〔俺の望むもの〕




 
 俺は蟹座の聖闘士デスマスク。本名は誰も知らない。
 昨年の誕生日には人間に嫌気が差してカニにされたが、あんなメに合うのは二度とごめんなんで今年は「人間やめたい」とは絶対に思わないことにした。
 人間上等。
 だが、何か同じ黄金聖闘士でも、サガとかムウとかカミュとかシャカは俺に比べて破格の扱いをされてる気がする。
 ちょっと顔がいいからってよー。
 俺だってイイ男度合いじゃ負けてねえっての。しかもあいつらに比べて格段にサービス精神旺盛だろ。魂のエンターテイナーだろ。
 何でシャカみたいな365日同じ顔の男に人気が集中するんだか理解できねえよ。・・・ったく。
 このまま黄金聖闘士続けてても、「どうせ蟹は弱いしー」とか後ろ指さされまくりの人生送るんだろうな。
 あーあー、やってらんねえ。
 三十路迎える前に別の人生に路線変更してえなあ・・・・







 ・・・・そんな事を考えながら、俺は海岸でぼんやりしていた。
 聖域の近くには砂浜は無ぇけど、岩のゴロゴロした岸ならある。その岩の一つに座って、馬鹿みたいに水平線を眺めていたわけだ。
 したら、いつの間にか足元に変な壷が転がってやがってな?
 暇だし、結構高そうな見た目してるし、中に何か宝の地図とか入ってるんじゃないかと思って、蓋を開けてみたんだ。
 
ボワッ!

 ・・・一瞬、視界が真っ白になった。
 それから、声が聞こえた。

「・・・・・ああ、千年ぶりの光」

 ?声?
 はっきり壷の方から聞こえてきたもんだから、俺は混乱した。何で壷から声がするんだよ。
 手をばたばた扇いでたちこめた煙を払う。そのうち海から風が一吹きして、拭うように視界が晴れた。
 俺は真っ先に壷を見た。
 そして、そいつとばっちり眼があった。





















「恐え!!!!!;」

「まあ!何ですか貴方は!初対面のレディに向かって言う言葉がそれですか?」
「誰がレディだ誰が!つーか何でてめえが壷なんかに居やがるんだクソ女神!!」
「クソ女神だなんてひどいことを・・・・大体、私は女神ではありません。私は壷の魔神です」
「魔神だあ?」
「そう。蓋を開けてくれた人のために、一つだけ願いを叶えてあげるという、よくあるアレです」

 俺はピンポン玉サイズの魔神の顔をしげしげと見た。
 ・・・・見れば見るほどアテナの野郎に似てるんだが・・・・まあ、本人が違うっつーんなら違うんだろう。
 それより、後半の言葉の方が気になった。

「なに?ならこの場合は俺の願いを叶えてくれるんだよな?」
「そうです。すごく嫌なのですけれど、仕方ありません。貴方に拾われてしまったのですものね、ちきしょう
「・・・・叩き割ってやろうかコラ・・・?」
「割れませんよ。そんなことができるなら私がとっくに割って逃げています。この壷は私の封印なのですもの、誰か心の優しい人が自分の権利を譲って『魔神を自由にしてあげてください』と願わない限り壷は壊れませ・・・」
「はいはいはい。俺じゃあないなそれ」
「・・・・・・」

 魔神は恨めしそうに俺を見たが、そんなことはどうでもいい。
 とにかく一生に一度の大チャンスだ。これを有意義に使わなかったら後悔してもしきれねえ。
 さーて、何をお願いするか・・・・

「・・・先に言っておきますけど、『願いを100万回叶えて下さい』とかそういうお願いは聞けませんから。常識の範囲内で考えて下さいね」
「てめえが既に常識外だろうが。範囲内ってどこまでが範囲だよ?」
「不老不死とかはやめて下さい。貴方みたいな裏切り野郎が長生きしたら大迷惑ですから。あと、人気者になりたい、とかそういう身の程知らずな願いも捨てて下さい。あと、のりPを嫁にもらいたい、とかも相手が可哀想なのでやめてく・・・」

 俺は壷を思いっきり岩に叩き付けた。
 割れはしなかったが、魔神は静かになった。

「てめえ、絶対アテナだろ!そうだろ!ああ!?」
「・・・・舌を噛みました」
「このクソ女神!!」
「女神ではありません。魔神です」
「まだ言うかこの・・・!」
「早く願いを言って下さい。仕事が片付かなくて困ります」

 ・・・一瞬、壷から出ている首をひねってやろうかと思ったが、大人な俺はギリギリでそれを押さえた。
 歯噛みをしながら魔神とやらに詰寄る。

「・・・・なんか罠でもあるんじゃねえのか?願いを叶えたら魂よこせとかよ」
「そんなこと言いません」
「大体、一つしか願いが叶わないってのが危ねえよな。失敗したらとり返しがつかないんだろ?あ?」
「・・・確かに失敗したらとり返しがつきません。でも、失敗しないために、私が青写真を作ってあげます」
「青写真?」
「そうです。願いが叶った後の貴方の写真です。それを見て、その願いにするか、やっぱり別の願いにするかを決めればいいのです」

 なるほど。結構サービスいいじゃねえか。

「それから、後にクレームがつくと困りますので先に断って置きますけど、願いを叶えてあげるのはあくまで私です。ですので、私個人の主観が多少入ることになります。そこをお忘れなく」
「主観だあ?俺の願いを叶えるんだろ?」
「私はエスパーではありません。貴方の望みを100%理解するのは不可能です」
「・・・・なんか不安だな・・・・」
「だから青写真を作ると言ってるではありませんか」
「じゃ、試しに一つ作ってみろよ。俺が何か願いを出したと仮定して」
「別に仮定しなくても、貴方が実際に出してみればいいことなのでは・・・」
「いいからさっさとしろ。岩で叩くぞ」
「・・・・・・・・・・」

 魔神は渋い顔で黙り込んだ。それから、はあ、と溜息をついて、

「・・・わかりました。なら、貴方がそのぶっさいくなド老け顔から美少年に生まれ変わりたいと願ったとしましょう。ちょっと待ってて下さい」

 俺はよほどもう一度岩に叩きつけてやろうかと思ったが、魔神が中に引っ込んだので我慢した。
 しばらくして壷の中から腕だけがひょいと突き出された。

「これが青写真です」

 中から聞こえる声はくぐもっている。

「まずこちらが、今の貴方です」





「おう」
「それで、こっちが美少年になったあなたです」














・・・やさしくしてね・・・v





ザーーーーーっ (←砂を吐いた音)

「どうです?」
「どうもこうもあるか!!ふざけんなよ誰だこれ!!しかも今妙なテロップ出やがった!!」
「誰って、貴方に決まってるじゃありませんか。シャイでお茶目でおっちょこちょいで、運動と勉強がちょっと苦手という理想的な性格をしています」

誰の理想だそれは。


「ちなみに趣味はポエム創作。処女作は『Day dream くじけないv』から始まる37行の恋する乙女編で・・・」
「うるせえ黙れ」
「・・・・気に入りませんでしたか?」
「当たり前だ!!」

 俺が怒鳴りつけると、クソ魔神は我が意を得たりというように頷いた。

「そう、こんな風に、どっからどう見ても間違った願いをしてしまった時、青写真の段階で取りやめることが出来るわけです」
「願いを間違ったんじゃねえよ!!てめえの主観が間違ったんだろうが!!美少年通り越して電波系ヒロイン入ってるぞコラ!!」
「だから、こうなるのが私の叶え方なのです。わかりましたね?では本番に行きましょう。貴方の願いを言って下さい」

 ・・・・予測も得体も知れないこの魔神に自分の未来を任せなきゃなんねえんだろうか・・・・
 壷から首だけ出してニコニコしてやがる縁起の悪い顔を、俺は途方に暮れる思いで見つめていた。



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