聖戦が終わり、平和が戻り、聖域が通常の業務に戻ってから一月。

サガ「限界だ・・・」

 目の下に黒々と隈をつくり、げっそりとやつれたサガが白羊宮を訪れたのは、しとしとと雨のしのつくある日のことであった。

ムウ「どうしました?サガ。そんな不健康な顔をして」
サガ「ムウ・・・・私は聖戦が終わってからこの方、聖域の最年長者として責任のある身だった・・・・。こういうとき、双子でありながら僅差で年上という自分の境遇を呪わずにはいられん・・・おのれカノン!・・・・まあ、それより納得がいかないのは土壇場で十八歳に若返りやがったどこかの天秤の爺なのだがな・・・・いや、よそう。今更愚痴ってもはじまらん。私が言いたいのはだ」
ムウ「はい?」
サガ「いいかげん教皇を決めよう!なんでもかんでも聖域中の雑務が私に押し付けられているではないか!今日で徹夜8日目だぞ、もう嫌だ!寝かせてくれ!」

 ・・・というわけで急遽、教皇の間に黄金聖闘士達が集められ、新教皇の選出会議となった。

リア「・・・なるほど。確かに、雑務が全てサガに押し付けられているという現状はあまり良いことではないな」
サガ「わかってくれるか、アイオリア・・・」
リア「だが、ここで一つはっきりさせておきたいのだが、サガ。聖域に教皇がいないのはお前が殺したからだろう。責任を自分で取るのは当然だ」
ムウ「・・・私でさえ言わなかったことをそのまま言いましたね。正論は正論ですが、何かどこかがおかしいような・・・」
サガ「どこかも何も、犯罪者が最重要ポジションということがおかしいだろう!?そしてそれを私自身が指摘している現状も明らかに間違っている!誰か気づけ!」
老師「ホッホッ、まあ、そうムキになることもあるまい、サガ」

 茶をすすりつつ、老師が言った。

老師「皆がおぬしを仲間として認めているのじゃ」
サガ「嘘です!そう見せかけて実はいじめてるでしょうこれは!というか、どうして貴方が元に戻っているのですか!?脱皮は!?老師にお戻りになったのなら、最年長者として教皇やってください!!」
老師「いやいや、ワシはもう余命いくばくも無い老体。次の時代は今を生きる命に譲るものじゃて」
デス「言いたいことはわかりますが、貴方の余命がいくばくも無いと思ってるのはご自身だけではないでしょうか」
シュラ「デスマスク・・・失礼だろう、老師に対して;」
デス「だってよ」
カミュ「デスマスク、生きていればいいと言う物ではない。動くかどうかも問題だ。失礼ながら、老師ではやはり作動しない恐れが・・・」
バラン「作動って何だ。失礼にもほどがあるぞお前達;」
カノン「面倒だな。礼儀のことは後でもいい。教皇の地位を誰に押し付けるのか、それを早く決めてしまおう」
ミロ「要するに、やりたい奴がやればいいのだろう?立候補者はいないのか?教皇をやりたい奴、手を上げろ!

・・・・・・・・・・・・・・・誰もいなかった。

バラン「・・・皆、ひょっとして教皇を掃除当番か何かと同一視していないか・・・?;」
デス「似たようなもんだろ。めんどくさそうだしな。こんなのになりたがるの、サガぐらいしかいないよな」
サガ「・・・・・・・(汗)」
カミュ「カノンはどうだ?なんだかやりたそうな位置につけていた気がしたが」
カノン「あてつけか・・・?どうせ俺はシードラゴンだが、サガのお下がりは着たくない」
バラン「だから教皇とはそういうものでは無いと・・・;」
シュラ「しかし、いい加減誰かを選ばなければならんのは確かだ」
シャカ「ならばこの際、多数決で決めるのが最善だろう。より人望のあるものが教皇にふさわしいのは自然の理。ちなみに私は発案者なので参加しない。諸君で決めてくれたまえ」
リア「卑怯だぞ、シャカ!」
ムウ「そこで卑怯という言葉が出てくるのもどうかと思いますが・・・まあ、そうですね、ここはいっそ開き直って、教皇は汚れ仕事と認めましょう。刑罰代わりに科すことにすれば、サガで問題ないんじゃないですか」
サガ「私はもう一ヶ月服役した!懲役なら、次はデスマスク!お前がやれ!」
デス「ああ!?ふざけんなよ、俺が教皇になったら公金使いまくって女はべらすぞコラ!!」
アフロ「君はどこかの永田町か。威張って言うようなことじゃなかろう;」

 ・・・話し合いでは何一つ解決しなさそうな雰囲気のまま、2時間が経過した。

ミロ「まるで学級委員のなりてがないせいで長引きまくっている帰りの会みたいだ!はやく決着をつけて解散したいんだが!」
ムウ「あなた実は小学校時代があったんですね。そんなことを言ってもやってくれる人が出てこないんですから仕方ないでしょう」
デス「一人に任せようとするから長引くんじゃねえの?適材適所で全員で仕事分担したらどうだ?」
サガ「お前にしてはまともな意見ではないか。具体的にはどういう・・??」

サガが訊ねると、デスマスクは真顔で答えた。

デス「例えば大蔵教皇とか文部科学教皇とか農林水産教皇とか部署作って分けようぜ。平等に全員教皇になるだろう?」
サガ「・・・・・・・・・・・・」
アフロ「・・・・・・参考までに聞きたいが、君は何の教皇をやる気だ・・・?」
デス「俺?俺はそうだな・・・裏切り教皇あたりか」
リア「いるかそんな腐れた教皇!!いや、別部署の教皇もかなり要らないんだが!!大体、そんなにたくさん教皇がいてどうする!誰が統率を取るのだ!」
デス「そこは教皇の中の教皇を作ってサガにまかせりゃいいんじゃねえの?」
サガ「結局私ではないか!!教皇の仕事に加えて貴様らの面倒までみろと!?やってられるか!!」

 やや黒くなりかけのサガが怒鳴って、せっかくの妙案も没になった。
 ミロが言った。

ミロ「一人に絞ることができないなら、やはり役割を分担するしかあるまい。部署わけはボツになったし、ここは曜日で決めたらどうだ」
カミュ「なるほど。それは有効かもしれん。だったら私は月曜日担当で教皇をやる。他の曜日は他で決めてくれ」
アフロ「土日以外で入る。休日は嫌だ」
シュラ「・・・年中休日のようなものだろう、お前は」
デス「週末はあけときたいからな。日曜はサガにまわそうぜ」
シャカ「そうだな」
サガ「・・・お前ら、私に何か恨みでもあるのか・・・?」
ムウ「それ以前に、どちらにしろ一週間は7日しかありませんから人が余りますよ。平等にならないのですが・・・」
リア「しかし、考える方向性は正しい気がする!月々のノルマを決めて、各人平等に教皇職につくことにすれば!」
カノン「!シフト制か!」
一同『それだ!!』
サガ「・・・・・・・・・;」

 かくして史上初聖域シフト制教皇が実施されることになった。
 黄金聖闘士たちはカレンダーに群がり、とりあえず一月分のスケジュールを組む。仕事内容の引き渡しと説明のため、一日教皇をやった者は、翌日の教皇の補佐もするという規則を打ち立て、明日にも開始しようという運びになった。
 余談だが、シフトを組むに当たって人気の無い土日祝日は給料1割り増しであったという。





 翌日。
 最初の教皇はアフロディーテであった。

サガ「今日は始めなので私が補佐をしてやる。しっかり仕事を覚えて明日につなげるのだぞ」
アフロ「わかった」

 素直にうなずく新教皇。そこまではよかったのだが。

サガ「・・・・で、これが一月のスケジュール表。こっちが帳簿に出納帳。記入していない領収書が溜まっているので片付けておくように」
アフロ「・・・・・・・・・」
サガ「・・・どうした?何だその顔は」
アフロ「・・・美しくない」
サガ「なに?」
アフロ「美しくないといったのだ。なんだこの帳簿は!」

 アフロディーテはいかにも帳簿然とした黒い表紙をぱんと叩いた。

アフロ「こっちの出納帳もそうだ!そこらのスーパーに売ってそうな二束三文の代物ではないか!」
サガ「別にかまわんだろう。使いやすいぞ」
アフロ「嫌だ!デパートに行けばもっと綺麗なやつが売ってるはずだ!そういうのでないとやる気が起きんではないか。『まずは形から入る』が私の基本方針なのだ!」
サガ「そんな下らん方針は捨てたらどうだ。馬鹿なことを言ってないで仕事をしろ」
アフロ「っ!ちょっと行って来る!」
サガ「あ、こら!」

 何を思ったか、飛び出していったアフロディーテ。
 十数時間後。

アフロ「ただいま」
サガ「ただいまではないわーーーっ!!今の今までどこをほっつき歩いていた!?もう一日が終わるではないか!いきなり仕事放棄とは何事だ馬鹿者!!」
アフロ「帰ってきた早々怒鳴らなくてもいいではないか!仕事放棄ではない!ちゃんと買い物をしてきた!」
サガ「何の買い物だ!帳簿か!?それにしては大量すぎる、その荷物は一体なんだ!」
アフロ「帳簿だけではないのだ。この辛気臭い教皇の間を華やかにすべく、レースのカーテンとかセーヴルの花瓶とかアフタヌーンティーとかクリスタルガラスとか・・・・」
サガ「・・・・・・・・・」
アフロ「絵も買ってきた。いいのを見つけるまでに画廊を三軒回ったがな。抽象は嫌いだ。ほかにもほら、クッションとか」

 差し出された見事な刺繍のクッションを、サガは沈黙したまま見つめる。

アフロ「さっそく部屋の模様替えをするぞ!・・・ああ、そうだ。聖域宛で領収書きってきたから、まわしといてく・・・・」
サガ「出せるかそんな金!!いらんガラクタばっかり買い込みおって、レースのカーテンのどこが教皇だ!!全部返品して来い!今すぐ!」
アフロ「返品!?」
サガ「あたりまえだ!」
アフロ「待ってくれ、せめてそれじゃあこの猫の郵便受けだけでも置いといていいだろう!?しっぽが動くのだ、ほら」
サガ「究極にいらん!!買うなそんなもの!!」
アフロ「・・・;」

 その後、アフロディーテが返品に行ってる間にサガが本来の教皇の仕事を片付け、この一日は終了した。





 翌日、シフト制二日目の教皇はアルデバランである。

バラン「こういう仕事は初めてなので、何をしたらいいのかまったくわからん。補佐、よろしく頼むぞアフロディーテ」
アフロ「うむ。頼まれるのは構わんが、私も昨日一日サガに怒られるだけで終わったので、本来何をすべきかは知らん。それでもいいなら頼ってくれ」
バラン「その説明でどこをどう頼ればいいのだ俺は・・・?;仕方ないな、サガを呼んで聞くか」
アフロ「待て!私が何も飲み込んでいないことがバレたら、彼はまた怒る!それは嫌だ!」
バラン「・・・・そんな駄々をこねられてもだな・・・;」
アフロ「確かこのあたりにスケジュール表があった。それを見ればやるべきことがわかるはずだ」

 二人はアフロディーテの言う「この辺り」をひっくり返してスケジュール表を探す。

バラン「・・・・・・ないぞ」
アフロ「おかしいな。サガがどこかにしまったのだろうか。ちょっとあの辺りも探してみよう」

 部屋中をかき回すこと3時間。

アフロ「あった!これだ!」
バラン「やれやれだな。で、今日は何をする予定になっている?」
アフロ「ええと・・・・朝6時に起床して8時にはロドリオ村の視察、病人を見回った後アテネに出向いて10時には教会の牧師と会談、それから・・・・」
バラン「待て。現時点で昼を回っているぞ!?まずいのではないかオイ!」
アフロ「そうか。すでに5つ6つ予定が流れてる計算になるぞ。まずいというより再起不能だ。どうする!」
バラン「聞きたいのは俺の方だ!お前、どうして昨日のうちにチェックしておかんのだ!」
アフロ「だってサガも何も言わなかったし!きっとそれほど重要なことではないのだ。忘れよう。昼を回っているといったな。飯がまだだし、食いながら今後の予定について考えようではないか」
バラン「そんな呑気な・・・;」

 昼食後。

アフロ「・・・・腹が膨れると、なんだか全然やる気が起きんな」
バラン「お前は最初からやる気なさそうだったがな・・・」
アフロ「君はあったのか?」
バラン「やらねばならんとは思っていたが、そもそも自分に教皇という仕事が務まるかどうかは、はなはだ疑問だ」
アフロ「うむ。客観的に見て私も疑問に思っているぞ。明日の教皇は誰なのだ?」
バラン「ムウだ」
アフロ「だったらもういいではないか。私たちが下手にいじるより、彼に全部任せた方が絶対うまくいく!今日の仕事は終わりにしよう」
バラン「いや、さすがにそれはいかんだろう。俺達だって何かしておかなくては・・・」
アフロ「じゃあ部屋の片づけをしよう。さっきスケジュール表を探して引っかきまわしたせいでぐちゃぐちゃだ。片付けぐらいなら君でも役に立つだろう?」
バラン「・・・どういう意味だそれは。お前も全然役にたっておらんくせに」

 一日の残りを二人は部屋の片付けに費やし、シフト制の二日目は終了した。





 三日目。ムウは、ちゃんと朝早くから教皇の間に出勤してきた。
 アルデバランもさすがに昨日の自分を反省し、今日はしっかり仕事を補佐する構えである。

ムウ「よろしくお願いしますよ、アルデバラン」
バラン「ああ。今日がお前でよかった。まともに仕事が進みそうだ」
ムウ「・・・昨日は進まなかったんですか?」
バラン「いや、まあ、ちょっと色々あってな・・・・・それより今日の予定だが」

 アルデバランはスケジュール表を読み上げた。

バラン「今日は地元の名士アレクサンドロ氏との観劇と会食が予定されている」
ムウ「・・・・誰ですかそれ・・・?」
バラン「知らん;。名士というからには名士なのだろうが・・・一応ここにケータイ番号とかも書いてあるぞ」

 ムウはちょっと表情を曇らせた。

ムウ「そうですか・・・できれば事務仕事がよかったんですけどね。聖衣の修復の依頼が来てしまって、片手間にやりたいんです」
バラン「このスケジュールでは無理だろう」
ムウ「でしょうね。急ぎの仕事なんですが・・・。仕方ありません。ちょっとその表を貸してもらえますか?あと電話・・・ああ、ありました」

 アルデバランからスケジュール表を受け取ると、ムウはそこに書かれている番号に電話をかけた。
 まず深呼吸。そして。

ムウ「ゲホゲホゲホッ!あの、サー・アレクサンドロ?すみませんゴホォっ!教皇ですが・・・ゼェゼェ・・・・・」
バラン「・・・・・・・・・・・・;;(滝汗)」
ムウ「ええ、昨日から少々風邪をハックシッ!!申し訳ないのですが、今日のお約束をキャンセル・・・ゲホゲホゲェッホっ!!そうなんです、医者に止められまして、ええ。・・・・ああ、ありがとうございます、痛み入りゲホッ!ます。それでは」

 ・・・カチャン。

ムウ「これでよし、と・・・」
バラン「よくないわーーっっ!!お前、なんだ今のは!?仮病ではないかオイ!!;;」
ムウ「アレクサンドロさんにはわかりゃしませんよ。聖衣の方が先約です」
バラン「お前の予定ではどうだか知らんが、教皇のスケジュールでは明らかにアレクサンドロが先だろうが!?」
ムウ「いいんですいいんです。私が会食しなかったからといって世界が滅ぶわけじゃなし。今から電話かけなおすわけにもいきません。アレクサンドロは無かったことにしましょうね」
バラン「しましょうね、ではないだろうが!!ムウ、いくらなんでも・・・・・」
ムウ「まさかしないとは思いますけど、アルデバラン。他言は無用ですよ。誰の益にもならないんですから・・・・ね?」

 にっこりと微笑んでいったムウの顔には、何やら底知れぬ雰囲気があった。
 うっ、とつまるアルデバラン。

ムウ「予定では・・・ああ、事務処理は明日ですか。なら会食をキャンセルした今日は私はフリー。良かった、修復に専念できます」
バラン「・・・・・(滝汗)」
 
 その一日、教皇の間からはノミと鎚の音が響いていた。





 シフト4日目の教皇はデスマスク。昼近くなっての殿様出勤である。

ムウ「遅いですよ」
デス「うるせ。俺時間では今が朝なんだよ。・・・・あー頭いてぇ・・・・」
ムウ「二日酔いですか?」
デス「昨日カノンと飲みすぎた。おい、今日の仕事は何だ?」
ムウ「主に事務処理ですよ。出納金の計算ですとか、資料整理ですとか・・・」
デス「この体調でそんなことができるか!ちょっとそれ貸せ!」

 ムウからひったくったスケジュール表をあらためて。

デス「・・・事務処理なんかいつでもいいんだろ?明日の予定が地中海視察じゃねえか。これ、今日にしたら駄目か?」
ムウ「駄目に決まってるでしょう。そんな勝手に・・・」
デス「お前な、明日の教皇はシュラなんだぞ?あいつが対外視察なんかできるかよ。あの三白眼で無意味に周りの一般人をビビらして終わりだと思わねえか?な?」
ムウ「・・・まあ、それは言われてみればそんな気も・・・・」
デス「地中海なら新鮮な空気吸えるし、二日酔いにもいいだろうし、リゾートだし、夜はうまいもん食えるし、それに今日ならお前も公費で行けるぞ。いい話だろ?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ムウ「支度しますね」
デス「よし!」

 かくして二人はスケジュール表を切って貼って改ざん。
 さわやかな春の地中海を満喫しに行ったのであった。





 そのツケは翌日にまわってきた。

シュラ「・・・・お前が教皇補佐か。なんだか微妙に不吉な予感がするんだが・・・」
デス「フン、つきあってやるだけありがたく思え。今日は一日事務処理だぞ。せいぜい頑張れよ」
シュラ「ああ・・・具体的には何をやればいいのか聞いているか?」
デス「出納金の整理だとか言ってたな」

 二人は出納帳を探した。
 が、どこにしまわれているのか、見つからない。

シュラ「一見片付いているように見えるが、なんだか適当に押し込んだような収納をされているな・・・誰だこの部屋を片付けたやつは;」
デス「さあ。・・・おい、こんなところに猫の郵便受けがあるぞ。なんで隠してあるんだこんなもん・・・おお、しっぽが動く
シュラ「つまらんものにかかわってないで会計に関する書類を探してくれ。仕事ができん。帳簿とかないのか?」
デス「ないな・・・・ん?これがそうか?」

 デスマスクが奥の書棚から黒い表紙のノートをひっぱりだした。

デス「ああ、やっぱりこれがそうっぽいぞ」
シュラ「そうか、良かった。しかし、この表紙についているマル秘マークは・・・・?」

 帳簿の中身に目を通す二人。
 「○月○日、××業者から第3口座に5千万入金・・・」

二人「裏帳簿じゃねえか!!;」
シュラ「おい、俺達は何か見てはいけないものを発掘してしまったんじゃないのか!?」
デス「これサガの字だよな!?ちきしょう、黒い時のやつか!?まだあるんじゃねえのか、探せ!!」

 探すと、思ったとおり続々と「」の字の文書が見つかった。

シュラ「これも、こっちのも裏金関連だ;」
デス「こいつはイギリス大使館との裏取引の証書だぞ・・・・真剣にやばくねえか?」
シュラ「そもそも『第3口座』とは明らかに架空口座だろうな?第3というからにはあと最低2つは同じようなものがあるということか?ということは脱税か?;」
デス「・・・・明日の教皇は誰だった・・・?」
シュラ「老師」
デス「燃やせ!!この書類を今すぐ燃やせ!!」
シュラ「いかん!燃やすと煙が出て感づかれる恐れがある!俺がシュレッダーにかけるから、お前はそれを集めて黄泉比良坂に捨てろ!」
デス「よしっ!!;」

 そこで二人は一日中、中を確かめる→エクスカリバー!積尸気冥界波!!という証拠隠滅工作に尽力した。

シュラ「だ・・・大体片付いたな・・・・」
デス「ああ・・・やれるだけのことはやった。お前、明日補佐頑張れよ」
シュラ「・・・・・・・;」





 その「明日」がやってきて、シフト制教皇第6日目。

老師「どうした?シュラ。顔色がすぐれんのう」
シュラ「い、いいえ。なんともありません。お気になさらず」

 本日の教皇スケジュールはギリシャ郊外の農村地帯の視察。
 だから教皇の間を探られることはあるまい、とやや安心していたシュラだったのだが。

老師「視察、か・・・老体のわしがするのも何かのう・・・地域住民とのふれあいは、やはり若い者が経験すべきじゃろうて。明日の事務処理と代えてしまうかの」
シュラ「!ろ、老師!失礼ながら、そのような勝手な事は・・・!」
老師「平気平気。ホッホッ、シオンも昔よくやっておった。ほら、こうしてスケジュール表を切って貼って・・・」
シュラ「それでは改ざんすることになってしまいます!」
老師「しかし、もう前に誰かがやっているようなアトもあるぞ?」
シュラ「え、え?」
老師「ホッ、シュラ、固いことはいいっこなしじゃよ。どちらしにしろ明日はわしが補佐なのだし、サボリにはなるまいよ、のう」
シュラ「・・・・・・・;」

 そういう問題ではないのだが、真相を語るわけにも行かず、ひたすら胃の痛いシュラである。

老師「さて、後の教皇たちのために、資料をまとめて指導書でも作ってやるかの。どれ・・・・」
シュラ「!老師!その棚は・・・・!」
老師「?なんじゃ?」
シュラ「そ、その棚は・・・その・・・・資料になりそうなものは何もありません!」

 昨日、裏資料はあらかた処分したものの、完全かどうかとなると自信は無かった。
 慌ててもいたし、斬り漏らしがあるかもしれない。
 危険区域には立ち入らせないことが何よりである。

老師「無いとな?なにがあるのじゃ、この棚は?」
シュラ「そこは、ええと、あの、昔の教皇の日記とか」
老師「!だとすると、シオンの日記もあるのかの。懐かしいのう、探してみるか」
シュラ「!!いけません!そんなことより、今日の仕事を・・・」
老師「なに、それほど時間はとらんわい。どれどれ」

 老師が棚に歩み寄った。
 まずい。裏資料があるにせよ無いにせよ、調べられたらとりあえず日記が無いことはばれる。
 どうする!どうする俺!!
 悩んだ末・・・・・・・
 シュラはそっと、天井のシャンデリアを斬りおとした。

シュラ「老師!危ない!!」
老師「!?」

 ガシャシャシャシャンっっ!!
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
シュラ「ご無事ですか!?」
老師「う・・・・な、何が起こったのじゃ・・・」
シュラ「さ、さあ。シャンデリアが急に・・・・古くなっていたのかも・・・しれません・・・」

 ・・・その後。
 完全に不意をつかれてシャンデリアに直撃された老師は、衝撃のせいかぎっくり腰も併発。
 すみませんすみません老師!
 心の中で血の涙を流してわびつつ、シュラは老人を病院へ搬送したのだった。





 カラカラカラカラカラ。

老師「・・・というわけでな。なぜだかようわからぬが急に上から落ちてきたのじゃ」
リア「そうでしたか・・・」
老師「おかげでわしはこの有様。補佐してやろうにも思うように動けぬ。すまんのう」
リア「い、いえ。大丈夫です。ごゆっくりお休みください」

 シフト制を始めて1週間目を担当したアイオリアは、滑車つき寝台に点滴器具までつけて微笑んでいる老人を見ながら、縁起の悪さを噛みしめていた。

リア「あの・・・・私のことより、老師、あなたのお怪我は大丈夫なのでしょうか・・・?」
老師「ホッホッ、心配することは無い。ちょいと背骨がずれただけのこと。こんなもの、気合を入れれば一発でなおるわい」
リア「はあ・・・;くれぐれもご無理はなさらぬよう」
老師「すまぬのう。今日は郊外へ視察のはず。わしもついていってやりたいのじゃが、この体では・・・・なんなら、おぬしがこの寝台を押していってくれても良いのじゃが」
リア「それはむしろ邪魔・・・・もとい、治療の妨げになると思いますのでおやめになった方がよろしいでしょう。田舎道はぎっくりごしに響きますよ」
老師「そうかのう」

 残念そうな老師を天秤宮に安置して、アイオリアは一人ギリシャ郊外へ向かった。
 のどかな田園風景を見ながら、亡き兄のことを思い出す。
 アイオロスは正義感にあふれ、懐が深く、やや鈍いところはあったが良い兄だった。
 生きていたら、きっと立派な教皇になったことだろう。そして現在のシフト教皇制度を嘆いたことだろう。

リア「汚れ仕事と責任の押し付け合いか・・・・いっそ俺が引き受ければよかったか」

 一週間前の話し合いの席を思い出し、一人苦笑するアイオリアである。
 せめて、今日を担当する自分の仕事だけはきちんと果たそう。代々の聖域の教皇の名を汚さぬように。
 思いながらふと見ると、なにやら畑で途方にくれている農夫の姿があった。

リア「どうした?困ったことでもあるのか」
農夫「?あんたは・・・?」
リア「私はギリシャ聖域の教皇を務めるものだ」
農夫「教皇?」
リア「そうだ。力になれることがあるかもしれん。何かあるなら聞かせてはくれないか?」
農夫「ふぅん・・・」

 農夫はアイオリアの黄金装束をながめながら、胡散臭そうな視線である。

農夫「・・・・・最近な、この辺にシカがでてくるんだべ」
リア「シカ?」
農夫「畑の作物を食い荒らしよる。向こうの山から下りてくるんだべ。あんたに何とかできるとは思えねがなぁ」
リア「フッ、シカか。聖闘士にかかれば、そんなものは何でもない」
農夫「だどもあの山、熊もでんべ?」
リア「熊?そうか。しかし敵ではないな」
農夫「ならシカが下りて来ないようにしてくれねが」
リア「良いとも。任せておけ」
農夫「だどもなあ、あの山ぁなあ・・・」

 なにやら言いかける農夫の言葉を、アイオリアは終わりまで聞かずに駆け去った。
 そのため、「あの山ぁなあ」に続いた「禁猟区なんだべさ」の一言も、当然耳には届かなかった。
 農夫が我に返ったときには、金の鎧の男の姿はどこにも無く、ただ食い荒らされた畑の作物が風にそよいでいた。

農夫「?・・・夢かあ・・・?」

 しかし、この日を境に畑荒らしのシカの群れはぱったりと人里へ下りてこなくなる。
 一時は喜んだ農民達だったが、後日、そのシカ達の大量の死骸が山の中で発見され、大問題となることをまだ知らないのだった。





 8日目の教皇はシャカ。朝起きて教皇の間へ向かったアイオリアは、処女宮の寝床でぐっすり寝ている彼を見つけてたたき起こした。

リア「シャカ!今日はお前が当番だろう!?起きろ!」
シャカ「ん・・・・なんだ、君は。人の部屋に来るなり失敬な。出て行ってくれたまえ」
リア「おい、わかっているのか!?教皇なのだぞ、お前は!」
シャカ「わかっているとも・・・・すぐに起きるから出て行け」

 態度のでかい物言いはいつものこと。アイオリアは腹の虫を押さえて外へ出た。
 2時間待った。

リア「いい加減にしろ!いつになったら起きる気だ貴様!!」
シャカ「黙れ!人が気持ちよく寝ているときに耳元で騒音を・・・・!」
リア「寝るなといってるのだ!!起きるから出て行けといったのは貴様だろう!?いきなり公約を破る気かこの馬鹿が!!」

 怒髪天つく勢いのアイオリアが布団を盛大にひっくり返し、シャカはしぶしぶ床におりた。

シャカ「最悪な朝だな。教皇に対して不遜もいいところだ。君、反省したまえ」
リア「暗殺されたいか。つべこべいっとらんで大人しく職務につけ」
シャカ「何の仕事があるというのだ」
リア「今日の予定は聖域内の管理システム調査、となっている」
シャカ「フン、そんなものこの私の手をわずらわすまでも無い。アイオリア、君が代わりにやっておけ。教皇命令だ」
リア「・・・・シャカ、貴様な・・・・;」
シャカ「聞けんというのか?反逆罪で死刑に処するぞ。行くかね?ぽとりと」
リア「・・・・・・・・・・・・よくわかった。喧嘩を売っているのだな。望むところだ!表に出ろ!!」
シャカ「フッ、愚かな!!」

 結局この日の教皇は、教皇の間にすら辿りつかないまま補佐官と千日戦争を開始。
 そのまま日が暮れて夜が明けたのだった。





カミュ「今日の担当は私なのだが・・・・・・・・たて込んでいるようだな、シャカよ」

 9日目。朝になっても職場へ出てこない補佐官を迎えに来たカミュ教皇は、アイオリアと両手を組んでしっかり固まってしまっているシャカを見て溜息をついた。

カミュ「まあ、お前も色々忙しいのだろうからあえて邪魔はせんが・・・せめて今日のスケジュールと昨日までの仕事の進み具合ぐらいは教えてもらえんだろうか」
シャカ「・・・・・・・・・・」
リア「・・・・・・・・・・・」
カミュ「あと、教皇の間で落ちて割れてるシャンデリア、あれは片付けてしまってもいいものなのか?知っているか?」
シャカ「・・・・・・・・・・・・」
カミュ「・・・返事はなし、か・・・・困ったな」

 既にお互いのこと以外は目に入らなくなっているシャカとアイオリアを眺め、途方にくれるカミュ。
 たまたまそこへ通りかかったサガが即座に幻朧魔皇拳を放ってアイオリアを追い返し、シャカの頭をはたき倒して(年上の貫禄)喧嘩を終わらせなかったら、彼もまた、途方にくれたままで無意味に一日を終わらせていたかもしれない。

サガ「なんと言うざまだ!シャカ!こんなところで喧嘩をしている場合ではないだろうが!見ろ、カミュが困っている!」
シャカ「ん?なに?カミュ、君が教皇なのか?もうそんな時間か」
カミュ「いや、時間というか・・・;」
シャカ「教皇ならこんなところでぐずぐずしてないでさっさと仕事に戻りたまえ」
サガ「貴様もな。というか、貴様がな。補佐の義務があることを忘れるな。今度私闘に無駄な時間を費やしているところを見つけたら便所掃除の罰を科すから覚えておけ」
シャカ「・・・・;」

 さすがに元教皇にして聖域責任者は迫力が違った。
 大人しく教皇の間へ職場復帰したカミュとシャカである。

カミュ「それで・・・教皇は何をすればいいのだ?」
シャカ「まったくわからん。昨日アイオリアがシステム調査とかなんとか言っていた気がするが、何のシステムだったのかは記憶に無い」
カミュ「・・・・スケジュール表か何かはないのか?」
シャカ「その辺を探したまえ。運がよければ見つかるかも知れん」

 だが、それを探しにかかる前に、教皇の間へ雑兵が一人飛び込んできた。

雑兵「教皇!大変で・・・・」
シャカ「君。挨拶もなしに土足でこの部屋へ踏み入るとは随分と無礼だな。親しき仲にも礼儀ありというが、親しくも無い雑魚ならなおさら礼儀をわきまえてもらわなければならん。戻ってやり直したまえ」
雑兵「え!?あ、は、はいっ!」

 雑兵は入り口に戻った。

雑兵「あ、あの・・・・失礼します」
シャカ「待て。そんな通り一遍独創性の欠片も無い挨拶で教皇に通用すると思っているのか?小宇宙のコの字も感じぬが」
カミュ「シャカ・・・挨拶に小宇宙はいらないような気が・・・;」
シャカ「まずは地に頭をこすり付けて平伏し、絶対服従の誓いを立てるがいい。そうすれば、気が向けば話を聞いてやってもいい感じがするような気がする」
カミュ「・・・もういいからお前は黙っていろ。誓いなんぞ置いといて、私は早く用件が聞きたい。・・・そこの者。今日の教皇は私だ。何か用か?」
雑兵「貴方が教皇だったんですか・・・;?てっきりそちらの金髪の方がそうかと・・・」
シャカ「愚か者めが。私は単なる補佐係だ」
雑兵「だったらどうしてあんなに態度がでか・・・・・い、いえ、それはいいんですが、そんなことより!大変なのです、村が・・・ロドリオ村が火事で!」

 火事!?

カミュ「・・・・ということは火がついて燃えている、と・・・」
雑兵「そうです!」
シャカ「ならさっさと消したまえ。当然ではないか」
雑兵「それが簡単に消えるようなら苦労しません!!お力をお貸しください教皇様!!」
カミュ「・・・教皇とは消防隊員の代わりまでするのか・・・なるほど、サガも大変だったのだな」

 教皇とその補佐官は、雑兵に催促されるままロドリオ村に駆けつけた。
 火事は山火事の延焼らしく、既に2、3軒の家々が飲まれている。
 人々のバケツリレーもあまり役に立ってはいなかった。

シャカ「さて、どうする」
カミュ「そうだな・・・・考えてみれば、怪獣が出たとか言う話ならともかく、火事場で聖闘士が役に立つとも思えんな。雨を降らせるわけでもなし・・・せいぜい風呂桶に入れた水を一人で運べるぐらいの話だろう」
シャカ「しかし来たからには解決するのが信用と言うものだ。燃えている家を破壊するか?火元をつぶせば火も止まる」
カミュ「どうだろうな;破壊・・・・理屈は正しいが、村人の感情としてはむしろ火事よりショックな気もするがな。かといってオーロラエクスキューションで冷やしてどうなると言うものでもないし・・・・」

 しばし考えた挙句。

シャカ「こうするのはどうだ?君のフリージング・コフィンで燃えている家にくまなく氷をかぶせるのだ。酸素がなくなるから火は止まるだろう」
カミュ「ふむ。妙案だな。やってみよう」

 そこでカミュは前線に出、片手をかざして必殺技を発動させた。
 燃えている家々の壁を、柱を、屋根を、氷の膜が完全に閉ざす。
 ものの数十分もたたないうちに、燃料を失った火は完全に勢いをなくし、消えた。





カミュ「・・・・・ということがあったのだ。昨日」
ミロ「そうか!よくやったな、カミュ!」
 
 明けた翌日。補佐官となったカミュは、新教皇のミロを相手に昨日の仕事を解説した。
 話を聞いた友人は、その活躍談を自分のことのように喜んだ。

ミロ「死人や怪我人はなかったのだろう?」
カミュ「うむ・・・」
ミロ「良かったではないか。なぜそんな浮かない顔をしているのだ?」
カミュ「・・・実はな」

 カミュはため息をつき、言った。

カミュ「あの氷はフリージング・コフィンの変形。黄金聖闘士が数人かかっても砕けるものではない上、その耐久度は半永久的。要するに、あの家々はこのさき永遠に氷に固められたままということになる。昨日はあんまり村人が喜ぶものだからいいそびれてしまったのだが・・・・あとでクレームが来る様な気がしてな」
ミロ「当たり前だ!!消防活動で本気の氷固めをやるやつがあるか!どうしてそう見境が無いのだ!?どうする気だお前!!」
カミュ「どうするか・・・・そこは私なりに前向きに考えてみた。聞いてくれ」
ミロ「なんだ!」
カミュ「まず永久に凍りに閉ざされると言う時点で次の火災はありえない。その点はどんな耐火家屋よりも確実・・・」
ミロ「そういうところでお前一人前向きになっても仕方ないだろうが!!」
カミュ「そ、それに、生活するには大して支障はないのだ。ただ寒いのと滑るのを我慢すれば全然・・・」
ミロ「我慢できるか!!家を建てる重要目的の一つは防寒だぞ!外より寒くてどうする!しかも滑るってなんだ!」
カミュ「氷なので・・・」
ミロ「そんなことはわかってる!!おい、まじめな話、何とか収拾つかんのか!?」
カミュ「うむ・・・・」

 カミュは眉根を寄せたまま首をかしげ、ミロを見た。

カミュ「まあ・・・氷河を固めたときよりは全然薄い氷だから、お前のスカーレットニードルをぶつけまくればヒビぐらい入って剥がせるかもしれん」
ミロ「教皇になった瞬間お前の後始末か・・・なんかやることが普段と変わらない気もするが・・・いいだろう!ロドリオ村に行くぞ!」
カミュ「単に撃てばいいと言うものではないぞ。あの氷を割るにはセブンセンシズが必要だ。できるか?お前に」
ミロ「任せろ!」

 こうしてシフト制10日目の教皇の一日は決定した。
 村では案の定、溶けない氷に人々が不審を抱き始めていたところだったという。





 シフト制11日目。

カノン「どうした?怪我をしたのか」
ミロ「いや・・・・ちょっと色々あって爪が割れた。突き指も併発してかなり痛いが、どうということは無い」
カノン「そうか。今日の教皇は俺だ。頼むぞ補佐官」
ミロ「ああ」

 教皇の間へやってきたカノンは、何を思ったか隅の物置のようなものに直行した。
 
ミロ「?なんだ?何をしている?」
カノン「フッ、探し物だ。・・・あった!」

 引っ張り出したのは教皇の服。
 どうやら物置のように見えたのはクローゼットだったらしい。

カノン「一回着てみたかったのだ。仕事は嫌だが、これを着て教皇の椅子に座るのを実は楽しみにしていた」
ミロ「・・・・お前、俺より8つ年上というのは本当か・・・?そんなのでよく海底神殿をきりもりできたな」
カノン「馬鹿にするな。俺はやるときはやる男だ。おい、それより、どうだ?似合うか?このマント」
ミロ「サガに似合ったのだからお前に似合わんわけ無かろう。いや、むやみに堂々としている辺り、ひょっとしたらサガよりはまっているかも・・・」
カノン「フッ、そうか。ウワーッハッハッハ!」

 バッサァッ!

ミロ「むっ」
カノン「うむ、このマントの音!さすがいい布使ってるだけあるな!」

 バササッ!バッサアッ!

ミロ「おい、そんなにバサバサやるな。マントの扱いなら俺に任せろ。こうだこう!」

 バサァッ!

カノン「むっ、どうやったのだ?」
ミロ「音が違っただろう。どうだ」
カノン「しかし、教皇の服と黄金聖闘士のマントでは造りが違うからな」
ミロ「ならその服を俺に貸せ。見本を見せてやる」
カノン「いいぞ。やってみろ」

 ふたりはしばらく、マントをとっかえひっかえしてバサバサとひるがえしまくった。

ミロ「どうだ!(バサァッ!)フッ、マントとは本来こうあるべきなのだ!・・・ゲホッ」
カノン「くそっ、俺も海底神殿ではマントをひるがえして歩いていたクチなのだがゲホ、やはりここは湿気がすくないせいかゴホッ!
ミロ「湿度のせいにするとはケフッ!お前もまだまだだな!・・・・・なあ、なんか埃がすごくないか・・・?」
カノン「ああ、俺も思った。長期間クローゼットに放り込まれてたものだしな・・・外にでるか」
ミロ「そうだな。外の方が風があっていい感じになるかもしれん」

 二人は外に出た。

ミロ「よし!これで存分にひるがえせるぞ!ついでにマントの取り方とかも極めるか!」
カノン「いかにも教皇らしいな!貸せ、次は俺の番だ!」

 バサァ!バサァ!

カノン「風があるとやはり違う!いい音になってきたと思わんか?」
ミロ「いや、まだまだ・・・・」
サガ「・・・・お前達、そこで何をしている」
二人『!!』

 ゴン!

カノン「いっ・・・・て・・・・・・・!」
ミロ「うう・・・・っ・・・・・」
サガ「馬鹿か貴様らは!?マントばさばさやっている場合か!仕事はどうした!!」
カノン「これからやるところだったのだ!」
サガ「これからって、一体今何時だと思っている!昼近いぞ!カノン、貴様いくつだ!?その歳になってマントひるがえして大喜びとは、どこまで阿呆なのだ!!」

 まったく見に来て正解だったな、と吐き捨てながら、サガはふたりの首根っこをつかみ上げて教皇の間へ放り込んだ。

サガ「今度サボリを見つけたら里子に出してやるからな!肝に銘じて仕事をしろ!!」

 バタン!

カノン「・・・確かに俺はガキかもしれんが、あいつは歳を食いすぎてるような気がする。どう思う?」
ミロ「里子だものな・・・おばあちゃん子だったのだろうか、サガ・・・・」

 大いに不満が残ったものの、二人はしぶしぶ仕事に取り掛かった。
 
ミロ「あそこに落ちているシャンデリアだが、片付けるべきだと思うか?」
カノン「しかし片付けている最中にサガが来たらまたサボリとか言われそうだ。ほっとけ」
ミロ「う、うむ・・・;」

 机の引き出しを開けると、定規やペンや消しゴムが色々入っていた。
 それを見て、カノンがふと思い出したように言った。

カノン「なあ、昔、定規とペンで遊ぶ遊びがなかったか?」
ミロ「?どんなのだ?」
カノン「まず机の上に定規を置く。その上をペンでこう力いっぱいこすってカタンとやると定規を押し出す。その動きを利用して相手の定規を机の外に落とすと言うやつだ」
ミロ「?知らん。面白そうだな。ちょっとやってみるか」
カノン「うむ。そこら辺の邪魔な書類は床に下ろそう」

 教皇の机の上をフリーにして遊び始める男二人。

ミロ「あっ!」
カノン「フッ、これで5連勝だな。まだまだ甘いぞミロ」
ミロ「むう、なぜだ!?この定規が弱いのか!?よし、次はこいつを使う!」
カノン「悪あがきはよせ。この俺のギャラクシアンサンダーフォース(命名)にかなう定規があるものか!」

 カタン!カタン!ぱたっ!
 ・・・キィ・・・・・

サガ「おい、カノン。ちゃんとまじめに仕事を・・・・・」
ミロ「よおおおっっし!!ついに一勝!!」
カノン「あああっ!!俺のギャラクシアンサンダーフォースが・・・!おのれ、こうなったら究極のカスタマイズをつけてやる!セロハンテープで二枚重ね・・・・」
サガ「この馬鹿ども!!」

 ガンゴンガキィっ!!

サガ「いい加減にしろ、お前達!!カノン、今度サボったら里子に出すと言ったはずだぞ!」
カノン「うう・・・・・」
サガ「何なのだこの机の上は!書類は全部床にぶちまけて!!貴様それでも教皇か!?ちゃんとこっちを見ろ!死にそうなフリをしても無駄だ!!」
ミロ「いや・・・フリじゃなくてほんとにやばいのでは・・・・眉間に入ってたし、拳・・・・;」
サガ「ミロ、お前もお前だ!!補佐がしっかりしてくれんと困るではないか!!一緒に遊んでどうする気だ!!」
ミロ「ご、ごめんなさい・・・;」

 思わず小学生の感じで謝るミロ。
 その後もサガは30分ほど説教をして出て行った。

ミロ「カノン!大丈夫か!?」
カノン「ううっ、くそっ、サガの奴いつか殺す・・・!」
ミロ「試合は続行不可能だ。定規はサガに取り上げられたぞ。あれ強かったんだが・・・・」
カノン「俺のサンダーフォースもか?おのれ・・・!」

 差し出したミロの手につかまって立ち上がり、カノンは歯軋りした。
 ミロはその彼の手をしばし見つめて。

ミロ「・・・なあ、話は変わるが、俺の地元では定規の代わりに指を使った遊びがあった。やったことはあるか?」
カノン「指ずもうか?」
ミロ「いや、こうして両手をそろえて、掛け声にあわせて親指を立てたり立てなかったりする・・・」
カノン「ああ!『いっせーの、1!』とかいうやつだな。言った数と立った指の数が当たったら手を引っ込めて、先に両手が引けたやつが勝ちと言うあれだろう?」
ミロ「そうだ。お前の地元では『いっせーの』だったのか?」
カノン「他に呼び方があるのか?」
ミロ「俺の地元では『キューちゃんの1!』とか言っていた」
カノン「それはかなり特殊なのではないか・・・・?」
ミロ「やはりそうか・・・どうしてキューちゃんだったのだろう・・・」
カノン「懐かしいな。久しぶりにやってみるか」
ミロ「うむ」

 二人はまたしても遊び始めた。
 が、こんどはサガに怒られたくなかったので、机の上にはそれとなく仕事環境を設定。
 ドアの開く音がするや否や仕事をしていたフリをする、というどこまでも精神年齢の低いカモフラージュを続けた。
 おかげでその後サガに殴られることは無かったが、もちろん仕事も何一つはかどりはしなかったのだった。





 シフト制教皇を実施して12日目。当番は一回りして、サガの番に戻ってきた。
 出勤して五分後。

サガ「何一つ仕事がされてないではないかーーっ!!」
カノン「!!」

 昨日に引き続き吹っ飛ばされる本日の補佐官・カノン。

サガ「なんだこれは!?初日に私がやってから、一切人の手がついた形跡もないぞ!!貴様ら一体何をしていた!!」
カノン「俺にばかり怒るな!!俺のせいだけではない!全員が力をあわせて仕事をサボったからこうなった・・・・」
サガ「ふざけるな!!」

 ゴガアッ!

サガ「おい、このシャンデリアは何だ!?貴様か!?ミロか!?」
カノン「違う!俺達が来たときにはもう落ちていたのだ!」
サガ「気づいてたのなら片付けろ!!」
カノン「怒るな!!現場保存しといただけだ!」
サガ「何の現場保存だ、殺人事件でもあったのか!?」

 未遂ならあったが。

サガ「!!しかもあれは猫の郵便受け・・・!返品していなかったのか!?このっ・・・・!!あのバラ男殺す!!」
カノン「お、落ち着け。可愛いぞほら、しっぽが動く・・・・」
サガ「黙れ!!」

 やり場の無い怒りを抱えて鬼の形相のサガ。
 そこへ電話がかかってきた。

サガ「もしもし!?今いそがしい・・・・はっ?アレクサンドロ?あ、いえ、これは失礼を・・・・え?か、風邪ですか?そ、そうですねゲホッ!まだ残り気味と言いますかケホケホっ;;・・・あ、はい、ありがとうございます。それでは・・・・」

 カチャン。

サガ「誰が風邪だ!!仮病を使った奴はどこのどいつだ!?許さん!!」
カノン「いや、お前も今・・・・;」
サガ「一体この十日あまり誰が何をやっていたのだ!どうして・・・・」

 怒鳴り声をさえぎって、またしても電話。

サガ「はい!ええ、教皇です!・・・え?シカ?シカが殺された・・・・禁猟区・・・・あの、それは本当にこちらの責任ですか・・・?え?聖域の教皇を名乗る男?あ、はい、そうですか、はい・・・・・」
 
 カチャン。

サガ「犯罪までもか・・・どうしてここまでわけのわからん事態にできるのだ。わからん・・・!」

 サガは頭を抱えた。
 追い討ちをかけるように、雑兵が「ロドリオ村の住宅に穴を開けた教皇」についての住民の訴状を持ってくる。
 こんなことになるなら、最初から自分がやっていればよかった。
 心のそこから後悔するも、もう遅い。

サガ「・・・・・・・カノン」
カノン「な、なんだ?」」
サガ「お前、まじめにやれば仕事はできるな・・・?」
カノン「ああ・・・」
サガ「ならば手伝え。これから全てが片付くまで、死ぬ気で私の補佐をしろ。いいな!」
カノン「・・・・・・・・・わかった;」

 げっそりと顔色をわるくした兄の姿に、さすがに昨日の仕返しをする気にはなれないカノンであった。

 その後、11日分の滞った仕事を片付けるまで、サガは倍の時間を徹夜する羽目になったという。
 シフト制がこの一回で廃れたのは言うまでも無い。



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