電撃婚約発表から二日。
ワルハラ宮にはヒルダへの祝電よりも先にジークフリートへの弔電が舞い込んでいた。

ハーゲン「まずはトールから。『俺がアスガルドを守る理由はもう何一つ無くなった。旅に出たいなら一緒に連れていってやるが、どうだ?』。続いてフェンリルからは『人など信じるからこんなことになるのだ』。ミーメからも似たような内容で、末尾は『君が苦しみから開放されるには死ぬしかないようだね』。シドは比較的前向きです。『まだ遅くはない。アルベリッヒを殺ろう』。最後にバドからは、『努力しても報われぬことがあるものだ』。以上が、ジークフリート宛てに届いた本日の電報です」
フレア「燃やしてちょうだい、そんな物。ただでさえ死相の出かかってるジークフリートにこんな私怨こもりまくりの電報見せたら、また腹をえぐって自害するようなことになりかねないわ。・・・ああ、どうしてこんな事になってしまったのかしら」

 フレアは途方に暮れたように溜め息をつく。
 夜の寝静まった宮殿では、その音がいやに大きく聞こえた。

フレア「絶対おかしいわ。お姉様、あんなにアルベリッヒを忌み嫌っていらしたのに・・・」
ハーゲン「やっぱり嫌っていたんですか。期待しているがゆえ云々の話は方便だったのですね・・・」
フレア「ハーゲン、私思うのですけど」

 何かを決意した表情で、彼女は傍らの男を見上げた。対アルベリッヒ感情の話はさり気なくスルー

フレア「お姉様が変わってしまわれたのはやはりあの指輪のせいだわ。そうとしか考えられません。なんだかあの指輪からは邪悪・・・とは行かないまでも、よこしまな何かを感じるの。今日だって私、つい言ってしまったのよ。『お姉様に指輪は似合いませんわ』って」
ハーゲン「ストレートにバージョンアップしましたね。それで、ヒルダ様は何と?」
フレア「別に、何も。『そう?でもこれはアルベリッヒがくれたものですから』って大事そうにしてらしたわ。あのニーベルンゲン・リングの時みたいに性格破綻をしたりはしていないの。でもそれがかえって嫌!!素面でアルベリッヒ!!嫌!!絶対いや!!
ハーゲン「落ち着いて下さい、フレア様。とにかく、我々で何とかするしかありません。式の日までに対策を立てて、最悪の事態(入籍)だけは阻止せねば・・・・」
フレア「あのねハーゲン、そのことなんだけど」

 興奮のあまり涙の溜まった目をしばたかせ、フレアは懸命に自分を落ち着けようと押さえに押さえた声で、聞いたハーゲンが耳を疑うようなことを言った。

フレア「私・・・アテナに手紙を出したのです」
ハーゲン「・・・・・・・・は?」
フレア「ぜひお力をお借りしたいと」
ハーゲン「し、しかしフレア様。アスガルドには私や、他の元神闘士達が・・・・」
フレア「ええ。それはもちろん。けれどやはり、アテナの聖闘士がいて下さるにこしたことはないでしょう」
ハーゲン「そんな!あなたは私どもを信じては下さらないのですかフレア様!?」

 さすがに気分を害したハーゲンが食って掛かったが、フレアは彼よりもなお鋭い目付きで見返す。

フレア「信じろですって!?先の戦いであれほど私が『どうか話を聞いて。お姉様をたすけて』と懇願したのにもかかわらず、徹底的に無視したのは誰!?あまつさえ、ハーゲン、あなたは私を殺そうとまでしたのよ!それでよく信じろなんて言えるわね!!」
ハーゲン「う・・・・」
フレア「アテナとその聖闘士達は一発で私を信じて下さったわ!そんな彼らにすがりたくなるこの気持ちは当然じゃなくて!?違う!?」
ハーゲン「いや・・・・・その・・・・・・・ごもっともです」
フレア「でしょう!?だったらつべこべ言わないでおとなしく私の意に従いなさい!」

 一つの戦いを経て強くなった女ほど手におえないものはない。
 ハーゲンはひょっとして人が変わったのはヒルダよりもむしろフレアなんじゃないかと思ったが、それを言ったらまたややこしいことになりそうなので黙っていた。
 
 
 アスガルドの急を聞いて星矢達が駆けつけてきたのは、それから更に2日後、結婚式まで一週間を切った日だった。
 久々の再会を喜んでいいのかどうかためらう間もなく状況を説明するフレアとハーゲン。

紫龍「式まであと六日?いくらなんでも早すぎる!」
フレア「ええ。ですから、やはりこれはお姉様が何かに操られてしまっているのではと」
星矢「なるほどな。で、ヒルダに起きた変わったことってのは、指輪がはまっていることぐらいなんだな?」
フレア「そうです。確かな証拠はないのですけれど、私はあの指輪が全ての元凶に違いないと信じています」
氷河「だが・・・・それは本当に何かの事件なのか?もしかすると、アルベリッヒは本気でヒルダにプロポーズをしたのかも」
ハーゲン「馬鹿な!あいつに限って打算無しで女に惚れるなどということがあるものか。俺はアルベリッヒを信じている。あいつなら絶対にやる!
瞬「・・・そういう信じ方はどうかと思うけど・・・・でもそこまで言うんならほっては置けないよね。そうだ!ためしに一回バルムングの剣でヒルダを斬ってみたら・・・」
フレア「私もそれは考えました。でもニーベルンゲン・リングの時と違って、今度はオーディーン・サファイアが復活していないのです。見返り無しには何もしてくれないのがあのクソジジイ(オーディーン)なのですわ」
ハーゲン「っていうか、斬ること考えたのですかフレア様・・・(汗)

 何か企んでるのは彼女の方だろうという気がしないでもない。

星矢「それでさ。その怪しい指輪について、何かわかったこととかはないのかよ」
フレア「それが・・・アルベリッヒにカマをかけてみようにも、スキがなくて。曲がりなりにもアスガルド随一の秀才ですから」
紫龍「むう・・・それではまた俺が五老峰まで走らねばならんか」

 極北から中国まで半日未満で行って帰って来れる男・紫龍がそう唸ったときだった。

「あの指輪は、アルベリッヒが最近ある鍛冶屋に頼んでしつらえさせた物らしい」

 それまで輪の中にいなかった声が横から割って入った。
 一同が一斉に振り向くと、いつのまに入ってきていたのか、客間のドアの横に静かに佇んでいる北欧美男子の姿があった。

フレア「ジークフリート!いつからそこに?」
ジークフリート「最初からいました。ただ、入って来たあなたがたの誰一人として気づいてなかったようなので、ちょっとタイミングが・・・・」

 気づかなかったのも無理はない。ジークフリートは在りし日の堂々たる姿からは想像もできないほど影が薄くなっていた。
 というか、生命力が薄れている感じである。
 顔はやつれ、隈ができ、食事をしていないのか体全体が細細としていた。

星矢「よ、よう、ジークフリート。久しぶり」
ジークフリート「ああ・・・久しぶりだな・・・・前回はいろいろと世話になった・・・・」

 しゃべる言葉にも覇気がない。

瞬「ねえ・・・ちょっとやばいんじゃないの、あれ」
ハーゲン「ちょっとどころではないのだ。ヒルダ様の婚約がよほどショックだったのだろう」
紫龍「普通ならとっくに自殺してしまっていてもおかしくない状態だな。ひょっとして、龍の血のおかげで不死身なばかりに、誰かに心臓をついてもらわなければ死ねないのでは」
氷河「なんなら俺が氷付けにして苦しみを終わらせてやっても良いが・・・」
星矢「ちょっと待てよお前ら。今殺すべきなのはジークフリートじゃないだろう?」
ハーゲン「いや、ジークフリートも何もべつに殺すべき人間がいるわけではないのだが」
フレア「皆さん。殺る相談は後にしましょう。最終手段はいつでもとれます。それよりジークフリート。あの指輪について、知っていることがあったら教えてちょうだい。あなたはどうして知っているの?」

 フレアが純真な瞳でたずねると、ジークフリートはうつろな目をむけてポツリポツリと話し出した。

ジークフリート「昨日、アルベリッヒが上機嫌で私にもらしたのです。彼はもはや既にヒルダ様の夫になったつもりで・・・私を嘲笑っておりました」
フレア「ジークフリート・・・」
ジークフリート「フレア様。あなたがヒルダ様の身を気遣うお気持ちは分かります。しかし・・・しかし今回は魔力とは関係のないことでしょう。ヒルダ様は、私を笑うアルベリッヒを見て・・・・それは愛しそうに微笑んでおられた。あの微笑みは、邪悪な心のものではない、優しいヒルダ様の物でした」
ハーゲン「それならなおさら・・・!」
ジークフリート「よいのだ、ハーゲン。このジークフリート、ヒルダ様を守るためなら命をも賭す覚悟。あの方がたとえ誰のものになろうと・・・・私はお側に従いつづける。それでいいのだ」
フレア「いいわけありませんわ!!」

 あきらめたようなジークフリートの口振り。
 それに真っ先に憤って椅子を蹴ったのは、他の誰よりもジーク×ヒルダを熱望してやまないフレアであった。

フレア「そんなことで、そんな惰弱なことでお姉様を守れると、あなたは本気で思っているの!?お姉様が本当に愛していらっしゃるのは誰なのか、あなたは聞いたことでもあるの!?アルベリッヒですって!?前代未聞のブラックユーモアだわ!!私はそんな事信じません!ジークフリート、誰よりも篤くお姉様を慕っていたあなたなのに、こんなところで職務放棄?それでも北欧最強の勇者なの!?」
ジークフリート「フレア様・・・」
フレア「この間だって、元神闘士の皆からあなたに宛ててたくさんの電報があったのよ!トールは『俺はお前が相手ならと身を引いたのだ。それなのにやすやすとアルベリッヒの手にヒルダ様を渡してしまう気か!?』って怒っていたわ!フェンリルは『人を信じろ』って!ミーメは『早急に真実をつきとめて楽になれ』って言ってたし、シドは『今からでも遅くはない!ヒルダ様の眼を覚ませ』。バドは『努力すれば報われぬことはない』って言ってくれたわ!あなたはそんな仲間達の声を無視してしまうつもりなの!?」
瞬「皆・・・ヒルダのために本当に一生懸命なんだね」
紫龍「そしてジークフリート。彼らはお前に期待しているのだ。お前ならヒルダを救えるはずだと」
星矢「それを無にするってのは、しちゃいけないことなんじゃないのか?」
ジークフリート「お前達・・・・・」
ハーゲン「・・・・・・・・・・・;」
 
 電報の内容に胸を打たれる青銅聖闘士と北欧の勇者。
 しかし、真の内容を知っている若干一名は沈黙を守るしかなかった。
 フレアが言葉を止め、その荒い息だけがしばらく場を占領する。
 ややあって。

ジークフリート「・・・・わかりました。私も、ヒルダ様をお守りするためにこの地に生まれた身。真実の追究までは決して諦めはしないと誓いましょう」
フレア「ジークフリート・・・!」

 ご苦労をおかけいたします、と口の端で微笑む勇者。それはここ数日間で初めて彼が見せた笑顔だった。
 感極まったフレアがその手をとって涙ぐむ。
 晴れ晴れとした笑顔で見守る来客一同。
 そしてやや引きつった顔のまま、無理矢理周りに合わせて笑うハーゲン。かなりキツそうである。

ハーゲン「良かったですね、フレア様。・・・・それで、指輪のことなのですが」
フレア「ああそうだったわ。指輪について、何か他に知っていることがあるかしら、ジークフリート」

 聞かれて、彼は真顔に戻り、肯いた。

ジークフリート「たいしたことではないのですが、先程申しましたようにあの指輪は最近になってアルベリッヒが作らせたオーダーメイドの一点物。そしてそれを作った鍛冶屋というのが、なんでもジャミールに住む聖衣修復のプロ・・・・・

 ガタンッ!!

フレア「ど、どうしたのです皆さん!?そんな、一斉に席を蹴って!」
紫龍「気にしないで下さい。急に知人の顔を思い出したもので
氷河「フレア。仇は必ず取ってやる。ここで待っていてくれ」
瞬「大丈夫だよ。全然気にしなくていいから。また後でね」
星矢「あの野郎・・・・・
フレア「・・・・・・あ、あの、皆さん・・・・・?」

 青銅四人の豹変ぶりに、さすがのフレアも戸惑った。
 戸惑ってる間に彼らはものすごい速さで部屋を出ていってしまったのである。
 残されたアスガルド人(なに人だ)三人はただ茫然と開け放されたドアを見つめていたが、真っ先に我に返ったハーゲンが立ち上がった。

ハーゲン「か、彼らにばかり任せておくわけにはいきません!私も後を追います!」
フレア「そ、そうね。それじゃあその間、私とジークフリートはお姉様の監視をしているわ。頼んだわよ、ハーゲン!」
ハーゲン「はっ!」

 かくして、北欧の荒くれ馬は聖闘士の後を追った。
 それはすなわち、まっすぐにジャミールへと向かう道でもあった。


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