十二宮の戦いからしばらくが経過したある日のことだった。
聖域では老師の命令により、生き残りの黄金聖闘士達が引き続き自宮を守り続けていた。
さしあたってはすることもないので、警戒は解かないながらも、修行をしてみたり黄金聖闘士同士で久闊を叙したりと比較的平和な日を過ごしていたのだが、その日アイオリアとミロが近所の断崖絶壁で軽くデスマッチでもしてみるかと下へ降りていったところ、白羊宮でムウが一人の少年と立ち話をしていたのにぶつかったのだった。

ムウ「なるほど。そういうことならアテナも決してお咎めにはならないでしょう。私達も助かりますし」
「本当ざんすか?ムウ様がおっしゃってくださるなら心強いざんすけど、でも上手くやっていけますかねぇ・・・」
ムウ「できる限りの助太刀はいたしますよ。私も、ほらミロもアイオリアも
リア「待て。勝手に人の名を使うな。何をする気だ」

 アイオリアが思わず割って入ると、市が慌てて挨拶をし、ムウはその横で妙に茶目っ気のある笑いを見せた。首をかしげながら言う。

ムウ「始まってからのお楽しみ、というわけにはいきませんか?」
リア「気を持たせるのは結構だ。しかし楽しめるかどうかがわからなければ認めん」
ムウ「そうですか。・・・ああ市、下がって良いですよ。あとは私が話を通しておきますから」
市「は、はい」

 市が出て行き、まあ立ち話もなんですからとムウが言うので3人はその辺の床に腰を下ろす。大の男が地べたに座り込む光景は、少なくとも格好の点で言えば立っていた方がマシであったが、彼らは男の美学にはこだわるものの男の美観には何のこだわりも持ちあわせていなかったため、誰も「やっぱり立って話そう」とは言わなかった。
 男の美学にのっとって胡坐をかいたアイオリアがムウに改める。

リア「それで?何をしようと言うのだ」
ムウ「まずはいきさつをお話しましょう。今の男はヒドラ市。俗に青銅2軍と呼ばれる少年達の一人です。銀河戦争で星矢たちに負けた屈辱から修行地に帰って再度鍛えなおし、KGWを上げたり1万ボルトの電流に耐えられるようになったり秒間200発の攻撃を繰り出せるようになったりして今度こそと帰国してみれば、星矢たちは秒間一億発がどうこう言っていたと。桁が違うにもほどがあるだろうと。修行地に行く意味あるのかと。そんなこんなで最近はすっかり意気消沈、ひっそりと聖域の外回りの警備をしてくれているのが青銅2軍です。ここまではよろしいか」
リア「俺が聞きたい。それでいいのか」
ムウ「根は優しい少年達なんです」
リア「ニートだって根は優しい。花が咲くかどうかが男としての問題だ」
ムウ「ですからその花を咲かせる努力をしているのです彼らは。自分達にできることは無いかと、とても前向きに考えているのですよ」

 ムウは目元を緩ませた。少年達のひたむきさに対する慈しみがそのまま心を通して表情に表れたのだろう。
 そして言う。

ムウ「前向きに考えてくれて・・・出した結論が、そう、聖域社員食堂の運営でした」
リア「それは前ではなくアサッテの方向を向いているのでは」
ムウ「何言ってるんですか。私達を缶詰にするだけしておいて、誰も衣食住のことを考えてくれてなかったんですよ。衣は黄金聖衣、住は廃墟、食は自力調達なんてあんまりです。彼らが炊事をしてくれるというなら私は全面的に協力し、率先して食べます」
リア「しかし・・・!」
ミロ「フッ、アイオリア。悪いが俺も賛成だ」

 と、それまで珍しく黙って話を聞いていたミロが言った。これにはアイオリアはおろかムウですら驚いた顔をしたが、彼は決然とした面持ちで、

ミロ「この間の戦いの時から俺は疑問を感じていた。もちろん戦っている最中はそれほど気にはしなかった。しかし戦い終わってみれば猛烈に腹が減っていた。ムウ、アイオリア、お前達の宮は前半だからそれほど感じもしなかったろうが、天蠍宮までの8時間飲まず食わずの待機をした挙句氷河と戦わなければならなかった俺の身にもなってみろ。不覚にも星命点を凍らされたのは絶対空腹のせいもあったと思う。しかも俺より上の階のやつらはサガが適当に飯時に呼んで食わせていたらしい。俺は『遠いから』という理由で呼んでもらえなかった。ひどい話だ。特にカミュ」
リア「・・・そんなことがあったのか」
ミロ「あったのだ。食堂を運営するというなら俺も協力して客になる!なんだったら場所は天秤宮でも構わん。丁度あいてる」
ムウ「あれは一応主がまだ生きていますからまずいでしょう。私としては巨蟹宮なんかどうかと思っているんですけどね。死に顔消えて妙にこざっぱりしましたしあの宮」

 しかし俺のうちの隣に妙なものを作るなとアイオリアが頑なに言い張ったため、食堂は十二宮の外の修行地に作られることになった。
 そう、なんだかんだで結局、「作られることにはなった」のである。・・・





 青銅2軍の少年達は岩で建物を作り、岩で椅子とテーブルを作り、岩で凝ったシャンデリアまで作り、要するに聖域には岩しか材料がなかったからなのだが、妙に前衛的で統一感のある店を作り上げた。よほど力をもてあましていたのだろう。
 青銅1軍が限りない宇宙の力で勝負するなら俺達はむしろミクロの方向で戦いを挑む。そんな熱い情熱が伝わってきそうな見事な岩のモザイクタイルを、開店早々様子見に来たアイオリア達は踏んでいいのかどうか一瞬ためらった。

邪武「いらっしゃい、ませ」
ムウ「ああ、邪武。あなたがウエイターですか。私はてっきり、市かと思っていましたが」
邪武「あいつは総支配人なんで。俺は嫌だっつったんですが・・・フロア係は見た目が大事だとかで。俺なら星矢のそっくりさんで店の看板になるからって。殺してえあの蛇
ムウ「早くも仲間割れですか。他の人は何を?」
邪武「檄と那智は食材調達。蛮は中華の鉄人顔だという理由でシェフやらされてます
ムウ「結局顔なんですね。駄目ですよ、総支配人を殺しては。売上金狙いだと思われますから
ミロ「そこか・・・?しかし邪武とやら、一応真面目にウエイターをやっているのだな。よく堪えたな
邪武「・・・・・次の週末にアテナが様子見に来られるんで・・・・・いえ、もう俺のことはどうでもいいです。テーブルあっちでメニューこれです。どうぞ」
ミロ「あ、どうも」

 煤けた邪武の様子にそれ以上何も絡めず、大人しく指示された席に座る3人。

ミロ「いきなりで何だが、店員の雰囲気は悪いな。この店」
リア「仕方ないだろう・・・。俺としてはよくやってると言いたい」
ムウ「開店したてです、少しはぎこちないところもあるでしょう。それより注文を・・・」

 ムウがメニューを開いた。覗き込むと次のようなメニューが並んでいた。

ハンバーグベアー  ・・・ロッキーの大熊を使った豪快な手ごねハンバーグです。
ミニコーンギャロップ ・・・スイートコーンと馬肉のオードブル。繊細な味わいは女性にもオススメ!
ライオネットボンバー ・・・新鮮な小獅子の肉とお豆腐のサラダ。ボリュームたっぷり!でもとってもヘルシー。

ムウ『すみません、支配人呼んで下さい』
「そろそろ来ると思ってました。なんざんしょお客様」
ミロ「ど、どうした?ムウ」
リア「多少ゲテモノじみた肉ではあるがそうおかしなところは別に・・・」
ムウ「市。色々言いたいことはありますが、何はともあれ確認したい。このハンバーグはどの段階から手でこねたのか」
「それは生きてるところからざんすけど、何か?」
リア「お前が何だ。おい、生きてるところからってどういうことだ!?」
ムウ「青銅2軍の中にベアー檄という人がいましてですね・・・」

 メニューの由来をかいつまんで説明するムウ。

ミロ「・・・ということは何か。このメニューはお前ら青銅の技の駄洒落ということか」
ムウ「ライオネットボンバーに至っては駄洒落にすらなってないですが」
市「駄目ざんすか?」
リア「だからこっちが聞きたい。それでいいのか!?」
市「だってどうせこの先出す機会なさそうな技名ざんしょ。メニューになってた方がまだしも知名度があがるざんすよ」
リア「だからってお前らな・・・・」

 と、その時、邪武のぎこちない「いらっしゃい、ませ」の声がして、新たな客が入ってきた。
 入り口を塞がんばかりの巨体と、それとは正反対に小柄な人影と、どちらもよく見知ったものである。

リア「シャカ・・・アルデバラン・・・・お前たちまで来たか」
シャカ「アイオリア?ミロにムウまで。なぜ君達がここにいるのかね。十二宮がもぬけのカラではないか」
ミロ「後から来た方に言われたくないわ!」
シャカ「フン。ならばアルデバランだけ戻しても良いが、料理が口に合わなかった場合の残飯処理は君がしてくれるのかね?」
バラン「俺を誘ったのはそういう魂胆かシャカ・・・」
シャカ「邪武とやら。この先客どもと相席にするからそこのテーブルと椅子を持ってきたまえ」
ムウ「シャカ。さてはあなた、自分も食事に誘ってもらいたかったクチですね?

 シャカは返事をしなかったが、代わりにアルデバランが黙って苦笑しながらさもありなんと2、3度頷いたので、一同は脱力しつつもなんとなく笑いあった。

シャカ「君達はもう注文を済ませたのか?」
ムウ「まだです。料理より先にメニューを飲み込む必要がありましてね
シャカ「くだらん。貸したまえ、私が先に注文する」

 ムウが差し出したメニューをさっと取り上げ、開いてしばし黙すシャカ。
 そして。

シャカ「・・・板前に任せる」
リア「読んでないだろうお前」
ムウ「まあ目を閉じてますからそういうオチだろうとは思ってましたけどね。私もなんだかどうでも良くなってきました。市、一品ずつ頼むのも面倒なので、私はこの『カモン!ウルフコース』を一つ。ああシャカ、『支配人オススメ・ドキドキ★ヒドラコース』というのがありますよ。ゆるやかな拳で繰り出される9皿の料理のうち1品が猛毒だそうです。あなたこれでいいですね?他のは少々ゲテモノっぽいですからね」
シャカ「フッ、仕方あるまい。受けて立とう」
ミロ「シャカ、何気にお前一番やばそうなの押し付けられてるぞ」
ムウ「つまらないことを気にしないであなた達もさっさと決めなさい。アルデバランはどうしますか?」
バラン「そうだな、俺は『ハンバーグベアー』と・・・・久しぶりに一杯飲むか。『ライトニングプラズマ』ひとつ」
リア「俺の技ああああっ!!!!」
市「黄金聖闘士さんの技はかっこいい名前が多いのでカクテルにしたざんす」
リア「したざんす、ではないわ!!ちょっ・・・アルコールリスト見せろ!!」
ミロ「まさか俺のも・・・・あ、『スカーレット・ニードル』。むう、確かに酒の名前にするとちょっとかっこいいな
リア「感心している場合か!!」
ムウ「もういいじゃないですか。あなた達が選べないなら私が勝手に注文しますよ。市、ヒドラコース二つ追加で」
リア「貴様が食えよ!!」
ミロ「市。俺とアイオリアにミニコーンギャロップとライオネットボンバー。ヒドラコースは無しで頼む」
市「了解しましたざんす」

 アイオリアが激昂している間に、ミロが(比較的)無難な注文をしてその場はしのいだのだった。




2時間後。
蒼白の顔に冷や汗をしたたらせた黄金聖闘士達が十二宮への帰路についていた。

リア「馬鹿な・・・・本気で美味かった。獅子があんなに美味いと知っていたら聖衣を着るより先に食っていた。そのくらい美味かった・・・馬鹿な・・・」
ムウ「ウルフコースも一品一品の出来もさることながら全体を通しても舌を飽きさせない見事な構成で・・・・阿呆なネーミングが本当に阿呆に思えます
ミロ「カミュにも食わせてやりたかったな・・・・」
バラン「ハンバーグベアーも美味かったぞ。半分以上はシャカに食われたが」
シャカ「代わりに君には私のを一皿やっただろう。毒のやつを」
バラン「それをやったというかお前は」
シャカ「ともあれ私としてはもう通うしかないという心境なのだが。君達はどうするのかね」

改めて聞かれるまでもなかった。

『通う!!』

リア「・・・いやちょっと待て。俺はやはりこれでいいのか疑問に思・・・・」
ムウ「今更何を言うのです。相手の力を認めた時は潔く受け入れる、それが貴方だと思ったからこそ私は敢えて食堂の話も打ち明け実食にも誘ったのですよ、親しくも無いのに」
シャカ「そうだとも。青銅の底辺の小僧どもがここまでの腕を見せたのだ。認めてやるのが筋というものではないかね」
リア「聖闘士ならば力で勝負するのが筋だと思うのは俺だけか。料理の腕を見せてどうする!」
ミロ「落ち着けアイオリア。あの店にはもはや聖闘士はおらん。店にいるのは我が同志、その名も料理の鉄人・青銅2軍のみよ」
リア「黙れ。そんな同志を持った覚えは無い!あいつらは小僧とはいえ聖域の未来を担う聖闘士に違いはないのだ!聖闘士ならば聖闘士としての力を磨かぬ限り、俺は断じて認めん!!」
ムウ「・・・ならば好きに自炊してください。私達は通います」

 ムウがきっぱり言い切り、アイオリア以外の者達が頷いて。
 彼らは一人強情を張る男を理解しがたいという目で見やりながら、自宮への階段を上っていった。
 たとえ同じ職場に働く同僚であっても、食の前にはそんな絆はたやすく崩壊するのであると、アイオリアはつい先ほど極上の味を堪能したのと同じ口で苦々しく噛み締めたのであった。




 それから数日たったある日のこと。初心を貫き頑なに聖闘士食堂を訪れなかったアイオリアのもとへ、一人の少年が訪れた。

リア「お前は・・・」

 食堂のウエイター、邪武であった。
 彼は相変わらずの無愛想な調子で、しかし真剣な眼差しで言った。

邪武「・・・今日はあんたに頼みがあって来た」
リア「何だ」

 客引きなら断るつもりだった。が、少年の様子はそんな生易しい用件など微塵も感じさせない覚悟に満ちていた。
 アイオリアが腕を組み、少し顔を傾けるようにして「話せ」というと、彼の口からは思いもよらぬ言葉が出た。
 自分達に稽古をつけて欲しい、つまり修行をさせて欲しいというのである。

リア「・・・どういう風の吹き回しだ。店をやるのではなかったのか」
邪武「だからこそだ!」

 といきなり語調を強めた少年の小宇宙はまさにビッグバンを感じさせるがごとき迫力で。

邪武「店の評判はこの数日で聖域中に広がって、開店早々大行列!特に昼飯時は混雑と順番争いのせいで重傷者まで出る始末!皆で話し合った結果、こんなことになるのは全て俺達の調理と配膳のスピードが所詮マッハの域を出ないせいだということになった。俺は光速を身につけたい!光速を身につけて客の回転率を少しでも上げたい!那智と檄も言っている。光の速さで新鮮な食材を運び客の満足度を上げたいと。市に至っては客の嗜好を感知するためセブンセンシズに目覚めるしか無いといっているのだ。あいつらは店が多忙で出向けなかったが、俺が全員の代理で頼みに来た。頼む、アイオリア!俺達に修行を・・・聖闘士としての修行を指導してくれ!!」

 ・・・・アイオリアはしばし瞑目した。無礼な物言いも気にならなかった。少年の熱いひたむきな訴えは、かつて聖域で見かけ、時に拳を交えた修行時代の星矢を思い出させて心地が良かった。

リア「一つ聞く。なぜ、俺に頼む」
邪武「星矢を光速に、セブンセンシズに導いたのはあんただと聞いた。何より、他の誰よりも先輩っぽい」
リア「そうか」

 フッと頬を緩ませアイオリアは腕を解く。そして言う。

リア「承知した。お前達青銅2軍、この獅子のアイオリアがまとめて面倒を見てやろう」
邪武「ほ、本当か!?」
リア「ああ。そしてどの程度見につけられたか、料理を試食して確認してやる。明日から厳しくしごき、店にも通うから覚悟をしておけ。良いな?」
邪武「わかった!感謝するぜアイオリア!!・・・あ、それと!」
リア「うん?」
邪武「これは個人的な頼みなんだが。俺が星矢のそっくりさんとして店に定着した暁には、店名を『ペガサス流星軒』にしようと市が画策してやがるんで止めて欲しい。駄目か?」
リア「わかった。それは止めてやる」

 それこそ光の速さで頷いたアイオリアであった。




 ・・・こうして。
 聖域に建てられた一軒の店、聖闘士食堂は、修行に励む多くの聖闘士とその候補達の憩いの場として長く愛されることとなった。
 その営業の歴史の中には、世界が水没しかけて鮮魚メニューが充実したり、太陽光線が不足して野菜の入手が困難になったりと色々なことが記録されたが、それらはまた後の話である・・・・




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