金持ちになる夢をあきらめた俺は、正直言ってもう望みなんかどうでも良かった。
 どんな事を実現してもらっても必ず歪んだ現実が待ち受けているに違いない。望みを叶えってもらった幸福にに見合うだけの不幸が天秤の向こう側についているのだ。

「・・・なあ。帰っていいか?もう何にもいらねえから」

と俺は魔神に聞いたが、魔神は思いっきり首を横に振りやがった。

「だめです!折角の私の活躍の機会を無に帰さないで下さい!」
「俺は一体誰のために願い叶えるんだ?俺のためか?てめえのためか?ふざけんなよオイ」
「貴方がなんだかんだとうるさいことを言うから上手くいかないのですよ。幸せ過ぎだの変形しすぎだの。大人しく『世界一の美女を出せ』とかスマートに願いを言ってくれれば私だってこの通り、ちゃんと叶えてあげますよ」
















クレオパトラ





「これがうるさく言わずにいられるかよ!!」
「クレオパトラですよ!?何が不満なのです!貴方は女性を外見で選び過ぎです!」
「美女っつーのは外見が命なんだよ!!ていうか、外見が不味いってわかっててこれ出してんのかてめえは!!大体写真じゃねえし!壁画だし!さっきも言ったけどな、俺は女なんかてめえに出してもらうまでもねえ!落とす時は自力で落とす!わかったな!?」
「大した自信ですこと。趣味の悪い女性が多くて良かったですね。おめでとう」
「・・・・っのアマ!!」
「それはとにかく、美女をあきらめたなら代わりの願いを言って下さい」
「もういいっつーの!!」
「何かを叶えるまでは私は貴方から離れませんよ。最悪、今までの青写真から私がチョイスして勝手に願いを叶える事になりますけど、それでもいいのですか?」

 絶対嫌だ。

「願いをどうぞ」
「くっ・・・・・・足元見やがって・・・・!じゃあ、あれだ。ベスト3のもう一つの、名誉って奴を俺にくれ」
「名誉ですか?どんな名誉がいいのです?アメリカ大統領とか?」
「暗殺されそうだからそれはいい」
「ではノーベル賞受賞なんてどうです。世界的な科学者!これなら大統領と違って暗殺されずにすみますが」

やっぱり暗殺する気だったか大統領・・・・・。


「なら科学者でいいからさっさと写真作れ。変なの作りやがったら殺すぞ」
「任せて下さい」

 魔神は壷にひっこんだ。
 写真が出てきた。















ウケケケケケ!




「約束だ。殺す」

「待って下さい!待って下さい!」

 速攻で壷ごと水に沈めようとした俺を魔神は必死で止めた。

「説明を聞いて下さい!」
「必要ねえ」
「確かにちょっと怪しく見えるかもしれませんが、これは研究に夢中になるあまり部屋の電気を付け忘れたという科学者にありがちな背景効果なのです!電気さえつければ貴方はまともな人間です!」
「嘘つけーーー!!笑い声が既にまともじゃねえだろうが!!何がウケケだ何が!!」
「そ、それは、研究に夢中になるあまり本来の笑い方を忘れてしまっ・・・」
「んなわけがあるか!!」
「本当です!世界征服をたくらむマッドサイエンティストではないのです!そう見えますが!この写真から数日後に、貴方は全人類の悩みを払拭する素晴らしい発明をして、一躍ノーベル賞学者になるのです!」
「何を発明するんだよ」
「水虫の特効薬」

 ブクブクブク。

『ばれれぶららい!びぶ!びーばぶ!』
「あきらめが悪ぃぞ魔神・・・・往生しろや」
『ぼぼっっばぶ!ぼぼっ!・・・・ラメクラメクバカリアスラメクラメクバカリアスこの男を呪い殺・・・」

 ざっぱ。
 いきなり明瞭な黒魔術を唱え出した魔神に思わずびびって、俺は壷を引き上げてしまった。ぐっしょり濡れてへばりついた髪の間から、恨めしそうな眼がこっちを見る。

「・・・・てめえ・・・・一体何者・・・・;」
「魔神です」

と言い切って、奴はそれからまるで何もなかったかのように続けた。

「科学者が駄目ならスポーツ選手はどうでしょう。世界一のアスリートなんて、名誉ではありませんか?」
「そ、そうだな・・・まあ、悪くはねえよな」
「気乗りがしないようですね。何か文句でも?」
「いや別に;」
「安心して下さい。スポーツ選手には私は純然たる素敵イメージを持っていますから、今までの写真よりはかなりかっこよくなるはずです」
「そうかい・・・・」
「ちょっと待っていてくださいね」

 ・・・・・しばらくして奴が出した写真は、確かにかっこよかった。今までのに比べれば。











アイ・アム・ウィナーッ!!





 なに人だ俺。

「いやもう・・・・ほんと俺、もういいわ・・・」
「なぜ!?こんなに素晴らしい写真が出来たのになぜ拒絶するのです!?たかが人種が変わって国籍がアメリカになったぐらいで一体何故!?」
「国籍かわってんのかよ!誰がアメリカ人だ!俺はれっきとしたイタリア人だ!変わる気はねえ!!」
「アスリートはアメリカ系黒人選手が金メダル取ることになってるんですよ!先天的な筋肉と金がなければスポーツ選手はやっていけません!」
「そのやっていけない状態を可能にするのがてめえの役目だろうが!!つーか考えてみたら人間変わらなくても俺の聖闘士技術で100m走なんかぶっちぎりだろうが!!無駄無駄!」
「無駄とはなんです!貴方はスポーツ選手をバカにしているのですか!?努力もせずに楽して手に入る勝利に何の価値があるというのです。それは確かに貴方は頑張っても勝利できなかった人ですから、イージーウィナーに憧れる気持ちはあるでしょう。しかしそんな勝利は外道です!アスリートになった貴方は、聖闘士能力の全てを失い、人として修行に励んでください」
「俺の20年来の修行をどうする気だ。負けキャラで悪かったな。地獄の特訓したんだぞこれでも!今さら聖闘士やめるなんてできるかよ!んな予定はさらさらねえ!!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・あれ?

「あら。では貴方は一生聖闘士をしていると・・・?」
「い、いや!そういうつもりで言ったんじゃねえ!聖闘士はもうやめてえ!」
「ならアスリートになりますか?」
「どうしてそこが2択なんだ・・・・;どっちも嫌だ!」
「でも、20年も地獄の修行をしたのでしょう?貴方が自分で自分のために」
「それは・・・・」
「別に私のためだなどと思っていませんもの。自分のためだ、ぐらいはせめて素直に認めてはいかがでしょう」

 ・・・・・俺はどんな顔をしていいのかわからなかった。
 ようやく渋面を作って相手を睨むまでは随分時間がかかったと思う。

「・・・・・・やっぱりてめえはクソ女神かよ」
「ふふふ。バレました?」
「いや最初っからバレてたから。今嬉しそうに言われても困るから」
「望みを叶えるって難しいことでしょう?デスマスク」

 そりゃあんたが難しくしてたんだろ、と言ってやりたかったが、俺は抑えた。そのかわり横を向いてケッ!と言ってやった。
 だが、シャクに触ることには、クソ女神は上機嫌のままで。

「貴方はそれでも聖闘士になるという望みを叶えたのですもの。魔神の壷など頼らずに。そのままの貴方でどうしていけないのです」
「・・・・・・・・・」
「他の人のことなんていいではありませんか。富も名誉も、貴方のガラでは無いでしょう?」

 ・・・・ったく。この女神サマはよ。

「・・・あんた、何でそんなに俺の考えてたこと知ってんだよ」
「だって私は魔神ですもの」
「魔神が聞いて呆れるぜ。結局なんにも叶えてくれなかったじゃねえか」
「あら」

と言う声は心外そうだった。

「まだ終わったなんて言ってませんけど。私は」
「・・・なに?」
「私は約束を守ります。一つだけ貴方の願いを叶えてあげます。今の貴方の願いを。さあ、何にします?」

 俺はアテナの顔をまじまじと見た。
 どんな時でも態度のでかさはかわらねえな。壷から首突き出して何偉そうに。
 ・・・・似合わねえよ、あんたにそんな格好は。
 俺は言った。

「壷から出て来いよ」
「・・・・・はい?」
「別にてめえのためじゃねえ。てめえみたいな性悪魔神を飲んでたら、壷も腹が痛いだろ」
「デスマスク・・・」
「俺の願いだ。写真はいらねえから、早く壷から出て来いよ」

 女神はじっと俺を見上げた。そして、少し笑ったようだった。

「後悔しても知りませんよ」
「うるせ」

 俺の答えを待ったかどうか。
 壷から溢れた光が静かに、そして急速に辺りを満たした。







ムナクソは悪いけどよ。後悔なんかしなっつーの。
減らず口叩いてねえでさっさと出て来いよ。
クソ女神・・・・・・・・・・




































光が止んだ。










































やさしくしてねv













 ものすごく後悔した。

この後悔はちょっと口では言い表わせなかった。そして純粋にショックだった。誰だこれ。
何か俺今すごく傷ついた。すごく傷ついたよ。



 ・・・・・・俺は今度こそ奴を海に沈めた。











そういいながらガンガン足で踏みつけて海底に埋めた。

いよいよ聖闘士やめるかな・・・・
そんなことを思った、俺2×才の初夏だった。








BACK