アフロ「君の誕生日が晴れると妙に悔しい気分になるな」
とアフロディーテが言ってケーキを切り分けた。
デス「・・・なんでだよ」
アフロ「せっかくの天気をこんな日に使わなくてもと思うのだ。君の誕生日はやはり、曇天で今にも降りだしそうで生臭い風が吹いていて、しかも空が紫っぽい変な色でどこからともなくゴロゴロ言ってるべきではないだろうか。そうしたら、『ああ今日はデスマスクの誕生日なんだな』と起きた瞬間に気づく」
デス「誰も気づいてくれなんて言ってねえ。お前らが勝手に気づいて勝手に祝い始めてんだからな。不満があるなら帰れ」
シュラ「まあそう言うな」
シュラがたしなめたが、デスマスクはアフロディーテに絡むのをやめなかった。
デス「お前、何だよこの切り方!丸いケーキは十文字に分割していくのが普通だろ!?端からスライスしていく馬鹿がどこにいるんだよ!」
アフロ「だってここにいるのは3人ではないか。3の倍数でケーキカットをするのがどれだけ難しいか君は知らないのか?どうせ大きさがまちまちになるなら、いっそ短冊だ。食べ易かろう?味見してみろほら、あーん」
デス「今から食うのに味見なんかいらねえ。っていうか、ナイフで刺してよこすのやめろ」
アフロ「君は文句ばっかりだな。シュラ、そっちの箱もあけて、中を出してくれ」
シュラ「あ、ああ・・・」
デス「?何だ?あの中身」
アフロ「ふふん」
床の上の日のあたらない場所に・・・・・といってもこの巨蟹宮では日の当たるような場所は無きに等しいのだが、その中でも特に薄暗い場所に箱は置かれていた。ガムテープでベタベタに補強された、見上げるような特大のダンボールである。
デスマスクがいぶかしげに見守る前で、シュラがそれにざっくりと裂け目を入れた。
とたんに中から転がりだす大量の白い小石。
デス「・・・ドライアイス?」
アフロ「そうだ。アイスクリームを買ってきてやったのだ。君、好きだろう?全然似合わないのに。顔に。キャラにも」
デス「うるせえな。悪いか。お前な、いくらアイスだからって、こんな馬鹿みたいにドライアイス詰め込む奴がいるかよ」
アフロ「これでも足りないくらいなのだぞ。アイスの量が多いから」
なるほど、シュラが持ってきた品物のケースは優に風呂桶3杯分ぐらいの容量があった。
アフロディーテは得意そうに、
アフロ「シチリア中のアイスクリームを買い占めたのだ。凄いだろう」
デス「・・・・食べ比べでもしろってか?」
アフロ「いや、全部混ぜたからそれはできない。ただ腹いっぱい食ってくれ」
デス「食えるか阿呆!!見ただけで腹壊しそうだ!いらねえ!」
アフロ「君はどうして人の好意にそんなにひどいことを言うのだ・・・・?今日が誕生日だという自覚があるのか?誕生日といえば『プレゼント』と称した断りたくても断れない贈り物をされて無理矢理ありがとうと言わせられて日ごろの恨みを晴らされる日ではないか。私は誕生日のたびに、君にトカゲのシッポだのヘビの抜け殻だの死んだネズミに紐つけたのだのを窓から投げ込まれた幼少時のトラウマを未だに引きずっている。積年の恨みを今こそ!大人しくアイスを食べて腹を壊し、心の傷にするがいい」
デス「帰れお前は」
デスマスクは片足を上げて思いっきり友人を蹴り飛ばそうとしたが、一瞬早くシュラが腕を伸ばして椅子ごと後ろに移動させたので、爪先をかすらせただけに終わった。
喧嘩するのもいい加減にしろといいながら、シュラはアイスを皿に盛る。誕生日の主役にそれを差し出し、
シュラ「アフロディーテだって本気で嫌がらせをしようとしているわけではない。デスマスク、腹を壊さん程度に食え」
デス「・・・・・何だこの色・・・・何味だよこれ」
アフロ「特定の味ではない。全部混ぜたと言っただろう。強いて言えば、たぶんチョコがちょこっと強い」
・・・デスマスクは今度こそアフロディーテを蹴った。シュラも今回は何も言わなかった。
アフロ「痛い・・・ひどい・・・・笑ってくれない・・・」
二人『当たり前だ!!』
アフロ「・・・・・・・・・シュラまで・・・・;」
デス「スルーされなかっただけありがたく思え!ったく、何考えてんだてめえは!余ったら全部持ち帰れよ、このアイス!」
アフロ「・・・・・・。なぜこんなに怒られるのだ。そんなに迷惑か?誕生日を祝ってもらうことがそんなに迷惑なのか?」
デス「これは黙っておこうと思ったけどな!お前が朝っぱらから押しかけてきて『飾りつけ』と称して死に顔全部に薔薇の花飾った時から迷惑だったんだよ実は!」
アフロ「だって何もしなかったら辛気臭くて仕方ないではないか!ちょっとでも心に安らぎをと思って、昨日は徹夜で花冠を編んだのだぞ!」
シュラ「そうだぞ。俺も手伝わされたのだから、もう少しマシなリアクションをしろ」
デス「どんなリアクションしろっつーんだよ」
アフロ「そこはあれだ。君らしくストレートに表現して、『わー感激だっP!マンモスうれP!アフロディーテ、シュラ、一生恩に着るっぴ・・・」
・・・デスマスクはもう一度全力で彼をどつき倒した。
デス「てめえらひやかしなら本気で帰りやがれオラ・・・」
シュラ「そこまで怒らんでも・・・いつからこんなに荒れ模様なんだかな、この茶会は;」
アフロ「デスマスクが文句ばかり言うから・・・」
デス「アァ!?てめえが言うかこのいかれ金魚が!!」
アフロ「痛い痛い!」
シュラ「こ、こら!やめろデスマスク!」
3人はしばしの間、すったもんだと揉めた。
そのケンカに終止符を打ったのは、外から飛んできた能天気な声であった。
ミロ「おいデスマスク!いるか?いた!歌ってやるからよく聞けよ!ハッピバースデートゥーユー♪ハッピバースデートゥーユー♪ハッピバースデーディ〜ア名前わからない〜♪」
デス「出てけ!!」
宙を飛んだアイスの皿は過たずミロの顔面に命中して沈黙させた。
カミュ「・・・だから私が無駄な余興はやめておけと言ったのにな・・・」
ミロ「う・・・な、何だこの妙な味は・・・・おのれ、人がせっかく祝ってやろうとしたのに、あんまりだぞデスマスク!」
デス「今のどこが祝ってんだどこが!!大体なあ、俺はその歌うたわれるのが嫌だったから、全員集めて盛大にパーティーするっつー案を断ったんだよ!どうせ名前の所で全員声が小さくなるんだろ!わかってんだよ!」
ミロ「俺は小さくなどなっていなかったではないか!」
デス「てめえのは論外だ阿呆!!」
カミュ「まあ、デスマスク。許してやってくれ。悪気があったわけでは無いのだ。ただ深く考えない性格が起こした悲劇というだけで。それはそうと、辛気臭い上に薔薇が場違いなこの宮の愉快な様は一体どういうわけだ?」
デス「・・・。お前ら、ほんと出てけ」
だが二人は出て行かなかった。『アイスをさばくのに腹は多いほうがいいだろう』とシュラが椅子をすすめたのだ。
ただでさえ食べる人間を沈黙させるデザートがアイスクリームなのだが、デスマスクは気分が最悪で、彼にどつかれたアフロディーテも先ほどからむすっとしている。カミュとシュラは自分から喋りださない性格である。全員がもくもくと匙を口に運ぶ部屋の空気は地獄のように冷たかった。ドライアイスのせいもあるが。
真っ先に耐えかねたのはミロであった。
ミロ「誰か何か喋れ!何でこんな異様な雰囲気でこんな得体の知れない物を食べ続けなければならんのだ!!」
アフロ「得体の知れない物とはなんだ!特上のシチリア産アイスクリームなのだこれは!」
シュラ「面影は無いがな。・・・デスマスク。空気が悪いのは主役のお前がそんなツラをしているからだぞ」
デス「けっ」
カミュ「・・・・なるほど。確かに今のこの空気は最悪だ。しかし裏を返せば、これ以上悪くはならんということだ。だから丁度いい機会ということで、サガ支配下時代の詳しい話を聞いてみてもいいだろうか」
年中『うっ;』
ミロ「カミュ・・・・さすがにそれは・・・・・;」
人の母親を海溝に沈め、生きてる弟子を氷付けにする、ある意味で聖闘士一遠慮の無い男、水瓶座のカミュ。聖戦が終わった後もその精神は健在である。
デスマスクとアフロディーテは思いっきり目をそらして口を曲げ、「話したくない・言いたくない」という顔をした。
デス「・・・聞いてどうすんだよ」
カミュ「どうもしない。だが、お前たち以外の人間はまだあの時のことを知らないのだ。もう十分に時は経っただろう。そろそろ話してくれても良いのではないか」
デス「・・・まだそんな時期じゃねえよ」
カミュ「それは、まだ私たちを信用できない、と取っても良いのか」
デス「誰もそんなこと言ってねえ」
ミロ「カミュ!言い過ぎだぞ!」
ミロが頬を紅潮させて怒鳴った。それから真っ直ぐにデスマスクに目を据えると、
ミロ「デスマスク!俺はお前を信じてるぞ!お前も、アフロディーテも、シュラも、俺は信じてる!だから全部話してくれ!実を言うと俺もすごく聞きたかったその話!!」
カミュ「ミロ・・・私は、彼らが私を信用していないのではないか、と言ったのだ。私が彼らを信じていないなどとは一言も・・・」
ミロ「俺は信じてる!」
カミュ「いや、だから・・・」
アフロ「話してもいいのではないか?デスマスク」
と、アフロディーテが言った。
アフロ「カミュやミロは面白半分で聞いているわけではないし、きっと秘密は守ってくれる。いつまでも君一人で全部背負い込んでいることはないではないか」
デス「・・・・・・・・」
アフロ「大丈夫だ。誰も君を責めたりしない」
デス「・・・・・別に、そんな心配してるんじゃねえ」
デスマスクは口をへの字に曲げたままアフロディーテを見る。それからシュラを見る。
そして、はあっと溜息をついて、
デス「・・・・なら勝手に話せ。ミロ、カミュ、てめえら絶対人に言うなよ」
ミロ「当たり前だ!」
カミュ「誓う」
二人は強く頷いた。
しばし、今は「悪」と呼ばれるようになった時代を過ごした3人が、過去を手繰るかのように沈黙した。
最初に口を開いたのはシュラだった。
シュラ「まあ・・・・お前たちも大体想像がついていると思うが・・・・サガの元にいた俺達は、サガの正義を信じていた。その元で善だと思うものを助け・・・・悪だと思うものを殺した」
カミュ「・・・どんな物を悪だと思った?」
シュラ「サガに反するものは俺達にとって悪だった。・・・・というか、何も知らずに何もせずに、ただ『教皇』についていけないと叫ぶだけの奴らを憎んだと言うべきか。そんなものは雑音でしかなかった。たぶん・・・それが今と昔の正義の決定的な違いだろう。あの時は雑音が悪で・・・憎かった」
アフロディーテが下を向いて呟いた。
アフロ「・・・だが、君はそれほど根本で間違っていたわけではなかったと思う。サガだってそうだ。サガは悪だと思うものを許せなかっただけで、本当の正義を全部見失ってたわけではなかった。悪行=死刑という即断即決が過激だっただけだ。でも過激さならアテナも負けてはいないと思う。シュラ、確かに君は人を殺した。でも、相手が善人だったかというと、決してそうではなかっただろう?その証拠に、君が成敗した人間の50%は私のストーカーだった。中には濡れ衣もあったかもしれないが、君は心底悪人だったわけではない」
ミロ「・・・・・ストーカー・・・・」
シュラ「・・・お前たちはしらんだろうが、子供の頃のアフロディーテは変な男にモテにモテたのだ。町に買い物に行って帰りが遅い時など、必ずといっていいほどどこの馬の骨ともわからんオヤジに裏路地へ連れ込まれる寸前だった。・・・まあ、子供とはいえ聖闘士なのだし、最初は放っておこうかとも思ったのだが・・・『1時間我慢していればおこづかいをくれるそうなのだ』などと嬉しそうに言われると不安極まりなくてな・・・10歳の子供相手にそんな甘言を弄してくる人間は生かしておいてもこの先ロクなことをしないだろうと思い、一思いに殺ってしまった」
カミュ「・・・わかった、シュラ。それは正義だ。気に病む必要は無い」
ミロ「カミュ;」
シュラ「ただ、一応言っておくが、全員を全員殺ったわけではないからな。そんなことをしては俺の場合確実に社会問題になる。更正不可能なほんの2、30人の話だ。あとは全て脅しをかけて手を引かせた」
ミロ「そんなにいたのかストーカー・・・;で、その間デスマスクは何をしていたんだ?」
アフロ「彼は私と一緒に資金調達に励んでいたのだ」
ミロ「資金調達?」
デス「・・・金ってのは常に必要なもんだろ」
ミロとカミュは顔を見合わせた。何だか激烈に嫌な予感がし、無意識のうちにスプーンをつかんで皿をかきまわしたりする。
アフロディーテはふふっと懐かしそうに笑い、デスマスクに言った。
アフロ「君は本当に計画が上手かったな。私がメイドに扮して大富豪宅に潜り込み、遺書を偽造した後で安楽死させて全財産せしめた時のことを覚えているか?」
ミロ・カミュ・シュラ「待て!!;」
アフロ「何か?」
ミロ「何かじゃないだろうが!!!なんだその極悪な計画犯罪は!!?」
シュラ「・・・俺も今始めて聞いた・・・;一体いつの話だいつの!!」
アフロ「私が16か7のとき」
デス「だから話すの嫌だったんだよ。まだ時効じゃねえんだこれ」
ミロ「そのせいかー!!;俺はてっきりもっとメンタルな問題でお前が話すのを嫌がってるのだと・・・」
デス「メンタル問題だけならとっくの昔にゲロ吐いて楽になってるっつーの」
デスマスク、心底悪。
カミュが紙のように白い顔をして恐る恐る尋ねる。
カミュ「まさか・・・・その時せしめた財産で私たちの生活費を賄っていたのでは・・・・・」
デス「お、気づいたか。あの時の聖域は皆食べ盛りだったからな。修行も本格化して毎日何か壊すしよ。食費と環境維持費だけであっという間にせしめた金も無くなったわ。だから半年置きぐらいで何回かメイドやったんだよな、アフロディーテ」
アフロ「うむ。大抵は3ヶ月くらい一生懸命働けば財産受取人を私にしてくれるのだ。他に受け取りそうな身内は早めに消すから。一番のライバルは慈善団体に寄付という奴だが、それほど手強くは無いな。万が一の時には偽造だ。後はデスマスクが自然死っぽく積尸気冥界波・・・」
ミロ「いや、皆まで言うな。胃が溶けそうな想像はつく」
デス「おい、約束だからな。誰にも言うなよ」
三人「言えるかよ!!」
しばしの間、ミロとカミュとシュラは猛烈に痛み出した頭と胃を押さえてテーブルの上にうずくまっていた。
残りの二人が誰に言うとも無しに続ける話が、否が応でも耳に入るのだが。
デス「俺達も最初はそんなに悪くなかったよな。サガに入門した初期のころは、資金調達っつってもお花売りとかしてたもんな」
アフロ「あれはあれで楽しかった。でも、売り上げはたかが知れていたし・・・・そんな時に君が気づいたのだ。花よりも私の方が高く売れると言うことを」
デス「10歳だったからなあ。衝撃的な発見だったぜ。そこからだな、稼ぎの桁が変わったの。俺が金持ちに目をつける。お前がそいつを誘惑する。甘えて散々色んなものを買ってもらう。で、いよいよ体を要求されたらシュラに脅してもらう」
シュラ「聞いとらんぞそんな話!!」
アフロ「だって、言ったら君、絶対協力してくれないではないか?」
シュラ「当たり前だ!!貴様ら、今まで俺を騙してたのか!?」
デス「嘘はついてねえ。こいつが変な男に目ぇつけられたのは事実だ。ただ、いきさつを話すのをやめといただけだ」
シュラ「俺は・・・俺は、そういう事のいきさつを聞いてはアフロディーテが傷つくのではないかと思って敢えて聞かずにいたというのに・・・・」
アフロ「シュラ、すまない。私の騙した男の中で、一番欺かれてたのは君だと思う」
シュラ「やかましいわ!!」
デス「別に俺が脅しても良かったんだけどよ。でも、ほら、目つきとかガタイとか技とか、お前の方が恐いからよ」
シュラ「・・・・・・・・・(怒)」
当たり前だが本気で怒るシュラ。そのものすごい目つきにさすがにひるんだアフロディーテが、いそいそとアイスクリームをよそって勧めてみたりする。
デスマスクはつまらなそうに眺めながら先を続けた。
デス「まあそういう美人局稼業を長いこと続けてだ。恐喝とかのコツも覚えたし、もうワンランクレベルアップを図ろうっていうことで、金持ちの遺産を狙い始めたわけよ。だけどこれもあんまりやりすぎると疑われるからな。二十歳すぎてからはやめたぜ。ほとぼりを冷ますために、しばらくはまともな資金調達の方法に切り替えた」
アフロ「そうなのだ。ちゃんとまたお花売りみたいな商いに戻ったのだ。ただ、今度は花ではなく『これであなたも聖闘士に!』という1セット180万の教材で・・・」
三人「まともじゃねえー!!;」
デス「でも違法でも無いだろ。売値にいくらつけようとこっちの勝手だ。元値は100円だが」
シュラ「おい!!;」
カミュ「セット内容は一体どういう・・・・」
デス「藁半紙で作った本と、この辺りで拾った石。その石を力を入れずに砕けたら聖闘士になれます、っつー内容だ。嘘は言ってねえ」
ミロ「お前、天性の犯罪者じゃないのか・・・?;」
ミロのツッコミを聞き流し、ポケットから煙草とライターを取り出すデスマスク。彼が煙草を咥えると、ライターを受け取ったアフロディーテがさっと手を伸ばして火をつけた。
その様がまたとても犯罪者くさかった。
すぱーっ、と気持ち良さそうに煙を吐いてから、
デス「まともな商売もそれなりに続いたんだけどな。でもやっぱり段々飽きるんだわ。だから、貯金ができたら次はいよいよ麻薬と兵器行こうぜ、なんて考えてた所にアテナが来て全部台無しになっちまった・・・・。あのまま順調に行ってれば、俺達今ごろ世界を動かす一大組織だったのにな。4人で」
シュラ「俺を入れるな!;」
デス「いや、お前、何も知らないまま絶対入ってたって」
アフロディーテがにっこり微笑んで、硬直しているミロとカミュに言った。
アフロ「・・・・というわけで、サガの時代に私たちがしていたことと言えば大体こんなところなのだが、わかってくれただろうか?」
聞かれた二人は黙って頷いた。
皿の上のアイスクリームはすっかり溶けて、その得体の知れなさをますます深めていたのだった。
ミロとカミュは早々に巨蟹宮から撤退していった。彼らの腹の具合がおかしくなっていたのは、アイスクリームのせいばかりではない。
デス「・・・俺も何か腹が変だ。こんなもん食わせるから」
アフロ「気のせいだろう」
デス「・・・寝てくる。お前ら、帰るときは片付けてけよ。特に薔薇」
それだけ言って、デスマスクも奥に引っ込んでしまった。後にはアフロディーテとシュラだけが残った。
二人はしばらくの間どろどろになったアイスをすくったり落としたりしていたが、そのうちアフロディーテがカタンとスプーンを置いて呟いた。
アフロ「・・・君はデスマスクが嫌いになったか?」
シュラ「・・・今さら何を言う」
アフロ「よく嫌いにならないな」
シュラ「その言葉はそっくりそのままお前に返す」
アフロ「・・・・。君にわかるだろうか」
アフロディーテは顔を上げてシュラを見る。その表情にはどことなく幸せそうな色が漂っていて。
アフロ「彼と二人で犯罪に染まっていた時、私は本当に楽しかった。楽しかったのだ。毎日毎日、デスマスクは新しいことを思いつく。企みごとが見事に成功する。さっきは言わなかったが、他にも色々やったのだ。證券偽造とか、寸借詐欺とか」
シュラ「・・・それはいいから先を話せ」
アフロ「考えるのが楽しくて、実行するのはもっと楽しかった。そしてサガの役にも立つ。世界がどんどん広がる気がする。自分が偉くなったように思う。幸せだった。楽しくて楽しくて幸せで・・・・・私はときどき、平和に戻れたら自分は二度と楽しさをみつけられないだろうと思った」
だって、平和に戻れるなんて思わなかったではないか。君も私も、あいつも。
アフロ「でもな。今はこうしている事が楽しいと思うのだ。新しいことをやりたいとも思わないのだ。誰かを騙すことに魅力も感じない。今が幸せだ。だから過去を懐かしむことができるのだろう。・・・彼もそうだといいのにな」
話すアフロディーテの顔は微笑んでいたが、言外の意味にシュラはちゃんと気づいた。
デスマスクは結局、何も話さなかった。本当に大事な、全て吐き出せば楽になれるような事は何一つ。
来年は話すだろうか。
シュラ「・・・いつかそうなる」
とシュラは言った。
二人はまた黙って、溶けたアイスをすくい始めた。
壁に飾った薔薇の花が一つ、静かに静かに床へ落ちていった。