世界の北の果て、神の国アスガルド。
雪と氷に閉ざされたこの国では、人々は生まれたときから耐えることを宿命付けられる。
食料は育たず、ただ貧しく、そして寒い。
そんな状態を心のそこから憂う・・・・・というか、本気で嫌がっている男が一人いた。



アルベリッヒ「ヒルダ様!!いい加減にしてください!!」

その日、ついに彼はお上に向かって苦言を爆発させた。

ヒルダ「アルベリッヒ、どうしました?そんな恐い顔をして・・・・」
アルベ「どうしたもこうしたもありません!今日で10日も同じメニューではありませんか!いや、メニューと言うのもおこがましい。パンと水だけって、私達はトラバコの囚人ですか!?もう嫌です!!」
ヒルダ「アルベリッヒ・・・・」

 この地を預かる女王は、水色の瞳を悲しそうに潤ませた。

ヒルダ「そのパン一つだって、町や村の人々は働かなければ得られないのですよ。私たちはこうして宮殿でのんびりしているだけなのに毎日の糧が手に入る・・・ありがたいことです」
アルベ「私はむしろ働いてもいいからまともな物が食いたいのですが」
ヒルダ「いけません。前にも言ったではありませんか。あなた達神闘士は国家の職業。つまり公務員。アルバイトは禁止です」
アルベ「辞職させてください!!」
ヒルダ「あいにく終身雇用制なので」
アルベ「そういうのを飼い殺しというのです!!」

怒鳴って、肩で息をつく赤髪の青年。彼はしばらく必死で気を落ち着けるべく歯を食いしばり、ヒルダの姿をにらみつけた。
 そして、ややあってようやく、右手につかんだ紙の束を彼女の前に突きつける。

アルベ「・・・本日の企画書です」
ヒルダ「すみませんね、毎日
アルベ「そう思うのなら一つぐらいは認めてください。昨日の駄目出しで、ボツになった案がめでたく100を記録しているのですから」
ヒルダ「私だってあなたの苦労に報いたいと思うのですよ。ですが、あなたの企画はどれもこれも不穏で・・・・」

 ヒルダは困ったようにつぶやきながら、企画書に目を通した。
 そこにはこう書かれていた。

 『アスガルド産・最高級氷の輸出計画』

アルベ「この国の湖にほとんど年間通してはっている氷を切り出し、海外に向けて売りに出すのです。切り出しを国家事業とし、民間から人手を募れば、職にあぶれた国民の景気回復にもつながります。以前、水で同じ案を出しまして『生活必需品にお金を取るなんて』とボツられましたが、今回は氷!必需品ではありません!とりあえず、『世界最高の品』というイメージが大衆に焼き付けば、事業は軌道に乗るはずです」

 アルベリッヒのプレゼンを、女王は黙って聞いていた。
 だが、彼が終わると伏せていた目をゆっくりと上げてこういった。

ヒルダ「いけません。不穏です」
アルベ「いや、本当に納得いかないのですが。何がどう不穏なんですかこの計画で!?」
ヒルダ「不穏といいますか、これはだって、詐欺でしょう?この国にある普通の氷なのに、『最高級』と銘を打つのは嘘をついていることになります」
アルベ「大丈夫です!アスガルドの水は余計な産業廃棄物などが一切混ざっていませんから、諸外国のと比べて明らかに質がいいのです。その証拠がこの資料!大体、生で飲める水なんて今はなかなか無いんですよ?そこからできた氷なんですから、世界基準から見ても明らかに『最高級』です!」
ヒルダ「でも、氷も食べ物に変わりはありませんし・・・食料にお金を取るのは・・・・」
アルベ「水企画の時だって申し上げたではないですか、『高級飲料水は嗜好品であって必需品ではない』と!あなた、氷を食わなきゃ死ぬんですか!?」
ヒルダ「アルベリッヒ。なんと言われましても私は気が乗りません。この話は終わりにしましょう」
アルベ「待ってください!私は『この殺風景な国の一部を各国の核実験場として提供。料金を取る』等という計画だって立てているのですよ!それに比べれば水や氷の一つや二つ・・・・!」
ヒルダ「比べるような問題ではありません」

 結局アルベリッヒの案は通らなかった。
 彼は憤懣やるかたない顔をしながらも、なんとか大人しく、広間を後にした。




アルベ「くそっ!やってられんわ!!」

 広間を出たところで、アルベリッヒはたまらなくなったのか拳で思い切り壁を打った。
 その音に、少し離れて立ち話をしていた人影が振り返る。

ジーク「・・・またお前か。ご苦労な事だな、毎日毎日」
シド「そんなにこのアスガルドが不満か?ヒルダ様に金儲けの話を持ちかけるなど、卑俗もいいところだ」
アルベ「・・・・・なあ、俺は何か間違ったことをしているのか?昨日は『流氷観光ツアーを組んで客を集める』計画がボツられ、一昨日は『夏の避暑地として使われていない土地を開発する』案がボツられた。何がどういけないのだ!?これ以上まともな企画はないぐらいまともだろうが!!」
ジーク「だが、お前の立てる企画だからな」
アルベ「俺のことを悪く言うのはかまわん・・・一度は裏切った人間だ、それもいいだろう。しかしだ!仕事の場に私感情を持ち込むな!!俺ではなく企画内容を検討しろ、この馬鹿どもが!!」
シド「なんだと・・・!」
アルベ「言っておくがな!このクソ貧しい国をなんとか向上させようと今一番頑張っているのはこの俺だぞ!?昨日の夜だって寝ないで湖の水質調査をしていた苦労が貴様らにわかるか!?それを片っ端から却下しおって・・・あの馬鹿女は国の運営のことなど何一つわかってはおらんのだ!いいか、目的をさだめて実行してこそ国は発展する!目的かかげるだけで実行しないのも最低だが、手段にうだうだケチをつけて目的まで達せないに至っては問題外だ!!・・・・・っくしっ!」

 ・・・どうやら昨夜の水質調査で風邪を引きかけているらしい。
 
アルベ「ええい、くそっ!もういい!これで101回目のプレゼンテーションも不発に終わった以上、俺はやり方を変える!」
ジーク「なに・・・?」
アルベ「要するに一々許可を取ろうとするから先へ進めんのだ。既成事実を作って無理矢理認めさせてやるわ!!」
ジーク「!まて!」

 あらあらしく足音を立てて立ち去ろうとするアルベリッヒに、ジークフリートが追いすがった。

ジーク「貴様・・・なにをするつもりだ!?」

 風邪気味の青年はきっ!と振り向くなり、一言だけこう怒鳴った。

アルベ「宝探しだ!!」





ジーク「・・・・・お前の口からあんな夢のある言葉が出るとは思わなかった」
アルベ「悪かったな」

 手元の本の埃をはたきながら、アルベリッヒは憮然と言う。
 ここは彼の邸宅の書庫。
 怒りに任せて直行してきた彼の後を、ジークフリートも追いかけてきて、今は二人で何となくギスギスと警戒しあっている感じだ。
 ちなみにシドは、「宝探しだ!!」を聞いて爆笑し、「せいぜい頑張れ」との言葉をくれたまま、ついてこなかった。

アルベ「どうしてお前はここに来たのだ?」
ジーク「貴様がまたおかしな企みをするのではないかと思ったからだ」
アルベ「フン」

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、書棚を何やかやと探索しているアルベリッヒ。

ジーク「何を探している?」
アルベ「お前には関係ない。消えろ」
ジーク「そうはいかん。ヒルダ様にご迷惑をかけるようなことなら、私が先んじて止めさせねばならんからな」
アルベ「イヌが」
ジーク「答えろ。お前は何をするつもりなのだ」
アルベ「宝探しだといっただろう?」
ジーク「それだけではわからん。宝とは何のことだ?何を探す気だ」
アルベ「・・・・宝石さ」

 彼の口元には、笑みが浮かんでいた。

ジーク「宝石だと?」
アルベ「そうだ。・・・・・・よし、これだ」

 目的のものを見つけたらしく、書棚から分厚い一冊の本が抜き出された。
 皮の表紙は古ぼけて、中の紙も完全に黄色く変色している。
 アルベリッヒはそのページを繰りながら話し始めた。

アルベ「ジークフリート。お前、先の聖闘士との戦いの時のことを覚えているな?」
ジーク「忘れるはずが無いだろう」
アルベ「俺達はあの時、神闘衣を賜った。それにはめ込まれていたのがオーディーンサファイア。極上の青い宝石だ。・・・だがこのアスガルドの土地でサファイアの鉱脈が発見されたと言う話はかつて無い。ということは、未だ発見されずに眠っているということになる」

 俺はそれを探し出す、と彼は言った。
 聞いたジークフリートが唖然とした。

ジーク「馬鹿な!そんなものがあるはずが・・・・!」
アルベ「無ければおかしい。あのオーディーンサファイアが南アフリカ原産とか言われたら、いくらお前だって何か嘘だと思うだろう?」
ジーク「・・・それは・・・まあ・・・・;」
アルベ「加えて、俺の先祖のアルベリッヒ13世もサファイアの鉱脈について言及している。初めて読んだときはボケた老人の寝言かと思ったが、オーディーンサファイアを知った今は信じないわけにはいかん」

 本のページを繰る彼の指が止まった。

アルベ「・・・・これがその記述だ」

 指し示したところに書かれた文字と地図。
 さすがにジークフリートも覗き込んであらためた。

『森の一本杉から南に百歩、東に3歩、ロウソク灯して行けますか〜あ〜、立派に行って戻れます♪』

ジーク「・・・オーディーンサファイアを知った今でもボケた老人の寝言としか思えないんだが。何なのだ、この末尾の♪記号は」

 それは後半部分が「ひょっこりひょうたん島」のパクリだからなのだが、アスガルド人である彼らにはわからない。

アルベ「よくはわからんが、寝言ではないはずだ。続きに、『そこにサファイアの滝がある』と書かれているしな」
ジーク「今更そんな幻想的なことを書かれても・・・お前、本当に探すつもりか?」
アルベ「当然だ」
ジーク「考え直したほうが身のためだぞ。『東に3歩』って、鉱脈の場所にしては絶対スケールが小さすぎる。爺のタイムカプセルを見つけるのがオチだ」
アルベ「そんなことを言って俺をあきらめさせる気だろうが、そうはいかん」
ジーク「いや、私情を抜いた真面目な話なんだが・・・・・;」

 ジークフリートの言葉はアルベリッヒには届かなかった。
 
アルベ「明日から本格的に探しにかかってやる。まずは一本杉の場所だ」
ジーク「杉の木なら、アスガルドの山という山にそれこそ何万本と生えているが」
アルベ「わかっている。俺の32回目のプレゼンが『建築材の輸出計画』だった。自然破壊につながるというので速攻ボツられたがな。まあ済んだことはいい。とにかく、その大量の杉の中から問題の一本を探すわけだ。さて・・・」
ジーク「・・・・・トールなら、山のことは良く知っていると思うぞ」

 と、ジークフリートが言った。アルベリッヒは「なるほど」とうなずき、それから気づいて振り返る。

アルベ「どうした?協力的ではないか」
ジーク「お前が失敗に終わるまで監視するのが私の義務だ。茶番はさっさと終わった方がいい」
アルベ「フッ、言ってくれるな」

 二人は一瞬にらみ合い、それからトールの山小屋へ向けて、書斎を後にしたのだった。




 このあたりに『一本杉』と呼ばれるものはないか、と聞かれたトールは、あごひげを撫でながら昔を思い出すような顔をした。

トール「一本杉・・・か。うむ、俺の爺さんに聞いたことがある。この広大なアスガルドのどこかに、樹齢4千年を越える巨大な杉があると。猟師仲間での伝説だがな」
ジーク「そうか。目印の段階で既に伝説か。あきらめろアルベリッヒ。どう考えても分が悪い」
アルベ「貴様は黙っていろ。・・・トール、その杉に行き着くための指示、というか言い伝えのようなものは、何か聞いていないか?」
トール「そういわれてもな・・・・・」

 首をひねり、困った顔をするトール。

トール「杉に見えて杉にあらず、みたいな事は聞いた覚えがあるな」
ジーク「・・・ますます意味不明だ。杉なのか杉ではないのかはっきりしてもらいたいんだが」
トール「俺が見たわけではないのだから、はっきりしようが無いだろう」
アルベ「・・・もういい。邪魔したな」

 山小屋を出てから、アルベリッヒはいまいましげにため息をついた。

アルベ「おのれ、民間伝承ばっかりあやふやに受け継がれおって・・・!これだからこの国は嫌なのだ!」
ジーク「しかし素朴さはアスガルドの長所だ」
アルベ「長所なものか!『首にネギを巻いたら風邪が治る』と本気で信じて肺炎になるまで医者にかからない馬鹿どもの国だぞ!?儲からないから医者自体の数も減っていて、いまやほとんど絶滅危惧種だ!
ジーク「だったらサファイアなんぞを探す前に、お前が何とかしたらどうだ」
アルベ「俺だって何とかするべく策を立てた!それが25回目のプレゼン『国民の義務健診法案』だ!定期的に健康診断を受けさせることで最低限の知識を持たせ、病に対する閉鎖的な偏見をなくし、医者の保護にもつながるという案だった。が、しかし!ヒルダのバカが無料健診にしようとしおったので意見が対立し、ボツになった!」
ジーク「!貴様、ヒルダ様をバカだと・・・!?」
アルベ「バカ以外の何者でもないわ!!国民全員に無料健診などやってみろ!ただでさえ赤字続きのこの国が一発で破産する!というか、今の俺の話を聞いてなお俺に文句言ってくる貴様も相当なバカだ!!」

 ・・・・その後、二人はしばらく「バカは貴様だ!」「貴様はバカの上にアホだ!」等の言葉を延々と交し合った。
 聞きかねて山小屋から出てきたトールが、「大の大人がそのレベルの口げんかはやめろ」と止めに入らなかったら、おそらく夜中まで続いていたことだろう。

ジーク「くそっ!だからこんな計画は嫌だと言ったのだ!」
アルベ「言った!?ほぉ、いつ!?何時何分何十秒、地球が何回まわったとき!?」
トール「・・・・・小学生かお前・・・・・;」

 聞いてる方が恥ずかしかった、と後にトールは語ったそうである。





 山のことなら山に住むものに聞けばいい。トールははずれくじだったものの、二人にはまだ山に縁のある知り合いの心当たりがあった。
 
アルベ「バドに会いにいく!」
ジーク「バドか・・・しかしあいつがどこにいるのか、私は知らんぞ。窮屈がってシドの屋敷は飛び出したというし・・・お前、知っているのか?」
アルベ「フッ、この俺を甘く見るな。第60回プレゼンのテーマは『環境に優しいダム工事』。どこら辺の区域だったらヒルダの許可が下りるかを計算するため、バドに山の地理を教えてもらった。あいつの家は把握済みだ」
ジーク「・・・で、そのプレゼンの結果は?」
アルベ「ボツだった」
ジーク「まあ・・・ダムを作るにはどうしても樹を切らねばならんからな」
アルベ「区域とか樹とか、そういう問題ではなかった。『流れている水を無理矢理止めることなど、可哀想でしょう』と言われて、本気でぶっ殺そうかと思ったものだ」
ジーク「・・・・・・・・;」

 さすがに今度ばかりはジークフリートも目くじらをたてなかった。
 やがて二人はバドの「家」に到着する。
 アルベリッヒが上を見上げて主を呼んだ。

アルベ「バド!いるか!?」
ジーク「・・・・・・・・すまん、ちょっと聞いていいだろうか」
アルベ「何だ」
ジーク「あれが彼の家なのか・・・・?」

 言ってジークフリートが指差すその先には、高い木の枝の上に組まれた足場と屋根。壁は無し。

ジーク「家というよりむしろ、子供の秘密基地のノリのような気がするのだが・・・・」
アルベ「まだ作り途中らしいのだ。3分の2ばかり作ったところだと」
ジーク「そうか。・・・・しかし完成したらイメージ変わるかというと、それはまた微妙だろうな・・・・木の上だし・・・・というか家を手作りって;」

 アルベリッヒはもう一度バドを呼んだ。
 足場の影からオールバックの頭が覗いた。

バド「アルベリッヒか・・・何か用か?」
アルベ「用があるから呼んだのだ。一本杉にはどう行けばいい?」
ジーク「そんな交番で道聞く要領で言われても困るだけだろう・・・バド、久しぶりだな」
バド「ジークフリート?なぜお前がアルベリッヒと一緒に?仲悪いのではなかったのか?」
ジーク「・・・もう少し遠慮のある物言いをしたらどうだお前・・・」
アルベ「どうでもいい挨拶は後にしろ。バド、質問に答えてくれ。一本杉は・・・・」

 だが、バドもまた心当たりは無いようだった。

バド「聞いたことも無いな。一本でなければならんのか?杉ならたくさんあるぞ」
アルベ「問題は杉ではないのだ。いや、杉も問題なのだが、その先がもっと問題なのだ」
バド「?なんだかよくわからんが、山のことならフェンリルに聞くのが一番良い。あいつなら、年中山の中にいるのだから知っているのではないだろうか」
アルベ「そのフェンリルはどこにいる?」
バド「さあ・・・・によると、北の山に移動したとかなんとか・・・」
ジーク「伝説の次は噂か。近づいているように見せかけて明らかに遠のいていると思うのは俺だけなのだろうか・・・」

 ジークフリートがぼそっとつぶやくのを、アルベリッヒは聞いていないフリをした。
 バドに別れを告げた二人は、その日の残りをフェンリル探しに費やしたのだった。





 山の住人すら知らない伝説の一本杉の場所。そんなものを求めて、情報も無く山に分け入るのは正気の沙汰ではない。
 フェンリルも結局見つからなかったし。
 アルベリッヒとジークフリートは、とりあえずふりだしの書庫に戻り、古書をあさることにした。

 そのまま3日が経過した。

ジーク「・・・なんだか異様に体がだるいのだが・・・・ここへ来てから何時間ぐらい経っているのだろうな」
アルベ「しらん」

 窓の無い書庫の中で日付感覚はとうに狂っていた。二人とも、時間どころか日が変わっていることにすら気づいていない。

ジーク「指先が固い・・・剣の稽古で手に豆ができているのは戦士の常識だが、ページめくりだこというものが存在するとは思わなかった」
アルベ「フ、弱音を吐く気か?なんなら今すぐギブアップしてもいいが。いつでも消えろ」
ジーク「黙れ。貴様相手に弱音など吐くものか」

 双方意地を張り合い、さらに4日が経過した。

アルベ「ああくそっ!!もう本なんぞ見るのも嫌だ!!どうして一々ページをめくって調べねばならんのだ!?一発頭出し機能ぐらいついておらんのか!!」

 絶対無い。

ジーク「そもそも自分が探しているものは何なのか、目的を見失いかけているような気がする。・・・私たちが探しているのは・・・」
アルベ「杉だ!!」
ジーク「いや、サファイア鉱脈だ。お前が基本を忘れてどうする;」

 と、その時である。
 控えめなノックの音がして、書庫の扉がそっと開いた。
 隙間からおずおずと顔を覗かせたのは・・・・

ジーク「ヒルダ様!?」
ヒルダ「あの・・・何をしているのです?二人とも?」
アルベ「・・・ちっ」

 あわてて居住まい正すジークフリートとは対照的に、アルベリッヒは露骨な舌打ちをする。

アルベ「貴方には関係の無いことですよ。お帰りください。というか、なんで勝手に人の家上がってるのですか」
ヒルダ「なぜって、アルベリッヒ。あなたがぱったりと新企画を持ってこなくなったので、私が言い過ぎたのではないかと反省して・・・・・こちらに様子を伺いに来てみれば、あなた方がここに閉じこもったきり一週間たっても出てこないと言うではありませんか」
二人「一週間!?」
ヒルダ「知らなかったのですか?お腹がすいたり、喉が渇いたりしなかったのですか?」
ジーク「そういえばしたような気もしますが・・・しかしあまり深く考えなかったというか・・・・」
ヒルダ「二人とも、このままでは体を壊してしまいますよ」
アルベ「壊すというか、死ぬと思う。普通に」

 現実を知ったとたん、どっと疲労を感じ始める二人だった。

ジーク「ご心配おかけして申し訳ありませんでしたヒルダ様。私はもう、帰って寝ます。今まで気づきませんでしたが、言われてみれば限界でした」
アルベ「俺もどうりで頭がふらふらすると思った・・・・一本杉はまた次の機会にするか・・・・」
ヒルダ「一本杉がどうかしたのですか?」
ジーク「お気になさらないで下さい。たんなる睡眠不足の戯言ですので。伝説の樹なんぞ所詮見つかるはずの無い・・・・」
ヒルダ「一本杉は樹ではないですよ、ジークフリート。西の山の一枚岩です」
ジーク「失礼いたしました。間違えを・・・・・・・・って、ヒルダ様!?」

 やおらものすごい勢いで振り向くジークフリート。
 アルベリッヒもその場で目を見開いて硬直している。

ヒルダ「な、なんですか・・・?私、何かしました・・・?」
ジーク「今、何とおっしゃいました!?」
ヒルダ「え?」
ジーク「一本杉は何だと言いました!?答えてください!」
ヒルダ「に、西の山の一枚岩・・・・」
アルベ「どうして岩の名前が一本杉になるのだ!!この、クソいい加減な田舎気質が大っ嫌いだ!!つぶれてしまえアスガルドなんか!!」
ヒルダ「アルベリッヒ!なぜあなたはそうやってアスガルドを悪し様に言うのです。岩を樹木に見立てた、人々の素晴らしい言語感覚。それがあなたにはわからないのですか」
アルベ「その素晴らしい言語感覚とやらのおかげでこっちは無駄な労力使いっぱなしなんですよ!大体なんであんたが一本杉の場所を知ってるんですか!?伝説ではなかったのですか!!」
ヒルダ「だって私はこの土地を預かる者ですもの」

 ヒルダはにっこりした。

ヒルダ「自分の治める国のことぐらい、把握していなければ困るでしょう?」
アルベ「こういう時だけ役にたつこの女がむかつく!!」
ジーク「お、おちつけアルベリッヒ!!」

 大暴れし始める彼を、ジークフリートも怒るに怒れなかったという。




アルベ「・・・これが一本杉か」
ジーク「らしいな」

二日後。
七日分の疲労のため、一昼夜ぶっ通しで眠り続けた二人は、目が覚めるとすぐに西の山へと繰り出した。
 ヒルダに教えてもらった通りに進むと、嘘の様に簡単に目的地へたどり着くことができた。地上代行者の肩書きもまんざら馬鹿にできないものである。
 二人の目の前に現れた「一本杉」とやらは、彼女の言ったとおり巨大な一枚岩だったが、その表面に化石化したでっかい杉の木の姿が浮かんでいた。

ジーク「なるほど・・・だから一本杉か。しかし、これは樹齢四千年とかそう言うレベルではなく、万年単位の年代物のような気がするんだが」
アルベ「何年でもかまわん。とにかく杉は見つかったのだ。ここから我が先祖、アルベリッヒ13世の書置きどおりにすれば、サファイア鉱脈が見つかるはずだ」
ジーク「本当にあればの話だがな。で、どの方向に向かって何歩進めばよいのだ?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アルベ「・・・・・・・・・」
ジーク「・・・まさかとは思うが、覚えていないのではあるまいな・・・・?」

そのまさかだった。

ジーク「ふざけるなよ!!貴様、なぜメモを取っておかなかった!!」
アルベ「うるさい!貴様こそ俺の助手ならそれぐらい覚えて来い!!」
ジーク「誰が助手だ!!」

 かくして、二人はもう一度振り出し(書庫)へと出戻りを余儀なくされたのであった。




アルベ「おのれサファイア鉱脈め・・・・いらん手間ばかりかけさせおって・・・・!」
ジーク「お前のせいだろう。少しは反省したらどうだ、この馬鹿が」
アルベ「何だと・・・?喧嘩を売る気か貴様」
ジーク「フッ、面白い」

 ・・・・道中、殴り合いをはじめること実に15回。
 再び一本杉に戻ってくるまでに2回日の出があったことなど、外にいながら二人は気づいていない。

アルベ「くそっ、体中がボロボロだ!13回目のプレゼンテーションを思い出す!」
ジーク「どんなプレゼンだ?」
アルベ「この国の猛者を集めて競技会を開き、見物客を集めるという計画だ。が、『争いごとはやめてください』と言われてボツられた。スポーツの競技会なのにだぞ!?だったらこれはどうだと14回目のプレゼンにミスコン計画を持っていったところ、『女性の優劣を容姿でつけるのは良くないことですよ』と速攻でクズカゴ行き!ブスのひがみだと言ってやりたかったが、あいにくヒルダは美人だった。胸くそ悪いったらないわ!!」
ジーク「競技会はともかくとして、ミスコンは国の活性化にはそれほどつながらないのでは・・・・」
アルベ「終わったプレゼンの話はもういい!とにかく今はサファイアを見つけることが先決だ」

アルベリッヒは、一本杉の前に立った。

アルベ「ここから南へ100歩、西へ3歩だったな」
ジーク「いや、東だった。東へ3歩だ」
アルベ「馬鹿を言え。確かに西だったぞ」
ジーク「貴様一体何を見ていた?東だ!東に3歩!」
アルベ「西!」
ジーク「東!!」

 ・・・・真偽を確かめるべく、二人はもう一度山を下りた。




アルベ「考えてみれば両方合わせて6歩の距離など、わざわざ確かめに戻る必要もないではないか!!ジークフリート、貴様が西だなどというから・・・・!」
ジーク「私は確かに東と言ったはず!西を主張して無意味に往復させたのは貴様の方だろうが!」
アルベ「人に罪をなすりつける気か!?それが北欧の勇者のやり口か、汚いやつめ!」
ジーク「汚いのはどっちの方だ!いい加減素直に自分の過ちをみとめろ!」
アルベ「俺は東と言った!」
ジーク「言ったのは私だ!」

 ・・・三たび杉の元まで返ってくるまでにどれだけの時間が経過していたのか、それはわからない。
 ただ一つはっきりしているのは、もしここに何も知らない第三者がやってきて彼らを見た場合、どこの戦場帰りの兵士かと間違えるだろうことだけである。
 
アルベ「・・・・宝探しがこんなに過酷なものだとは思わなかったがな・・・この一件が終わったら、俺はとりあえず病院直行だ。内臓の一つや二つぐらいやられているやもしれん・・・」
ジーク「その病院の所在地を私にも教えろ。こちらも入院決定だが、貴様と同じ所にだけはおさまりたくない」
アルベ「口の減らんやつめ・・・まだ殴られ足りないか」
ジーク「フン、貴様の拳など、殴られたうちにも入らんわ」

 殺気立っている二人の男たちは、互いに牽制しあいながら一本杉の前に立った。
 そこから、南へ100歩、東へ3歩歩く。

アルベ「・・・この位置だ」
ジーク「何も無いではないか」

 あたりはうっそうと茂る木立のみ。上を見上げても、360度を見回しても、特に変わった様子は無い。
 
アルベ「ここからロウソクを灯して行って戻れる距離にサファイアがあるはずなのだが」
ジーク「・・・あの書置きの後半部分は信用しなくていいと思うぞ・・・・というか、前半部分から本当に信用できるのだろうな」
アルベ「黙れ。ボケた爺の夢で無い限り、必ずサファイアはある!」
ジーク「だから、これがそのボケた爺の夢ではないかと・・・・」
アルベ「黙れといっている!」

 アルベリッヒは怒鳴っておいて、それからなにやら考え込み始めた。
 辺りを見回し、それから木のこずえを見上げ、足元の地面に目をやる。
 ジークフリートが皮肉な口調で聞いた。

ジーク「何かわかったのか?」
アルベ「・・・・ヒルダは一本杉を知っていた。が、サファイアのことは知らなかった」
ジーク「無いものを知ることはできんだろう」
アルベ「俺は洞窟かなにかがあるのかと思っていたのだ。ロウソクと書いてあったし・・・しかし、そんなわかりやすいものがあれば、とうの昔に掘りつくされてしまっているだろう。我が祖先のアルベリッヒ13世が知ることができ、他の人間はわからなかったその理由・・・・思い当たるのはこれしかない」

 そう言うなり、彼は突如両手を虚空へ上げて一声叫んだのだ。

アルベ「ネイチャーユーニティー!!」

 とたん。
 二人の足元が音を立てて崩れ落ちた。




 気がつくと、そこは冷たい空気の流れる広い岩穴であった。

アルベ「・・・・ぐっ・・・・・」
ジーク「ここは・・・・・?」

 体の上に積もった土を払い落とし、何とか立ち上がる二人。

ジーク「アルベリッヒ・・・・貴様いきなり何をするのかと思えば・・・・」
アルベ「文句を言うな。これで正しかったのだ」

 土と木の根によって覆われていた地下の空間。それがネイチャーユーニティーであたりの木を操り、絡んでいた根と土が緩むことによって開かれたのだ。
 上を見上げれば、入り口が手のひらほどの大きさに光っている。

ジーク「・・・なるほど。確かに直線距離で結べばロウソク灯して往復できる距離かも知れんが・・・・現実には落ちる瞬間に消えるだろうな・・・火・・・・」
アルベ「つまらんことにかかずらわっている暇は無い。とりあえず・・・」

 アルベリッヒの言葉が、そこでとまった。
 視線がまっすぐに自分の後ろに注がれていることに気づき、ジークフリートもまた背後を振り返った。
 そこに。
 青く輝くサファイアの滝があった。

ジーク「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アルベ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ジーク「・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当、だったな」
アルベ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ」

 岩肌から覗く深く鮮やかな色。精製されていない今は「宝石」のイメージから遠いものの、見上げるような壁の一枚が丸々サファイアの鉱脈で出来上がっているのだ。
 一枚?
 いや。

アルベ「・・・・周りを見てみろ、ジークフリート」
ジーク「なに?」
アルベ「俺達の四方・・・この空間を取り囲んでいる全てが宝の山だ」

 二人はゆっくりとあたりを眺めた。
 どの方向を向いても、青い色がキラキラと光を反射していた。
 滝というより、まるで海のようだと思った。





 ネイチャーユーニティー仕掛けの木の根につかまって地上に戻ってから。
 莫大な宝の迫力にあてられぎみだった二人は、ようやく沸きあがってきた喜びを噛みしめた。

アルベ「やった・・・!ついに、ついに見つけたぞ、資金源!これで予算が無くて実行不可能だったプレゼンが日の目を見る・・・!!」

 証拠品として持ってきた拳ほどの大きさのサファイア原石を握り締めながら、アルベリッヒが叫ぶ。

アルベ「見ていろよヒルダ!第72回プレゼン『寒冷野菜の栽培計画』、かならず実現させてやる!!」
ジーク「・・・なんだか段々ローカルな計画になってきたな・・・」
アルベ「第89回プレゼン『大陸鉄道建設企画』もこれで着手できる!運搬経路が確保されれば、この国の未来は明るいぞ!寒冷野菜を海外輸出して一儲けだ!」
ジーク「それよりはサファイアを直接輸出した方が良いのでは・・・」
アルベ「俺のプレゼンにケチをつける気か!?」
ジーク「いや、ケチというか・・・・・・・まあいい。揉め事はもう良そう。せっかく、めでたく宝探しが終了したのだから」
アルベ「フッ、どうした。お前は俺をとめるためについてきたのではなかったのか」
ジーク「それを言うな」

 ジークフリートは苦笑する。

ジーク「お前が悪辣なことをせんのなら、それでいい」
アルベ「・・・調子のいい奴だな」
ジーク「帰るぞ。ヒルダ様にご報告に行かねばならん」
アルベ「ああ。・・・・・・・・・・ところでジークフリート。一つ忘れていた事があるのだが」
ジーク「何だ?」
アルベ「俺は・・・」

 言ったアルベリッヒの体が、大きく右にかしいで。

アルベ「・・・風邪をひいていたのだった」

 そのまま、やわらかい地面に深々と倒れこんだのだった。




 ボロボロのジークフリートがもっとズタボロのアルベリッヒを担いで帰ってきたのを見たヒルダの心労は、大変なものであった。

ヒルダ「どうしたのです?何があったというのです?一体誰が貴方達にこんなひどいことを・・・!」

 駆け寄って、傷口に触れたり両手で顔を覆って涙ぐんだりしている。

ヒルダ「ジークフリート、教えてください!誰が・・・誰がこのような仕打ちを・・・!?」
ジーク「いえ・・・あの・・・ご心配なさらないでください。私たちがお互いにちょっとやりすぎただけなので・・・」
ヒルダ「アルベリッヒ、アルベリッヒ、わかりますか私ですよ」
アルベ「う・・・・・・・この駄目だし女・・・・・っ」
ヒルダ「え?なんと言いました?アルベリッヒ、しっかり・・・!」
ジーク「ヒ、ヒルダ様。病人のたわごとはお耳に障りますゆえ、後は医者に任せましょう」
ヒルダ「でも、この国の医者は絶滅間際なくらい少なくて・・・」
アルベ「だ・・・だから俺が義務健診法案・・・ゲホッ!ゲホゲホッ!」
ヒルダ「アルベリッヒ!ああ、ひどい熱!」

 そのひどい熱のおかげで、アルベリッヒはしばらくの間、床から起き上がれない生活を送ることとなった。
 ヒルダは毎日のように見舞いにやってきた。

アルベ「・・・ヒルダ様。実はこの間、私とジークフリートはサファ・・・」
ヒルダ「アルベリッヒ。仕事の話はまたにしましょう。貴方は今、心身ともにゆっくりと休まなければなりませんよ」
アルベ「いえ、この問題を片付けない限り私の心に安らぎはありません!!とにかく一つでもプレゼンを認めていただかないことには・・・!」
ヒルダ「わかりました。わかりましたから、それは貴方が元気になってからゆっくり聞かせてください。ね?」

 一度だけ、ジークフリートが見舞いにやってきたこともある。

アルベ「・・・・サファイアのことはまだ報告していないのか?」
ジーク「あれはお前が見つけたのだからな。私に報告する権利は無い」
アルベ「・・・・・・・・・・フン」

 そしてとうとう、黙って寝ているのに耐えられなくなった彼は、まだ若干余熱の残る体をおしてワルハラ宮にでてきたのであった。

ヒルダ「アルベリッヒ!あなた、まだ風邪が・・・・」
アルベ「治りました!完治しました!心配御無用!それよりこれを」
ヒルダ「?」

 差し出したのは、あのサファイアの原石である。

アルベ「上質のサファイアです。このアスガルドに、それの鉱脈があるのです」

 彼はあの「宝探し」の一部始終を話した。

アルベ「・・・というわけです。ですから!あの鉱脈を掘り起こせば最早パンと水だけの食生活をする必要はどこにも・・・・・!」
ヒルダ「アルベリッヒ。アルベリッヒ」

 ヒルダが、優しい声でたしなめた。
 そこに何やら申し訳なさそうな響きがこもっているのを察知して、アルベリッヒの背筋を激烈に嫌な予感が駆け抜ける。

アルベ「・・・ヒルダ様。今回は、私はちょっとやそっとのことでは引きませんよ」
ヒルダ「ええ。それはわかっています。ですが・・・・やはり引いてもらえませんか、アルベリッヒ」
アルベ「なぜ!!」
ヒルダ「西の山は、隣国との境界線ですから」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アルベ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
ヒルダ「国境なのですよ。貴方も知っているでしょう」
アルベ「それは・・・その・・・・しかし、あの鉱脈はあきらかにこちらの土地のもので!!」
ヒルダ「ですが、もし、そんなに富のあるものがあそこから発見されたとなったら、きっとお隣も黙ってはいないでしょう。貧しいのは、どこも同じですから。無益な争いの種を作りたくは無いのですよ」

 アルベリッヒはしばし、女王の瞳をにらみつけた。
 が、彼女はほんの少しもひるむことなく、穏やかに見返してくる。
 こと争いのもとに関するとなると、ヒルダはそれこそ一歩も引かないであろう事は経験上嫌というほどわかっていた。
 しばらくして。
 痛烈に舌打ちをし、アルベリッヒは目をそらした。

ヒルダ「・・・・ごめんなさいね」
アルベ「もう結構!」

 献上したばかりのサファイアを、片手でわしづかんで取り戻す。

アルベ「私も見なかったことにしろとおっしゃりたいのでしょう!?あの鉱脈はボケた老人の夢だったと!だったらこの石も貴方に差し上げる必要はありませんね!!」
ヒルダ「・・・ええ、いりません」
アルベ「これで102回目のプレゼンがボツです!言っても聞いていただけないでしょうが、一言だけ言っておきますよ。貴方の下で仕事をするほど馬鹿馬鹿しいことはない!以上!!」

 力任せにドアを閉めて、アルベリッヒは閲覧の間を後にした。
 宮殿を出たところでジークフリートと鉢合わせた。

ジーク「アルベリッヒ、サファイアは・・・」
アルベ「ボツだった!!」

 怒鳴ったまま、振り向きもせずに彼は歩き去った。




その一月後。
アルベリッヒの邸宅に、来客があった。

ジーク「邪魔をするぞ」
アルベ「お前か・・・・」

 鬱陶しそうな顔をする主人。
 気にせず、ジークフリートは上がりこむ。

アルべ「何のようだ?」
ジーク「お前が持ち帰ったサファイアの原石について聞きたい」
アルベ「・・・・何を」
ジーク「あれが一つあれば、相当な値段になるだろう?」
アルベ「山分けしろとでもいう気か?」
ジーク「馬鹿な。この国のために寄付して欲しいと言いに来たのだ」

 アルベリッヒは鼻で笑った。

アルベ「断る」
ジーク「・・・お前の気持ちはわからんでもない。とりあえず、『宝探しはどうだった?何かいいモノ見つかったか?』と絡んできたシドはしばきたおしておいた。しかし、アスガルドが貧しいというのは事実だ。ひとかけの宝石がどれほどの助けになるかわからん」
アルベ「ヒルダはいらんと言ったぞ」
ジーク「それはあの方がお前に申し訳なく思っておられるから・・・」
アルベ「どうだかな。所詮、俺のことなど使い捨てのアイデアマシーンぐらいにしか思っていないのだろう」
ジーク「その程度にしか思っていない人間のために病の看病などをするものか。大体、『使い捨て』といっても、お前のアイデア使ってないし・・・」
アルベ「それを言うな!!」

 だんっ!と壁を蹴り飛ばして。

アルベ「あいにくだったな!あのサファイアは、とっくに売り飛ばした!!」
ジーク「なに!?もう!?ならば、その代金の方は・・・・」
アルベ「それももう使用済みだ!!」
ジーク「馬鹿な!二束三文の品ではないのだぞ!?一体何に使ったというのだ!」
アルベ「クルーザーと最先端レーザー金属探知機を買った!」
ジーク「・・・・・・・・・・・は?」

 目を点にするジークフリートに向かい、赤毛の青年は不敵な笑みを見せると、たまたま手にしていた一枚の紙をざっ!と広げてみせた。
 『バミューダー海域の沈没船・総漁り計画』

ジーク「・・・・・・・・・・;」
アルベ「アルベリッヒ13世の残した記録はサファイアだけだと思うなよ!嵐の海に沈んだ海賊船の話などゴマンとあるわ!鉱脈なら争いの火種になっても、宝船は見つけたもの勝ち!!俺はそれを探し出す!!」
ジーク「・・・・五万もある話を総当たるのか・・・・どんどん山師になっていくな、お前・・・・」

 目の前であらたなプレゼンに燃える同僚を眺めながら、今度は監視するのはやめておこうと思うジークフリートだった。



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