海底神殿の戦いもいよいよ佳境に入ってきた。
 そして一つの問題が持ち上がった。

シオン「テレビ1台では足りん・・・・。聖域も見たいしポセイドン神殿も見たいしアンドロメダのその後も気になるしどこかの馬鹿のさらに馬鹿な弟のこともまあ気にしてやっていい。誰か。追加でテレビ3台を借りて来い。まったく・・・サービスが悪くて不愉快な場所だここは」
ロス「教皇。ここが一応地獄だということをお忘れではありませんか・・・・?

 アイオロスがいらぬツッコミをしてきたが、馬鹿な、そんなことを私が忘れるはずがなかろう。その証拠に地デジにしろとは言ってない。あれは『地上』デジタル放送だからな。地下には届くまい。

サガ「仕方がない、なんとか手配するぞアイオロス。現役を引退した老人にテレビは唯一の友なのだろうそうですよね教皇?」
シオン「・・・ふっ、お前も随分すぶとくなったものだなサガよ。その程度の挑発でこの私が激昂するとでも思ったか。怒りに任せて発言の撤回をする、そんなものは青二才の愚行にすぎん。そうともテレビは良き友だ。リモコン操作でいかようにでも操れるところなど、お前よりよほど忠実だしな。わかっているのならさっさと借りてきてもらおうか、代金は蟹マスクの足を全て売っ払え」
デス「怒りに任せて全部俺に来てるんじゃねえか!!!!冗談じゃないです教皇!!もう俺は一本提供しました!!ほかの奴の使ってくださいマジで!!!」
シュラ「いや、しかしデスマスク・・・・そのマスクで一本だけ欠けているのもどういうものかと俺は思うんだが・・・・・」
デス「斬ったのお前なんですけど!!!!なに困った顔でツッコミ入れてんのこいつ!!!!信じらんねえよ正義の欠片もねえよお前がどういうものかと俺は思うよ!!!
アフロ「でもシュラの言うとおりだ。落ち着いて考えてみたまえ。そもそもそのマスク、死守するようなデザインでもなかっただろう?もとから
デス「うるせえよ!!・・・・・俺もう仲間とか二度と信じねえ・・・・」

 涙目になりながららしくもない台詞を吐く蟹。こいつでも一応友人は信じていたらしい。裏切られたな。気の毒に。
 カミュが輪の外からコホン、と一つ咳をし、私のところまでやってきた。

カミュ「テレビは私が借りて参りましょう。なので1台は氷河専門チャンネルで固定して良いですか」
シオン「そんなチャンネルいつ誰が作った。しかしまあ・・・好きにしていいから早く借りて来い」
カミュ「ありがとうございます。・・・・というわけだ蟹。早くマスクを」
デス「実はお前が一番最悪だな。ほんと清々しいぐらいな」
カミュ「デスマスク、頼む。この場で凍らされたくなかったらおとなしくマスクを売らせてくれ、頼む」
デス「人に物を頼む台詞じゃねええええええ!!!!もういい勝手にしやがれ!!俺、聖闘士やめた!!ほんとやめたから!!引き止めたってもう無理、無駄!!」
カミュ「デスマスク・・・・・!!」

 ばしっ!!!
 怒り狂いながら蟹マスクを投げつけるデスマスク。
 それをしっかりキャッチしたカミュは空気が読めているのかいないのか、感動で目を潤ませつつ、

カミュ「礼を言う。大丈夫だ、誰も引き止めたりなどしない」
デス「死ねよ!!!!」

 もう死んでいる・・・・・というツッコミはしないでおいてやった。
 考えてみれば私が「やっぱりテレビは1台でいい」と言いさえすればここまで蟹を追い詰めることもなかったろうが、それに気づいたのはカミュが嬉々として(しかし見た目は十分鬱々として)カロンのレンタル窓口に飛んでいってしまった後だったので、考えなかったことにした。
 まあいい。どうせ当分使うことない聖衣だ。
 ・・・・・このときはまだ、私もそんな風に気楽に思っていたのだった。






続・第8戦 VSポセイドン

テレビが4台になり、聖域、ポセイドン神殿、北大西洋柱前、南大西洋柱前、とそれぞれ映し出される・・・・はずだったのだが。
南大西洋方面の電波が悪いらしく、うまく繋がらない。

アフロ「まだアテナの妨害電波が飛び狂ってるのだろうか・・・・残念だ。このまま待つしか無いな」

残った3台のうち、聖域と北大西洋はとりたてて大きな動きはないようだ。
一番盛り上がっているのはやはりポセイドン神殿の映像である。
そこでは瀕死の星矢をかばうようにして、紫龍と氷河がポセイドンと睨み合っていた。
 感無量で涙を流しているカミュの様子は面倒なので割愛する。

―――ふたりとも満身創痍。もはや精も根も使い果たし死人に等しい者が加勢になどなるか。

 ポセイドンの静かな声が神殿を通っていく。

―――死ぬ時は一緒だと言ったな。・・・よかろう、死出の旅が淋しくないように全員まとめて葬ってくれよう。
―――むっ!!危ない氷河!

 いきなりドラゴンに庇われるキグナス。
 おいおいおい。
 見ていた全員がツッコミたい衝動にかられたが、真剣に視聴しているカミュが怖くて何も言えない。
 
―――うっ!!?
―――バ・・・バカな!!最強の硬度を誇るドラゴンの盾が・・・黄金の血によって蘇った盾が防御どころか粉々に砕け散ってゆく!!!!

 ・・・本当に毎回、名前の割に役に立たない盾だな・・・・一度私が直々に打ち直してやりたいものだ。

―――むううっ!この男はまさしく神そのものなのか!!
―――このままでは肉体までバラバラにされるぞ!!

 うわああーーーーーーッ!!!!!

 青銅達の聖衣が消え去り、悲鳴すら虚空に消えかけたその時だった。
 何があったのか、それまで泰然と構えて表情ひとつ変えなかったポセイドンが、突然席をたった。
 意識はあきらかに目の前の敵ではない、どこか別の物に移っている。
 紫龍と氷河が床に落ちても一瞥もくれず、彼はさっと踵を返して神殿の背後へと向いた。
 
 ゴゴゴゴ・・・・

アフロ「サガ。あの全自動で開いたり閉まったりする壁、聖域にも備え付けたらどうだろう。最悪でも時間稼ぎになるぞ。十二宮にあの壁がついていたら私たちもアテナに勝てていた気がする」
サガ「うむ。私も実は今そう思っていた。海闘士達がこちらに来たら壁の仕組みについて聞いてみるか。ポセイドン自身が来てくれるのが一番手っ取り早いのだが・・・」
アフロ「だとするとぜひとも青銅どもに勝ってもらわねばならんな。頑張れ青銅!ポセイドンの息の根を止めろ!!
ロス「・・・どれだけ自分勝手な応援だお前ら・・・・」

 自宅の壁に興味深々な黄金聖闘士に死を願われているとは露知らず、ポセイドンは開け放たれた神殿からメインブレドウィナを見つめている。

―――まだそのメインブレドウィナの中で死にきれぬかアテナよ・・・・

 どうやら攻撃の真っ最中に定石どおりアテナの妨害が入ったらしい。

―――よかろう。地上の滅びゆく民のために・・・死を賭してきみを救おうとした聖闘士のために・・・最後まで祈り続けたまえ。

 そしてせめて安らかに眠れアテナよ・・・

 呟く彼の顔に、その時一瞬だけ何か痛々しそうなものがよぎったと思ったのは私の気のせいだったろうか。
 神々の世界にも複雑な何かがあるのか・・・・あるいはこのポセイドンの依り代となっている青年、ジュリアン・ソロがアテナに対して特別な思い入れでも持っていたのかもしれない。
 ・・・と、いつになく雰囲気にひたろうとした矢先に星矢が復活してポセイドンの背後をとったため、本件に関する私の物思いは永久に中断させられた。

―――そこをどけポセイドン・・・・ア・・・アテナは必ず救い出すといったはずだ・・・・

シオン「・・・ふむ。この小僧、なかなか見上げた根性だな。神に対してもあきらめを捨てぬとは」

 思わず一人ごちた私の呟きを耳にして、サガが微笑む。

サガ「ええ・・・星矢はまさに熱き心と魂を持った聖闘士です。どんな状況でも決してあきらめない。そういうのが敵になるとそれはもう厄介ですよ」

 その厄介さをこれからポセイドンも嫌というほど思い知らされるのだろう。しかし彼はまだ気づいていない。

―――目障りな・・・ならばその燻った命の炎を吹き消してやろう。・・・・さあ消えろ!!

 ポセイドンの小宇宙が膨れ上がった、その瞬間。
 神殿に一条の光が差し込んだ。
 あれは!!

―――バ・・・バカな!今おそろしく強大な小宇宙がポセイドン神殿におりたった!!

カミュ「やかましいぞ北大西洋!!!!氷河のドアップの瞬間に邪魔しおって!!消音にしてくれるか鬱陶しい!!」
ロス「いきなり消すまで行かないでも・・・せめて音量下げるぐらいで・・・・」
サガ「カミュ!!お前ばかりがテレビを見たいわけではない!!そっちの氷河も大事だろうがこっちはリアル身内が一大事なのだ!!聞いてみろこの台詞!曰く、『これ以上ポセイドンを刺激すれば事態はとんでもない方向にゆく可能性が多分にある』!曰く、『しかしオレはこの場を動くことはできん』!曰く『オレがここを動けばあの柱は粉々に破壊される』!!曰く、『そんな恐ろしい小宇宙が先ほどからここにたちこめているのだ』でも姿は見えない!!こんな路頭に迷ったアホを放っておけるか身内として!!!!」
カミュ「だったら言わせてもらう!そもそもそんなアホがアホにならないようあなたがきちんと責任持って育てれば良かったのだ!!」
サガ「現在大馬鹿育成中の貴様にだけは言われたくない!!氷河がカノンと同じ年になるころにはカノン以上の馬鹿に育っているに違いないわ!!」
カミュ「黙れ!その時にはさらに3倍も馬鹿な40代のオヤジが君臨しているわ!!」

 身内のアホ馬鹿自慢を繰り広げている男達の声に阻まれ、せっかくの射手座聖衣の登場シーンがまったく聞こえない。
 聖衣が登場して・・・・星矢が着て・・・・・ああ弓を構えた。あれでポセイドンを射抜く気か。

ロス「・・・・・・・・・」
シオン「気落ちするな、アイオロス。その・・・なんだ、また出番はあるだろうお前の聖衣のことだ
シュラ「教皇・・・・一応まだ出番継続中ですから・・・・活躍はまだこれからですから」

 アイオロスは黙って立ち上がった。
 そして、おそらく胸にたまった鬱憤をそうでもしなければ晴らせなかったのだろうが、いまだザーザーと砂嵐の画面を表示し続けている南大西洋のテレビに渾身の一撃をくれた。
 
 ガガン!!
 ザ・ザ・・・・・パチっ
 あ、直った。

アフロ「直った!!す、すごいではないかアイオロス!!精密機器にすら精通するその小宇宙!!羨ましい!!と、思う!!たぶん!!
シュラ「さすがだアイオロス!!さすが俺の尊敬する誇り高き聖闘士!!さすが・・・・・と、とにかくさすがだ!!!!」
ロス「・・・・・・・・」
シオン「アイオロス、後輩2人が気を使ってこう言ってくれているのだ、そんなに煤けた小宇宙をしていては申し訳ないだろう。・・・蟹、お前も何でもいいから褒めてやれ」
デス「・・・・・・・アイオロス。お疲れ
ロス「・・・・ああ」

 デスマスクが投げやりに言った言葉が一番沁みたらしいアイオロスだった。
 




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