願いって言われてもな・・・・俺がついさっきまで願ってたことっつったら、黄金聖闘士やめて別の人生歩きたいってことなんだが・・・
 ・・・この魔神に頼むとロクなことにならねえ気がするし・・・

「無いのですか?願い事」
「・・・無いわけじゃねえ。ただ、てめえに頼むんだらあからさまに不幸になりそうな気がするだけだ」

 俺が言うと、魔神は気を悪くしたようだった。

「失礼な。私は人を幸せにするために存在しているのですよ」
「だが、さっきの青写真を見ると、どう考えても俺は間違った人生にフェイドアウトしたようにしか見えないだろ。『やさしくしてね』って何だよ」
「貴方は女の人にあんな風に言われたら喜ぶでしょう?あの写真だって、相手が喜んでるんです」
「どんな相手だよ!!あんな気色悪いゲテモノ食う奴は俺の方でお断りだ!っつーか、だからそういう人生は何一つ幸せじゃねえだろうが!!」
「幸せの形は人それぞれですよ」
「俺の形はああじゃねえーーー!!!」

 壷を持ち上げてガンガン岩に叩きつけ、魔神を黙らせる。
 
「他の誰がどういう奇特な幸せ作ろうと勝手だけどな!俺はもっとノーマルな幸せがいいんだよ!!」
「ノーマルな幸せ、ですか・・・」

 魔神は少し首をかしげた。そして、

・・・それは私の得意分野です」
「嘘つけコラ」
「本当です!私は壷の中でずっと幸せについて考えていたのです!人間の幸せとは何か。富か。名声か。いいえ、そんなものではありません。人間の幸せは身近な物にこそあるのです。そう、それは、愛!・・・だから『やさしくしてね』もある種の愛の表現で・・・」

 ガンガン!!

「言いたいことはそれだけか・・・・?」
「・・・・もういいです」
「俺をノーマルに幸せにできるんだよな?あ?」
「できますけど・・・・貴方はどんな幸せを望んでるんですか?ただ『幸せ』と言われても漠然としすぎていてイメージが沸きませんよ」

 どんな幸せ・・・って、そういや俺はどういう幸せが欲しいんだろう。
 そもそも、今の俺は不幸なのか?別にそうも思わないんだが。
 空気の中にいれば空気を意識できないように、幸せの中にいると幸せを感じられないのだろうか。
 それとも、ぱっと頭に思い浮かべられるほどの幸せも俺は知っちゃいないってことなんだろうか。

 俺が急に黙り込んだんで、魔神はまた首をかしげた。

「どうしました?」
「・・・いや・・・」
「目指す幸せがわからないなら、まずは一番平均的な、『誰が見ても幸せそうな人コース』にしてみますか?」
「不安なコースだなそれ」
「何が不安だというのです!『誰が見ても』幸せそうなのですよ!こんなに安心なことがありますか!ちょっと待っていてください」

 一方的に怒鳴って壷の奥に引っ込む魔神。
 出てきたときには一枚の写真を持っていて、自慢そうに俺につきだした。













「家族は僕の宝です」





幸せそうーーー!!!!;幸せ太りまでしてやがる!!

「どうです!若くて美人で年下の妻!可愛い盛りで心根の優しい一人娘!やんちゃ坊主で将来は野球選手になりたい一人息子!そして胸元に御飯粒をつけているのにうっかり気づかない大らかな貴方!!」
「す、すげえ・・・・どっからみても幸せそうなご一家だ・・・・!」
「でしょう?ライ○ンズマンションのCMに即抜擢ですよ!ではそういう事で、この青写真を現実に・・・」
「いやちょっと待った」

 危うく写真の幸せっぷりに流されそうになったものの、俺はすんでのところで自分を取り戻した。

「折角のところ悪いんだがな。これはどう考えても俺のキャラじゃねえ」
「そんな・・・自分のキャラ考えてたら一生幸せになんかなれないじゃありませんか、貴方の場合」
黙れ。それに今さらこんな家庭持っても、絶対他の奴らに大笑いされそうだしよ」
「大丈夫です。この写真の貴方は、今までの記憶を全て失っていますから。でなかったらこんな能天気に笑えるわけないでしょう。安心しましたか?」
「するかボケ。そんな微妙すぎる幸せどうしろってんだ!おかしいと思ったぜ、どう見ても幸せすぎるもんな!裏があるんだよこういうのはよ!」
「・・・・そこまで幸せ不信に陥らなくても・・・・」
「ったく卑怯くせえ。どうせ裏があるんなら、もっと目に見える形で出しやがれ!」
「・・・・・・・・・・・・」

 魔神は沈黙した。そして再び壷の中に引っ込んだ。
 写真が一枚突き出される。

「目に見える形で社会の裏に回った貴方です」











〜ダンボールとビニールシートとハズレ馬券〜



裏って言うか、社会の外だろこれ。

「ダンボールとビニールシート(拾い物)で雨風を凌ぎながらイヤホンで競馬中継を聞き、賭け馬が惨敗して馬券を握りつぶす貴方です。こんな幸せでいいんですか?」
「どこが幸せなんだこれの!!せめて馬券当たってるならともかく、外れてんだろ!?」
「・・・・問題なのはそこではないと思うのですが・・・・馬券当たってたらこっちにします?」
「しねえよ!俺が言ってるのは『幸せの中の裏』って意味だ!『裏の中の幸せ』じゃねえ!」
「注文多いですね・・・・つまり要するに、さっきの幸せ家族写真が幸せすぎたから不安になったんでしょう?」
「いや、別にそういうわけじゃ・・・」
「これでどうです」












Dさん一家





何があったんですか、このご家族。

「ちょっと不吉ですね」
「ちょっとどころじゃねえ!!一家心中済みみたいだろうが!さもなきゃ主婦の悩み相談番組に晒されてる系だ!心の底からこんな家庭は欲しくねえ!!」
「ああもう!!ならどういう家庭が欲しいんですか!?わがまま言うのもいい加減にして下さい!!」

 逆切れか。

「誰も家庭が欲しいなんて言って無いっつーんだよ!!幸せになりたいとも言ってねえ!てめえが勝手に話し進めたんだろうが、不吉な方向によ!!」
「まあ、人のせいにする気ですか!?」
「明らかにてめえのせいだ!!!」

 ・・・・それからしばらくの間、俺と魔神との間で壮絶な悪口バトルが繰り広げられた。
 俺は壷を岩に叩きつけたが、魔神も今度ばかりは容易に大人しくはならなかったのだった。・・・




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