星矢がその噂を聞いたのは、久しぶりに来日した紫龍と共に星の子学園を訪れた時のことだった。

星矢・紫龍『グラードコロッセオに幽霊が出る?』
子供「そうだよ!俺見たもん、死んだセイントの幽霊が出るんだよ!」
美穂「!ちょ、ちょっとあなたたち、その話は・・・!」

 美穂が慌てて子供達の口を押さえにかかったものの、遅かった。星矢と紫龍はしっかり聞いてしまって首をかしげている。

星矢「今の話本当かよ美穂ちゃん」
美穂「う、噂よ噂!だって、なんだかんだ言ったって、あの時の大会で亡くなった人はいなかったっていうし、幽霊なんているわけ・・・」
子供「見たんだってば!クロスだって着てたし、絶対セイントだよ!」
美穂「もうあっち行きなさい!」
紫龍「ちょっと待ってくれ。君、その聖闘士の幽霊だが・・・・金色のおじさんだったか?だったら話は早い、何しに来たのかは知らんが
子供「ううん?おじさんじゃないよ、星矢兄ちゃんとおなじくらいの人だよ」
星矢「俺と同じ?邪武とか?」
子供「幽霊だよ!」

 あくまで言い張る子供を美穂がとうとう追い出して。
 星矢と紫龍は顔を見合わせた。

紫龍「どうも気になる話だな」
星矢「ちょっと見に行ってこようぜ紫龍」
美穂「!ダメよ!」
星矢「?なんでさ美穂ちゃん?」
美穂「だって・・・だって、見に行って星矢ちゃん、それでまた戦いに巻き込まれでもしたら・・・わたし・・・」
春麗「わかるわ美穂さん!!」

 うつむきかけた美穂の両手を横合いから音を立てて握ったのは、紫龍のつきそいでやってきた春麗である。

春麗「もう毎回毎回毎回そうよ!何度言っても言っても言っても聞いてくれなくて!好きな人を待つしかないってどれだけ辛いかちっともわかってくれないのよ!でも今日ばっかりは許さないわ紫龍、ただの幽霊ならまだしも聖闘士なんでしょうその幽霊!?ろくなことになりゃしないわ!!」
紫龍「まだそうと決まったわけではな・・・よしわかった、5時には帰る。夕方の5時にはここに帰るから!ちょっと見てくるだけだ春麗!」
星矢「そ、そうだよ美穂ちゃん、俺別に今回は闘いに行くわけじゃないんだぜ!ちょっと見てきて、そうだ買い物してくるよ!ハーゲンダッツ買ってくるからさ!」

 ほとんど拝み倒さんばかりの二人。
 もはや別にそこまで幽霊に興味があるわけでも無かったが、手に手を取り合って背景に般若の小宇宙を浮かべている女子からとにかく逃げたかった。
 絶対5時よ!約束よ!破ったら怒るから!
 畳み掛けられる念押しにひたすら頷き、彼らは学園を後にした。
 午後1時をいくらか過ぎたあたりでの出来事であった。





紫龍「グラードコロッセオか。久しぶりに来てみると懐かしいな」

 かつての最新建築を眺めながら紫龍が言う。
 10万人収容の客席、いくつもの巨大スクリーンと高性能コンピューターの生み出すグラフィックでまばゆいばかりだったドームも、今は見る影も無く崩れた廃墟と化していた。
 時と共に朽ちたのではない、白銀聖闘士が人力でぶっ壊したのだという経緯を思い出し、複雑な気分になる二人である。

星矢「感慨にふけってる場合じゃないぜ、紫龍。早く用を済ませてハーゲンダッツ買って帰らなきゃなんないんだ。どうだ、何かおかしな小宇宙は感じるか?」
紫龍「特に気になるようなものは無いが・・・時間はまだある。とりあえず一周まわってみるぞ星矢」

 静まり返った建物の中を足早に巡る。かろうじて屋根が残っている箇所もあれば、すっかりぶち抜きで空が見えてしまっているところもある。荒れ果てた銀河戦争の残骸には、しかし怪談の舞台になるような湿っぽさは無かった。どちらかと言えばこの建物なりに役目を終えた清々しさのようなものすら感じられる。
 幽霊の噂がたつような雰囲気ではない。となると、子供が見たのは噂ではなく、本当に・・・

星矢「!待て、紫龍」

 星矢が足を止めた。
 ところどころ行く手を遮る瓦礫を乗り越えながら、ちょうど入り口の真反対側まで回った時だった。

紫龍「どうした!?」
星矢「みてくれ。この傷は新しいぜ」

 指差す壁にはっきりとそれはあった。

紫龍「な・・・なんだこの拳とするどい爪でえぐったような亀裂の跡は!?」
星矢「こ・・・これは白鳥星座の大十字架のかたち・・・!?では、氷河がこの壁にきざんだと言うのか・・・?」
紫龍「そういえば氷河はどうしている?日本にいるのか?」
星矢「いるわけないだろシベリアだよ。聖戦が終わった今、少しでもMAMAの近くで生活することしか考えてないぜあいつ」
紫龍「そ、そうか。なら、これは一体・・・・?」

 紫龍が亀裂をそっと指先でなぞろうとした時だった。

星矢「!!」
紫龍「よけろ星矢!!」

 轟音と共に壁が砕けた。
 瓦礫が頭上からなだれかかり、拳大の飛礫が頬を掠める。
 間一髪大きく飛びのいてダメージをかわしたものの、こんな爆発でもしたかのような衝撃は絶対に自然の物ではありえなかった。
 今ははっきりとわかる。ここには誰かがいる。

星矢「くそっ、やっぱり聖闘士か!?」
紫龍「おい星矢、見ろ!これは・・・!」
星矢「結晶・・・雪の結晶だ!!」
紫龍「むう、黒い雪の結晶とは・・・氷河ではないな。この技は、おそらく・・・・あいつだ!あいつ、そう、あいつだ星矢!!」
星矢「わかってるよ俺だって!あいつだろ!?名前出てこないけど氷河の黒い奴だろ!?
紫龍「そうだ!氷河の黒い奴だ!黒い白鳥座のあいつだ星矢!」
星矢「黒い白鳥座のあいつだよな紫龍!あの黒いはくちょ・・・」
黒スワ「くどいわ」

 バアアアアアン!!

 黒い吹雪が埒のあかない会話を終了させた。
 コロッセオの中央まで吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた二人である。

星矢「がっ!」
紫龍「ぐっ・・・!」
黒スワ「何度繰り返せば気が済むのだ。つうか黒い白鳥座とまで言いながらどうして暗黒スワンを思い出さんのだ貴様ら」
紫龍「おお、それだ!暗黒スワン!すまない、お前だけ『暗黒+メイン青銅の星座名』の形式を守っていないので!」
星矢「ああ、俺も思い出した。あんまりにも初期の登場人物なんで忘れてたぜ名前!おい、暗黒スワン、お前がなんでこんなところにいるんだ!」

 暗黒スワンはフル装備であった。
 見れば見るほど、なんでこんなところにいるんだプラスなんでそんな格好してるんだプラスなんでこんなことするんだ、と聞きたいことが湯水のように沸いてくる状態である。
 彼は異様に緊迫した小宇宙を張り巡らせたまま二人を睨み付けた。

黒スワ「貴様ら、奴の手先か」
星矢「へ?」
黒スワ「奴に命じられ俺たちを抹殺するためにきたのだろう。フ、あいにくだがそうむざむざと討たれてやるわけにはいかん。くらえ!ブラックブリザー・・・」
黒ドラ「待て!」

 覚えのある声だった。

黒ドラ「何者かと思えば・・・紫龍!紫龍ではないか!暗黒スワン、拳を引け。この男は信じられる」
黒スワ「・・・信じられると言ったって、俺たちの側から信じられるとは限らんぞ。奴の手先には違いあるまいからな」
紫龍「ま、待ってくれ。話がまったく見えない。俺たちはただ、ハーゲンダッツを買いに行く途中でここに立ち寄っただけだ。他に大した用も無いし、見ての通り聖衣すら持っていないのだ。お前達の言う『奴』とやらが誰だかも皆目わからん。ましてや暗黒ドラゴンには恩義さえある身だ、抹殺などするはずもなかろう」

 相手の迷いを天恵とばかりに言い募る紫龍。両腕を開いて戦意の無いことを示す。
 暗黒スワンはそれでもしばらく猜疑の目でこちらを眺めていたが、やがてホッと息を吐いて呟いた。

黒スワ「ハーゲンダッツ、か・・・」
星矢「繰り返すのそこかよ」
黒スワ「その名を出されては氷の聖闘士として退かぬわけにはいかんな・・・もっとも、ラムレーズン味なら話は別だが」
紫龍「抹茶一本勝負!」
黒スワ「フッ、暗黒ドラゴン、確かにこの男は信用できるようだ。そっちの貴様は?」
星矢「え、俺も参加するの?あー、俺はクッキー&クリームが好きだけど」
黒スワ「ガキが。・・・まあいい。貴様らは本当に敵ではないようだ。」
紫龍「良かった・・・」
星矢「・・・・・・・」
黒スワ「おい、お前らも出てきて良いぞ。こいつらは奴とは無関係のようだ」

 やっぱり他のもいるのかとは思ったものの、星矢も紫龍も一応そこはびっくりした顔をしておいた。
 瓦礫の向こうから、暗黒ペガサス、暗黒アンドロメダが姿を現した。

黒ドラ「ちなみに私の兄もその辺にいる。あまり前面に出てきたくない性格でな、気にしないでくれ」
紫龍「了解した。それはとにかく、こちらの質問に答えてくれるか。お前達、なんでこんなところにいるのだ」
黒ペガ「フン、話せば長くなるぞ。そうだな・・・まずは、お前達の身代わりにされてボコられて埋められてかなりのところまで死んでいたがなんだかんだで奇跡の復活、故郷デスクイーン島に帰ろうとしたものの一輝様が行方不明で帰りの旅費も無く飲み屋のバイトで凌いでいた・・・そんなところから始めるとするか」
星矢「全部終わっただろ今ので。次の質問いくぜ。『奴』って誰だよ?」
黒メダ「奴・・・は・・・・」

 暗黒聖闘士達の顔色が目に見えて変わった。

黒メダ「・・・・刺客だ」
紫龍「刺客?」
黒メダ「俺たち暗黒聖闘士は聖闘士の名こそ冠しているが、やっていることは女神の意にそぐわぬ暴力と破壊だ。欲望のみが俺たちの信条。・・・もっとも、遡ればその昔、とある聖域関係者が聖闘士たちの過度の滅私奉公と自己犠牲精神に疑問を感じて立ち上げた労働組合がそもそもの発祥だともいうが、定かではない」
星矢「いや嘘だろ絶対」
黒スワ「ともあれ、聖域にとって聖闘士そのものの評判を落とす俺たちは迷惑以外の何物でもない。大分前に一度俺たちを誅殺しに来たが、そのときは一輝様の説得によって帰ったと言う。俺たちがデスクイーン島という偏狭の地に封ぜられていたためもあるだろう。だが・・・こうして日本進出を果たしてしまった今、奴は再び断罪のために俺たちを追い始めたのだ」
紫龍「なるほど・・・つまりは聖域の意志というわけだな?だが、お前達も今はもう悪事を働いてはおらんのだろう?バイトもしているというし
黒メダ「まあな。腹が減ったらいつでもコンビニに行って適当に買ってくればいいという環境にいると人は堕落するものだ。こんなことではいかんと思うが、季節販売のおでんが美味くて」
星矢「いいんじゃないかそれはそれで。けど、そういうことならもうお前らには命狙われる理由なんてないじゃん。聖域に言ってやめてもらおうぜ」
黒ペガ「できるのかそんなことが!?」
紫龍「ああ。幸い俺たちは向こうに知り合いがいる。事情を説明してサガに頼めばおそらくは・・・・」

 その時だった。
 突如として、コロッセオ全体を押し包む強大な小宇宙が現れたのは。

星矢「なっ・・・・!!」
紫龍「なんだこの小宇宙は!?」
黒ドラ「奴だ!奴が来た!!」
星矢・紫龍『!?』

 小宇宙は渦巻き、うねり、やがて収縮して人の形となる。
 そう、見知った顔だった。

シャカ「見つけたぞ暗黒聖闘士の諸君」
星矢「ごめんお前ら、これは無理だ。これは無理だわ、これは無理」
黒ペガ「そんなにか!?3回も繰り返すほど無理なのか!?お前たった今、聖域に言ってやめてもらうって!!」
星矢「言われてやめるような奴じゃねえよ!つうかお前らも先に言えよシャカだって!!」
黒ドラ「くっ、こうなったらやるしかないのか!?ええい、受けてみろ、でやああああっ!!
紫龍「!!よせ暗黒ドラゴン!!必殺技すら無いお前に勝ち目があるわけが・・・!!」

 パアアアアアアン

黒ドラ「なにい!?な・・・なんだこれは・・・なにか空気の圧力みたいなものがオレの拳を止めている」
シャカ「フッ、この程度の拳で大きな顔ができるとは暗黒四天王とやらもたかがしれているな。そら!もうすぐ聖衣を通してきみの拳の皮が破れるぞ」
黒ドラ「ぐっ、うっ」
シャカ「皮の次はがとびちる!その腕も粉ごなになり、最後には君そのものがなくなるぞ!」
黒ドラ「うああーっ!!!」
紫龍「おい、なんか俺たちとやった時より凶悪にパワーアップしていないかシャカよ」
黒メダ「くっ、今度は俺が相手だ!暗黒流牙星雲!!」

 ピタッ

黒メダ「な・・・なに、蛇が攻撃をやめた!?」
シャカ「カーン!」
黒メダ「な・・・うわあ!うう・・・こんなバカな・・・蛇が俺自身に攻撃してくるなんて・・・ぐうう、か、体がくすぐったい!!」
シャカ「フフフ、自分の蛇にくすぐられる気分はどうかな」
紫龍「少なくともそんなもの見せ付けられてる俺たちの気分は最悪だがな」
シャカ「さて・・・またわたしがひと声するだけで今度はきみの首がおちるが」
星矢「なんでだよ。なんで今の流れで首が落ちるんだよ」
シャカ「いくかね?ポトリと」
紫龍「待て!もういいだろうシャカ!!礼儀が悪かったのなら謝る!謝るから自制してくれ頼む!!」
シャカ「・・・・フン」

 ドシャッ!!

黒ペガ「大丈夫か暗黒アンドロメダ!」
黒メダ「うう・・・なんとか首はつながっているぜ・・・」
シャカ「次は誰の相手をすればいいのかね?そっちの二匹とコソコソ隠れている一匹は何もしないのか?フ、少しは利口なようだ」
黒ペガ「おのれ、馬鹿にしおって・・・!!」
星矢「やめろ暗黒ペガサス!もうわかっただろう、こいつの理不尽な強さ!!サガとシュラとカミュのアテナエクスクラメーションくらっても見開き背負って辞世の句書けた奴なんだぞ、俺たちなんかアテナエクスクラメーションでアテナエクスクラメーション組んでも勝てねえよ!よくて背景の大仏が目から鼻血吹くだけで終わる!ましてや、直ちに人体に影響は無い程度のお前の技なんか!!」
黒ペガ「腹立つなお前・・・」
紫龍「と、とにかく、望みがあるとすれば話し合いで引いてもらうことだ。人の話を聞く奴でも無いが・・・やるだけのことはやってみよう。シャカ!」
シャカ「なにかね?」
紫龍「暗黒聖闘士たちはすでに悪事を捨てた身だ!改心してこの国で平和に暮らしているというのに、なぜつけ狙う!あなたほどの神にちかい力を持つ男が彼らの本質をみぬけぬわけがあるまい!」
シャカ「・・・・・」

 シャカはしばらく表情を変えずに沈黙した。そして、

シャカ「どうやら次の相手は決まった。二度と口をきけんようにしてやる!」
星矢「待てええええええ!!!!どっちかっていうと褒めてるのに何が気に障ったの今ので!?暗黒聖闘士は俺たちとの戦いで既に一度は死んでる身なんだぜ、聖域はそんなにまでしてこいつらを殺したいのかよ!」
シャカ「聖域の意向など知らん。このシャカが見た暗黒聖闘士は悪だ」
星矢「単なるあんたの主観じゃねえか!!」
シャカ「そんな不遜な言葉を吐いていいのかね。みたまえ君たちの周りを・・・既に地獄にはいっているぞ。暗黒聖闘士の犯行現場にな!」
暗黒『なっ!』
星矢・紫龍『これは・・・!』

 うろたえ、辺りを見回せば、そこにはもはやグラードコロッセオとはかけ離れた光景が広がっていた。
 疲労と虚脱に表情を失った人々の顔、背もたれに体を預けたまま死んだように眠るサラリーマン、そしてどこまでも続くかに思える車両・・・

シャカ「JR中央線快速・・・朝の通勤ラッシュ時には乗車率200%を超え、夜の帰宅ラッシュ時には精神を破壊された企業戦士の亡霊どもがさまよう正に修羅地獄と呼ぶにふさわしい場所だ」
星矢「そういうこと言うなよ皆頑張ってるんだから・・・」
シャカ「おや、むこうにいるのはきみたちではないかね?」
黒スワ「な・・・なに!?むう・・・あ、あれは・・・」

 あれは暗黒スワン、暗黒アンドロメダ・・・こ、この俺達だ!この俺達が優先席付近にたむろしている姿だ!!

黒ペガ「そ、そして俺達が手に持っていじっているあれは・・・」
黒ドラ「あ、あれは・・・!」

 あれは・・・携帯電話だ!!

暗黒『ううわああああーーーーーーっ!!!!』
星矢「何でだよ!!!!!どうでもいいだろ、何にそこまでダメージ受けてるのお前ら!?」
黒スワ「く、くそっ、地方からの上京当時、ラッシュを見て祭でもあるのかと勘違いした恥ずかしい記憶が・・・うわああああーっ!!!」
星矢「知るかよ!!!!」
シャカ「ペガサスよ、どうでもいい、と言ったな?君はどうもマナーというものを知らんようだね」
星矢「い、いやわかってるけど!優先席付近で携帯いじっちゃダメなのはわかってるけど!殺されるほどの事じゃないだろって意味で!!」
シャカ「わかっておらんな。こやつらの罪はこんな物ではない。他にも、ドリンクバーだけでファミレスに長時間入り浸る、朝出すのが面倒なので夜のうちに収集場にゴミを置く、ペットボトルと蓋を分けないで捨てる、など数え切れんほどの悪事をおかしているのだ。紛れも無いアテナへの反逆。潰すべきではないか?」
星矢「それ潰してたら日本に人間残らねえよ!!つうかそんなアテナはハーデス以下だろうが!!!!」
シャカ「歯向かうつもりかね、この私に」
星矢「いや、ちょ・・・・ええええええ!?」
シャカ「もはや問答は無用。悪をかばいだてする君らもやはり悪だ。死んでもらうぞ。天魔降ふ・・・」

「待って!!!!」

 澄んだ声はコロッセオの入り口から聞こえた。
 色んな意味でのシャカの派手さに気をとられていた一同が我に返って振り向けば、こちらに向かい懸命に走りくる少年が一人。

瞬「星矢!紫龍!大丈夫!?」
星矢「瞬!?」
紫龍「お前、どうしたんだこんな危険なところに!」
瞬「だって家にいたらシャカの小宇宙を感じたから・・・君たちが闘っているのがわかったんだもの、放っておけなくて!・・・ところで氷河はどうしたの?前もいなかったけど今回もいないの?また氷の中なの?いつもいないねシャカの時」
紫龍「いや、あいつは今シベリアに帰省中で・・・まあそれもある意味氷の中なんだが」
瞬「何があったの?シャカが来るぐらいなんだから、よっぽどのことがあったんだよね星矢?」
星矢「う・・・・うん、まあ・・・・・シャカが来てからがよっぽどのことだよ」
紫龍「じ、事情を説明している時間は無いんだ瞬。シャカが暗黒聖闘士を誅殺しに来たんだが、俺達はこいつらを守りたいのだ。それが色々こじれてこんな風にな」
瞬「そうなんだね。わかったよ、何言っても無駄だったんだね。はぁ・・・仕方ない人だな本当に・・・」

 瞬はため息をつくと顔を上げてシャカをまっすぐに見つめた。
 シャカの表情は変わらなかったが、しかしいくらかその雰囲気が緩んだように思える。彼は言った。

シャカ「話は済んだのかね。私は君の命までとるつもりはない。消えたまえ」
瞬「お願いです。誅殺なんてやめてください。暗黒聖闘士たちはもう悪い人じゃないんです」
シャカ「ほう?今来たばかりで何も知らない君がなぜそう言い切れるのかね?」
瞬「確かに僕は何もしらない・・・知らないけど・・・」

 ぐああああ目の前に老人と言えないこともない年齢の人が立っていながら「すぐ降りますから」とか切り替えされたらどうしようと思う臆病さ故に席を譲れなかった記憶がああああああ!
 うああああ店側のミスで注文と違う物を持ってこられた時にたまたま虫の居所が悪く「これでいいですよ」が言えずに突っ返し、料理を無駄にさせてしまった記憶があああああ!

「いい人なのはわかります!今時僕でも後悔しないよこんなこと!」
シャカ「フン、『いい人』ならば悪事に無縁だと考えている君は、まだまだ善悪というものがわかっていないようだ」
瞬「それは、神に近いといわれるあなたに比べれば僕なんか・・・でも、一つも悪事をおかさないで生きられるはずが無いということはわかっています!僕はその上で彼らを助けたい。あなたを絶対に止めて見せます!」
シャカ「君にできるのかね」
瞬「できます。少なくとも・・・」

 と、瞬はポケットからその小さな機器を取り出してシャカの眼前につきつけた。

「アテナに電話をかけることぐらいは。あ、僕スマートフォン買ったんだよ星矢、紫龍。あとで番号教えるね!」
星矢・紫龍『・・・・・・・』
瞬「シャカ。僕ははっきり確信してるけど、沙織お嬢さんはこういう面倒望んでないよ。アテナが止めたらさすがにあなたも退くよね」
シャカ「・・・・君は私を脅迫するつもりかね」
瞬「脅迫じゃないよ。無駄に争わずアテナの判断を仰ぎましょう、と言っているんです。わかりますよね?あなたなら」
シャカ「・・・・・・・・・」
瞬「もちろん、タダとは言いません。今は僕にも兄さんの行方がわからないけれど・・・でも兄さんの携帯電話も契約済みです。今度会えたら渡すつもりでいるので、あなたにも番号教えておきます」
星矢「おい瞬」
瞬「大丈夫だよ星矢。兄さんは着拒のやり方とかわからないタイプだし、僕からあげたもの捨てたりしないと思うし、念のため待ち受け写真も僕にしたから」
星矢「そうじゃなくて。勝手に教えていいのか。よりによってシャカに」
「いいよ遊んでくれる人がいる方が。シャカ、これからも兄さんをよろしくお願いします」
シャカ「・・・・・・・・・」

 シャカはしばらくそのまま無言で瞬と対峙していた。
 にらみ合うという風でもなく、何かを考えているようである。
 やがて、口元に小さな笑みを浮かべた。

シャカ「・・・・・どうやら君にはわかっているようだな」
瞬「・・・・・」
シャカ「よかろう。今回は引いてやる。一輝の番号をよこしたまえ
瞬「ちょっと待って今書くから・・・・言っとくけどすぐにかけてもまだ兄さんに渡ってないからね。渡したら連絡します」
シャカ「ふむ」

 シャカにメモ書きを渡す瞬を、星矢と紫龍は止められなかった。
 数分の後、来たときと同じ迫力で強大な小宇宙は去っていったが、後には晴れ晴れとした笑顔の瞬と、些細な罪悪感に慟哭を続ける暗黒聖闘士、そして一輝になんて言おうという重大な罪悪感に苛まれる少年が二人、残されたのだった。





瞬「・・・シャカは暗黒聖闘士を殺すつもりじゃなかったと思うよ」

 コンビニでハーゲンダッツの見繕いを手伝いながら、瞬がぽつりとつぶやいた。

星矢「え?」
「あ、ラムレーズン。これおいしいよね」
紫龍「瞬、シャカが暗黒聖闘士を殺すつもりではなかったとは一体?」
瞬「あの人兄さんに会いたかっただけだよ。何回か僕のところにも連絡が来たけど、僕もわからなかったから。だから兄さんの昔の知り合いに聞きに行ったんじゃないのかな」

 ・・・・・・

星矢「そんな・・・・だったらなんであんな恐い感じで・・・」
瞬「暗黒聖闘士が早とちりして出会いがしらに攻撃とかしたんでしょう。シャカは神に近い人だからね。失礼なことすると祟るんだよ。最後の方は自分でも何しに来たか忘れてたんじゃないかな」
紫龍「そ、そうか・・・・」

 言われてみれば確かにシャカは一度もその目的を口にはしなかったような気がする。
 そんなことだったのか、と全身から力が抜けていく思いの二人である。

紫龍「まあ・・・暗黒聖闘士達も気を持ち直してバイトの日々に戻れたし・・・・めでたしめでたし、か?」
星矢「そうだな。一輝以外はな」
瞬「兄さんには申し訳ないことしたけど・・・・でも、直接会うよりは電話で片付けたほうがまだマシかもしれないし」
紫龍「・・・・確かに」
瞬「それに何もかも、兄さんが帰ってこないことには進まないしね。兄さん、今どこにいるんだろうな」

 ハーゲンダッツを抱えてレジに並びながら星矢と紫龍は思う。携帯番号も教えてもらったことだし、次回シャカに遭遇したときには何をさておいても瞬を呼び出そう、と。
 やっぱり無理だ。あれは俺達の手に負える相手じゃない。
 腕にしんしんとアイスの冷気が沁みる、晩夏の出来事であった。
 





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