未曾有の危機に直面し十二宮へ戻ってきた蟹と山羊。理解不能な現状を打開すべく仲間に助けを求めたい彼らだったが、そもそも俺達に仲間なんかいたっけかという根本的な問題に石段の1段目を駆け上がった瞬間から気づきかけていた。

シュラ「デスマスク!仲間というのは具体的に誰のことだ!?迷惑をかけてもいいぐらいのレベルとすると、俺には心当たりが無いんだが!
デス「俺なんかもっとねえよ」
シュラ「・・・・・・・・おい、一度止まらないか。このまま走っても誰の協力も得られず双魚宮についてしまう気がする」
デス「アホ。友達なんてのは勢いなんだよ。つうか先に怒り狂ったアフロの馬鹿が通ってるわけだろ?他の奴らがそれ見てりゃ俺達に協力してくれるはずだ。仲直りするにこしたことないからな。町内会に仲悪い奴いたら鬱陶しいだろうが
シュラ「お前が一体いつどこの町内に所属したと・・・
デス「おら、白羊宮見えたぜ。いいから俺に任せろ!」

 その自信が一体どこから来るものかはわからないが、デスマスクは果敢に白羊宮に乗り込んでゆき、次にみるような空気の読めない発言をした。
 先に結論から明かすと当然玉砕した

デス「ムウ!俺ら友達だよな!?」
ムウ「違います。やめてください、シュラじゃあるまいし
シュラ「どういう意味だ!おい、そのとてつもなく嫌そうな顔は蟹が嫌なのか俺が嫌なのか・・・いや、今はそんなことはどうでもいい!アフロディーテがここを通ったはずだ。ムウ、お前の見解を聞きたいんだが、あれはどうしてあんなに怒ってしまったのだろうか

 おや、と首をかしげるムウ。

ムウ「あなたたちが怒らせたからではないのですか?」
デス「馬鹿いってんじゃねえよ、そんなのは前提だろ。俺達の何が原因で怒らせたかきいてんだよ」
ムウ「そうですねえ、私が思うに、まずその頭の悪さと性格の悪さ、目つきの悪さと手癖の悪さ、財産の無さと甲斐性の無さ、あと水虫に加齢臭に生え際の後退・・・・
デス「欠点言えって言ってんじゃねえんだよシュラの
シュラ「お前のだろうが蟹!!」
デス「違ぇよ、わかった、半分こしようぜ。フルサービスで『甲斐性の無さ』まで引き受けてやるから、そっから後お前のな
シュラ「ふざけるな!誰が水虫だ!?お前も引き受けるなら男らしく全部引き受けろ!」
デスやっだー、おにーさんちょぉガラ悪ぅい。デス子こわ〜い。・・・待て、シュラ。ふざけるのはここまでだ。ムウが呆れて台所に戻っちまった。もう十分だろ、空気読めよ
シュラ「・・・デスマスク、本当に一度でいい、お前を斬らせてくれ頼む

 エクスカリバーを構えまくった状態で怒りに震えるシュラだったが、しかしデスマスクは返事をせずにムウを呼びながら台所へ行ってしまった。
 行き場のない感情が白羊宮の床にたたきつけられたのはご愛嬌である。

デス「ムウ!おい、ちゃんと話聞けって」
ムウ「どの口がそれを言いますか。こっちは晩御飯の支度で忙しいんです。あと30分もしたら貴鬼も来るんです。漫才なら他所でやってください」
デス「悪かった悪かった。すぐ出てくからこれだけ教えてくれ。アフロディーテの奴、怒ってたか?」

 ムウはちらりとデスマスクを見た。その視線には先ほどまでとは違った冷たさがあった。

ムウ「・・・普通じゃありませんでしたね、あの怒りようは」
デス「あー・・・・」
ムウ「あー、ではありませんよ。これ、貴鬼が来るまでに消えません。見つかったらどう説明すればいいのやら」

 すい、とムウがその長い髪を持ち上げ、現れたものにデスマスクは目を見張った。
 白い首に点々とついた赤い痣。
 それは紛れもなく、人の指の跡だった。

ムウ「・・・誰の手かなんて言うまでもないですけれど。絞め殺されかけましたよ」

 視線を落とし、白々しいほど平和な匂いを醸している鍋の中身をかき混ぜながら、ムウは言う。

 あなたたち、一体彼に何をしたんですか?





 ぴく、とカミュは読んでいた本から視線を上げた。
 親友の気配を感じた。

カミュ「・・・・ミロ?」

 応えはテレパシーで返ってきた。

ミロ『カミュ。起きているか?』
カミュ「当たり前だ。まだ6時だ。どうした?」
ミロ『アフロディーテが上がっていった。今のあいつには触れない方がいい。便所かどこかに隠れろ
カミュ「・・・・・悪いがミロよ、この水瓶座のカミュ、確かに人から陰気だの暗いだのと言われることもあるが、それでも宝瓶宮を預かる黄金聖闘士として、便所に隠れてやり過ごすことだけは絶対にしたくない。どんな理由があろうともだ。アフロディーテに何かあったのか」
ミロ『俺にもよくわからんのだが、デスマスクとシュラと喧嘩をしたそうだ』
カミュ「いつものことだろう」
ミロ『それだけならな・・・さっき天蠍宮を抜けていった時は漠然と悪寒を感じたので声をかけそびれた。しかし・・・』
カミュ「悪寒!?お前ほどの空気を読めない男が悪寒を感じて声をかけそびれただと!?
ミロ『な?おかしいだろう?俺どころかアイオリアまで同じだったそうだからこれは本物だ。しかも、処女宮ではシャカの結界を叩き壊して抜けてきた』
カミュ「・・・・なんだと?」
ミロ『いや、結界といっても虫除け目的の蚊帳代わりに張ってあった代物で、殴って壊せる程度の品だったらしいのだが、本当に何も言わずに殴って壊したというのがまずありえない。人の家の備品だぞ』
カミュ「備品・・・・まあいい。それで?」
ミロ『ムウに至っては絞め殺されかけたそうだ。あまりにも様子がおかしいので、今は全員白羊宮に下りている。お前もアフロディーテが通り過ぎたらこっちに来い。できるだけ早く。というのは、俺が複雑な考察には向かない性格だからといって皆がよってたかってムウの弟子のお守りを押し付けやがってな・・・・正直、何をどうすれば良いのかさっぱり・・・』

 コツ、コツ、コツ・・・・

カミュ「本人が来たらしい。詳しい話は後で聞こう」
ミロ『気をつけろよ』

 ミロとの会話はそこで終わった。
 カミュはほんのわずかの間、眉根を寄せて考えた。何が起こっているのか、彼にはさっぱりわからなかった。アフロディーテの様子がおかしいという。しかし、改めて考えてみると、宮が隣り合っていながらアフロディーテという男がそもそも普段どんな人間だったか、それすらカミュにはよくわからないのだ。
 デスマスクやシュラと行動している時は極めて浅はかでいい加減なようにも見える。
 だが双魚宮から教皇の間へ抜ける階段に毒薔薇を敷き詰めていたことを思えば、いい加減どころか最後の宮の番人として強烈な自覚があるようにも見える。
 容姿が美しいのは誰もが認めるところだろう。ナルシストだと言う者もいる。
 しかし本当にナルシストであるならば、先の聖戦の際にあんな汚れ役を引き受けたりするだろうか?
 デスマスクはわかりやすい男だ。シュラもまた非常にわかりやすい男だ。それなのにアフロディーテだけがわからない。つかみ所がない。
 そのつかみ所の無い男が、今、目の前を通っていく。

 コツ、コツ、コツ・・・・

カミュ「・・・・・・・アフロディーテ」

 思わず、カミュは声をかけてしまった。

 コツ。

アフロ「・・・カミュ?」

 ゆっくりと振り向いたアフロディーテの顔を見て、カミュは何かしらぞっとするものを感じた。
 白い、やさしい、引き込まれるように美しい顔だった。それなのにぞっとした。
 ミロの声が何度も頭に反響する。『今のあいつには触れない方がいい』・・・

アフロ「呼んだか?何か?」

 『今のあいつには触れない方がいい』

カミュ「・・・ミロ、が・・・」

 『漠然と不安を感じたので声をかけそびれた』

カミュ「・・・心配していた。私も、心配になったから・・・・」

 『ムウに至っては絞め殺されかけ・・・・』

カミュ「・・・・声をかけた。それだけ、だ」

 それだけ言う間に、唇がからからに乾いていた。
 アフロディーテはじっとカミュを見つめた。
 そして、

アフロ「・・・・しばらくここにいていいだろうか」
カミュ「・・・?」
アフロ「独りになるつもりだったのに、そうなるのが恐い」

 陶磁器のような白い頬を、つうと一筋涙が滑って落ちた。





 白羊宮は混乱していた。

リア「言っても始まらんとはわかっているが言わせてもらおう。サガはどこへ消えた」
ムウ「町内会の温泉旅行で今週一杯有休です
リア「どこの町内だあああああああっ!!!!この近辺見渡す限り町なんざ無いわ!!間違いなくあいつの自作自演だろうが!!誰か止めろよ!!」
シャカ「落ち着きたまえアイオリア。人数を揃えれば解決する問題でもあるまい。一人だけ難を逃れたからといってやっかむなど了見の狭い男のすることだ。新しい蚊帳を経費で落としてもらえればそれでいい無欲な私を見習いたまえ」
ムウ「落ちるわけないでしょう。もう一度自分で結界張ってください」
シャカ「馬鹿な。玄関も無く窓も無く、ところによっては壁さえも無い虫入り放題の職場の構造に問題があるのだ。蚊帳ぐらい備品とするのが常識ではないかね」
ムウ「害虫対策ならまず貴方の庭を潰してください。あそこさえなければこの聖域という名の砂漠に虫なんか発生しえません」
ミロ「おい、話がずれているぞ。アフロディーテの様子がおかしいからどうにかするために集まったのではないのか」
シャカ「違うな。アフロディーテの様子がおかしいのにどうにもできないから集まったのだ。そうではないかね?諸君」
ムウ「ええ、その通りですけれど言ってはいけませんでした。ミロ、貴鬼のお守りは?」
ミロ「大丈夫だ。貴鬼の方から気を使って『お兄ちゃん、おいらは大丈夫だから無理しないで皆のところに行ってていいよ』と言ってくれた」
バラン「色々おしまいだぞお前。ムウ、俺が相手をしてくる。ジャングルジムぐらいならなれるだろう
ムウ「すみません、ありがとうございます」

 少しはなれたところから、デスマスクとシュラがその様子をぼんやり眺めていた。

デス「三人寄れば文殊の知恵、か・・・・・一人一人が駄目野郎なら三人つるもうが百人組もうが知恵なんか出てこねえよ。そうだろシュラ?」
シュラ「ああ、現実がそれを示しているからな。血は止まったか?」
デス「とっくに。悪かったな驚かせて」
シュラ「・・・いや」

 『あなたたち、一体彼に何をしたんですか?』
 あの時。
 ムウの言葉が終わるか終わらないうちに、デスマスクは彼の肩を力任せに引っつかんでいたのだった。
 何であいつがお前の首なんか絞めるんだよ。わかりませんよそんなこと。何があったんだよお前何を言った。聞きたいのはこっちです。
 やりとりが言葉ごとに激しくなっていき、最後の方はほとんどムウを壁に叩きつけるぐらい揺さぶっていた。
 結局、白羊宮の床に憂さ晴らしをし終わったシュラが間に割って入ってデスマスクを引き剥がしたのだったが、彼の右腕にはまだエクスカリバーの名残があったため友人の腕を掴んだ際にうっかり切り傷を負わせたのだった。

デス「・・・ほんとにうっかりか?」
シュラ「だと思うが。それより、ムウにきちんと詫びた方がいい。あいつは完全なとばっちりだろう」
デス「謝ることばっかり増えていくねぇ俺の人生」
シュラ「まじめに言ってるんだぞ」
デス「・・・・まじめに聞いてるよ」

 デスマスクは忌々しげに舌打ちをした。

デス「どっちにしろ向こうの輪にいるからな。あいつも今は詫びとか聞きたくないんだろ。それより、アフロディーテがどんどんおかしくなってる気がするんだが、どう思う?」
シュラ「・・・・・・・・」
デス「ムウに掴みかかるなんてあり得ないだろ。ムウは別に何も言ってないってよ。アフロディーテがあいつの顔見るなり喧嘩売ってきたと」
シュラ「ああ」

 ・・・白羊宮を通りかかったアフロディーテは、そこにいたムウを見つけた。
 彼は満面の笑みを浮かべてこう言ってきたという。

「私達が嫌いだろう?ムウ。いい加減わかりづらいことはよさないか。憎いだろう?消したいだろう?そうするようにしてやるから」

 そして近づき、手を伸ばして、ムウの首を締め上げた・・・・

デス「・・・言ってる意味もわからねえ。そうするようにしてやる、って何だよ」
シュラ「・・・・わからん」
デス「言葉だけであんなに変わるもんか?俺の失言なんて自分で言うのもなんだが日常茶飯事だ。今更あんなに・・・・・逆上するなんておかしいだろ。なんでだよ」
シュラ「・・・・わからん」
デス「おい、わからんしか言ってねえぞ。おまえこそまじめに・・・・・」
ムウ「どうぞ」

 いらいらとシュラにあたりかけたデスマスクの前に、温かい匂いの器が差し出された。
 どこかつんとした表情のムウがさっさと受け取ってくださいと言わんばかりに突き出している。先ほどまでかき混ぜていた鍋の中身らしかった。

シュラ「・・・・夕飯か?」
ムウ「というほどの量はありませんが。客が増えたので。まあ・・・何も出さないのもなんですから」
シュラ「すまんな、ありがたく頂戴する」
ムウ「いえ。・・・デスマスクは?いらないならいいですが」

 デスマスクはムウの顔を凝視した。

デス「・・・・・肩、痛むか?」
ムウ「別に。あの程度でどうこうなるほどやわではありません」
デス「悪かったな」
ムウ「いいんです」
デス「アフロディーテの分もだ。悪かった」
ムウ「・・・・・・・・・・」

 今度はムウがデスマスクを凝視しているようだった。

ムウ「・・・・彼が何を考えているか、わかったんですか?」
デス「さっぱりだ」
ムウ「なのに謝るんですか?」
デス「あいつが何考えてようと関係ないからな」
ムウ「・・・・そうですか」
デス「飯もらうぜ。サンキュ」

 デスマスクがそう言って器を受け取った、その時だった。

ミロ「正気かカミュ!?」

 というミロの絶叫が白羊宮にこだました。





カミュ「ミロ、皆に伝えておいてくれ。私はしばらく、アフロディーテと共に暮らすことにした、と」

 正気かカミュ!?という友人の絶叫が、テレパシーなど無くても十二宮の空から直に聞こえてくる気がした。

カミュ「私は至って正気だ。アフロディーテは今、一人にしていい状態ではない」
ミロ『は!?おい、何かわかったのか!?こっちは何一つわからなくて混乱している!何か情報をまわせ!』
カミュ「話すと長い上に込み入る上に結局お前には理解できないと思う。徒労に終わるから話すのはやめる。皆によろしくと伝えておいて欲しい」
ミロ『それで納得するか阿呆!!何にもよろしくないわ!!アフロディーテはどうしているんだ!?』
カミュ「そこのソファで寝ている。泣きつかれたようだ」
ミロ『泣いていたのか!?』
カミュ「少し前までな。大丈夫だ、しばらく張り詰めていた糸が緩んで情緒不安定になっているだけだ。時間を置けばもとどおりに戻るだろう。だからもう安心して、皆で温泉旅行にでも行っていると良い
ミロ『サガだけで十分だ!!そんなに皆風呂が好きだと思うなよ!?おい、本当に大丈夫なのか?情緒不安定な二人を隔離して心中でもされたら俺は嫌だぞ!聞こえるか?他の奴らもそれは嫌だと言っている!』
カミュ「これはテレパシーだから他の人間の声は入りようがないのだが。心中などしない。もう切るぞ」
ミロ『電話かよ!おい、ちょっとまてカミュ!ちょっ・・・・・!』

 カミュはふぅとため息をついた。
 ソファの方で、身じろぐ気配がした。

アフロ「・・・・迷惑をかけているようだな」
カミュ「起きていたのか」
アフロ「今起きたのだ。・・・カミュ、私はわがまま過ぎたのかな」

 背もたれから、アフロディーテの腕が上に突き出されている。
 しなやかな白い蛇のように、あてもなくゆらゆらと揺れている。きっと彼は寝転がったまま、ぼんやりとそれを見上げているのだろう。
 カミュは言った。

カミュ「・・・それがどうしても叶えたいことなら、わがままを通す価値はあると思う」

 薄闇の中で、美しい人が声も無く笑った。





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