなんて・・・」
サガ「・・・それは言わない約束です、アテナ」
カノン「ていうか・・・元教皇と元海王補佐と現役女神が揃ってて、この間違いはありえない・・・・」
皆それぞれどうしようもなく落胆している。
デス「せっかく作った料理がパアか。やってらんねえな」
紫龍「言うな、デスマスク」
瞬「でも、明日でもいいよね?明日なら星矢も来られるよ。ね!」
瞬が空元気をだすものの、やはり誕生日は当日に祝いたいというのが人の本心であろう。
沙織「・・・本当にすみません、皆さん。私がもっとしっかりしていれば」
ミロ「アテナ。あなただけの責任ではありません。私たちこそ、うっかりしてました」
アフロ「『うっかり』ですむような問題では無い気もするが・・・まあ連帯責任だな」
サガ「今更言っても始まらない。パーティーは明日、仕切りなおすということに・・・・」
サガが言いかけた時だった。
玄関のチャイムが鳴った。
一同『星矢か!?』
瞬「見てきます!」
ダッシュで飛んでいく瞬。彼が期待の笑顔でドアを開けると・・・・・
瞬「・・・・・なんだ。兄さんか」
一輝「・・・来いと言われたから来たのに、その反応はどういうわけだ・・・・?」
いまだかつてなかった弟のがっかり反応に動揺を隠し切れない一輝。
そんな彼も、事情を聞くと顔を曇らせた。
一輝「なるほど、そういうことか。・・・落ち込むな、瞬。今日は俺も手伝うから、気を取りなおして明日に備えよう」
瞬「うん・・・そうだね、兄さん」
瞬が呟き、まわりの一同も肯いたものの、やはり気分は乗らないままであった。
その頃。星の子学園ではいきなり現れて消えた「丸い眉毛の人」の話で子供たちが盛り上がっていたが、騒ぎの片隅で美穂が星矢の袖を引っ張っていた。
美穂「星矢ちゃん、さっきの人、星矢ちゃんに何か用があったんじゃないの?」
星矢「うーん、なんかよくわかんないんだよな。沙織お嬢さんの屋敷に来いって言っただけで・・・でも、急を要するような話じゃないから、今日が駄目なら明日でいいってさ」
美穂「そう・・・・」
少女はちょっとうつむいて考えた。
言おうかいうまいか、悩んで、だが結局言うことに決める。
美穂「・・・行った方がいいと思うわ」
星矢「え?」
美穂「あのね、こういうことは言っちゃったら駄目なのかもしれないけど、沙織お嬢さん達も、星矢ちゃんのお誕生日をお祝いしてくれようとしてるんだと思うの」
星矢「え?俺の?」
美穂「うん。星矢ちゃんが来なかったら、きっとがっかりするわ。私、沙織お嬢さん好きじゃないけど・・・でも気持ちはわかるから」
学園の天使はにっこりと微笑んだ。
美穂「だから行ってあげて。ね?星矢ちゃん」
星矢「でも・・・」
星矢はまわりの子供たちと美穂とを見比べた。
星矢「美穂ちゃんやここの皆だって、誕生日のお祝いしてくれてんのに、途中で抜け出すなんてさ」
美穂「いいの。だって私たちはもう、星矢ちゃんにおめでとうって言えたもの。朝から今まで、ずっと一緒にいれただけで十分よ。独り占めしちゃ悪いわ」
星矢「美穂ちゃん・・・・」
美穂「お願い。行ってあげて、星矢ちゃん」
星矢「・・・・・・ああ!」
星矢は肯いて、駆け出そうとした。その背後から、慌てたような美穂の声がかかった。
美穂「あ、ごめん、ちょっと待って、星矢ちゃん」
星矢「っとと・・・?」
美穂「これ、私からのお誕生日プレゼント!」
そういって頬を赤らめた彼女がふんわりと投げかけてくれたのは、あたたかい手編みのマフラーだった。
美穂「風邪、ひかないでね」
優しい微笑みと言葉で、星矢を送り出してくれたのだった。
瞬「星矢!?」
城戸邸に入って行くなり、瞬が飛び出すようにして迎えに出てきた。
続いて、ダース単位の男達が光の速さで詰め掛けた。
アイオリア「来てくれたのか星矢!」
サガ「良かった!一時はどうなることかと!」
星矢「な、何だ?何があったんだ?」
紫龍「いや、何でもないのだ。来てくれて嬉しいぞ、星矢」
ほとんどもみくちゃにされんばかりの勢いで、星矢は大広間まで運ばれていく。
綺麗に飾りつけられた広間を見て、少年は目を丸くした。
星矢「これ・・・・」
氷河「お前の誕生日パーティーだ。苦労したぞ、いろいろと」
デス「遅ぇんだよ。もう少しで料理全部捨てるとこだったんだからな」
星矢「そっか・・・・美穂ちゃんの言ってたこと、大当たりだったんだ」
瞬「美穂ちゃん?あ、そう言えば星矢、星の子学園の人たちは・・・・?」
星矢は自分がここに来るに至ったいきさつを説明した。
一同、しばし無言。
それから、貴鬼が小声で言うのが広間に響いた。
貴鬼「ムウ様、あのね?美穂さんをね、ここに連れてきちゃ駄目かなあ」
沙織がすぐに答えた。
沙織「駄目なわけありません。貴鬼、お願いです。今すぐ彼女をここへお呼びして」
貴鬼「はいっ!」
ムウ「ああ、待ちなさい、貴鬼。私も一緒に行きましょう。あなた一人じゃ、あそこの子供たちまで連れて来るわけには行かないでしょうからね」
微笑んで、ムウが貴鬼の手を取り宙に消える。
星矢「なんだかめまぐるしいな。お嬢さん、俺の誕生日パーティーって、ほんとかよ」
沙織「あら、すぐにわかりますよ」
沙織はいたずらっぽく微笑んだ。
外は静かに雪が降り、室内はほのかに料理とバラの香り。天井ではくすだまが割られるのを待ち、部屋の片隅にはプレゼントが隠されている。
パーティーは、やがて幸せに幕を開けようとしていた。