銀河戦争から冥界まで、戦って戦って戦いまくった星矢達五人の青銅聖闘士。
着実に実力をつけてきた彼らは、エリートコースに乗っているといっても過言ではない。
近い将来、確実に黄金聖衣を受け継ぐであろう身の上である。

瞬「でも、僕思うんだけど、やっぱり僕たちはまだ今の黄金聖闘士達にはかなわないよね」

 きっかけは瞬のこの一言だった。

瞬「あえて裏切り者の汚名までうけてアテナを導こうとしたり、嘆きの壁の前で魂を投げ捨てようとしてくれた彼らは、僕たちよりもずっと高みの人だよ」
星矢「俺達は自分の事に精一杯で、アイオロスみたいに誰かを支えたり導いたりなんてことしてる余裕なかったもんな」
氷河「そうだ。カミュのように命を懸けた教師の才能(違)も俺達には無い」
紫龍「死を目前にして己の過ちを認める潔さ。シュラが教えてくれたことだ」
一輝「・・・シャカも冥界編では人が変わっていたしな
瞬「僕たちが、そんなすごい人の聖衣を継ぐなんて・・・・本当にしていいことなんだろうか」

 ちょっと弱気なアンドロメダ。
 だが、万事につけ前向きな星矢がここで一案を出した。

星矢「よし!じゃあさ、少しでも黄金聖闘士達に近づくように、日常から見習っていこうぜ!聖域に行って皆に会って、せっかくだからこの機会にアドバイスなんかももらってこよう!」
瞬「そんな安易な・・・・気ぃ悪くするんじゃ・・・」
紫龍「いいではないか、瞬。彼らも、黄金聖闘士のコツぐらいは教えてくれるかも知れん」
瞬「そ、そうかなあ・・・っていうか、コツでできるようなもんでもないと思うんだけど・・・」

 若干の疑問は残ったものの、「ギリシャ聖域・先輩巡りツアー」は敢行されることになった。
 一応城戸邸のアテナにこの話をしたが、彼女は多いに乗り気で、「とてもよいことです。ぜひ、親交を深めてきて下さいね」と笑顔で見送ってくれた。その上、参考までにと彼女の視点の黄金聖闘士一口メモまで星矢に手渡してくれたのだった。


 翌日、ギリシャ聖域。
 十二宮最初の尋ね人は、もちろん白羊宮のムウである。

星矢「ムウのことなら紫龍がこの中では一番よく知ってるよな。俺も一応、命を助けてもらったりしたけど、どうもあいつはつかみにくくってさ」
紫龍「フ、つかみにくいか。確かに、ムウは自分をさらけ出すような事はしない男だからな。俺がジャミールに行った時もすぐ側で気配を消していたし。訪れる客人が貴鬼に生き埋めにされるのを、きっとああやって見守ってきたのだろうな」
瞬「紫龍・・・・なんか感心のベクトルが間違った方向に向いてる気がするんだけど・・・・」
一輝「放っておけ。で、星矢。お嬢さんから預かったメモには、何とかかれているのだ?」

 たずねられて、星矢は綺麗な透かし模様の入った紙を開き、読み上げた。

星矢「『ムウはとても優しい人です。そして分別をわきまえた人です。世界で唯一人、聖衣の修復が可能な人間でありながら、その腕前を決してひけらかそうとはしません』
一輝「なるほど。めったに仕事をせんということか」
紫龍「ストレートすぎるぞ一輝・・・・確かに俺が頼みに行った時で数年ぶりとか言っていたが・・・」
星矢「『その上、テレキネシスの才能は驚くべきものです。テレポーテーションのおかげで買い物にもとても便利。パシリにするなら彼です』・・・・だってさ」
氷河「そうか。よかったな、俺達。超能力がなくて」

 この上なくクール氷河が言い切った時、気配を感じたのか白羊宮の主が柱の影から姿を見せた。

ムウ「おや皆さん。おそろいで、この聖域に何か用でも?」
紫龍「ムウ。久しぶりだな。実はこれこれしかじかで・・・・」

 紫龍の説明を聞いたムウは破顔する。

ムウ「なかなか愉快な企画ですね。でも、私が君たちに教えられることなど、もう何も無いような気もしますが」
紫龍「何でもよいのだ。聖域における近所付き合いの仕方とか・・・」
ムウ「そんな事でいいんですか。あなた、ひょっとして黄金聖闘士ナメてません・・・?
紫龍「い、いや、そんな事は・・・・(汗)!ただ、こういう特殊な環境においてそれぞれ個性の違う人間と共に暮らすわけだから・・・・それにムウ、あなたはそういう皆を統括する役目をも果たしているし!」
ムウ「詭弁に聞こえますが、まあいいでしょう。確かに、ここで上手くやっていくにはそれなりの覚悟がいるかもしれません。そうですね、私が与えられる知恵としては・・・・」

 と、ムウはちょっと首をかしげて考えて、

ムウ「気のあわない人は避ける、ということでしょうか」
星矢「おいおいムウ、いきなり後ろ向き発言かよ」
ムウ「そんな悲観的なつもりで言ってるわけじゃないんですよ。私なんか、アイオリアは普通にパスです」
瞬「やめて下さいよ!入り口でそんな爆弾発言聞いちゃって、僕らはこの後どんな顔して上へ上がっていけばいいんですか!?」
ムウ「まあまあ、そうムキにならずとも。実際、触らぬ馬鹿にタタリなしって言うじゃないですか。私から助言して差し上げられるのはこれぐらいです。頑張って下さいね(笑顔)」

 ・・・・見送られて白羊宮を抜けた後、五人はしばらく次に進む勇気も無いまま佇んでいた。

氷河「・・・なんだろう、あれは『悪いことは言わないからここで引き返せ』という遠回しな警告だったんだろうか」
紫龍「いや、たぶん地だろう。ひょっとしなくても性格悪・・・・いや何でもない」
瞬「彼をパシリ呼ばわりするなんてさすがアテナだよね・・・なんか僕、別の意味で黄金聖衣ついでもいいかどうか微妙になってきたな・・・」
一輝「そもそも、近所付き合いのコツなどを聞くから悪いのだ。俺だったらそんなことより、あの眉毛の方がよっぽど気になったぞ」
星矢「ああ。確かにな。でもそれ聞いたら殺されてたような気がするけどな。とにかく、来ちゃったもんは仕方ないから次ぎ行こうぜ。それとも、今から引き返すか?」

 引き返す=また白羊宮を通る。
 全員が首を横に振ったのは言うまでもないことだった。


 第二の宮・金牛宮。
 そこの主アルデバランについて、アテナはこう述べていた。
 「アルデバランは誠実で豪放磊落で、とてもきもちのいい人柄をしています。力も強いし、土木作業要員にピッタリ。私も、彼にはとても親しみを感じています」

星矢「・・・お嬢さんがアルデバランに親しみ感じるのって、見ため辰巳に似てるからなんじゃないのかな・・・・」
瞬「それは言っちゃいけないことだと思うよ、いろんな意味で・・・・彼は本当にいい人だもん、辰巳とは違うよ」

 さり気なく「辰巳はいい人じゃない」発言を吐く瞬。白羊宮の影響か。

紫龍「しかし、金牛宮からは全然気配が感じられないが、アルデバランは留守なのかな?」
星矢「そりゃ残念だな。ま、とにかく入ってみようぜ。おーい、アルデバラ・・・・・」
アルデバラン「グレートホーン!!」
青銅「ぅわっ!!?」

 問答無用の不意打ちに、一斉に吹っ飛ぶ青銅五人。

アルデバラン「はっはっは!驚いたか?
一輝「当たり前だ!!一体何の真似だ!!星矢達が意識不明ではないか!!」
アルデバラン「馬鹿な。聖戦を乗り越えてきたお前達がこの程度で意識不明になるわけが・・・」
一輝「聖衣も装着していない生身の人間が必殺技を食らったら当然だろう!?普通だったら今の一撃で死んでいるぞ!」
アルデバラン「・・・・その割にお前が異様に元気なのは一体なぜだ?」
一輝「フッ、俺は地獄の閻魔にはとっくの昔から嫌われているからな。だが、お前は特別好かれそうな顔をしているぞアルデバラン」
アルデバラン「顔のことは言うな!」

 コンプレックスではあるようだ。
 だが、一輝はそこら辺を考慮するような人間ではない。

一輝「オレの兄弟をここまでやってくれた以上、地獄への送り賃はとてつもなく高くつくぞ!兄弟達に仕掛けてくれた苦痛を百倍にして返してやる!!」
アルデバラン「うっ・・・・・・!」
一輝「これは星矢の心の痛みだーッ!!」

 ・・・・以下、順に「氷河の魂を傷つけた分だ!」「わが最愛の弟瞬の清らかな心を汚した罪は一番重い!」がアルデバランを襲う。
 
アルデバラン「ぐっ・・・・!ぐはぁっ・・・・!!(吐血)
一輝「さらばだアルデバラン!オレの兄弟の心の痛みを地獄で償え!!」
星矢「って、ちょっと待て一輝・・・・」

 あやうくとどめの鳳翼天翔をぶちかましそうになったときだった。
 ようやく星矢が復活した。

星矢「落ち着いてくれ。別に俺達は黄金聖闘士を倒しに来ているわけじゃあないんだ・・・・忘れたのか、真の目的を」
一輝「真の目的だと・・・・?」
星矢「そうだ。俺達の目的は、憧れの先輩に黄金聖闘士としての心構えを聞くことだ。それをこんな風に半殺しにしちゃあ、聞けるものも聞けなくなるじゃないか」
一輝「・・・・・・・・・フッ、そうだったな」

 ニヒルに笑うフェニックス。かっこつけている場合ではないんだが。
 星矢は足をふら付かせているアルデバランを支えようとして、逆につぶされそうになりながら、

星矢「すまない、アルデバラン・・・いつもいつも、俺達のせいでこんな目に・・・!
アルデバラン「い、いや、いいのだ。俺も過ぎたパーティージョークをかましたのが行けなかった。お前達も気をつけろ・・・・・ギャグは許されると思ったら大間違いだ。パーティージョークをなめるなよ」
星矢「わかってる。あんたのおかげでギャグの危険さをいやというほど知ったさ」

 そんな晴れ晴れとした会話を残しつつ、いまだ周りで伸びていた仲間三人を叩き起こして、星矢達は次の双児宮へ向かった。
 黄金聖闘士のコツ:その2。「冗談は危険」。そんな教訓を胸に刻みつけて。


 第三の宮・双児宮。
 てっきり二つに分かれているかと思ったら、サガの機嫌がよかったのか、すんなりと主の前に通された。

サガ「・・・・なるほどな。そういう理由でこの聖域まで・・・・遠いところ、よく来てくれた」

 歳の離れた一途な後輩が可愛いのか、まさに神のような微笑みを浮かべる。
 それからふと淋しげな視線を遠くにはせて、

サガ「私からの助言は、そう・・・・・このサガのようにはなるな、ということだな・・・」

  ・・・・・・・・・・(沈黙)・・・・・

瞬「・・・・・・・ねえ・・・・なんでこう気まずい助言ばっかり言ってくるのかなこの人達・・・・」
紫龍「しっ!聞こえたら失礼だろう、瞬!」
氷河「どうする・・・?礼だけ言って、さっさとこの場から消えるか」
星矢「そうしたいのは山々だけど、ここで礼を言ったらサガの言葉を肯定したことになるよな?それはまずいんじゃないか?俺達の出てったあとで、心臓ついて自殺されても困るし・・・・」
一輝「厄介な・・・。おい、星矢。お嬢さんからのメモには何と書いてあるのだ?」
星矢「あ、ああ」

 メモを取り出し、目を走らせる星矢。それから声に出して読み上げた。

星矢「サガ、アテナはあんたのことをこんな風に言ってるぞ。『サガは本当は正義の心の持ち主です。その正義感ゆえに、自分の心をあまりにも強く押さえつけすぎて、それで苦しむことになったのでしょう。私は彼を信じています』だってさ」
サガ「アテナ・・・・」

 黙って聞いていたサガの目からほろほろと涙が零れ落ちた。

サガ「13年前・・・あなたの命を奪おうとしたこのサガを、信じて下さるのですか、アテナ・・・・」
星矢「そうだ。そして俺達もあんたを信じているんだ。自分を悪く思うのはよしてくれよ」
サガ「ああ・・・」

 あつい涙を両眼から湯のように流し、罪を犯した男は床に膝をつく。
 それを優しく見守る星矢。
 そしてさらに周りで見守るその他。

瞬「なんだか星矢が神父さんに見えてきたね・・・」
氷河「サガもいい加減開き直って生活すればいいものを・・・正義過ぎるのも始末に負えん」
一輝「というか、俺達は一体何しに聖域に来たんだ」
紫龍「いや、まだ3番目の宮だぞ。その疑問は早い」

 その時、瞬がそっと星矢に近づいてアテナのメモを取ってきた。
 覗き込む四人。
 先ほど星矢が読み上げた文章の続きはこうなっていた。
 「・・・もしまた私の首を取りに来ても大丈夫ですよ。枕の下には黄金の短剣を常備して寝ていますから、手間取ることも無いでしょう」

紫龍「・・・やっぱり根に持ってはいるようだな・・・・」
瞬「自分を殺しかけた凶器を手元に保管している辺りにすさまじい怨念を感じるよね。それ五寸釘代わりにして藁人形打ってたらどうする?兄さん」
一輝「どうするって・・・・・・;」
氷河「なあ、それよりサガの奴、まだ泣いているんだが・・・・」

 ひそひそとかわされている惨い会話を、とうとうサガは知らないままに終わった。
 彼が泣き止んだ時、火時計の火は双児宮まで消えていたという。


 第四の宮・巨蟹宮。

星矢「無駄に時間をくったぜ・・・・おい、次の宮はとっとと抜けよう。どうせ蟹だし」
 
 ちなみに、蟹に関するアテナの記述は、「そんなに私が嫌いなのかしら?」の一言だけである。

瞬「・・・あれだけ裏切られれば確かに気持ちは分からないでもないけど、ダイレクトすぎて痛いよ沙織さん・・・」
紫龍「そう言うな。確かにデスマスクは映画でも原作でも裏切り放題裏切っていたが、嘆きの壁プロジェクトには参加してくれたのだ。ささやかに感謝の意を示して、この宮は通り過ぎよう」
氷河「お前も結構ヒドイな紫龍・・・;」

 だが、さっさと通り抜けようという彼らの目論見は、巨蟹宮に一歩足を踏み入れた時点で挫折した。
 全員が全員、何か異様なものを踏んだのである。

一輝「おい、何か踏んだぞ」
氷河「俺もだ」
瞬「しかも思いっきりバキッて音がしたけど・・・」
紫龍「おい、星矢。まさか人面ではないだろうな。あれは俺達が通った時に消えたはずだが」
星矢「ああ、そのはずだよな」

 そこで彼らは足元をよく確かめた。すると。

紫龍「うっ!これは・・・!」
星矢「顔!!人の顔だ!!」
一輝「な・・・なにい、人の顔だと!?人の顔が床から浮き出ているというのか!?」
瞬「兄さん、これだけじゃないよ!床一面に・・・いや違う!床だけでなく壁にも天井にも無数の顔が・・・!!」
氷河「落ち着けお前達。よく見ろ。これは仮面だ」
一同「仮面!?」

 慌ててあたりの顔を見直す星矢達。
 なるほど、それは陶器や真鍮で作られた、ヴェネチアカーニバルの仮面であった。

紫龍「そうと気づくと巨蟹宮が浮かれた骨董品店のように見えてくるが・・・一体どうしてこんなものを・・・・」
デス「おい、お前ら。壊すなよ」

 巨蟹宮の主が姿を見せたのはその時だった。

デス「一個一個が高いんだからな。踏むんじゃねえぞ」
「もう遅いよ。壊されるのがいやだったら、床に飾るのよしてください
デス「俺の家に何をどう飾ろうがこっちの勝手だろ。何しに来たんだお前ら」

 そこで彼らはその場から一歩も動けないまま、聖域にやってきた目的を告げる。

デス「・・・・またくだらん事を考えたな。で、俺は何を助言してやればいいんだ?」
紫龍「とりあえず、ここを通り抜ける方法を教えてくれ。仮面だらけで一歩も歩けん。大体、どうしてせっかく綺麗になった宮にこんな物を飾りまくっているのだ」
デス「どうしてといわれてもな。長年死に顔と一緒に暮らしてきたせいか、無くなってみるとどうも落ち着かないのだ。仕方が無いからヴェネチアに通いつめて、代わりになりそうなやつをたくさん買い込んできた。やはり顔がないと安心できん」
瞬「それはヴェネチアに通うよりも精神カウンセリングに通った方がいいと思うよ。普通じゃないから。絶対」
デス「一流コレクターとはそういうものだ。俺なんか超一流だからなおさらだ」
氷河「いや、三流のコレクターでも、自分のコレクションを床に並べて客に踏ませるようなははらんだろう・・・お前、本当に大事にしてるのか?」
デス「当たり前だ!おい、通り抜けるには細心の注意をはらえよ!つま先立ちで行け!」
紫龍「わ、わかった・・・・・・・・

 パグシゃっ!

デス「!それは俺が苦労して手に入れた幻の一品!
紫龍「す、すまんデスマスク。だが何度も言うように、そんな物を床に飾らなければこんな事には・・・」
デス「・・・・紫龍よ。このデスマスク、いくら後輩とは言えここまで相手を憎いと思ったことは生まれてはじめてだ・・・!もはやお前に対してひとかけらの情け容赦ももたん!」
氷河「な、なんだか三枚目キャラも同然のデスマスクから俺達メインを凌ぐほどの小宇宙を感じる・・・!」
デス「紫龍!お前は俺のもっとも大切なものを無残に踏みにじった!(文字どおり)!お前はこの蟹の逆鱗に触れたのだ!お前の命が絶えるまで、オレの怒りが消えることはない!!」
紫龍「か、蟹に逆鱗ってあるのか・・・?」
星矢「明確に心がせまいぞデスマスク・・・いいじゃねえか仮面の一枚ぐらい・・・・」
瞬「二人とも!ツッこんでる場合じゃないよ!!ほら、デスマスクはもう、人差し指を出してるし!!」
デス「積尸気冥界は・・・・・」
青銅「だーーーーーーーっっ!!!;」

 もはや仮面がどうのと言っていられる状況ではない。五人はダッシュで逃げ出した。
 後方からデスマスクの怒鳴り声が聞こえてくるが、そんなもんはもちろん無視である。
 床に居並ぶ仮面をことごとく踏み潰しながら、彼らは考えていた。
 「俺達は、ここで何を学んだんだろう・・・」

瞬「・・・たぶん、他人の趣味をとやかく言うな、とかそんな事だよ。そうだね、兄さん?」
一輝「ああ、たぶんな」

 遠い石段の上、聳え立つような獅子宮が見えていた。・・・


第五の宮・獅子宮。

一輝「・・・俺はそろそろ付き合いきれなくなってきたんだが」
瞬「そんな事言っちゃ駄目だよ兄さん!みんな我慢してるんだから!!」
星矢「っていうか、俺わかったよ!いちいち別方面の話になったり入り口でぐずぐずしてるから変なことになるんだきっと!!要点だけ聞いてあとは突っ切る!これでいこう!!」
紫龍「ああ。たとえ床の上に何が仕掛けてあろうともな」

 そこで五人は獅子宮に飛び込んでいった。
 宮の中ほどまで来た時、何やら物思いにふけりつつ行ったり来たりしているアイオリアに出くわした。
 さあ、単刀直入に行こう!

星矢「アイオリア!あんたに聞きたいことがある!!」
アイオリア「俺も聞きたいことがある!!好きな女に『一生友達でいて欲しい』といわれた場合、それは脈があるのか無いのかどっちなのだ!?」

・・・・・・・・・・・・

星矢「・・・・・・・・・・・え・・・・・?」
アイオリア「教えてくれ、星矢!!」
星矢「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや・・・・教えてくれと言われても・・・・・;;」
アイオリア「昨日、魔鈴に言われたのだ!お前なら彼女のことがよくわかるだろう!?あいつにとって、俺はどっちなのだ!?」

 しらねえよ。・・・・とはさすがに言えなかった。心の底から言いたかったが。
 アイオリアに詰め寄られてる星矢の横で、瞬が静かにアテナのメモを広げて読んでいる。
 「アイオリアは勇気と愛と正義の聖闘士。まさに男の中の男です。最近ちょっとのボルテージが高いですが、暖かい目で見守ってさしあげたいですね。遠くから」

瞬「ちょっとどころじゃないよ沙織さん・・・・幻朧魔皇拳よりもタチが悪いぐらいだよ」
紫龍「小人閑居して不善を為すという諺がある。不善とまでは言わないが、実力で1、2を争う黄金聖闘士も閑になると変わってしまうものなのだな・・・」
一輝「加勢してやるべきだろうか。星矢が窮地に追い込まれているが」

アイオリア「もう一度聞く!どうあっても魔鈴の真意を確かめない気か星矢!!」
星矢「くどい!どうして俺が恋のキューピッドにならなきゃいけないんだ!!そんなに気になるなら自分で聞けばいいだろう!?」
アイオリア「それができたら苦労はせんわ!!」
星矢「いばるなよ!!ったく、二十歳のあんたが14歳の俺に恋愛相談なんて、絶対間違ってるぜ・・・・!」
アイオリア「恋愛に歳の差は関係ない!」
瞬「いや、アイオリア。その台詞はTPOが違うから」

 その後、すったもんだすること数十分。
 とうとう折れた星矢が、『今度魔鈴さんにあったらさり気なく本音を探っとく』ということで決着はついた。

アイオリア「頼んだぞ、星矢!」
星矢「ああ・・・死ぬほど頼まれたくねえけどな」

 十二宮の半分まで行かないうちに、いろんな意味で疲労した五人。
 「聖闘士に恋愛は厳禁とする」。そんな新ルールを作るべきだという教訓(?)を得た。
 泣きっ面に蜂というべきだろうか、彼らが次に通らなくてはならないのはあのシャカの根城、処女宮である。


 第六の宮・処女宮。
 疲れているからといって、ここで気を抜くわけには行かなかった。

星矢「いいか、皆。過去の教訓をいかすんだ。とりあえず、挨拶は忘れるなよ。それじゃあ行くぞ。おじゃまします!
一同「おじゃまします!」
シャカ「おお、一輝ではないか。久しぶりだ。さあ、入りたまえ」

 シャカ、他の四人のことは既に眼中にないようだ。

一輝「いや、あまりゆっくりするつもりはないのだ。まだ上半分残っているのでな。手っ取り早く用件のみ伝えるから、要点だけ聞かせてくれ。黄金聖闘士のコツはなんだ?」
シャカ「私の前にひざまずくことだ」
一輝「よくわかった。それではな」
瞬「・・・・・・・待って兄さん」

 明らかに間違った要点のみ聞いて通り過ぎようとする一輝を、弟は止めた。

瞬「いいの?兄さんは今のでいいの!?兄さんにとっての黄金聖闘士ってそういう物なの!?」
一輝「黄金聖闘士はどうだか知らんが、俺にとってのシャカはこのイメージだ」
瞬「そりゃシャカは僕にとってもそのイメージだけど!でも僕たち別にシャカのイメージ固めに来たわけじゃないし!」
一輝「忘れたのか瞬よ。それでなくても俺達はここまでの五つの宮で、ことごとくイメージを破壊されてきた。もうたくさんだ。せめてシャカだけはこのままそっとして置こう。下手につついて、ユニセフ募金に寄付などしはじめたりしたらどうする気だ」
瞬「う・・・・・・・・(汗)」
シャカ「?何のことだかよくわからんが、君らは募金を集めに来たのか?だったら、手持ちの金がいくらかあるからそれを・・・・」
一輝「それが余計だと言うのだ!!見下せ!!全てのものを見下すのだシャカ!!」
瞬「・・・・・兄さん、あなた一体何しに来たの・・・・・?」

 その後、「せっかく寄付してやろうと思ったのに、君たち少々礼儀を知らんようだな」とシャカが不機嫌になり始めたところで、五人は撤退した。
 アテナのメモには、「私には従順でとても忠実、頼りになる聖闘士ですけれど、それ以外の人にはとてつもなく偉そうに見えるようです。きっと普段は周りの人達を平伏させているのでしょうね。得難いカリスマ聖闘士です」とあった。
 どうやら、アテナにとっても彼はそういうイメージらしかった。


 第七の宮・天秤宮。
十二宮の中でももっともそのまんまなネーミングをされたこの宮の主は、五老峰のキノコ人間・老師。
残念ながら、相変わらず留守である。

瞬「どうして自分の宮に帰ってこないんだろう・・・・聖戦終わったのに」

 瞬のさり気ない指摘に一同はっとさせられるが、まあそこはそれとしてこの宮は通り抜けることにした。
 アテナのメモも、あんまり側にいないのでよくわかりません。すごい人なんでしょうね」と他人事だし。
 ところが。

星矢「おい、見ろよ。あそこに天秤座のパンドラボックスがある」
氷河「それはあるだろう。ここは天秤宮なのだからな」
星矢「でも、天秤座の聖衣は外に出てるのに、箱は閉まったままだぞ?」

 余計な事に気がつく星矢。
 振り返ってみると、なるほど、確かに天秤の聖衣と、それに並んで閉じたままのパンドラボックスがある。

瞬「空だよ。きっと」
紫龍「ああ。きっと空だ。だからさっさと先を急ごう。余計な好奇心は身を滅ぼす」
氷河「紫龍の言う通りだ。行くぞ」
星矢「ああ・・・・」
一輝「・・・・・・・・・・でもちょっと見てみたくはないか?」

 ・・・・・・・・・・・・・・・

瞬「・・・・なんでそんな余計な事言うの兄さん・・・・」
氷河「・・・・・・・しかし、言われてみるとなんとなく見てみたいような見たくないような」
星矢「でも、パンドラボックスは自分が危なくなった時しか開けちゃいけないんだよな。目がつぶれるってきいたぞ」
紫龍「失明ぐらいたいしたことではない。経験者の俺が言うのだから大丈夫だ」
瞬「いや、そこで胸を張って言われても・・・・;」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

星矢「・・・・・・・・・・・開けてみるか?」
氷河「開けてみるか」
一輝「気になるからな」
紫龍「俺の予想では老師が入っているのでは、と・・・・」
氷河「何のためにだ。いくらなんでもそこまで閑じゃあるまい」
星矢「でももしそうだったら速攻で逃げような」
瞬「そうだね。違うと信じたいけど万が一って事もあるしね・・・・・開けてよ、紫龍」
紫龍「お、俺が?」
一輝「万が一の時にはお前が一番弁解できるだろう」
紫龍「よ、よし。・・・・老師。天秤座の箱、開けさせて頂きます!」

 鬼が出るか爺が出るか。紫龍は思い切って取っ手を引いた。
 ガチャッ!!

全員「!・・・・これは・・・・!!」

 箱の中には何もなかった。
 ・・・・・いや。一見、何もないように見えたのだ。

氷河「・・・・・やはり空か?」
紫龍「待て。底に張り付いてるのは何だ?」
瞬「えーと・・・・何か薄い・・・乾涸びた・・・・・・・・皮?
紫龍「!!!」

 がばたんッ!!!
 それが人皮であることを察するや否や、速攻で箱を閉じる紫龍。

瞬「今のって・・・・」
一輝「皆まで言うな!俺達は何も見なかった・・・・何も見なかったんだ!いいな!?」
紫龍「とりあえず、この紫龍の予想は人体の1%ぐらいは正しかったといえるな」
氷河「やめろ生々しい!!くそっ!やはり危機が迫った時しか開けてはいけないのだこんな箱!!」
星矢「ああ。そうだな。でも、危機の時に皮が出てきても困るけどな」
瞬「・・・・どうでもいいけど、なんで老師はこんな物を箱に入れて取っておいているんだろうね・・・」

 謎がナゾ呼ぶパンドラボックス。
 なぜ老師は皮を保管しているのか。
 というか、これは本当に保管なのか。
 このパンドラボックス、ゴミ箱の代わりにされているだけじゃあないのか。
 数々の疑問は残ったままだったが、五人に真相を突き止める気はもはやなかった。
 「余計な好奇心は身を滅ぼす」。新たな教訓を従えつつ、次の宮へ進む。


 第8の宮・天蠍宮。
 上がっていくと、宮の住人は既に入り口で待機していた。

ミロ「よくきたな!会いたかったぞ。元気そうで何よりだ!」
青銅「・・・・・・・・・」
ミロ「聖戦では大変だったからな。その後がどうなったか気になっていたが、わざわざこうして尋ねてきてくれるとは嬉しい・・・・・・・・って、何を泣いているんだお前ら」
氷河「いや、すまん。なんだかほっとして力が抜けていくようだ・・・」
瞬「八軒目にして初めてだもんね・・・普通に暖かい出迎えを受けたの・・・・あなたがここにいて本当に良かった・・・」
ミロ「そ、そうか?しかし何も泣かなくても・・・・」
紫龍「いや、むしろ泣かせてくれ。ずっと耐えてきたのだ俺達は」
ミロ「?;;」
 
 地面に膝をついて思う存分今までの疲労を涙に変える青銅聖闘士達。
 何がなんだかわからないミロは、対処に困りつつも、五人の肩を叩いたり頭をなでたりと慰めに走り回る。

ミロ「大丈夫か?真央点を突いてやろうか?」
氷河「それは自分でできるからいい・・・心配かけてすまない、ミロ」
ミロ「何を言う。俺とお前達の仲だろう?ほら、こんなところで泣いてないで中に入れ。そろそろ日も落ちてきたし、風邪を引くぞ」

 優しい言葉にますます涙の勢いが強まったが、ともあれ五人は天蠍宮の中に招かれた。
 アテナメモの「ミロは裏表のまったくないとてもいい人です。友情にも厚いですし、何も考えないで突っ走りやすいという欠点はありますが、黄金聖闘士としてなくてはならぬ人物でしょう」に心の底から同意しながら。
 すこし気が落ち着いてから、聖域に来た目的を語る。

氷河「・・・・・というわけなのだ。黄金聖闘士のコツについて、何かアドバイスをもらえたら嬉しいのだが」
ミロ「アドバイスか。といわれても、俺の場合、気がついたら黄金聖闘士だったからな。特になにも言えん」
氷河「昔っから深く考えない性格だったのだな・・・。何でもいいのだ。聖域での生活についてとかでもいい。むしろその方がいいくらいだ今日の経験からいくと」
ミロ「ここでの生活?快適だぞ。ギリシアはいいところだ」

 にっこり笑う。

ミロ「それに仲間は皆いい奴だからな!ムウは落ち着いていて頼りになるし、アルデバランは気持ちのいいやつだし、サガは優しいし、デスマスクは面白いものたくさん見せてくれるし、アイオリアは信頼の置けるやつだし、シャカはあれで結構気さくだし!老師にはほとんどあったことがないが、今度ぜひお会いして話しをしてみたいぞ」
青銅「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ミロ「それからシュラは・・・・・・なんだ?何でお前ら、そんな変な顔をしているんだ?」
瞬「・・・・・ううん、何でもないよ。ただ、聖域で一番変なのはあなたかもしれないと思っただけでね」
ミロ「何!?俺は何か間違いを言ったか!?」
氷河「現実とあわせて考える限り、間違いしか言っていない。それとも間違っているのは俺達の方なのか・・・・?」
星矢「いや、それはないだろう。絶対、聖域の方が間違ってる」
紫龍「今こそ知った。やはりこれぐらい鈍感でないと聖域では暮らしていけないのだ。鈍感。これこそが黄金聖闘士のコツに違いあるまい」

 八番目の宮にして、エイトセンシズに目覚め始める青銅達。ミロは複雑な表情である。

ミロ「鈍感とは俺のことか?」
氷河「気にするな。褒めているのだ。俺達をここまで導いてくれたこと、感謝するぞ。残す宮あと四つ、なんだか頑張れそうな気がしてきた」
ミロ「そ、そうなのか・・・・・?」

 それはよかったと人の良さ爆発なコメントを残すミロに別れを告げて、五人は天蠍宮を抜けた。
 聖域のゴールは、近い。


 第九の宮。人馬宮。
 
星矢「皆!アイオロスが俺達に言いたいことはただ一つ!もうわかりきったことだから、こっちが理解していることを示せば余計な時間は食わないはずだ!要点だけしぼって誓って、一気に駆け抜けるぞ!!」

 黄金聖闘士達とのコミュニケーションは、既に彼らにとって有意義な時間どころか余計な手間になってるらしい。
 さっさと日本に帰ったらどうだと言う気もするが、あえて誰もそこのところには触れなかった。
 人馬宮を駆け抜けながら、五人はあの世へ向けて叫んだ。

全員「アテナのことは任せておけ!」

 ・・・・そして人馬宮を抜けた。

一輝「・・・・・おい、いいのかこんな簡単に通過できて」
紫龍「アイオロス・・・よっぽどアテナのことしか考えてなかったんだな」
星矢「どうする?沙織さんのメモには思いっきり、『私のことだけでなく、周りの事にも気を配れる人格者だったとお爺様から聞いています』って書いてあるけど・・・」
瞬「大方、城戸光政がモウロクしてたんだよ。甲斐性が下半身に集中したあの爺さんの事だもの、頭の方は空だったんじゃない?」
氷河「・・・・・(汗)どうした、瞬。ハーデス降臨か?」

 仲間の暗黒発言に冷や汗しつつ、一行は石段を登っていった。
 その際、背後の人馬宮内で矢が発射されるような鋭い音を聞いたような気もしたが、天秤宮のこともあるし、誰も振り返ろうとはしなかったのであった。


 第十の宮・魔羯宮。
 そこでは夕食の支度をする、いいにおいがしていた。
 思わず心和む五人。しかしすぐに、自分達が聖域に求めていたのはこんな匂いではない事を思い出し、気を引き締め直す。

紫龍「シュラ・・・・ああ、いた。食事時にすまんが、ちょっといいか?」
星矢「紫龍。回覧版をまわしに来たわけじゃないんだ。久しぶりに会ったんだし、もっとまともな挨拶しても・・・」
シュラ「なんだ?用があるならちょっと待ってくれ。バンソウコウを探しているのでな」
氷河「「シュラもシュラで全然頓着しとらんな・・・・バンソウコウなど、一体何につかうのだ」
シュラ「傷口にはるに決まっているだろう。他に何がある」
瞬「・・・・・・・・・いや、それはそうなんだけど、ここが聖域である限り僕はその答えじゃ納得しないよ。傷口って、なんで怪我したの・・・?」
シュラ「料理をしていて包丁で指を切った」

 青銅五人はしばしの間沈黙した。
 あのシュラがバンソウコウをはるなんて・・・・・
 いやそれより、包丁ごときで指を切るなんて・・・・
 いやそれより、料理に包丁使うなんて・・・・・
 いやそれより、そもそも料理をするなんて・・・・

紫龍「・・・すまん、シュラ。どこにツッこんでいいのかわからんのだが」
シュラ「別に俺はボケたつもりなどない!指を切って血が止まらんので仕方ないから手当てしようと思ったまでだ!しかし真央点をつくほどのことでもないし、たかが小指一本の事だし、適当に貼り付けておけば繋がるだろうと・・・・」
青銅「繋がる・・・・・!?」
紫龍「おい、ちょっとその傷を見せろ!」

 慌ててシュラの腕に飛びつく紫龍。
 案の定、彼の左手小指は根元から綺麗さっぱりなくなっていた。

シュラ「ちなみに、切れた小指はここにある」
紫龍「見せるなそんな物!!バンソウコウで繋がるわけがなかろうが!!聖闘士と言えど、聖衣の中身は普通の人間なんだぞ!?すぐに医者に行け!!」
シュラ「医者だと?しかしこの歳になって医者に行くのは気が進まん・・・・」
瞬「歳なんか気にしてる場合じゃないよ!!あなたのそのやぶにらみの顔しかも小指がないなんて、立派にヤクザ以外の何者でもないじゃない!早く治して恐いから!!」
シュラ「そ、そうか。ならちょっと行ってくるか。あ、台所にあるスープの火を止めておいてくれ。良かったら食っていってもいいぞ。出来立てだ」

 ほとんど追い出されるようにして、シュラは聖域を下っていった。
 残された五人は、頼まれた通り台所の火を止める。鍋の中にあったのは、赤い色をしたブイヤベース。

紫龍「・・・・タイミング的に食えるわけないだろうこんな物・・・一体この色の何%が人血だ」
氷河「それより、俺としてはどういう包丁の使い方をしたら小指がなくなるかの方が気になるんだが」
瞬「『シュラは忠誠心に厚く、とても忍耐強い人です。些細な事や興味のない物には無関心ですが、いざと言う時には誰よりも頼もしい聖闘士でしょう。エクスカリバーは色々と便利ですし』か・・・・忍耐強すぎるのも問題だと思うよ沙織さん・・・・」
一輝「というか、忍耐以前の問題で、単に痛覚が鈍いのでは・・・・」

 そういう一輝もかなり人の事は言えなそうだが、痛みを感じないというのは聖闘士の必須条件なのかもしれない。
 黄金聖闘士ともなると、そこら辺も極まってくるのだろう。
 黄金聖闘士のコツ・痛みを感じない事。ついに人の能力を超える条件を提示されつつ、星矢達は次の宮に進む。


 第十一の宮・宝瓶宮。
 主のカミュは氷河との再会を喜んで、あやうく記念に全員氷結させられるところだったが、そこは一輝兄さんの地獄の炎を最大燃焼させてやり過ごした。

カミュ「・・・・・・邪魔をするのかフェニックス」
一輝「させてくれ。俺達がどんな思いでここまで来たと思っているのだ」
氷河「カミュ、ここで冷凍保存しなくても、俺はまた近いうちにあなたを訪ねてきますから・・・・」
カミュ「そう言ってくれるのも今だけだ。男子たるもの、やがては親の手元から離れていってしまう。私はそれが辛いのだ・・・」
紫龍「待ってくれカミュ。氷河に限ってそれはない!あなたも知っているだろう、いかに彼が親離れしない性格か!」
瞬「ていうか、カミュは別に氷河の親でも何でもない、赤の他人なんじゃ・・・・」
カミュ「本当か氷河・・・・・?本当に、お前は私の事を忘れず、また会いに来てくれるか?」
氷河「ええ、必ず!」
カミュ「・・・・・・・そうか。なら今度だけは見逃してやろう」

 熱いんだか底冷えしているんだかよくわからない師弟の会話が終わり、星矢達はようやく黄金聖闘士のコツを聞く事ができた。

カミュ「黄金聖闘士のコツか。他の者はどうあれ、私はクールであることを心がけているが」
「説得力が欠片もないよ!いい加減自覚しようよ!この聖域にクールな男なんて、あなたを含めて一人もいない!!」
氷河「瞬!我が師カミュに対してそんな口をきくな!!お前こそ一輝にべったりはりついて、自立心の欠片もない・・・・」
一輝「なんだと!?我が最愛の弟を愚弄するなど、その罪万死に値する!氷河よ、そこに直れ!!」
カミュ「待て。氷河に手を出したら本格的に容赦はせんぞ。氷に沈めてシベリア海溝に突き落とすからそう思え」
瞬「やめてよ!兄さんは関係ないでしょう!?兄さんを殺すなら、僕が相手だよ!!」

 疲労も手伝ってか、なんだか妙な雰囲気になってきたその時。
 紫龍の静かな声が言った。

紫龍「訳の分からない四角関係は止めろ。これ以上続ける気なら、俺は星矢を攫って逃げるぞ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「すごい説得力だ・・・・」
星矢「・・・・・・ていうか、ここまできてそのノリの話はやめようぜ皆・・・・」

 気まずく星矢が呟いて。
 五人はみな、冷めた表情で宝瓶宮にいとまごいをした。
 それはまた、ある意味クールな気分になっているとも言える雰囲気ではあった・・・・・・


 第十二の宮・双魚宮。

瞬「さあ、これで最後だよ!沙織さんメモには『アフロディーテは本当に美形で女の人かと間違えるほど。私にケンカを売ってるのかしら?!ちなみにさっきのカミュに関しては『責任感はあるけれど、氷河の事しか考えていないみたいです。私は2の次なんですね』だって!恨みと妬みが交差して、まさにこの十二宮のラストにふさわしい雰囲気だね!」
紫龍「まあ、そう自棄になるな。これでようやく終わりなのだ。早いとこ挨拶して帰ろう」
 
 年始回りに来たわけではないんだが。

星矢「あ、いた。おーい、アフロディーテ!」
アフロ「どうしたんだ、君たち。こんなところまで上がってくるとは物好きな。私に何か用かね?」
紫龍「たいしたことではないのだ。一言でいい、黄金聖闘士のコツを聞かせてくれ」
アフロ「コツ・・・・?」

 アフロディーテは美しい眉をややひそめて考えたが、やがて言った。

アフロ「まあ・・・・大人しい顔した奴には油断をするな、ということか」
瞬「はははそれって僕へのあてつけなのかな」
アフロ「フッ、好きに取ってくれて構わないが?」
瞬「そう言えばあなた、まだダイダロス先生に謝ってなかったよね。もう一度決着を付け直そうか。いっとくけど、僕は今日聖衣を着てないから、いきなりネビュラストリームから始めるよ」
アフロ「望むところだ。どの道死んだ男に謝る気など毛頭ない。私も出し惜しみせず白バラから始めよう」
星矢「始めんなよ二人とも・・・俺達もここにいるんだし。瞬、帰国目前にしてケンカはよそう。またの機会にしておけよ、な?」
瞬「・・・・・・でもそうしたらまた一から上りなおしなんだよね」
星矢「いやそれは・・・・・;」
一輝「瞬。もしおまえがここで余計な揉め事を始めたら、俺は気にせずとっとと帰るぞ。そして二度と帰ってこない!どうする?」
瞬「え、そんな、兄さん・・・・」
一輝「・・・・・・・・・」
瞬「・・・分かったよ。皆つかれてるんだもんね。今日は引いておくよ」

 しぶしぶながら瞬が言ったので、一同ほっと胸をなで下ろす。

アフロ「いつでも来たまえ。私は逃げも隠れもせん。ただ、朝の9時から12時昼の1時から4時夕方6時から9時までは美容のため風呂に入っているので相手はできんがな。夜10時から翌朝8時までは睡眠時間なので、そこもパスしてくれたまえ」
瞬「・・・・・なるほど。やっぱり今殺っておくしかないみたいだね」
一輝「やめろ!!おい、星矢、紫龍、氷河!!ボーッとしてないでお前達もとめんか!!」

 こうして、十二宮のトリにおいても、一向はムダに力を使い果たしたのだった。


 体力・気力ともに完全燃焼させた「ギリシャ聖域・先輩巡りツアー」はついに終末の時を迎えた。
 双魚宮前の石段から見上げる星空は、哀しいぐらいに美しい。
 ちなみに、宮の中では幻魔拳をかけられたアフロディーテが昏睡しているが、それはそれとして。

「終わったな・・・・・」
「ああ・・・終わった」

 一体何のためにここまで来たのか、そして黄金聖闘士とはなんだったのか、ツアーのおかげで完全に見失った星矢達五人。
 ただ一つ、彼らが心に誓った事がある。

――――――――地上の平和は俺達が守ろう。
 
はるかなるギリシャでの出来事であった。


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