意識のない内に現れて、目が覚めたらもうそこにはいない。
 置き土産だけをのこして彼は去っていく。
 そんな一輝の存在は、確かにあの男を連想させた。
 世界中で誰一人知らぬものなどいない、有名なあの男と。

「そう・・・・サンタさんだよね
氷河「いや。それは違う」

 夢見るような瞬の呟きに、友人は光速でツッこんだ。
 そろそろ吐く息も白くなろうかという、冬の初めのことである。星矢、紫龍と氷河は瞬の自宅でこたつに入り、みかん何ぞを食べながらのんびりと四人で団欒をしていたのだが、この台詞を聞いたときには一同心の底から思った。「間違ってるぞ、お前」。

瞬「だって!赤いところもサンタさんそっくりじゃない!?」
紫龍「赤いって・・・;サンタの赤いのは服だが、一輝の赤いのは小宇宙だろう。いやだぞ俺は。あんな灼熱のオーラを発しながら空を飛んでくるサンタがいたら、危機を感じて普通に逃げる
星矢「イブの夜からクリスマスにかけて一睡もできないな・・・・枕元に金属バット腹にジャンプは基本装備だ」
瞬「聖闘士なのに今更バットはやめようよ・・・・ていうか、皆兄さんのことを一体何だと・・・」
氷河「その台詞そっくりそのままお前に返す」

 誰の同意も得られそうに無いのを悟り、瞬は窓の方を見やった。
 そとはとっぷりと暮れてしまっているので、カーテンが閉じてある。
 溜め息をつきながら、彼は呟く。

「このカーテンを開けたら、そこに兄さんがいれば良いのに」
氷河「・・・・だからどうしてお前はそういうホラーな展開を望むんだ」
瞬「氷河は!みんなは、兄さんに会いたくないの!?」
星矢「会いたくないわけないだろう!?けど、お前の言うシチュエーションでは会いたくない!
瞬「じゃあどういうシチュエーションだったら良いの!?僕たちがピンチになって、どうしようもなくなった時だったらいいの!?それじゃあ兄さんは所詮、便利屋に過ぎないって事じゃないか!!」
氷河「俺達がっていうより、お前がピンチになった時だろうが!あいつが来るの!!一番召喚獣扱いしていた人間が言えた義理か!?」
紫龍「ま、まあ、落ち着こう皆。ほら瞬。お前の気持ちもわからんではないが、やはり一輝はここにはいない・・・」

 そういいながら、紫龍は話題に決着をつけるためさっと窓のカーテンを引いた。
 当たり前だが、そこに一輝の姿はなかった。
 だが手形が残っていた。

一同「!?;;」
瞬「!兄さんだよ!!だってこれ、外側からガラスが溶けてついているもの!!」
紫龍「まだ暖かい・・・・おい、ついさっきまで本気でここにいたっぽいぞ・・・(滝汗)」
星矢「むしろ本人がいた方がいいぐらいのシチュエーションだ・・・・冗談抜きで恐ぇ・・・・!
瞬「きっとまだ遠くへは行ってないんだ!僕、探してくる!」
氷河「あ、瞬!!」

 止めるのも聞かず、少年は部屋から駆け出していった。
 
氷河「まだ遠くへは行っていないといわれても・・・・一応聖闘士は光速移動が基本だし・・・・」
紫龍「一輝も一輝だ。何もこんな恐ろしい真似をすることないだろう。来ていたのなら入ってくれば良いのだ」
星矢「どうしてあいつ、必要以上に俺達を避けようとするんだろうな・・・・」
紫龍「俺達ではなく、瞬を避けているように思わんか?なんというか、決して出会わないようにしているというか・・・俺の思い過ごしなら良いが」
氷河「いや、それは俺も思った。一輝は俺達には必要が無いから会っていないだけだが、瞬に対しては意識的に会うことを避けているような気がする。この手形がいい例だ。ここまで接近しておいて挨拶も無く帰るとは絶対に何か考えることがあってのことだろう」

 三人は顔を見合わせた。

星矢「・・・・・瞬が可哀相だよな。せっかく、聖戦も終わって平和が来て、兄弟で一緒に暮らせると思ってたのにさ」

 今は実の姉と仲良く暮らす身である星矢がまじめな顔をして言った時、玄関のドアが開く音がして、うなだれた瞬が戻ってきた。

瞬「・・・・・・・見つからなかったよ」
紫龍「瞬・・・・」
瞬「どうしてかなあ。兄さん・・・・僕のこと嫌いにでもなってたりして」

 半分冗談、しかし半分は本気で口にして涙ぐむ瞬。

星矢「そんなことないだろう!あいつのことだし、何かあったらまた絶対・・・・!」
瞬「うん・・・ありがとう、星矢。でも僕は、何かあったらじゃなくて、何も無い時でも一緒にいられるようになりたかったんだ。その為に今まで戦ってきたんだよ。なのに・・・・」
氷河「こうなったら本格的に探すか・・・写真入りの手配書を貼って
紫龍「そんなことしたら一輝の顔が知れ渡るだろう。犯罪者では無いのだぞ;」
瞬「・・・・・・シャカとかなら何か知っているかな」

 ふと気づいたように瞬は言った。

瞬「僕、明日、聖域に行ってくる。そして・・・何か兄さんの手がかりを探してくるよ!」



シャカ「彼には二度と会えん。あきらめたまえ」

 翌日。はるばる大陸を越えてやってきた瞬の話を聞くなり、シャカの放った第一声がこれだった。
 さすがに温和な少年も若干気色ばむ。

瞬「どうして!?貴方は何か知っているの!?」
シャカ「知らん。一輝がどこにいるかも何をしているかも、一切このシャカの預かり知るところではない。だが察することはできる。彼はこの先決して、君の元へ戻ってくるような事はなかろう」

 眉一つ動かさずに平然と言ってのけるシャカの顔が、この時の瞬には憎らしかった。

瞬「そう言いきれる理由を教えてくれるまで、僕は帰らない」
シャカ「理由なら簡単なことだ。一輝は君を何よりも大切に思っている。それはすなわち、だ。これでわかっただろう?」
瞬「全然わからないよ!貴方の頭の回線と一般市民のそれとは違うんです!!そんな我が道を行く考え方をして死んだりしたからサガやカミュやシュラに迷惑がかかったんでしょう!?忘れたの!?」
シャカ「これだから凡人は・・・一から十まで説明してやらんと理解できんとは、犬並みの知性しか持ち合わせておらんな。要するに、君と一輝は違うということだ」
瞬「違うって、どういうこと!?僕は・・・・僕が弱いから、だから兄さんは僕の元に帰ってきてくれないの?」
シャカ「それもある」

 シャカはうなずいた。しかしまた逆の言葉をも続けた。

シャカ「同時に、一輝が弱かったせいもある。君は今弱くて、一輝は過去に弱かった。それが原因だ。考えたまえ」

 それだけ言うと、最も神に近い男は口を閉ざしてもう語ろうとはしなかった。


 瞬がシャカと会っていたころ、同行して聖域に来ていた氷河と紫龍もまた、手がかりを探していた。

氷河「カミュ、なんでもいいのです。どこかでこう、暑苦しい殺伐とした小宇宙を感じたことはありませんでしたか」
紫龍「シュラ、ちょっとでも思い当たることがあったら教えて欲しい。一輝の行方を知らないか」
カミュ「力になってやりたいのはやまやまだが・・・」
シュラ「お前ら、聞く相手を間違っているぞ。俺達は一輝とは一面識も無いのだから」

 隣人同士、困った顔を見合わせるカミュとシュラ。
 
カミュ「・・・・ただ、お前達の話を聞く限り、一輝は弟とは似ても似つかん性格のようだからな。それが原因だという気はする」
氷河「性格の違い、ですか?」
カミュ「性格というより信念というべきか。氷河よ。お前と私が共にシベリアで暮らしていけたのも、一重にクールを追求するという目的において完全に一致していたがゆえ。こんな漠然とした目標でよくやっていけたとも思うが、お前は良い弟子だった。いや、過去形で言うべきではないな。お前は現在もなお私の良い弟子だ・・・・もっとも、お前に教えることはもう何一つ無くなってしまったが・・・」
氷河「・・・・カミュ。とりあえず、俺のことはいいですから一輝についてお願いします
カミュ「ああ、すまない。つい・・・・・。つまり、一輝はアンドロメダとは考え方が違う。だから、共に暮らしては行けないと悟っているのではないかということだ」
氷河「そんな!聖戦までは、一輝は俺達と・・・瞬と一緒に戦ってきたのです!今更考え方の相違で袂を分かつなんて・・・・」
シュラ「だが、それは戦いがあればこその話だろう」

 カミュに言い募ろうとした氷河を、重い声がたしなめた。

シュラ「お前達がアテナを守るという正義のもとに戦っていたから、何も疑問を感じずに来れたのだ。紫龍よ、もし俺が今際の際になっても改心せず、お前と道をたがえたままだったら、お前はどうした?」
紫龍「どうしたって・・・・それはもちろん、お前という人間がいなければ今の俺もないのだ。こうして大地を踏むこともできずにいずれは誰かに殺られていた・・・・」
シュラ「いや、そういう可愛い返事が欲しいのではなくてな。第一、いずれもクソも俺が改心してなければ二人一緒に塵になっていただけの話だからな。そうではなくて、俺があのまま教皇側についていたら、お前は死んでも俺を許さなかったろう。どうだ?」
紫龍「そ、それは・・・・」
シュラ「今になって遠慮をすることはない。まあ、無理に答えなくてもいいが・・・・ただ、そういう風に信念をたがえたままでは相容れぬものだ。そして戦が終わり、平和が来てこそ浮き彫りになる違いがある。そういう事ではないのか?カミュ」
カミュ「うむ」
氷河「し、しかし、それならカミュ!貴方とミロは全然性格が違うのに無二の親友ではないですか!」
カミュ「ミロは別だ。あいつは信念云々で測れるほど複雑な男ではない。顔を見れば考えてることがわかるし、その上言いたいことは全部さらけ出すし。何一つこちらが考える必要の無い男。それがミロだ。あれには違いとかそういう問題は無意味なのだ」
シュラ「・・・・・それは褒めてるのかけなしてるのかどっちだ・・・・?
カミュ「感心してはいる」

 非常に微妙な答えをして、カミュはちらりと天蠍宮の方角を見やった。

カミュ「それに、違うからこそ憧れる面もあるだろう」
氷河「・・・・」
紫龍「それは・・・・・」
シュラ「大した助けにはならないだろうが、俺達が話を聞いて思ったことはな」

 シュラが静かにつぶやいて、その場を締めくくった。

シュラ「一輝は弟を、大切にしているのだろうということだ。とてもな」


 アテナ神殿。
 やはり聖域に同行してきた星矢は、一人女神と向かい合っていた。

星矢「・・・というわけなんだよ。冥界から戻ってきたら一輝がいなくなってたのはあんたも知ってるだろ?その後どこへ行ったか知りたいんだ。なんかわかってることがあるなら教えてくれよ」

 相変わらずの率直極まりない星矢の言葉に、アテナは思わず苦笑する。

沙織「確かに・・・・我が財団にとって人ひとりみつけだすなどたやすいこと。でも、私は一輝がそれを望んでいないことを感じます」
星矢「あいつだって本当は瞬にあいたいはずだ!じゃなかったら窓に手形なんか残していかないだろうし!どうして望んでいないだのなんだのあんたにわかるんだよ!」
沙織「アテナですから。星矢、あなたは覚えていますか?宇宙戦争で、初めて一輝が私たちの目の前に現れた時のことを」
星矢「箱から出てきた時のことだろ?あんなインパクトのある登場、忘れようったって忘れられないぜお嬢さん」
沙織「そうですね。あの登場には私もどうしようかと思いましたが・・・・・ただ、そこで瞬をみつけた時の一輝の小宇宙を私は覚えているのです」

 アテナは思い出すように遠くへ目をはせる。
 すこしの沈黙をおいて、彼女は話し始めた。

沙織「まず、憎しみ・・・・あの頃の一輝は自他共に認める憎しみの塊でしたから・・・・でもそれだけではありませんでした。彼の心のずっと深いところに、懐かしさと、憧れと、そして嫉妬を、私は感じたのです」
星矢「嫉妬?誰に?何の?」
沙織「瞬に対する嫉妬ですよ。わかりませんか?」

 沙織はじっと星矢を見つめた。

沙織「地獄の島デスクイーン島に行って、一輝は憎しみを学びました。そして変わってしまった。一方、瞬は同じように地獄とうたわれるアンドロメダ島に送られながら、決して変わること無く帰ってきました。もちろん、二人の環境に差が合ったのは確かなことです。ギルティとダイダロスですからね。でも・・・・それだけではないのだと一輝はわかっていたのでしょうね」
星矢「・・・・・でも、それは昔のことだろ。今は、一輝は俺達の仲間だろ。瞬の兄さんだろ。違うか?」
沙織「昔があるからこそ今があるのですよ。一度変わった人間が、100%もとに戻ることがありえますか。それがありえたら、人は成長をするのをやめたも同じ事です」
星矢「・・・・・・・・・・一輝は、ずっと瞬を守っていたんだぞ」
沙織「とても、大切に思っているのですよ。今も」

 アテナの瞳は、悲しそうに最後は地に向けられた。

沙織「でも、二人はあまりにも違いすぎるということを、きっと近くにいればいるほど感じるでしょうね。平和は、また新たなひずみを映し出す鏡なのですから・・・・」



 瞬の去っていった処女宮で、シャカは一人静かに禅を組んでいた。

シャカ「一輝よ。君の弟は、君を探すと言っていた」

 静かな空気の中に、声だけが通りぬけていく。

シャカ「私は止めたが、それでも探すと言っていたぞ」

 君は何を恐れているのだ?本当はあいたくて仕方が無いくせに。
 君の苛烈な心が、弟を変えてしまうことか?
 それとも弟を間近にして、君の方が傷つくことか?
 一体、いつまで逃げつづける。

シャカ「臆病者だ。君は」

 哀れむように、シャカは呟いた。
 処女宮に静寂が戻る。


 聖域の入り口で、四人はふたたび落ち合った。

瞬「・・・・・シャカに会ったけど、なんだかよくわからなかった。言ってることが難しすぎて」

 二度とあえないといわれたことは打ち明けない。そんな事は信じたくない。

氷河「俺達の方も、な。カミュもシュラも一輝を直接は知らんし・・・・」
紫龍「ただ、お前のことを大切に思っているのだろうと言っていたぞ。とても大切に思っているのだと」
星矢「沙織さんもそう言ってた。ちょっと違いがあるだけだって。それだけだよ。俺は信じてるぜ、一輝はまたきっとかえって来る!」
瞬「うん・・・・・・」

 だが、そうだろうか。本当に一輝は帰ってきてくれるだろうか。
 今はその話が、サンタクロースよりなお夢のように思えた。

瞬「・・・・・・帰ろうか」
氷河「瞬。大丈夫か?」
瞬「大丈夫だよ。帰ろう。もしかしたら、兄さんが帰ってるかもしれないし」

 言って、少年は微笑んでみせた。
 一輝が帰っているなんて、そんな事はありえないと知っているけれど。
 四人は静かに、聖域を後にした。


この絵の挿し絵を、氷雨嬢から頂きました!コチラです。


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