昔、まだ何でも望みをかなえることができた頃、シュラと言う名前の王様が一人住んでいました。王様にはたくさんの綺麗な王女がいましたが、中でも末の王女のアフロディーテの美しさは、世界中のものを見慣れているあの空のお日様でさえ、照らすたびにびっくりなさるほどでした。
 王の城の庭には澄んだ泉があり、そのわきには一本の菩提樹が立って涼しい木陰を作っていました。
 この木陰に座ってお気に入りの金のマリを投げ上げたり受け止めたりして遊ぶのが、末の王女の大好きな午後の過ごし方だったわけです。日が昇っているとき、マリは光を受けてそれはそれは綺麗に輝きました。
 あるとき、王女は放り上げたマリをあやまって受け止めそこねてしまいました。マリは芝草の上に落ち、光をはじきながらころころ転がって、ぽちゃんと泉に落ちました。
 王女は慌てて泉の中を覗きこみましたが水は暗くて深くて金の色などどこにも見えません。とても拾うことはできないとわかると、もう後はしくしく泣くより仕方がありませんでした。
 あのマリはずっと前から欲しくて欲しくて仕方のなかったものでした。王様は非常に保守的考えの持ち主で、子供に高価な物を与えると非行に走ると信じこんでいましたので、買ってもらうには並大抵の努力では済みませんでした。王女は王様の誕生日はもちろん、クリスマスや父の日勤労感謝の日などもカレンダーにちゃんと印をつけて待機。まめにプレゼントを贈り、良い子であるのをアピールしたものです。
 ただ、敬老の日だけはお祝いしてもあんまり良い顔をしてもらえませんでしたが。
 そうして日々の努力を積み重ね、王様の機嫌のいいときを見計らっておねだりしてようやく買ってもらった金のマリを、まさかこんな形で失くしてしまうとは思っても見ませんでした。
 思っていたら泉のわきでマリ投げなんかしないはずです。
 王様はきっと怒るでしょう。もう二度と新しいのを買ってくれないに決まっています。
 王女はめそめそしながら100回ぐらい泉を覗いたりしゃくりあげたりを繰り返していました。
 すると水の面にたくさんの泡が昇ってくるのが見えました。そして奥から、一匹の小さなカニが現れたのです。

カニ「何泣いてんだ?王女さんよ」

 ・・・カニの分際でいきなりタメ口でしたが、藁にもすがりたい気分の王女はしきりに目をこすりながら答えました。

アフロ「私のマリが水の中に落ちてしまったのだ」
カニ「あー、さっきのあれか。てめえ、あとちょっとで俺にぶつかるところだったぞ。不注意にもほどがあるだろ、ああン?」
アフロ「ご、ごめんなさい」
カニ「ったくよー、おかげですっかり家が狭くなっちまったしよー、どうしてくれんだよ?弁償しろ弁償。金払えや」

 口の聞き方を知らないどころか完全にチンピラです。王女は恐くなりました。

アフロ「そんなことを言われても・・・」
カニ「まあ、金なんかもらっても俺には使い道がねえけどな。それにしたって、あんなの置いておかれちゃ迷惑なんだよ」
アフロ「ごめんなさい・・・」
カニ「そこでだ。物は相談なんだがな?俺があのマリを拾ってきてやったら、お前は俺に何か礼をくれるか?」

 王女はきょとんとしました。しかしカニの言っていることが飲み込めると、猛烈に頷きました。

アフロ「やる!拾ってくれるならなんでもやる!」
カニ「なんでもっつったな今?」
アフロ「そうだ。この間とりよせたばかりの最高級バラ肥料でもいい!」
カニ「・・・・いらねえよそんなの・・・・・」
アフロ「なら私の指輪でも、真珠の首飾りでもなんでも!」
カニ「いらん。俺が欲しいのは彼女カノジョ。現在恋人募集中!ってことでよろしく頼むぜ」
アフロ「私が君のカノジョを見つけてくればいいのか?」
カニ「阿呆。んな面倒くさいこと言ってられっか。お前が俺の彼女になれ」
アフロ「!」

 さすがにたじろぐ王女。嫌です。この若いみそらでカニの恋人になるなんてとんでもないです。
 ・・・でもやっぱりマリは欲しいのでした。王女はおずおず訊きました。

王女「カノジョになったら何をするのだ?」
カニ「あ?そうだな、まずはお前のダチとか親父に紹介してもらって、飯のときはお前の皿から食わせてもらって、夜はお前と一緒に寝るんだな」
王女「・・・・・・・・・・・・」

 こんなガラの悪いカニを紹介したら、自分の品性を疑われてしまうでしょう。せっかく周りには「可愛くてきれいでいじらしいお姫様」というイメージで通っているのに何もかもがぶちこわしです。
 悩んでいる王女を見てカニが言いました。

カニ「約束するんだったら今すぐマリを取ってきてやるぜ?」
王女「わかった。する」

 思わず反射的に答えてしまった王女。悩みはしても考え無しです。
 カニは「約束だぜ」と念を押して水に潜っていきました。
 その間に王女は決心をしました。マリを返してもらったら即行でトンズラするのです。あんなカニと真面目に交際する気はありません。三十六計逃げるにしかずです。カニなんか水の中で仲間とぶくぶく泡でも吹いていればいいのです。
 やがて水をかきわけながら上がってきたカニは、両のハサミで金のマリを掲げ持っていて、それをぽんと草の上に転がしました。
 王女は大喜びでそれを拾い上げるが早いか、一目散に逃げ出しました。

カニ「待てコラてめえ!!」

 うしろでカニが怒鳴っています。しかしそんなことが何の役に立つでしょう。王女は耳を貸そうともせず城へと急ぎ、可哀想なカニのことなどすっかり忘れてしまったのでした。




 翌日、王女が王様や全部のお城の役人達と一緒に食卓に座って、金の小皿からご馳走を食べていると、かさ、かさ、かさ、と、何かが大理石の階段を這い上がってくる音が聞こえました。
 しばらくしてそれが上に達すると、こんどはドアをノックする音に混じって、大きな声が聞こえました。

カニ「王女!!開けやがれコラァ!!」

 ・・・一発で声の主が誰だかわかった王女は、ドアをあける勇気など起るわけもなく、血の気の引いた顔でナイフとフォークを止めました。
 王様は王女が落ち着きを失ったことを見て取って言いました。

シュラ「何をそんなに恐れているのだ?・・・まさかと思うが、借金取りではあるまいな?」
アフロ「違うのだ。あれは借金取りではなくて、嫌なカニなのだ」
シュラ「カニ・・・?カニがお前をどうしようというのだ?」

 王女はもじもじしていましたが、ついに打ち明けて言いました。

アフロ「昨日のことだ。私が泉のそばでマリを投げて遊んでいたら、手が滑ってそれを水の中に落としてしまった。そうしたら変なカニが出てきて拾ってきてくれたのだが、条件があって、私をカノジョにするというのだ。それで、私はつい約束をしてしまった。カニなんか水から出て来ないと思ったのに」

 言葉の間にも、またドアを叩く音と大きな声が聞こえてきます。

カニ「王女コラ!!忘れたとは言わせねえぞ!この嘘つきが!!」

 これを聞くと、王様は眉間にシワを寄せて相当苦い顔をしつつも言いました。

シュラ「・・・・一度約束したことは守れ」
アフロ「!でも・・・!」
シュラ「ドアを開けてやれ」

 王女は泣きそうになりましたが、しかし王様が何より仁義を重んじる人間で、もうこうなったらどうしようもないことがわかりましたので、仕方なく立って行ってドアを開けました。
 カニはかさかさと横這いで入ってきました。王女のすぐうしろにくっついて椅子まで来ると、そこに座って、

カニ「てめえのところまで持ち上げろや」

と言いました。
 王様が鋭い目で見ています。王女はいやいやながら爪の先でカニをつまんで椅子の上にあげました。

カニ「ここじゃ何にもできねえだろうがよ。テーブルの上にあげろよ、少しは考えろっつーの」

 ・・・このカニの態度のでかさには、さすがに王様の顔色も変わったようでしたが、王女はとうとう言われたとおりにするしかありませんでした。
 テーブルにあがるとカニは言いました。

カニ「さて、と。お前の皿はどれだ?それか?一緒に食ってやるからもっとこっちに引き寄せろ」

 一緒に食べるといっても、王女はもう何も喉を通らないくらいです。皿をあてがってやって黙って見ているうちに、カニは散々食べ散らかして満足そうな顔をしました。

カニ「あー食った食った。腹いっぱいになったら眠くなってきたな。お前の部屋はどこだ?一緒に寝る約束だぞ」

 王女はついに泣き出しました。
 触るのも嫌なこんなカニと一つベッドで寝るなんて、心の底からぞっとしました。王女は寝相が悪いのです。明日になれば潰れたカニが自分のベッドに入っているのかと思うと、もう居てもたってもいられない気分です。

カニ「なに泣いてんだ」
アフロ「君なんかと一緒に寝るのは嫌だ!」

 しかし、王様は苦悩の顔で命じました。

シュラ「自分が困っているときに助けてくれたものを、後になって軽蔑してはならん!約束は守れ!」

 王女はもうカニに触りたくなかったので、食卓のフォークで彼を掬い上げ、上の部屋に連れて行きました。
 部屋に着いた時には、カニはうとうとまどろんでいました。
 これは幸いです。王女は起こさないように気をつけながらベッドに一番遠い部屋の隅に彼を置き、自分はちゃんと着替えて暖かい寝床ににもぐりこんでしまいました。
 




 夜中を過ぎたころです。
 かさ、かさ、という小さな音で王女の眠りは妨げられました。寝ぼけた頭でなんだろうと起き上がると、ベッドのすぐ横までカニがやってきていました。彼は大声で怒鳴っていました。

カニ「おい!彼氏を床で寝かすとは何事だてめえ!約束守らねえと、王様にいいつけるぞ!」

 これを聞いた王女はとうとう癇癪を起こしました。

王女「何なのだ君は!私は君を運んでやったし、一緒に食事もしてやった!もう嫌だ!君なんか出てけ!!」

 そして哀れなカニをひっつかみ、壁にぺちゃんと投げつけました。
 ・・・・どれほど時間がたったでしょうか。カニの死体見たくなさに潰れるほど目を瞑っていた王女の肩を、誰かがつかんで揺さぶりました。

デス「おいこら王女」
アフロ「!?」

 びっくりして目を開けると目の前に見たことも無い男がいます。窓から差し込む月光に銀の髪が光って綺麗ですが、顔はそんなでもない、とチェック厳しい王女は一瞬にして見極めました。

アフロ「だ、誰だ?何者だ?」
デス「冷てえな。俺を壁に投げつけたくせに」
アフロ「私が投げたのはカニだ?」
デス「だから俺がそのカニだ」
アフロ「????」

 理解不能です。

アフロ「君はカニなのか?」
デス「そうだ」
アフロ「じゃあ出て行ってくれ」
デス「随分だなオイ・・・」

 男は苦笑しました。そして、出て行くどころか王女のベッドの上にどっかり座り込んでしまいました。急接近された王女は心持ち身を引きました。

アフロ「なんなのだなんなのだ?」
デス「俺はな、悪徳魔法使いに魔法にかけられてカニにされてたんだ。その呪いをお前が解いてくれたというわけだ。これでもちゃんと名のある王の息子なんだぜ」
アフロ「・・・・王子様?」
デス「そうとも言う」
アフロ「なんで呪いが解けたのだ?運んでもらって、食べさせてもらって、壁に投げつけられたら解ける魔法だったのか?」
デス「さあ・・・・詳しいことはしらねえ」
アフロ「うさんくさいぞ。本当に王子なのか?」
デス「それは明日になればわかる。お前を俺の実家に連れていってやるからな。嫁として」
アフロ「!」

 突然のプロポーズです。王女はパニックに陥りました。

アフロ「ま、待ってくれ。まだお互い何も知らないではないか!」
デス「安心しろ。今日一日で俺はお前の全てを見た。・・・気がする」
アフロ「それはあんまり良いところではなかったはずだ!私だって、君の態度悪いところしか見てない!」
デス「お前な、よーく考えてみろ」

と、男は王女の肩に腕をまわして言いました。

デス「普通の人間は結婚してからお互いの悪いところが見えてきて嫌になるだろ?だが、俺達はもうお互いの悪い面を知っている。結婚しても後はいいところを見つけるだけだ。なら何の心配も無いじゃねえか」
アフロ「・・・・・。そ、そうか・・・?」
デス「そうだって。ちなみに俺は態度悪い他に、酒と煙草と女にだらしがない。それで全部だ。安心だろ?
アフロ「う、うむ・・・」

 怪しげな理屈に騙されかけている王女。安心どころか地獄絵図だということに早く気づくべきです。
 しかしそれに気づかれる前に、男はたくみに話を変えました。

デス「まあ俺はできた人間だから、お前のあら探しをする気はねえ。多少後から欠点が見えても許してやるけど、でもなあ、最初の約束ぐらいは守ってもらわんとな」
アフロ「約束?」
デス「まだ一つ残ってたろ。一緒に寝るって」
アフロ「寝る・・・・・」

 王女は男を眺めました。カニと違って人間です。自分の寝相が悪くても、潰してしまう心配はないでしょう。
 自分が潰されるかもしれないということには考えが及んでいません。

アフロ「・・・・わかった。寝る」
デス「よし!そうこなくっちゃな。安心しろ、可愛がってやるから」
アフロ「ありがとう」

 かくして王女はカニよりよっぽど危険な輩をベッドに招きいれてしまったのでした。




 翌朝。

アフロ「お父様。私はこの人と結婚することになったから持参金をくれ」

 得体の知れない男を連れて部屋から出てきた娘の言葉に、王様はひたすら混乱しました。

シュラ「ま、待て!結婚するとはどういうことだ!?そしてその男は誰だ!?」
アフロ「カニだ」

 男の腕に絡んで頬を摺り寄せうっとりしている王女。一夜のうちになにがあったというのでしょうか。それは永遠の謎です。

アフロ「私が魔法をといたから、連れて行って妻にしてくれるのだそうだ」
シュラ「なんだそれは!?おい、冗談はよせ!こんなわけのわからん人間に・・・」
アフロ「わからなくない。彼は態度と酒と煙草と女癖が悪いだけだ。大丈夫だ」
シュラ「どこが!!;」
デス「ま、そういうことだからお父さん。こいつはもらってくわ。それじゃ」
シュラ「誰がお父さんだこの野郎!俺は認めんぞ、待てーっ!!;」

 ・・・しかし王女は行ってしまいました。
 その後幸せに暮らしたのかどうか・・・・
 誰にもわからないということです。


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