その日、ミロは気になる夢を見た。

 広い広い空間・・・それがどういう空間なのか分からないが、なんだかちょっと縁起の悪い空気がたちこめている空間に、カミュと氷河が並んでいる。
 二人はじっと淋しそうに、悲しそうにこちらを見て、言った。
「さらばだ、ミロ」
そして、こちらに背を向けて去っていった。

「・・・・・っ、リストリクション!!・・・・あ・・・」
 なんとか後を追おうともがいてもがいて、ついには寝ながらにして技を発動するにまで至ったミロは、自分自身の声で目を覚ました。
 全身、気持ちの悪い汗でびっしょりである。
「夢か・・・・・・」
 問答無用で胸騒ぎを起こさせる、はた迷惑な夢であった。ただでさえ、ミロは義理人情の塊のような男である。この何かを予兆するセオリー通りの夢を、無視できるわけが無かった。
 彼はベッドから起きるなり、そのまま宝瓶宮へと足を向けた。

 人馬宮は無人だが、魔羯宮ではシュラが出ていて、朝の稽古をしていた。
「熱心だな、シュラ」
声をかけると、彼はこちらに気づき、振り向いてすぐ細眉を跳ね上げる。
「・・・・・・なんだその格好は」
 ベッドからおきるなりそのまま来たので、ミロはまだパジャマ姿であった。
「いや、カミュに急ぎの用なのだ」
「お前、せっかちすぎるのにもほどがあるぞ!二十歳にもなった大の男がその格好で出歩いて、恥ずかしいとは思わんのか!」
問答無用。通してもらうぞ」
「・・・・・・・別に構わんが・・・・宝瓶宮は今、留守だぞ」
「何?」
「カミュは朝早く出かけた。氷河と旅行に行くのだそうだ」
 それを聞いて、ミロの不安は一層高まった。
 なんかとても嫌な予感がする。あの夢はやはり予知夢なのか?二人の身に何か起こるのか?
 ひょっとしたら、飛行機が落ちるとか、船が沈むとか・・・・
 しかしミロは知っていた。アテナ・エクスクラメーションの余波に耐え、深海の沈没船まで日参するあの師弟が、たかが飛行機事故や沈没事故で命に別状があるはずも無いということを。
 旅行先といえば交通事故も考えられるが、車の一台や百台ぶつかったところで怪我をするのは運転手の方だろう。
「・・・・・行き先はどこだか、知っているか?」
 ミロはシュラにたずねた。
 シュラは肯く。
「ああ。なんでも、氷河がシベリアの氷海しか知らないというのをカミュが不憫に思ったらしくてな。まあ無理も無い。『東京の海には氷が浮いていないんですが、不思議でしょう』とか言われたら、俺だって涙が出てくるからな。海水浴といえば潜水しか知らんようだし・・・・。そこでカミュは、氷河に本当の海を見せてやりたくなったといって、常夏の島へ連れていった」
「とこなつ・・・・?ハワイか、タヒチあたりか?」
「いや。デスクィーン島だ」

   注:デスクィーン島・・・・赤道直下の南太平洋に浮かぶ島。大地は熱く焼け爛れ、一年中火の雨が降り注ぐ。 

常夏過ぎるわ大馬鹿者!!くそっ!今ごろあの二人、溶けているかも知れん!!カミューーーーっ!!!」
 ダッシュで石段を下り、駆け去っていくミロ。
 彼の耳には、「せめて着替えてから行け!!」と叫ぶシュラの声も、もはや届いてはいなかった。


 一方、その頃のデスクィーン島。
「カミュ・・・・常夏とは、本当にこのような地獄の熱さのことなのですか・・・・?」
 全身から滝のような汗を流しつつ、氷河はあえぐように師に問い掛けていた。
 辺り一面、見渡す限りが溶岩の岩場。背後に聳え立つ巨大な活火山からは火の粉が容赦無く降りしきり、島一体に息もできないほどの硫黄の匂いが立ち込めている。
 足の下は常に暖かく、波打ち際が微妙に沸騰しているあたりが恐ろしい。
 カミュは、しかしあくまでも落ち着いてこたえた。
「心頭滅却すれば火もまた涼しという。この程度の熱に耐えられぬようでは真の聖闘士とは言えんぞ」
「は、はい・・・」
 師匠にさとされて感銘を受ける氷河。「心頭滅却〜」が所詮欺瞞であることには気づいていないようだ。
「とりあえず、今夜の宿を探そう」
 二人は目標を定めて歩き出した。
 宿を探しに・・・・というか、まずは村を探すために。
 

「・・・・・この辺りにいるはずなのだが・・・」
 ミロがデスクィーン島に到着したのは、真夜中を幾分過ぎた頃だった。
 ここまで乗ってきたセスナ機が飛行場に着陸する暇ももどかしかった彼は、上空からカミュ達の小宇宙を感じるなり、直接ダイビング。もちろん、パイロットは必死で止めた。
「お客さん!やめて下さいよ!自殺行為ですよ!」
「安心しろ。俺は聖闘士だ
「は?せいんと?・・・ちょ、待ってくださ・・・うわああああああああっっっ!!!!」
 この訳の分からない客にあたってしまった不運なパイロットは、以来セスナには一度たりとも乗らず、ひたすら教会で祈りを捧げる僧侶になったという。
 しかし、そんな事はミロの知ったことではない。
「カミュ!氷河!どこにいるのだ!」
 呼んでみるが、だだっぴろい荒れ地の他には何一つ動くものも目立つものも無い。
「むう・・・・ひょっとしてもう手後れか・・・?くそっ!」
 ミロは何度か友人とその弟子の名前を呼びながら、辺りをさまよった。
 日が沈んでもなお、この島には異常なまでの熱さが立ち込めている。臭いゆで卵の匂いはむせ返るほどだ。
 なるほど。こんなところで修行したら、そりゃあ一輝みたくもなるわな。
 半ばうんざりして納得したその時、とうとう彼は地面に倒れている友人の姿を見つけた。
「カミュ!」
 駆け寄るなり、問答無用で真央点。
「これで少しは回復するはずだ・・・おい、しっかりしろカミュ!」
「う・・・・・・ミロか?お前、なんでこんなところに・・・・」
それは俺の台詞だ。一体何があった?氷河もその辺にいるのか?どこだ?」
「な、何?氷河はいないのか?バカな・・・!」
 弟子の名を聞くなり覚醒したカミュは、自ら半身を起こして辺りを見回した。その顔に驚愕の表情が広がって行く。
「そんな・・・・氷河、動けるはずが無いのに、一体どこへ」
「おい、説明しろ。どういうことなのだ」
「う、うむ・・・」
 カミュの説明によると、こういうことだった。
 宿を捜し求めた二人は結局人っ子一人見つけられず、半日、島をさまようハメになった。
 慣れない熱さに二人とも衰弱し、とうとう氷河が倒れたのだという。
「そこで私は、今ここで死なせるよりはいく星霜の後に目覚めるだろうという望みをかけて、あいつをフリージングコフィンにかけたのだ」
「・・・・・・・」
「だがそれで私も力尽き、この場に倒れた。だから氷河(の氷)はここにあるはずなのだ。一体なぜ・・・どこへ消えたというのだ!?」
俺に聞くな!あーもう、聞いてるだけで気が滅入ってきたわ!アテナの聖闘士は暑さに弱いなどという噂が立ったらどうしてくれる。ほら、しっかりしろ。村まで連れていってやるから」
「わかるのか?」
「セスナから見た時に明かりがあったのでな。行くぞ。立てるか?」
「し、しかし氷河が」
「それは後でいい。あの氷に漬けられてるのなら、今すぐどうこうされることもあるまい。お前が回復してから改めて探そう」
「う、うむ・・・・」
 カミュはまだ気がかりそうだったが、とりあえずはおとなしくミロに従って村へと向かうことにした。
 ついたときにはほとんど明け方になっており、二人とも水をたらふく飲んで宿で一泊する。
「カミュ。あまり心配するな。氷河ならすぐ見つかる。人入り氷などというハデなもん、探すのに苦労するとは思えん」
 気休め程度に言ったミロの言葉。しかし氷河の氷は翌日、本当に何の苦労もなく見つかった。
 昼の市場で、小麦粉6袋の値段で売られていたのである。
安すぎる!私の氷河を一体なんだと思っているのだ!!」
「本人の承諾無しに三度も氷付けにしたお前にはそれを言う資格はないだろう。というか、値段で怒る前に見つかったことを喜んでくれ」
 店のオヤジは、「美少年の入った溶けない氷がこの値段!安いよ安いよ!」と調子付いて怒鳴っている。
「これを一つ家においておけば、昼間も涼しく快適なこと請け合いだ!さ〜あ買った買った!」
「・・・・・・・・・どうする?」
「買う!!」
 カミュは有り金をはたいた。
 端で見ていたミロとしては、どうして自分の弟子を金で買い戻さねばならないのか、微妙に何かが狂っているような気はしたのだが、この場で店ごと凍らされて万引きされるよりはマシだと思い直し、遭えて口は挟まなかった。
 買った本人が喜んでいるのだからOKとしよう。
「氷河・・・・これでお前は私のものだ
誤解を招くいい方はよせ!!夜の便で聖域に帰るぞ。用意しとくんだな」
「もう帰るのか?海水浴は?」
できる状態か!さっさと帰って天秤座の聖衣を借りんことには氷河が凍ったままだろう!?大体リゾートするのにどうしてこんな地獄の島に来てるんだ!常夏の島といったらタヒチハワイマダガスカル(←微妙に間違ってる)が相場だぞ!」
「むう、そうなのか。では第二候補にあげられていたアンドロメダ島も・・・・」
修行地を選ぶのはやめろ!お前それでほんとにリゾートを重んじるフランス人か?・・・ったく、仕方が無い。氷河が治ったら、俺がギリシャ沿岸の海水浴場にでも連れていってやる。それまでおとなしくしていろ!」
 その夜、彼らは帰途についた。
 飛行機は氷のせいで搭乗拒否されたので船の旅である。氷河を買うのに財布をはたいたカミュの分までミロが船賃をもった。
 心身ともにすっかり疲れてしまっていたミロは、大部屋の毛布にくるまるなりクウクウと眠り込んでしまったため、となりによこになっているカミュがいつまでも何かを考え込んでいることなど知りもしなかった。

 そして翌朝。

 非常を告げる鐘の音で、ミロは目を覚ました。
 置きあがった拍子に毛布がぱりぱりと音を立てたので驚いて調べると、それは表側一面にが張っていた。
 辺りの気温が異様に寒い。
「・・・・・・・・・・・」
 激烈に嫌な心当たりがある彼は、すぐさまデッキに駆け上がった。そして、船の周り一帯の海が水平線まで凍りついていることを確認した。
「カミュううううううっっ!!!」
 心当たりが怒りと共に確信に変わる。しかし探せど探せど、彼の友人の姿はどこにも無かった。
 友人どころか。
 貨物室からは氷河の姿さえ消えていた。
 ただ、大部屋の床に直に彫り付けられた書き置きだけは見つかった。

『許せミロ。氷河は目を覚ましたら、真っ先に私を恨むだろう。彼に嫌われるぐらいなら私は氷と共に静かに暮らしたい。さらばだ。探さないでくれ。カミュ』

言われなくても二度と探さんわ!!くっそおおおあの野郎!!」
 もし彼がサガやアイオリアのように派手な破壊技を持ちあわせていたら、間違いなく一発ぶっ放していただろう。
 それから数十時間。立ち往生して身動きが取れなくなった船を救出するため、ミロはデッキに立ちっぱなしで地道にスカーレットニードルを連発。ひたすら氷を破砕しまくった。
 しかしそこへ駆けつけてきたサガがいなかったら、陸まで到達するのに一月はかかったであろう。
 シュラから「もしかすると」と連絡を受けて飛んできた聖域の責任者の姿を見た時、嬉しさと悔しさと疲労で、ミロは危うく泣きそうになるところだった。
「サガ!カミュが・・・カミュがっ!あいつ今度あったら絶対に殺してやる!!」
皆まで言うな・・・大変だっただろう事は容易に察しがつく。どけ。私がやろう」
 ギャラクシアン・エクスプロージョンで豪快に氷を砕いていくサガ。その彼に向かって、ミロは今まであったことを全てぶちまけた。
「もう二度とあのバカ二人の面倒は見ん!!どんな夢を見ようとだ!!」
「ああ。それがいいだろう。ほら、顔を拭け。陸が見えてきたぞ」

 かくして、ミロは聖域に帰ってきた。
 カミュとは二度と親交を結ばないと堅く誓って。

 だがその2ヶ月後、あまりにも帰ってこない友人の身が心配でたまらなくなった彼は、再びカミュ探しの旅に出たのであった。
 その後、発見先がタヒチであったこと、老師に諭されでもしたらしく氷河がとっくに復活していたこと、そして二人で心から楽しそうにリゾートに徹しているところを見て、逆上したミロがアンタレスまで使用したのは、無理の無いことだったといえるだろう。
 


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