じゃじゃ馬ならし



よく晴れた聖域のある日のことだった。
アテナが神殿から呼びに下りてきたとき、デスマスクは双魚宮でアフロディーテとチェスに興じていた。

デス「チェック」
アフロ「!待った!」
デス「待ったなし」
アフロ「ずるいぞ!君、ポーンを隠し持っていただろう!」
デス「するかよそんなこと・・・トランプじゃあるまいし・・・」
アフロ「トランプの時はするのか!?じゃあ何か、この間のポーカーのあれはやっぱりイカサマだったのか!?」
デス「どうでもいいだろ、前のことは。それより・・・」
アフロ「よくない!負けて君に酒をおごらされたのは私だぞ!あれがインチキだったというなら、君、私にフランス料理をおごり返せ!」
デス「お前がおごってくれたのはビール一缶だろうが。何で10倍以上で返さなきゃなんねえんだよ」
アフロ「利子と慰謝料だ。あと、これを機に友達やめるから、手切れ金」
デス「ふざけんな」
アテナ「デスマスク。離婚調停のところ申し訳ありませんが、ちょっといいですか?」

背後からかかった声に、振り向きもしないで彼は返した。

デス「・・・誰が離婚調停だクソ女神」
アテナ「あら、違いました?」
デス「違うに決まってんだろ!」
アテナ「でも、聞くところに寄ればあなた方は(ピーーーーーーー)だと」
デス「女神のくせに汚れた知識つけてんじゃねえ!俺はこいつと何の関係もないわ!」
アフロ「・・・・慰謝料3倍額・・・」
デス「おいなに呟いてんだてめえ」
アフロ「なんでもない。後で弁護士を通して請求するから、その時に」
デス「お前な;」
アテナ「デスマスク、話があるのです」
デス「なんですか」
アテナ「上へいらっしゃい」

 通常ならば「ああ?面倒くせえな、この場で話してください」と言っていたであろうデスマスクだったが、今回ばかりは残っていた方が面倒くさいことになりそうだったので、大人しく女神の後に従った。
神殿へ続く階段を上りながら、アテナは機嫌よく話し始めた。

アテナ「今、ポセイドンとハーデスがお客様として私の神殿にいらしていることは知っていますね?」
デス「しらねえよ!来てるんですか!?そんな世界分割会議みたいな会場には素で行きたくないんですが!」
アテナ「待ちなさい。逃げたら承知しませんよ。ほら、キリキリ歩く!」
デス「何で俺なんですか?サガあたり呼べばいいでしょう!?」
アテナ「彼はもう神殿に来ています。どうしてもあなたでなければ駄目なのです」
デス「積尸気で何かあったんですか?」
アテナ「違います。何があるというんですかそんなところで・・・」

神殿につくと、まず席についたジュリアン・ソロの顔が眼に入った。
胸を張って堂々とした雰囲気をかもし出しているところから、既にポセイドン憑依済みだということがよくわかる。
その隣にはきれいな顔をした少年が控えており、その隣には・・・・

デス「・・・・アテナ。あれ、いいんですかあのままで」
アテナ「ええ、期間限定ですから。そうですね?ハーデス」
ハーデス「・・・・ああ」

髪の黒い瞬はアテナに向かって物憂げに微笑んで見せた。
そして、彼の隣にラダマンティスが従っている。
テーブルの反対側を見ると、サガとカノンの二人がかしこまっていた。

デス「どう考えても場違いな気がするんですが、俺・・・」
アテナ「黙ってなさい。ハーデス、ポセイドン、こちらがです」
デス「おいこら女神コラ」
アテナ「黙ってなさい!ハーデス、ポセイドン、どうです?」
デス「?」

何が「どうです?」なのか皆目わからず眉をひそめるデスマスク。
ハーデスとポセイドンはしばし彼を値踏みするように見ると、

ポセ「・・・なるほど。まあ、体力だけはありそうな男ではあるな」
ハーデス「一度は余の手駒に使ってやった事もあったな。しかし大した役には立たなかった。そうだったな?ラダマンティス」
ラダ「はいまったく。ハーデス様、やはり私はカノンが良いと思います」
ハーデス「ということだ。アテナよ、余はカノンをいただきたい」
ポセ「待て。カノンが欲しいのは貴方だけではないぞ。私だって、とカノンを比べるのなら断然カノンだ」
デス「初対面の貴様に蟹呼ばわりされたくないわ!アテナ、何なんですかこいつら!?」
アテナ「スカウトです」
デス「すかうとぉ?」
アテナ「そう。ハーデスは冥界が多忙で人手が足りないという理由で。ポセイドンはお供が現在ソレント一人しかいないからという理由で。それぞれ有能な人材を欲しがっているのです。それで、高級人材をたくさん把握している割に使い道が無い私に、こうして融通を求めているわけです。で、カノンは黄金聖闘士からあぶれた位置にいるうえ、お二人とも相当高くかって下さっているようで・・・」
デス「だったら売ってやればいいだろ。さっさと」
アテナ「そういうわけには行きません」

アテナはきゅっと唇をひきしめると、ハーデスとポセイドンの二人に向かった。

アテナ「二人とも。もう何度も申し上げたとおり、私は心を決めてしまったのです。つまり、蟹を里子に出すまではカノンはあげられない、と」
デス「何だそれは!?おい、ふざけんなよ、誰が里子だ!!」
アテナ「(無視)考えても見てください。お二人に乞われるとおり優秀な人材からどんどん輸出していってしまっては、最後に手元に残るのは間違いなくこの蟹一匹。ゼロの方がマシです。それならいっそのこと、残って欲しくないものから先にさばくのが人情というものでしょう」
デス「どこが人情だよ!ぶっ殺すぞクソ女・・・!」

ガンッ!!

サガ「・・・・さっきっから黙って聞いていればアテナ相手に無礼な発言をポンポンと・・・いい加減にせんと、次は眉間に風穴を開けるぞ」
デス「無礼なのは俺か!?今までのやりとり、どこをどう聞いても喧嘩売ってんのはこの女の方だろうがよ!!」
サガ「黙れ!!お前も男なら売られた喧嘩を一々買うな!!相手は13歳だぞ阿呆!!」
カノン「・・・ひょっとして、アテナを一番バカにしてるのはお前じゃないのかサガ・・・」

そんなやりとりを尻目に、当のアテナは神々相手にさっさと話を進めている。

アテナ「もしお二人のうちどちらかでも、蟹の方を欲しいとおっしゃるのならば、前々からよく存じ上げている貴方達の事、遠慮はいりません。持って行きなさい」
デス「嫌だ!おいアテナ、あんた本気で俺をこんな奴らに売りとばす気ですか!?」
アテナ「デスマスク、売り飛ばすだなんて私はそんな。厄介払いと言って下さい」
デス「なお悪いわ!!」
アテナ「落ち着いて。私だって辛いのですよ。でも、あなたは今度の24日にお誕生日を迎えるでしょう?そろそろ自分の人生について考え直す必要もあるのではありませんか。これはチャンスなのですよ、デスマスク」
デス「リストラを促す人事部長かてめえは!!絶対いやだ!絶対!」
アテナ「どうして?そんなに私のもとにいたいのですか?」
デス「うっ・・・・」

デスマスクはつまった。
正直言うと全然いたくはないのだが、こういう追い出され方は沽券に関わる。
歯軋りしてアテナを睨みつけるしかない彼を、ハーデスとポセイドンは面白そうに眺めていた。

ポセ「私の手に負える奴ではなさそうだな。これならばソレント一人で我慢した方がまだましというものだ。頭痛の種を背負い込むのはごめんだな」
ハーデス「同感だ。余の配下のものは皆、余に忠誠を誓ってくれるからこそ意義がある。こんな男ではとてもとても・・・。3日で腹立てて殺してしまうのも気の毒だ」
アテナ「・・・・・・・・」
ラダ「私どもの手駒に使ったときも何の役にも立ちませんでしたし、三下と言う以上の印象はございません。このような者を抱え込んだら仕事が増えるばかりでしょう」
ソレント「ポセイドン様、かくなる上はソロ家の使いっぱしりとして適当に雇うのはいかがでしょうか。この男の奉公先が決まればカノンを得られるのですから・・・」
アテナ「・・・ちょっと待ってください、皆さん。ほとんど初対面な貴方達に、そこまで部下をけなされる覚えはありませんよ」
デス「俺はてめえの部下なんかじゃねえよ!!」
ポセ「ほら」

肩をすくめるポセイドン達。
アテナはそれを厳しく見返して、

アテナ「確かに、私は彼を雇っていて何かいいことしてもらった覚えなんか全くありませんし、むしろ徹底的にいやな目にばかり遭わされてはいます。ですが、彼だって間違いなくアテナの聖闘士!ちょっとつっぱってはいますけれど根はいい人なのです!きっと!たぶん!」
ポセ「二十歳を過ぎたツッパリもどうかと思うが」
ソレント「ポセイドン様。それを言ってはいけません。何と言っても私達が得ようとしているのは、28にしてつっぱっていた過去を持つ男ですよ」
カノン「・・・・(汗)」
アテナ「歳のことは関係ありません。デスマスクをけなすなと私は言っているのです!」
デス「あんたにそれを言う資格はねえよ」
ハーデス「アテナ、貴方がどう言おうが、事実目の前に見る男は意固地の塊だ。真実ほど雄弁なものはあるまい」
アテナ「ならば私が別の真実を見せて差し上げます。デスマスクを、忠誠心溢れた聖闘士にしてみせますとも!」
デス「いや、余計な世話だ・・・」
サガ「よくぞおっしゃいました、アテナ」

サガが言って、一歩前に踏み出した。

サガ「私も貴方に同感です。この男は確かに口も性格も素行も悪い。しかし、忠誠心が無いわけではないのです。それは私が誰よりも良く知っている。里子に出すのはしばしお待ち下さい。私もできる限りのことをして、デスマスクを叩き直して見せます」
アテナ「そう、そして彼がまっとうな聖闘士になったなら、カノンを譲ることもあきらめていただきましょう。いいですね、神様方」
ハーデス「いいも何もあるまい。なんなら金もかけよう。貴方のお好きな額を差し上げる」
ポセ「私も出そう。ただし期限を決めさせてもらおうか。彼の誕生日が近いと言われたが、その24日までに真の聖闘士になっていなければ、こちらで相談し、カノンをいただくぞ」
アテナ「どうぞご勝手に」
ハーデス「・・・良いのかな。反抗心溢れる男の前でそのような約束をして。必ずや、貴方を裏切ろうと画策するだろうに」

ハーデスとポセイドンは口の端で笑った。
そして、しばしの別れの言葉を口にすると、すっと自分達の拠り代から離れていった。

ソロ「・・・?こ、ここは一体・・・?はっ、沙織!」
瞬「え?聖域?どうして僕がこんなところに・・・。って、ラダマンティス!?じゃあ僕はまたハーデスにとりつかれてたわけ!?」

やや混乱は残っていたものの、アテナは意に介さずにサガと頷きあう。

アテナ「・・・というわけですので、デスマスク。覚悟してもらいますよ」
サガ「私の弟の進路に関わることだからな。容赦せんぞ」
デス「・・・・・(滝汗)」

やっぱり素直にあの世か海かに行っとけば良かったと、デスマスクは思った。




その翌朝。
噂は聖域中に広まっていた。

アフロ「デスマスク!」

朝っぱらから勢い良く飛び込んできた友人は、何やらでっかい包みを抱えていた。

デス「・・・・・っるせぇー・・・・・」
アフロ「起きろ!デスマスク、君は冥界に行くのだそうだな。イカサマの反省か?」
デス「それは全然関係ねえ。・・・・っていうか、まだ決まってねえぞ行くなんて・・・」
アフロ「これは私からの餞別だ。少し早いが誕生日プレゼントも兼ねている。受け取れ」
デス「・・・・ああわかった。そこ置いとけ」
アフロ「今開けろ」
デス「・・・・・・・・・・・んー・・・」
アフロ「起きて今開けろ!」
デス「ったりぃー・・・・」

耳元で怒鳴られてしぶしぶ起き上がるデスマスク。
半眼のまま、ほとんど手探り状態で包みを受け取り、破って開ける。
中からでてきたのは・・・・・

手編みの蟹聖衣。(ウール100%)

デス「着れるかこんなもん!!」
アフロ「コキュートスは寒かろう?」
デス「いくら寒くても仮装する気はねえ!!」
アフロ「頑張ったのに・・・」
デス「やかましい!大体なんだこの配色は!?半分黄色で半分黒!」
アフロ「昨日までに、黄金聖衣らしく黄色で半分編んでいたのだ。そしたら君が冥界に行くというだろう?だから残りは冥衣にした。リバーシブルに使ってくれ」
デス「リバーシブルは表と裏だ!上と下で分かれているのにリバーシブルもくそもあるか!」
アフロ「何でそんなに怒鳴るのだ!一生懸命徹夜であんだのに!」
デス「それがより嫌だ!!男の手編みをもらって嬉しい男がどこにいんだよ!!編み目が妙に綺麗なのも嫌だ!」
アフロ「勘違いするな!私がそこらの女子学生のようなウキウキ編み物気分でこれを編んだとでも思っているのか!?まずこれを編む!そして誕生日に君に渡す!君が断れずに着る!それを皆で笑う!そういう計画だったのだ!」
デス「帰れ貴様は」

手元の品を投げつけたところに、今度はまた続々とその他の黄金聖闘士がやってきた。

シャカ「蟹。いよいよあの世へ左遷されると言うのは本当かね?出発の手伝いぐらいはしてやってもいいぞ、六道輪廻で」
デス「いらん!」
ムウ「あの、デスマスク。あなたがメインブレドウィナの人身御供に選抜されたって話なんですけど、やめといた方がいいと思うんですよ。いえ、あなたはどうでもいいんですが、海闘士の方々が・・・。すごい壊れやすそうな柱になる気がしますし」
カミュ「デスマスク。お前の連続幼児殺害がついにサツにばれて本日中にも逮捕されるというのは本当か?」
ミロ「嘘だよな!嘘だといってくれ!いや、本当でも構わん。安心しろ、警察がどうだろうと俺が贖罪を認めてやる!ちょっとそのまま動くなよ!スカーレットニード・・・」
デス「だあああやめろっ!何なんだお前らは!!出てけ!」
シュラ「おい、自棄になるな。ほとぼりが冷めるまで冥界で預かってくれるそうではないか」
バラン「違う。海界だ」
デス「それも違う!っていうか違うところが違う!いい加減にしろ!人のことはほっとけ!」
リア「まったくだ。皆、ガセネタに振り回されすぎだぞ。デスマスクは犯罪がらみで出て行くのではない。3つの時に生き別れた義理の母親を探してジブラルタル海峡を渡るのだ。そうだったな?蟹」
デス「いや、弁護してくれてるところ悪いが、多分お前が一番違う」

起きたばかりだというのに、何だかどっと疲れが出てくる。

サガ「何をやっているのだ騒々しい。デスマスク、アテナがお呼びだぞ」
デス「サガ!丁度いいところにきた。こいつらが勝手なことばっか言って困ってんだよ。何とかしてくれ!」
サガ「なに?」

周り中がやいのやいのと殺人だの柱だの海峡だのと自己アピールするのを、サガはしばらく黙って聞いていた。
そして、

サガ「一体何がどうなってそんな馬鹿げた話になったのかはわからんが・・・デスマスクはただ、しばらくアテナ付きで行儀見習いをするだけだ。冥界にも海界にも行かんぞ。ずっとここに居る」

・・・・・・・・・・・・・・・・

一同「なんだ、居るのか」

「つまらん」「がっかりだな」「久しぶりにいい話かと思ったが」「あーあ」・・・・・・

サガ「・・・・。・・・・お前、イジメられっこなのか?ひょっとして」
デス「知るか!!」

同情の眼差しを向けたサガに、デスマスクは思いきり怒鳴り返したのだった。





神殿では、アテナとカノンが蟹の連れて来られるのを待っていた。

カノン「あのデスマスクが大人しく言うことを聞くようになると、貴方は本当に思っておいでですか?」

気がかりそうに訊ねる男に、しかし女神はにっこり微笑む。

アテナ「なぜそのようなことを聞くのです?貴方だって今はこうして私の元に来てくれているではありませんか」
カノン「私は確かに。しかし蟹は・・・・」
アテナ「カニでもワニでも、私に大人しくさせられないということはありません。大丈夫、彼は本当はとってもいい人なのですよ」
カノン「そうでしょうか」
アテナ「そうですとも。見ていて御覧なさいな」

 きっぱりという。
 問題の男がサガに首根っこを掴れるようにして連行されてくると、彼女はさっさと立ち上がり、花のような笑顔を向けて出迎えた。

アテナ「いらっしゃい、デスマスク」
デス「・・・あんたに先に言っておきますがね。俺は行儀見習いなんざ金輪際ごめんですからね!馬鹿馬鹿しい、何が楽しくて神サマの道楽に付き合ってやらなきゃなんないんですか。欲しいっつーんならさっさとカノンをやりゃあいいでしょう?24日まで待っても、どうせ結果は同じですよ」
アテナ「聞きました?カノン。ね?デスマスクはとっても大人しいでしょう?私に反抗する気なんかまるで無いのですよ。ご覧の通り」
カノン「・・・・(汗)」
デス「おい、何言ってんだ!?聞こえねえんなら耳元で怒鳴るぞこのクソ女!俺はてめえに尽くすつもりなんざ欠片もねえんだよ!!」
アテナ「大丈夫、そんな大声で忠誠を誓っていただかなくても、貴方の気持ちはよくわかっていますよ。私のためなら何でもしてくれると言うのでしょう?でも、申し訳ないのですけれど、今のところとりたてて用も無いですし・・・」
デス「っっ!てめえ一体どういうつもり・・・・」
アテナ「そう、どうしても何かをしたいと言うのですね。仕方ありません。では、ちょうど喉が渇いたところですし、ロドリオ村の井戸から水を一杯汲んできてください。走って」
デス「誰がやるか!!」
アテナ「サガ、どうやらデスマスク一人では道がわからないようです。一緒に付き添ってあげてくださいね」
サガ「承知いたしました」
デス「おいっ!ふざけんなよてめえら!っ、放せ!放せって!っっっの・・・・クソ女神ぃぃぃぃっっ!!!」

・・・・サガに襟首ふんづかまえられた蟹は、ずるずると神殿から引きずり出されていった。

カノン「・・・・・・・アテナ・・・・・・これは・・・・・」
アテナ「ホホホ。昨晩サガと一緒に考えた誉め殺し大作戦です。叱るよりも誉めた方が情操教育には良いと言うでしょう?」
カノン「いや、しかしこれは誉めるというか何と言うか;」
アテナ「本来ならば蟹の良い行いを誉めてあげるべきなんですけれど、あいにく誉められるようなことはしてくれません。ならば無理矢理誉めるしかない、ということで」
カノン「はあ・・・」
アテナ「デスマスクもそのうちあきらめて反抗しなくなるはずです。気長に待ちましょう」
カノン「・・・いいんでしょうか、そんなんで・・・・」

 やがてデスマスクが帰ってきた。
 相変わらず襟首をサガに握られ、道中何があったかそこはかとなくボコボコな感じではあったが、片手にはちゃんと水の入ったコップを持っている。

アテナ「ありがとう。私のために汲んできてくれたのですね」

 微笑を絶やさないアテナが、そのコップを受け取ろうと歩み寄った瞬間。

デス「たっぷり飲めや」

べしゃっ!

アテナ「・・・・・・・」
デス「けっ。いいザマだ」

 女神の顔面に水をぶちまけたデスマスクは、そう吐き捨てて引きつった笑いを顔に浮かべた。
 だが。

アテナ「あらあらあら。手が滑ってしまったようですね。もう一度汲んできてくれるのですかありがとう」
デス「いかねえよ!!」
アテナ「すぐ行く、と。頼もしいですね。ではサガ、申し訳ありませんが、もう一度付き添いをお願いしますね」
サガ「御意」
デス「てめえらいつかぶっ殺すーっ!!」

 ・・・かくしてデスマスクは再び引きずられていったのであった。





 一事が万事、そんな調子で事は進む。

アテナ「デスマスク、おいしいでしょう?極上のサーロインステーキですよ」
デス「はあ?これ、単なるトンカツだろバカ女」
アテナ「気に入らないようですね。サガ、下げてください」
デス「!」

 食事のお預けをくらうデスマスク。

デス「ちょっと外出したいんですが。シュラと飲みに行く約束があるんで」
アテナ「何時に?」
デス「五時から」
アテナ「ならもう過ぎてしまいましたね。今は8時ですもの」
デス「今は3時だよ!いい加減にしろよ、おい!」
アテナ「8時です。空を見なさい。もう真っ暗」
デス「まっぴるまだっつーの!」
アテナ「・・・・いちいち立てつきますね。サガ、彼に代わってシュラにお詫びを言って置いてください。今日は行けなくて悪かった、と」
サガ「承知しました」
デス「ちょっ・・・!!待てよコラ!!」

 外出のお預けをくらうデスマスク。

デス「・・・・・・・・」
アテナ「で、そのとき桃太郎は猿とキジと犬と」
デス「・・・あの、いい加減に寝かせてもらえませんか。御伽噺はもうどうでもいいんで」
アテナ「あら、もっと別の話が聞きたいですか。それなら次は『シンデレラ〜暗黒編〜』を」
デス「・・・・・・くー・・・・」
アテナ「(超巨大声)昔あるところに一人の女の子が!!」
デス「・・・っるせぇー・・・・・」

 睡眠を妨害されるデスマスク。
 こんな風に寝食をがんがん削られて、3日もたつ頃には彼はすっかりやつれ果てた。
 そしてついに切れた。

デス「やってられるかあああっっ!!」

 怒鳴って神殿を飛び出したのは行儀見習い(監禁生活)に入って4日目、明日が誕生日という日のことである。

アテナ「待ちなさいデスマスク!」
デス「ふざけんなブタ女神!!誰がてめえの馬になんざなるか!!」

 後を追いかけてくる女神に言い捨てて、聖域の階段をどんどん駆け下りて行こうとしたが、これもサガに妨害された。

サガ「デスマスク!逃亡は許さんぞ」
デス「何なんだよてめえらはっ!イジメか!?拷問か!?俺が嫌いか!?嫌いなら今すぐ出てってやるからそこを退け!!」

 蟹、ちょっと涙目。

アテナ「出て行くだなんて、そんな奥ゆかしいことを言わないで下さい。謙遜しなくても、ちょっと馬になってもらえれば私は満足なのですから」
デス「それが嫌だっつってんだよ!!」
アテナ「ああわかりました。疲れているんですね。ごめんなさいね、気づいてあげられなくて。すぐに厩舎に帰してあげますね。・・・サガ。この方をスニオン岬に」
デス「ふざけんな!放せ!!嫌だ!!嫌だーーーーっ!!!」





「デスマスクが岬送りにされたらしい」
うわさはその1時間後には聖域中に知れ渡っていた。

アフロ「なぜだ?あいつはまた何か悪いことをしたのか?」
シャカ「今さら犯罪を犯さなくても、これまでの実績で放り込まれる理由は十分だろう。どうして今まで放り込まれなかったかの方が不思議だ」
ミロ「お前ら薄情だぞ!仲間が連行されたと言うのに!俺はあいつの出所をまつぞ!何十年でも!」
ムウ「犯罪者だと思ってることに変わりは無いんですね。まあ、そうじゃないと思ってる人もいないでしょうが」
バラン「カノン。どうもよくわからんのだが・・・最近のアテナは何を考えておられるのだ?単にデスマスクをイビっているとは思いたくないが、そういう風にしか見えん」
カノン「いや・・・じつは俺にもよくわからん。一応、ハーデスやポセイドンとの賭けに勝つおつもりだろうが・・・あんな手段が有効かどうかはちょっと何とも言えんし・・・ていうか逆効果だと思う俺は」
リア「賭けのためだけにデスマスクをいたぶっているわけか?もしそれが本当ならば、俺はアテナをアテナとして認めん!」
シュラ「何か・・・・お考えがあるのだろう。何か」

 一同は眉間を曇らせ、神殿の方を見上げた。





 その神殿では、アテナが帰ってきたサガを静かな顔で迎えていた。

アテナ「・・・デスマスクは、どうです?」
サガ「岬に繋いできましたが、一言も口をききませんでしたよ」

そうですか、と女神はため息をついた。

アテナ「怒っているのでしょうか」
サガ「おそらく」
アテナ「私を憎んでいるのでしょうか」
サガ「・・・・そうは思いません」
アテナ「どうして憎まないのでしょう。いっそ憎んでくれた方がまだわかります。これだけ苛めまくっているというのに」
サガ「餌もやらず、寝かせもせず、ですからね」
アテナ「自分で言うのもなんですが、普通ならば私、ぶっ殺されてもいいんじゃないでしょうか。それなのに彼は聖域を逃げ出そうとするのですね。私を殺すのではなく」
サガ「あなたへの忠誠があるということでしょうか」
アテナ「それはないです絶対」
サガ「・・・・そんなにきっぱり否定しなくても・・・;」
アテナ「本当にそう思うのですもの。彼のあれは忠誠ではありません。ただ・・・・私に触れないようにしているだけ」

 どんなに嫌がらせをしても決して手を上げない。殴ったり掴みかかったりするそぶりすら見せない。
 ただ山ほどの悪口雑言をぶちまけて、相手を遠ざけようとするばかりだ。
 そして相手が遠ざからなかったら、自分から逃げていこうとする。

アテナ「・・・私に対しては特にひどいような気がします。アフロディーテとなら仲良くチェスも出来るのですから。一瞬、女性恐怖症それ専門なのかとも思いましたが、噂に聞く限りは街で相当の女性と遊んではいるようです。なぜ私だけ」
サガ「・・・・・・・・」
アテナ「憎まれているならわかりますが・・・・憎んでいないというのは何なのでしょう」
サガ「それを理解するのは必要なことですか」
アテナ「必要です。それがわからなければ・・・・・」

 アテナは唇を噛んでうつむいた。





 日が傾いて潮が満ちてくる。
こんなところで死んでたまるかとも思うが、デスマスクはここ数日でめっきり心身ともに疲労している。
結構これが最期かも。
そう思うと遠い夕焼けも特別綺麗に見えた。

サガ「デスマスク」
デス「・・・・・・・・何のようだ今さら」

 岩場を下ってきた男を振り向きもせずに彼は返した。

サガ「アテナからの伝言だ。『お元気ですか?』
デス「死ね!!」
サガ「伝えておく」

 それだけ言って踵を返したサガだったが、わずかにためらった後もう一度こちらへ向き直った。

サガ「デスマスク。お前、どうしてそんなにアテナに立てつくのだ?」
デス「ほっとけ!」
サガ「ほっといてもいいが、理由が知りたいのだ」
デス「何回も言っただろうが!俺はあの女の聖闘士になんかなるつもりはねえんだよ!」
サガ「だがお前は聖闘士だ。聖闘士はひいては女神のものだ」
デス「俺はちげえんだよ!」
サガ「なぜ違う」
デス「何でも!」
サガ「・・・・話にならんな」

 サガはため息をついた。

サガ「アテナはお前のことを知りたがっておられるぞ」
デス「そんなの俺の知ったことじゃねえよ」
サガ「デスマスク」
デス「いい加減うるせえなてめえらは!俺を追い出したいんだろう!?だったら売り買いみたいなことしないで、最初からハーデスとでもポセイドンとでも話をさせてくれりゃあ良かったんだよ!そしたら穏便に商談成立させて聖闘士なんかやめてたっつーの!それを一々もったいぶって馬鹿な事をぬかしているから事がこじれたんだろうが!!」
サガ「・・・・・誰もお前を追い出そうとなどしていない」
デス「嘘つけ!ゼロの方がマシだの里子に出すだの散々言ってくれたじゃねえか!」
サガ「だから、それはお前が今言ってただろう」
デス「なにを!」
サガ「一々もったいぶって馬鹿な事をぬかして事がこじれなければ、お前は聖闘士をやめてハーデスやポセイドンの元へ行っていたと、そう言っただろう」
デス「!・・・・・」
サガ「向こうから断るように仕向けなければ、お前からは断らないだろう。例えばもしもハーデス達がアテナを通さず、直にお前にコンタクトを取ってきたとしたら?他のどの黄金聖闘士も行きはしまい。だがお前だけは行くだろう。だからアテナは、あの場にお前を連れてきた」
デス「・・・・・・・」
サガ「誰もお前を追い出そうとなどしていない」

 もう一度繰り返して、サガはその場を立ち去ったのだった。





一方同じ頃。
双魚宮のアフロディーテは、アテナの訪問を受けていた。

アテナ「アフロディーテ。ちょっといいですか」
アフロ「・・・・どうぞ。ですが、デスマスクのことについて私に聞きたいとのことならば、あきらめていただかなくてはなりませんよ。実のところ・・・私もあの男に関しては何も知らない」
アテナ「何も?」
アフロ「ええ。知っていることといえば、偽名と年と誕生日と身長・体重・必殺技・・・あとは、3ヶ月前に付き合っていた女はローマの××番地に住むマルコーニさんの奥さんを寝取ったもの、とかその程度のことです」
アテナ「なるほど。それだけ知ってれば十分な気もしますが、確かに何の役にも立ちませんね。ではあなたは、どうして彼が私を遠ざけようとするのか、その理由もわからないというのですね?」
アフロ「・・・・・・・・・・・わかりかねます」

 答えるまでには奇妙な間があった。
 だが、答えは答えであった。

アテナ「・・・・・・そうですか。時間をとらせてしまってすみませんでした」
アフロ「いえ」

 アテナが立ち去り、しばらくたって。

サガ「アフロディーテ。ちょっといいか」
アフロ「・・・・・あなたも来たのか。私は何も知らんぞ」

 現れたサガからさりげなく視線をそらしてアフロディーテは言い切った。
 だが、サガも食い下がった。

サガ「聞きたいことは一つだけだ。デスマスクはなぜ・・・・」
アフロ「アテナを遠ざけるのか?」
サガ「・・・そうだ」
アフロ「それについては先ほどアテナご自身に申し上げた。私は何もわからんと」
サガ「なら聞き方を変える。あれはアテナを裏切ったことを後悔しているのか?私についてきたことを?だとしても、それは私がアテナを裏切ったのだ。デスマスクが裏切ったわけではない。少なくとも・・・直接は」
アフロ「こんなところで思いのたけをぶちまけられても困るんだが。デスマスクに直接聞けばいいだろう」
サガ「一笑に付されて終わるだろう」
アフロ「だろうな。あいつがしゃべりたくないのなら、私が喋る必要も無い」
サガ「あれは喋りたくないのか?それとも喋れないのか?どちらだアフロディーテ」

 アフロディーテは沈黙した。
 サガはしばらく答えを待った。
 とうとう、聞かれたほうが折れてポツリと呟いた。

アフロ「あくまで私の見解だぞ」
サガ「それでいい」
アフロ「・・・デスマスクは、あなたについていったことを後悔はしていないだろう」
サガ「そうか」
アフロ「むしろあの時が一番生きがいのあった時期だろう。彼はあなたのために、少しは役に立った。そうだな?」
サガ「ああ」
アフロ「だが、アテナの元では彼は何の役にも立たない」
サガ「なぜだ」
アフロ「殺すことしか能の無い奴だからだ」

 ことさらに冷たく、アフロディーテはそう言った。





だから一つだけしか技を持たなかった。いくらあがいても、どんなに努力しても、死に直結する技しか使えない。
ならば一つで十分だ。殺してしまえば、それでもう終わりなのだから。

アテナ「あなたは馬鹿ですデスマスク!」
デス「・・・・いきなり来て何喧嘩売ってんですかあんた」

岩場を転がりそうになりながら駆け下りてきた少女が開口一番放った言葉に、デスマスクは口の端を引きつらせて答えた。

アテナ「双魚宮に行って、全て聞いてきました」
デス「はん、アフロディーテが何か喋りましたか」
アテナ「いいえ。私には何も。ですので帰ったフリしてサガにバトンタッチしたのです。そしたら打って変わって喋るわ喋るわ・・・。それを柱の影で盗み聞いてました」
デス「・・・恥ずかしくないんですかあんた、女神として・・・・」
アテナ「ちっとも」
デス「・・・・さいですか」
アテナ「デスマスク、貴方は自分の司る力を死ぬほど恥じて、私を遠ざけているのですね。そうでしょう?」
デス「別にそこまで恥じちゃあいませんが」
アテナ「でも私のところでは役立たず。それで遠慮をしているのですね?」
デス「・・・・・ほんとに喧嘩売ってんですか」
アテナ「邪推です。私は単に、そんな考え方は馬鹿馬鹿しいからさっさと捨てろと言いたいだけなのですよ」
デス「喧嘩売ってんですね。相変わらずいい根性してるじゃねえかこのクソ女・・・・」
アテナ「ホホホ。根性と図太い神経持たなきゃ女神なんてやってられませんよ。このくらいのことは平気です、ホラ」
デス「!」

 余裕で笑ったアテナは、そのまま海に腰までつかって牢の前まで歩いてくる。

デス「・・・。馬鹿はあんたの方だと思いますが。俺は」
アテナ「貴方のためにレベル下げてやってんですよ。少しは感謝してください」
デス「口のへらねえっ・・・」
アテナ「デスマスク。私は死を司る力なんか要りません」
デス「・・・そうでしょうね。でも俺はそれしか使えないんですよ」
アテナ「使わなくていいんですよ。そうでしょう?」

 デスマスクはまじまじと相手の顔を見た。
 アテナは微笑んで鉄格子ごしに腕を差し伸べると、

アテナ「大丈夫。他に何のとりえもなくたって、パシリぐらいには使ってあげますから。捨てたりしません。安心して、私に絶対服従なさい」
デス「・・・・・・・」

 しばし、二人は見詰め合った。
 やがて、デスマスクの唇にふっと笑みが浮かび・・・・・
 そして彼はきっぱりとこう言ったのだった。

デス「帰れ。バカ女神」





 ・・・翌日。6月24日は神々の約束の日。よく晴れた青空のまぶしい日だった。

ハーデス「さて。楽しみなことだな、アテナよ」
ポセ「あの男がどれほど忠実になったものか、ぜひ拝見させていただこうか」

 神殿には多少意地の悪い笑みを浮かべたハーデスとポセイドンが揃っていた。

アテナ「・・・・お二人とも。今日はお供をお連れではないんですか?」
ハーデス「貴方が恥をかく姿、やたらに観客が多いのも気の毒だ」
アテナ「そんなことを言って、先日から今日までの間に部下に見捨てられたというのが本当のところではありません?」
ポセ「貴方もなかなか言うな、アテナ。私が呼びさえすれば、ソレントはすぐにも飛んでくるとも」
ハーデス「ラダマンティスは言うまでも無い」
アテナ「そうですか」

女神は悠然と微笑んだ。そして横ではらはらしながら見守っているカノンとサガを振り向いて、

アテナ「サガ。あなたは冥界に行って、ラダマンティスを呼んでいらっしゃい。カノン、あなたはソレントを。それぞれ、ご主人様のお呼びだと言って返事を伺ってきなさい。いいですか?ハーデス、ポセイドン」
ハーデス「いいとも」
ポセ「好きに行かせるがいい」
アテナ「ではお願いします」
双子「は」

 二人はすぐに飛んで行った。

ハーデス「アテナよ。あなたも無駄な余興が好きだな」
アテナ「無駄かどうか。呼びに言った双子の方が無駄足を踏んだらどうします?」
ポセ「あるわけなかろう。そんなこと」

 やがて双子が帰ってきた。
 そして曰く。

サガ「・・・ラダマンティスはパンドラに呼ばれたので来れないそうだ。以上」
ハーデス「なに!?」
カノン「ソレントはたまの休日くらい寝かせてくれと言っていた。・・・・昔の部下に言うのも何だが、ひどいなあいつ・・・」
ポセ「待て!そんなわけがあるはず無い!お前達二人、何かイカサマをしているのだろう!ちょっと電話を貸せ!私が直接携帯にかける!」
ハーデス「そうだ!余もかける!」
サガ「・・・お二人とも。言ってはなんですが、連絡つく道具があるなら最初からおっしゃってください。本気で無駄足ではないですか私達・・・」

 まずポセイドン。
 プルルルル・・・・ピッ

ポセ「ソレントか!?何をしているのだ、カノンが呼びに行っただろう!」
ソレント「ん〜・・・伝えたはずですよ。寝かせてくれと。ボランティア活動もいいですけど、連日徒歩で一国家横断とかやらされるとさすがに疲労もたまります。今日は休みをくれたでしょう。それでは」
ポセ「ちょっ・・・・!」

 プッ。ツーツーツー・・・・・

ポセ「・・・・・・・・・」
アテナ「お気の毒です」
ハーデス「貸せ!次は余だ!」

 ハーデスもかけてみる。
 プルルルル・・・・プルルルルルル・・・・・プルルルルル・・・・・ツッ

電話「お客様のおかけになった番号は、現在電波の届かないところにおられるか、電源が入っておりません。ピーっという発信音の後にメッセージをお入れ下さい」
ハーデス「あの野郎・・・マナーモードにしてやがる・・・・!」
カノン「相手がパンドラだからな・・・・邪魔されたく無いのだろう」
アテナ「あらあら。すっかり敗北、と言う感じですね」
ハーデス「っ!ならばアテナ。あなたはどうなのだ。あの蟹男が呼ばれて飛び出るとでも!?」
アテナ「飛び出ます。サガ、デスマスクにここに来るように伝えてください。私の命令だと」
サガ「はい」

 ハーデスとポセイドンは口々に言った。来るわけが無い、と。
 だから神殿のドアが開き、銀髪の男がさっさと入ってきたときには、彼を凝視したまま硬直してしまったのだった。

デス「お呼びですか、アテナ」
アテナ「ええ呼びました。遅かったですね」
デス「申し訳ございません」
アテナ「外は土砂降りだったでしょう?」
デス「ええ。バケツひっくり返したような雨でした」
アテナ「そんなはずはありません。今日は良く晴れていますよ」
デス「失礼、俺の勘違いでした。いい青空ですよ」
アテナ「ロドリオ村に行って、シャンパンを一本買ってきてください」
デス「承知いたしました」
 
デスマスクが出て行った後。

ハーデス「・・・・何だ今のは。アテナ、貴方は一体何をしたのだ」
アテナ「何も。誠心誠意、説得です」
ポセ「馬鹿な。あの男がこうも変わるはずが・・・」
アテナ「けれどこれは現実。お約束どおり、カノンをあきらめていただきますよ。そして、これもお約束どおり、こちらの望みどおりの金額をいただくとしましょう」

 文句をつけられるはずも無かった。
 デスマスクがシャンパンを片手に帰ってくると、アテナは更なる注文を出した。

アテナ「デスマスク。こちらの黒髪の方は街でも評判の美女。口説いて差し上げなさい」
デス「初めましてお嬢さん。先ほどから貴女の春の若芽のような美しさに焦がれておりました。貴女のような美しい女性と夜を共にする光栄な男はどこのどいつです。今すぐ一勝負申し込みたいのですが」
ハーデス「うっ・・・・;」
デス「恥ずかしがっておられますね」
アテナ「構いません。唇奪っちゃいなさい」
ハーデス「待てぇぇぇぇぇっっ!!」
デス「男の腕は初めてですか。まあそう固くならずに力を抜いて。(くいっ)」
アテナ「はいガッシャン、と。あら?デスマスク、何やってるんです?それはハーデス。しっかりしてくださいオホホ」
デス「すみません、間違えました」
ハーデス「それで済むかああああああっっ!!」
ポセ「というか、効果音が『ガッシャン』て・・・;」
アテナ「それじゃあ次はええと、そこの長髪美人を・・・・・」
ポセ「いい!もうわかった!十分にわかった!この男は素晴らしい忠誠心の塊だ!」

 ポセイドンが悲鳴をあげたので、第二の犠牲者は出ずに済んだ。一瞬、彼にハーデスが「裏切り者め」とでも言うかのような視線を投げたが、海王は己の身を堕としてまで義理を通す気はさらさらなかったようである。
 アテナは二人に向かってこの上なく嬉しそうに笑って見せた。

アテナ「すっかり素直になったでしょう?」
ハーデス「ああ・・・バカみたいにな」
アテナ「わかったのなら、もうスカウトの真似事などはなさらないように。私は誰も手放す気などないのですから」
ポセ「わかったわかったわかった」

 必要以上にカクカク頷いた二人の神々は、もうこれ以上一時もおられないというようにそそくさと帰っていったのだった。





 嵐の後の静かな神殿に、二人だけが取り残された。

アテナ「・・・・デスマスク」
デス「なんです?」
アテナ「来てくれるとは思いませんでした」
デス「俺も、あんたがあの後戻ってくるとは思いませんでした」

 帰れ、バカ女神。
 あれを言い放った後、アテナは一端姿を消した。そしてすぐに戻ってきた。
 牢の鍵を持って。

アテナ「だって、いくらなんでも一晩海ざらしにして死なせてしまうわけにはいかないでしょう」
デス「死にませんよ。俺はあの世の人間には嫌われてるんです」
アテナ「そんなことをいって、もう二回も死んでいるくせに」
デス「・・・・・・・・・」
アテナ「で、どうします?」
デス「何がですか?」
アテナ「あの二人、賭けに負けた分を財布ごと置いていってくれましたけど」

 二人は顔を見合わせた。
 やがてどちらからとも無くにやっと笑う。

アテナ「・・・・ぱーっといきましょうか」
デス「女神サマがそんなことでいいんですかね」
アテナ「あら、今日は特別です。あなたの誕生日をお祝いさせていただくんですから」
デス「はー。そうですか。へー」
アテナ「お誕生日おめでとう。いくつになりました?30?」
デス「うるせえよ、バカ女神」

デスマスクは笑って、アテナの頭を一つはたいたのだった。



END



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