全身に絡み付いて絡み付いて絡み付いて決して振りほどけない。
それが、悪い夢であって欲しかった・・・・・


「!はっ!・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
 うなされるだけうなされて、シュラは目を覚ました。
 体中が気持ちの悪い汗で濡れている。
 その夜で、一週間目だった。
「・・・・・・・・っ!」
 両手に顔を埋め、それから気がついてあわてて手を遠ざけ、天井を振り仰いだ。
 眼は閉じない。一瞬の瞬きの間でさえも、あの夢を見そうになる。
 アイオロスが、血にまみれて死んでいく夢を。
 そして・・・・・それは夢でありながら現実だった。。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 この腕が彼を殺した。この腕で、女神さえも殺そうとした。
 それが正義だと信じていたころは、それでも安らかに眠れたのに。
 夢を見るたびに、自分を呪い、その延長で他の全てを呪いたくなる。
 なぜ、放っておいてくれなかった?なぜ、俺に真実を報せた?
 知りたくなかったというのは虫のいい話だ。今こうして苦しまねばならないのも全て自分に課せられた罰だ。
 だが、それなら・・・・・
「・・・・・・・・・・どうして俺は今、生きているのだ・・・・?」
 そんな根本的なことが気になって、シュラはゆっくりと首をおろした。
 疲れきった視線の先に、自分の両腕が横たわっていた。


ミロ「ん?どうした?上に何か用か?」

朝、石段を登ってきたデスマスクの顔を見て、ミロはたずねた。
どうやらアイオリアやシャカのところでも同じような質問をされてきたらしく、デスマスクは遠慮無くうんざりした表情をする。

デス「なんなんだお前ら。俺がこっちに来るのがそんなに変か?」
ミロ「いや。上がってくるのはそんなに変でもないが、お前がこんな朝早くに起きてることが変だ」
デス「・・・・別に用があるわけじゃないけどな。なんかこう・・・・変な臭いがしないか?」
ミロ「臭い?」

 ミロは顔をちょっと上に上げてスンスンと空気を吸い込んでみた。

ミロ「・・・特になにも感じないがな」
デス「そういう臭いじゃなくってよ・・・なんつったらいいかな。とにかく何か嫌な感じがするんだ。死臭みたいな」
ミロ「死臭?」

 朝っぱらから縁起の悪い言葉だ。聞いて思わず眉根をよせ、それから真っ先に、

ミロ「・・・・・カミュか?
デス「お前、縁起の悪いことはなんでもあいつが原因だと思うんだな・・・。確かにこの上の三人の中で一番死相が出てそうなのはあの根暗だが・・・」
ミロ「根暗と言うな!一緒にいると気の滅入る時もあるが基本的にはいい奴なのだ。こちらがプラス思考で頑張れば実害はない」
デス「疲れる友人だなオイ・・・・まあいい。そのカミュがどうにかなったのかもしれん。ちょっと見てくるぞ」
ミロ「待て。気になる。俺も行く」
 
 二人は石段を並んで上がっていった。
 異変は、予想していた前の宮にあった。

デス「シュラ・・・?」

 入った瞬間察することができたほどに、磨羯宮の空気は濁っていた。重い。
 そして、むせるような血の臭いがこもっていた。

ミロ「なんだ・・・?何があった!」
デス「シュラ!どこだ!」
 
 二人で奥へと駆け込んだ。
 宮の一番奥まった寝室で、ぐったりと壁に寄りかかったままのシュラを発見する。
 近寄ろうとしてすぐ、あたりの床一面、壁一面に派手な血しぶきが飛んでいるのに気づいた二人はまともに顔色を変えた。

ミロ「おい、シュラ!お前一体・・・・」
デス「待て、ミロ!」

 駆け寄ろうとしたミロを制したデスマスクは、床の上のある物を凝視していた。
 それは、一本の腕。
 切り離された、シュラの右腕だった。

ミロ「な・・・・・・・!!!」
デス「これは・・・・・まさか聖衣修復!?*聖衣の修復には体の半分の血を必要とします)」
ミロ「ボケをかましている場合か!!おい、シュラ!シュラ!!」

 駆け寄ってとりあえず真央点をつき、血止めをする。
 何度も名前を呼んで、ようやく意識を覚醒しさせることに成功した。

シュラ「う・・・・・・・・・」
ミロ「シュラ!気づいたか!?一体何があったのだ!?」
シュラ「ミロ・・・・・か。どうして・・・・」
デス「どうしてじゃねえよ!なんだ?誰にやられたんだこれは!」
シュラ「デスマスクか・・・・誰に・・・・?・・・・・・誰にでもない。自分で・・・・・やった・・・・・」
ミロ「は?」


 その思わぬ言葉に、ミロとデスマスクは一瞬顔を見合わせる。それからまったく同時に口を開いた。
『自分で!?』

シュラ「ああ・・・片腕を落として・・・・もう片方もやろうとしたんだが・・・腕が無くなっていたのでできなかった」

 ・・・・・・ちょっとの間、沈黙が落ちた。
 シュラを見つめている二人の胸中に、一塵の葛藤が吹き抜ける。

 ・・・・ギャグか?これはギャグなのか!?
 ツッこむべきか俺達は!?
 くそっ、きわどすぎて見極めがつかねえ・・・!!

 だがとうとうデスマスクが思い切った。

デス「・・・・あ、あたりまえやん!(←かなり恥ずかしい)」
ミロ「(ナイスガッツ・デスマスク!)おいシュラ。何を馬鹿なことを言っているんだ?腕を切り落として、それで一体何をしようと言うのだ」
シュラ「何も。・・・・・・ただ・・・・・・・・・・」
ミロ「ただ?」
シュラ「・・・・・・・・・・・・・・・・俺は・・・・・・・・・生きてなど・・・・・・・・・」

 うめくように呟きかけたまま、彼はがっくりと気を失った。

デス「・・・おい。おいシュラ!シュラっ!ちくしょう、ミロ!お前今すぐ下行ってムウ呼んで来い!サガも!」
ミロ「あ、ああ!」

 一応先輩命令に従って飛ぶように階段を駆け降りていくミロ。おそらく動転しすぎているせいだろう、自分が光速移動できることを忘れて素で走っている。
 場に残ったデスマスクは、二三度シュラの頬を張り飛ばした。

デス「目ぇ開けろ!この馬鹿!!」

 だがシュラはなんの反応も返さない。
 デスマスクは顔を歪めた。
 彼にはうすうす感づくことができた。なぜ、シュラが自身の腕を切り落としたのか。

デス「馬鹿だぜお前は・・・っ!」

 毒づきながら、彼は10日前・・・自分達が冥界から蘇った日の事を思い出していた。


 その日、ハーデスが死んでアテナが勝って、特別ボーナスが出た。

アテナ「健闘してくれたご褒美に、皆さんを生き返らせてあげましょう」

 シャカが思わず問い返した。

シャカ「ア、アテナ。御気持ちはありがたいのですが・・・死んだものを生き返らせることなど、本当によろしいのですか?」

 何が不思議って、アテナの前ではシャカが普通の人になるのが不思議である。
 若干13歳の少女はにっこりあっさり応じた。

アテナ「いいのですよ。私だって、自分で喉を突いて死んだ身・・・シャカ、あなたはこの私がくたばったままでいればいいとでも?」
シャカ「い、いえ。滅相もございません;」
アテナ「ハーデスは死にましたし、とやかく言うものはもう誰もいません。さあ、皆さん。私と一緒に光り輝く地上へ帰りましょう」

 というわけで、黄金聖闘士も青銅聖闘士もアテナも、雁首揃えて皆現世に戻ってきた。
 ただ、一人をのぞいて。

アイオロス「皆、元気でな」

 冥界の別れ口で、その一人は微笑んで言った。
 13年前に死んだ彼は既に現世の体が朽ち果て、依り代をなくしていた。だから帰れなかった。
 
アイオロス「アテナを頼んだぞ」

 その言葉だけをもらい、言った本人をアケローン川の向こうに残して、一同は帰ってきてしまった。
 船の上で、一番最後まで後を見つめていたのがシュラだった。


 デスマスクがそこまで思い出したとき、ばたばたと騒々しくミロが戻ってきた。
 後にムウとサガとがついている。

サガ「シュラ・・・!なぜ!!」
ムウ「23歳・・・・人生の曲がり角就職活動に直面し、おのれの道を見失い易い年頃です
デス「進路問題じゃねえ!!第一、ンな事言ったら俺だって23歳だ!!」
ムウ「あなたなんか、この世で一番悩みとは縁の遠そうな人間じゃないですか」
デス「何だと!?」
ミロ「おい、そこ二人!漫才させるために俺はムウを呼びに行ったのではないのだぞ!!サガを見習え!」

 ミロが怒って、三人はシュラの前に座りこんで何やら語り掛けているサガを振り向いた。
 耳を澄ますと、彼はこんな事を言っていた。

サガ「シュラよ。この世に生まれて一つも罪をおかさずに死んでいく人間など一人もいない。しかし死ぬことによってお前の罪は清められ、これからは神との暮らしが待っているのだ。さあ死を恐れることはない。神は死んだ人間まで罰したりしない。安らかに眠れ、安らかに・・・・」
ムウ「おお、あれほど恐怖に歪んでいたシュラの顔が・・・!」
デス「待て!!カシモドと一緒じゃねえか!!サガ、てめえ安らかに死なせてどうする気だよ!!第一、その説教、デタラメだらけだろう!?冥界見てきた俺らに通用すると思うなよ!!」
サガ「う・・・」
ミロ「真面目に治療でもしているのかと思えば・・・・縁起の悪いことばかりしていないで、シュラの傷を塞ぐとかなんとか建設的なことをしてくれ!!」

 そこでようやく、ムウとサガは本来の力を発揮して治療にあたった。
 方や近隣の住民に神と崇められる奇跡の男。方や触れただけで他人の出血を止める男。
 30分もしない内に、シュラの腕はもう一度体につなげられた。

サガ「怪我はこれでいいとして・・・・・あとは目覚めるかどうかだが」
ムウ「魂が抜けてしまっているのでは、体の再生も意味の無いことです」

 四人はしばらくシュラを見守った。
 が、一向に目を覚ます気配はなかった。

デス「・・・おい。起きんぞ。どうすればいいんだ」
ムウ「そうですね。後は本人の小宇宙次第なのですが・・・どうもシュラからはあまり生きようという熱意が感じられませんね」
デス「そりゃあ自殺未遂だものな」
ミロ「どうして自殺など・・・」
サガ「・・・・色々と考えることがあったのだろう」
ムウ「でしょうね」

 サガとムウの溜め息のような言葉から、二人もおおよそを察しているらしいことがわかった。
 ミロは不思議そうにシュラと二人を見比べたが、何も言わない。

ムウ「・・・・とにかく、生きる意志を起こさせるのが第一です。仕方ありません。私はひとっ走り行って、特効薬を連れてきます」
ミロ「特効薬?」
ムウ「見ればわかりますよ。サガ、貴方はここでシュラの様子を見ていて下さい。何かあっても、貴方なら対処できるでしょう?そして、デスマスク」
デス「おう」
ムウ「貴方は積尸気でこの人の魂が黄泉比良坂入りしないように張っていてください。何としても止めるんですよ。よろしいか」
デス「・・・・何かが間違っているような気がするんだが・・・・わかった」
ミロ「ムウ!俺はどうすればいい?」
ムウ「貴方は天蠍宮にもどって下さい
ミロ「シュラが死にそうだというのに自宅でのんびりと待ってられるか!」
ムウ「ここにいても役に立たないんですよ。それより、私とサガと蟹が持ち場を離れてこんなところに来てしまった以上、十二宮は実質、獅子宮まで素通りできるような状態なんです。不穏な輩が攻め込んできたらどうするんです」
サガ「いや、ムウ。私は留守をカノンに任せてきた。あいつならなんとか・・・」
ミロ「・・・・・その前にアルデバランを信用したらどうなのだ・・・・くそっ、仕方が無い!」

 ぶつぶつ言いながらミロは足音も荒く磨羯宮を出て行く。
 続いて、ムウも「特効薬」とやらを調達しに走り、デスマスクも積尸気へ消えた。
 残されたサガはじっとシュラの顔を見詰める。
 この男の自殺(未遂)の原因が想像通りアイオロスにあるのなら、紛れも無く自分の罪でもあった。
 13年前、自分さえもっと強くあれば・・・・彼にこんな思いをさせることも無かっただろうに。

サガ「すまない・・・・シュラよ」

 サガはつぶやいて、己の唇を強く噛み締めた。


 薬を求めて、ムウがテレポートしてきた先は、はるばる中国五老峰であった。

ムウ「紫龍!!よかった、いてくれましたか」

 青銅一素直な義理人情男は、畑仕事の真っ最中であった。

紫龍「ムウ!どうしたのだ?貴方がこんなところに来るとは・・・・もしかしてまた聖域で何か?」
ムウ「ええ、ちょっと困ったごたごたが起こりまして。すぐに貴方の力を借りなければならないんです」
紫龍「俺の力?わかった。遠慮することはない。聖衣は水に沈めてあるんだが、今すぐ取ってきた方がいいだろうか」

 滝に飛び込もうとする紫龍を、ムウは急いで止めた。

ムウ「それには及びません。シュラが人生に疲れて自殺しかけているので止めて欲しいだけなのです」
紫龍「何!?シュラが!?馬鹿な、一体どういう事なのだ!ムウ、すぐに連れていってくれ!!」
ムウ「そのつもりです。話が早くて(というか単純で)助かりますよ」

 だが、そこに紫龍の泣き所、春麗が心配そうな顔で現れた。

春麗「紫龍・・・・あなた、またどこかへ行ってしまうの?」
紫龍「春麗。今度は戦いじゃない。友を助けに行くのだ
春麗「戦いだって御友達を助けに行ってたような気が・・・・」
紫龍「大丈夫。命のやり取りはない。俺も脱いだりしないから安心してくれ」
春麗「でも、貴方は何か一つのことをやり始めるといつのまにやら他のもっと大きな事に巻き込まれて今まできたのよ。危険極まりないわ」
紫龍「春麗・・・」
春麗「・・・・止めても無駄なのはわかっているけど・・・忘れないでね。帰って来てね、必ず。私、祈っているから」
紫龍「ああ。ありがとう、春麗」

 こうして毎度の儀式を済ませた「特効薬」紫龍は、ムウに連れられて聖域へと向かったのであった。


 一方、厄介払いされたミロは、やっぱり天蠍宮でじっとしていることができず、双児宮まで下りてきていた。

ミロ「前にいる分なら問題ないだろう。フン、どうせ俺は役にたたんさ。聖衣修復もできんし教皇殺害もできんさ」
カノン「めずらしくいじけているな。まあ、そう腐らんで一杯飲め。サガやムウは俺達とはできが違うのだ。いろんな意味で」

 あさっぱらから酒をあおりはじめる二人。

ミロ「大体!ムウはいつもいつも人を見下して話をする!俺のことをガキ扱いばかりして、何なのだ!」
カノン「サガも何を間違ったんだか俺の保護者のつもりになってるからな。『毎日、五時の鐘が鳴ったらちゃんと家に帰るように』といわれたときにはもう一度海底にもどろうかと思ったぞ・・・」

 酒につられて出てくる同僚と兄貴の愚痴。
 紫龍を連れて戻ってきたムウがこの様子をみて静かに怒り、二人をスターヒルに飛ばしたことは言うまでもない。


 久々に積尸気入りしたデスマスクは、並ぶ人々の列にシュラを見つけ出した。

デス「おい、シュラ!そっちへ行くな!」
シュラ「デ、デスマスク?どうしてお前がここに・・・」
デス「ここをどこだと思っているのだ。積尸気は蟹座の散開星団。いわば、お前は俺の体内にいるのも同じ
シュラ「・・・・・・・・・・いますぐ出て行きたくなってきたが」
デス「いい傾向だ。皆が心配していた。帰るぞ」

 それを聞くと、シュラの顔が苦しげに歪んだ。

シュラ「俺は・・・・帰れん」
デス「なんでだよ」
シュラ「アイオロスがこの世に戻れず冥界でとどまっているのに、彼を殺した俺がのうのうと生きていることなどできはしない!デスマスク、このまま俺を放っておいてくれ。頼む」
デス「きけるか馬鹿。そんなことしたら、俺が後でムウに冥界送りにされてしまう。駄々こねてないでさっさと戻れ」
シュラ「お前に・・・・俺の気持ちが分かるものか」

 シュラは血のにじむほど自身の拳を握り固めていた。

シュラ「俺が・・・・俺がもっと聡い人間であれば、あんなことはしなかった。俺がうかつだったのだ。全て、俺のせいで!」

 吐き出すような独白。デスマスクはそれを黙って聞いていたが、シュラが再び沈黙しすると仏頂面で言った。

デス「うぬぼれてんじゃねえよ。自分一人でアイオロスの運命まるまる変えたってか?何一人で思い込んで自滅してるんだ馬鹿」
シュラ「何だと!?」
デス「そんなに安い男かアイオロスは。これだからお前は思い込みが激しいと言うのだ。アイオロスを殺したのは確かにお前だ。だが、それでお前が死ねばあいつは浮かばれるのか?そんなのは単なるお前の気休めだろうが。安易なんだよ」
シュラ「な・・・・・・」
デス「死んだ人間より生きてる人間の方がよっぽど強いんだよ。くだらねえ。お前が一番いけないのはだな、生きて責任取る覚悟もないのに、人を殺したことだ」

 見境なく人を殺し、デスマスクという名のゆえんにもなるほどの死者の恨みを買っている男は、そう吐き捨ててシュラを睨んだ。

デス「なんだ、アイオロスぐらいで」
シュラ「デスマスク・・・・」

 今まで後悔や罪悪感とは無縁の男だと思っていた。だがそんな彼にも、悪夢にうなされて眠れぬ夜があったのかもしれない。そう思うと、シュラはなんだか妙に自分が傲慢なような気がした。
 しばらく、沈黙した後。

シュラ「・・・・・・・すまなかった」

 シュラは一言詫びて、すこしだけ笑顔を見せたのだった。


紫龍「シュラ!!」

 現世に帰り、目を覚ましたシュラが真っ先に見たものは、涙をだくだくながしながら自分に取りすがっている紫龍の姿だった。

シュラ「し、紫龍?」
紫龍「悩みがあるならどうして俺に打ち明けてくれんのだ!?俺達は、命を交えた友だろう!?」
シュラ「え・・?いや、打ち明けるも何も、中国は遠い・・・」
紫龍「シュラ、俺は聖闘士だ。地上の正義と平和のために戦うアテナの聖闘士だ。そ・・・そのためにお前に教えをうけた。い・・・今ここでお前が死ぬというのなら、なぜ俺にも死ねと言ってくれないのだ
シュラ「待て。言っている意味が支離滅裂だぞ、お前;」
紫龍「お・・・俺はお前が死んでいくのを見ぬフリをして生きていくことなど死んでもできん!!こ・・・この紫龍は・・・」
サガ「・・・・・傍できいていても死ぬだの生きるだの忙しい会話だな・・・」
ムウ「まあ、紫龍らしいといえば紫龍らしいんですけどね。どうです?シュラ。あなたが死んでしまったら、彼もまた強制的に同行しますよ。あなた、後輩を道連れにするほど自己本位の人間でもないでしょう?」
デス「脅迫か・・・特効薬とはこれのことだったのだな」

 シュラには特効薬の意味などもちろんわからなかった。目の前で涙を流している男を見つめる。
 そのうちに、自然と笑みが浮かんできた。
 似ている。死に死をもって購おうというこの思い込みの激しさ。自分とそっくりだ。
 きっと、自分が死んだら紫龍は本当に命を絶つだろう。
 そしてそんな事になったら、自分は冥界でもなお己を悔いてやまないだろう。
 なにより、遠く五老峰から聞こえてくるこのうっとうしい祈りのようなものの発信源が、許してくれないに違いない。

シュラ「・・・・紫龍。死んだ人間より、生きているものの方が強いのだぞ。後を追うなどと考えるな」

 半分は自身に向けて言いながら、シュラは笑ってみせる。

紫龍「シュラ・・・!」
シュラ「心配をかけて、すまなかったな」

 周りで見守ってくれた仲間達(若干一名・欠席)に殊勝に謝った彼の顔は、晴れ晴れと生まれ変わっていた。


 その夜。
 シュラは一人、人馬宮にいた。
 昼間は結局、仲間達の説得と脅迫友情によって、うやむやの内に納得してしまった。
 だが、本当にこれで良かったのか。
 自分は救われた。だがアイオロスは・・・・・
 そんなまだ拭い切れない思いが、彼をこの場に運ばせたのだった。

シュラ「アイオロス・・・・」

 人馬宮の台座に、射手座の聖衣が鈍く輝いている。
 つがえた矢の先が月明かりをうけて意志のあるかのように光る。
 シュラはそっと、その矢のむかう方向に自身を置いた。そして目を閉じた。

 アイオロスよ。もし、俺を許せないというのなら。
 貴方の手で殺せばいい。

 長い、時が流れた。
 射手座の聖衣は微動だにもしなかった。

シュラ「・・・・・・・」

 深い溜め息をついて、シュラはきびすを返す。
 アイオロスからの何の反応もないことが、かえって彼を居たたまれない気分にさせた。
 その時だ。
 宮を去りかけたシュラの背後で、鋭い音がした。

シュラ「!?」

 振り返ったシュラは、射手座の聖衣が先ほどの状態からまったく動かないまま、ただ矢だけが撃ち放されているのを見た。
 黄金の矢は、壁に突き立っていた。
 そこには、あのアイオロスが13年前に刻んだとされる名句があり、矢はその後半部分を射止めていた。

 きみらに女神を託す。

シュラ「・・・・・・・!」

 シュラの胸の中から、何かが堰を切って溢れ出した。
 瞳から、暖かい涙が行く筋も頬を伝う。
 必ず、と彼は誓った。
 必ず応えてみせよう。生きて、必ず。

 胸の内に痛いほどの感謝を抱きながら、シュラは人馬宮を後にした。


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