怒髪天を突く勢いのアフロディーテと、なにやら大笑いしているデスマスクという対照的な二人が聖域に帰ってきたのは、夕焼けがたいそう綺麗に辺りの荒野を照らし出しているある休日のことだった。
昼に買い物に出かけると言って出ていった魚と蟹。その時には別に普段と変わりの無いバカ二人組だったのだが。
アフロ「もう君とは絶交だ!!二度と一緒に出歩かん!!」
デス「おい、そんなに怒ることかよ・・・・」
アフロ「怒ることだ!!」
頬を怒りの色に染めて、眼から火花すら散らしながら食って掛かるアフロディーテ。デスマスクは、しかし必死に笑いをこらえた顔をしているが。
アフロ「何がおかしい!?」
デス「いや、だって・・・」
アフロ「最低だ!!この変態!!人間のクズ!!イタリアの大馬鹿男!!!」
ムウ「あの・・・・・すみませんが、人のうちの前で大声張り上げてケンカするのはよしてくれませんか?」
白羊宮の住人がうんざりした顔で出てくる。
出入り口の門番役として常日頃からトラブルに巻き込まれ易い状況のムウは、最近真剣にジャミールへの完全帰化を考えていた。
アフロディーテが振り向く。
アフロ「ムウ!こいつの顔は二度と見たくない!君の技でどこへなりとも捨ててくれ!!」
ムウ「いや、そんな事を言われても、私は別にゴミ係ではないので。何ですか?何かあったのですか?」
デス「俺はゴミ扱いか。何かっていわれても別にたいしたことじゃねえよ。こいつ、街でかたっぱしから女に間違われるんで怒ってるんだ」
アフロ「それだけじゃない!君が調子に乗って、私に対してレディーファーストをとったりするからだ!!恥を知れ!!」
デス「そんなに女と思われるのがいやなら、シャネルの化粧品など買わなければいいだろう。口紅だのマニキュアだの買い込めば、そりゃあ間違われもするわな。女にしか見えん」
単なるショッピングだったため、アフロディーテもデスマスクも私服・・・・というか、一般人の外出の格好をしている。
アフロディーテはカシミヤのコートにシルクのスカーフをあわせ、当然パンツスタイルではあるものの、なんだか妙に色っぽい。なるほど、これで化粧品店に入られたら、店員だって女と見るしかないだろう。
一緒にいるデスマスクがどっからどう見ても男にしか見えないのだから、なお更だ。
デス「いやー、楽しかったぞ、ムウ。『お似合いのカップルですね』とか言われてな。こいつにつりあうってことは、俺は結構いいオトコなのかもしれん」
アフロ「君は本物のバカか!?付き合いきれん!!帰る!!」
デス「ほめてやってるんじゃねえか」
アフロ「その薄ら笑いが気にくわんのだ!!」
からかわれるほど逆上するアフロディーテ。その様子がおかしくて仕方ないらしく、デスマスクはずかずかと白羊宮を抜けていこうとする彼の後ろ姿に駄目押しの一声をかける。
デス「でも、お前が本当に女だったら、嫁にしてやってもいいぞ。俺は」
アフロ「死んでしまえ!!」
呪いの言葉を盛大に毒づきながら、絶世の美女・・・いや、美男は去っていった。
残った相方、腹を抱えて笑い転げている。
デス「いやあ面白ぇ!!」
ムウ「・・・・デスマスク・・・・あなたそんなことやってると、いつかバチがあたりますよ」
すっかり呆れた様子で言うムウ。
だが、そのバチが本当にあたるもんだとは、この時誰一人として予想していなかった。
石段を登りながらこう考えた。
服を着たら女と言われる。服を脱いでも女と言われる。何をやっても女と言われる。
とかく人の世は住みにくい!!
アフロ「くそっ!!」
聖域を登れば登るほど、それに呼応するかのように怒りのボルテージも上がっていく。
アフロ「大体、なんなのだあのデスマスクの馬鹿は!!私にレディーファーストだと!?ゲロが出るわ!」
ちなみにこのとき、彼は双児宮を通過中であった。普段決して下品な言葉は口に出さないはずのアフロディーテが衝撃のゲロ発言。傍から声をかけようとしていたサガは瞬時に喉を凍り付かせ、ただ茫然と見送っていたという。
アフロ「しかも椅子の引き方といい、ドアの開け方といい、胸くそが悪くなるほど手慣れていた!どうせ普段からそこらの薄汚い女相手に調子の良い面を引っさげているのだ!これだからイタリア男は信用できん!!ベラベラ口数ばかり多くて実の無い種馬同然の(放送禁止用語)!殲滅すべきだあんな(放送禁止用語)!」
本場のイタリア人が聞いたらその場で殺されても文句の言えない暴言を吐きながら、アフロディーテはずんずん階段を登っていく。
その怒りの勢いに、アイオリアはおろかあのシャカまでが黙って道をあけた。
ただ、もとより状況把握能力が微妙に欠如している天蠍宮の住人だけは、
ミロ「お、アフロディーテ。ちょうど良かった。暇なときでいいから、『借りてたミソは明日必ず返す』とデスマスクに伝えといてく・・・・・・・」
アフロ「奴の顔など見たくも無いわ!!ブラッディ・ローズっ!!」
ミロ「うわっ!?」
と、問答無用のバラを食らったりしていたが、その他はシュラやカミュに至るまで一切彼と接触を持とうとはせず、アフロディーテは一人で小爆発を連続させながら自分の宮まで帰り着いたのであった。
そしてまず、奥からブランデーを持ってきて喉に流し込む。
アフロ「ったく、素面ではやってられん!!どうせ遊ぶだけ遊んだら都合のいいことをほざいてポイ捨てするような男だ、あの蟹は!私を嫁にするだと!?やれるもんならやってみろ、寝てる間に煮殺してくれるわ!!」
ぐびぐびぐび。
これだけ強い酒をこれだけ速いスピードでこんなにたくさん飲むのは初めてのことであった。
あたりがとっぷりと暗くなっても、まだ飲んでいる。
さすがに眼の焦点は定まらなくなってきているようだったが。
アフロ「・・・・最低・・・・・ばかやろう・・・・・」
言いたいことは当面言い切ったのか、初期の勢いも衰えて、今は椅子にぐったりと沈んでぶつぶつと怪しくぼやいている状態だ。
・・・・そして。
その酔った頭に、次第にある考えが浮かびあがってきたのである。
アフロ「・・・・・・・・・・・・」
酔いに乗じた考えなどおよそ役に立つようなものではないのが常だが、今のアフロディーテにはもちろんそんな事に気づけるような理性はない。彼は口の端に笑みを浮かべた。
アフロ「今にみてろ・・・・あのヤロウ・・・・」
ふらつく足取りで立ち上がって。
それからおもむろに、彼は支度を始めたのだった。
デスマスクの夜は遅い。昼近くまで寝ているかわり、夜中の丑満時を過ぎる頃まで起きている。
だが今日は買い物で結構体力を使ったので丑満時前にはベッドに入っていた。
疲労の原因は、アフロディーテがそこらの店にふらふら入りまくって、一品買うのに何十分もためつすがめつとっかえつしていたからである。あの買い物の仕方。まったく、女の典型だとデスマスクは思った。
選ぶ品が片っ端から「自分に似合う物」というより「自分の欲しい物」である点も女の買い物そっくりで、彼は今日も白いパールの口紅を購入していたが、傍から見ていた側としては絶対にその横らへんにあったローズピンクのルージュの方が似合うように見えたのだ。
どうして白にいくんだか、さっぱりわからない。(ほんと、わからねえよアニメスタッフ)
そんなことを考えている内、デスマスクはうとうととまどろんだ。ふつうならばそれでぐっすり朝まで眠るはずだった。普通ならば。
普通じゃなかったのは、今にも睡魔に落ちそうになっている彼の上に、いきなり何かがのしかかってきたからである。
デス「!?」
さすがに覚醒した。
眼よりも先に、鼻がまず匂いを捕らえた。甘い、麝香の香り。
デス「誰だ・・・?」
アフロ「ふっ、ここまで近づくまで気づきもせんとは・・・・いくらでも寝首をかけそうな奴だな」
デス「アフロディーテ!?何やってんだこんなとこで!」
あわてて飛び起きるデスマスク。上体を起こしたとたん、その眼前にアフロディーテの顔がある。
笑みを浮かべた、魔性のように美しい唇がはっきりと言った。
アフロ「私を抱け」
デス「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
アフロ「私を抱けといったのだ。嫁にしてもいいと言っただろう?」
デス「それは女だったらの話だ!何考えてんだおまえ!?」
アフロ「君は私にレディーファーストまでとっといてそういう事を言うのか?はん?所詮イタリア男は口だけか?」
デス「あ?」
アフロ「はっはっ!私を抱いてみるだけの甲斐性も無いくせに、そぉれで伊達男ぶったツラするとは笑わせる。私が女にしか見えないと言ったのは君だぞ?女がこうして抱いてくれとベッドの上まで来ているのに手も出さないで何が男だ」
デスマスクはまじまじとアフロディーテの顔を見る。
デス「お前・・・・・しっかり酔ってるだろ」
アフロ「関係ないな」
デス「つーか、そのガウン・・・・・下に何か着てるか・・・?」
アフロ「着ているもの?フ、シャネルの五番だ」
デス「なんのパフォーマンスだ!!アホなことやってないで今すぐ帰れ!」
アフロ「フン、甲斐性無し。口先ばっかりの能無し男!」
デス「おい、いい加減にしねえと怒るぞ」
アフロ「怒れ怒れ。どうせそれも口先だけだ。イタリア男なんぞ、キスも満足にできないんだろう?」
せせら笑ってアフロディーテが言ったときだった。
それまで呆れてこちらを観察しているだけだったデスマスクの眼が、急に鋭くなった。
驚くいとまもあらばこそ。
アフロディーテは後ろ首筋ひっつかまれ、どうじに背中をかき寄せられ、完璧に唇を取られていた。
アフロ「!!!?」
呼吸を止めた喉の奥までさぐるような濃厚さ。魂を引き抜かれたんじゃないかと錯覚するほどの陶酔。
まさに、これで文句があるかと言わんばかりのキスだった。
・・・・・・・・解放された後も、アフロディーテはショックから立ち直れないまま茫然と硬直していた。
不機嫌そうに前髪をかきあげるデスマスク。
デス「わかったろ。あんまり甘く見てんじゃねえよ。満足したんならとっとと帰れ。これ以上そこで馬鹿なことやってると、いい加減本気にして徹底的に解体しちまうぞ」
アフロ「・・・・・・・」
デス「おい。聞いてんのか?」
アフロ「・・・・・聞いてる」
デス「だったら出てけ」
アフロ「・・・・・・嫌だ」
アフロディーテは丸く見開いた目のまま、呟くように言った。そして、まさに怒鳴ろうとして口を開きかけたデスマスクに向かい、はっきりと、
アフロ「・・・・・・解体・・・してみてくれ」
デス「ああ!?」
アフロ「君にそうされてみたい」
今度は絶句するのはデスマスクの番だった。
彼は、まだ酔っているのかと目の前にある美しい顔を凝視したが、相手の酔いはキスのおかげですっかり覚めてしまっているようだった。
・・・・ということは、これは本気である。
デス「・・・・・・・オイ」
アフロ「駄目か?」
ほとんど無心とも言える瞳で見上げるアフロディーテ。
しばしの沈黙の後。
デス「・・・・・・・・・・・・後悔してもしらねえぞ」
男はそういって、とうとう目の前にある体を引き寄せたのだった。
もとより道徳心などとははなはだ縁とおい男、デスマスク。
「神への反逆」としてコキュートスに返送されてもおかしくないことではあるが、アフロディーテを抱くことにさしたるためらいはなかった。
もちろん、自分は男よりも断然女の方が好きだ。しかしこの友人に限ってはそこらの女よりもよっぽど綺麗で魅力的だ。
麝香の匂いも嫌いではない。
ただ、自分よりはアフロディーテの方が純朴な人間だと言うことがわかっていたので、迫られてもはいそうですかと乗るわけにはいかなかったのだ。下手にトラウマの残るようなことはさせたくなかった。
もう、それもどうでもいいことになったが。
白い滑らかな首筋に顔を埋めながら、デスマスクは思った。
やっぱり女にしか見えない、と。
アフロディーテの頭の中は、ショックと当惑と心地よさとで茫漠としていた。
キスの後遺症がまだ残っている。まさか自身をもって友人の男性的魅力を確かめるはめになろうとは。
あなどりがたしイタリア男・・・・
デスマスクの手が体を滑る。彼の歯が耳を噛む。吐息が髪を揺らす。
その全てが心地よかった。
が、気になることもあった。
アフロ「・・・デスマスク」
デス「なんだ?」
アフロ「君は今まで何人ぐらい女を抱いたんだ?」
デス「・・・・お前、どうしてそういう水をかけるようなことを今・・・・・・」
そういいながら、デスマスクは一向気にかける様子も無くなおも体を求めてくる。
アフロディーテには、自分の首筋に押し付けられているその口が、笑っているような気がしてならない。
アフロ「こたえろ。君は相当・・・っ、遊んでいるだろう?」
デス「さあ、な。最近は死んだり殺されたり生き返ったりで忙しくてそんな暇無かったけどな」
アフロ「なら、『最近』以前は」
デスマスクが顔を上げた。
至近距離でこちらの顔を見下ろし、にっと微笑む。そして言う。
デス「妬いているのか?」
ああやっぱり相当なもんだとアフロディーテは思った。このタイミング。この迫力。思わずこちらが目をそらしてしまう。やましいことなど何も無いのに、今の一言で本当に嫉妬の心に火が点いたような錯覚さえ覚える。
アフロ「はぐらかすなっ・・・!」
デス「そう恐い顔をするな。安心しろ。お前で最後だ」
いや、それはまずいんじゃないのかいろんな意味で。
デス「・・・・と、普通の女には言うんだけどな。お前はなんて言われたいんだ?」
アフロ「っ・・・!」
そんな事言えるわけが無い。言えるわけが無いのを知っててからかっている。
意地悪、と言ってやりたかったが、それを言ったら完全に敗北であるような気がしたのでアフロディーテは口をつぐんでいた。
デスマスクが笑みを浮かべたままの口元をふたたび首筋に落とす。
強い吸引。舌の感触。
思わず声をあげた。探りの指が、どうしようもなく体を煽った。キスの後遺症で麻痺した頭が、どんどん熱くなっていく。
アフロ「ん・・・・・・・っ」
アフロディーテはあえぎながら、自分で両腕を相手の背にまわした。
もっと近く。近く。
あのキスのような快感を、全身で味わうために。
翌日。
太陽がすっかり昇ってしまってから、アフロディーテの方が先に目を覚ました。
明け方からぐっすり寝たのに、まだ頭がぼうっとしている。体に至っては本当に解体されて空気にとかされてしまったかのようだった。うつぶせて枕に顔を押し付けたまま、しばらくは身動きも取れなかった。
自分の背中に頬を押し付けて、平然といびきをかいているデスマスクが恨めしい。
次第にはっきりしてくる理性の中で、彼は考えた。
結局、何だったのだろう昨晩は。
はじめはデスマスクを困らせてやろうというだけだった。本気ではなかった。それがいつの間にやら本気にさせられ、挙げ句すっかり行き着くとこまで持っていかれてしまった。
仕返しするつもりが逆に完膚なきまでに叩きのめされた。完敗。だが、それがどうしようもなく悔しい。
アフロ「・・・・・」
どうせデスマスクは単なる欲求のはけ口程度にしか自分を思ってないのだろう。相当遊んでいるようだし。調子のいいイタリア男だし。
そんな奴に負けたくはなかった・・・・・
アフロ「・・・・・・・はあ」
なんだか切なくなって溜め息をついた、その時である。
ミロ「おーい、デスマスク。ミソ返しに来たぞ・・・・・・・」
やたらに元気のいい声が乱入。直後ぶつりと途切れた。
ぱっと振り返ったアフロディーテの目と、言葉を飲んだまま硬直したミロの目がばっちり重なる。
アフロ「・・・・・・」
ミロ「・・・・・・・」
たっぷり1分。
それから慌ててアフロディーテは跳ね起き、すぐに自分の格好が墓穴を掘ったことに気づいてまたベッドに倒れた。
ミロはというと、リストリクションで自爆でもしたかのように指一本動かせない。
これは気まずい。いや、気を別にして本格的にまずい。
どうしようどうしようどうしようどうしよう・・・・
アフロディーテの頭の中がその一言で埋め尽くされた時。
デス「・・・・・なんだ・・・?」
跳ね起きによって叩き起こされたデスマスクが、顔だけ上げてそう言った。
デス「ミロか?何しに来た?」
ミロ「い、いや、俺はただミソを・・・・・・・・じゃ、邪魔をしたか?」
やや硬直から抜け出してミロがこたえる。
デスマスクはふーうと一息ついた。
そしていきなりアフロディーテの頭を片腕で引き寄せ、胸の中に抱き込むと、こう言い放った。
デス「わかってんなら出てけよ。ガキ」
・・・・・さすがに・・・・この時ばかりはミロももう何も言わずに出ていった。
アフロ「・・・・・・・」
デス「?なんだよ」
アフロ「・・・・・何でもない」
胸元から相手の顔を見上げつつ、アフロディーテはしみじみ思った。
やっぱり敵わないな、これは。
アフロ「おい、デスマスク」
デス「あん?」
アフロ「キスしてやる」
うんと首を伸ばして、唇を少しだけ触れさせる。
一瞬だけ彼が驚いたような顔をしたのが、すこしばかり気持ちが良かった。