草木も眠る丑三つ時。
巨蟹宮に魔の影が忍び寄っていた。
?『デス・・・・マスク・・・・・・デスマスク・・・・・・』
蟹「・・・・んー・・・」
?『デスマスク・・・・・・・起きろ・・・・・デスマスク・・・・・』
蟹「・・・んぁ?」
布団を蹴飛ばし腹を出し、涎を垂らしながらだらしなく寝ていた蟹は、んだよ誰だよとぶつぶつ言いながら起き上がって横を見た。
双子座の聖衣が立っていた。
聖衣『デスマスクぅぅぅぅあああはははははは!!!!!』
デス「色々怖ぇえーーー!!!!」
光速で後ずさり背中から壁に激突するデスマスク。
デス「何こいつ何なのこいつ今すぐ出てって欲しいんですけど!!」
聖衣『うろたえるなデスマスク!私だ!』
デス「そうかお前か出てけ!!」
聖衣『おい、さては私が誰かわかってないようだな。私だ、サガだ!』
デス「そうかサガかそれでも出てけ!!」
聖衣『ふざけるな!!どういうつもりだ!!」
デス「俺の台詞だろ!!お前がどういうつもりだよ!!」
聖衣『よし、話を聞く気になったか。まあ落ち着け』
デス「・・・・・。・・・・お前さぁ・・・・・」
脱力する蟹のぼやきに耳も貸さず、聖衣はややエコーのかかった独特の、しかし紛れも無いサガの声で話し始めた。
聖衣『実は・・・・出るのだ』
デス「は?」
聖衣『教皇の間にオバケが出るのだ』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
デス「あのさぁ、聞いてるこっちがすげえ恥ずかしいんだけどさあ。お前28にもなってオバケって」
聖衣『黙れ!!死んだ後にうらめしやと出てきて現に今もうらめしやとうらめしそうに揺れている!これをオバケと言わずになんと言うのだ!!』
デス「幽霊だろ。どう考えてもうらめしやは幽霊だろ。オバケの鳴き声はバケラッタだろ。つーか何だ、リアルタイムで今そこにそれがいるのか?」
聖衣『そうだ!だからデスマスク、早く上へ来て祓ってくれ!!』
デス「俺いつからそういう役割だよ。そんな力ねえよ。シャカに頼めシャカに」
聖衣『駄目だ。このオバ・・・幽霊の問題にシャカ達は巻き込みたくない。つまりその・・・・お前たち3人以外巻き込みたくない」
デス「ああ、あの時代の関係者か。まさかアイオロスじゃねえよな?」
聖衣『そんなわけがあるか。アイオロスはさっぱりした後腐れの無い性格だった。死後に化けて出るような真似はしない!射手座の聖衣は飛ばしてもだ!』
デス「じゃあ誰だよ今化けて出てるのは」
聖衣『私の入浴を覗いてその場で処刑された元側近の者だ!名前は忘れた!デスマスク、何とかしてくれ!』
サガの必死の叫びを聞いて。
デスマスクははぁっとため息をつき、寝癖のついた頭をばりばりかきむしった。そして、
デス「サガ。勘違いしてるようだから教えてやる。それは幽霊でもオバケでもねえよ。あの世から来たお前へのお客様だよ。丁重にもてなしてやれや。おやすみ」
聖衣『デスマスク!蟹!おい!・・・・くそっ!!ギャラクシアンエクスプロ・・・・」
デス「お前最悪だほんと!!わーったよ!!行けばいいんだろ行けば!!」
聖衣『一刻も早く頼むぞ。それまで怖さは笑ってごまかしているからな!」
デス「さっきの高笑いはそのせいか・・・・幽霊の方がびびってんじゃねえの・・・?」
どうしてこんな上司についてしまったのだろうとこの13年で初めて後悔したデスマスク。
しかしどんなに悔やんでも今更取り返しはつかず、眠い体を引きずりながら聖域の階段を上ることになるのだった。
教皇の間には憔悴しきって高笑いを続けているサガと、その横で確かにうらめしそうな雰囲気をばしばし飛ばしているうすぼやけた男の姿があった。
アフロ「なんだあれは。なぜぼやけているのだ鬱陶しい」
シュラ「どちらかというとサガの高笑いの方が鬱陶しいが・・・・どういうことだデスマスク」
デス「サガー。蟹座のデスマスク、只今参上いたしてやったぜコノヤロウ」
サガ「蟹!来てくれたか!・・・ん?なぜシュラとアフロディーテまで・・・?」
デス「一人で巻き込まれるのが癪に障ったから事情説明しないで連れてきたんだよ。まあ、そういうことだからお前ら。あの幽霊祓うから」
シュラ「どういうことだ。ロクなことではなさそうなのはもうわかってるから文句は言わん。協力してやるからきちんと説明しろ蟹」
デスマスクはきちんと説明した。
シュラ「・・・・・本当にロクでもなかった・・・・」
デス「約束だぞ。協力しろよ」
アフロ「しかし、幽霊退治などどうすればいいのか私達にはわからんぞ」
アフロディーテが小首をかしげた。
アフロ「バラは刺さりそうにないし・・・・」
デス「わからないのか?」
と、デスマスクがからかうように笑う。
アフロディーテは彼を見上げてきょとんとし、視線をサガと幽霊に戻した。しばし二人を見比べて・・・それからハタと手を打つ。
アフロ「そうか!幽霊はサガを恨んでいる。つまり、サガを消せば幽霊も消えるということに!」
デス「よくわかったなアフロディーテ」
サガ「わかるなあああああっ!!!!元もこもないだろうが!!私は助けを呼んだのだ!助けとは何か良く考えて行動しろ!!」
デス「めんどくせぇなあ・・・。それよりサガ、なんでさっきからそんなところいるんだよ。こっちこいよ。オバケ怖いんだろ?」
サガ「それができたら聖衣を遣わしたりはせん!金縛りで動けんのだ!!」
冷や汗をだくだく流しながらも幽霊のそばから離れようとしないサガに、ああそういうことかと納得する3人。
あのサガを金縛るとはたいしたもんだと素朴に感心もする。
しかしさすがに上司の汗の量を見かねたシュラが、それでどうするんだと話を進めに入った。
デス「どうするって言われてもな」
シュラ「お前の専門だろう?何か手立てはないのか?」
デス「・・・・いるよな。何か事件が起こった時いきなり専門家に祭り上げられる奴」
アフロ「君がそれだ。なんとかしてくれ」
デス「じゃあ・・・・まあ、そこの幽霊さんと話でもしてみますか」
半分はあきらめ、半分はなげやり、つまり100%やる気の無い口調で思い付きを適当に言ってみたらしいデスマスクが、それでも一応幽霊の前に立つ。
サガを睨んでいた幽霊は、その視線上に突然割って入ってきた男を鬱陶しそうに眺めやった。
デス「サガ以外には反応しないかと思ってたんだが、俺でも認識はしてもらえるんだな。よう、幽霊」
幽霊『・・・・・・・・』
デス「あいつを恨んでるのはわかったから、とりあえず今日のところはあの世に帰れよ。な?もう遅いし。明日また来ればいいだろ?」
サガ「それは私がよくないぞ蟹!!」
デス「あんたは黙ってろ。ほら幽霊、そんなところに立ってないで早く帰れって」
幽霊『・・・・・・・どけ』
デス「あん?」
幽霊『どけと言っているのだ・・・・私はあの男を決して許さん・・・・・』
ふぉぉぉぉ
幽霊の姿が激しくゆらめき動き、血の気の無い顔が怒りに歪む。
その様子は彼の尽きぬ恨みと憎しみをありありと描いて余りあった。
幽霊『私は教皇を信じていた・・・・・慈しみ深く心は正しく神にも等しい御方だと・・・・信じていた、信じていたのに・・・・・!』
・・・・・・・・
デス「あー、うん。気持ちはすげえわかる。なあアフロ」
アフロ「うん、私も信じていた。サガは慈しみ深くて心の正しい人で神にも等しい聖闘士だと信じていたのに」
シュラ「そうだぞ、幽霊とやら。皆信じていたのだ。皆が同じだ。お前一人が裏切られたんじゃない」
幽霊を諭しにかかる3人。その後ろで前にも増して冷や汗にまみれているサガ。
教皇の間は気まずい空気でいっぱいである。
デス「だからさ、もう大人しく・・・・」
幽霊『黙れえっ!!』
しかし幽霊は突然、血を吐くような声で咆哮したのだった。
幽霊『お前達のように再び血肉を与えられて生きながらえている奴らに何がわかる!!田舎から出てきて足掛け5年、ひたすら地道に働いて信用と実績を積み重ね、上司や先輩からの陰湿なイビリにも耐え抜いてようやく教皇の側近という重職にまで上り詰めた矢先に、たかが風呂を覗いた程度の罪で無残に殺された私の苦しみなど、お前達には決してわからぬわ!!」
デス「でも覗きは良くねえよ」
幽霊『しかし殺されるほどの罪ではなかったはず!!』
それはそうだ。
幽霊『出世が決まった日・・・・田舎の母に電話をかけた。泣いて喜んでくれていた。少しは孝行ができたのだと私も泣いた。それなのに!!息子が覗きで処刑されたなどという知らせを受けた母の心中いかばかりか!!決して許さん、許さんぞ教皇ぉぉぉぉぉぉ!!!!』
ふぉぉぉぉぉ!!
デス「・・・・・なんかさぁ・・・・・・もう・・・・・・どうする?これ」
アフロ「どうしよう・・・・・やっぱりサガを消すしかないのでは。だってどう考えても彼が悪いし」
シュラ「謝って済みそうにもないしな。だが・・・・」
シュラが後ろを振り返り、デスマスクとアフロディーテもそれに倣う。
サガは今は声を上げる様子も無く、黙って俯いている。きつく噛んだ唇と、それ以上にきつく握り締めた拳が、髪や袖に隠れながらも見て取れた。
アフロディーテが髪をかきあげた。
アフロ「・・・・・仕方が無い。乗りかかった船という奴だ。悪くたって13年前に私は彼の船に乗ってしまったのだ」
シュラ「責められるべきはサガだけではないはずだ。この俺も同じ船に乗った。沈む時は共に沈むか」
デス「ひでぇ泥舟だぜ。岸まで相当泳がなきゃならねえな」
苦笑する三人は、痛みも苦しみもずっと分かち合ってきた戦友だった。だから今、たとえ苦くても笑うことができるのだ。
互いにまなざしを交し合い、その意志を確認しあった後。
アフロ「じゃあデスマスク、そういうことで」
シュラ「頼んだぞ、デスマスク」
デス「お前ら結局居るだけで役に立たねえのな。何しに来たんだよ」
二人『お前に連れてこられたんだよ』
デス「・・・・絶対俺だけ貨物室とかだろこの船・・・・」
デスマスクはこの夜何度目になるかわからないぼやきを呟いた。
それから、あーあ、と声を上げ、あくびをし、
デス「あーもう眠い!とっとと済ますぜ!おい幽霊!お前ダセェよ!!」
と、いきなり喧嘩をふっかけたのだった。
幽霊『なんだと・・・?』
デス「ダっせえっつってんだよ!今更なに?カタキウチ?恨みをハラス?はぁ?まじ流行らねえよそういうの今どき!ぶっちゃけうぜえしキモイ!!」
・・・・・・・・・・・・
シュラ「大した逆切れだ。神経逆撫でしてるとしか思えんのだが・・・・正直、俺でも殴りたい」
アフロ「いや、シュラ。良く見ろ、これは有効だ」
シュラ「なに?」
アフロ「大都市文化に憧れて上京してきた者にとって、『ダサイ』はとてつもなく恐ろしい言葉。その威力はメガンテに匹敵する。都会の人間に言われてしまったらすぐにも自爆したくなる、究極の必殺呪文なのだ」
シュラ「そうなのか・・・?」
アフロ「そうだ。私もよく街で手相見を装った宗教勧誘に捕まっている田舎者を見るたび、『うっわー、手相とか見てもらっちゃってるよ、超ダッサーい!』などと聞こえよがしに警告しながら脇を通り過ぎ、地味に救ってやっている。ちょっとした親切だ」
シュラ「最悪な親切だと思うが・・・・お前、まともに営業してる手相見と純朴な田舎者に謝れ」
アフロ「シュラ、君は正直でまっすぐで人を疑わないという典型的な田舎者の気質をしている。エステと宗教の勧誘にはくれぐれも気をつけてくれ」
シュラ「余計な世話だ」
外野が失礼極まりない会話をしているその前では、蟹と幽霊との駆け引きが続いていた。
幽霊『こ、こんなことにダサイも流行りもない!!私は、私は母の無念を・・・・・!!』
デス「いやだからさあ、お前の親だって幽霊化してる息子とかってあんま見たくないんじゃん?普通。俺も今年3つになる息子いるけど、あれが大人になってから人恨んだりするのって想像するだけですごい辛いし親として」
シュラ「どれだけ嘘だデスマスク・・・・」
アフロ「しっ!余計なことを言うなシュラ!幽霊に聞こえたらどうする」
幽霊『し、しかし・・・・しかし・・・・・』
デス「それにお前、恨み晴らすって言ったって、場所が教皇の間で相手がサガなら要するに仕事と同じだろお前にとって。生きてたときと一緒じゃん。それでいいわけ?」
幽霊『いいわけ・・・とは・・・?』
デス「今何時だと思ってんだよ。完全に深夜残業だろ。しかも給料出ねぇからサービス残業だぜ。なんかそういうのに目ぇつぶって仕事ってさあ、利口な生き方とは言えないんじゃねえかな、現代人として」
シュラ「相手は死んでるんだがなデスマスク・・・・」
アフロ「シュラ!しっ!!」
デス「まあお前がいいんならこういうこと言っても仕方ないけど。でも俺だったら転職考えるな〜俺だったら。絶対さあ、成仏してあの世で可愛い姉ちゃんはべらしてるほうがいいじゃん。お前今までまじめに生きてきたんだろ?そういう奴こそ幸せになるべきだと思うんだよ俺は」
幽霊『私は・・・・・私は・・・・・・・』
デス「こういうとこで人生間違うなよ。な?お前は先に行っていいんだよ。後は俺に任せろ。幸せになれよ、俺の分まで」
幽霊『・・・・・うっ・・・・・・・・・』
幽霊が顔を伏せた。そして、見えないが膝の辺りから崩れ落ちた。
床に両手をつき、むせび泣きながら、
幽霊『私は・・・・・・私は幸せになりたかった・・・・きっと街には幸せがあるのだと思って・・・・・・』
デス「うんうんそうだそうだ。あの世でいい人見つけて聞いてもらえ」
幽霊『ありがとう・・・・ありがとう・・・・これでようやく上に行ける・・・・・あなたのおかげだ、ありがとう・・・・・』
デス「俺じゃねえ、お前の生きてた分が報われたんだ」
幽霊『ありがとう・・・・・・息子さんにもよろしく伝えてください・・・・・』
デス「ああ。ありがとよ。達者でな」
幽霊『さようなら・・・・・ありがとう・・・・・』
ぱああああああっ
柔らかい光が部屋を満たす。
見違えるほど穏やかな表情になった男がその向こうにゆっくりと溶けて行く。
デスマスクは黙ってそれを見上げていた。一瞬だけ目を細め、その一瞬だけ何かを羨むように口を尖らせた以外は、ただ無表情にそれを見送っていた。
光が消えると、すぐにどさっという音が続いた。
アフロ「サガ!」
シュラ「大丈夫か、サガ」
サガ「ああ・・・・すまない、心配をかけた」
金縛りから解かれた男はまだ少しふらつきながらも立ち上がった。
そこへ、デスマスクがつかつかと歩み寄る。
デス「サガ」
何かを察したのか、サガは「う」とも「ん」ともつかない曖昧な返事をした。向き直った顔は、どこか疲れた寂しげな表情をしていた。
デスマスクは変わらぬ無表情で。
デス「・・・・お前はあんな風に逝けねぇからな」
サガ「・・・・・・・・・」
デス「生きてた分の報いを受けるんだからな。わかってるよな」
サガ「・・・・・・・・・ああ」
サガが頷く。
デスマスクは少し黙ってから、拳で彼の肩をひとつ小突いた。
デス「俺達だってそれに付き合うんだぜ。すこしはシャンとしてくれや」
そしてアフロディーテやシュラがあっけにとられるほどの早足で、部屋を出て行ってしまった。
・・・・・・・・
アフロ「気まずい!!なんだこの嫌な感じのやりっぱなし感!蟹のアホ!!シュラの役立たず!!」
シュラ「何で俺が切れられるんだ」
アフロ「サガ!私は双魚宮に戻るが!デスマスクに伝言があるなら預かるぞ!あるだろう?あるはずだ!」
サガ「・・・・・礼を」
アフロ「承知した!」
みなまで聞かず、アフロディーテは預かってしまった。
アフロ「行くぞシュラ、残りたくあるまい?」
シュラ「ああ」
そして彼らも部屋を出て行った。
サガ「・・・・・・・・・・・・・・」
残された一人は先ほどまで幽霊のいた辺りをじっと見つめた。ぶつけられた怒りと、憎しみと。しかしそれ以上に心に残ったのは、彼が消える間際の、あの満ち足りた表情で。
自分はあんな風に逝けはしない。
言われなくてもわかっている。
小突かれた左肩をそっと押さえた。
サガ「・・・・苦労ばかりかけるな。私は」
ぽつりと呟いた彼の顔には、苦い笑いが刻まれていた。