昔々。あるところに貧しいながらも仲むつまじい水飲み百姓の父娘が住んでおりました。
 よくある話ですが、父親は長患いの床についておりました。

シュラ「いつもすまないな・・・げほっ」
アフロ「よいのだ。大丈夫か?」
シュラ「あまり傍に近寄るな。病がお前にうつるかもしれん」
アフロ「私は平気だ。余計なことは気にしないで、早く元気になって欲しい」
シュラ「アフロディーテ・・・」

 娘の作った粥(主材料・ヒエとアワ)を食べつつ、幸せを噛み締める父親。ああこの子のためにも一日も早く元気にならねば。
 ・・・と思っていたのですが、しかしそんな幸せも長くは続きませんでした。
 土地の長者が溜まっていた年貢を取り立てに来たのです。

デス「オラオラオラ!てめえら、俺様の土地に巣食いながら年貢も納めねえ気か!?ぶっ殺すぞ!!」
アフロ「だって、何も無いのだ。父が病気で畑の世話をできなかったから、今年の収穫は全然無いのだ」
デス「てめえのとこは去年もそんなこと言って、俺んちに借金までしてるんだよ!今日こそ耳そろえて返してもらうぜ!」
アフロ「無理・・・」
デス「どけ!」
アフロ「!」

 どんっ、とどつかれて土間に転がる娘。
 甲高い悲鳴に、せんべい布団を跳ね除けて、やつれた父親も体を起こします。

シュラ「アフロディーテ!」
デス「おら、払うのか払わねえのか!!」
シュラ「待て!もう30年待ってくれれば、必ず払う!」
デス「待てるか阿呆!!払う気ねえんだな!?そうなんだな!?」
シュラ「い、いや、払う気はある。しかし払うものが無くて・・・」
デス「なら借金のカタにてめえの娘をもらってくぜ!町で売っぱらってやるから覚悟しな!」
アフロ「ひゃっ!?」
シュラ「アフロディーテ!待て!娘にだけは手を出すな!」
デス「うるせえ!悔しけりゃ小金溜めて身受けでもしやがれ!おら小娘、来い!」
アフロ「嫌だ嫌だ!助けて父さま!父さまーっ!」
シュラ「アフロディーテっ!!」

 ・・・こうして、非常にありがちな問答を経て、娘は父親から引き離され、長者に強奪されていったのでした。




 町に人買いの市が立つその日まで、娘は長者の屋敷の座敷牢に放り込まれることになりました。
 暗い牢屋の隅っこに座ってしくしく泣いているのを、長者は満足そうに外から眺めています。真性のサドです。

デス「おい、あと10日でお前を売っ払うぞ。良かったな、たんまり稼げや」
アフロ「嫌だ!父さまのところに帰りたい!」
デス「バーカ。お前はもう俺のもんなんだよ」
アフロ「違う!君なんか大っ嫌いだ!死んでしまえ!」
デス「はっ、わめけわめけ」
アフロ「馬鹿!ひとでなし!」

 ぶん殴りたくても鉄格子に阻まれて何もできない娘。個性の欠片も無い悪口をぶちまけるのがせいぜいです。
 長者はその剣幕が面白いらしく、手ずから食事を持って訪れます。

デス「飯だ。食え」
アフロ「いらない!」
デス「ほー?いらない?米の飯だぞ?焼き魚も味噌汁もついてるぞ。しかもお代わり自由だぞ。いらねえのか?」
アフロ「・・・・・。い、いらないっ」
デス「なら俺がもらうわ。あー、うめえー」
アフロ「!・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり、ちょっとだけくれ」

 娘、ふがいないこと限りなし。

デス「ああ?今さら何だよ。欲しけりゃワンと言いな」
アフロ「わん」
デス「・・・・・・・。じゃあ今度はニャンと鳴け」
アフロ「にゃん」

 擦れていない百姓の娘は、このテの屈辱をよくわかっていないようです。きょとんとした顔で言われたままに繰り返され、長者の方がひるみました。

アフロ「これでいいのだろう?どうしてこんなことをさせるのだ?」
デス「・・・・さあな。誰かがこういう楽しみ方を発明したんだろうよ。ほら、食わせてやるから口開けな」

 娘のあーんと開けた口に御飯を入れてやる・・・フリをして箸をひっこめる、というベタなイタズラを数回繰り返した後、一応ちゃんと食わせてやるのでした。
 さて、三杯ほどお代わりしてお腹が一杯になると、娘は気が大きくなりだしました。

アフロ「長者。私はもうこの野良着を5日ぐらいぶっとおしで着ているのだが」
デス「だからなんだ」
アフロ「君は長者だろう?だったら、新しい綺麗な着物の一枚くらいくれてもいいではないか。あと、帯と足袋と塗りの下駄と
デス「・・・図々しいぞてめえ」
アフロ「だって、ちゃんとした格好をしていた方が高く売れると思うのだ。あんまり安い値段で買い叩かれると嫌だ。風呂にも入りたいし、かんざしの良いのも必要だと思う」

 己の立場を逆手にとって好き放題を言い出す娘。長者は一瞬呆れかけましたが、まあ確かに高く売れたほうがいいかと考え直し、風呂を使わせて髪を整えさせ、ねだられた物もそろえてやりました。
 するとどうでしょう。薄汚れていた百姓の娘は、生来の美しさがいかんなく引き立って、都の姫君とも見違えるほどになりました。鏡を貸してやるとそれを覗いて大喜びしています

アフロ「どうだ!ぐっと美人になったではないか?」
デス「ああ、なったなった。とてもボロ家出身とは思えん」
アフロ「私は本当はすごく高貴な方の血を引いているのだ。そんな気がする。周りの女から嫉妬を受けて野へ下った帝の后が私の母だ、きっと」
デス「・・・・・・・」
アフロ「長者。このべっこうのかんざしはちょっと地味すぎるぞ。私の髪にさすのなら、びいどろとは言わないまでもせめて紅サンゴ翡翠の細工物ぐらいは用意して欲しかった。いや、やっぱりびいどろのがいい。くれ」

 ・・・世間擦れしていないくせに妙な俗知識だけは持ち合わせている娘。この辺で一度頭を叩き倒しておいた方がいいだろうと判断した長者はそうしました。娘はちょっとだけ大人しくなりました。

デス「これだけやったんだからもう満足だろ!あとは黙って売りの日まで待ちやがれ」
アフロ「・・・ひょっとして、その日は全国津々浦々からよりすぐりの美人が集まるのではないか?私の美しさに並ぶものは無いとは思うが、馬子にも衣装というし、隠し芸ぐらい持ってる奴が来るかもしれない。私も三味線と小唄ぐらいたしなんでおいたほうが良いのでは」
デス「いらん。人買い市は学芸会じゃねえんだぞ。澄まして立ってりゃ十分だ」
アフロ「でも」
デス「余計な事は考えるな!とっとと寝ろ!」

 こうして日は過ぎていきました。





 いよいよ明日が町へ行く日という夜、娘は牢の中で最終調整に入っていました。例のごとく無理を言って長者からせしめた日の丸扇を片手に、「花も月夜も忘れる宵は、ぬしに会いたいことばかり〜♪ちとしゃん♪」と歌って踊っているのです。どうも三味線と小唄を捨てきれなかった様子です。しかしこれでは小唄だかどどいつだかわからない上、長者が三味線をくれなかったので伴奏は妙なボイス・パーカッションにしかなってません。
 その長者はというと、ここ数日は毎日何回も座敷牢までやってきて、娘をからかったりはやしたり怒らせたりと暇人極まりない様子でした。今日は朝方に一度来てから顔を見せませんが、明日の準備で忙しいのでしょう。
 娘は早めに寝なくてはと思いました。寝不足はお肌の敵です。明日は晴れの舞台だというのに非美容的なことをしてはいけません。
 そこでもう一度「ちとしゃん♪」をやってから、いそいそと寝巻きに着替えて布団にもぐりこみました。

 ・・・・その寝入りばなを半時もしないうちに叩き起こされたのでした。

デス「おい!起きろ!」
アフロ「・・・・・ん・・・・」
デス「ん、じゃねえ!起きろっつってんだよ!」

 がちゃん!と錠前の外れる音がして、長者がずかずかと牢の中に入ってきました。これは初めてのことなので、娘はびっくりして飛び起きました。

アフロ「な、なんだ?どうしたのだ?もう出発か?」
デス「阿呆!それどころじゃねえ!」

 娘の前に突き出した長者の顔には汗が一筋。彼ははっきり告げました。

デス「一揆が起きやがった」
アフロ「いっき・・・?」
デス「ああ、門の外まで迫ってる。このままじゃ俺は殺されるんでな。これから逃げるが、牢を開けておいてやる。達者で暮らせよ」
アフロ「わ、私を置いていくのか?」
デス「当たり前だろ。親父のところに帰りたいんだろうが」
アフロ「君はどこへ行くのだ?」
デス「さあな。特に身寄りもねえし・・・・まあ、裸一貫やりなおしってとこか」

 フッ、とニヒルに微笑む長者。窓から差し込む月明かりと喧騒。ここは牢屋で全てを失った二人が差し向かい。今にも迫る別れの気色・・・
 瞬時にして娘はこの雰囲気に流されました。
 やおら長者の袂をはしっ!とひっつかみ、

アフロ「待て!私も行く!」
デス「・・・・あ?」
アフロ「どうせもう私も行くところなんてないのだ。あの世でも地獄でも君と一緒に行く!」

 ・・・・もはや実家の存在は無かったことになってるようです。

デス「てめえ・・・」
アフロ「・・・・駄目か?私だって少しは役に立つのだ。三味線も覚えた(嘘)駄目か?」

 娘は切なげに涙ぐみ、その瞳は真剣でした。

デス「・・・・・」

 魅せられたように膝をつく長者。自然と指がのびて目の前の白い頬に触れます。そして、

デス「・・・・なら来い。絶対離れんじゃねえぞ」

と囁くなり、両腕でぎゅっと娘の体を抱きしめたのでした。

 ・・・どうやら、ガラにも無く彼もまた雰囲気に流されたようです。


 


 ほどなくして屋敷の裏手から、夜にまぎれた人影が二つ、手に手を取って落ち延びていきました。
 
アフロ「どこへ行く?」
デス「まあ、再起をはかるなら都に上るのが一番だな。行くか?都」
アフロ「うむ!」
デス「・・・・なあ」
アフロ「ん?」
デス「・・・いや、いい。行くぞ」
アフロ「?」

 一揆側の主導者が娘の身を案じてここ10日間不眠不休の村人かき集めに当たっていた父親だったことなど、彼らの知る由も無いことです。
 旅は始まったばかりでした。



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作者注:この話は続き物ではありません(爆)