『困ったことが起こった。すぐに来てもらいたい』
 そんなごく短い内容の手紙をミロが受け取ったのは、春まだ遠い1月の末のことであった。
 発信地はシベリア。
 それだけでミロはすぐに出かける準備にかかった。
 友人があの地で幼い少年相手に教師の真似事をしていることは知っている。前々から、何か力になれることがあればと思っていた。
 しかも手紙は速達で、追伸には『できるだけ夜中に誰にも知られず来てもらいたい』とある。きっとよほどの緊急事態なのだろう。

ミロ「すぐ行くからな、カミュ」

 手紙をもう一読して、ミロは力強く肯いた。



 シベリアについたのは昼だったが、手紙の指示通り真夜中になるのを待って、カミュの家を訪ねた。
待ち時間はかなり寒かったが、これも友のためだと思えば仕方が無い。
明かりのついた窓からそっと中を覗くと、カミュはもの憂げな顔をして机に頬杖をついていた。周りに他人はいないようだ。
 ミロは静かに窓を叩いた。

カミュ「!ミロ!来てくれたのか」

 潜めた声で歓迎するカミュ。やはり何かある。

ミロ「ああ来た。おい、一体どうしたのだ?」
カミュ「寒いだろう。とりあえず中に入ってくれ。静かにな」

 カミュはドアを開けてくれた。
 ミロが中に入ると、熱いお茶を出して椅子を勧める。
 そして、友人がそれを吹いたりすすったりしているうちに、用件を切り出した。

カミュ「実はな」
ミロ「うん?」
カミュ「お前にサンタになってもらいたいのだ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ミロ「・・・・・・・・サンタか?」
カミュ「サンタだ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・がちゃ。

ミロ「帰らせてもらう」
カミュ「待て!待ってくれ!」

 その場でカップを置いて立ち上がった親友を、必死に引き止める氷の魔術師。

カミュ「お前、来たばかりでそれはないだろう!?」
ミロ「俺の台詞だ!なにが悲しくてシベリアくんだりまで来てサンタをせねばならんのだ!!」
カミュ「だからそれには事情が・・・;」
ミロ「大体いま何月だと思ってる!1月だぞ!?サンタは12月だ!」
カミュ「頼むから話を聞いてくれ!本当に弱っているのだ頼む・・・・」

 ・・・頭を下げられるとミロは弱かった。
 しぶしぶ椅子に座りなおし、早く話せと促した。
 カミュはどっぷり落ち込んだ様子で語りはじめた。

カミュ「・・・・・そもそもの起こりはやはり12月・・・去年のクリスマス前にさかのぼる」
ミロ「ああ」
カミュ「アイザックと氷河・・・うちの弟子の名前だが、あの二人が突然『先生、サンタさんはここにも来ますか?』と聞いて来た」
ミロ「・・・・・で?」
カミュ「聖闘士を目指してはいてもやはり幼い子供だ。毎日修行ばかりでは可哀相だ。そう思ってついつい『ああ来るとも。いい子にしていればな』とこたえてしまった」
ミロ「・・・まあ、そこまではいいとしよう。それがなんで今?二人がいい子にしてなかったのか?」
カミュ「いや、二人はいい子だった。サンタの話の後はいつにも増していい子だった。だがしかし。年末はなにかと物入りで、プレゼントを買う余裕が無かったのだ。それで仕方なく二人には、『サンタは時差と交通の便のため一月ぐらい遅れる見通し』などと嘘をついた」
ミロ「・・・・夢があるんだか無いんだかわからんな・・・結果が今か」
カミュ「そうだ。よろしく頼む」
ミロ「ふざけるなよ。そんな馬鹿馬鹿しい事情でサンタなんかできるか!っていうか、お前が自分でやればいいだろうが!」
カミュ「駄目なのだ・・・その手はもう使えない」

 カミュの顔がますます暗く沈鬱なものになった。

カミュ「私とてお前に頼む前に自分でケリをつけようと思ったのだ。その証拠に、サンタ服一式は買い揃えた。ところがだ。何の弾みかこの間、タンスに入れておいたその服をアイザックが見つけて引っ張り出してしまって・・・・・子供二人、えらくショックを受けてしまった。私もショックだった。もはや化けてもバレるだけだ。それでやむなく、面の割れていないお前に代役を頼むことにしたのだ」
ミロ「勝手に決めるなよ!俺はいやだ!」
カミュ「頼む!お前しかいないのだ!こんな所に引きこもってるおかげで、私は他に友人がいない!」
ミロ「う・・・・・・(汗)」
カミュ「頼めるのはお前だけなのだミロ・・・・・・!」

 このとおりだ、と頭を下げるカミュの姿は痛々しかった。
 友人のこんな顔を見るためにはるばるシベリアに渡ってきたのではない。
 結局、ミロは盛大に溜め息をついてこう言わざるをえなかった。

ミロ「・・・・・わかった。サンタでもなんでもやってやる」
カミュ「本当か!?」
ミロ「仕方ないだろ」

 そう、仕方ないではないか。
 友の頼みなのだから。



 翌日。
 子供たちが起きてくる前に、ミロはカミュによってタンスの中に隠された。
『お前の隠し場所はタンスしかないのか!?サンタの服みたいに見つかったらどうする気だ!!』と抗議はしたのだが、カミュが絶対にタンスは死守してみせると堅く誓ったのでそれ以上強く言えずに従ったのだ。
 そんなこんなでほとんど間男状態の蠍座の聖闘士・ミロ。
 朝の師弟の会話を薄い木の戸ごしに聞くハメとなった。

カミュ「おはよう、アイザック。氷河はまだか?」
アイザック「おはようございます、先生。氷河は今、部屋で着替えてます。すぐ来ると思います」

 お、なかなか礼儀正しいじゃないかとミロは一人で感心した。
 カミュ、伊達に子育てをしているわけではないようだ。聞こえてくる会話は和やかで暖かくて、師弟の関係がとても良い状態にあるとすぐにわかる。
 やがてもう一つの子供の声が加わった。

氷河「先生、おはようございます」
カミュ「おはよう、氷河。少し遅いな」
氷河「ご、ごめんなさい・・・」
カミュ「怒っているわけではない。ほら、早く朝食を食べろ。修行の時間は待ってはくれんぞ」
氷河「はい」

 カチャカチャと食器の触れ合う音が響く。子供たちが食事を始めたらしい。
 カミュが言った。

カミュ「今夜、サンタが来るそうだ」
子供『えっ!?』

 素直な驚きの声。
 隠れていたミロも、思わず微笑した。

アイザック「本当!?先生!」
カミュ「ああ。サンタ基地から連絡があった」
氷河「僕たち、サンタさんに会えますか?」
カミュ「少しだけなら会える」
子供『わーい!』

 だが、一旦はしゃいだ二人は、そこで重大な疑問に気がつく。

アイザック「あの・・・・・・そうすると先生は今日お出かけ・・・・?」
ミロ「(・・・・・バレバレだな;)」
カミュ「馬鹿な。私も一日中ちゃんと家にいる。サンタと会って困るような事は何も無い」
氷河「でも、この間タンスに服が・・・・」
カミュ「あれは・・・あれは偽サンタのものだ」
『偽サンタ!?』

 二人の子供と、ついでにタンスの中にいるミロの心の声とがピッタリとハモった。

カミュ「そうだ。偽だ」
アイザック「先生、偽サンタってなんですか!?」
カミュ「その名の通りニセモノのサンタだ。クリスマス前後になると出て来て、プレゼントを配る代わりに人の家のものを盗っていく。非常にタチの悪い輩だ」
氷河「それがここに来たんですか!?」
カミュ「あ、ああ。たまたま私が見つけたので一匹始末しておいた。あの服はその名残だ」
アイザック「偽サンタと本当のサンタは見分けがつくんですか?」
カミュ「初心者には難しいな。まあ、サンタ基地から事前連絡が無い奴は大抵ニセだと思うがいい」
アイザック「わかりました!」
氷河「その、ニセモノをみつけたら、僕たちもやっつけた方がいいんですか?先生」
カミュ「いや、やめておけ。あれは結構手強い。負けるとお前達がプレゼントにされてしまうのだ」
氷河「僕たちが!?」
カミュ「そうだ。恐いだろう?」
氷河「恐いです」
カミュ「だから、それらしいのを見つけたら私に報せるのだ。代わりにカタをつけてやろう。わかったな?」
子供『わかりました先生!』
ミロ「・・・・・・・・・・・・(滝汗)」

 どうしてこんな話になっているんだろう・・・・・
 ミロは額に汗を浮かべながら硬直していた。
 もし今何か物音を立てて見つかりでもしたら、間違いなく偽サンタに断定されて葬られる。
 ヘタをすればカミュと一騎打ちで千日戦争。それだけは避けたい。

カミュ「さあ、話はこれぐらいにして早く修行を始めろ。怠けていると本当のサンタも来なくなるぞ」
子供『はい!』

 子供たちが外に行ってしまうまで、ミロは身動き一つしなかった。
 やがてカミュが外からタンスの戸を開けてくれた。

カミュ「・・・・もういいぞ、ミロ」
ミロ「ちっとも良くない!!お前何だあの話は!?偽サンタってどういうサンタだ!!」
カミュ「いや私ももう何が何だか・・・・今から冷静に考えてみるとサンタのフリした単なる泥棒の話だったような・・・・・」
ミロ「おい、俺は大丈夫なんだろうな!?偽サンタにされることはないだろうな!?」
カミュ「お前はサンタ基地から事前連絡が入ってることになっているから大丈夫だ。・・・・というか、何だサンタ基地って・・・」
ミロ「お前が自分で言ったんだろうが!・・・・ったく。それで?俺は次に何をしたらいいのだ?」
カミュ「これを着てくれ」

 差し出されたのは定番の赤い服

ミロ「・・・・・やっぱり着るのか」
カミュ「当たり前だ。付け髭もあるぞ。あとはトナカイ2匹の調達を頼む。で、段取りだが・・・・」
ミロ「いやちょっと待て」

 何か?と聞き返すカミュに、ミロはずいっと詰め寄った。

ミロ「お前今、トナカイ2匹とか言わなかったか・・・・?」
カミュ「言ったが?」
ミロ「そんなもの調達できるか!!」
カミュ「しかしサンタは2匹のトナカイが引く橇で来るものだとあいつらは信じて・・・・!!」
ミロ「冗談ではないぞ、この区域は徒歩だと言え!!」
カミュ「できればこれ以上嘘はつきたくない」
ミロ「黙れ!!」

 その後。
 ミロは抵抗したものの結局押し切られ、「できるだけの手配はする」ということで折り合いがついた。
 しかし一体どこを探せばトナカイが手に入るのか。
「ふざけんなよ!」の一言を残し、彼はシベリアの大地を光速移動で駆け去っていった。



 そして夕方。

カミュ「・・・・・なるほど。それがトナカイか」
ミロ「そうだ」

 帰って来たミロは目付きも鋭く殺気立っていた。
 その後ろに佇む牡羊座と山羊座の黄金聖衣。

ミロ「無理を言って借りてきたのだ。文句つけたら殺ス」
カミュ「いや、素晴らしいと思う。いろんな意味で。・・・・骨を折ってもらってすまなかった」
ミロ「お前は一日、何をしていたのだ?」
カミュ「物置にしまっていた古橇にペンキを塗った。自宅の物だとバレたら一巻の終わりだからな。ちょっとつないでみよう」

 二人は、聖衣を橇につないでみた。








ミロ「・・・・何かが違くないか・・・?」
カミュ「たぶん、鼻が赤くないせいだ」
ミロ「いやー・・・どうだろうな;」
カミュ「幸いペンキの余ったのがある。塗ってみよう」

二人は塗ってみた。







ミロ「ますます違くないか・・・・・?」
カミュ「どうしてだろうな。角もあるし鼻も赤いし条件は完璧にトナカイなのに・・・」
ミロ「おい、色を落とそう。考えてみれば、これは借り物ではないか」
カミュ「駄目だ。油性なので落とせない」
ミロ「・・・待て。俺はどの面下げてこんなケッタイな聖衣を返しに行けばいいと・・・?」
カミュ「シュラもムウも、気のいい奴だから許してくれるだろう」
ミロ「許すものか!!戻せ!今すぐ元に戻せ!シンナーか何かないのか!?」
カミュ「多感な子供のいる家にそんな危険なものを置いてはおけん。無い」
ミロ「本気で殺すぞ貴様・・・」
カミュ「むっ!いかん、ミロ!帰って来た!」
ミロ「!?」

 カミュに言われて耳をそばだてれば、確かに向こうの方から子供たちの声が近づいてくるところだった。
 保護者とサンタはまた別の意味で慌て出した。

ミロ「お、おい!どうすればいいのだ!?」
カミュ「とりあえずこのトナカイ一式と一緒に物置に入っててくれ!着替えもそこでやれ!夕食が終わった頃に出てくるのがベストタイミングだ。頼むぞ!」
ミロ「夕食後・・・って何時間あるとおもってるのだ!!冗談ではないぞ、このクソ寒いところでそんなに待っていられるか!!」
カミュ「お前も文句の多い男だな」
ミロ「貴様にだけは言われたくない!!」
カミュ「まずい、こんな事をしていては見つかってしまう。仕方ない、ミロ、奥の寝室に隠れていろ。時間が来たら窓から抜け出して表に回ってくれ」
ミロ「おい、そう言えばまだプレゼントを預かっていないぞ?」
カミュ「は!そうだった!」
ミロ「・・・・肝心なことを忘れてどうする・・・どこにあるのだ」
カミュ「私のベッドの下に隠してある。タンスでなかったので難を逃れた。準備しておいてくれ」
ミロ「わかった」

 それから二人は光の速さでトナカイセットを物置に放り込むと、カミュは弟子を出迎えに、ミロは時間まで身を隠しにそれぞれ反対方向へ散ったのだった。



 こぢんまりとした寝室。台所から、夕食の匂いが漂ってくる。今日の修行の一部始終を報告する、子供たちのはしゃいだ声。
 それを、ミロはベッドにひっくり返って、退屈しながら聞くともなしに聞いていた。
 音を立てては行けないのでむやみに動き回れず。
 かといって寝てたらタイミングを逃す恐れがあるので油断もできず。
 サンタ服に着替えた後は何もすることがなかった。

ミロ「プレゼント、か・・・・」

 ベッドの下から発掘した二つの紙袋を見る。
 袋自体は花模様の綺麗なものだったが、ラッピングといえるほどのことはされていなかった。大体、袋の口は大きく折りっぱなしたままでシールの一つも貼っていない。
 この、気配りはするが基本的にはやっぱり武骨なあたりがカミュらしいと言えばカミュらしかった。
 中には何が入っているのだろう。

ミロ「・・・・・・・・・」

 見てもいいよな。サンタだし。
 好奇心に負けて、ミロは一つの袋の折り目をそっとほぐしてみた。
 まず見えたのは小さなプラスチックのカップ。それから何色かの色鉛筆。その下に、細かな菓子がたくさん詰まっていた。
 ・・・・脈絡もなく、他愛も無い。が、子供たちはきっと喜ぶのだろう。
 この内容ならむしろサンタの服の方が高いような気もしたが、店で選んでいるカミュの姿を想像するだけで、思わず口元がほころんだ。
 居間からの会話が聞こえた。

氷河「先生、サンタさんはいつぐらいに来ますか?」
カミュ「お前達が好き嫌いをせずに全部食べ終わった頃来るそうだ」
アイザック「氷河、はやくニンジン食べちゃえよ。サンタさんが来ないじゃないか」
氷河「う、うん」

 カチャカチャ。
 苦手なものと挌闘しているのであろう。食器の音がする。
 そろそろ外へ出ていた方がいいか。
 ミロは手もとの袋の口を折り直そうとして・・・・・ふと思い付いた。

ミロ「・・・・・サンタだしな」
 
 そしてもう一度、袋の口を開けた。



 ガガガガタタタンッッ!!
 盛大な物音が外から響き渡ったのは、氷河とアイザックが食後のテーブルの後片付けをしていた時だった。

氷河「サンタさん!?」

 一足飛びに、窓へ駆け寄る二人。
 だが、そこで彼らが見たものは。
 半壊した物置の扉の奥から、何やら引っ張り出そうとしている赤い服の男の姿だった。
 ・・・・・・・・・・・・・・・

二人『偽サンタだ!!』
カミュ「!ちょっ・・・ちょっと待てお前達!!」

 師匠の止める声も聞かずに、子供たちは表へ飛び出した。
 サンタのフリをしながらプレゼントをくれるどころか、人のうちのものを盗っていく恐るべき敵・偽サンタ。
 先生は手出しをするなと言ったけど、こんな奴に負けるようではきっと聖闘士になんかなれない!

氷河「偽サンタ!覚悟!」
アイザック「逃がさないぞ偽サンタ!」

 二人の声に、物置小屋をあさっていた人影はぎょっとしたように振り向いた。
 先手必勝。
 子供たちは大声とともに、覚えたばかりの技を打ち込みはじめた。



 ・・・・・かわすことなら造作も無かった。
 相手は所詮まだ年端も行かぬ聖闘士見習い。対して自分はサンタに見えても黄金聖闘士。子供の繰り出す拳など、向こう30発は見切ってまだおつりがくる。
 しかしなんでこんな事になったのか・・・・
 飛んでくる拳と蹴りとを音も立てずによけながら、ミロは自分の行動を振り返った。
 窓から出たのは別に良かった。
 物置までたどり着くのも、吹き溜まった雪に一度は埋もれたりしたもののまあなんとか行けた。
 だが、いざトナカイを出そうと物置に手をかけたら・・・・・これが開かなかった。
 ドアが夜気の寒さで凍り付いたせいだろうが、とにかく開けないことにはどうしようもない。
 橇はまだしもトナカイはレンタルだ。今夜中に返却を約束してある。
 思わず焦ってむりやりこじ開けようとしたら、黄金聖闘士のパワーに耐え切れず、扉が割れた。
 その時ひどい音がしたのがやっぱりいけなかったのだろう。子供たちが気づいてしまったというわけか・・・

ミロ「・・・・・・・・」
氷河「えいっ!えいっ!」
アイザック「たあーーーっ!!」

 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・どうでもいいが、カミュよ。早く止めてくれ。
 そんな思いで家の方を見れば、友人は戸口のところで何やら難しい顔をして子供たちの様子を見ている。
 ちょっと拳を振って首をかしげたりしている辺り、どうやら戦闘フォームを手直ししているようだ。

ミロ「(あっっっの教育馬鹿がっっっ・・・・!!)」
氷河「くそっ!うろちょろするな!偽サンタ!!」
アイザック「いい加減に観念しろ!じっとしてろ!!」
ミロ「っ!!」

 ミロの中でなにかがぷつりと切れた。

ミロ「鬱陶しいわガキどもが!!」
ガキども『!!』

 でっかい声で怒鳴って本気の一撃を地面に打ち込むサンタ。
 積もっていた雪が放射状に吹き飛ぶ。
 もちろん、上に乗ってた子供もろとも。

子供『わーーーっっ!!』
カミュ「氷河!アイザック!」

 あやうく雪崩(?)に飲まれそうになった弟子二人を、カミュがとっさに救い出して。
 しばしの後、辺りはようやく静かになった。

カミュ「ミ・・・・サンタ!いくらなんでも子供相手に本気を出すこと無いだろう!?」
ミロ「黙れ!呼んでおきながらロクな扱いをしないお前が悪い!!」
氷河「先生・・・偽サンタはやっぱり強いです・・・!!」
アイザック「俺達、プレゼントにされちゃうの・・・?」
カミュ「安心しろ。そんなことさせるものか。というか、あれは偽ではない。本物のサンタだ」
子供『本物!?』

 子供たちはまんまるに見開いた目をミロに向けた。
 本物のサンタさん・・・・

アイザック「・・・・って、こんなに強かったの・・・・?」
カミュ「そうだ。最近は偽サンタが出回っているから、自己防衛のためにサンタも少しは進化するのだ」
ミロ「・・・・・・・・・・・お前、またそういう・・・・・・・;」
氷河「じゃあ・・・じゃあ僕たち・・・・本物のサンタさんに攻撃しちゃったんだ・・・・」

 呟いた氷河が、目に見えてしょんぼりとした。

氷河「・・・・・・・サンタさん、怒った・・・・?」
カミュ「氷河!そんなことはない!サンタはきっとわかってくれる!なあサンタ!」
アイザック「先生・・・いつからそんなにサンタと親くなって・・・・?;」

 カミュの視線は半ば脅迫でもしているかのようだったが、それよりもおずおずとこちらを伺う子供たちの目の方がミロにはこたえた。
 怯えさせてしまった・・・・・・サンタなのに・・・・・

ミロ「いや・・・・・怒ってはいない」
氷河「・・・・ほんとう?」
ミロ「ああ。俺が何のためにここに来たと思っているのだ?」

 にっこり微笑む。
 口元は付け髭に隠れて見えなかったが、優しく緩んだ目元で、子供たちはわかったのだろう。
 顔がぱっと輝いた。

アイザック「プレゼント!」
氷河「くれる!?」
ミロ「だから、そのために来たのだ。ほら、受け取れ」

 ミロは駆け寄ってきた氷河とアイザックに、紙袋を手渡した。
 
氷河「わあ・・・!」
アイザック「ありがとう、サンタさん!」
ミロ「偽サンタ狩りはもうやめるのだぞ。いいな」

 すっかり子供らしい表情ではしゃぐ二人の頭をなぜてやる。
 ちらりとカミュの方に視線を向けると、友人はなんとも言えないような微笑をしてほんの少し頭を下げてみせた。
――――――――ありがとう。
――――――――どういたしまして。

ミロ「さあ!それでは俺はもう帰る。元気でいろよ、二人とも」
子供『はい!』
ミロ「先生の言うことを良く聞いて修行に励め。それから・・・・」

 と、その時。
 物置の方から目も眩むばかりの光が射してきた。

氷河「!」
アイザック「何だ!?」

 全員が振り返るその先で、ゆっくりと空中に浮かびあがるあれは・・・・・・

子供『トナカイさんだ!!』
ミロ「・・・・どうしてあれがトナカイに見えるんだお前ら・・・・・;」
カミュ「鼻が赤いからだろう。それしかない」

 その鼻の赤い二匹のトナカイ・・・・というか鼻の赤い二体の黄金聖衣は、橇を引いたまま今にも夜空に飛び立ちそうな気配を見せている。

ミロ「いかん、レンタル期限が迫っている!じゃあな、お前ら!元気でな!」

 ミロは慌てて橇に飛び乗った。
 その直後。
 子供たちが別れの言葉を言う暇も無く、トナカイ達はさながら一筋の流れ星と化してサンタを連れ去っていってしまったのだった。



氷河「サンタさん、すぐに帰っちゃったね・・・」
アイザック「ああ。もっといろいろお話したかったのにな」

 部屋に帰ってからも、子供たちは残念そうな、けれどまだ夢を見続けているような目をして話あっていた。
 カミュが後ろからぽん、とその肩を叩く。

カミュ「二人とも、プレゼントは?もう中を見たのか?」
氷河「まだ!」
アイザック「なんだろう?」

 二人はいそいそと袋の中を覗き込む。カップを取り出して喜び、色鉛筆を見て喜び、そしてたくさんの菓子を見て喜ぶ。
 アイザックが、袋を逆さにしてテーブルの上にあけた。
 カツン・・・・

氷河「アイザック!何か落ちたよ!」
アイザック「ん!」

 銀に光る「何か」は、ころころと転がって部屋の隅で倒れて止まる。
 それは一枚の貨幣だった。

カミュ「!」
アイザック「お金だ!」
氷河「すごい!僕のは・・・!?」

 もちろん、氷河のにもちゃんと一枚入っていた。
 ごく小額の、小さな飴の箱を買ったら終わってしまうほどのものではあったが、子供たちにとっては新鮮な驚きだったに違いない。
 大事そうに手のひらの上にのせて見入っている。

カミュ「・・・・・・・・・」

 カミュには、しかしそれを入れた覚えはなかった。
 いつ?だれが?
 ・・・答えは、一つしかない。

カミュ「・・・・・・・あいつか・・・・・・・・・」

 つくづく思った。
 なんと得難い友人だろう、と。



 その頃。
 「得難い友人」は大ピンチに陥っていた。

ミロ「いや、だからこれには色々わけがあって・・・・」
ムウ「その『わけ』とやらはあなたの格好見れば一発でわかるような気もしますけど、今は1月なんですよ?・・・まあそれはともかく。わけがあろうとなかろうと、こういうことをされては困ります」

 言ってムウが指差すのは、もちろん黄金聖衣の赤い鼻。

ムウ「洗っても落ちないじゃありませんか。どうしてくれるんです」
ミロ「油性ペンキだからシンナーか何かでこすれば落ちるとは思うんだが・・・」
ムウ「そんなことしたって駄目ですよ。この聖衣は既に死んでいます」
ミロ「お前それはいくらなんでも嘘だろう!?鼻を塗っただけではないか!」
ムウ「窒息死したんですよ。修繕にあなたの血、もらいますからね。一体につき全身の半分の血で、ちょうど二体行けます」
ミロ「行けるか阿呆ーーーっっ!!」

 そこへ、自分の聖衣が帰って来たことを知ったシュラも引き取りに降りてきた。

シュラ「!?な、なんだこの聖衣は!?」
ミロ「あの・・・ほんとその・・・・・すまん;」
シュラ「お前、人の聖衣を一体何に使って・・・・・って、その格好見ればわかるが、しかし今は1月・・・」
ミロ「いろいろ事情があったのだ!」
シュラ「それはわかるような気がする;」
ミロ「だが、それでお前の聖衣を死なせてしまったらしいのだ!すまん!どんなことでもする!ムウ、やっぱり俺の血を全部やるから修繕してやってくれ!」
ムウ「・・・あなたも信じ易い人ですね・・・・油性ペンキなんですからシンナーで洗えばすぐ落ちますよ」
ミロ「だって窒息だと!」
ムウ「嘘に決まってるでしょうそんなもの。ミロ、もう少しちゃんと考えて行動しないといつまでたってもからかわれっぱなしですよ、あなた」
シュラ「からかうお前もお前だ。ほら、ミロ。そんな泣きそうな顔してないで、聖衣のことは許してやるから帰って休め。・・・というか、早く着替えろそのサンタ服・・・・・」

 促されて、ミロは帰っていった。
 天蠍宮に至るまでの全ての宮の住人を、「なぜサンタが今ここに!?」とびびらせながら・・・・



 それから三日が経過した日の昼。
 今度はカミュの方が聖域に尋ねてきた。

ミロ「どうした?めずらしいな」
カミュ「先日の礼をしに来た」
ミロ「礼など」
カミュ「言葉だけだが素直に受け取ってくれ。本当に助かった。ありがとう」

 ミロはくすぐったそうな顔をした。
 カミュが微笑してもう一つ続けた。

カミュ「あと、プレゼントも少しばかり重くしてくれたようだな」
ミロ「何の話だ?」
カミュ「私の覚えの無いものが入っていたぞ」
ミロ「知らんな。サンタがやったんだろう」

 照れているらしい。
 カミュは肩を揺らして笑う。

カミュ「まあ、ならサンタのせいにしておこう。で、だ。そのサンタのプレゼントを、あの二人が何に使ったかわかるか?」
ミロ「菓子でも買って食ったのだろう」
カミュ「いいや。違う」
ミロ「オモチャでも買ったか?」
カミュ「それも違う」
ミロ「?」
カミュ「わからんか?わからんだろうな。私も驚いた」

 狐につままれたような顔をしているミロに、彼はゆっくりと答えを明かしてやった。

カミュ「切手だ」
ミロ「切手?」
カミュ「そうだ。それでこれを書いた」

 取り出されたのは二通の手紙。
 宛先が『サンタさんへ』となっている。

カミュ「お前宛だ」
ミロ「・・・・・」

 ミロはしばしの間、目を丸くしてそれを見つめた。
 そして、とうとうこらえきれずに盛大に吹き出した。
 
ミロ「馬鹿なやつらだな。もっとマシなものを買えばいいのに」
カミュ「いいや、これ以上の買い物はないぞ。さすが私の教え子だ」
ミロ「それで、結局お前が持って来たのか?」
カミュ「まさか郵便局員に渡すわけにはいかんだろう?」

 顔を見合わせる。
 どちらからともなく、また一頻り笑う。

ミロ「ガキの考えることは予想がつかん。お前の教え子なだけのことはある」
カミュ「どういう意味だ。憎まれ口を叩いてないで、早く手紙を読んでみろ」
ミロ「ああ」

 ミロは封を切った。
 子供らしい、たどたどしい字面が並んでいた。
 こんな風に。

氷河「サンタさんへ。こうげきしてしまってわるかったです。ごめんなさい。こんどはしません」
アイザック「サンタさん、らいねんはもっとはやくきていっぱいいてください。まってます」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ミロ「・・・・・・・・・・・・・・・来年・・・・・・・あるのか・・・・・・・・・・?」
カミュ「・・・・・・あるらしいな・・・・・・・・・」

 ・・・・沈黙。
 そしてカミュがポン、とミロの肩を叩く。

カミュ「頼んだぞ!」
ミロ「〜〜〜っっ!!!」

 「二度とやらんわ!!」と怒鳴るミロの声が、ことさら虚しく聖域の空へと響き渡った。



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