口喧嘩に双方で疲れきった後。
 
「・・・わかりました。つまり、貴方は幸せになどなりたくないと言うのですね」
「てめえに幸せにしてもらうのはまっぴらだっつってんだよクソ女神」
「女神ではありません。魔神です」

 強情にそう言い張って、自称魔神はぷいと横を向いた。

「大体、あなたが『幸せ』なんていう漠然とした願いを言うからいけないんです」
「だから願ってねえって!!」
「もっと具体的に言ってもらわないと困りますよ。神様になりたいとか」
「それ具体的か・・・?っていうか、叶うのか?」
「無理です」
「・・・・だったら言うな」

 俺はもうこんな壷捨てようかなと思ったが、このまま捨てたら呪われそうなんでやめた。
 そのかわり、さっさと適当な願いを叶えてもらって縁を切ろうと思った。

「参考までに聞くけどよ。よくある願いのベスト3って何だ?」
「私が前回壷から顔を出したのは千年前ですから、あまり参考にはならないと思いますよ?」
「その時のでいいからベスト3を教えろ」
「そうですね・・・・まあオーソドックスに、金と女と名誉でしょうか」
「千年変わらなさそうなベストだな。やっぱり一位は金か・・・」
「ええ。3つの願いを叶えるならともかく、1つにしぼれとなるとやはりお金になるようです。しかしこのベスト3は男性基準ですので、これが女性基準になりますとちょっと違います」
「金と男と名誉?」
「いえ。美貌と若さと金です。何よりもまず自分の容姿。それさえあれば男は付録でついてくる、上手くすれば金も名誉もついてくる、ついてこなくても鏡があればそれでいい、そういうことらしいです。この辺が男性と女性の違いですね。男性なら自分をハンサムにする前に手っ取り早く美女を出せといいますからね」
「俺は別に美女なんかいらねえけどな。それ願ったらすかさず出てきそうな同僚に心当たりがあるし。でも、そうだな、金か」
「大金ざくざく出しましょうか?いくらがいいでしょう」
「額を聞かれると夢も何もないんだが・・・つーか、どれくらいあったら一生遊んで暮らせるんだ?相場はいくらなんだ?」
「さあ。とりあえず、この岩場が見渡す限り埋まるぐらい出しとけばいいのではないでしょうか。頑張って運んでください」
「嫌だ。そんな出し方されてもむしろゴミだろ;」
「あるいはインフレが進んで一夜にして紙切れ同然ということもありますよ、紙幣だと。宝石にします?」
「・・・・・・・・・。わかった。なら金は出さなくていい。そのかわり、生涯大金持ちで暮らしたい、ってことにしとく」
「大金持ちですか・・・?」

 魔神は微妙にしぶい顔をした。

「お金をもらうことと、大金持ちになることは大分違うのですよ。いいのですか?」
「ああ?要するに金に困らないってことだろ。大金持ちの方がいいじゃねえか」
「本人がそういうなら止めませんけれど・・・」

 気になる言葉を吐きつつ、壷にひっこむ。

「・・・・はい。大金持ちの貴方です」

 俺は突き出された写真を見た。













金なんぞ腐るほどあるわい






「変形しすぎなんだよ!!」

「大金持ちですよ!?大金持ちといえば、派手な指輪と趣味の悪いネクタイと葉巻と札ビラと嫌な性格で肥満なのが世の中の常識だと決まっています!」

 いつ決めた。そんな常識。

「この場合の貴方は、『父親が戦後のどさくさに紛れて闇市で作り上げた財産を引き継ぎ、パチンコ店とラブホテルとサラ金(暴力団付き)経営で業界のトップに上り詰めた男』です。奥さんは15歳年下で、言うまでもありませんが金目当ての結婚なんで。貴方は彼女を『可愛い子猫ちゃん』と鼻の下伸ばしながら呼びますが、彼女は真剣に嫌がって同年代の男と浮気の関係に・・・」
「呼ばねえいらねえ捨てろバカ設定。いくら金持ちでもそんな敵の多そうな人生いるか!!」
「あ、よく気づきましたね!この人、一歩外に出ると7億人は敵がいるんです」
「知るかああああっっ!!!」

 俺は写真を破り捨てた。

「ああ!典型的傑作が!」
「何が傑作だ!人の人生で遊ぶんじゃねえ!!今どきこんな金持ちがいるかよ!今の時代、金持ちっつったらビル・ゲイツみたいな、頭良くて顔もまともなスマート理系の男だろ!?」
「ワタシ千年壷の中いました。今の時代、ワーカリーマセーン」(偽アメリカ人口調)

 ムカつく・・・っ!!

「ライオ○ズマンション知ってて何が千年だ!!いい加減にしろこのズベ!!」
「!!」

 俺が思いっきり上から殴りつけると、魔神は卑怯にも寸前で首をひっこめた。拳が壷の縁に激突してかなり痛かった。
 思わず手を押さえて背を丸めた俺の目の前に、奴は再び首をだす。

「お大事にv」
「水に沈めてやろうかコラ!!」
「どうしてそんなに怒るんです。いかにも大金持ちそうな感じにしてあげたのに」
「こんな顔になってたまるか!俺の外見を変えるな!」
「なら、外見はそのままで大金持ちにしてあげればいいんですか?」
「・・・・できるのか?」
「できますよ。ほら」






申し上げにくいのですが・・・・持ってあと半年でしょうな






「死にかけてんじゃねえか!!」

「大金持ちですよ。どのくらい大金持ちかというと、向かって右端の女性は貴方の遠い親戚で、いかにも同情してつきそってるように見えますが実は遺産目的のたかり屋なんです」
「な、なにぃ!?;」
「しかもそれだけじゃありません。この女性、裏では向かって左の医者とデキていまして、貴方が病床についているのも共謀した二人に砒素を盛られているからなんです」
「まじかよ!そんなウラがあるのか!?」
「そう!医者が今注射しようとしているのも、薬ではなく単なるブドウ糖なのです!朝昼晩の食事に毒が混入されているというのに、貴方は何の治療も受けずにいるのです!」
「なんつー奴らだよオイ!」
「貴方の遺産はそれほど魅力的なのですよ。ですが、悪はいずれ露見します。この二人も貴方の死後、死因に疑問を持った保険会社が名探偵に調査を依頼したことで悪事が発覚。裁判の後、極刑に処せられることになります。なんてスリリングなドラマ!さあ、この願いを叶えましょう!」
「叶えねえよド阿呆!!!」

 俺の振り下ろした拳は今度こそ魔神の頭に直撃した。

「な、な、何をするのですか!壷の底まで叩き込まれたではありませんか!」
「黙れ!!他人の人生だと思って好き勝手な設定こじつけやがって!」
「それは・・・・それはまあ確かに名探偵を出したのは胡散臭かったかなと思いますけれど、でも!」
「俺が言いたいのはそこじゃねえ。こんな殺人されるような陰惨な家庭に行きたい奴がいるかよ!もういい!金持ちになるのはやめだやめ!」

 そんな!と不満そうな声を上げる魔神の前で、俺は不吉な写真を破り捨てる。
 切れ端が潮風にのって遠く流されていくのを、壷の縁から奴は恨めしそうに眺めていた。自信作だったらしい。
 ったく、妄想過剰だっつーの!とんでもない壷を拾っちまったもんだ。使えやしねえ。
 だが・・・その時ふと思ったんだ。
 この魔神、千年間よっぽど暇だったんだろうな、と・・・・・



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