「なあ、お前クリスマスに何が欲しい?」

デスマスクに聞かれたシュラは飲んでた水を鼻から噴出し再起不能なまでにむせた。

シュラ「何もいらんゲホッ!!」
デス「・・・そこまで極端なリアクションとるか・・・。別に俺がお前に何かやるわけじゃねえよ。サガが聞いて来いっつーから来たんだ」
シュラ「サガが?」
デス「ああ。何でも好きなもの言えと」
シュラ「一体どういう・・・・いや、とにかく俺は何もいらん。とりたてて必要なものも無いし、そうサガに伝えてくれ」
デス「おう」

 伝えられたサガは端正な顔に苦笑を浮かべて言った。

サガ「そうか。相変わらず無欲な男だな。お前は何が欲しい?デスマスク」
デス「俺も特に今欲しいものは無い」
サガ「やはりそうか。ならばこの件はこれまでとして、さて本題に入るとしよう。実は今晩、アテナ主催のグラード財団クリスマスパーティーが」
デス「行かねえぞ俺は」
サガ「聖域から二人ほどよこせとの仰せだ。行って来い」
デス「何でだよ!」
サガ「フ。なぜ、か。私も疑問に思ったので伺ってみた。すると、『辰巳ばかりを連れているとグラード財団はヤクザと裏取引しているなどの浮名が立ちますから。それにたまには美形を連れ歩きたいのです』とのお言葉が返ってきた」
デス「蹴れ!そんな依頼!」
サガ「できるか阿呆。幾多の戦いの中さんざん苦労をかけたお方だ。たまのはめはずしぐらい叶えて差し上げるべきだろう」
デス「だからって何で俺とシュラだ!?俺らはそれほど美形でも無いだろうが!」
サガ「謙虚に見えてずうずうしいぞその台詞・・・」
デス「黙れ!つーか、ツラの問題ならあんたが行けよ!聖域きっての色男だろ!?」
サガ「誉めてくれたのは嬉しいが、あいにくカノンが既に参加決定しているのでな。いくら美形でも同じ顔のガタイのいいのが二人もいると鬱陶しいと言われた」
デス「じゃあアフロディーテ!あいつつれてけ!」
サガ「その案も出した。しかしあれが行くとご自分が引き立て役になりそうだから駄目だそうだ」
デス「注文の多い女だなクソ・・・」
サガ「かつ決定的なのは、『長髪なのはカノン一人で十分。今の流行りじゃありませんから短いのをよこしてください』と言われたことだな。お前らしかおらん」
デス「知るか!!ミロの髪でも切ってやれ!」
サガ「そう荒れてくれるな。私だって御前たちに押し付けるようで悪いとは思っている。だからこそせめてもの罪滅ぼしにクリスマスプレゼントをやろうとして」
デス「いらねえよ!!どうりで俺らにしか聞かないと思った;」
サガ「まあそんなわけなのだ。怒るなデスマスク。行ってくれ、頼む」

 サガは真面目な顔でデスマスクを見つめた。瞳がしんしんと語っている。「頼む」と。
 相手は苦虫を500匹ぐらい噛み潰した顔をして横を向いていたが、やがて痛烈な舌打ちを一つして向き直った。

デス「・・・わかったよ。いきゃあいいんだろ、いきゃあ。シュラは俺が説得してやるよ。・・・死ぬほど嫌がるだろうけどな」
サガ「恩に着る」
デス「いい。あんたに厄介ごと押し付けられんのは今に始まったことじゃねえし。・・・で?服とかはどうするんだ?持ち物は?」
サガ「それは向こうで用意するから、早めに来てくれれば手ぶらで構わんそうだ。ただ、パー券代の3万だけ持参してくれ」
デス「誰が払うかああああっ!!!ふざけるのもいい加減にしろよ!!つーか絶対俺らそのためだけに呼ばれてるだろ!!なあ!!」
サガ「アテナの御心は私ごときでは計り知れないゆえ・・・」
デス「黙れ!!あんたもなあ!人に頼むんなら自分でそれぐらい出せよ!そうだ、経費で落とせ!」
サガ「貴重な予算からそんな無益な接待費を出すわけにはいかん」
デス「ぶっ殺すぞオイ・・・。3万出させる腹積もりでぬけぬけとクリスマスプレゼント希望なんざ聞きやがって!なにくれる気だったんだ!?」
サガ「何でもお前たちの好きなものを」

 デスマスクはサガにつめよったまましばしその目の奥を凝視し・・・・

デス「俺とシュラの好きなもの・・・・・って、さてはあんた、そういっておけば俺らが『何も要らない』というのも全部計算のうちだったろう」
サガ「察しがいいな」
デス「・・・・・・・・」
サガ「きっぱり『いらない』と言ったからな。無償で悪いがよろしく頼む」

 目の前でにっこり笑うサガの顔を見て、額に青筋を浮かべたデスマスクは心底うんざりした。
 要するに、たぶん、このしたたかさのせいなのだ。
 自分が今まで散々こきつかわれたのは。





 ・・・予想通り、シュラは死ぬほど嫌がった。

シュラ「パー券代は3倍出すから俺のことは放っておいてもらえんだろうか・・・」
デス「そういう引きこもったことを言うなよ。俺だって嫌だ。でもお前が一緒なら、自分より惨めなのが一人はいると思って頑張れる」
シュラ「・・・その余計な口を耳まで裂いて欲しいか蟹・・・」
デス「怒るな;」

 ともあれ何をどう嫌がってもアテナの依頼をシュラが断れるはずもなく、二人のパーティー行きは決定した。
 羨ましがったのはアフロディーテであった。

アフロ「クリスマスパーティーだそうだな。いいな。私も行きたいぞ」
シュラ「譲ってやろうか」
デス「駄目だ。アフロディーテは入場規制かかってる」
アフロ「・・・つまらん。この職業で正装して社交の場に出られる機会など滅多にあるものではないのに・・・。二人とも、何かいい物があったら私の分まで持ち帰ってくれるな?」
デス「いい物って何だ?」
アフロ「パーティー料理」
デス「タッパもってけとでも言う気かお前・・・?そんなみっともないマネできんからな。指咥えてせいぜい待ってろ」
アフロ「意地悪め・・・。ならいい、シュラに頼む。シュラ、きいてたか?」
シュラ「きいてない。断る」
アフロ「・・・・ぜんぜん友情ないな君ら・・・・」

 おいてきぼりを食らってうらめしそうなアフロディーテを後に残し、デスマスクとシュラの二人は日本へと旅立って行ったのであった。





 城戸邸につくと、綺麗にドレスアップしたアテナが迎えに出てきた。

アテナ「よくきてくれましたね、シュラ!・・・ともう一人。あまり固くならなくて良いのですよ、今夜は十分に楽しんでらしてくださいね、シュラ。・・・ともう一人」
デス「そうですか。じゃあ余分なのは消えるって事で」
シュラ「待て!俺一人残してどこへ行く気だ貴様!」
アテナ「まったくです。拗ねることないではありませんか、場を和ませようというちょっとした冗談なのに」
デス「俺は余計ギスギスしましたが。・・・・まあいいですよ。前からこうですしね、あんたと俺は」
アテナ「ええ。誰のせいでしょうね。でも今日は仲良くいきましょう。このドレス似合っています?」
デス「見違えました。馬子にも衣装って奴ですか」
アテナ「ありがとう。シュラ、どうです?」
シュラ「俺は・・・その、綺麗なドレスだと思います」
アテナ「・・・・・・」
デス「・・・・・・・・・・。俺と違って悪気は無いと思うんだが」
アテナ「わかってます・・・・・・けど、それがより嫌です」
デス「カノンはいるんですか?あいつにも聞いてみました?」
アテナ「聞きました。カノンは『私には女性の服のことはよくわかりませんが、少なくともアテナ、あなたは美しいと思います』と言ってくれました」
デス「さすがダテに年食ってねえな。シュラ、聞いたか?少しは学べよお前」
アテナ「あなたもですよ蟹」

 二人はドレッサールームに案内され、そこで服を着替えて会場に赴いた。もちろん3万円はしっかり取られた。
 会場は豪華な絨毯とシャンデリアの間に料理を所狭しと乗せたテーブルが並ぶ大広間。給仕が乾杯用のワインをグラスに注いでいる。
 ちらほらと見え始めている来客に混じって、黒のスーツを完全に着こなした男ぶりのいいのが壁際にいた。
 カノン、と呼んで二人が寄っていくと、彼はぴしりと一瞥するような眼差しを向け、

カノン「・・・・デスマスクとシュラか。なるほどな」

 と呟いた。
 シュラが問い返す。

シュラ「?なるほど、とは?」
カノン「む?アテナから話を聞いているのではないのか?」
デス「特に何も。髪が短いから呼ばれただけだ」
カノン「そうか。・・・なら後で話があるだろう」
デス「何だ?おい、気になるぞ。今話せ」
カノン「だが、俺が言っていいのかどうか・・・こんな話」
シュラ「ますます気になるから言ってくれ」

 ためらいつつもせっつかれたカノンは、歯切れ悪く喋り始めた。

カノン「あれは一週間前のことだ。俺はアテナのご様子を伺いにこの館に来た。あの方は快く出迎えて御茶などを出してくださったが、飲んでる間にガラス窓を突き破って銃弾が一発。すんでのところで気づいた俺が失礼して押し倒し、アテナはご無事だった。女神の御命を狙うなど不届き千万と俺は怒ったが、しかしその時、他でもないアテナご自身が俺をたしなめて、これはすべてクリスマスが近いせいだから気にしないようにと言われたのだ」
デス「・・・・なんだそりゃ?」
カノン「お前も知っての通り、アテナには地上を救うご使命のほかにグラード財団総帥としてのお仕事もある。仕事上のつきあいで各国の有力者と幅広く交友関係を持ち、同時にそれは熾烈なライバル関係でもある。上流階級の裏の闇というのか、日ごろから互いに牽制しつつ隙あらば息の根をとめてやろうと思いあっておられるのだそうだ。その関係が表面化するのが毎年恒例のクリスマスパーティーで、宴のさなかに平均3人は謎の死をとげるらしい」
シュラ「・・・・・・・・・・」
デス「・・・・・・・・・・」
カノン「聞いた以上はアテナを放っておくこともできんだろう?俺は自らボディーガードに志願した。が、敵の姿もよく把握し切れんし、万が一の事があっても困るので、もう一人聖域から呼んでくださるよう申し上げた。故にシュラ、聖闘士の中でもっとも忠誠心厚きお前が呼ばれたわけだ」
シュラ「髪のせいではなかったのか・・・・」
カノン「それは単なる口実だ。聖域で髪が短いのといったら、お前とデスマスクしかいないことはわかりきっているだろう」
デス「・・・・・・・・・・質問いいか?」
カノン「何だ?」
デス「お前とシュラの理由はわかった。だが、俺はなんでだ?あんな女を守ってやる義理さらさら無いぞ」
カノン「・・・・・・察しはつくと思うが」
デス「・・・・・・・・・・・・・」
カノン「・・・・・・・・・・・・・・」
デス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっとあのアマに会って来る」

 アテナは広間の入り口のあたりで来客の一人と談笑していた。本来ならば話が終わるまで待つのが常識というものだが、激烈に嫌な予感に背中を苛まれているデスマスクはいきなり「失礼」の一言だけで彼女を自分の手元に引きずりこんだ。
 顔半分にひきつった笑みを浮かべつつ、少女を睨む。

デス「・・・カノンから話を聞きました。シュラとあいつはボディーガードだそうで」
アテナ「耳が早いですこと」
デス「念のため聞いときたいたいんですが、俺は何でしょうか?」
アテナ「あなた?あら、察しがつきませんか?」
デス「・・・・・・・・やっぱりあれか?」
アテナ「ええ。暗殺専門」
デス「帰る!!」
アテナ「待ちなさい!どうしてです?未だかつてまともな活躍の場が微塵もなかったあなたに、せっかく晴れ舞台を用意してあげたのではありませんか!」
デス「そんな晴れ方嬉しく無いわ!!やってられるか馬鹿女神!!」
アテナ「恐がらなくても大丈夫。一人殺れば後は何人でも同じですから」
デス「知ってます!・・・ってそうじゃねえ; 人殺しはしないって言ってるんですよ!」
アテナ「まあ説得力の無い」
デス「・・・(自分でも思った)・・・。いや、とにかくあんたの命令でパカパカ殺してられるかっつーんだ!俺は帰る!!」
アテナ「せっかく来たのでしょう?何も今すぐ帰る事はありません。役に立たない普通の客で結構ですから、そこら辺にいてください。ね?枯れ木も山の賑わいというではありませんか」
デス「さっきの仕返しですか・・・。性格極悪ですよねつくづく」

 横を向いて歯軋りするデスマスク。やがてそのままの格好で、彼はこんなことを言った。

デス「・・・暗殺請け負ったら、あんたは何をくれますか」
アテナ「はい?」
デス「サガからはもらいそこねました。3万出させといてタダとは言わせませんよ。人殺し代に何をくれますか」
アテナ「私の命以外でしたら何でも」
デス「じゃああんたの体と言ったら?」
アテナ「お安い御用です。ではそういうことで・・・」
デス「待て!!今のは例えだ、例え!!断るだろうが普通はっ!?;」
アテナ「フッフッフ、血のつながりは無いとは言え私も城戸光政の娘。ナメるんじゃありませんよ」
デス「威張るようなことかそれ;」
アテナ「自分で条件出しといてまさか契約反故にする気ではないでしょうね?しませんよね?では決まり」
デス「まだ契約しとらん!!十も年違うガキを抱く趣味なんざ俺には無いぞ!」
アテナ「あら、こう見えても私、胸はありますよ?」
デス「それは見ればわかる。・・・つーか、なんだあんた、そんなに俺と寝たいのか・・・・?」

 話しているうちにどっと疲れを感じた彼は、うやむやのうちに帰る機会を逸した。
 痛むこめかみを押さえつつシュラたちのところへ戻ってくると、二人は二人で何やら眉をひそめて真剣に話しこんでいる。
 デスマスクは割り込んだ。

デス「なにやってんだ?」
シュラ「いや・・・どうも妙な気がしてな」
デス「そうか。設定からして妙だからなこのパーティー」
カノン「そういうことではない。感じないのか?俺達以外の聖闘士の小宇宙を」
デス「・・・なに?」

 さすがに真顔になって神経を澄ませる。しかし特に何も感じなかった。

デス「・・・あんまりわからんな。気配というほどの気配も無いと思うが」
シュラ「今はな。だがさっきは確かに小宇宙を感じたのだ」
デス「あれじゃねえの、アフロディーテが追ってきたとか」
シュラ「それは俺も考えたが、あいつの場合は小宇宙よりもまず先に薔薇の匂いがするから違うだろう」
カノン「とにかく油断は禁物だ。アテナのお側を離れるなよシュラ。デスマスクは別働隊としても」
デス「・・・うるせえよ」

 一抹の不安を抱えたままパーティーは始まった。





アテナ「私のグラスは・・・ああ、ありました。これですね」
カノン「失礼ですが、こちらをお飲みくださいますよう。あなたのグラスには先ほどさりげない曲者スポイトで液体を垂らしておりましたので」
アテナ「まあ。ありがとうカノン」

シュラ「アテナ。あなたの食事は私が切り分けますのでナイフは使わぬようお願いいたします。あのナイフの光方からして、片面に毒が塗ってあるのは確実かと」
アテナ「・・・いつの間に。油断もすきもありませんね。!あら、ウィンストン伯ではありませんか、お久しぶり。お肉一切れいかがです?」
ウィ伯「いや、見たところ口に合いそうに無いので遠慮しよう。ハッハッハ」
アテナ「ホホホ。・・・・・・・・ちっ」
シュラ「アテナ;」

 このように会場は熾烈を極めていた。表面上和やかに見えるだけ、裏の深淵の暗さが計り知れない。
 何の前触れもなく落ちてくる重たい絵の額。いつのまにやらアーモンドの匂いを発しているシャンパンのグラス。注射針の跡のついたチョコレート。どこもかしこも罠・罠・罠。
 しかし招かれた人々は不思議と間一髪のところでそれをかわし、にこやかに生き抜いている。

アテナ「つまりですね、長年こういう抜き差しならぬ関係が続いたのですもの、罠に引っかかるような運の悪い方はとうの昔にお亡くなりになっているのです。生き残ったのは強運の持ち主だけ。だからもう、滅多なことでは流れ弾に当たったりして死んだりしないのですよ」
デス「・・・・はあ」
アテナ「ですから、やるならやるで本腰を入れなければいけないわけです。ぼんやりしていないであなたもお仕事してくださいね、デスマスク」
デス「やらねえよ。大体ざっと見ただけでも隙のある奴なんかいないじゃないですか」
アテナ「できないとでも?ラダマンティスに負けたのならばわかるとしても、一般人の運に負けたとあっては黄金聖闘士の恥でしょう」
デス「黙れ」

 だが結局デスマスクは何もせずに壁の花として一日を終えた。
 最後にシャンデリアが落ちて重傷者2名を出した他には、とりたてて大したこともなく、実に普通そうにパーティーは終了した。
 来客が全て引けた後で。

アテナ「ご苦労様でした。守ってくれてありがとう、カノン。シュラ」
カノン「お役に立てて光栄です」
シュラ「ご無事で何よりでした」
アテナ「若干一名何の役にも立ってくれませんでしたけど、あなた達のことはサガにもお礼を言っておきますね」
デス「・・・・・死ね」
アテナ「会場ではろくに何も食べられなかったでしょう。晩御飯を用意させますから、ちょっとだけ待っていてください。私は着替えてきます」

 アテナは部屋を出て行った。
 残された三人は顔を見合わせた。

カノン「・・・何も起こらなかったな」
デス「そうはいえねえと思うけどな俺」
シュラ「だが、聖闘士が現れる様子もなかった。やはりあれは気のせいだったのか」
カノン「それならそれに越したことはないのだが・・・・気になるな」
シュラ「ああ。どうする、一晩ここで様子を見るか」
カノン「そうだな・・・」

 だがその必要はなかった。
 カノンが答えるより先に、廊下から空を裂いてアテナの悲鳴が聞こえたのだから。





 駆けつけた三人が見たものは、私室の壁に背をつけて慄いている少女と、その目の前にみっしり蠢く無数のの姿であった。

カノン「これは・・・!」
シュラ「ちっ!」

 シュラが右手を一閃させ、床ごと蛇の群れを薙ぐ。

アテナ「ああ!絨毯が駄目に!」
デス「・・・余裕ありそうで何よりだな。邪魔になるから引っ込んでくださいよ」

 デスマスクが腕を伸ばしてアテナを部屋から引き出すのと入れ違いに、カノンとシュラが中へ入った。
 鬼でも一発で睨み殺せそうな顔をした二人は、辺りにびしばし殺気をばらまきながら、

カノン「・・・コソコソと気配を殺してないで挨拶ぐらいしたらどうだ」
シュラ「面と向かって戦うのは恐いというわけか、雑魚が」

 ・・・・すると、窓の外のバルコニーから低い笑い声が聞こえた。

「フッ・・・言ってくれるな」

 声に続く次の瞬間、

ゴォッ!!

 真っ黒い何かが部屋の中に一気に吹き込んでくる!

カノン「ぐっ!これは・・・・!」
シュラ「ゆき・・・?雪の結晶か!?」

 そして夜の闇から姿を見せる、見慣れたようで見たことの無い二人組み。

黒スワン「俺は暗黒四天王の一人、ブラックスワン!」
黒メダ「同じくブラックアンドロメダ!アテナの命、この俺達がもらうぞ!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

カノン「・・・お知り合いですかアテナ?」
アテナ「知りません。こんな変なの」
黒スワン「変なのとは何だ!俺が変なら貴様のところのキグナスは3倍は変だろうが!あの偏執狂!
デス「あーわかるわかる気持ちはわかる。あれの師匠も5倍は変だ。で、何しに来たんだお前ら?」
黒メダ「はっきり言っただろうが!アテナの命をもらいに来たと!俺達は暗黒聖闘士なのだ!!」
カノン「ブラックセイント?」
シュラ「聞いた事がある。本来の聖闘士の道から外れ、アテナに忠誠を誓うことを拒んで悪行を働く不良聖闘士のことではなかったか」
デス「おー、思い出した。確かシャカが退治しにデスクィーン島まで行ったんだったな。で、何もしないで帰ってきて『あんな小童わざわざ私が手を下すまでも無い。秋になるまでほっといたら自然に枯れる』とか言ってたんだ」
アテナ「そうなのですか?まあ、そんな雑草がどうして今さら私の命を狙いにきているのでしょう」
黒スワン「愚弄するのもいい加減にしろよ貴様ら・・・俺たち暗黒聖闘士は自らの欲望に従って生きるのだ。そのためならばアテナなどとは名ばかりの、影で暴利をむさぼる女の命ぐらい叩き潰して見せるわ!」
カノン「なんだと?」
シュラ「ふっ、でかい口を叩くものだな、小僧」
デス「・・・・・・・・・」

 カノンとシュラが凄みをきかすその横で、デスマスクはしばし顎に手をあてて考える。
 そして。

デス「それはひょっとして・・・生活費に詰まったんで今日のパーティー客から殺しを請け負ったってことか」
黒スワン「そうは言ってもらいたくない!!」
黒メダ「今のでばれたな全部;」
アテナ「御覧なさいデスマスク!こんな雑草以下の連中だって、立派に仕事をしているではないですか!それに比べてあなたはなんです!」
デス「どうして俺が怒られるんだろう・・・;」
カノン「ブラックスワンとやら。金が無いのならばサガに言ってなんとかしてやるから、とりあえず大人しく帰れ。無駄に血を流す必要はあるまい」
黒スワン「ナメたマネをするな!金の問題以前に、反アテナ精神は暗黒聖闘士としてのポリシーだ!アイデンティティの確立のためにも今さら引くわけにはいかん!!」
シュラ「くだらんポリシーを持つと長生きできんぞ」
黒メダ「ごたくはいい!やるのか、やらんのか!?」
カノン「・・・そんなに後悔したいか。よかろう」

 表へ出ろと言って、カノンは若い二人に目を据えたのだった。





黒スワン「くらえ!ブラックブリザード!!」
カノン「・・・・悪いがこの程度の冷気では薄皮一枚傷つけることはできんぞ。アテナのお命を狙うというなら」

 ゴガアッ!!

カノン「少しは根性を見せたらどうだ愚か者めが!!」
黒スワン「!!」
黒メダ「ブラックスワン!っ、くそっ!ブラックファングネビュラ!!」
カノン「甘い!!幻影勝負で俺に勝てると思うな!貴様なんぞ中枢神経一発ついて完全にラリった廃人にしてくれる!」

 その時、横手から突如として新たな影が躍り出た。

黒ペガ「ブラック流星拳!!」
カノン「!」
黒ペガ「フッ、俺もいることに気づかなかったのが貴様の不覚よ!ブラック流星拳は別名を黒死拳とも呼ばれ、その上仕立てスーツを通して皮膚を侵す!!一度食らえば死は免れんぞ!」
カノン「・・・なら食らわなければいいだけの話だ」
黒ペガ「!?」

 がめし!!

カノン「なめるなよ小僧ども。この俺があんな緩慢な拳をいちいち食らってやるとでも思うのか!指一本で解体されたくなければとっとと散れ!!散れオラっ!!」

 がんがんめしげしどこめきぱきぐちゃ。


 ・・・庭で血の花が咲いている様子をバルコニーから遠目に見つつ、残りの三人は静かに佇んでいた。

デス「・・・・強ぇえ・・・・」
シュラ「カノン一人で13人分ぐらいは用が足りるな」
アテナ「ここ一週間は消耗戦でしたから。よっぽどフラストレーションが溜まっていたのでしょうね」
シュラ「アテナ」
アテナ「はい?・・・きゃ!」

 シュラが少女を引き寄せた。と同時に、それまで彼女がいた場所を黒い光が薙いだ。
 アテナを片腕にかばい、ただでさえ鋭い目がますます眼光を増す。

シュラ「・・・まだいたか曲者めが。名を名乗れ」
黒ドラ「フッ、さすがは黄金聖闘士。見抜いていたか」
シュラ「・・・・・・・・・貴様・・・・・」
黒ドラ「なんだ?嫌に怒りを感じているようだな。アテナの命がそんなに大事か」
シュラ「大事だ。しかしそれ以上に貴様の顔が気に食わんわ!!姑息な引きこもりの分際であいつの顔をパクリおって!!切り刻んで整形してやるからこっちへ来い!!そこのもう一匹も!!」
伏龍「ぐわっ!」
シュラ「コソコソするなと何度言ったらわかるのだ!」
黒ドラ「くっ、さすが黄金聖闘士、そこまで見抜いていたとは・・・;」

 かくしてブラックドラゴン兄弟も逆リンチに合うハメとなる。

シュラ「貴様らの力はその程度か!ならばとっとと消えてなくなれエクスカリバー!エクスカリバー!エクスカリバー!!」


デス「・・・容赦ねえなぁ・・・」
アテナ「よっぽど紫龍の思い出が大事なのですねぇ。それはそうと、あなたは何もしないでこんなところにいていいのですか?」
デス「俺の挟まる余地があるとおもうんですか?」
アテナ「全然。やっぱりあなたは使えませんね」
デス「フン」

 デスマスクは鼻をならすだけで答える。
 アテナはバルコニーの手すりに腕を乗せ、もたれかかりながら、

アテナ「もし・・・」

 と言いかけたが、そのとたんに手すりが外れたので息と一緒に言葉を飲み込んだ。
 隣の男が手を伸ばして捕まえなかったら、まっさかさまに地面にたたきつけられていただろう。

アテナ「・・・・・・・・・」
デス「・・・大丈夫ですか?」
アテナ「ええ。ありがとう。・・・でも、髪を掴むのはあんまりだと思います。ものすごく痛いですものすごく」
デス「助かっただけでもありがたいと思え」

 ちゃんと体勢を立て直してから、アテナは落ちていった手すりを見下ろす。根元の部分が綺麗に折れている。
 
アテナ「・・・こんなところにも罠がありましたか・・・人の家を何だと思って・・・」
デス「あんたが言えた義理でもないと思いますが」
アテナ「私は、神々からも人間からも命を狙われているわけですね」
デス「いかにも恨み買いやすそうですからね」
アテナ「もし・・・」
デス「?」
アテナ「もしいつか私が死にかけて、もう治らないということになったら、その時は」
デス「そのときは?」
アテナ「その時は安楽死させてください。それならあなたにできるでしょう?」
デス「・・・・あんたは踏んでも蹴っても死にやしませんよ」

 アテナは、静かに笑った。





 ・・・・暗黒聖闘士はよく頑張ったが、いかんせん相手が悪かった。ものの30分もたたずに五人とも半死半生で庭の真ん中に積み上げられ、

カノン「アテナ。パーティーの締めくくりに相応しく、キャンプファイアーを」
五人「待てえええええっ!!!;」

 という恐ろしい事になっている。

黒スワン「そこまでするか貴様っ!?;情をかけろとは言わないが、いくらなんでも容赦なさすぎだろうが!!」
シュラ「やかましい。おのれの身の程も省みずにアテナにご迷惑をおかけした罪、せいぜい死んで贖え」
カノン「蟹。早く灯油をー」
黒メダ「待てえええっ!!き、貴様らに俺達の気持ちがわかるか!?世間からは不良と呼ばれ、決して火のあたる場所を歩けず、長きに渡って地獄の島に封印されてきた俺達の気持ちが!かつては聖闘士を目指しながらも、家庭の事情(親が反対した・等)で挫折せざるをえなかったその絶望が!日陰者の気持ちなど、お前たちにはわかるまい!!」
カノン「フッ、馬鹿め。日陰の身を語らせたらこのカノンの右に出るものはいないと思え。目立つ上に要領のいい兄に翻弄され、存在すらも認識されずに28年。己の宮はおろか聖衣すら無い。未だに。たとえ封印されていようと自分の聖衣に島まで持っていたお前たちが俺に日陰を語るとは片腹痛いわ!」

 すると、積まれた暗黒聖闘士たちの目の色が微妙に違ってきた。顔に浮かべた敵意が拭うように消え、目を見開いて食い入るようにカノンを見つめる。

黒スワン「カノン・・・はっ!まさか、そうするとお前・・・いや、貴方があの!並ぶものの無いという日陰者業界の重鎮・・・」
五人『双子座未満のカノン!!』
カノン「誰が未満だ!!」

とカノンは怒鳴ったが、四人は聞いてはいなかった。

黒ドラ「まさかそんな大物がこの場にいようとは・・・」
黒ペガ「くっ、あのカノンが相手だったのなら俺達が遅れをとったのも仕方が無い!さすが日陰者業界の大御所だけある」
カノン「待て!俺はそんな怪しい業界に入った覚えなんぞない!!・・・ってシュラ、なんだその同情の目は!?」
シュラ「いや・・・気にするな」
黒スワン「シュラ!?ではお前は裏切り者業界の三下、『悔い改めのシュラ』!?」
シュラ「何だその二つ名は;俺まで妙な業界に入れるな!!」
デス「しかも下っ端らしいぞお前・・・」
黒スワン「フッ、当たり前だ。裏切りを通すことこそ美学という業界にありながら、結局己を貫き通すことができずに足抜けしようとした男。そんな者は小物に決まっていよう」
シュラ「足抜けも何も入っとらんわそんな業界!!おい、そこで爆笑している蟹!叩き切るぞコラ!!」
黒スワン「!はっ!ま、まさか!!」

 ブラックスワンはまだ何か気づいたことでもある様子で、ズタボロの上体を引き起こして顔を上げた。
 視線はまっすぐバルコニーへ。

黒スワン「まさか・・・・しかし、しかしそれでは先ほどから『蟹』と呼ばれているあの方は!」
黒メダ「ま、間違いない!どんなに不利な状況でも、どんなに周りが流されようとも、そしてどんなに相手に諭されようとも一向に聞く耳を持たずに裏切り続ける伝説の男!裏切り業界のカリスマ『敗北のデスマスク』!!」
デス「誰がだコラァアアアアアっ!!」
アテナ「いえ、絶対否定できないでしょうあなた・・・良かったですね、本格的に晴れ舞台で」
デス「嘘つけ!!っつーか今の二つ名、裏切りと全然関係ないと思うのは俺だけか!?あからさまに馬鹿にしてるだろアァ!?」
黒ペガ「くっ・・・まさかこんなところで憧れの男に出会えるとは・・・・!」
黒スワン「どうりで俺達が現れても一向に戦いに参加なさらないはずだ・・・・アテナのためには拳一つ振るわない、まさに裏切り者の鑑!裏切り者の中の裏切り者!」
黒ドラ「フ、この勝負、俺達の負けだ。ここまで格の違いを見せ付けられてしまっては、あがいたところで見苦しいだけよ・・・。この際だから言ってしまうが、俺達を雇った依頼主はアラブの石油王。財団に石油が安く買い叩かれることを恨んでの犯行だった」
黒メダ「今となってはそれも虚しいだけだがな・・・・。あなたがカリスマだとは知らずに大変失礼をした。潔く身を引かせてもらおう。いつかまた・・・俺達が成長したら、あなたの前に現れるかもしれんがな」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

デス「カノンー、灯油持って来たぞー」
カノン「御苦労」

 以上が黄金聖闘士たちからの返事であった。





デス「大体なんでアラブの石油王がキリスト絡みのイベントに参加してるんだよ。いい加減すぎるっつーの」
アテナ「ふふ、大らかで良いではありませんか」
シュラ「・・・良くはなかったと思います・・・全然・・・」

 遅すぎる晩飯をご馳走になった後、シュラとデスマスクはすぐに成田へ直行し、夜便で聖域へと帰ってきた。
 カノンは念のためにもうしばらくアテナのガードを勤めるそうである。物好きな。
 心身ともにつかれきっていた二人は飛行機の中では一言も会話をすることなく着陸までぐっすり熟睡しており、アテネについてからもとにかく眠りの続きを貪りたい一心で聖域までふらふら歩いてきたのだが、入り口でアフロディーテにつかまってしまったのでそれも叶わぬ夢と消えた。

アフロ「デスマスク!シュラ!帰ってきたな!どうだった?楽しかったか?」
デス「最悪だった。どけ。眠い・・・」
アフロ「みやげは?」
シュラ「無い。そういう場所ではなかった」
アフロ「何もないのか?人が楽しみに待ってたのに?おい、ちゃんとこっちを向いて答えろ!どうして何もみやげが無いのだ!」
デス「どうしてだぁ?一眠りしたらたっぷり説明してやるからそれまで待っとけ!」
アフロ「嫌だ!今説明しろ!説明するまで絶対寝かさん!」
シュラ「・・・・最悪だなお前・・・・・;」

 かくして二人はその後たっぷり4時間ほども尋問を受け、日の傾く頃にようやくベッドにもぐりこんだのだった。
 一部始終に大ウケしたアフロディーテが寝ている間に彼らの二つ名を吹聴しまくり、すっかり定着させてしまうことなど、未だ知る由もなかった。



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